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名古屋高等裁判所 平成18年(う)67号 判決 2006年5月30日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は,弁護人奥村徹作成の控訴趣意書及び控訴理由補充書に記載のとおりであり,これに対する答弁は,検察官関本倫敬作成の答弁書に記載のとおりであるから,これらを引用する。控訴趣意の論旨は,(1)訴訟手続の法令違反,(2)法令適用の誤り(憲法違反を含む。),(3)量刑不当(憲法違反を含む。)の3点である。そこで,原審記録を調査し,これらにつき順次検討する。

第1  訴訟手続の法令違反,法令適用の誤り(憲法違反を含む。)の論旨について

以下,控訴趣意書に記載された控訴理由第1ないし第13,第15(なお,同第14,第16は量刑不当に関する所論である。)の順序に従って検討する。また,本判決書中においては,児童ポルノ処罰法7条6項の「外国から輸出」を,以下,単に「輸出」ともいう。

1  控訴理由第1(原判示第1につき,訴訟手続の法令違反【余事記載】)

所論は,各公訴事実記載の各児童ポルノ輸出罪の訴因(原判示第1に対応するもの。以下,同様である。)は,起訴されていない輸入既遂罪の事実まで記載されているところ,この事実記載は,外国からの輸出罪の成否とは関係のない余事記載であり,起訴されていない余罪の成立につき裁判官に予断を抱かせる事実であって,本件各起訴は,刑訴法256条6項に違反する無効な起訴であるのに,公訴を棄却せずに実体判断をした原判決には,訴訟手続の法令違反がある,というのである。

しかしながら,本件児童ポルノ輸出罪の既遂時期については後記3項で説示するとおりであるところ,所論の指摘する事実は,本件各児童ポルノ輸出罪が既遂に至った後の事実を児童ポルノ輸出に関連する事情として記載したものと解されるから,訴因事実とは関連しない起訴されていない余罪の処罰をも求める趣旨で記載したものではなく,したがって,起訴されていない余罪の成立につき裁判官に予断を抱かせる事実ではない。よって,本件各起訴は刑訴法256条6項に違反する無効な起訴とはいえず,この点につき原判決には訴訟手続の法令違反はない。所論は前提を欠き,理由がない。

2  控訴理由第2(原判示第1につき,訴訟手続の法令違反【訴因不特定】)

所論は,各公訴事実記載の各児童ポルノ輸出罪の訴因は,起訴されていない輸入既遂罪の事実まで記載されているため訴因が特定されておらず,本件各起訴は無効な起訴であるのに公訴を棄却せずに実体判断をした原判決には,訴訟手続の法令違反があり,また,訴因不特定であるにもかかわらず釈明を求めずに実体判断をした点においても,原判決には,訴訟手続の法令違反がある,というのである。

しかしながら,本件各公訴事実には,外国からの輸出罪に該当する構成要件事実がすべて記載されている上,その末尾に,「もって児童ポルノを外国から輸出した」と記載され,また,罰条として,児童ポルノを外国から輸出した罪の罰条である「児童ポルノ処罰法7条6項,4項」のみが記載されているから,本件の訴因は児童ポルノを外国から輸出した事実として特定されていることは明らかであって,この点につき原判決には訴訟手続の法令違反はない。所論は前提を欠き,理由がない。

3  控訴理由第3(原判示第1につき,訴訟手続の法令違反【輸出罪は不成立】)

所論は,原判決は「児童ポルノDVDを航空機に搭載させ,もって,児童ポルノを輸出した」(原判示第1)と判示するところ,児童ポルノ輸出罪は,児童ポルノをタイ王国の領域外に搬出させた時点で既遂に達するのであって,航空機に搭載させた時点では既遂にならないから,原判決の(罪となるべき事実)は犯罪を構成せず,原判決は刑訴法335条1項に反し,訴訟手続の法令違反がある,というのである。

そこで,児童ポルノの外国からの輸出罪の既遂時期について検討する。

性交又は性交類似行為に係る児童ポルノを製造,提供するなどの行為は,児童ポルノに描写された児童の心身に有害な影響を及ぼし続けるだけではなく,このような行為が社会に広がるときには,児童を性欲の対象としてとらえる風潮を助長することになるとともに,身体的及び精神的に未熟である児童一般の心身の成長にも重大な影響を与えるため,児童ポルノ処罰法7条は,これらの行為を処罰しているところ,そのうち同条6項は,外国の児童が児童ポルノの描写の対象とされて性的に搾取されている実情があることなどにかんがみ,これに対する国際的な対処が必要であることから,日本国民が同条4項に掲げる行為の目的で児童ポルノを外国に輸入する行為及び外国から輸出する行為をも処罰の対象にしたものと解される。そして,外国からの輸出罪の場合,同条4項に掲げる行為の目的をもって児童ポルノを他の国に搬出するため,その地域に仕向けられた船舶,航空機等の輸送機関にこれを積載ないし搭載させれば,現代の輸送機関の発達等にもかんがみると,児童ポルノが他の国において流通し,ひいてはこれに描写された児童の性的搾取が重ねられるという危険が現実化したものということができる。これに加えて,輸出という概念の日常的な用法や,輸出罪を処罰する各種法令においても積載ないし搭載の時点で既遂に達していると解されていることなどにも照らすと,児童ポルノの外国からの輸出罪は,輸送機関が輸出国の領域を出るのを待つまでもなく,上記のような輸送機関へ積載ないし搭載した時点で既遂に達すると解するのが相当である。

本件の場合,原判決の認定した事実によれば,被告人が,タイ王国内から本邦に居住する者らに宛てて児童ポルノDVDを国際スピード郵便物として航空便でそれぞれ発送し,情を知らない同国内のドンムアン国際空港関係作業員らをして,これらの郵便物を同空港から本邦の成田国際空港に到着する予定の航空機に搭載させたというのであり,航空機への搭載の時点で,外国からの輸出罪は既遂となるから,上記事実を前提に,児童ポルノの外国からの輸出罪の成立を認めた原判決は,犯罪を構成しない事実を認定したものとはいえず,訴訟手続の法令違反はない。

4  控訴理由第4(原判示第1につき,法令適用の誤り【憲法14条1項,21条違反】)

所論は,児童ポルノの外国からの輸出を処罰する児童ポルノ処罰法7条6項は,有体物の場合のみを処罰する点で不合理な差別であって憲法14条1項に違反し無効であり,また,有体物に化体した情報の流通についてのみ重く処罰することは表現の自由に対する不当な制限であって憲法21条に違反し無効であるから,原判決は違憲,無効な処罰規定を適用した法令適用の誤りがある,というのであるが,児童ポルノ処罰法7条の法意に照らし,同条6項が憲法14条1項,21条に違反しないのは明らかであり,この点につき原判決には法令適用の誤りはない。所論は独自の見解であり,理由がない。

5  控訴理由第5(原判示第1につき,法令適用の誤り【憲法21条違反―犯罪構成要件不明確】)

所論は,児童ポルノ処罰法7条6項は,犯罪構成要件である「輸出」,「目的」の概念が漠然不明確であって,憲法21条に違反し無効であるから,原判決は違憲,無効な処罰規定を適用した法令適用の誤りがある,というのである。

しかしながら,児童ポルノ処罰法7条6項の輸出の意義は,前記3項に説示したとおりであるが,これについては一般人が社会通念に照らし容易に看取し得るところである上,同法7条6項の目的は,同条4項に掲げる行為の目的とされており,その行為は同条4項に明示されているから,児童ポルノ処罰法7条6項の犯罪構成要件が漠然不明確であり憲法21条(又は同31条)に違反し無効であるとはいえない。よって,この点につき原判決には法令適用の誤りはない。所論は前提を欠き,理由がない。

6  控訴理由第6(原判示第1につき,法令適用の誤り【提供罪の実行行為に内包される本件各輸出行為には,児童ポルノ輸出罪は適用されない。】)

所論は,本件においては児童ポルノ提供罪が成立するところ,本件児童ポルノ輸出行為は児童ポルノ提供罪の実行行為に含まれ,児童ポルノ輸出罪は成立しないから,児童ポルノ輸出罪の成立を認め,児童ポルノ処罰法7条6項を適用した原判決には法令適用の誤りがある,というのである。

しかしながら,外国からの輸出罪の構成要件が提供罪のそれとは別個に定められている上,特に児童ポルノ処罰法7条6項は日本国民による国外犯であり,同法7条4項の特別法としての性質も有することから,本件において,児童ポルノ輸出行為が児童ポルノ提供罪の実行行為に含まれ児童ポルノ輸出罪は成立しないということはできない。よって,この点につき原判決には法令適用の誤りはない。所論は独自の見解であり,理由がない。

7  控訴理由第7(原判示第1につき,法令適用の誤り【児童ポルノ処罰法7条6項の目的に欠け,同条項は適用されない。】)

所論は,児童ポルノ処罰法7条6項,4項の提供目的は,輸出先において不特定又は多数の者に提供する目的をいうと解すべきであるところ,本件においては買主はエンドユーザーであって,そこから更に不特定又は多数の者に提供されることはなく,したがって,児童ポルノ処罰法7条6項,4項に該当しないから,この条項を適用した原判決には法令適用の誤りがある,というのである。

しかしながら,児童ポルノ処罰法7条6項,4項の提供目的は外国から輸出する際に認められれば十分と解すべきであって,輸出先においてさらに不特定又は多数の者に提供する目的を要する旨,所論のように限定的に解すべき合理的根拠はなく,この点につき原判決には法令適用の誤りはない。所論は独自の見解であり,理由がない。

8  控訴理由第8(原判示第1につき,法令適用の誤り【児童ポルノ処罰法7条6項の目的に欠け,同条項は適用されない。】)

所論は,児童ポルノ処罰法7条6項,4項の提供目的は,不特定又は多数の者に提供する目的であるところ,本件は,特定かつ少数の者に提供する目的での外国からの輸出であり,児童ポルノ処罰法7条6項,4項に該当しないから,この条項を適用した原判決には法令適用の誤りがある,というのである。

しかしながら,児童ポルノ処罰法7条6項,4項は,児童ポルノを不特定又は多数の者に提供する目的のある場合を処罰しているところ,関係証拠によると,被告人が児童ポルノをインターネットオークションに出品し,これを落札した者には,その者が誰であっても輸出する意思であったことは明らかであり,現に多数の者に輸出されていることからも,被告人にそのような目的のあったことが優に認められるから,この点につき原判決には法令適用の誤りはない。所論は前提を欠き,理由がない。

9  控訴理由第9(原判示第1につき,訴訟手続の法令違反【訴因逸脱認定】)

所論は,本件児童ポルノ輸出罪の各公訴事実は,直接正犯構成となっているところ,訴因変更手続をすることなく間接正犯構成にした原判決は,不意打ちであって,訴因逸脱認定(審判の請求を受けない事件について判決をした違法)による訴訟手続の法令違反がある,というのである。

たしかに,本件各起訴状の児童ポルノ輸出罪に係る公訴事実には,原判決の(罪となるべき事実)と異なり,「空港関係作業員ら」の文言はない。しかしながら,本件児童ポルノを国際郵便物として航空便で発送すれば,空港関係作業員らがこれを航空機に搭載させることは自明の理であり,公訴事実の記載も明示はされていないものの,黙示的に間接正犯構成をとっているものと解される。したがって,この点について訴因変更手続をしていなくても,訴因逸脱認定とはならず,また,被告人の防御に支障はなく何ら不意打ちとはならないから,この点につき原判決には訴訟手続の法令違反はない。所論は前提を欠き,理由がない。

10  控訴理由第10(原判示第2につき,法令適用の誤り【憲法21条違反】)

所論は,児童ポルノ処罰法においては,所定の目的のない輸入,輸入予備,輸入未遂は不可罰とされているところ,関税法は目的を限定することなく児童ポルノの輸入を処罰し,さらに輸入予備,輸入未遂も輸入既遂と同一の法定刑で処罰しており,過度に広汎な規制であるから,児童ポルノに関する関税法,関税定率法の規定は,憲法21条に違反し無効であり,無効な規定を適用した原判決には法令適用の誤りがある,というのである。

しかしながら,前記のとおり,児童ポルノ処罰法7条6項は,外国の児童が児童ポルノの描写の対象とされて性的に搾取されている実情があることなどにかんがみ,これに対する国際的な対処の必要から,日本国民が同条4項に掲げる行為(児童ポルノの提供など)の目的で児童ポルノを外国に輸入する行為及び外国から輸出する行為をも処罰の対象にし,他方,関税法109条は,社会公共の秩序,衛生,風俗,信用その他の公益の侵害を防衛する目的で,関税定率法21条1項各号に掲げる輸入禁制品の輸入を防止するために規定されたものであって,それぞれの立法趣旨に照らし合目的的に,必要かつ相当な限度において処罰の範囲及びその要件を定めているものと解されるところ,所論の指摘する児童ポルノに関する関税法,関税定率法の規定が過度に広汎な規制であって,憲法21条に違反するとはいえないから,この点につき原判決には法令適用の誤りはない。所論は独自の見解であり,理由がない。

11  控訴理由第11(原判示第2につき,法令適用の誤り【関税法の輸入未遂罪は成立しない。】)

所論は,本件では児童ポルノの本邦への輸入罪が既遂になっており,その場合は法条競合により関税法は適用されないから,関税法を適用した原判決には法令適用の誤りがある,というのであるが,本件では,児童ポルノの本邦への輸入罪が起訴されていない上,児童ポルノの本邦への輸入罪が既遂になるときは法条競合により関税法は適用されないとはいえないから,この点につき原判決には法令適用の誤りはない。所論は独自の見解であり,理由がない。

12  控訴理由第12,第13(原判示第1,第2につき,法令適用の誤り【児童ポルノ輸出罪,関税法の輸入未遂罪の罪数】)

所論は,(1)原判示第1の6回の児童ポルノの外国からの輸出は包括一罪であり,(2)児童ポルノの外国からの輸出罪と関税法の輸入未遂罪とは観念的競合の関係にあり,結局,原判示事実全体が一罪となるから,児童ポルノの外国からの輸出罪6罪及び関税法の輸入未遂罪6罪の併合罪とした原判決には法令適用の誤りがある,というのである。

しかしながら,(1)原判示第1の6回の児童ポルノの外国からの輸出は,これらの行為が同一機会に同一意思をもってなされたものとは認められないから,それぞれ各別に児童ポルノの外国からの輸出罪が成立し,また,(2)児童ポルノの外国からの輸出罪は,前記のとおり,対象物を他の国に搬出するため,その地域に仕向けられた航空機等の輸送機関にその対象物を積載ないし搭載したときをもって既遂に達すると解されるのに対し,関税法の輸入罪は,外国から本邦に到着した貨物を本邦に(保税地域を経由するものについては,保税地域を経て本邦に)引き取ったときをもって既遂に達するのであって,児童ポルノの外国からの輸出罪が既遂に達した後,児童ポルノを本邦に引き取るまでの部分は児童ポルノの外国からの輸出罪の実行行為とは重ならないから,児童ポルノの外国からの輸出罪と関税法の輸入未遂罪は一個の行為とはいえず,所論のいう国際スピード郵便(EMS)発送ラベルが複写式になっていて通関手続に必要な書類はそのラベルへの記入で完成することなどを前提にしても,両罪は観念的競合ではなく,併合罪の関係に立つというべきであるから,これらの点につき原判決には法令適用の誤りはない。所論は独自の見解であり,理由がない。

13  控訴理由第15(原判示第1,第2につき,法令適用の誤り【罰金刑の併科について】)

所論は,児童ポルノ提供行為の収益を別罪である児童ポルノ輸出罪,関税法の輸入未遂罪の罰金刑として収奪した原判決には法令適用の誤りがある,というのである。

しかしながら,原判決は,児童ポルノ提供行為の収益を別罪である児童ポルノ輸出罪,関税法の輸入未遂罪の罰金刑として収奪したものではないから,この点につき原判決には法令適用の誤りはない。所論は前提を欠き,理由がない。

14  以上のとおり,訴訟手続の法令違反,法令適用の誤り(憲法違反を含む。)の論旨は,いずれも理由がない。

第2  量刑不当(憲法違反を含む。控訴理由第14,第16)の論旨について

本件は,被告人が,6回にわたり,(1)タイ王国から日本に向けて児童ポルノを輸出し,(2)その購入者と共謀の上,輸入禁制品である児童ポルノを輸入しようとしてこれを遂げなかった事案である。利欲目的の犯行であり,安易で自己中心的な犯行動機に酌量の余地はない。児童に対する性的な搾取を助長し,社会の健全性を害する悪質な犯行である。以上によれば,被告人の刑事責任を軽視することはできない。

そうすると,被告人が,犯行を認め贖罪寄付をするなど反省の態度を示していること,今後は再犯をしない旨誓っていること,被告人に前科がないこと,関税法違反の共犯者である買主らが処罰されていないこと(なお,この点をもって憲法14条1項に違反するとはいえない。)など,所論の指摘する被告人のために酌むべき事情を考慮してもなお,被告人を懲役2年及び罰金50万円(懲役刑につき3年間執行猶予)の刑に処した原判決の量刑は,罰金刑を併科した点を含めて相当であり,これが重過ぎて不当であるとはいえない。量刑不当(憲法違反を含む。)の論旨は理由がない。

第3  よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・前原捷一郎,裁判官・髙橋裕,裁判官・山田耕司)

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