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名古屋高等裁判所 平成18年(ネ)304号 判決 2007年6月27日

控訴人兼被控訴人(一審原告)

A野太郎

同訴訟代理人弁護士

立岡亘

中山博之

藤井成俊

柘植直也

服部千鶴

高橋恭司

中村勝己

吉野彩子

太田成

稲垣清

被控訴人兼控訴人(一審被告)

同代表者法務大臣

長勢甚遠

同指定代理人

田原浩子

他4名

主文

一  一審被告の本件控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

(1)  一審被告は、一審原告に対し、一九六万一〇三九円及びこれに対する平成一一年八月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(2)  一審原告のその余の請求を棄却する。

二  一審原告の本件控訴を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審を通じ、これを一〇分し、その一を一審被告の負担とし、その余を一審原告の負担とする。

四  この判決の主文一項(1)は、本判決が一審被告に送達された日から一四日を経過した時は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  一審原告

(1)  原判決を次のとおり変更する。

(2)  一審被告は、一審原告に対し、二〇〇〇万円及びこれに対する平成一一年八月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(3)  一審被告の本件控訴を棄却する。

(4)  訴訟費用は第一、二審とも一審被告の負担とする。

(5)  仮執行宣言

二  一審被告

(1)  原判決中一審被告敗訴の部分を取り消す。

(2)  一審原告の請求を棄却する。

(3)  一審原告の本件控訴を棄却する。

(4)  訴訟費用は第一、二審とも一審原告の負担とする。

(5)  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二事案の概要

一  本件は、名古屋市緑区内で発生した窃盗事件(以下「本件事件」という。)の被疑者として逮捕、勾留され、住居侵入及び窃盗の公訴事実で起訴されたものの、第一審で無罪判決の確定した一審原告が、検察官の違法な公訴提起並びに裁判所(保釈却下決定に対する準抗告棄却決定)及び裁判官(証拠保全却下決定)の違法な裁判によって損害を被ったとして、一審被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、損害賠償金二〇〇〇万円及びこれに対する公訴提起日である平成一一年八月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

二  原判決は、一審原告の請求のうち、検察官の公訴提起にかかる損害賠償請求については、公訴提起の違法性を認め、損害賠償金二二〇万円及びこれに対する公訴提起日である平成一一年八月一九日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由あるとして認容し、その余の請求(裁判所〔保釈却下決定に対する準抗告棄却決定〕及び裁判官〔証拠保全却下決定〕の裁判にかかる損害賠償請求を含む。)については理由がないとして棄却した。

原判決を不服とする一審原告及び一審被告の双方が控訴した。

三  前提となる事実、本件の争点及び争点についての当事者の主張は、次のとおり、原判決を付加訂正するほか、原判決「第二 事案の概要」欄の一ないし三に記載のとおりであるから、これを引用する。

四  原判決の付加訂正

原判決一九頁一五行目冒頭から同二〇頁八行目末尾までを、次のとおり改める。

「(4) 争点(4)(損害)について

(一審原告の主張)

ア 逸失利益 二五〇万円

一審原告は、七月三〇日から一二月一六日までの間身柄を拘束されたことにより、この間、電気工事業を営むことができなかった。このうち、少なくとも本件公訴提起後の身柄拘束は違法となるから、八月一九日から一二月一六日までの間(一二〇日間)に生じた逸失利益が損害となる。一審原告の事業売上は、平成一〇年が六四六万九九八一円、平成一一年が五一九万四八九九円(ただし、この事業売上は、一審原告の身柄が拘束されていた期間を除く二二五日間で達成されたものであり、三六五日間に換算すると八四二万七二六四円となる。)、平成一二年が八一八万三三四一円であるから、仮に平成一一年の事業売上を七五〇万円としても、上記の期間に生じた逸失利益は、二五〇万円を下回るものではない。

イ 慰謝料 一五〇〇万円

一審原告が本件公訴提起及び違法な身柄拘束によって被った精神的苦痛に対する慰謝料としては一五〇〇万円が相当である。

ウ 弁護士費用 二五〇万円

エ 以上合計 二〇〇〇万円

オ 一審被告は、一審原告が刑事補償法に基づき交付を受けた補償金(ただし、公訴提起以降の分)の控除を主張する。しかし、一審原告が上記補償金の交付を受けたであろうことは、訴え提起の当時から容易に推測できたことであるから、その主張は時機に後れた攻撃防御方法の提出として許されない。

(一審被告の主張)

ア 一審原告が七月三〇日から一二月一六日までの間身柄を拘束されたことは認めるが、その余は不知。

イ 一審原告は、刑事補償法に基づき七月三〇日(逮捕日)から一二月一六日(保釈日)までの一四〇日間の勾留について一七五万円の補償金を得ている。したがって、仮に一審原告の請求が認容されるとしてもこの補償金のうち八月一九日(公訴提起日)以降の補償金を差し引いて損害賠償の額が定められるべきである(刑事補償法五条一項及び三項)。」

第三当裁判所の判断

一  当裁判所は、本件公訴提起には違法性が認められるものの、本件準抗告棄却決定及び本件証拠保全却下決定については違法性を認めることができないから、一審原告の請求は、本件公訴提起により一審原告の被った損害から既払金(刑事補償法に基づく補償金のうち一五〇万円)を控除した後の残金一九六万一〇三九円及びこれに対する不法行為日である平成一一年八月一九日(本件公訴提起の日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その限度で認容すべきものと判断するが、その理由は、次のとおり、原判決を付加訂正するほか、原判決「第三 当裁判所の判断」欄に記載のとおりであるからこれを引用する。

二  原判決の付加訂正

(1)  原判決二六頁一九行目末尾に改行のうえ、次のとおり付加する。

「 一審被告は、D原検察官が上記文献の内容を正しく理解していなかったとの評価はできないとして、次のとおり主張する。すなわち、D原検察官の意見書(甲八五号証)は、弁護人の保釈請求書(甲八二号証)に対するものであるところ、この保釈請求書においては、全体としては約三年前のエアコン取付工事の際に一審原告の指紋が付着した可能性を指摘するものであったことから、D原検察官は意見書でその主張が認められない理由を簡潔かつ網羅的に述べたものであって、意見書の内容から上記文献の内容を正しく理解していないとの評価はできないと主張する。

しかし、弁護人の保釈請求書(甲八二号証)は、約三年前のエアコン取付工事の際に一審原告の指紋が付着した可能性とともに、その理由として指に「油やパテ」が付着していたことを指摘していることはその保釈請求書の記載内容から容易に読みとれる事柄である。それにもかかわらずD原検察官が前提を異にする実験の結果をもって本件指紋が約三年前の指紋ではなく犯行時のものである旨の意見書を提出していることからすれば、上記のとおり、その内容を正しく理解していたのか疑問が残るものと言わざるを得ず、一審被告の上記主張は採用できない。」

(2)  原判決二六頁二〇行目冒頭から同二七頁三行目末尾までを、次のとおり改める。

「b 一審原告は、D原検察官の取調べを受けた際、同検察官から三年間も指紋が残るはずはないと言われ、弁解の機会が与えられなかった旨述べている(原審における一審原告本人)。そして、D原検察官は、一審原告を三回取り調べた結果、その供述調書(甲六二ないし六四号証)を作成しているが、これによると、同検察官の取調べは、アリバイの存否に重点が置かれており、本件指紋に係る取調べは短時間に過ぎなかったことがうかがわれる。

確かに、一審被告も指摘するように、被疑者の供述調書については、いかなる事情をどこまで調書に記載するかは、その調書による立証の必要性の程度に応じて捜査官が判断する事柄であり、また、一審原告の約三年前のエアコン取付工事をした際に本件指紋を付着させた旨の具体的供述内容については、司法警察職員作成の供述調書が作成されていたとの事情があったことは認められる。

しかし、本件指紋の付着時期を含めその証拠価値を判断するうえでは、①一審原告が約三年前に作業をしたと主張する各部分から一審原告のものと特定まではできないにしても指紋が検出されていることや、②本件指紋の付着状況とその状況から合理的に推測される手の位置等と一審原告が約三年前に行った作業内容の関係について検討する必要があることは容易に理解されるところ、その前提として一審原告から約三年前の作業内容、作業手順、用いた機材やパテの種類などについて詳しく聴取して前提となる事実を確認することも当然に必要な捜査であったことは明らかである。そうとすると、D原検察官が、一審原告に対する取調べにおいて、本件指紋に関しては短い時間しか割かなかったのは、一審原告の説明する事実の重さに対する認識に欠けるところがあったのではないかとの疑問が残るところである。」

(3)  原判決二七頁四行目冒頭から同二八頁六行目末尾までを、次のとおり改める。

「(イ) D原検察官は、本件指紋が数回にわたり採取でき、その都度鮮明に検出したものであったことから、本件犯行時に印象された指紋であると判断していた。

確かに、この点に関し、(a)本件指紋の採取に当たったC川警察官は、七月二七日に少量のアルミ粉末を一回軽くふったところ、本件指紋を発見することができ、鮮明な対照可能指紋が採取できた、八月五日には五回にわたって指紋の採取ができ、そのうち四回は対照可能なものであったと報告するとともに、この経過から本件指紋は新しい指紋であると判断していた。また、(b)D原検察官は、上記ウ(キ)のとおり、県警本部鑑識課課長補佐に対して電話で照会した結果、数回にわたって鮮明に検出できる指紋は被害時に付着したものと考えるしかないと判断している旨の回答を得ていたし、また、(c)「パテの水分が蒸発した後に、パテの含有成分が固形化して印象づけられ、水分の少ない指紋になると推察される。しかしながら、本件指紋は、アルミ粉末ののりがよく、複数回にわたり鮮明に採取できるという水分の多い新しい指紋の特性を示している。」との見解に接していた。

しかし、上記(b)の回答(乙一三号証)は、「皮脂、塩分、水分等」によって構成される通常の指紋を前提とした回答であることが明らかであり、本件において検討すべきであった油やパテの付着した指紋についての検討結果が回答されたわけではなかった。また、上記(a)のC川警察官の判断も何回も指紋が採取できたことを主な理由とするものであり、また、上記(c)の見解も本件指紋について複数回にわたって指紋が採取できたことを根拠とするものであって、いずれも本件指紋が約三年前の油やパテの付着した指紋であったことを直ちに排斥できる内容ではなかった。

さらに、D原検察官は、油やパテの付着した指紋に関する文献や資料を探したがこれを発見することはできず、また、緑署警察官及び県警本部鑑識課の警察官の中に油やパテの付着した指紋を取り扱った経験者を見つけることもできなかった。

以上によれば、本件犯行時に印象された指紋である可能性は否定できないにしても、他方、約三年前の作業中に印象された油やパテの付着した指紋が残っていたとの一審原告の主張を排斥できる的確な根拠(約三年という時間の経過によって、エアコン取付工事当時の指紋は消失することの根拠)も無かったことは明らかであって、D原検察官の上記判断には疑問があると言わざるを得ない。

(ウ) 上記に検討したところによると、確かに、D原検察官は、油やパテの付着した指紋に関して文献収集の努力や、指紋鑑定の専門家である鑑識官らの見解の確認はしていたものの、本件指紋に関する一審原告の主張を排斥できる的確な根拠(約三年という時間の経過によって、エアコン取付工事当時の指紋は消失することの根拠)の発見には至らなかったのであるから、この点に留意すべきことは明らかであった。」

(4)  原判決二八頁七行目冒頭から同二九頁二三行目末尾までを、次のとおり改める。

「オ 被害者のふき掃除によって指紋が消失する可能性について

(ア) D原検察官は、被害者がその供述するふき掃除をしていれば、指紋は摩擦によって消失するものと経験則によって推測していた。

まず、D原検察官は、被害者から、本件鏡台について、上記のとおり、「たまに置いた瓶が倒れ、台の上や扉の外側、引き出しの外側に化粧水などがこぼれることもあるので、汚れたときに化粧品をどけて鏡台の上や引き出しの前や扉の前をふいたりする。大掃除のときも鏡台のふき掃除をするし、確定申告が終わった暇なときに化粧品の上や引き出しの前などをふき掃除している。」旨の供述を得ている(甲三二号証)。

しかし、上記のとおり、一審原告の約三年前の作業中に印象させた油やパテの付着した指紋が時間の経過によって消失することの的確な根拠も無かったのであるから、被害者の掃除によって上記作業中に付着した指紋が消された可能性の有無やその程度は、本件指紋の付着時期を判断するうえにおいては極めて重要な事項であったことも明らかである。

しかるに、D原検察官は、被害者に対しては、上記供述程度以上のことを確認していない。上記の重要性からすれば、本件鏡台の前面の掃除について具体的な記憶の有無、つまり何時、どんな経緯からどのような方法で掃除をしたかについて具体的な記憶があるのか否か、また、上記供述内容が掃除全般に関する認識に基づく推測なのか否か、さらに本件鏡台の前面の掃除について掃除用の布で軽く拭く程度なのか、ぬらした雑巾などで力を入れて拭き掃除をしたことがあるのかなどその態様の詳細を確認すべきことは明らかであったし、それは容易なことであったにもかかわらずそこまでの確認をしていなかったということができる。

(イ) さらに、上記のとおり、本件における本件指紋の重要性に加え、油やパテの付いた指で印象された指紋がどの程度の拭き掃除によって消失することになるのかについての知見も確認されていなかったのであるから、本件引き出しに係る被害者のふき掃除の概要について聴取しただけで、エアコン取付工事をした際に油やパテの付着した指によって印象された指紋があったとしても、本件犯行時までに消失していたとの推測・判断は到底できないというべきである。

結局、上記によると、D原検察官は、ふき掃除をしたという被害者の供述から指紋は消失するものと安易に推測して、それ以上の検討をしなかったものと推認される。」

(5)  原判決三四頁一八行目冒頭から同三五頁七行目末尾までを、次のとおり改める。

「(5) 本件においては、一審原告の犯人性、一審原告と犯罪行為との結びつきが証明できるか否かが最も問題となっていた事案であるが、本件指紋の点を除外すると、本件公訴提起当時、①被害金員を一審原告が所持・保管あるいは処分したことを裏付ける証拠はなかったこと(甲三号証)、②一審原告において本件犯行を行う動機(特に、経済的必要性)の解明はされていなかったこと(甲三号証)、③上記(4)のとおり、本件足跡から一審原告が犯人であることを根拠づけることはできなかったことが認められ、したがって、本件指紋が一審原告の犯人性を基礎付ける唯一の証拠と言ってよい状況にあったものである。

しかるに、上記(2)のとおり、本件指紋に関しては、一審原告の主張を排斥できる的確な根拠(約三年という時間の経過によって、エアコン取付工事当時の指紋は消失することの根拠)の発見には至らなかったこと、かえってその作業時に一審原告が付着させたと合理的に推認される指紋が他の作業部位から検出されていたこと、さらに油やパテの付いた指で印象された指紋がどの程度の拭き掃除によって消失することになるのかについての知見も確認されていなかったうえ、本件引き出しに係る被害者のふき掃除の概要について聴取しただけであったこと、以上を総合勘案すれば、証拠評価における検察官の個人差を念頭においたとしても、D原検察官の判断過程に合理性があるものとは認められず、本件公訴提起当時に前記公訴事実に関し、有罪判決を期待し得るだけの合理的根拠は客観的に欠如していたものと言わざるを得ない。

したがって、D原検察官の本件公訴提起は国家賠償法上、違法なものであったといえる。

一審被告は、本件公訴提起が適法であることを基礎付ける事情として、本件公訴提起時において、一審原告にはアリバイが成立しなかったことや一審原告が本件犯行の侵入道具と推認されるマイナスドライバーを所持していたこととの事情が認められたと主張する。しかし、これらの事情はいずれも、本件指紋が一審原告のものと一致したことをもって一審原告が本件犯人であると推認し得ることを前提に、上記推認を補強するものにすぎず、上記判断を左右するに足りない。なお、一審被告は、一審原告には本件犯行を行う動機があったとするが、窃盗を行うことを動機付けるような客観的状況の存在は明らかにされておらず、動機があったと評価すること自体困難というべきである。」

(6)  原判決三七頁二行目末尾に改行のうえ、次のとおり付加する。

「(4)ア 一審原告は、本件準抗告棄却決定及び本件証拠保全却下決定の違法性の判断基準について、法律の専門家たる裁判官による「誠実な裁判」であるとは認められないような不合理な裁判をしたときには、国家賠償法上も違法と評価されるべきであると主張する。

そして、本件準抗告審裁判所を構成する裁判官の判断内容について、誠実に捜査資料を検討したとは考えられないとしてるる主張する。

また、E田裁判官の裁判(本件証拠保全却下決定)についても、証拠保全が弁護人を含む被疑者・被告人側にとって唯一の強制的な証拠収集方法であり、その裁判に対しては不服申立て方法がないことを指摘のうえ、捜査資料の誠実な精査検討をしたとはいえないとしてるる主張する。

イ しかしながら、裁判制度が上訴制度さらには再審などそれ自体に誤りを是正する制度を準備し、不服申立の手段が尽きた裁判に対しては終局性及び確定性の効果を与え無用の繰り返しを許さないこと、さらに裁判官には良心に従って裁判すべき義務が科せられるとともに、その独立が保障されていること(憲法七六条三項)などの諸点に鑑みれば、裁判の違法が認められるのは、当該手続の性格及び当事者の参画の程度、当該裁判の性質、不服申立制度の有無等に鑑みて、違法な裁判の是正を専ら上訴又は再審によるべきものとすることが不相当と解されるほどに著しい客観的な行為規範への違反がある場合であり、これを端的に表現すれば上記(3)のとおり、「裁判官が付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情」の存する場合であるということになる。また、一審原告の主張するように「誠実な裁判」か否かを基準とするのであれば、「誠実な裁判」か否かの判断は、やはり上記のとおり著しい客観的な行為規範への違反の有無がその実質となるべきである。

ウ そして、一審原告の指摘する点を勘案して検討しても、本件準抗告棄却決定及び本件証拠保全却下決定について、各裁判の当否の問題を越えて、各担当裁判官が付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したことを基礎付ける事情を認めることができないことは上記(3)のとおりである。したがって、一審原告の上記主張は採用できない。」

(7)  原判決三七頁三行目冒頭から同頁二一行目末尾までを、次のとおり改める。

「三 争点(4)(損害)について

(1) 逸失利益 一二六万一〇三九円

前記前提となる事実のとおり、一審原告は電気工事等の事業を自ら営んでいたものであるが、七月三〇日から一二月一六日(一四〇日間)までの間身柄を拘束されたことによって、上記の間に得るべき事業収入を失ったことが認められる。

そして、《証拠省略》によれば、以下のとおり認められる。

ア 平成一〇年 売上金額 六四六万九九八一円

所得金額(ただし、青色申告特別控除前のもの。以下も同じ。) 三二六万七八五七円

イ 平成一一年 売上金額 五一九万四八九九円

所得金額 一九九万七九一四円

平成一一年の上記金額は二二五日間(一四〇日間の身柄拘束期間がある。)で達成されたものであるから、これを三六五日間に修正すると、以下のとおりとなる。

売上金額 八四二万七二八〇円

所得金額 三二四万一〇六〇円

ウ 平成一二年 売上金額 八一八万三三四一円

所得金額 四九九万八〇七二円

エ 平均 売上金額 七六九万三五三四円

所得金額 三八三万五六六三円

以上の所得金額に基づき、八月一九日(公訴提起日)から一二月一六日(保釈日)までの一二〇日間について逸失利益を計算すると、一二六万一〇三九円となる。(三、八三五、六六三÷三六五×一二〇=一、二六一、〇三九)

(2) 慰謝料 二〇〇万円

一審原告は、約五か月にわたって身柄を拘束された上、無罪判決が確定するまで約二年半の間一審被告人の地位に置かれたことが認められ、これに本件の諸事情を考え合わせると、一審原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料としては二〇〇万円が相当である。

(3) 弁護士費用 二〇万円

本件事案の性質、審理経過、後記認容額に鑑みると、一審原告が賠償を求め得る弁護士費用は二〇万円が相当である。

(4) 一審原告は、刑事補償法に基づき七月三〇日(逮捕日)から一二月一六日(保釈日)までの一四〇日間の勾留について一七五万円の補償金を得ているところ、八月一九日(公訴提起日)以降の補償金に相当する額は一五〇万円である。

一審原告の賠償額を算出するにあたっては、上記(1)ないし(3)の合計額から上記一五〇万円を差し引くべきである(刑事補償法五条三項)。

これを計算すると一九六万一〇三九円となる。

なお、刑事補償法に基づく補償金の控除に関する一審被告の主張立証について、一審原告は時機に後れたものであると主張するが、この控除は刑事補償法が命じているうえ、訴訟の完結を遅延させるものとも認められないので、一審原告の上記主張は採用できない。

(5) したがって、一審原告の請求は、一九六万一〇三九円とこれに対する平成一一年八月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。」

第四結論

よって、以上と結論を異にする原判決を一審被告の本件控訴に基づき変更し、一審原告の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青山邦夫 裁判官 坪井宣幸 裁判官田邊浩典は、転補につき、署名押印することができない。裁判長裁判官 青山邦夫)

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