名古屋高等裁判所 平成17年(ネ)306号 判決 2006年1月17日
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
3 原判決中,別紙請求額一覧表(2)の原告番号99の「○○」を「○○」と,別紙請求額一覧表(3)の原告番号2の「○○」を「○○」と,同表原告番号78の「○○」を「○○」と,それぞれ更正する。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。
2 上記取消にかかる被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,1,2審とも,被控訴人らの負担とする。
第2事案の概要
1 本件は,紡績業と不動産業を営んでいた控訴人が,再生手続開始を申し立てた後,紡績業部門を廃業するとして,同部門に従事していた従業員である被控訴人ら(被控訴人Aについては原審の被訴訟承継人である亡B。以下この趣旨で単に「被控訴人ら」と呼称する場合もある。)を解雇した(以下「本件解雇」という。)ので,被控訴人らが,本件解雇が解雇権の濫用であるとして,控訴人に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることの確認と労働契約による賃金支払請求権に基づき未払賃金及び本判決確定まで(本判決確定までに60歳の誕生日が到来する者についてはその前月まで)の賃金の支払を求めたところ,原審は,本件解雇は整理解雇で解雇権の濫用にあたり無効であるとして,原審口頭弁論終結時までに既に60歳の誕生日が到来していた被控訴人ら及びAにつき労働契約上の権利を有する地位にあることの確認請求と被控訴人Cの賃金請求の一部を棄却し,その余の請求を認容する判決を言い渡したので,これに不服がある控訴人が控訴した事案である。
なお,原審では,口頭弁論終結時の原告は105名であったが,内5名(「(原告番号)氏名」は次のとおり。(5)D,(29)E,(69)F,(98)G(旧姓○○),(103)H)が訴えを取り下げたので,被控訴人は100名であり,内1名((13)I)は住居所不明である。
また,被控訴人(56)Jは,当審の終結までに定年である60歳に達したことから,労働契約上の権利を有する地位にあることの確認については訴えを取り下げたので,原判決主文第1項中,同被控訴人にかかる部分は失効した。
2 争いのない事実等は,次のとおり加除訂正するほか,原判決の「事実及び理由」欄の「第2章 事案の概要」の「第2 争いのない事実等」に摘示のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決3頁2行目の「各原告」の後に「(控訴審で訴えを取り下げた5名を含む。)」を加える。
(2) 同頁6行目の「各原告」の後に「(ただし,原告番号69,98,103の3名を除く。)」を加える。なお,以下原判決引用中,当審で訴えを取り下げた原告番号5,29,69,98,103の5名についてはいずれもこれを削除するものとする。
(3) 同4頁5行目冒頭から同頁8行目までを,次のとおり改める。
「7 控訴人の就業規則では,解雇に関して以下のとおり規定している(甲28の1)。
(解雇)
第19条 社員が次の各号の一に該当するときは解雇する。
(5) 事業の縮小,設備の変更等により剰員を生じたとき。
(6) その他前各号に準ずるやむを得ない事由があるとき。
控訴人は,本件解雇の理由として,「事業所閉鎖」を挙げ,これは,就業規則19条5号又は6条所定の解雇事由に当たる旨を主張する。」
3 争点及び当事者の主張は,後記4のとおり,当審における当事者の主張があるほか,原判決の「事実及び理由」欄の「第3章 争点及び当事者の主張」に摘示のとおりであるから,これを引用する。
4 当審における当事者の主張
(控訴人の主張)
(1) 本件解雇は,民事再生法に基づく再生手続申立後の解雇であり,従来の整理解雇の概念に該当するものではない。本件解雇は,雇用を維持することが不可能あるいは著しく困難な事由の存在,すなわち「やむを得ない理由」としての「客観的に合理的な理由」に基づいて行われたものであり,解雇予告期間を充足しているから有効である。
(2) 「整理解雇」とは,「労働者に帰責事由のない経営上の理由によってなされる解雇」であり,「労働者に帰責事由がないこと」のみならず,「経営上の理由によるもの」でなければならない。法は,何人に対しても不可能を強いることはできないから「経営上の理由」とは,経営者に選択可能な複数の経営判断が成立しうる場合と解されるべきであり,本件解雇に際して,控訴人に選択可能な複数の経営判断が成立したか否かについて厳密に審理されなければならない。控訴人には紡績業の廃止以外の経営判断はなかったから,本件解雇は,「経営上の理由によるもの」ではなく,整理解雇には該当しない。
(3) 雇用は民法の定める典型契約の一つであり,民法627条及び628条が定めるところによれば,期間の定めのない場合には,当事者はいつでも解約の申し入れを行うことができ,申し入れ後2週間の経過で契約が終了するものとしており,期間の定めがある場合でも,やむを得ない事由がある場合には,直ちに契約を解除できるものとされている。このような民法の原則どおりであれば,雇用者の専横が許容されかねないという事態が推測されるので,労働基準法1条1項は「労働条件は,労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない。」と定め,雇用関係に重大な制限ないし変更を加えており,同法18条の2は,「解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められないときは,その権利を濫用したものとして,無効とする。」と規定し,解雇予告期間を30日前とする等の特別の定めを置いている。
このような民法と労働法の対比を踏まえ,解雇を無効とする制裁的な権利濫用の法理が適用されるべき前提を考察すると,解雇権の濫用により解雇が無効とされるには,当該解雇が経営者・資本家の専横と評価されることが必要である。そして,専横であるというには,経営者の裁量の余地がなければならず,会社がおかれている経済状況の下で事業の継続による収益性があると判断されることが必要である。
また,全事業所閉鎖の場合には,会社の清算価値が考慮されるべきであり,会社の清算により剰余益が生じる可能性があるか否かが検討されなければならない。
(4) 控訴人は,再生手続開始決定当時,極めて重大な債務超過の状態であった。すなわち,この当時の控訴人の負債総額は,154億7323万9398円であったが,このうち,金融機関の債権額は141億1589万4072円であり,届出書による予定不足額は61億5846万9282円であるうえ,約2億7190万円の規定退職金が潜在的債務として存在した。このように,控訴人は,再生計画案提出時の経営状況に関して,その実情は破産状態であったし,現時点での経営状態も破産原因を内包していることに変わりはない。
(5) 原審は,被控訴人らが原審で提出した鑑定意見書(甲39)記載の再生計画案(以下「被控訴人提出の再生計画案」という。)を実効性のあるものとして判断したと思われるが,わずか8か月間の場当たり的な試算では意味がなく,少なくとも再生計画として裁判所の認可を受け得る程度の案でなければならないというべきである。また,東京相和銀行を除く別除権者の金額は62億円にのぼっており,これらについては控訴人代表者個人らの資産等が担保に供されている部分もあるが,その部分は求償権に変わるだけであるから,会社の再建案という以上,自力での採算性が示されるべきであり,第三者提供担保の求償はないとして考えることはできない。原審は,営業損失はわずかに86万円程度に過ぎないと指摘するが,この数値が架空の勘定である棚卸較差勘定を含むものであるという点を考慮しないとしても,営業損失がわずか86万円であったから事業の継続性があったとの指摘は,おおよそ経営の感覚が欠如しているものと言わざるを得ない。
(6) 解雇をめぐる事情として,①場外馬券場の誘致活動,②本件解雇前後の労使交渉,③退職金の供託及びその受領に関する事実があり,これらの事情は,控訴人が従業員の雇用について十分に誠意を尽くし,解雇後もその処遇についてできる限りの誠意を尽くしたことを示している。
① 控訴人は,紡績業全般を支えてきたヤオハンの撤退後,紡績業全体を支えるに足る家賃収入を確保できるテナントを見出す努力をした。ヤオハンの撤退後再生手続申立までに追加投入された資金は6億円にのぼっている。このような折り,平成11年夏ころから,残されたドーム状の建物を場外馬券場として利用する申出が中央競馬会から行われ,支払われる家賃は売上に応じた変動性でヤオハンの支払う家賃を上回る可能性が大で,控訴人の年間純利益は約10億円と見込まれていた。また,この計画は,単なる発券場ではなくスポーツクラブ,レストラン,会議室などを備えた複合レジャー施設として計画されていたものであり,紡績工場の存在する部分が建物建設予定地,駐車場予定地とされていたことから明らかなとおり,紡績業の廃業が前提となっていたものである。同施設が実現すれば600名に及ぶ大量の雇用の創設が予測されており,紡績業に従事する従業員全員の雇用の確保も確実であった。組合を含む全従業員はこれらの事情を理解して,1年余りにわたり,この計画及び住民の同意取付に協力した。しかし,この計画は,最終的には,平成12年9月18日,半田市議会で承認を得られず,廃案に終わり,控訴人としては紡績業を維持しうるに足りる収益の確保を断念せざるを得ず,再生手続申立の契機となったのである。この場外馬券場の誘致活動は,再生手続申立前,組合・従業員と合同して行った雇用確保のための活動であり,控訴人が従業員の雇用確保に真摯に対応していたことを示している。
② 控訴人は,本件解雇の前後に,組合との団体交渉において,紡績業の廃業と退職金100パーセントの支払いについて言及しており,組合も紡績業の廃止は必然と判断し,なんらの異論もなかった。すなわち,平成12年10月7日,半田本社広間において,控訴人代表者は全従業員(欠勤者を除く。)に対して,「民事再生の目的は,社員退職金の100パーセント支払いと一般債権100パーセントの支払いである。」と述べ,紡績業の存続が困難であること,解雇が必要なことを伝えた。また,同年10月13日の組合との団体交渉において,控訴人代表者は「紡績業の存続が困難であること」,「退職金を全額支払うこと」を説明し,理解を求めた。
本件解雇後の同年11月29日,組合は控訴人に要求書を提示し,退職にかかる諸条件として,規定退職金の100パーセント上乗せ,特別加算金等の要求を行い,総額8億円を要求したが,その前提は条件付で解除を認めるというものであった。控訴人は規定退職金の20パーセント上乗せ等を提示したところ,組合の対応は,加算金の要求が中心で,その後要求額を80パーセント上乗せまで下げたが,その幅は埋まるに至らなかった。この間,再生計画案提出期限は,平成13年3月26日まで伸長され,裁判所は規定退職金を超える支給は民事再生法の手続内では容認できないとの見解を示したが,控訴人としては,解決の姿勢を棄てず,再生手続外での解決のための資金拠出の意図を有していた。
③ 控訴人は,平成13年3月26日の再生計画案提出に先立ち,組合活動に参加して退職金の受領を拒否していた従業員に対し,監督委員の許可を得てこれを供託したところ,全員が供託金の払い渡しを受けている。従って,民事再生法の手続で認められている規定退職金については全額早期に支払済みとなっている。
(被控訴人Iを除くその余の被控訴人らの主張)
(1) 本件解雇の特異性として,①解雇された労働者の数の多さと打撃の大きさ(100人以上の労働者が突然解雇され生計の道を断たれ,就学生として採用された若年の女性労働者が突然学業の道を断たれ,借り上げ社宅居住者は敷金・礼金を含む突然の高額な住居費負担という打撃を受けた。),②再生手続をとりながら紡績業の再生について全く検討されなかったこと(控訴人は,紡績業の再生についての分析・検討や,部門別収支に基づく選択肢の多様性について,全く検討していないし,紡績業廃業の方針を隠して紡績業継続の態度を示していた。),③監査委員らに相談なく控訴人代表者独断で紡績業全部廃業とほぼ全員解雇を強行したこと(控訴人は,紡績業廃業・従業員解雇に関して監査委員にも裁判所にも相談しておらず,監査委員・公認会計士の報告書の内容を曲解し解雇の口実として悪用しており,紡績業廃業・従業員解雇の方便として再生手続を利用した。),④控訴人が再生計画案を補正せざるを得なかったこと(独断で行った紡績業全部廃業とほぼ全員解雇について,監査委員から問い質されて再生計画案を補正せざるを得なかったし,再生計画案補正において本件解雇について訴訟で敗訴した場合も想定して,再生計画案が認可された。),⑤これだけ大規模な整理解雇でありながら労働組合に対する説明も協議もないという異常性(工場閉鎖・解雇に関しても,再生手続の申立に関しても,控訴人は労働組合に説明や協議をしていないし,債権者説明会等において紡績業を継続する旨の意図的な虚偽説明をした。),⑥整理解雇法理を全く無視した解雇であること,を指摘することができる。
このような特異性をもった本件解雇には,解雇に至るまでに雇用確保につき真摯な努力などのかけらもないのであって,整理解雇法理の全ての要件を充たさず判例法理を踏みにじる乱暴な解雇であると原審が判断したのは,当然である。極めて乱暴な解雇であったことは,控訴人代表者が原審での尋問で,解雇の手順について強引であったことを認め,控訴人代理人にも相談せず実行したと述べていることからも明らかである。民事再生法の制定にあたっては,労働法に基づく規制を回避するために再生手続が悪用されることが危惧されたが,本件では,監査委員の意見を口実にして解雇を強行するなど労働法の秩序を乱暴に踏みにじったもので,控訴人の主張は失当である。
(2) 労働基準法18条の2は,本件解雇後に制定施行されたものであり,遡及適用もないから,本件で適用があるのは,同法制定の基礎となった判例法理(解雇濫用法理,就業規則法理,整理解雇4要件)である。
控訴人は,本件解雇が経営上の理由によるものであることの審理が尽くされていないと非難するが,日本の労働法学においても,ドイツやフランスの労働法学においても,解雇については,その理由によって,「経営上の理由による解雇」と「人的理由による解雇」(労働者の行為又は能力を理由とする解雇)の二つの類型に分類して検討されており,原判決が整理解雇を「労働者に帰責事由のない経営上の理由によってなされる解雇」と定義したのは当然であり,本件解雇が経営上の理由による解雇であることも明白である。
また,控訴人は,権利濫用の法理が適用されるべき前提として,解雇が経営者の専横と評価されることが必要であるなどと主張するけれども,このような見解は,判例上も学説上も前例のないもので,上記の解雇権濫用法理を確立した日本食塩製造事件最高裁判決の論理とかけ離れたもので,到底採用できない。さらに,経営者の裁量の余地の有無や事業の継続による収益性と解雇権濫用法理とは無関係であって,経営者の裁量の余地や事業の継続による収益性を解雇権濫用法理の前提であるとする控訴人の主張は失当である。
(3) 控訴人は,再生計画案提出時の経営状況に関して,その実情は破産状態であったし,現時点での経営状態も破産原因を内包していることに変わりはないと主張する。しかしながら,債務超過であることや破産状態であることは,整理解雇4要件の履践の要否や解雇の正当性の有無とは,全く関係のないことであり,債務超過であるからといって,整理解雇4要件の履践の必要を免れたり,いかなる解雇であっても正当性があると評価されたりすることはあり得ない。上記控訴人の主張は,失当である。
(4) 控訴人は,154億円の負債の存在を強調するが,その負債の発生原因については,これを明らかにせず,不動産部門と紡績部門を一緒に論じている。
しかし,莫大な負債の発生原因の大半は紡績事業外のものである。すなわち,154億円の負債のうち,半額以上の78億円余(東京相和銀行関係)は,αという巨大ドームとプール付の賃貸用建物(平成2年9月にオープンし,ヤオハンに賃貸)の建設に関連して発生したものである。さらに,負債の相当部分は,平成9年9月にヤオハンが倒産し,αのテナントが撤退し,再生手続申立に至るまで,家賃収入が途絶える一方で毎年数億円の固定資産税や維持費がかかったことに起因して,運転資金に行き詰まり借入がなされたものと推定される。
さらに,紡績事業に関連する赤字も,同族による放漫経営に起因するものである。
昭和62年4月にK社長が半田市長に当選し,同月同人の長男であるL氏が控訴人の代表取締役社長に就任したが,平成3年3月にK氏が半田市長選に落選して代表取締役社長に復帰するまでの4年間に,船上での展示会の開催やプロモーションビデオの作成などの放漫経営に陥り,40億円の欠損を生じさせた。
仮に,広巾・小巾の織布部門を廃止し,紡績部門を存続させても,紡績部門が営業損失を出し続けるのであれば,債務弁済に悪影響を及ぼすことになるが,控訴人はこの点の主張立証を一切していない。
(5) 控訴人は,被控訴人提出の再生計画案について,るる論難し,原審の判断を経営の現実性を無視した机上の空論に過ぎないと主張する。
しかし,控訴人は整理解雇4要件のうち,少なくとも第1ないし第3の実体的な要件について証明責任を負担しているにもかかわらず,積極的な主張立証を行わないまま,被控訴人提出の再生計画案に対する末梢的な批判を展開するに過ぎず,原審において争点整理の結果とかけ離れた独自の主張を展開するものであるし,同案に対する主張も,立証を伴わぬ言い放しに過ぎない。
控訴人は,被控訴人提出の再生計画案につき,わずか8か月間の場当たり的な試算では意味がなく,少なくとも再生計画として裁判所の認可を受け得る程度の案でなければならないというが,控訴人が作成して裁判所の認可を受けた再生計画案をみても長期資金繰の対象期間は10か月なのであるから,控訴人の論難は失当である。さらに,控訴人は,東京相和銀行を除く別除権者の金額は62億円にのぼり,控訴人代表者個人らの資産等が担保に供されている部分もあるが,その部分は求償権に変わるだけであるから,会社の再建案という以上,自力での採算性が示されるべきであり,第三者提供担保の求償はないとして考えることはできないと,被控訴人提出の再生計画案を批判するが,控訴人が作成した修正再生計画案においても,控訴人代表者個人らの担保提供に関しては,被控訴人提出の再生計画案とほぼ同様の取扱いがなされているのであるから,この点の控訴人の批判も失当である。
(6) 控訴人は,解雇をめぐる事情として,①場外馬券場の誘致活動,②本件解雇前後の労使交渉,③退職金の供託に関して,るる主張するが,いずれも失当である。
ところで,控訴人は,不動産業の収益が,紡績業の赤字を補ってきたと主張するが,不動産業の収益がどのくらいなのか,紡績業のどの部門のどの程度の赤字を補ってきたのか,具体的な主張立証はなく,到底信用できないものであるし,ヤオハンの撤退後再生手続申立までに追加投入した資金は6億円にのぼるというが,この追加資金6億円が何に使われたのか一切不明であり,前述のとおり,莫大な負債の発生原因の大半は紡績事業以外のものであり,紡績事業に関連する赤字も,同族による放漫経営に起因しているのであるから,不動産業が紡績業を支えてきたという控訴人の主張は空理空論に過ぎない。
① 控訴人は,場外馬券場の誘致活動について,この計画が紡績業全体の廃業を行っても,大量の雇用を確保できる見込みがあったもので,組合を含む全従業員はこれらの事情を理解して,1年余りにわたって,この計画及び住民の同意取付に協力したなどと主張するが,場外馬券場の計画においても,紡績業の工場は残ることとなっており,誘致が紡績業全体の廃業を前提とするものであったことはないし,組合や従業員がこれを知っていたこともなければ了解していたということも全くない。また,解雇を回避するために誘致活動を行うという説明を聞いたこともない。
② 控訴人は,平成12年10月7日に全社員に対する説明を行ったとか,同月13日に組合との団体交渉がなされたと主張するが,原審の争点整理の結果に反する主張であり,時機に後れた主張として許されないし,そのような事実はない。
控訴人は,解雇後に組合と退職にかかる条件について交渉していたことを述べて,退職金の上乗せに対して手続外での支払さえ考えていたことを考慮すべきであると主張するが,整理解雇に際しての労使交渉が何より重要なのは,整理解雇が決定される前であり,整理解雇の第4要件である手続の妥当性も,事前説明,事前協議が問題となるのであって,これに反する控訴人の態様は悪質である。手続的妥当性を著しく欠いた解雇が行われた以上,その後の組合との退職金の加算に関する交渉で,手続的瑕疵が治癒されるものではない。
③ 控訴人は,退職金の受領を拒否した従業員に対し,監督委員の許可を得てこれを供託したところ,全員が供託金の払い渡しを受けているので,民事再生法の手続で認められている規定退職金は全額早期に支払済みとなっていると主張する。
しかし,民事再生法において,労働債権は手続から除外されており,会社は再生手続によらず随時弁済することができ,労働者は再生手続とは無関係にいつでも先取特権に基づき強制執行手続をなして労働債権の回収を図ることができる。本件でも,民事再生法の手続において規定退職金の支払が認められたわけではない。
控訴人による供託に対して,組合員は,代理人を通じて通知書(甲64)を送付したとおり,本件解雇は無効であり,依然として控訴人の従業員たる地位にあって,賃金債権を有しており,生活が圧迫され経済的に緊急事態に陥っていることから,供託金を既発生の賃金及び将来の賃金に充当し,将来退職金を受領すべき場合には充当関係を変更して退職金に充当することとしたものである。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所も,被控訴人らの請求は原判決が認容した限度で理由があると判断するが,その理由は,後記2のとおり当審における当事者の主張に対する判断があるほか,原判決の「事実及び理由」欄の「第4章 当裁判所の判断」に説示のとおり(ただし,次のとおり付加訂正する。)であるから,これを引用する。
(1) 原判決63頁17行目の末尾に,行を改め,次のとおり加える。
「修正再生計画案によると,確定再生債権については,政府系金融機関2社の債権8382万3002円を4年以内に分割して弁済し,その他の4億5819万6231円を平成13年9月末日までに全額弁済するというものであり,ヤオハンがαを賃借した際に預け入れた保証金返還請求権として債権譲受人である東京相和銀行から届け出られた予定不足額53億5509万7618円については債権の存在を争い,配当から除外するものとしている他,その余の別除権付債権については,予定不足額が確定していない(控訴人は,予定不足額がないとして,否認した。)として,配当の対象から除外している。」
(2) 同68頁21行目の末尾に,行を改め,次のとおり加える。
「もっとも,製造原価として算出された棚卸額は実際に製造に当たって支出された費用により近いものであるから,これにより売上総利益を算出することは,当該部門の業績を評価するのに適する面があることは否定できず,期首棚卸額を製造原価とした場合には,紡績部門の採算性もそれほど良好であったとはいえないことになる。」
(3) 同75頁19行目の冒頭から76頁8行目の末尾までを,次のとおり改める。
「原判決別紙「請求額一覧表(1)」及び同「請求額一覧表(2)」各記載の被控訴人ら(ただし,被控訴人(56)Jを除く。)については,前記のとおり,本件解雇が無効であることにより,控訴人に対して労働契約上の権利を有する地位にあるものと認められる。」
(4) 同76頁11行目及び78頁1行目の「本件口頭弁論終結時」をいずれも「原審口頭弁論終結時」と改める。
2 当審における当事者の主張に対する判断
控訴人の当審における主張は,以下で述べるように,いずれも採用することができず,前記1の判断を左右するものではない。
(1) 控訴人は,本件解雇が,民事再生法に基づく再生手続申立後の解雇であり,控訴人には,紡績業の廃止以外に選択肢はなかったから,選択可能な複数の経営判断が成立する場合の「整理解雇」の概念には該当するものではなく,権利濫用の法理が適用されるべき前提としての「雇用者の専横」が認めらないし,やむを得ない理由に基づいて行われたもので有効であると主張するが,いずれも独自の見解であり,にわかにこれを採用することはできない。前記(原判決引用部分)のとおり,本件解雇は整理解雇であって,整理解雇の有効性を判断するための4要素を具備していない本件解雇は解雇権の濫用として無効である。
なお,被控訴人らが指摘するように,労働基準法18条の2は,本件解雇後に制定施行されたもので,遡及適用もない。
(2) 控訴人は,再生計画案提出時の経営状況に関して,その実情は破産状態であったし,現時点での経営状態も破産原因を内包していることに変わりはないと主張するが,債務超過や破産状態であるか否かは,整理解雇の効力を判断するに当たり,4要素の一つである「人員削減の必要性」の一事情として考慮されることは当然としても,そのこと自体で,4要素の履践の要否や解雇の正当性の有無の判断を不要としたり,またその判断に直接影響を及ぼす事情ではなく,この点に関する控訴人の主張も採用できない。
控訴人は,本件解雇当時,控訴人が154億円の負債を抱えていて債務超過で実質的に破産状態であったと主張するけれども,控訴人は負債の存在を主張するのみで,それ以上には,その発生原因や債務の支払が不能であったかについて主張立証しないから,控訴人の経営が本件解雇当時破綻状態で破産せざるを得ない状況であったとは認められない。かえって,前記認定事実によれば,控訴人は再生手続において,争いのある東京相和銀行の債権は別として,その余の再生債権の大部分を,債権額をカットすることなくその全額を再生計画案認可後間もない平成13年9月末日までに弁済することとしているし,負債の大部分を占める別除権付債権については,予定不足額がないとし,長期分割弁済の交渉をしているほか,再生手続申立前においては,取引先からの取引停止などもなく,事業継続のためのキャッシュフローも銀行預金(再生手続申立後に相殺された。)などの存在からみて,特に問題があったともいえないから,再生手続申立当時に既に破産状態であったとは到底認めがたい。そうすると,控訴人は,巨額の負債を抱えるため,紡績業を継続したとしても将来的に破綻に陥ることが避けられないことを主張立証する必要があるが,本件解雇前に,そのようなことを検討した事実は認められず,主張立証もない。
控訴人は被控訴人提出の再生計画案について,るる論難し,経営の現実性を無視した机上の空論に過ぎないと主張し,8か月間の試算が場当たり的な試算である点や,別除権者の債権額のうち,控訴人代表者個人らの資産等が担保に供されている部分についても,求償権に変わるだけであるから,会社の再建案という以上,自力での採算性が示されるべきである等と指摘するが,前記のとおり,本来,控訴人において,紡績業の継続を前提とした再生計画案は立案が困難で,廃止がやむなく,人員削減の必要性があることを主張立証すべきであり,被控訴人提出の再生計画案を非難したとしても,主張立証を尽くしたことにならない。なお,控訴人が指摘する点はいずれも,控訴人が提出した再生計画案と異なるものではないのであるから,控訴人の批判は適切とは言えず,被控訴人提出の再生計画案は,紡績事業を全廃することなく再建することができるという可能性を示すものと言える。
(3) 控訴人は,解雇をめぐる事情として,①場外馬券場の誘致活動,②本件解雇前後の労使交渉,③退職金の供託に関して主張するが,いずれも以下のとおり失当で採用することができない。
① 控訴人は,場外馬券場の誘致活動について,この計画が紡績業全体の廃業を行っても,大量の雇用を確保できる見込みがあったもので,組合を含む全従業員はこれらの事情を理解して,1年余りにわたって,この計画及び住民の同意取付に協力したなどと主張するが,「複合娯楽施設 β(仮称)」と題する場外馬券場のパンフレット(乙39)によるも,誘致後も紡績工場2棟が残ることとなっているし,証拠(甲68)によると,組合や従業員は誘致活動が紡績業の廃止を前提とするとの説明を受けたことがないというのであり,誘致活動が紡績業の廃止を前提とするものであったとは認められないし,組合や従業員が紡績業全体の廃業を知ってこの計画及び住民の同意取付に協力したとも認められない。以上によれば,場外馬券場の誘致活動をもって控訴人が解雇の回避に努めていたということはできず,場外馬券場の誘致活動から本件解雇を正当化する要素を見出すことはできない。
② 控訴人は,本件解雇の前,平成12年10月7日全従業員に対し,同月13日団体交渉の場で組合に対して,紡績業の継続が困難であることを説明したと主張するが,紡績業廃止の方針が組合と従業員に対してどの段階で伝えられたかは,本件において重要な争点とされていたものであり,これにつき原審で争点整理がされたものであるから,当審に至ってこれに反することを主張することは,時機に後れた主張であることが明らかであり,許さないこととする。
控訴人は,解雇後における労使交渉の内容を有利に援用するが,整理解雇に際しての検討すべきは,整理解雇がなされる前における組合に対する説明と労使の交渉内容と経過であり,手続の妥当性を著しく欠いた本件解雇の手続的瑕疵が,その後の労使交渉によって治癒されるものではないうえ,控訴人の提案が,解雇によって生活基盤を失われる従業員に対して十分な配慮といえるものでもない。
③ 控訴人は,退職金の供託と従業員による払い渡しを指摘するけれども,この点も本件解雇を正当化する要素とはいえない。なお,民事再生法において,労働債権は手続から除外されており,会社は再生手続によらず随時弁済することができ,労働者は再生手続とは無関係にいつでも先取特権に基づき強制執行手続をなして労働債権の回収を図ることができるものである。
3 以上によれば,本件控訴は理由がないから棄却し,原判決中の誤記を更正することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 野田武明 裁判官 鬼頭清貴)
裁判官 丸地明子は,差し支えにつき,署名押印することができない。裁判長裁判官 野田武明