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名古屋高等裁判所 平成18年(ネ)556号 判決 2007年4月24日

主文

1  原判決主文第2項を次のとおり変更する。

控訴人と被控訴人Cとの間において,控訴人が,原判決別紙預金債権目録記載の預金債権を有することを確認する。

2  原判決主文第3項のうち控訴人敗訴部分及び同4項を取り消す。

上記取消に係る部分につき,被控訴人らは,控訴人に対し,各自1344万8400円及びこれに対する平成14年3月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は,第1,2審を通じて,被控訴人らの負担とする。

4  この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴の趣旨

(1)  原判決を次のとおり変更する。

(2)  被控訴人Cは,控訴人に対し,1638万5924円及びこれに対する平成14年3月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  被控訴人Dは,控訴人に対し,1344万8400円及びこれに対する平成14年3月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(4)  主文第2項と同旨

(5)  主文第3項と同旨

(6)  (2),(3)及び(5)項(ただし,(5)項については被控訴人Cに関する部分を除く。)につき仮執行宣言

2  控訴の趣旨に対する答弁(被控訴人ら)

(1)  本件控訴を棄却する。

(2)  控訴費用は,控訴人の負担とする。

第2事案の概要

1  本件の事案の概要は,次のとおりである。

控訴人は,被控訴人Cと婚姻中に難病である多発性硬化症により徐々に視力を失い,失明をした。その後,控訴人は被控訴人Cと離婚したが,本件当時,被控訴人Cは控訴人の夫であった。

控訴人は,①被控訴人Cが,控訴人を保険金受取人として締結した保険契約(以下「本件保険契約」という。)に基づき,控訴人名義のE信用金庫F支店の普通預金口座(口座番号0058916,以下「控訴人口座」という。)に振り込まれた高度障害保険金3026万1174円(以下「本件保険金」という。)が控訴人の特有財産であることを前提に,②<ア>被控訴人Cが,控訴人に無断で控訴人口座から884万8400円を払戻し,平成10年4月24日にG保険相互会社(以下「G」という。)との間で一時払養老保険契約(被保険者兼満期保険金受取人被控訴人C,死亡保険金受取人控訴人,以下「G保険契約」という。)を締結し,その保険料として使用したことにより,控訴人は同額の損害を被った,仮に上記<ア>の不法行為が認められないとしても,<イ>被控訴人Cと実母である被控訴人Dが共謀して,平成14年3月12日,上記G保険契約の契約者など満期受取人を被控訴人Cから被控訴人Dに,死亡保険金受取人を控訴人から被控訴人Dにいずれも変更した(以下「G名義変更」とい。)ことにより,控訴人の被控訴人Cに対する話し合いによる保険料相当額の返還や離婚に伴う損害金としての保険料相当額の返還等による解決の途が閉ざされるなどして控訴人は上記同額の損害を被った,仮に上記<ア>,<イ>の不法行為が認められないとしても,<ウ>被控訴人Dは控訴人の損失の下で上記同額を不当に利得したと主張して,被控訴人ら各自に対し884万8400円の支払を求め,③被控訴人らが共謀して,控訴人とH保険株式会社(当時はH保険相互会社,以下「H」という。)との間で平成10年5月18日に締結された支払保険料を220万円及び240万円とする2口の個人年金保険契約(契約者兼被保険者兼満期保険金受取人控訴人,死亡保険金受取人被控訴人C,以下,支払保険料220万円のものを「H保険契約①」,240万円のものを「H保険契約②」という。)について,平成14年3月14日,控訴人に無断で契約者及び満期保険金受取人を控訴人から被控訴人Dに,死亡保険金受取人を被控訴人Cから被控訴人Dにいずれも変更した(以下「H名義変更」という。)ことにより,控訴人は上記各保険料相当額の損害を被ったと主張して被控訴人ら各自に対し460万円の支払を求め,④被控訴人Cが,控訴人の固有資産である控訴人名義の郵便貯金口座から平成11年9月13日に合計203万2696円を,同名義のI信用金庫J支店の定期預金口座から平成12年7月12日に合計90万4828円を払い戻した(以下「本件預貯金引出し」という。)ことにより,控訴人は同額の損害を被ったとして被控訴人Cに対し293万7524円の支払を求め,⑤原判決別紙預金債権目録記載の各預金,積金(以下「本件預金等」という。)の原資は本件保険金であるから,本件預金等債権は控訴人に帰属するなどと主張して被控訴人Cに対しその確認を求め,A事件として,被控訴人Cに対し,上記②,③及び④の合計額1638万5924円及びこれに対する不法行為後である平成14年3月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払と,⑤控訴人が本件預金等の債権者であることの確認を求め,B事件として,被控訴人Dに対し,上記②及び③の合計額1344万8400円及びこれに対する上記同日から支払済みまで同割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

被控訴人らは,①本件保険金は控訴人と被控訴人Cの共有財産であることを前提に,②G保険の保険料の支払については,控訴人の承諾のもとにされたものであり,承諾がなかったとしても,被控訴人Cは控訴人から本件保険金の管理処分権を授与されていたのであるから,違法性はない,仮に管理処分権の授与がなかったとしても,共有財産の保存行為に該当し違法性はないなどと主張し,G名義変更については,被控訴人Cは,G保険契約は同人名義のものであり,離婚に伴う財産分与として確保できる財産であるから違法性はない旨,被控訴人Dは契約者である被控訴人Cから指定されて名義変更を行ったものであるから違法性はなく,またその利得には法律上の理由がある旨主張し,そもそも上記保険料支払及びG名義変更は本件保険金についての控訴人の共有持分2分の1相当額である1513万円を侵害するものではないから,控訴人に損害は生じてない旨主張し,③H名義変更については,控訴人の承諾があった,仮になかったとしても,H保険契約①,②は,被控訴人Cが控訴人から管理処分権を授与されていた共有財産である本件保険金の一部が形を変えたものに過ぎないから違法性はない,また被控訴人らによるH名義変更は,本件保険金についての控訴人の共有財産2分の1相当額である1513万円を侵害するものではないから,控訴人に損害は生じていない旨主張し,④本件預貯金引出しについては,被控訴人Cが控訴人から頼まれて代行したものであり,引き出した金員はすべて控訴人に渡しているから,控訴人に対する不法行為を構成しない旨主張し,⑤原判決別紙預金債権目録記載の預金債権については,控訴人名義ではあるが,実質的には控訴人及び被控訴人Cが婚姻中に築いた共有財産である旨主張して,控訴人の請求を争った。

原審は,①本件保険金は,控訴人と被控訴人Cが婚姻中に協力して得た共有財産であると判断した上で,②Gの保険料の支払については,共有財産の一部の処分行為ではあるが,G保険契約の性格上,これによって控訴人に損害を与えたとはいえない,G名義変更については,その保険料が本件保険金のうち被控訴人Cが将来財産分与によって取得する可能性のある財産の範囲内であることなどから違法性がなく不法行為を構成しないと判断し,③H名義変更については,H保険契約①,②の財産的価値は本件保険金のうち被控訴人Cの共有持分2分の1相当額である1513万円を下回るものであって,被控訴人Cが将来財産分与によって取得する可能性のある財産の範囲内であるということができることなどから,違法性がなく不法行為を構成しないと判断し,②,③に関する控訴人の主張を認めず,④本件預貯金については,控訴人の特有財産であるところ,被控訴人Cは控訴人に無断で本件預貯金引出しを行い,控訴人に対し合計293万7524円の損害を与えたものであると判断して,控訴人の主張を認め,原判決別紙預金債権目録記載の預金債権については,実質的には控訴人と被控訴人Cの共有財産ということができ,その共有持分は各2分の1と推定される(民法250条)として,2分の1の共有持分の限度で控訴人の主張を認めた。

そして,控訴人の請求につき,控訴人Cに対しては,不法行為に基づく損害賠償金として293万7524円及びこれに対する不法行為後である平成14年3月15日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でこれを認容するとともに,控訴人が本件預貯金等について各2分の1の共有持分権を有することを確認する限度でこれらを認容し,その余は棄却し,被控訴人Dに対しては,請求を全部棄却したため,控訴人が敗訴部分を不服として控訴したものである(不服の対象は,本件預貯金引出し以外の部分である。)。

2  前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,当審における補充主張を加えるほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」1ないし3に記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決3頁11行目の「養老保険契約(」の次に「一時払。」を加え,同頁16行目の「H保険相互株式会社(」を「H保険株式会社(当時はH保険相互会社。」と改める。また,本件預貯金引出しのみに関する部分を除く。

(当審における補充主張)

(1) 控訴人

ア 高度障害保険金は,控訴人の失明という高度障害の発症によって支払われたもので,その趣旨は被保険者の今後の治療と被保険者及び家族の生活を維持,救済するために,権利者である受取人に支払われるものであり,夫婦で築いた財産という性格のものではない。

イ G保険契約は,被控訴人Cが控訴人に無断でその財産である本件保険金を保険料として使用し,控訴人から離婚調停を提起されるや,執行等を免れるために被控訴人Dと共同して契約者等の変更をし,控訴人が知らないままこれらを取得しようとしたもので,被控訴人Cが,将来財産分与として取得する可能性がある財産ではなかった。

ウ H保険契約①及び②も,被控訴人らが控訴人に無断で契約者等の名義変更をし,その隠匿奪取行為を図ろうとしたから,将来財産分与として取得する可能性がある財産ではなかった。

(2) 被控訴人ら

ア 被控訴人Cは,夫婦共同生活を安定的に維持する目的で,高度障害の発病等による夫婦共同生活のリスクを回避するために本件保険契約を締結したものであり,その給料から毎月1万5623円を天引する方法で保険料を支払った。このように被控訴人Cの一方的かつ全面的な寄与により控訴人は高度障害保険金請求権を取得したのであるから,控訴人の特有財産であると認める余地は全くない。

イ G保険契約の締結については控訴人の承諾があった。また,同契約の契約者である被控訴人Cは,いつでも保険金の受取人を変更できる立場にあったうえ,控訴人は被保険者である被控訴人Cの死亡保険金の受取人であるが,それによる利益は被控訴人Cの死亡という不確定要素の多い事情によるから,上記契約の名義変更により控訴人が損害を被ったと考える余地はない。

第3当裁判所の判断

当裁判所は,本件保険金は控訴人が取得した特有財産であり,また,G名義変更及びH名義変更は,被控訴人C及び同Dの控訴人に対する共同不法行為を構成し,本件預金等は控訴人に帰属するものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

1  本件の経過について

前提事実に加え,証拠(甲12ないし14,20,23の1ないし5,甲30,31,36の1・2,乙3の1ないし8,乙6,8,12,14,16,17,19,証人K,控訴人,被控訴人C,同D)及び弁論の全趣旨によれば,本件の経過について,以下の事実が認められる。

(1)  控訴人と被控訴人Cは,平成5年7月17日に婚姻して被控訴人Cの両親宅で同居し,平成6年1月21日に長男Lが生まれた。そして,被控訴人Cは,同年4月1日,控訴人の将来の死亡,高度障害に備えるため,Gとの間で,本件保険契約を締結した。この保険料月額1万5623円は,被控訴人Cの月々の給与の天引により継続して支払われた。

なお,控訴人と被控訴人Cとの間では,家計の管理は被控訴人Cが行っていた。

(2)  控訴人は,平成7年8月ころ難病である多発性硬化症を発症し,除々に視力が悪化して平成9年11月ころ失明した。その結果,控訴人は,平成10年4月14日,本件保険契約に基づき,控訴人口座に本件保険金として3026万1174円の振込送金を受けた。

控訴人口座は,長男Lが生まれた際,被控訴人Cが加入する健康保険組合から出産費用の援助金等の振込を受けるために開設した口座であり,そこには,本件保険金の振込送金に先立ち,控訴人の実母が被保険者兼保険金受取人として契約していた生命保険契約に基づき,平成10年2月17日,同人失明による高度障害保険金としての281万1955円が振込先として指定されて送金されていた。なお,同口座は被控訴人Cの銀行届出印と同一の印章が届出印とされ,被控訴人Cが印章及び預金通帳を管理していた。本件保険金が支払われた後も,家計や資産の管理を被控訴人Cが行っていたことに変更はなく,控訴人も,それについて何も言わなかった。

(3)  被控訴人Cと控訴人は,控訴人口座が普通預金口座であったため,本件保険金の運用を考えた。Gの外交員で,本件保険契約の担当者であったK(以下「K」という。)は,被控訴人Cと控訴人に対し,一時払で884万円の保険金を支払うと20年後の満期保険金が1000万円になる養老保険契約の締結を勧誘した。Kは,障害を抱えた控訴人は被保険者にはなれないことから,被控訴人Cが自らを契約者兼被保険者とする保険契約を勧誘した,被控訴人Cと控訴人はその勧誘に応じ,被控訴人Cは,契約者として平成10年4月24日,G保険契約(被保険者兼満期保険金受取人被控訴人C,死亡保険金受取人控訴人)を締結し,この保険料884万8400円を控訴人口座からGの口座に振込送金した。控訴人は,契約時には同席しておらず,契約を締結したことは後に被控訴人Cから聞いたが,その契約の締結自体は了承していた。

(4)  控訴人は,本件保険金が支払われる前の平成10年3月20日,Hとの間で一時払保険料を385万0952円とする終身保険契約(以下「H契約③」という。)を締結した。この手続は,控訴人に依頼されて被控訴人Cが行った。

さらに被控訴人Cは,本件保険金支払後の同年5月初めころ,Hの外交員から,身体障害者でも加入できる保険として勧誘を受け,控訴人に十分な説明をしないまま同年5月18日,H保険契約①及び②を締結した。しかしその内容は控訴人にとって貯蓄的な意味を持つもので,不利なものではなかった。そして,被控訴人Cは,E信用金庫F支店に出向き,被控訴人Cが控訴人に代わって署名等をして控訴人口座から220万円を払い戻し,H保険契約①の保険料として振込手数料735円が控除された残219万9265円をHに振込送金し,また,同日,控訴人口座から240万円を払い戻し,H保険契約②の保険料として振込手数料525円が控除された残239万9475円を額面金額とするE信用金庫振出の持参人払小切手をHに交付した。また,同日,H保険契約③について,本件保険金から保険料残額382万9010円を一括払いした。

(5)  その後,控訴人は,高熱や手足の痺れなどの症状が現れ,種々の病院で検査や治療を受け,義父母との同居を嫌がるようになったため,被控訴人Cと控訴人は,平成12年3月12日から義父母らとは別居して,Lを連れてアパートで生活するようになったが,次第に関係が悪化した。そして,控訴人は同年8月ころからM,その後Nに入院したが,その前後ころから離婚を考えるようになり,他方,被控訴人Cは同年10月にアパートを引き払い,Lを連れて被控訴人Cの両親宅に戻った。他方,控訴人は,同年10月13日に退院して控訴人の実家に戻り,再び入院して同年12月21日に退院し,同年12月末ころ,両家の両親及び被控訴人Cが,長男Lの親権や財産など,離婚についての話し合いをし,長男Lの親権等や控訴人がH保険③等を取得するなどの話がなされた。

(6)  しかして控訴人が,平成14年2月13日,名古屋家庭裁判所豊橋支部に離婚調停の申立をしたため,被控訴人Cと同Dは控訴人に無断で,平成14年3月12日,G名義変更を行い,さらに同年3月14日,H名義変更を行った。

被控訴人Dは,平成14年4月8日,いずれも変更後の契約者としてH保険①及び②を解約し,同①について228万4500円,同②について245万3740円の各解約返戻金を受け取った。

(7)  被控訴人Cと控訴人は,その間の平成10年7月13日には,いわゆるペイオフに備えて,控訴人口座から500万円を引き出して,200万円をO信用組合F支店に,300万円をP信用金庫に,いずれも定期預金として預け入れた。O信用組合F支店の分が原判決別紙預金債権目録2の定期預金である。

被控訴人Cと控訴人は,本件保険金を運用するため,控訴人口座の預金を原資として,E信用金庫F支店において,平成10年9月20日に原判決別紙預金債権目録1(1)①の,平成12年5月6日に同②の,同年7月10日に同③の,平成13年3月19日に同④及び⑤の,同年6月11日に同⑥及び⑦の各定期預金を預け入れた。

なお,被控訴人Cと控訴人は,平成10年5月28日,E信用金庫F支店との間で同目録1(2)①,②の基となる定期積金契約をし,控訴人が厚生年金から受領する障害厚生年金を原資として,口座振替により毎月定額が積み立てられるものとした。これに基づき積み立てられたのが上記同目録1(2)①,②の定期積金である。

なお,控訴人と被控訴人Cは,平成16年2月12日,調停離婚をした。以上のとおり認められる。

2  本件保険金の帰属について(争点(1))

夫婦は一つの協力体であり,一方の財産取得に対しては他方がそれに協力・寄与する関係にあるとしても,民法は,夫婦の一方が婚姻中自己の名で得た財産はその特有財産とし,帰属不明のものについては夫婦共有と推定する旨定めた上で(同法762条),配偶者の一方が取得した財産に対する他方の協力,寄与に対しては財産分与請求権等の権利を規定し(同法768条等),これらの権利行使によって夫婦間に実質上の不平等が生じないように配慮しているということができる。その意味で同法762条1項の特有財産とは同条2項の共有と対比した意味におけるものであり,これに関する寄与が財産分与において全く考慮されないというものではない。

したがって,夫婦間の財産の帰属は,あくまで取引等の上において一方配偶者がそれを取得したか否かによって判断し(それが不明であれば共有となる。),他方配偶者のそれに対する寄与等があったとしても,別途財産分与等において考慮されることは別として,当然に当該財産について他方配偶者が共有持分を取得するものではないというべきである。

これを本件についてみると,上記認定のとおり,控訴人は,本件保険契約において被保険者兼高度障害保険金受取人に指定され,失明をしたことにより,上記契約の保険金受取人の地位に基づき高度障害保険金請求権を取得し,その履行として本件保険金を受領したものであることと,同保険金の性質に鑑みれば,同保険金は,民法762条1項にいう控訴人が自己の名で取得した特有財産というべきであり,それは保険料の負担の有無には左右されないといわなければならない。

被控訴人らは,控訴人の本件保険金請求権の取得は,本件保険契約の締結や,その保険料の負担など,被控訴人Cの一方的かつ全面的な寄与によるものであるから,本件保険金は控訴人と被控訴人Cの共有財産である旨主張するが,上記認定の被控訴人Cの寄与は婚姻中の夫と妻との協力,扶助義務の範囲内のものと判断されるから,その寄与が財産分与等において考慮され得るということは別段,本件保険金が当然に被控訴人Cと控訴人との共有となるものということはできない。

したがって,被控訴人らの上記主張は採用できない。

以上を前提に,以下の争点について判断する。

3  G保険契約の保険料支払及び名義変更について(争点(2))

(1)  まず,被控訴人Cが,本件保険金の一部をG保険契約の保険料として支払った行為が不法行為となるか否かについて判断する。

上記認定のとおり,被控訴人Cは控訴人とともに,Kから説明を受けてG保険契約を締結することとし,控訴人が取得した本件保険金からその保険料を一時払いしたものであって,控訴人はこれを承諾していたものと認められるから,被控訴人Cの保険料支払行為は控訴人に対する不法行為にはならないというべきである。

(2)  次にG名義変更が,被控訴人らの控訴人に対する不法行為になるか否かについて判断する。

ア まず,被控訴人Cの不法行為責任について判断する。

上記認定,判断のとおり,本件保険金は控訴人に帰属していたところ,被控訴人Cは,その運用のため,控訴人の承諾のもとに被控訴人Cを被保険者としてG保険契約の契約者になったものであるから,それは控訴人から本件保険金の運用の委託を受けていた趣旨のものということができる。そして,上記保険契約の保険料884万8400円は,本件保険金から支払われたものである上,上記保険契約は一時払養老保険であり,保険とはいっても極めて貯蓄性の高い商品であるから,いわば本件保険金の一部が化体したものと評価され,控訴人の特有財産性は失われないものということができる。

ところで,契約者は,一般に保険金の受取人を変更することはできるものの,上記事情のもとにおいては,控訴人は,被控訴人Cを被保険者兼満期保険金受取人,控訴人を死亡保険金受取人とする限度で,すなわち控訴人がこれらの保険金に自らあるいは身分上の権利を行使することができる限度で同契約の締結を了承したものというべきであるから,被控訴人Cが,同契約の契約者,及び各保険金受取人を被控訴人Dに変更したことは,同保険金の受取に関し控訴人が被控訴人Dに対し自らのあるいは身分上の権利を行使することができないものである以上,もはや控訴人の承諾の範囲を逸脱しているものといわなければならない。しかも,上記名義変更は,控訴人が離婚調停の申立をした直後に行われていることからすると,それは,離婚に伴う財産の清算等に備えて控訴人に不利益を与えるなどの不当な目的でなされたものであると推認するのが相当である。

そうすると,上記名義変更は相当性を欠く違法なものというべきで,控訴人に対する不法行為に該当するものというべきである。

イ 次に,被控訴人Dの不法行為責任について判断する。

被控訴人Dも,G保険契約の被保険者兼満期受取人及び死亡保険金受取人となり,被控訴人CのG名義変更に加担したものである。そして,被控訴人Dと同Cが同居する親子であることや,上記名義変更が控訴人の離婚調停申立て直後に行われていることからすると,被控訴人Dは,G保険契約が本件保険金を原資としてその運用のために締結されていたことを認識し,かつ上記名義の変更が控訴人に不利益を与えることも認識していたと推認するのが相当であり,そうとすれば,被控訴人Dの上記名義変更行為は控訴人に対する不法行為に該当するものと認めるのが相当である。

ウ 次に損害について判断する。

控訴人は,G保険契約では,G名義変更時,満期保険金については受取人である被控訴人Cの妻としての権利(例えば相続権),死亡保険金についてはその受取人としての権利をそれぞれ有していたところ,控訴人に無断で行われたG名義変更により,その権利をすべて喪失したことになる。

しかして,上記のとおりG保険の保険金884万8400円が控訴人の特有財産から支出されていたことを考慮すると,控訴人に無断で行われたG名義変更により,控訴人は,G名義変更時の解約返戻金に相当する額の損害を被ったものと判断することができるところ,甲15によれば,G保険契約の解約返戻金は,2年を経過した時点で885万9000円であることが認められるから,控訴人は,少なくともその主張する884万8400円の損害を被ったものということができる。

エ 以上によれば,被控訴人Cと同Dは,共同不法行為者として控訴人の被った上記損害について,各自賠償責任を負うというべきである。

4  H名義変更について(争点(3))について

ア  被控訴人Dらの不法行為責任について判断する。

上記認定のとおり,H保険契約①及び②も,保険料はすべて本件保険金から拠出されており,この点で控訴人の特有財産が化体したものということができる。そして,上記認定のとおり,被控訴人Cは,控訴人に対し十分な説明をしないままH保険契約①及び②を締結したものではあるが,上記各保険契約は,いずれも契約者及び被保険者兼満期保険金受取人を控訴人とするもので,控訴人にとって格別不利益なものではなかったところ,被控訴人らは控訴人の被控訴人Cに対する離婚調停申立直後に,契約者及び満期保険金受取人を控訴人から被控訴人Dに変更して控訴人の権利を完全に喪失させた上,その直後に被控訴人Dにおいてこれらを解約して解約返戻金を受領しているのであるから,被控訴人らの上記行為は,控訴人と被控訴人Cの離婚に伴う財産の清算等に備えて控訴人に不利益を与えるなどの不当な目的でなされたものであると推認され,相当性を欠く違法な不法行為といわなければならない。

イ  次に損害について判断する。

上記認定事実によれば,控訴人は,H名義変更によって少なくとも上記契約①,②の各解約返戻金相当額の損害を被ったものと認められるところ,それらは,同①について228万4500円,同②について245万3740円であり,いずれも控訴人が主張する損害額である220万円,240万円を上回るものであるから,控訴人は,被控訴人Dの上記行為により,少なくともその合計額460万円の損害を被ったものと認められる。

ウ  したがって,被控訴人Cと同Dは,控訴人の上記損害について,各自賠償責任を負うというべきである。

5  本件預金等の預金者等について(争点(5))

上記認定のとおり,本件預金等のうち,E信用金庫F支店及びO信用組合F支店の定期預金は,いずれも主として控訴人の財産である本件保険金の運用として控訴人口座の預金を原資としてそれぞれ定期預金とされたものである。控訴人口座の預金の大半は,本件保険金の残金や上記認定のとおり控訴人の実母が契約していた保険契約に基づき支払われた保険金などで構成されており,後者も振込の形態から本件保険金と同じく,控訴人の特有財産であると認めることができる。そして,上記認定の経過に照らすと,その総額は上記各定期預金額を上回るものと推認できる。

そうすると,原判決別紙預金債権目録記載1(1)及び2の各定期預金の原資は,控訴人の特有財産によるものということができ,その預金債権の債権者は控訴人ということができる。

また,E信用金庫F支店の定期積金も控訴人名義であり,上記認定のとおり控訴人の障害厚生年金から積み立てられたものであるところ,障害年金も控訴人の特有財産であるということができるから,定期積金の原資も,控訴人の特有財産によるものということができる。

そうすると,本件積金の債権者も控訴人であると認めるのが相当である。

なお,被控訴人Cは本件預金等が同人の何らかの特有財産から構成されていることの主張,立証をしておらず,他に上記認定判断を左右するに足りる証拠はない。

第4結論

以上によれば,控訴人の被控訴人らに対する不法行為に基づく損害賠償請求及び被控訴人Cに対する本件預金等を控訴人が有する旨の確認請求は,いずれも理由がある。

したがって,これと結論を異にする原判決は相当でなく,本件控訴は理由がある。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 坂本慶一 裁判官 林道春 裁判官 山崎秀尚)

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