名古屋高等裁判所 平成18年(ネ)1116号 判決 2007年9月26日
控訴人(一審原告)
A野一郎
同訴訟代理人弁護士
多田元
同
青木信也
同
安藤雅範
同
山田麻登
同
野村朋加
同
石塚徹
同
犬飼千絵子
同
野田葉子
同
犬飼敦雄
同
魚住昭三
同
粕田陽子
同
沢田貴人
同
杉浦宇子
同
高橋直紹
同
田巻紘子
同
福谷朋子
同
舟橋民江
同
間宮静香
同
柳瀬陽子
同
山内益恵
同
山田万里子
被控訴人(一審被告)
有限会社 塾教育学院
同代表者代表取締役
長田賢
他1名
上記両名訴訟代理人弁護士
池田智洋
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して一〇〇万円及びこれに対する平成一四年一月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(2) 控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを五分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人らの負担とする。
三 この判決は、主文一項(1)に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して五〇〇万円及びこれに対する平成一四年一月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(3) 仮執行宣言
二 被控訴人ら
(1) 本件控訴をいずれも棄却する。
(2) 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二 事案の概要
一 本件は、いわゆる引きこもりの状態にあった控訴人が、そのような児童等に対する矯正教育・指導を標榜する被控訴人有限会社塾教育学院(以下「被控訴人会社」という。)の実質的主宰者である被控訴人長田百合子(以下「被控訴人長田」という。)及びその補助者らによって、①意思に反して、被控訴人会社の設置・運営する施設に拉致され、②同施設内において補助者から暴行を受け、③その後、別のアパートに軟禁されるなどの人格権侵害を受け、さらに、④被控訴人らがNHKによる取材、撮影等に協力することによって、プライバシーや肖像権を侵害する番組を放映されるなどしたが、これら一連の行為が継続的な不法行為を構成すると主張し、被控訴人長田については自らの行為に基づき、被控訴人会社については役員あるいは従業員の行為による責任として、それぞれ一連の行為による慰謝料五〇〇万円及びこれに対する不法行為後の日である平成一四年一月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。
原判決は、控訴人の損害賠償請求権が時効によって消滅したと判断して、控訴人の請求をいずれも棄却した。
そこで、控訴人は、控訴した。
二 前提事実並びに争点及びこれに関する当事者の主張は、以下のとおり原判決を付加訂正するほか、原判決の「第二 事案の概要」欄の一及び二に記載のとおりであるから、これを引用する。
三 原判決の付加訂正
(1) 原判決三頁三行目冒頭から同頁六行目末尾までを、次のとおり改める。
「ア 控訴人は、歯科医であった父(平成一一年四月一五日死亡)と内科小児科医である母・A野花子(以下「花子」という。)との間に、昭和六〇年一〇月八日、出生した長男であり、平成一三年八月当時、祖母、親権者である花子、姉及び妹と共に、住所地の自宅で生活していた。」
(2) 原判決九頁五行目冒頭から同頁七行目末尾までを、次のとおり改める。
「(オ) 親は、その親権に基づき、子どもの居所を定める権限を有している。しかしながら、その親権者の有する子どもの居所指定権限は、子どもの最善の利益に適するよう行使されなければならず(児童の権利に関する条約三条)、その最善の利益に反するような居所指定は親権の濫用として違法になる。
控訴人の八事寮入寮は、まさしく控訴人の意思に反するものであり、家庭において平穏に生活し、子どもとして成長する権利を侵奪し、その最善の利益に明らかに反するものであった。
したがって、花子が、被控訴人長田に欺罔され、子どもの躾のためだと誤信したとはいえ、八事寮を控訴人の居所と定め、その監護を被控訴人らに委ねた行為は、明らかに親権の不適切な行使であり、違法であって、被控訴人らの行為を正当化するものではない。」
(3) 原判決二〇頁二〇行目冒頭から同頁二二行目末尾までを、次のとおり改める。
「ウ 花子は、平成一四年一月二四日以前に、控訴人に関する問題を多田弁護士に相談をし、この結果、同月二五日、弥生荘での現地面談となっている。また、多田弁護士は、同日、控訴人からいろいろな話を聞いている。したがって、この時点で、控訴人及びその法定代理人が、民法七二四条に定める程度の要件内容を認識し、かつ、多田弁護士も認識していたことは明らかである。
また、多田弁護士は、同月二六日が消滅時効の起算点と認識していたからこそ、上記のとおり、内容証明郵便を平成一七年一月二四日付けで発送したのである。
エ したがって、仮に平成一四年一月二五日以前の被控訴人らの行為が、控訴人に対する不法行為を構成するものとしても、消滅時効により損害賠償請求は認められない。
被控訴人らは、原審第三回口頭弁論期日において(ただし、NHKの放送行為については、原審第一回口頭弁論期日において)、消滅時効援用の意思表示をした。」
(4) 原判決二〇頁二五行目冒頭から二一頁八行目までを、次のとおり改める。
「ア 民法七二四条が短期消滅時効を設けた趣旨は、不法行為に基づく法律関係が、通常、未知の当事者間に予期しない偶然の事故に基づいて発生するものであるため、加害者は、損害賠償の請求を受けるかどうか等が不明である結果、極めて不安定な立場におかれるので、被害者において損害及び加害者を知りながら相当の期間内に権利行使に出ないときには、損害賠償請求権が消滅するものとして加害者を保護することにあると解される(最判昭和四九年一二月一七日民集二八巻一〇号二〇五九頁)。上記趣旨に鑑みれば、同条にいう「損害及び加害者を知った時」とは、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに、その可能な程度にこれらを知った時を意味すると解するのが相当である(最判昭和四八年一一月一六日民集二七巻一〇号一三七四頁)。また、「損害」とは、単に、結果としての損害が発生したことを知るのみでは足りず、加害行為が不法行為であることも併せて知ったことが必要であると解され(最判平成一四年一月二九日民集五六巻一号二一八頁)、さらに、加害行為が加害者の故意又は過失に基づくものであること、及び加害行為と損害発生との因果関係の存在の認識をも要すると解される。そして、損害を知ったといえるためには、被害者またはその法定代理人が、上記趣旨での「損害及び加害者」を現実に認識する必要がある。もっとも、消滅時効の起算点を「損害及び加害者を知った時」と規定し、被害者らの認識にかからしめたのは、権利行使の可能性を保障して被害者を保護する趣旨であるから、被害者が未成年の場合には、法定代理人が損害及び加害者を知った時を消滅時効の起算点と解すべきである。
また、「権利を行使できる」とは、一般に、権利を行使するについて法律上の障害がなくなったというだけでなく、権利の性質上その行使が現実に期待することができることを要すると解される(最判昭和四五年七月一五日民集二四巻七号七七一頁)。したがって、不法行為の被害者が未成年者である場合は、その法定代理人による損害賠償請求権の行使が現実に期待することができることを要すると解される。
イ 本件で、花子は、控訴人の事前承諾を得ることなく、NHK関係者が控訴人の居室内や容ぼう等を撮影するのに便宜を与えた行為に対し同意を与え、被控訴人らの不法行為に荷担している。
控訴人は、被控訴人らに対し、この行為を含めた一連の不法行為を主張しており、そうである以上、本件の一連の不法行為による損害賠償請求権の行使については、控訴人の唯一の法定代理人である花子は、少なくとも、本件委託契約を解約し、かつ、控訴人の意思に反する本件委託契約によって生じた控訴人との対立関係を解消するまでは、控訴人と利益相反の関係にあったというべきであるから、花子に、損害賠償請求権の行使を現実に期待することはできなかった。また、花子は、唯一の法定代理人であるから、特別代理人の選任を期待することもできない(民法八二六条一項)。
仮に、全ての損害賠償請求権について上記の利益相反関係が認められないとしても、控訴人と花子とは、実質的に利益相反しており、花子に損害賠償請求権の行使を現実に期待することはできなかった。花子は、不登校・ひきこもりという問題行動を改善するものと誤信して本件委託契約を締結し、被控訴人長田らの控訴人に対する暴力さえ容認しながら、控訴人を被控訴人らの監護に委ねたのであり、それは親権の濫用というべき行為であったが、平成一四年一月二八日、本件委託契約が解約された時点においても、花子は、親権濫用についての自覚、認識もなく、被控訴人らの不法行為について認識していなかった。控訴人は、花子に対し、容易に拭い難い不信感を抱いていたため、花子が、控訴人と意思の疎通を図りながら控訴人の受けた損害を認識し、控訴人のために損害賠償請求権を行使することは、事実上困難であった。消滅時効の判断に当たっては、当事者のこのような心情的側面も考慮すべきである。
ウ 控訴人は、平成一七年一月二六日に被控訴人らに到達した内容証明郵便により、本件の不法行為による損害賠償の請求をした。その上で、控訴人は、同年七月二二日、本件訴えを提起した。
したがって、被控訴人らの不法行為に基づく損害賠償請求権について、消滅時効は成立していない。」
(5) 原判決二二頁一行目末尾を改行のうえ、次のとおり付加する。
「(4) 控訴人の当審における主張
原審は、証拠調べが終了し、最終準備書面も提出された弁論終結予定の期日において、突如、それまで争点となっておらず、当事者間で攻撃防御がほとんどなされていなかった消滅時効について釈明をし、それを理由に請求を棄却した。控訴人代理人らは、原審の経過から、裁判所が重要な争点と考えているとは予測せず、単なる確認をしたものと考えたため、あえて時機に後れた防御方法という異議は述べなかった。
しかし、原審の審理態度は、控訴人の攻撃防御の機会を失わせた不公平なものであるというほかなく、弁論主義に反し違法である。」
第三 当裁判所の判断
一 当裁判所は、控訴人の請求は、一〇〇万円及びこれに対する平成一四年一月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度でいずれも理由があるから認容し、その余はいずれも理由がないから棄却すべきものと判断するが、その理由は、以下のとおり原判決を付加訂正するほか、原判決の「第三 当裁判所の判断」欄の一及び二に記載のとおりであるから、これを引用する。
二 原判決の付加訂正
(1) 原判決二三頁一七行目の「隆弘」を「隆宏」と改める。
(2) 原判決二四頁一〇行目から一一行目にかけての「もう新幹線の時間だ。早くしろ。」を「もう新幹線の時間だ。早くしろ。力ずくで連れて行くのか、自分で歩いていくのか。」に改める。
(3) 原判決二六頁三行目から四行目にかけての「隆弘」を「隆宏」と改める。
(4) 原判決二六頁九行目末尾に「花子及び控訴人の姉も、八事寮において、控訴人が隆宏に殴られるのを目撃した。」を付加する。
(5) 原判決二六頁一七行目冒頭から二七頁二行目末尾までを、次のとおり改める。
「エ 花子は、一二月初旬、被控訴人長田から、控訴人が暴力団に連れ去られたとの連絡を受け、八事寮へ向かった。控訴人は、暴力団関係者に自宅へ送ってもらい、自宅で一泊か二泊かした後、姉と共に八事寮へ戻った。
そこで、被控訴人長田は、花子に指示して、弥生荘の一室を賃借させ、同月八日、そこに控訴人を移して独居させた。花子は、弥生荘入居に伴う費用として六〇万円、その他合計して、一二月には約一〇〇万円の費用を負担した。
被控訴人長田は、同室に鍵は掛けなかったものの、単独での外出禁止を控訴人に命じ、また、花子が暴力団組員に弥生荘の住所を教える可能性があると考え、弥生荘の住所は教えなかった。
弥生荘には電話及びテレビがなかったが、控訴人は、弥生荘で一人で生活し、学習等をするよう指導されていた。被控訴人会社のインストラクターと称する竹本が、控訴人の指導係として、その監督や食料の調達等を行っていた。控訴人は、竹本と共に買い物等のために外出することはあったが、所持金を有していなかったため、そこから抜け出すことは事実上の困難を伴った。」
(6) 原判決二七頁二六行目冒頭から三一頁一九行目末尾までを、次のとおり改める。
「二 争点(1)アについて
(1) 一般に、子どもに対する教育は、その人格、才能並びに精神的及び身体的な能力をその可能な最大限度まで発達させることを指向すべきものであり(児童の権利に関する条約二九条一頁(a)参照)、保護者、監護者であっても、身体的若しくは精神的な暴力、傷害若しくは虐待、放置若しくは怠慢な取扱い、不当な取扱い又は搾取を行うことは許されないと解される(同一九条一項参照)。
もっとも、子どもは、その未熟さゆえに、社会的な規範を逸脱する行動を取ることがあるから、そのような場合、保護者・監護者は、社会的に相当と認められる範囲内の手段、方法をもって、懲戒権を行使することができることはいうまでもない。このことは、親権者や学校教育に携わる者にとどまらず、これらの者から監護、教育を委託された者であっても、基本的に妥当すると考えられる。ただし、この場合であっても、体罰は、原則として上記範囲を超えるものとして、違法性を帯びるというべきである(学校教育法一一条ただし書参照)。
また、暴力や体罰に至らない程度の自由の制約や、学習や作業の押し付けについては、その目的・趣旨、形態、程度等を総合し、社会通念上、許容される範囲内の行為か否かによって、違法性の有無を判断すべきものである。
(2) この点について、控訴人は、被控訴人らによる不登校・引きこもり児童に対する教育・指導方法は、子どもが悩んでいる状態を否定し、あるいは暴力を用いて子どもの抵抗を抑圧するなどして、従順に行動するようコントロールするものであり、何らの合理性、必要性も認められない誤った方法である旨主張する。
暴力を用いることが原則として不法行為法上の違法をもたらすことは上記のとおりであるが、被控訴人らが実践している指導方法が、果たして不登校・引きこもりの子どもを立ち直らせる実際上の効果を有するものか否かについては、様々な議論があり得るところ(乙八には、被控訴人らによる実績を誇示する記述があるのに対し、甲一九、二〇は、その指導方法に疑問、批判を投げかけている。)、本件においては、これを実証する証拠がない上、そもそも、このような教育学的な方法論の当否については、裁判所による認定・判断になじまないと考えられる(少なくとも、専門家等によって、いろいろな議論や実践が試みられている割りには、現代社会における不登校・引きこもり問題の深刻さが解消するきざしが見えていないことは公知の事実である。)。
そして、教育上の効果がないことから、直ちに被控訴人らの行為が不法行為と評価されるものではない一方、効果があるからといって、どのような手段・方法を採っても違法でないといえるものでもない。結局、被控訴人らの行為が不法行為と評価されるか否かは、上記のとおり、諸事情を総合し、社会通念上、許容される範囲内の行為か否かによって、個別的に判断していくほかないというべきである。
三 争点(1)イについて
(1) 控訴人は、①八事寮入寮は控訴人の意思に反し強制的に連行されたものであり、また、②控訴人に対しその意思に反して強制的に集団生活による指導を受けさせる必要も合理的な根拠もないと主張する。
前記(引用にかかる原判決、付加訂正後のもの)のとおり、控訴人が八事寮に入寮する経緯の要旨は以下の通りである。
ア 被控訴人長田は、被控訴人会社が花子との間で本件委託契約を締結したことから、八月一二日、塚本、NHK名古屋放送センター報道部の大鐘、カメラマン及び音声係の四人を伴って控訴人宅を訪れ、花子ら家族とともに、控訴人の居室に入り、控訴人に八事寮へ行くよう説得した。控訴人はこれに応じようとはしなかった。
イ 被控訴人長田から、これからどうするつもりかと問われた控訴人が、働くつもりであると言ったため、一同は、控訴人宅の近所にある新聞配達店及びガソリンスタンドを訪れ、就職の申込みをしたが、いずれも断られた。その後、自宅近くの公園に移動し、控訴人との間で話合いが続けられたが、長時間に及んだために、業を煮やした塚本に強く促され、花子からも説得されて、控訴人は抵抗することをあきらめ、同日のうちに八事寮に入寮した。
(2)ア まず、上記(1)①の主張を検討する。
確かに、控訴人が八事寮に入寮を決意するに至るまでには、被控訴人長田、花子らの強力な説得、要請が行われ、時には厳しい言動があったことは事実であるが、その手段はあくまで言葉による説得が中心であり、手段において違法性は認められないし、親権者である花子の同意のもとに行っていることでもあり、控訴人自身不本意ながらも説得、要請に応じ抵抗を止めて八事寮に入寮することにしたことからすると、被控訴人らが控訴人の八事寮入寮に際し行った行為は、控訴人の意思に反した強制的な連行であると認めることはできない。
イ 次に、上記(1)②の主張について検討する。
前記のとおり、被控訴人らが実践している指導方法が、果たして不登校・引きこもりの子どもを立ち直らせる実際上の効果を有するものか否かについては、様々な議論があり得る。しかし、効果がないと断定することはできず、引きこもりの問題に対する対処として、不必要・不合理なものと断定することもできない。
(3) 控訴人は、花子が八事寮を控訴人の居所と定め、その監護を被控訴人らに委ねた行為は、親権の濫用であり、被控訴人らの行為を正当化するものではない。あるいは、親は、その親権に基づき、子どもの居所を定める権限を有するが、その権限は、「児童の最善の利益」(児童の権利に関する条約三条)に適するよう行使されなければならないところ、八事寮入寮は、控訴人の意思に反するものであって、控訴人の家庭において平穏に生活し子どもとして成長する権利を侵奪し、その最善の利益に明らかに反するものであるから、花子が、被控訴人長田に欺罔され、子どもの躾のためだと誤信したとはいえ、八事寮を控訴人の居所と定め、その監護を被控訴人らに委ねた行為は、親権の濫用であるなどと主張する。
児童の権利に関する条約は、子ども自身の自立性、自律能力、自己決定権等を重視しているが、五条において、「締約国は、児童がこの条約において認められる権利を行使するに当たり、父母……がその児童の……能力に適合する方法で適当な指示及び指導を与える責任、権利及び義務を尊重する。」と規定するとおり、父母の指示及び指導も尊重している。したがって、児童の最善の利益に適するかどうかを判断するに当たって、子どもの意思が重要な判断要素ではあるが、それがすべてではなく、子どもの意思に反しても父母の指示及び指導が優先すべき場合があることは明らかである。
花子は、控訴人の引きこもりの問題を憂慮し、控訴人の立ち直りのきっかけとなり、控訴人の利益になると信じて、本件委託契約を締結したと認めることができる。確かに、本件で、八事寮入寮が結果として控訴人の立ち直りのきっかけとなったかどうかについては、消極的に解さざるを得ないが、その親権行使を濫用とみることはできない。
(4) 控訴人は、八事寮入寮の経緯には、インフォームド・コンセントを構成する要素がことごとく欠けているとし、具体的には、家庭を離れて入寮するという生活の大きな変化をもたらす重要事項の決定を促すに当たって、寮での生活がどのようなものであるのか、入寮後の生活はどのような変化をもたらすのかという見通しやその効果などについて、十分適切な情報を提供し、そのプラスマイナスを考えて、寮に行くかどうかを選択できるようにしていく共同の意思決定のプロセスが必要であるが、これを経ていないと主張する。
この点、控訴人は、原審における本人尋問において、被控訴人長田らによって六時間ほど説得されたが、八事寮がどんなところであるか分からなかったし、八事寮に行きたいという気持ちにもならなかったと供述する。しかしながら、控訴人は六時間に渡り説得を受け、不本意ながらも説得、要請に応じ抵抗を止めて八事寮に入寮していることからすれば、控訴人は八事寮が引きこもりの子どもを入寮させて指導するところである等最低限度のことは理解していたと解されるし、前記のとおり、被控訴人らは親権者である花子らには十分な情報を提供していることを考え合わせると、被控訴人らに十分な情報を提供しなかった違法があるということはできない。
四 争点(1)ウについて
(1) 控訴人は、八事寮の生活は午前五時五五分に起床し、午前中は学習、午後は作業、夜は午前中にした学習のうち間違った箇所を直す学習などをして過ごし、やり直しが済むまで寝かせてもらえず、それらを怠ると塾生は、指導員に殴られるという暴力肯定の状態であったと主張する。
前記認定(引用にかかる原判決、付加訂正後のもの)のとおり、八事寮における控訴人の日課は、午前五時五五分ころに起床し、午前中は学習、午後は様々な作業、夜間は午前中の学習の間違い直しなどで、就寝は午前〇時ころになることもあったことが認められる。
また、甲一五には、学習をやらなかったので、指導員に殴られた者もいた、あるいは、隆宏が気に入らないことがあると殴るので、寮生に怖がられていたという記載があるものの、具体的事実関係は明らかでない。
したがって、八事寮での生活においては、一部暴力的行為が存在したと認められるが、それが日常的に多数回存在したと認めるに足りる証拠はなく、八事寮での生活が、暴力肯定の状態下にあったとはいえない。八事寮での生活の目的は、集団の中で規則正しい生活を送ることにあると認められるから、厳しい日課、規律違反に対する制裁は、全般的にみれば、社会通念上、許容される範囲を超えるものであったとは認めることができない。
(2) 前記認定(引用にかかる原判決、前同付加訂正後のもの)のとおり、控訴人は、
ア 九月七日、他の寮生と共に八事寮を抜け出したが、同日、八事寮に連れ戻され、盗みと八事寮を抜け出した罰として、被控訴人長田の指示で、頭髪を丸刈りにされたこと
イ 九月三〇日早朝、八事寮から抜け出したが、被控訴人長田の指示を受けたNHKの大鐘によって八事寮へ連れ戻されたが、その際、隆宏が、控訴人に対し、こずいたり、顔面付近を叩いたりしたこと
が認められる。
頭髪を丸刈りにすることは、体罰の一種であり、このことによって、男子であっても一定の屈辱感がもたらされることを考慮すると、これが社会通念上相当な行為とはいえないし、また、上記イの行為も、社会通念上許容される範囲を超えた体罰であって、違法であるというべきである。
被控訴人らは、控訴人の頭髪を丸刈りにしたのは盗みがいけないことを理解できない控訴人に対する教育的効果を求めた行為であって、親権者であった花子から承諾を得ていたと主張する。
しかし、行為自体が社会通念上相当な行為とはいえない以上、これらが教育的効果を求めて行った行為であったとしても違法性を阻却するものではない。また、そのような社会的に相当でない行為について仮に親権者の同意があったとしても違法性を阻却するものではない。
五 争点(1)エについて
控訴人は、被控訴人らが、控訴人を弥生荘に軟禁したが、その方法は控訴人に一切の所持金を持たせず、一人での外出を禁止し、毎日控訴人の居室を訪れる被控訴人会社の従業員を監視させ、親権者である花子にもその所在を知らせなかったというものであり、控訴人の自由を抑圧し、意思を強制する違法であるばかりか、本件委託契約にも反し、親権をも侵害するものであると主張する。
上記認定(引用にかかる原判決、付加訂正後のもの)のとおり、控訴人は、弥生荘に移されてから、単独での外出を禁止され、電話及びテレビのない弥生荘で、一人で生活し、学習等をすることを強いられたこと、被控訴人会社のインストラクターと称する竹本が、控訴人の指導係として、その監督や食料の調達等を行っており、控訴人は、竹本と共に買い物等のために外出することはあったが、所持金を有していなかったため、そこから抜け出すことは事実上の困難を伴ったことが認められる。
このように、弥生荘での生活は、控訴人にとって、自由を制限するものであるばかりか、集団の中で他人との関わりを促すという当初の指導とも異なるものである。しかし、一方において、上記認定(引用にかかる原判決、付加訂正後のもの)のとおり、控訴人が弥生荘に移されたのは、控訴人と暴力団関係者との関わりを断つという目的のためであり、また、花子は、当初、控訴人を八事寮から他に移すことに同意し、そのための多額の費用を負担していることが認められる。
したがって、弥生荘での生活は、目的の正当性や、当初は親権者の意思や本件委託契約の趣旨にも合致している点から、これを違法とみることはできない。
もっとも、被控訴人らは、控訴人の所在を花子にも知らせなかった理由について、花子に知らせれば、暴力団組員に弥生荘の住所を教える可能性があるからと主張する。しかし、いかなる理由であれ、親権者から子どもの監護を委託された者が、親権者が望む場合、子どもの所在を知らせないということを正当化することはできない。
この点、甲一四によれば、花子は、被控訴人長田から、週一回、ファクシミリか電話で控訴人の様子を問い合わせろという指示を受けたが、被控訴人長田のひどい言葉を聞くのがいやで、次第に連絡をしなくなったこと、費用の請求には応じていたが、報告書等を受け取ったことはないこと、そうした中、次第に、被控訴人長田に対する不信感を強め、多田弁護士を依頼したこと等の事実が認められる。また、その後、多田弁護士が、竹本に、親権者に子どもの居場所を知らせないのは違法であるという連絡をしたところ、翌日、多田弁護士が、控訴人と面会をしたことは、前記認定のとおりである。
このように、親権者から子どもの監護を委託された者が、親権者が望む場合、子どもの所在を知らせないということを正当化することはできないが、被控訴人長田としても、多田弁護士からの連絡を受ける以前は、花子の対応からして、控訴人の所在が知らされないことに対し不満を強めていることを理解するのは困難であったとみられる。そして、多田弁護士からの連絡を受けて、被控訴人長田は、速やかに対応したといえるから、控訴人の所在を知らせないことをもって、控訴人に対する被控訴人らの行為が親権者の意思に反する違法な行為となるとはいえない。
六 争点(1)オについて
前記認定(引用にかかる原判決、付加訂正後のもの)のとおり、被控訴人長田は、事前に花子の了解を得たうえ、八月一二日、塚本、NHK名古屋放送センター報道部の大鐘、カメラマン及び音声係の四人を伴って控訴人宅を訪れ、控訴人が八事寮に行くことが決まるまでの間、その状況を撮影、取材したこと、そして、NHKは一一月二三日「ホリデーにっぽん・親が直れば、子も直る~ひきこもり・非行を乗り越えて」とのタイトルで、被控訴人長田らが控訴人の居室に入った場面及び八事寮入寮後に撮影した控訴人の生活について放映したこと、その際、控訴人の実名を出し、顔を隠すことはなかったこと、事前に上記番組の放映について了承を求められた控訴人は、反対の意思を示すことはしなかったが、複雑な気持ちを抱いたことが認められる。
NHKの撮影や放送について、被控訴人らは、事前に花子の同意を得ていたと主張する。
しかし、被控訴人長田は、本人の承諾を得ることなく、思春期である一五歳の少年のプライバシーに関する内容を撮影するについて便宜を与えたものであり、プライバシーの侵害に加担したものとして違法な行為であるといわざるを得ないところ、この行為の違法性は、親権者の同意によって阻却されるものではなく、行為を適法化するものとは考え難い。特に、被控訴人長田が大鐘らを同行したのは、不登校・引きこもり問題についての社会的関心を集めることよりも、これが放映されることによる自己の社会的評価を高めようとする意図に出たものと推測される。したがって、被控訴人らの行為が、控訴人に対する配慮を欠く行為と評価されてもやむを得ないというべきである。
これに対し、被控訴人らは、控訴人の同意も得ていたと主張するが、甲一五によれば、控訴人は、放映の数日前、NHKの人から、名前と顔がテレビに出るがいいかと尋ねられいいと答えたが、どんな場面に出るかの説明はなく、それを断っていいとも知らなかった事実が認められる。
上記の事実関係からすれば、控訴人が放映に同意したことは、必ずしも事態を正確に理解した上での真意に基づくものとはいい難いから、これをもって、放送したことを正当化することはできない。
七 以上によれば、前記四(2)及び六の各行為が、違法性を帯びるとみざるを得ない。
まず、被控訴人長田は、前記四(2)ア及び六の各行為を、自らあるいは他の者に指示して行ったが、これらの行為は、被控訴人会社の職務に関し行ったものである。したがって、被控訴人長田は、民法七〇九条に基づき、被控訴人会社は、平成一七年法律第八七号による廃止前の有限会社法三二条、平成一七年法律第八七号による改正前の商法七八条二項、民法四四条一項に基づき、連帯して損害を賠償する責任を負う。
また、隆宏は、前記四(2)イの行為を、被控訴人会社の事業の執行につき行い、これにより控訴人に損害を与えたが、前記のとおり、被控訴人長田は、被控訴人会社の実質的な主宰者として、被控訴人会社に代わり、隆宏を監督する代理監督者の立場にあったと認められるから、被控訴人らは、民法七一五条に基づき、連帯して損害を賠償する責任を負う。
八 争点(2)について
(1) 被控訴人らは、親権者である花子は、平成一四年一月二四日以前に控訴人に関する問題を多田弁護士に相談し、その結果、多田弁護士が、同月二五日、弥生荘で控訴人と面談し、控訴人からいろいろな話を聞いているから、親権者である花子は、その時点で民法七二四条に定める程度の要件内容を認識していたといえるのであり、消滅時効の起算点は同月二六日であって、平成一七年一月二六日、損害賠償の支払催告をしたとしても、平成一四年一月二五日以前の行為については、もはや消滅時効が成立していると主張する。
そこで、検討するに、民法七二四条にいう「損害及び加害者を知った時」とは、被害者において、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに、その可能な程度にこれらを知った時を意味するが(最判昭和四八年一一月一六日民集二七巻一〇号一三七四頁参照)、被害者が未成年者の場合には、法定代理人が損害及び加害者を知った時を消滅時効の起算点とすべきである。上記のとおり、平成一四年一月当時控訴人は未成年であったから、本件不法行為による損害及び加害者を知ったか否かは親権者である花子によって決すべきこととなる。
前記認定事実及び甲一四、二五、二六によれば、以下の事実を認めることができる。
ア 花子は、被控訴人長田が、控訴人の居場所も知らせてくれないことに不信感を抱き、多田弁護士に依頼したところ、花子の依頼を受けた多田弁護士が、平成一四年一月二五日、弥生荘で控訴人に面会し、その後、控訴人を同弁護士事務所に同行して以降、控訴人は、同弁護士と行動を共にし、同月二七日、名古屋に戻って、迎えに来た花子と共に自宅に戻ったこと
イ 控訴人が被控訴人らの管理下を離れた後、花子は、平成一四年一月二七日、控訴人と面会しているが、控訴人は、花子とほとんど口をきかない状態であったこと
ウ 平成一四年一月二八日、花子は、多田弁護士に依頼し、本件委託契約を解約したものの、その後も、控訴人の態度をものぐさにしか映らないなどと憂慮し、「控訴人に問題がある」という観念が強く、控訴人が被控訴人らのもとにいた際の暴力的な行為について違法性を理解していなかったこと
エ 花子は、以前に、控訴人が隆宏から殴られた事実を目撃しており、また、控訴人が丸刈りにされたことを後日知ったこと、しかし、控訴人が八事寮に入寮して以来、花子は控訴人との接触は稀であったから、それらの事実の経緯や詳細を知る立場にはないこと
以上によれば、花子から相談を受けた多田弁護士が、平成一四年一月二五日控訴人に面会するとともに控訴人を同弁護士事務所に同行していたことから、以後控訴人は、被控訴人らの管理下を離れたと認められるが、花子は引きこもりの控訴人の立ち直りを願って被控訴人らに控訴人の教育・指導を委託したものであり、被控訴人らに不信を抱くようになってはいても、それは主として被控訴人らが控訴人の所在を教えないことに由来するもので、在寮中被控訴人らが控訴人に加えた制裁の違法性にまで考えが及ばなかったとしても、無理からぬことといわざるを得ない。
また、被控訴人らがNHKの取材、放送について便宜を与えたことについても、花子の認識は、ひきこもりが、被控訴人会社で二から三か月で立ち直るということを全国の同じ悩みをもつ親にも知ってもらえるといいと思っていたというもので(甲一四)、NHKの取材、放送が、控訴人のプライバシーの侵害であって不法行為を構成するとの認識はなかったといわざるを得ない。
したがって、平成一四年一月二五日までに、花子が損害の発生を現実に認識し、損害賠償請求権を行使することが現実に期待できたということはできない。花子による損害賠償請求権の行使を現実に期待し得る状態になったのは、早くとも花子が本件委託契約を解除した同月二八日以降とみるべきである。
(2) 被控訴人らは、多田弁護士が、平成一四年一月二六日を消滅時効の起算点と認識していたからこそ、内容証明郵便を平成一七年一月二四日付けで発送したと主張するが、多田弁護士の認識が被控訴人らの主張のとおりであると認めるに足りる証拠もないし、消滅時効の起算点は、同月二八日であることは前記のとおりであるから、被控訴人らの主張は理由がない。
(3) 控訴人は、平成一七年一月二六日に被控訴人らに到達した内容証明郵便により催告の上、同年七月二二日、本件訴えを提起している。上記内容証明郵便は、損害賠償の金額を特定していないものの(甲一の一)、時効中断の予備的措置である催告としては、その効力に欠けるところはない。
したがって、不法行為に基づく損害賠償請求権について、同年一月二六日、時効が中断しており、被控訴人らの消滅時効の主張は認めることができない。
九 争点(3)について
前記のとおり、控訴人は、事前の承諾なく、NHK関係者によって控訴人の居室内や容ぼう等を撮影され、これを放送されて、プライバシーを侵害され、また、頭髪を丸刈りにされたり、こづかれ、顔面付近を叩かれたりしたことによって、精神的損害を被ったことは明らかであり、一応の教育的効果を求めて行われたことであること、暴行の態様程度、その他諸般の事情を考慮すると、これを慰謝するための慰謝料としては、一〇〇万円が相当である。
したがって、被控訴人らは、連帯して一〇〇万円及びこれに対する不法行為より後の日である平成一四年一月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を賠償する責任を負うべきである。
一〇 争点(4)について
控訴人は、原審裁判所は、証拠調べが終了し、最終準備書面も提出された弁論終結予定の期日において、消滅時効について釈明をし、それを理由に請求棄却した点が、控訴人の攻撃防御の機会を失わせた不公平なものであり、違法であると主張する。
しかし、被控訴人らは、NHKの放送について、原審における答弁書において、消滅時効の抗弁を主張しているが、それ以外の行為についても同様の抗弁を主張するか否かは明らかでなかったから、裁判所はこれを確認したのであり、裁判所の求釈明自体は不当・違法ということはできない。また、裁判所は審理・判決に必要と考えるから求釈明するのであり、求釈明が弁論終結予定日になされたとしても、相手方の攻撃防御の機会を奪わなければ不当・違法であるとはいえない。本件においては求釈明がなされた日が弁論終結予定日であったが、原審裁判所は求釈明事項について控訴人の弁論を制限したわけでもないから、求釈明をした後直ちに終結、判決したとしても、裁判所の措置は不公平なものとはいえない。」
第四 よって、以上と結論を異にする原判決を変更することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 青山邦夫 裁判官 坪井宣幸 堀禎男)