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名古屋高等裁判所 平成18年(う)158号 判決 2006年6月26日

主文

原判決を破棄する。

本件を名古屋地方裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は,弁護人奥村徹作成の控訴趣意書(平成18年4月18日付け),控訴趣意補充書(要約)及び控訴趣意補充書各記載のとおりであり,これに対する答弁は,検察官矢吹雄太郎作成の答弁書記載のとおりであるから,これらを引用する。

論旨は,多岐にわたるが,(1)理由不備,(2)訴訟手続の法令違反,(3)事実誤認,(4)法令適用の誤り及び(5)量刑不当を主張するものである。

1  訴訟手続の法令違反の論旨について

訴訟手続の法令違反をいう論旨の一つは,検察官は,本件起訴状記載の公訴事実2において作為犯の共同正犯を訴因として主張していたのに,原審が,訴因変更の手続をとることなく,原判決の(罪となるべき事実)第2において不作為犯の幇助犯を認定したのは,訴訟手続の法令違反に当たり,その違反が判決に影響を及ぼすことは明らかである,というのである。

そこで検討するに,本件起訴状記載の公訴事実2に記載された訴因は,被告人が開設したホームページの電子掲示板に児童ポルノ画像を送信して記憶・蔵置させた者ら(以下,「投稿者ら」という。)と共謀の上,当該ポルノ画像合計11画像を公然と陳列した,というもので,共同正犯(作為犯)を内容とするものである。これに対して,原判決が認定した(罪となるべき事実)第2の事実は,投稿者らが当該ポルノ画像を上記電子掲示板に送信して記憶・蔵置させ,公然陳列しようとした際,上記電子掲示板を管理しうる立場にあった被告人が,違法画像が上記電子掲示板に受信・掲載されているのを発見した場合には,不特定多数の者に閲覧等されるのを防止すべき義務があるのに,敢えてこれを放置し,もって,これを幇助した,というもので,幇助犯(不作為犯)を内容とするものである。そして,原審訴訟手続においては,判決に至るまで,訴因変更の手続は一切とられなかった。

一般に,共同正犯の訴因に対し,幇助犯を認定する場合には,いわゆる縮小認定として,訴因変更の手続を必要としないこともあるといえるが,その認定の変更(ずれ)が,被告人の防御方法につき抜本的な変更を生ぜしめるような場合には,訴因変更手続を経ないまま変更した事実を認定すれば,被告人の防御に実質的な不利益を生じるのであり,訴因変更の手続を経る必要があると解される。以上の解釈は,作為犯を想定してのものであるが,本件は,作為犯である共同正犯の訴因につき,同じく作為犯の幇助犯を認定するという場合とは異なり,作為犯である共同正犯の訴因につき,不作為犯の幇助犯を認定する場合に該当するのであり,更なる検討を要する。この場合,作為犯と不作為犯の両者の行為態様は基本的に異質であり,被告人の防御の重点も,当然に,共謀の存否,作為犯における作為の存否などから,不作為犯における作為義務の存否,作為義務違反の存否などに移行することになると思われる。被告人の防御方法が抜本的に修正を余儀なくされることは明白であり,本件は,訴因変更の手続が必要とされる場合に当たるというべきである。

なお,本件では,原審において,原審弁護人から本件は幇助犯に該当する旨の主張もなされており,具体的には,ある程度の防御権の行使があったことが窺われるが,本件は,前述のように,作為犯である共同正犯の訴因につき,不作為犯の幇助犯を認定する場合に該当し,一般的にいって,防御の観点から訴因変更が必要と解される場合である上,現実にも,審理対象を不作為による幇助犯と明確にしなかったことから,十分な防御活動が展開されなかったように思われる。例えば,原審弁護人は,弁論要旨において,「なにをもって幇助とするか」という表題の下に,「不真正不作為犯の成立要件」,「不真正不作為犯に関する裁判例」,「作為義務の特定」という項目をもうけてそれぞれ論じてはいるが,あくまで一般論を述べるにとどまり,本件について,不作為犯の幇助犯であるとしたときに,それを争う趣旨であるのか,争うとしてどの点について争うのかは明示されていない。更に,「作為義務の特定」の項目においては,幇助犯については,作為義務の内容・発生根拠が特定されなければ本件起訴は訴因不特定により無効である,とも主張しているのである。いずれにしても,原審において,具体的にある程度の防御が行われていたことは,訴因変更手続が必要であるとの前記の判断を左右するものではないと解される。

そうすると,訴因変更手続をしないで,原判示第2の事実を認定した原審の訴訟手続には法令違反があり,その違反が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

論旨は理由がある。

2  破棄差戻し

以上のとおり,原判示第2の事実(本件起訴状記載の公訴事実2の事実)の審理に関して,原審の訴訟手続には法令違反があり,その違反が判決に影響を及ぼすことは明らかであるが,原判決は,上記事実と原判示第1の事実(同公訴事実1の事実)とを併合罪として一個の刑を科しているから,原判決は全部につき破棄を免れない。

そこで,その余の弁護人の論旨に対する判断を省略し,刑訴法397条1項,379条により原判決を全部破棄し,本件については,訴因変更の点を含めて,原裁判所で更に審理するのが相当であるから,同法400条本文により本件を名古屋地方裁判所に差し戻すこととし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・門野博,裁判官・村田健二,裁判官・松岡幹生)

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