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名古屋高等裁判所 平成17年(ネ)751号 判決 2006年4月07日

控訴人

A野花子

同訴訟代理人弁護士

二村満

被控訴人

B山松子

他3名

上記四名訴訟代理人弁護士

花井増實

萱垣建

米澤孝充

同訴訟復代理人弁護士

横井研介

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  控訴人は、被控訴人B山松子に対し九二三万八六八七円、被控訴人B山春夫、同B山夏子及び同D原秋子に対し各三〇七万九五六二円、及びこれらに対するいずれも平成一二年一一月一一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じて、これを一〇分し、その九を控訴人の負担とし、その余を被控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

第二事案の概要

一  本件は、交通事故により受傷した被害者がその後自殺したところ、被害者の相続人らが、加害車の運転者に対し、不法行為による損害賠償として死亡による損害を含む損害の賠償を求めた事案の控訴審である。なお、控訴人は、原審において、口頭弁論期日に出頭せず答弁書その他の準備書面を提出しなかったため、被控訴人らが主張した事実を全て自白したものとみなされて、いわゆる欠席判決を受け、当審において、後記三の限度で被控訴人らが主張した事実を争うなどしたものである。

二  前提事実(以下の事実は、控訴人が明らかに争わないため自白したものとみなされるか、後掲証拠により容易に認められる。)

(1)  B山竹夫(昭和七年八月九日生。以下「竹夫」という。)は、平成一二年一一月一一日午前九時三〇分ころ、愛知県津島市《番地省略》先の横断歩道を歩行中、一時停止義務を怠って進入してきた控訴人の運転に係る普通乗用自動車に衝突され(以下「本件事故」という。)、脳震盪症、顔面打撲症、頭頸部挫傷、頸髄損傷の傷害を受けた。そして、本件事故による頸髄損傷により、四肢不全麻痺と体幹失調の障害を生じ、津島市民病院において竹夫の主治医であったC川梅夫医師(以下「C川医師」という。)から、平成一三年九月一八日、三〇m以上の歩行が不能であり、衣類の着脱、洗面などの日常生活に半介助を要し、今後改善の見込みはないとして、身体障害者福祉法別表二級相当である旨、また、平成一四年五月一四日、四肢の不全麻痺のため就労は無理であり、今後の変化は見込めないとして、自賠責後遺障害等級三級三号に該当する旨、それぞれ診断された。

(2)  竹夫は、本件事故後、不眠、頭痛なども訴えるようになり、また、上記(1)の障害等の治療として土日を除くとほぼ毎日通院してリハビリなどをしていたが、症状は改善されなかった。

(3)  竹夫は、平成一四年一一月一二日自殺を図り、その結果、平成一四年一二月六日死亡した。

(4)  C川医師は、竹夫が本件事故による頸髄損傷に起因して平成一四年九月ころうつ病を発症し、これが原因で自殺したと診断した。

(5)  竹夫には、次のような傷病があった。

ア 平成六年二月二八日初診のものとして、不完全右脚ブロックと糖尿病があり、自殺当時治癒に至っていなかった。

イ 平成七年四月七日初診のものとして、胆嚢ポリープと脂肪肝があり、自殺当時治癒に至っていなかった。

ウ 平成九年二月五日初診のものとして、加齢による頸椎変性によって生じた頸椎症性頸髄症があり、自殺当時治癒に至っていなかった。ただし、同治療のため平成九年二月一三日津島市民病院に入院した当時は、痛くて眠れない、左手握力が一kgで茶碗が持てない状態であったが、同月二八日には左手握力は一〇kgまで回復し、同年三月六日には自宅療養をするため退院した。

エ 平成一一年一〇月二八日初診のものとして、末梢神経炎、平成一二年三月八日初診のものとして、狭心症があり、自殺当時治癒に至っていなかった。

オ その後に神経症があり、自殺当時治癒に至っていなかった。

(6)  竹夫は、もともと気むずかしく神経質な性格であり、以前点滴で副作用があったとして点滴及び血管撮影を拒否したことがあったものの、本件事故前には現に農業に従事して、通常の社会生活を送っていた。

(7)  竹夫は、本件事故によって生じた傷害のため、治療費一七〇〇円、交通費一〇六万一九一〇円、通院介護費用一四〇万一〇〇〇円、事故時着用し破損したジャンパー相当額八六六三円、補助つえ代自己負担金二二八一円の損害を被った。また、竹夫は、本件事故当時農業に従事していたが、本件事故により平成一三、一四年中は就労できなかったため、稲作外注費平成一三年分一四万八七五〇円、同平成一四年分一五万八三四〇円、ギボシ栽培が不能になったことによる損害として二年分合計四〇万円、野菜栽培が不能になったことによる損害として二年分合計六〇万円の損害を被った。なお、本件事故当時の竹夫の農業収入はギボシ及び野菜栽培による合計五〇万円に、米作による収入を加えた九九万四〇〇〇円であった。

(8)  控訴人は、損害の一部の賠償として平成一四年一二月二六日までに九〇万円を支払った。

(9)  被控訴人らは、竹夫の控訴人に対する損害賠償請求権を被控訴人B山松子が二分の一、その余の被控訴人らが各六分の一の割合で相続した。

三  争点及び当事者の主張

(1)  本件事故と自殺との間の因果関係の有無

ア 被控訴人らの主張

竹夫は、本件事故による頸髄損傷によって重い症状が生じ、治療を継続したものの、これが改善しなかったことから、うつ病になり、うつ病のため自殺したものであるから、本件事故と自殺との間には相当因果関係がある。なお、竹夫には本件事故以前に前記二(5)アないしエの既往症があったが、これによってはうつ病にはならなかった。

イ 控訴人の反論

(ア) 自殺は竹夫の自由意思に基づくものであり、また、控訴人には竹夫が自殺することに対する予見可能性がないから、因果関係はない。

(イ) 本件事故による日常生活上の支障は軽度であり、むしろ、前記二(5)アないしオの既往症の存在及び同(6)の性格があいまって自殺に至った蓋然性が高いから、因果関係はない。

(2)  自殺に対する被害者側の要因による寄与度減額の可否及び割合

ア 控訴人の主張

仮に、本件事故と自殺との間に相当因果関係が認められたとしても、上記(1)イ(イ)の事実に加えて、竹夫にはその頸椎症性頸髄症のために脊柱管狭窄等があり、そのため比較的軽度の外力で脊髄損傷に至ったことを考慮すると、民法七二二条二項の類推適用によりその損害の八割以上を減額すべきである。

イ 被控訴人らの反論

竹夫のうつ病は本件事故による頸髄損傷によって重い症状が生じたために発症したもので、竹夫の性格や既往症は原因ではない。また、竹夫は本件事故の際に顔面及び全身を非常に強く打っており、頸椎症性頸髄症が頸髄損傷に寄与したものではない。

よって、民法七二二条二項の類推適用はすべきではなく、これをするとしても、本件事故の自殺に対する寄与度は五割を下回らないから五割の減額にとどめるべきである。

(3)  自殺による損害額及び弁護士費用(被控訴人らの主張)

竹夫は、自殺によって、治療費七万八六九二円の損害を被ったほか、逸失利益四〇二万五八九八円、慰謝料二四〇〇万円、葬儀費用一二〇万円の損害が生じたところ、これに五割の減額を加えると、逸失利益二〇一万二九四九円、慰謝料一二〇〇万円、葬儀費用六〇万円となる。

また、本件事故と相当因果関係を有する弁護士費用は、被控訴人B山松子が一三〇万円、その余の被控訴人らが各四〇万円である。

第三当裁判所の判断

一  本件事故と自殺との間の因果関係の有無(争点(1))について

(1)  前記第二の二(4)のとおり、竹夫の主治医はこれを肯定する意見を述べているところ、同意見は、同(1)ないし(3)のとおり、本件事故による頸髄損傷によって身体に重い障害が生じ、ちょうど二年間にわたり毎日のように通院して治療を継続したものの、これが改善しなかったことなどに照らし、合理的なものと認めることができる。

(2)  控訴人の反論(ア)について

うつ病に罹患することにより自殺念慮を生じて自殺を試みる者が多いことは公知の事実であって、竹夫についても、うつ病に罹患したと認められる以上、自殺が自由意思によるとして本件事故との間の因果関係の存在を否定することはできず、また、これに加え、本件のように横断歩道を横断中の歩行者に控訴人の一方的な過失により重い障害を負わせた以上、後に被害者がうつ病に罹患することもあり得るものと予見すべきであるから、控訴人の上記反論は採用できない。

(3)  控訴人の反論(イ)について

前記第二の二(1)のとおり、竹夫には本件事故による頸髄損傷によって自賠責後遺障害等級三級三号に当たる極めて重い障害が残り、労働に従事できなくなったほか、かなり大きな日常生活上の支障を生じたから、本件事故による頸髄損傷がうつ病発症及び自殺の直接かつ最大の原因であると解するのが妥当である。

これに対し、控訴人が指摘する糖尿病等は、その症状や進行程度は必ずしも明確ではないものの、うつ病を発症して自殺した当時の通院頻度が月に一回程度であり、診療内容からも症状が急に悪化した形跡も見当たらないこと、頸椎症性頸髄症も、入院当時の症状が重いことは認められるが、三週間ほどで退院している上、本件事故当時には治療が終了していたことからすると、これらの症状はある程度改善したり、改善しないまでも安定していたことが推認できるから、うつ病の発症や自殺に直接の影響を及ぼしているとは認めがたい。また、同オの神経症は発症時期が平成一三年であり、むしろ本件事故とうつ病発症との因果関係を裏付けるものとも見られる。

竹夫の性格等についても、現に農業に従事して、通常の社会生活を送っていたこと、前記第二の二(6)のとおり、点滴などを拒否するには一応の理由があることからして、直ちに自殺の原因として重視することはできず、上記判断を左右するものではない。

よって、控訴人の上記反論は採用できない。

二  自殺に対する被害者側の要因による寄与度減額の可否及び割合(争点(2))について

前記一のとおり、本件事故による頸髄損傷はうつ病発症及び自殺の直接かつ最大の原因であるといえる。しかし、これについても、竹夫には頸椎症性頸髄症に起因する脊柱管狭窄等があり、そのため比較的軽度の外力でも脊髄損傷に至ることもあり得ると考えられることからすると、本件事故の際に竹夫が顔面及び全身を非常に強く打ったとはいえ、竹夫の上記素因が若干の寄与をしたと認めるのが相当である。また、竹夫のその余の糖尿病等の諸要因は間接的ないし副次的なものと評価できるものの、これらは多数にわたる上、狭心症については、主治医から心カテーテル手術を再三勧められながら特異体質のため手術中に死亡する可能性が高いとして断り続けていたなど、精神的に負担となっていたものと推認される。そうすると、竹夫が自殺するについては、竹夫自身の要因も相当程度寄与していたというべきであり、死亡による損害額については民法七二二条二項を類推適用して相応の減額をすべきところ、竹夫自身の要因の寄与割合は五割とするのが相当である。

三  損害額(争点(3))について

(1)  竹夫は、自殺によって、次のとおり損害を被ったものと認められる。

ア 治療費 七万八六九二円

イ 逸失利益 三四五万〇七七〇円

九九万四〇〇〇円(竹夫の年収額)×五・七八六(平均余命の二分の一の七年間に相応するライプニッツ係数)×〇・六(扶養家族一名(妻)に対応する本人生活費控除四〇%)

ウ 慰謝料 二四〇〇万円

エ 葬儀費用 一二〇万円

以上合計二八七二万九四六二円に上記二のとおり五割の寄与度減額をすると一四三六万四七三一円となる。

(2)  前記第二の二(7)の本件事故によって生じた傷害による損害額合計三七八万二六四四円を上記金額に加えると一八一四万七三七五円となり、これから一部弁済金九〇万円を差し引いた一七二四万七三七五円を各被控訴人が法定相続分に応じて、被控訴人B山松子が八六二万三六八七円、その余の被控訴人らが各二八七万四五六二円ずつ相続したものと認められる。

(3)  また、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用の額は、被控訴人B山松子が六一万五〇〇〇円、その余の被控訴人らが各二〇万五〇〇〇円とするのが相当である。

(4)  以上損害額の合計は、被控訴人B山松子が九二三万八六八七円、その余の被控訴人らが各三〇七万九五六二円となる。

第四結論

よって、被控訴人らの請求は、被控訴人B山松子につき九二三万八六八七円、被控訴人B山春夫、同B山夏子及び同D原秋子につき各三〇七万九五六二円、及びこれらに対するいずれも不法行為の日である平成一二年一一月一一日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、認容すべきであるが、その余は理由がなく、棄却すべきであるから、これと異なる原判決を変更することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 満田明彦 裁判官 多見谷寿郎 堀内照美)

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