名古屋高等裁判所 平成17年(行コ)41号 判決 2006年5月18日
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は,控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 原判決を取り消す。
(2) 主位的請求
被控訴人が,控訴人に対し,平成16年6月14日付け東都発第61号をもってした工事中止命令処分が無効であることを確認する。
(3) 予備的請求
被控訴人が,控訴人に対し,平成16年6月14日付け東都発第61号をもってした工事中止命令処分を取り消す。
(4) 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
主文同旨
第2事案の概要
1 本件は,控訴人が,愛知県愛知郡a町内でホテルの建築に着手したところ,被控訴人から,a町ホテル等建築の適正化に関する条例(本件条例)に基づく上記ホテルの建築中止命令(本件中止命令)を受けたため,①本件条例は,(ⅰ)憲法22条に違反する,(ⅱ)風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(昭和59年法律第76号による改正後のもの,風営法)による規制範囲を超える,(ⅲ)旅館業法と矛盾抵触し,規制の必要性と手段が比例しない不相当なものである,②本件中止命令は,(ⅰ)その対象の建物が特定されていない,(ⅱ)本件条例を差別的に適用するものであるとして,本件中止命令の無効(主位的請求)とその取消し(予備的請求)を求めたところ,被控訴人が,これらをいずれも争った事案である。
原審は,本件条例は,憲法22条,風営法,旅館業法のいずれにも矛盾抵触せず,その規制内容も不明確ではなく,本件中止命令は特定を欠くとはいえず,本件条例を差別的に適用するものでもないとして,控訴人の各請求をいずれも棄却したため,控訴人が,これを不服として控訴した。
2 前提事実,関係法令等(抜粋),本件の争点及びこれに関する当事者の主張は,次項で当審における新主張及び補充主張を加えるほかは,原判決「事実及び理由」中「第2 事案の概要」1ないし4のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決5頁8行目の次に,改行して以下のように加える。
「 (4) 本件建物は,平成17年4月13日に完成し,同年5月24日に株式会社A(代表取締役は,控訴人代表者と同じ。)を所有者とする所有権保存登記がされ,その後まもなく有限会社B(同上)が営業を開始し,現在に至っている(甲30ないし32,乙27,28の1,2,弁論の全趣旨)。」
3 当審における新主張及び補充主張
(1) 控訴人の本案前の主張(新主張)
本件建物は,平成17年4月13日に完成し,現在株式会社Aが所有し,その営業は有限会社Bが行っている。これらはすべて適法であって,本件中止命令の是非によっていかなる影響を受けるものでもないから,本件訴えは,現時点において訴えの利益がない。
(2) 本件条例の有効性について
ア 憲法22条との適合性について
(ア) 控訴人
様々な営業形態の存在する今日のホテル営業において,いわゆるラブホテル(以下「ラブホテル」という。)経営について公共の福祉の観点から規制の必要性が高いとするのであれば,ラブホテル等あるいはその経営内容を明確にすべきであり,そうでないと,規制の合理性や相当性を判断する前提を欠く。
また,本件条例は,風営法及び旅館業法のいずれからも規制対象とならない適法なホテル等の営業を規制対象とするものであるから,これを規制するには,その弊害発生の蓋然性が十分示される必要があることは原審で主張したとおりである。しかし,a町では,現実に既にラブホテルが4件存在しているところ,その営業によって周辺の生活環境等が悪化したとの主張はなく,また,ラブホテルでの利用客の出入りが周辺の生活環境等に悪影響を与え,性犯罪等の発生の可能性が無視できないなどの事情は公知の事実とはいえず,その立証もない。したがって,同町が町内全域に田園的雰囲気を残し,宅地化された地域も生活のための居住空間がほとんどであるとしても,それをもって直ちにラブホテル経営の規制の必要に相当の合理性があるとはいえない。仮に規制の必要が認められたとしても,その手段は目的達成のために必要最小限度でなければならないところ,ラブホテル等の群生化による生活環境の悪化防止が本件条例の目的であるとすれば,既存ホテル周辺のホテル建築の規制により十分目的を達成することができ,a町全域でそれを規制する必要はない。
(イ) 被控訴人
「ラブホテル」という用語自体は日常的な用語であり,その内容,定義は明確である。また,条例は,民主主義に基盤を持つ地方公共団体の議会が制定したものである(憲法93条2項,94条)から,制定の合理性を推定できるというべきであるし,ラブホテル経営による周辺の生活環境等への影響等といった条例制定の動機に当たる事実の適否については,当事者が当該事実を主張,立証しなくとも,裁判所の裁量的判断に委ねられるべきものである。また,これらの点を措くとしても,上記は風営法の立法の動機に当たる事実とほぼ同じであるし,社会通念に照らしても容易に推認できる事実である。
さらに,営業の自由を規制する立法においては,立法機関の判断をできる限り尊重すべきであるから,規制手段が合理的と解される範囲内である限り,営業の自由を侵害することにはならず,a町全域でそれを規制することが合理的な範囲を超える規制とはいえない。
イ 風営法との抵触について
(ア) 控訴人
風営法は,時代の変遷等により出現してきた新しい営業形態についても,その都度規制対象として追加する法改正(例えば,平成10年には,いわゆるデリバリーヘルス等を,平成13年にはいわゆるテレホンクラブ営業をそれぞれ規制対象に加えたり,平成17年には,人身売買の防止のための規制の整備等を行っている。)を行っており,また,同法は店舗型性風俗特殊営業の定義について,「前各号に掲げるもののほか,店舗を設けて営む性風俗に関する営業で,善良の風俗,清浄な風俗環境又は少年の健全な育成に与える影響が著しい営業として政令で定めるもの」として,新たな形態の営業の出現に対し,迅速な対応が可能となる規定(同法2条6項6号)を置いているのに,本件条例が建築規制の対象とするホテル等の営業はあえて規制の対象としていないことからすると,風営法は,同法上のラブホテル以外のホテル等の建築を規制することを許容していないというべきである。また,仮に規制が許されるとしても,本件条例の規制手法は,風営法上のラブホテル営業について届出制を採っている風営法に対し,ホテル等の建築にあらかじめ町長の同意を必要とし,実質的にはより強度な許可性を採っており,規制対象の範囲が不明確であるなど,場所的規制や構造的規制が風営法より著しく強度であることは既に主張したとおりである。
(イ) 被控訴人
風営法の頻繁な改正と,それが性風俗営業の形態の変遷に追いついているか否かとは別であり,上記改正経過は,同法が従来の規定では規制の及ばない新たな形態の性風俗営業が出現した場合には,これを規制の対象に取り込む必要があるとの立法態度を取っていることの証左といえる。したがって,風営法は,条例によるいわゆる上乗せ規制,横出し規制を一切許さない趣旨ではない。そして,風営法と本件条例とは,規制方法やその内容がかなり異なるから,その形式的な比較は有意であるとはいえない。しかし,あえて比較すると,そもそもa町は,全域が風営法上のラブホテル等の営業禁止区域であるから,結局,問題はa町における建築規制対象が,「風営法上のラブホテル等」以外のホテル等まで含まれる点に集約されるが,これが,規制目的の合理性や規制方法の相当性に欠けるところはなく,比例原則に反するものではないことは原審で主張したとおりである。
ウ 旅館業法との抵触について
(ア) 控訴人
平成8年改正により旅館業法1条の目的の表現から,「旅館業によって善良の風俗が害されることがないように,これに必要な規制を加え」との部分が削除されて変更されている。しかしながら,これは上記部分が差別的表現であるとの業界の意見を反映したものであり,規制内容には変更はなく,依然として善良の風俗が害されないことは同法の重要な目的の一つである。そうすると,同法と本件条例の目的は同一であるから,規制手法,対象等を比較して,旅館業法の趣旨を阻害するか否かを検討すべきであり,仮に,目的が同一でないとしても,本件条例は,同法の目的,趣旨,効果を阻害しないか否かを検討する必要がある。
そして,旅館業法は,旅館業の経営について都道府県知事の許可制を採っている(同法3条)のに対し,本件条例は,その規定する構造等の基準を充足しない限り,上記経営に先立つ建物の建築に同意しないという実質的許可制を採っており,同法以上に強度の規制をしている。また,同法は,同法施行規則に定める構造を有する建物について,一定の場所的規制(同法3条2項,3項)にかからない限り,旅館業の経営は許可されるのに対し,本件条例は,上記場所的規制をa町全域にまで広げており,過度に強度かつ広汎な規制をしていることは明らかである。さらに,同法3条2項を受けた同法施行規則上,1室の最低限の広さ(1室の床面積9m2以上)の確保が要求され,また,「旅館業における衛生管理要領(昭和59年8月28日衛指第24号厚生省生活衛生局長通知)」は,ホテル営業の客室について,1洋室の床面積は9m2以上であること(13m2以上が望ましいこと。)と規定するのに対し,本件条例施行規則は,床面積が15m2以下の1人用の客室数の全体に占める割合(客室総数の3分の1以上とする。)を遵守するよう規定している(同規則2条2項)など,本件条例は,旅館業法の趣旨を阻害するものである。加えて,本件条例上(具体的には,構造基準を適用しない場合を規定した本件条例施行規則2条3項),構造基準が適用されるか否かが極めて不明確であり,恣意に流れる危険性を孕んでいることは原審で主張したとおりである。
以上のとおり,旅館業法と本件条例の目的は同一であり,仮にそうでないとしても,旅館業法の趣旨等を阻害するもので同法に違反し無効である。
(イ) 被控訴人
確かに,旅館業法には,「善良な風俗の保持」という文言やこれを目的とした内容の規定も存在するが,同法の規定を通観すれば,その規制内容は,宿泊者の安全及び衛生の確保を目的とするものが中心を占めている。そもそも旅館業法は,善良な風俗の保持の観点からの規制は十分ではなかったこと(これを主目的とする風営法が,旅館業法の規制を受けるホテル,旅館営業のうちの一部の特殊な業態による営業を「店舗型性風俗特殊営業」として,重ねて規制の対象に取り込んだ経緯からも明らかである。),平成8年の改正によって,旅館業法の目的規定(1条)から,「善良な風俗の保持」という文言があえて削除されたことを総合すれば,同法において,善良な風俗の確保という観点は後退したというべきであり,控訴人が指摘する厚生省生活衛生局通達の記載もこれと矛盾するものではない。したがって,旅館業法は,ラブホテルの経営ないしそのための建築物について,同法に定める以上の規制を禁止する趣旨ではないから,規制方法や効果等を比較するまでもなく,本件条例との間に矛盾,抵触はない。
また,控訴人が指摘する旅館業法3条2項,3項の場所的規制は,全てのホテル,旅館営業に課されるものであるのに対し,本件条例においては,所定の構造基準に抵触するホテル等(即ち,ラブホテル等の特徴を有するホテル)のみを対象とするもので,場所的規制の範囲が異なるのは当然であり,より強度で広範な規制をするものではない。さらに,旅館業における衛生管理要領は,平成8年の旅館業法の改正以前に作成されたもので,その名称からしても,旅館業に関する衛生の向上及び確保を主目的とするものと理解できるから,本件条例とは目的を異にし,矛盾,抵触の生じる余地はない。また,本件条例施行規則2条3項の「その形態等が町民の快適で良好な生活環境の保持及び青少年の健全な育成を阻害するおそれが」あるホテル等とは,ラブホテル等として利用されるおそれがあるものを指し,その該当性の判断において,客観的構造のみを判断材料としなければならない理由はなく,実際には施主の営業内容や施主から聴取する建物の利用目的等の種々の事情を総合的に勘案することにより,十分に合理的な判断は可能である。なお,ラブホテル等として利用されるおそれのないホテル等については,規制を緩やかにする趣旨の規定にすぎないことからすると,当該条項が恣意的な扱いを許すようなものでないことは明らかである。
(3) 本件中止命令の特定性について
ア 控訴人
建物の建築場所が特定されていれば,当事者(本件中止命令の名宛人と被控訴人)間では,事実上本件中止命令が本件建物を対象とすることは明らかである。しかしながら,本件条例は,その違反者の氏名の公表や刑事罰の適用まで予定している(本件条例10条,13条1項)から,本件中止命令は,当事者間のみならず,周辺住民,警察等に対して判断の範囲を示すものであり,本件中止命令の命令書(以下「本件中止命令書」という。)への「当該ホテル等」の記載は欠くべからざる構成要件である。したがって,建築場所だけでなく,当該ホテル等自体が特定されていないと,上記第三者は当該建物が,上記命令の対象建物か否かを正確に判断できず,本件中止命令は,行政処分の形式に重大かつ明白な瑕疵があるものとして無効である。
イ 被控訴人
本件中止命令においては,建築場所の特定により,その対象が同命令発令時に控訴人が建築しようとしていたホテル等,すなわち本件建物であるとは誰の目から見ても二義を許さずに特定されている。そもそも,本件中止命令の発令時には,対象建物は未完成であり,上記対象建物が,完成後にどのような構造や規模のものになるのかといった事実は,それを特定する補助的な事実にすぎない。したがって,これらの記載が本件中止命令書に必要不可欠である理由はなく,控訴人の主張は独自の見解である。
(4) 本件条例の差別的適用について
ア 控訴人
被控訴人は,控訴人のホテル建築について,同意する意思がないにもかかわらず,本件条例に基づく処分ないし指導と称して,それに従えば同意をするかのように期待させ,控訴人に無駄な時間と費用をかけさせたもので,控訴人の財産権の行使,営業活動を妨害した。このように,被控訴人は,町長の権限を悪用し,控訴人の建築行為及びその後の営業活動の妨害手段として本件条例を用いたものである。また,本件条例に基づく不同意処分は,客観的な構造等の基準に基づき判断される必要があるのに,不同意理由①ないし⑦は,営業主体である控訴人の使用方法の「可能性」等を問題にして本件条例に適合しないとするものであり,不同意理由⑧に至っては,本件条例上に根拠のない控訴人の営業内容を理由にするもので相当でない(仮に,上記⑧が独立した不同意理由ではなく,補完的事情であるとしても,同様である。)。したがって,本件条例は,控訴人に適用される限りにおいて,違法であるというべきであり,それに基づき本件中止命令を発令することは権利の濫用により許されない。また,当初建物も本件建物も,いずれも控訴人が同一土地上に同一目的で建築しようとしていたホテルであり,被控訴人も,本件条例を根拠にそれに対して指導ないし処分を継続してきたもので,控訴人は,被控訴人の違法な対応から,やむなく同意申請を行わずに本件建物の建築に着手するに至ったものである。このような一連の経過からすれば,被控訴人の行為は,当初建物に対する行政処分と本件建物に対するそれを二分することはできず,すべて本件中止命令の違法性に影響を及ぼすものであるから,本件中止命令も違法,無効である。
イ 被控訴人
被控訴人は,本件条例4条の構造等の基準に照らして同意,不同意を判断したもので,条例上の根拠があることは明らかであり,その解釈,適用も合理的かつ相当なものである。また,本件建物は当初とはその構造において顕著な相違点があることは明らかであり,同条が定める構造等の基準に明らかに違反するものである。そして,両建物の間で同一性がない以上,本件中止命令と当初建物に関するそれ以前の被控訴人の行為とは,企図する法律効果が異なることは明らかであり,これらを一連,一体のものとして考える余地はない。したがって,仮に,被控訴人の上記行為が違法であるとしても,違法性が承継されないことは明らかである。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所も,控訴人の本件各請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は,次項において原判決の訂正(当審における控訴人の新主張及び補充主張に対する判断を含む。)をするほかは,原判決「事実及び理由」中の「第3 争点に対する当裁判所の判断」1ないし3(後記訂正後は1ないし5)のとおりであるから,これを引用する。
2 原判決の訂正等
(1) 原判決47頁26行目の次に,行を変えて以下のように加える。
「1 訴えの利益について(当審における新主張)
控訴人は,本件控訴を提起してこれを維持しながら,他方で,本件建物が既に完成していることなどを理由に自ら訴えの利益がないと主張する(これ自体,訴訟の対応としては自己矛盾であるといえる。)ので,この点について,まず判断する(なお,被控訴人は本案前の抗弁を主張していない。)。
本件建物が既に完成していることなどは前記のとおりであり,本件条例には,中止命令の対象となった建物の取壊し等に関する規定はないから(甲3の1),本件中止命令は,建物の建築の中止を命令するものといえ,本件建物の存続自体を法律上左右するものではない。したがって,本件中止命令の効果は,建物の完成によりなくなったものであり,この点からみると,控訴人には回復すべき法律上の利益がないかに思われる。しかしながら,前記(原判決)のとおり,本件条例は,中止命令に違反した者に対する刑罰を規定しており(同条例13条1項),控訴人は,本件中止命令を発令されながら,本件建物の建築を続行してこれを完成させている以上,上記刑罰を受ける虞れがないとはいえず,将来的に本件中止命令を理由に控訴人が不利益を受ける可能性が残存しているというべきである(最高裁昭和55年11月25日第三小法廷判決・民集34巻6号781頁参照)。そうすると,控訴人は,本件中止命令の無効確認や取消しによって回復すべき法律上の利益を有するというべきである。
したがって,本件訴えには訴えの利益が認められる。」
(2) 原判決48頁1行目の「1」を「2」に改める。
(3) 原判決49頁3行目から5行目を,以下のように改める。
「これに対し,控訴人は,ラブホテル経営による種々の悪影響や性犯罪等の発生可能性があることについて根拠がないなどと主張する。しかしながら,これらは,風営法2条6項4号が,店舗型性風俗特殊営業としてモーテルやラブホテル等を位置づけ,同法による規制を行うようになった理由〔異性を同伴する利用者にとって醸成される特殊な雰囲気が,地域住民の静穏な日常生活環境に与える悪影響を無視できなくなり,青少年の健全育成に好ましくない影響を及ぼすに至ったことや,密室的構造のために性犯罪等の各種犯罪を誘発,助長させている実情を無視できないこと(乙25)〕と概ね重なるものであるから,根拠がないとはいえず,控訴人の上記主張は採用できない。
したがって,これらに対する規制は,法的規制措置の必要性や規制の対象・手段・態様などからみて,それが合理的と解される範囲内である限り,憲法上の問題を生ずることはないというべきである。そして,これを本件についてみると,後掲・※(原判決)で判示するとおり,本件条例が憲法22条,29条に違反するとはいえない。」
(4) 原判決49頁24行目の次に,以下を加える。
「もっとも,条例が,上記(原判決)上乗せ条例であったり,横出し条例である場合において,その内容や効果について,全く自由な内容の規制を設けることが許されないことは,上記の趣旨から当然のことであり,それが憲法はもとより国の他の法令の目的等に適合するものでなければならないことはいうまでもない。」
(5) 原判決58頁20行目の次に,行を変えて以下を加える。
「これに対し,控訴人は,風営法は,時代の変遷等により出現してきた新しい営業形態をその都度規制対象として追加する法改正を行っており,また,同法は,新たな形態の営業の出現に対し,迅速な対応ができるような政令への委任規定(同法2条6項6号)を置いているのに,ラブホテル等の営業については,風営法2条6項4号,風営法施行令3条に定める施設(以下「風営法上のラブホテル等」という。)以外のホテルの営業を規制していないのであるから,それ以外のホテルについて規制を許さないのが風営法の趣旨であるなどと主張する。
確かに,前記(原判決)のとおり,風営法は,新たに出現する営業形態に対応して,規制対象とすべき性風俗産業をその都度取り込むことによる改正を比較的頻繁に行ってきたことは事実であるが,それによって時をおかず種々に行われるこの種営業形態の変遷に十分対応しているとは必ずしもいえない。むしろ,以上の経緯に照らすと,新たな営業形態による上記産業が出現した場合には,これを規制対象に取り込んでいくとの姿勢が窺われる。このような観点からすると,上記のとおり,風営法は,最高限度の規制であって,それ以外のラブホテルの営業について一切規制(建築規制により間接的に規制する場合も含む。)を許さないとの趣旨であるとはいえない。
控訴人は,また,そもそも本件条例はラブホテル等の定義を明確にしていないから,本件条例が定める構造基準による建築規制の内容の適否を判断することができないなどと主張する。
確かに,本件条例の目的は,ホテル等の建築の適正化に関し必要な事項を定めることにより,町民の快適で良好な生活環境を保持し,併せて青少年の健全な育成を図ることにあるが,その主たる目的は,自然環境と調和のとれた生活環境等の妨げになるラブホテル等をこれ以上出現させないことにあることは前記(原判決)のとおりである。しかしながら,ラブホテルは,現在日常用語として使用されているものである上,風営法上のラブホテル等が,店舗型性風俗特殊営業の規定の中で,「専ら異性を同伴する客の宿泊の用に供する(中略)施設」(同法2条6項4号)と定義していることに照らせば,上記の定義規定が存在しないことをもって,その定義,内容が,規制内容の適否を判断できないほどに不明確であるとは到底いえないというべきである。
したがって,控訴人の上記主張はいずれも採用できない。」
(6) 原判決58頁25行目から26行目の「必要があるところ,」までを以下のように改める。
「しかしながら,憲法22条1項に基づく職業選択の自由,営業の自由も公共の福祉に適合する必要があるところ,確かに,これに対する規制は,個人の営業活動等の自由が社会公共の安全と秩序の維持の見地から看過することができない場合に,その弊害の除去ないし緩和をするために必要かつ合理的な規制である限りにおいて許されるというべきである。そして,前記(原判決)のとおり,本件条例は,快適で良好な生活環境の保持と青少年の健全な育成を図ることを目的とするものであり,その趣旨に,一定の警察目的が含まれることは否定できないものの,それにとどまらず,地域社会の人的,物的環境の保持という一種の社会政策的な目的をも含み,個人の経済活動を一定の範囲内で制限するものである。そうすると,本件条例の規制についても,民主的手続による地方議会の裁量的判断を尊重しつつ,条例による規制の必要性と相応の合理性が存在することが求められ,その手法,内容及び効果が比例原則に反し,不合理である場合には憲法22条1項に違反するというべきである。そこで判断するに,」
(7) 原判決60頁26行目から61頁1行目までを以下のように改める。
「禁ずるものでないことを考慮すると,その規制の手法,内容及び効果が比例原則に反し,不合理であるとまではいえない。
これに対し,控訴人は,風営法上のラブホテル等以外のホテルが建築規制対象に含まれることをもって比例原則に反するかのように主張する。確かに,前記(原判決)のとおり,本件条例の構造要件を充足しないホテルについて,それがラブホテルとして営業するものでなくとも,町長はその建築に同意しないのが原則である(本件条例4条,6条)。しかしながら,本件条例4条は,ラブホテルに通常みられる特徴を備えた建物の建築を規制するため,上記のような特徴を有しないよう建築構造の要件を定めており,そのうち客室構成に関する要件(同条例4条1項8号,同条例施行規則2条2項)は,専ら飲食,湯治,代替宿泊その他これに類するものの用に供することを目的とするもので,その形態等が町民の快適で良好な生活環境の保持及び青少年の健全な育成を阻害するおそれがないと町長が認めるものには適用されない(同条例4条1項8号但書,同条例施行規則2条3項)ことからすると,ラブホテル以外のホテルの建築を不相当に規制するものとはいえず比例原則に反するとまでは認められない。したがって,控訴人の上記主張は採用できない。
これに対し,控訴人は,a町には以前から既にラブホテルが4軒存在して営業しているが,これによって周辺の生活環境等が悪化したとの主張はないなどと主張する。しかしながら,被控訴人が,既存のラブホテルによる具体的な生活環境への悪化等について主張していないとしても,前記(原判決)したa町の地域性(町内全域が田園的雰囲気を残し,宅地化された地域も,生活のための居住空間がほとんどであること)や風営法がラブホテル等を規制対象とした立法理由等に照らすと,それ以上に上記主張(及び立証)をしていないことは,前記(原判決)推認(都会化された地域と比較して,性的な営みの場所を提供することを目的とするラブホテルの存在による生活環境ないし教育環境等への悪影響は相当なものがあること)の妨げにはならない。
さらに,控訴人は,また,既存ホテルが存在するインターチェンジ周辺のラブホテル建築を規制すれば足り,a町全域においてこれを規制する必要はなく,規制が必要最小限でないなどとも主張する。しかしながら,a町の上記地域性等に照らすと,同町全域における規制は,目的達成の手段,態様として相応の合理性があり(かえって,インターチェンジ周辺のみの規制ではその目的を十分に達成できない可能性が高いといえる。),比例原則に反するとはいえない。
したがって,控訴人の上記主張は,いずれも採用できない。」
(8) 原判決62頁1行目ないし3行目を以下のように改める。
「そうすると,本件条例は,旅館業法とは別の目的に基づく規制を意図するものといえるから,その適用によって法の意図する目的と効果を何ら阻害することがない限り,同法と矛盾抵触はなく,その違反にはならないというべきである(最高裁昭和50年9月10日大法廷判決・民集29巻8号489頁)。
そこで,本件条例の適用が,旅館業法の意図する目的と効果を阻害するか否かについて判断する。旅館業法は,旅館業の健全な発達と利用者の需要の多様化等に対応したサービス提供の促進による公衆衛生及び国民生活の向上に寄与するとの目的から,旅館業を経営しようとする者に対し,都道府県知事の許可による営業規制という規制方法を採用しているのに対し,本件条例は,前記(原判決)のとおり,快適で良好な生活環境の保持と青少年の健全な育成を図るとの目的から,旅館業法2条2項に規定するホテル営業又は同条3項に規定する旅館営業の用に供することを目的とする施設について,その構造要件を充足しないものは町長が同意しないことによる建築規制という規制方法を採用し,これにより間接的に営業規制が図られることや,上記建築規制が町長の同意を要求していることが都道府県知事の許可と類似する面があることなどを総合すると,類似している面はあるものの,一応,規制手法としては異なっている。また,本件条例は,所定の構造要件に抵触するホテル等(ラブホテル等の特徴を有するホテル)のみを規制の対象とするところ,旅館業法も,上記許可申請にかかる施設の構造設備が政令で定める基準に適合しないと認めるときや,学校等の周囲おおむね100mに上記申請にかかる施設を建てようとする場合で,その設置によって当該施設の清純な施設環境が著しく害されるおそれがあると認めるときに許可を与えないことができる(同法3条2項,3項)とされていること,さらに,前記のとおり,本件条例は,上記構造要件のうち客室構成に関する要件(同条例4条1項8号,同条例施行規則2条2項)について,一定のもの(要するにラブホテル等として使用されないもの)で,町長が認めたものにつき,これを除外する規定をも置いていること(同条例4条1項8号但書,同条例施行規則2条3項)などに加え,本件条例と旅館業法の前記目的の差異をも踏まえると,本件条例が旅館業法の目的や効果を阻害するとまではいえず,控訴人が指摘する旅館業における衛生管理要領(昭和59年8月28日衛指第24号厚生省生活衛生局長通知,ホテル営業について,1洋室の床面積は9m2以上で13m2以上が望ましいと規定する。)も,上記判断を左右しないというべきである。
そうすると,本件条例は,その適用によって旅館業法の意図する目的と効果を何ら阻害するものではないから,同法と矛盾抵触しないというべきであり,控訴人の上記主張は採用できない。」
(9) 原判決63頁7行目の「2」を「3」に,19行目の「明らかであるから,」から21行目までを以下のように,それぞれ改める。
「明らかである。もっとも,控訴人は,本件条例上,中止命令の対象となるホテル等は欠くべからざる構成要件であり,また,当該ホテル等の建築場所を特定するだけでは,周辺住民や警察等の第三者には,上記命令の対象建物か否かを正確に判断できないと主張する。しかしながら,一般に中止命令が発令される場合,当該対象建物は建築途中であるのが通常であるから,上記命令発令時に特定された建築場所に複数の建物が建築中である場合であればともかく,それが1棟のみである場合には,周辺住民等の第三者にとっても当該命令の対象建物であるか否かは容易に判断可能である。また,建物完成後においては,仮に建築確認申請の申請書類等から判明する限度でそれを特定していたとしても,現実に完成した建物が必ず上記書類等の内容と合致するとは断言できず,上記はあくまで発令時において将来完成する予定の建物として記載するにすぎないことからすると,建築場所以外に将来完成予定の建物の記載の有無によって,特定の有無に絶対的な差があるものともいえない。したがって,本件中止命令に瑕疵があるとはいえない。」
(10) 原判決63頁22行目の「3」を「4」に改め,25行目の「21,」の次に「36,37」を加え,64頁20行目の「中途で打ち切られた。」から21行目までを以下のように改める。
「途中,中断したりするなどして紛糾し,参加した住民らは,その後の説明会において,控訴人が記名依頼をした参加者名簿に記名をしなかった。このような経過を経て,住民らは,同年7月4日,控訴人のホテル建設反対の署名活動を展開し,これを町当局に対して提出するなどした。そして,同月13日に開催が予定されていた建築事務所主催の説明会について,地域の自治会長から同月11日に断りの電話連絡があり,これは中止となった。」
(11)原判決69頁22行目の「行政の在り方」から26行目までを,以下のように改める。
「控訴人に対し,同意について始めに結論ありき(同意しない)との印象を与えかねないもので,行政の在り方としてその当否が問題となり得る。確かに,それまでの不同意理由⑧をめぐるやりとりの経過(原判決)があるにしても,上記指導内容(原判決)は,いささか感情的な対応といえなくはない。しかしながら,上記(原判決)のとおり,被控訴人は,それまでの経過全体を通じてみれば,本件条例の目的の実現に沿って行動してきたとも評し得るのであって,上記指導は,不同意理由をめぐって数か月にわたってやりとりをしてきた末のものであったこと,任意の協力を求めるにすぎない行政指導の枠内にとどまることを併せて考えると,それが法令に根拠を持たないものであっても,直ちに違法とまではいえない。
したがって,被控訴人は控訴人に対する予断と偏見に基づいて不当な差別を行ってきたとか,町長の権限を濫用して,控訴人の営業活動等の妨害手段として本件条例を用いたなどの控訴人の主張は採用できず,また,同条例を適用した中止命令の発令が権利の濫用であるともいえない。なお,控訴人は,不同意理由①ないし⑦は,控訴人の使用方法の可能性等を問題にし,同⑧に至っては,本件条例上に根拠のない理由であるから,本件条例は,控訴人に適用される限りにおいて違法の瑕疵を帯びているなどと主張するが,同①ないし⑦は,構造基準へのあてはめの問題であり,解釈として許される範囲を逸脱して違法とまではいえないから,同⑧が存在しているからといって,本件条例の適用が違法となるとはいえない。」
(12) 原判決70頁11行目及び12行目を,以下のように改める。
「これに対し,控訴人は,当初建物も本件建物も,いずれも控訴人が同一土地上に同一目的で建築しようとしていたホテルであり,一連の経過等からすれば,当初建物に対する行政指導の過程に違法があれば,本件建物に対する本件中止命令も違法となるなどと主張するが,上記〔原判決(本件建物は,当初建物とはその構造において顕著な相違点があり,かつ,本件条例等に定める構造等の基準を明らかに充足していないこと)〕に照らして採用できない。
そうすると,本件中止命令が,被控訴人による恣意的・差別的なものとして違法であるとの控訴人の主張は採用できない。
5 その他,控訴人が主張するところは,いずれも原審の主張の繰り返しなどであって,前記判断(原判決)を左右するものではない。」
第4結論
以上によれば,控訴人の本件各請求はいずれも理由がなく,これと結論を同じくする原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとする。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中由子 裁判官 山崎秀尚)
裁判官佐藤真弘は,転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 田中由子