大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 平成18年(ネ)1088号 判決 2007年3月14日

控訴人(1審被告)

株式会社イーストヒル

上記代表者代表取締役

上記訴訟代理人弁護士

藤井一男

被控訴人(1審原告)

上記訴訟代理人弁護士

田中智之

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

(1)  原判決を次のとおり変更する。

ア 控訴人は、被控訴人に対し、103万4000円及びうち50万4000円に対する平成17年7月16日から、うち53万円に対する平成18年6月27日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

イ 被控訴人のその余の請求を棄却する。

(2)  第1審の訴訟費用のうち、5分の1は控訴人の負担とし、その余の第1審の訴訟費用及び控訴費用は、被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

主文と同旨

第2事案の概要

1  本件は、控訴人が経営していたゴルフクラブに入会した際保証金530万円(以下「本件保証金」という。なお、控訴人と被控訴人が契約したゴルフ会員権契約(以下「本件ゴルフ会員権契約」という。)において、会員が資格を喪失した場合には、保証金を10か年毎年均等額償還する旨規定されている。)を預託し、その後ゴルフクラブを退会した被控訴人が、控訴人は本件保証金の2回目の償還金53万円を催告しても支払わないので本件ゴルフ会員権契約を債務不履行を理由に解除したと主張して、控訴人に対し、解除による原状回復義務履行請求権に基づき、本件保証金530万円から返還を受けた金額を控除した残金474万4000円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成17年7月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

原審は、本件ゴルフ会員権契約においては、会員が資格を喪失した場合、保証金は10か年で毎年均等額ずつ返還する約定となっていたから、被控訴人からの退会の意思表示によって本件ゴルフ会員権契約が約定解除された後も、本件ゴルフ会員権契約は、本件保証金の返還債務に期限の利益を付与している限度で存続し、約定に基づく本件保証金の返還債務の履行が遅滞したときには、被控訴人は、債務不履行に基づいて本件ゴルフ会員権契約を法定解除し、原状回復請求として未返還の本件保証金の一括返還を求めることができるとして、被控訴人の請求を全部認容した。

原判決に対し、控訴人が不服があるとして控訴した。

2  争いのない事実

(1)  控訴人は、鳳来イーストヒルゴルフクラブ(以下「本件ゴルフクラブ」という。)を経営していた会社である。

(2)  被控訴人は、平成4年10月1日、本件ゴルフクラブに入会し、入会に際し、控訴人に対し、保証金として530万円(本件保証金)を預託した。

(3)  本件保証金については、本件ゴルフ会員権契約の会則7条において、「保証金には利息を付けず、会員が資格を喪失した場合には、その会員の会社に対する凡ての債務と対当額において相殺し、残額を10カ年毎年均等額償還する」と規定されている(以下「本件特約」という。)。

(4)  被控訴人は、控訴人に対し、平成15年6月26日、本件ゴルフクラブを退会する旨の意思表示をした。

(5)  被控訴人は、平成17年5月23日、控訴人に対し、本件ゴルフ会員権契約において控訴人から被控訴人に対し10年間で均等額償還される約定になっている本件保証金に関する2回目の償還金53万円を、同年6月26日限り支払うことを催告するとともに、同日限り支払がない場合には、本件ゴルフ会員権契約を同日の経過をもって債務不履行解除する旨を通知した。

(6)  控訴人は、平成17年6月26日までに、2回目の償還金53万円の支払をしなかった。

3  当事者の主張

(被控訴人)

ア 本件ゴルフ会員権契約のうち、本件保証金に関する規定については、被控訴人が本件ゴルフクラブを退会した後も、その限度で効力を有している。

そして、控訴人は2回目の償還金53万円を催告しても支払わないので、被控訴人は、本件ゴルフ会員権契約を債務不履行を理由に解除した。

したがって、控訴人は、被控訴人に対し、解除による原状回復義務に基づき、本件保証金530万円から返還済みの55万6000円を控除した残金474万4000円(及び遅延損害金)の支払義務がある。

イ 控訴人の主張イについて

控訴人は、預託金会員制ゴルフクラブにおける退会の意思表示の法的性質が約定解除権の行使であると法的評価しうることから、会員が退会の意思表示をした会員契約についてさらに法定解除権を行使することはできないという効果を導いているが、そこには論理の飛躍がある。控訴人の主張イは、控訴人独自の見解であり、主張として失当である。

ウ 控訴人の主張ウについて

控訴人が有している分割返済の利益は、控訴人と被控訴人の契約が存在しているからこそ法的に正当化されるものであり、被控訴人がかかる拘束から離脱するために、控訴人との間の本件ゴルフ会員権契約について法定解除権を行使することを、なぜ法的に不可であるとするのか、被控訴人は理解に苦しむ。

(控訴人)

ア 被控訴人の主張アについて

本件ゴルフ会員権契約のうち、本件保証金に関する規定については、被控訴人が本件ゴルフクラブを退会した後も、その限度で効力を有していることは認め、その余は争う。

イ 本件ゴルフ会員権契約は、そもそも約定解除しか予定されておらず、法定解除をする余地はない。また、被控訴人は本件ゴルフ会員権契約を約定解除して退会の意思表示をしたものであるから、これにより本件ゴルフ会員権契約は消滅したのであるから、これを重ねて法定解除することはできない。

本件ゴルフクラブは、預託金会員制ゴルフクラブであるところ、預託金会員制ゴルフクラブにおける金銭預託の法律関係は、一般に消費寄託とされている。消費寄託における預託金につき、分割返済の約定がある場合には、消費貸借の場合の借入金につき、分割弁済の約定がある場合と同様、特約のない限り、分割返済を怠ったからといって、期限の利益を失うことはない。したがって、本件特約により10年間均等額償還という期限の利益が付された本件保証金については、分割返済の約定が実行されないことを理由に法定解除することはできない。

第3当裁判所の判断

当裁判所も、被控訴人の請求は理由があるから認容すべきものと判断するが、その理由は、以下のとおりである。

1  被控訴人は、平成4年10月1日、本件ゴルフクラブに入会し、入会に際し、控訴人に対し、保証金として530万円(本件保証金)を預託したこと、本件保証金については、会員が資格を喪失した場合には10か年毎年均等額償還する旨の約定(本件特約)があったこと、被控訴人が、控訴人に対し、平成15年6月26日、本件ゴルフクラブを退会する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

したがって、控訴人は、被控訴人に対し、平成16年から平成25年にかけて毎年6月26日限り53万円を分割弁済する義務を負うことになる。

ところで、預託金会員制のゴルフクラブ会員権は、ゴルフ場施設の優先的利用権、預託金返還請求権及び年会費納入義務等が一体となった債権的法律関係である。そして、預託金返還請求権の法的性質は消費寄託であると解される。したがって、被控訴人の退会の意思表示により、上記一体となった債権的法律関係は解消されることになるから、結局、被控訴人の請求の帰趨は、返還時期について期限の利益が付された消費寄託たる本件保証金寄託契約を債務不履行を理由に解除することができるか否かにかかることになる(本件ゴルフ会員権契約が本件保証金返還債務が存続する限り、その限度で存続していると解するとしても、存続しているのは、一体であった債権的法律関係のうち、消費寄託である本件保証金に関するもののみであるから、結局、返還時期について期限の利益が付された消費寄託たる本件保証金寄託契約を、債務不履行を理由に解除することができるか否かが問題となることに変わりはない。)。

そこで、以下、返還時期について期限の利益が付された消費寄託たる本件保証金寄託契約を債務不履行を理由に解除することができるか否かを検討する。

2(1)  消費寄託であっても、債権者(寄託者)において同契約を解除する利益を有する場合には、債務者(受託者)の債務不履行を理由にこれを解除することができると解するのが相当である(大審院昭和8年4月8日判決・大審院民事判例集第12巻561頁参照)。

(2)  この点について、控訴人は、本件保証金に関しては10か年毎年均等額償還という本件特約があり、期限の利益喪失に関する約定はない以上、償還金が約定どおり返済されなかったことを理由に契約を解除することはできないと主張する。

被控訴人の請求は、本件保証金に関する期限の利益が喪失したとして、本件保証金寄託契約に基づき本件保証金残金の一括返済を求めるものではなく、本件保証金寄託契約を控訴人の債務不履行を理由に解除したことに基づく原状回復請求としての本件保証金残金の支払請求であるから、期限の利益喪失の特約がないことは、直ちに被控訴人の請求を妨げるものとはいえない。

もっとも、控訴人の主張は、本件特約は法定解除権を放棄する趣旨を含む、もしくは、本件特約により法定解除権の行使は制限された旨の主張と解されるので、以下、本件特約は法定解除権の行使を放棄するかこれを制限する趣旨を含むものであるかについて検討する。

本件保証金は530万円と高額であるから、会員である債権者(寄託者)にとっては、その返還が約定どおり履行されるか否かは重大な関心事であるところ、これを一括ではなく10年という長期にわたって分割弁済することを認めた上、さらに、分割返済義務が約定どおり履行されない場合であっても、債務不履行を理由とする法定解除権を放棄する(行使しない)という合意をするのであれば、それ相応の事情(特段の事情)が存在するはずである。

しかし、本件保証金についてはそもそも利息を付さないとされており、分割弁済を怠った場合の遅延損害金についての定めもないこと、本件保証金返還請求権につき担保権や保証人などの物的・人的保証が付されていたことは、本件記録上窺えないこと、本件特約を含む本件ゴルフ会員権契約の条項は、債務者(受託者)である控訴人側が作成したものと解されるから、期限の利益喪失の特約がないことをもって直ちに法定解除権の放棄もしくは不行使の趣旨を含むものということはできず、控訴人においてその旨の説明をしたことは本件記録上窺えない。

したがって、会員である債権者(寄託者)において法定解除権を放棄もしくは行使を制限する必要性・利益は格別存在せず、他に上記特段の事情があったと認めるに足りる証拠はない以上、本件特約が法定解除権を放棄する(もしくは行使しない)趣旨を含むものであると認めることはできない。

なお、債務者(受託者)である控訴人は、法定解除権を行使された場合、残金を一括返済する必要を迫られることになるから、法定解除権を放棄してもらう利益がある。しかし、上記のとおり、債権者(寄託者)である会員において、法定解除権を放棄する特段の事情が存在しない以上、債務者(受託者)である控訴人において法定解除権を放棄してもらう利益があることは、上記結論を左右するものとはいえない。

控訴人において約定どおり本件保証金の分割返済を履行すれば上記のような事態を招くことはないのであって、逆に、控訴人が償還金の支払を履行できないということは、控訴人自身の信用が悪化し、預託した保証金が回収不能となる危険性があることを裏付ける事情であるから、このような状態に陥った控訴人に対しても、法定解除権を行使せず、引き続き分割弁済の利益を付与する趣旨の条項に、会員である債権者(寄託者)が予め合意するとは考え難い。

したがって、本件特約が、法定解除権の放棄、もしくはこれを行使しない趣旨を含むものであると認めることはできない。

(3)  以上によれば、被控訴人は、本件保証金に関する消費寄託契約を解除する利益を有する場合には、債務者(受託者)である控訴人の債務不履行を理由にこれを解除することができる。

控訴人は、平成17年6月26日の第2回償還金53万円の支払を怠った(争いがない)から、債務不履行に該当する事由がある。

また、控訴人は、平成14年7月20日、株式会社秋葉ゴルフ倶楽部に対し、本件ゴルフクラブのクラブ施設にかかる資産を譲渡し(甲6)、第2回償還金53万円の支払もできない状態であるから、その信用は低下しており、このままでは第2回償還金を含む残額474万4000円を回収できない可能性が相当程度ある。

上記認定の事情の下では、本件においては、被控訴人には本件保証金に関する消費寄託契約を解除する利益があるというべきである。

よって、控訴人の債務不履行を理由とする被控訴人の法定解除権の行使は有効であり(被控訴人による本件ゴルフ会員権契約の解除は本件保証金に関する消費寄託契約の解除の趣旨を含むと解される。)、これにより本件保証金に関する消費寄託契約は解除された。

したがって、被控訴人は、控訴人に対し、原状回復請求として未返還の474万4000円及びこれに対する平成17年7月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求することができるから、被控訴人の請求は理由がある。

第4結論

よって、原判決は相当であって、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青山邦夫 裁判官 田邊浩典 手嶋あさみ)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例