名古屋高等裁判所 平成18年(ネ)67号 判決 2006年7月26日
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。
(2) 被控訴人の控訴人に対する請求を棄却する。
(3) 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
主文同旨
第2事案の概要
1(1) 被控訴人は,1審被告Aに対し,同1審被告が経営するゴルフ場の入会保証金として3200万円を預託していたものである(以下「本件預託金」という。)。
控訴人は,平成15年1月8日,1審被告Aの会社分割(平成14年法律第44号による改正前の商法(以下単に「商法」という。)373条に基づくもの。以下「本件会社分割」という。)に基づき設立され,以後,1審被告Aの上記ゴルフ場のゴルフクラブの名称であった「B」の名称を続用して,同ゴルフ場の経営を行っているものである(以下,1審被告A及び控訴人のいずれの経営に係るかを問わず「本件ゴルフ場」という。)。
1審被告Cは,当初は1審被告Aから,本件会社分割後は控訴人から,それぞれ本件ゴルフ場の運営管理等を受託しているものである。
(2) 本件は,被控訴人が,本件預託金の返還期限が到来したとして,1審被告Aに対しては,同預託金の返還請求権に基づき,また,1審被告C及び控訴人に対しては,商法26条1項(平成17年法律第87号による改正後の商法17条1項)の類推適用に基づき,預託金3200万円及びこれに対する上記返還期限後で被控訴人がその返還を請求した後である平成14年8月1日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。
2 原審は,(1)被控訴人の1審被告Aに対する請求については,3200万円及びこれに対する改正後のBの会則に基づく返還期限後である平成16年5月19日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でこれを認容し,その余についてはこれを棄却したほか,(2)1審被告Cに対する請求については,商法26条1項の類推適用の前提を欠くとして,これを棄却したが,(3)控訴人に対する請求については,商法26条1項を類推適用して,1審被告Aに対する請求と同様の限度でこれを認容し,その余についてはこれを棄却した。
これに対し,控訴人が本件控訴に及んだ。
3 本件の前提となる事実(争いのない事実等)は,原判決「第2 事案の概要」の1に記載のとおりであるから,これを引用する。
4 争点
控訴人は,商法26条1項の類推適用により,本件預託金返還債務を負担するか。
5 争点に関する当事者の主張
(1) 被控訴人
原判決「第2 事案の概要」の「2(1) 原告の主張」欄に記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,「被告Dら」とあるのを「控訴人」と改める。)。
(2) 控訴人
ア 会社分割は,次のとおり,営業譲渡とは法的性質及びその趣旨を根本的に異にするものであるから,会社分割に係る本件について,営業譲渡に関する商法26条1項を類推適用する余地はないというべきである。
(ア) 会社分割は,組織法上の行為であるのに対し,営業譲渡は,取引法上の行為である。組織法上の行為においては,これを前提として無数の商取引や行政上の許認可その他の法律関係が積み重なっていくことから,解釈に当たっては法的安定性や明確性が厳格に要求されるが,営業譲渡等の取引法上の行為では,個別の取引に関わる者の具体的利益の調整が重視される。したがって,取引法上の行為に関する規定を,会社分割の如き組織法上の行為に適用することは,法的安定性・明確性を著しく阻害するものであって許されないと言うべきであるし,これを類推適用することはなおさら許されない。
商法は,会社分割における新設会社の債務の承継について,分割計画書の記載にしたがうべき旨を明定し(商法374条の10),関連の綿密な規定を設け,準用すべき規定については,明文をもって規定している。営業譲渡に関する商法26条の規定は,会社分割については準用されておらず,これは,上記のような両者の相違を踏まえたものである。したがって,準用規定が設けられていない以上,同条が会社分割に適用ないし類推適用される余地はないというべきである。
(イ) また,商法26条1項の趣旨等からみても,会社分割について同条を類推適用することはできないというべきである。
すなわち,営業譲渡において,営業譲受人が営業譲渡人の商号を続用する場合,営業譲渡人の債務についても責任を負うべきこととされたのは,営業譲渡人の競業禁止の原則や商号の排他性の原則を前提とするものである。これに対し,会社分割については,いずれの原則も定められていない。また,営業譲渡の場合,譲受人は,営業譲渡後遅滞なく譲渡人の債務について責任を負わない旨を登記すること(商法26条2項,商業登記法31条)等により,上記の責任を免れることができるが,会社分割についてはかかる規定が置かれていない。したがって,会社分割については,商法26条1項はその類推適用の基礎を欠く。
(ウ) さらに,実質的にみても,本件のような会社の物的分割においては,債権者を保護すべき必要性がなく,そもそも商法26条1項の類推適用の前提を欠くというべきである。
すなわち,物的分割においては,新設会社が,営業の承継の対価として,分割に際して発行する株式を,分割をする会社(分割会社)に割り当てるから,分割会社に対する債権者が,分割後も分割会社に対して弁済を請求することができる場合には,会社分割の前後を通じて,同債権の満足を受けるにために担保となるべき分割会社の財産には減少が生じない(分割会社の財産は,その財産を新設会社に承継させることにより減少が生ずるが,その減少分は,新設会社が分割に際して発行する株式の割り当てを受けることによって填補されて,その資本構成には変更がなく,債権者の責任財産に減少を生じない。)ことになる。したがって,債権者が債権の満足を受ける可能性に影響を生じないことになるため,商法の会社分割に関する規定においても,分割会社に対して債権の弁済を請求することができる債権者については,そもそも債権者保護手続の対象とされず,その者に対する各別の催告も不要とされているのである(商法374条の4第1項ただし書)。
本件においても,本件会社分割によって,被控訴人が1審被告Aから債権の満足を受ける可能性には影響がないというべきであるから,商法26条1項の類推適用の余地はない。
イ 仮に,会社分割に商法26条1項の類推適用の余地があったとしても,本件においては,以下のとおり「特段の事情」が認められるから,同条が類推適用されることはない。
すなわち,同条は,営業の譲受人が譲渡人の商号を続用する結果,営業の譲渡があるにもかかわらず,債権者の側から営業主体の交替を認識することが一般に困難であることから,かかる外観を信頼した譲受人を保護しようとするものである。したがって,商号が続用されていても,債権者の側から営業主体の交替を認識することが可能である場合には,同条は適用ないし類推適用されることはない。
この点,本件では,1審被告A及び控訴人は,被控訴人を含む会員全員に対して連名で送付した平成15年4月15日付け「お願い書」と題する書面(乙3。以下「お願い書」という。)に,①1審被告Aを会社分割して,控訴人が設立されたこと,及び,②控訴人が,本件ゴルフ場の土地,コース,クラブハウス等諸施設を所有し,これを運営していることが記載されているから,これによって,各会員が営業主の交替があった事実を認識することができることは明らかであるから,上記特段の事情があると言うべきである。
なお,上記お願い書は,Bを,会員権の株式化により,預託金会員制ゴルフ倶楽部から株主会員制ゴルフ倶楽部への転換を図るについて,会員の有する1審被告Aに対する預託金会員権を控訴人の株式に交換することを促すものであるところ,原審は,上記お願い書には,上記株式の転換に応じない会員がどのように扱われるのか,あるいは,会員の預託金返還請求権が新設会社(控訴人)に承継されるのかについて何の記載もなく,かえって,新設会社で適用される改訂後の会則に,従前からの会員も新設会社に対して会員としての権利行使ができるかのように解される規定(同会則26条(経過措置))がある等として,本件において,商法26条1項の類推適用を拒否すべき事情があるとは認めることはできないとする。しかし,株式への転換に応じない会員の預託金返還請求権は,分割計画書の記載にしたがった扱いをされることになることは,法(商法374条の10)が明確に規定するところであって,これを上記お願い書に記載しなかったからと言って,非難されるべきことではない。また,そもそも,上記特段の事情の判断に当たっては,営業主の交替を知り得るか否かが問題となるのであって,会員の預託金返還請求権が新設会社に承継されるか否かは,これとは無関係というべきである。
したがって,本件では,被控訴人において,同一の営業主体による営業を継続しているものと信じたり,営業主体の変更があったけれども1審被告Aの債務の引受けがなされたと信じたりすることはないものと言うべきであり,仮にそのように信じたとしても無理からぬ事情があるとも言えない。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所も,被控訴人の請求は,3200万円及びこれに対する平成16年5月19日から支払済みまで年6分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから,これを認容すべきであり,その余については,理由がないからこれを棄却すべきと判断するものであるが,その理由は,以下のとおりである。
(1) 1審被告Aの本件預託金返還債務について
前記(引用に係る原判決「第2 事案の概要」の1)のとおり,被控訴人は,平成4年5月4日,1審被告Aに対し,Bの入会保証金として3200万円を預託したこと,平成11年5月5日に改正されたBの会則によると,会員は,平成16年5月18日以降,退会手続をして保証金(預託金)の返還を請求することができる旨定められていること,被控訴人は,本件訴訟手続の中で,平成16年5月18日以降,1審被告A及び控訴人に対し(控訴人については,商法26条1項の類推適用に基づき),本件預託金の返還請求をしていることが認められる。
したがって,1審被告Aは,被控訴人に対し,本件預託金返還債務として,3200万円及びこれに対する平成16年5月19日から支払済みまで年6分の割合による金員の支払義務を有する。
(2) 争点(控訴人は,商法26条1項の類推適用により,本件預託金返還債務を負担するか。)について
ア 前記(引用に係る原判決)争いのない事実等に,証拠(乙3ないし5)及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。
(ア) 控訴人は,平成15年1月8日,1審被告Aが商法373条に基づき新設分割することによって設立され,控訴人が上記分割の際に発行した株式はすべて1審被告Aに割り当てられた。
(イ) 本件会社分割に係る1審被告Aの分割計画書(乙5)には,控訴人は,分割に際し,同計画書添付の「承継権利義務明細表」記載のとおり資産・負債及び契約を1審被告Aから承継する旨記載されている。同明細表には,承継すべき資産及び負債として,「控訴人は,1審被告Aから本件営業に属する資産,負債その他これに付随する一切の権利義務を承継し,その明細は下記のとおりとする。」旨記載されているが,同明細には,「資産及び負債の金銭明細」として,金融機関に対する長・短期の借入金が掲記されているのみで,本件預託金返還請求権については記載されていない。また,「承継する契約上の地位」欄には,「本件営業に関する不動産の賃貸借契約,業務委託契約,リース契約」との記載があるのみで,従前の会員との間の契約上の地位や権利義務関係についての記載はない。
他方,上記分割計画書によれば,1審被告Aは,同社が所有していた本件ゴルフ場の土地,建物,建物付属設備,構築物等の一切の資産を控訴人に承継させたことが認められる。
(ウ) 1審被告Aは,本件ゴルフ場の運営管理を1審被告Cに委託し,「B」の名称で本件ゴルフ場を経営していた。そして,本件会社分割後は,新設会社である控訴人が,1審被告Aと同様に,引き続き「B」の名称で本件ゴルフ場を経営するとともに,継続して,1審被告Cに本件ゴルフ場の運営管理を委託している。
イ 上記の事実によれば,物的分割により控訴人が設立され,1審被告Aの本件ゴルフ場の運営に係る営業は,基本的にすべて控訴人に承継されたが,被控訴人の本件預託金返還請求権は,控訴人に承継されていないこと,また,本件会社分割前において,1審被告Aは,本件ゴルフ場の施設及びこれを所有して経営する営業の主体を表示する名称として,「B」を用いていたものと認められるところ,控訴人も,同分割後において,同様の趣旨でこれを続用して,本件ゴルフ場を経営していること,本件会社分割の前後を通じて,同ゴルフ場の運営管理は一貫して1審被告Cに委託されていることが認められる。
商法26条1項は,営業の譲受人が譲渡人の商号を続用する場合に,譲渡人の営業によって生じた債務については,譲受人もまたその弁済の責めに任ずる旨を定めるが,本件のように預託金会員制のゴルフクラブの名称がゴルフ場の営業主体を表示するものとして用いられている場合には,商号自体の続用がなくとも,営業の譲受人が,上記名称を継続して使用していれば,譲受人が譲受後遅滞なく当該ゴルフクラブの会員によるゴルフ場施設の優先的利用を拒否したなどの特段の事情がない限り,会員が,同一の営業主体による営業が継続しているものと信じたり,営業主体の変更があったけれども譲受人により譲渡人の債務の引受けがされたと信じたりすることは無理からぬものというべきであるから,譲受人は,商法26条1項の類推適用により,会員が譲渡人に交付した預託金の返還義務を負うと解すべきである(最高裁平成16年2月20日判決・民集58巻2号367頁)。そして,会社の分割は,営業の一部又は全部を包括的に新設会社等に承継させるものであって,その実質において営業譲渡と異なるところはなく,ゴルフ場の営業を承継する新設会社等が,分割会社の用いていたゴルフクラブの名称を継続して使用する場合には,特段の事情がない限り,会員において,同一の営業主体による営業が継続しているものと信じたり,営業主体の変更があったけれども新設会社により分割会社の債務の引受けがされたと信じたりすることが無理からぬものであることもまた,上記営業譲渡の場合と同様である。
したがって,本件のように,ゴルフ場を経営する会社が会社分割を行い,新設会社が同営業を承継した場合において,新設会社が,その営業主体を表示するものとして使用されているゴルフクラブの名称を継続して使用する場合には,特段の事情のない限り,商法26条1項の類推適用により,会員が分割会社に交付した預託金の返還義務を負うものと解するのが相当である。
ウ(ア) この点,控訴人は,会社分割は組織法上の行為であるのに対し,営業譲渡は取引法上の行為であるから,取引法上の行為に関する商法26条1項を会社分割について類推適用することは,組織法上の行為の法的安定性・明確性を阻害するものとして許されない旨主張する。
しかし,会社分割後の新設会社が分割会社の商号を続用するか否かは,分割会社等の営業上の判断・選択の問題であって,会社分割それ自体とは区別して考えられるべき問題である。したがって,会社分割後の新設会社による商号の続用について,商法26条1項を類推適用したからと言って,これが会社分割自体の法的安定性や明確性を損なうものとは到底言えない。
また念のため付言すれば,会社分割について一定の債権者保護手続(商法374条の4第1項ほか)が定められているからと言って,そのことから直ちに,同法が,それ以外の一切の債権者保護を排除する趣旨,すなわち,新設会社による商号続用という別途の事実関係に基づき別途の観点からなされる分割会社債権者の保護を積極的に排除する趣旨であるとは到底言えない。これらは,それぞれの観点から各別に検討されるべき問題であるというべきである。
(イ) また,控訴人は,商法26条1項は,営業譲渡における譲渡人の競業禁止の原則等を前提とするものであるから,かかる原則が定められていない会社分割については,その類推適用の前提を欠く旨主張する。
しかし,商法26条1項は,前示のところからも明らかなとおり,営業譲受人が商号を続用する場合に,営業譲渡人の債権者の外観に対する信頼を保護するため,営業譲受人に弁済義務を定めたものと解するのが相当である。したがって,債権者の外観に対する信頼の保護という観点では,営業譲渡による譲受人による商号の続用の場合と,会社分割による新設会社による続用の場合とで選ぶところはないことは,前記のとおりである。したがって,この点について,競業禁止義務を有するか否か等が上記判断を左右するものではなく,この点に係る控訴人の主張は失当である。
上記のほか,控訴人は,会社分割においては,営業譲渡の場合と異なり,上記責任を免れる方法として,分割会社の債務について責任を負わない旨を登記すること等が規定されていないから,商法26条1項の類推適用の前提を欠くとも主張する。
しかし,新設会社は,分割会社及び新設会社から各債権者に対し各別にこれを通知することによって,なおかかる責任を免れることが可能であり,かつ,1審被告A及び控訴人にとって,被控訴人をはじめとした本件ゴルフクラブの会員が知れたる債権者であることは明らかであるから,上記のような通知を求めることが,現実的に困難なものとも言えない。
したがって,この点に係る控訴人の主張もまた失当である。
(ウ) さらに,控訴人は,本件のような会社の物的分割においては,新設会社が発行する株式をすべて分割会社に割り当てる以上,会社分割の前後において,分割会社の責任財産に変動はなく,したがって,そもそも債権者を保護すべき必要性自体が認められないのであり,商法374条の4第1項ただし書が,分割会社に債権の弁済を請求することができる債権者について,債権者保護手続の対象としていないのも,まさにかかる理由に基づくものである旨主張する。
しかしながら,営業譲渡の場合も,譲渡人は,移転された営業に見合う対価を取得するのが本来であるから,その意味では,譲渡人の責任財産に,営業譲渡の前後で,計数上変動が生じることが当然の前提として予定されているわけではない。したがって,本件において,会社分割の前後で,分割会社の責任財産に計数上変動が生じないとしても,そのことから直ちに,商法26条1項の保護の必要性を否定し得ることになるものではない。そして,営業に係る債権は,実際には当該営業が債権の実質的な担保となっている場合も少なくなく,時日の経過によって,債務者の実質的な責任財産に差異が生じ得ることは,営業譲渡の場合も,会社分割の場合も,同様に否定できないというべきである(会社分割の場合には,新設会社の株式が分割会社に割り当てられる結果,分割後も,移転された営業自体が依然として間接的に債権の担保としての役割を維持すると考える余地もないではないが,そもそも,新設会社から割り当てられる株式は,移転された営業・資産等と,実際に換価した場合に価値同一であるとは言いがたい面がある上,時日の経過によって,益々これが乖離し得ることは否定できないところである。実際,本件について見ても,一般に,預託金会員制のゴルフクラブにおいては,昨今の経済状態とも相まって,厳しい経営が続き,据置期間経過後の保証金の返還債務が,経営の大きな負担となっていることはよく知られた事実であるところ,1審被告Aは,本件会社分割によって,会員との契約上の地位を除き,本件ゴルフ場の施設等営業上の権利義務一切を控訴人に移転しており,控訴人の株式に譲渡制限が付されていること(乙5)等をも併せ鑑みれば,本件会社分割の後,被控訴人ら会員が,分割会社たる1審被告Aに預託金返還請求権を行使してその満足を得ることは,実質的に極めて困難な状況になっていることは明らかであると言わざるを得ない。)。
したがって,会社分割の場合にも,新設会社によって商号が続用され,外観上営業が新設会社に移転した事実が明らかでないような場合には,債権者が,実質的に債権実現の機会を失う恐れのあることは否定できないのであって,これを保護すべき必要があることは,営業譲渡の場合と異ならないと言うべきである。
エ 次に,控訴人は,本件では,被控訴人に対し,お願い書を送付しているところ,これによれば,会社分割により本件ゴルフ場の営業主体の交替があった事実は明らかであるから,上記特段の事情があり,商法26条1項の類推適用は否定されるべきである旨主張するから,この点について判断する。
証拠(乙3,4)に弁論の全趣旨を併せ考えると,次のとおり認められる。
1審被告A及び控訴人は,平成15年1月8日の本件会社分割後,本件ゴルフクラブの各会員に対し,両者連名による同年4月15日付け「お願い書」と題する書面(乙3)を送付した。しかし,同書面は,上記のとおり,本件会社分割後,3か月以上を経てようやく送付されたものである。また,同書面に含まれる「会員権の株式化についてのお願い」と題する1審被告A及び控訴人の代表取締役(兼務)名の書簡では,①本件ゴルフクラブの恒久的安定運営のために,会員権の株式化による株主会員制ゴルフクラブの確立が最も望ましい旨の検討結果が集約されたこと,②ついては,各会員所有の会員資格保証金預託証書を新会社である控訴人発行の株式に転換して欲しいことが,また,これに続く「Ⅰ 改革の内容」では,控訴人は,1審被告Aの会社分割による新設会社であり,本件ゴルフ場の施設等を所有・運営する会社であることがそれぞれ記載され,上記の内容に即した会則の改定案が添付されているものの,上記会社分割によって,各会員の会員たる地位が控訴人に承継されるか否かについては何らの説明もなく,会員において,上記転換の依頼に応じて控訴人の株主とならない場合には,控訴人の経営するゴルフ場のゴルフクラブ会員としては扱われなくなるのが本則であることを認識し得るような記載はされていない。むしろ,改定後の会則第26条(経過措置)には,「改正されるまでの会則により会員である者は,本会則が改正された日から,第7条(入会資格)により会員となるまでの間,改正されるまでの会則により会員の資格を有する。」との記載があり,これによれば,従前からの会員は,新設会社の経営するゴルフ場における会員として権利行使(少なくともプレーをする権利の行使)をすることが可能であるかのように解されるというべきである。そして,ゴルフ場の運営管理業務自体は,会社分割の前後を問わず,1審被告Cに委託されていたから,その運営管理の実態については大きな変更なかったものと考えられる上,控訴人が,被控訴人に対し,ゴルフ場施設の優先的利用を拒否したような事情もうかがわれない。
そうすると,被控訴人としては,仮に本件会社分割が行われ,新設会社が本件ゴルフ場の営業を承継した事実自体は認識し得るとしても,少なくとも,本件会社分割にかかわらず,被控訴人の会員たる地位が,1審被告Aから控訴人に承継されたと考えても,むしろ無理からぬものと言うべきである。したがって,お願い書の送付があったからと言って,商法26条1項の類推適用を否定すべき特段の事情があったとは認められないというべきである。
オ 以上の次第で,被控訴人は,商法26条1項の類推適用により,前記1(1)で認定した限度で1審被告Aが被控訴人に対して負担する預託金返還債務を負うものと認めるのが相当である。
2 よって,原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 青山邦夫 裁判官 田邊浩典 裁判官 手嶋あさみ)