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名古屋高等裁判所 平成18年(ネ)872号 判決 2008年9月05日

控訴人

亡X1訴訟承継人 X2<ほか一名>

上記二名訴訟代理人弁護士

別紙代理人目録記載のとおり

被控訴人

医療法人a会

同代表者理事長

同訴訟代理人弁護士

中村勝己

後藤昭樹

太田博之

立岡亘

服部千鶴

吉野彩子

太田成

水野吉博

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人は、控訴人X2に対し、三五万円及びこれに対する平成一六年一一月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被控訴人は、控訴人X3に対し、三五万円及びこれに対する平成一六年一一月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、第一、二審を通じて、これを一〇分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人は、控訴人X2に対し、三〇〇万円及びこれに対する平成一六年一一月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(3)  被控訴人は、控訴人X3に対し、三〇〇万円及びこれに対する平成一六年一一月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(4)  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

(1)  本件控訴をいずれも棄却する。

(2)  控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二事案の概要

一  本件は、亡X1(亡X1)が被控訴人と診療契約を締結し、被控訴人が設置したb病院に入院していたところ、入院中の平成一五年一一月一六日未明、同病院の看護師らによってミトン(抑制具)を使って身体を拘束された上、同病院関係者から亡X1の親族に対する報告や説明が行われなかったなどとして、亡X1(原審の口頭弁論終結後死亡したため、控訴人らが訴訟を承継した。)が、被控訴人に対し、不法行為による損害賠償請求ないし診療契約上の義務の不履行による損害賠償請求に基づき慰謝料と弁護士費用及び遅延損害金の支払を求めた事案である。

原審は、亡X1の請求を棄却したことから、控訴人らがこれを不服として控訴した。

二  争いのない事実等(争いのある事実は末尾に証拠を掲記した。)

(1)  当事者等

ア 控訴人ら

(ア) 亡X1は、大正○年○月○日生まれの女性であり、平成一五年一一月一六日当時満○歳であった。

亡X1は、平成一五年一〇月七日から同年一一月二一日まで、被控訴人との間の診療契約に基づいて、被控訴人が愛知県一宮市内に開設・運営するb病院(以下「本件病院」という。)外科に入院していた(以下「本件入院」という。)。

(イ) 控訴人X2(以下「控訴人X2」という。)は、亡X1の長女であり、亡X1の生活全般の世話をしていた。控訴人X3は亡X1の長男である。

イ 被控訴人

(ア) 被控訴人が開設・運営する本件病院は救急指定病院であり、内科、消化器科、外科など一二の診療科目を備え、急性期医療に対応しているほか、急性期医療から回復期医療への転換期に当たる患者に対するリハビリテーション科を備えている。

(イ) B(以下「B医師」という。)は、本件病院の副院長として勤務する医師であり、本件入院中の亡X1の主治医であった。

(ウ) C(以下「C看護師」という。)、D(旧姓「D1」。以下「D1看護師」という。)及びE(以下「E看護師」という。)の三名は、いずれも本件病院に勤務していた看護師であり、平成一五年一一月一五日から同月一六日にかけて、亡X1が入院していたC―2病棟の夜間勤務看護師であった(以下この三名を「当直看護師」ともいう。)

(2)  本件入院に至る経緯

ア 平成一五年一月二七日から同年三月一一日までの間、亡X1は、狭心症の症状により、稲沢市民病院に入院した。なお、亡X1は、この入院前にも、大垣市民病院、服部整形外科、愛知県立尾張病院(以下「尾張病院」という。)、及び稲沢市民病院への入通院歴を有する。

イ 同年三月一一日から四月七日までの間、亡X1は、稲沢市民病院から紹介を受けて尾張病院循環器科に入院し(傷病名心不全、心臓弁膜症、高血圧症、大動脈弁狭窄症)、退院後も同病院外来を受診していた。

また、同年六月一九日までの間、リハビリテーションのために服部整形外科に通院するとともに、心臓病治療のために岩田循環器クリニックに通院した。

ウ 同年六月二〇日から同年八月一日までの間、亡X1は、肋間神経痛治療のため、尾張病院整形外科に入院した。

その治療中、歩行訓練を含むリハビリテーションを受けていたが、同年七月一六日午後一〇時三〇分ころ、入眠剤を投与された状態で歩行していたところ、トイレ内で転倒して左恥骨骨折を負った。その後、同月二二日から、亡X1は、痛みに対する治療を受けながらリハビリテーションを再開した。

エ そして、同年八月一日から同年九月一二日までの間、亡X1は、肋間神経痛及び恥骨骨折の治療並びにリハビリテーションのため、本件病院内科に入院した。

(3)  本件入院の経過

ア 同年一〇月七日、亡X1は、腰痛及び骨盤部痛の症状により、本件病院外科に入院した。その際、控訴人X2が亡X1の保証人となった。亡X1は、入院時、腰痛のため歩行不能状態になっており、変形性脊椎症(胸、腰椎)、腎不全、高血圧症等と診断された。

イ 同年一一月一六日未明、亡X1は、ベッド上において、C看護師及びE看護師により、抑制具であるミトン(手先の丸まった長い手袋様のもので緊縛用の紐が付いているもの。乙A五の写真⑤⑥)を両手に装着させられた上、両上肢を拘束された(以下「本件抑制」という。)。

ウ 同月二一日、亡X1は、稲沢市民病院に転院するため退院したが、退院に当たって、B医師から、①転倒しないようにすること、②稲沢市民病院の指示に従うことが治療上の留意点として指摘された。

エ B医師が作成した同月二八日付け診断書には、亡X1につき、①右前腕皮下出血及び②下口唇擦過傷の外傷を同月二〇日に認めたこと、その治癒のためには、同日から①については約二〇日間、②については約七日間の期間を要すると推定する旨記載されている。

(4)  その後の経過

ア 同年一一月二一日から平成一六年一月二二日まで、亡X1は、稲沢市民病院内科に入院した。同院では、脳梗塞後遺症、高血圧症、慢性腎不全、夜間せん妄等との診断がされた。

イ 平成一六年一月二二日から同年六月二〇日まで、亡X1は、五条川リハビリテーション病院に入院した。

ウ その後、亡X1は、特別養護老人ホーム「たんぽぽ加茂の里」に入所した。

(5)  亡X1は、平成一六年一一月一日、被控訴人に対し、本件訴訟を提起したが、平成一八年九月八日死亡し、実子である控訴人X2及び同X3が本件訴訟を承継した。

三  争点

(1)  控訴人らの当審における新たな診療契約義務違反に関する主張は時機に後れた攻撃防御方法か。

(2)  抑制行為の違法性の判断基準

(3)  本件抑制の違法性

(4)  親族に対する説明義務等の有無

(5)  損害の発生及び損害額

四  争点に対する当事者の主張

(1)  争点(1)(時機に後れた攻撃防御方法の主張)について

(被控訴人の主張)

ア 本件では、原審の弁論準備手続において争点整理がなされ、その結果が平成一八年三月八日の原審第三回口頭弁論調書に添付されている。しかし、控訴人らは、控訴審に至って、新たに診療契約義務違反として、①腎不全への著しく不当な対応、②入眠剤の違法な使用、③夜間の排泄をオムツにさせたことの人権侵害、④作られた不穏状態(夜間せん妄様状態)とその放置等の各主張を行っている。

イ 控訴人らの上記各主張は、原審において主張されていない攻撃防御方法であり、控訴審段階での主張は時機に後れたものであり、また、少なくとも重過失があるというべきである。

ウ さらに、控訴人らの上記の各主張の内容の確定及びこれに対する反論反証には多大な時間を要し、訴訟の完結が遅延することは明らかである。

エ よって、控訴人らの上記各主張は、いずれも時機に後れた攻撃防御方法として却下されるべきである。

(控訴人らの主張)

ア 控訴人らは、本件抑制が請求原因事実であり、上記の各主張は本件抑制の違法性を基礎づける先行事実・背景事実として、訴訟法的には間接事実として主張するものであって、それぞれ独立した債務不履行ないし不法行為の請求原因事実として主張する趣旨ではない。また、違法性阻却事由との関係でいえば、「切迫性」に関する積極否認の根拠をなすものである。

イ そもそも、これらの先行事実は原審においても争点となっている上、本件抑制の違法性を判断する上で解明されるべき事柄であり、裁判所から適切な釈明権行使がされるべきであった。それがなされていれば当然に主張立証されたものである。控訴人らの上記各主張は時機に後れたものとはいえず、控訴人らに重大な落ち度もない。

ウ また、上記の理由で、原審において十分に究明されるべきものであったから、訴訟の完結を不当に遅延させるものでもない。

(2)  争点(2)(抑制行為の違法性の判断基準)について

(被控訴人の主張)

ア 入院患者の転倒・転落防止のために医療機関に課される注意義務の基準として検討されるべきものは、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準(厳密には、療養上の世話の水準)である。不当に高い注意義務(行為義務)を病院や医師等に課した場合には、医療現場からの医師等の逃避や萎縮診療をもたらし、患者にとっても不利益な事態を招来することになる。

この点、厚生労働省・身体拘束ゼロ作戦推進会議作成にかかる「身体拘束ゼロへの手引き」は、目指すべき理念を示したにとどまるというべきである。

高齢者の身体拘束問題に関する知見の普及は、高齢者医療を行う専門病院から、一船医療機関や介護保険施設、そして大学病院や総合病院、さらに小規模病院といった順序で普及していくことになるが、急性期医療を担う民間病院に普及していくまでには相当な時間を要する。また、これらの知見を実践していくには、労働基準法による制約等があり、人的設備の充実等が図られることが不可欠である。

医療水準を検討する上では、医療現場の実情を無視したまま、過度に患者側の期待論を取り込むべきではない。「あるべき規範」としての要素が斟酌されるべき面のあることは否定しないが、自分やその親族は抑制されたくないとの一事から、無理な安全要求をすることは、かえって医療現場を疲弊させ、医療崩壊を加速させるものである。

イ 介護保険指定基準における抑制の要件である切迫性、非代替性及び一時性の基準は、介護保険施設として指定するための行政上の基準にすぎず、同基準が直ちに介護保険施設と入所者間の権利義務関係を規定するものでないばかりか、本件病院のような急性期の医療機関に対して直ちに適用される性質のものではない。

すなわち、介護保険施設と急性期医療を担当する医療機関とでは、目的や機能が異なり、施設基準や人員配置基準が異なることから、異なる基準に従って判断すべきである。

患者が転倒・転落する蓋然性がある場合には、医療機関としてはこれを防止する有効な措置を講ずる一定の作為義務があるのであって、転倒・転落防止の方法として、抑制を行うか否かは、医師等の専門家の合理的な裁量に委ねられている。

したがって、介護保険指定基準を急性期病棟にそのまま当てはめるのは妥当ではなく、切迫性、非代替性、一時性等は、合理的な裁量の範囲内か否かの検討要素として考慮されるにとどまるべきであり、また、本件病院が急性期医療を担う民間病院である(総合病院でない)こと、並びに、当時の医療・療養水準を前提として、切迫性、非代替性、一時性の要件を具体的に検討していくべきである。

(控訴人らの主張)

医療現場において、患者を身体拘束する場合は皆無ではない。しかし、身体拘束は、いうまでもなく人の身体的自由を奪うもので、暴行と評価される上、重大かつ多大な弊害を招く行為であるので、医師の判断に基づいて行われるべきものであり、かつ、生命又は身体を保護するため緊急やむを得ない場合だけに限定されなければならない。いわば緊急避難的な場合に限られるのである。身体拘束が例外的に許される基準としての切迫性、非代替性、一時性の要件についても、緊急避難行為と同内容のものとして把握すべきである。そして、これらの事情の存在は、被控訴人が主張・立証すべきものである。

もっとも、本件での抑制は違法な暴力であり、医療機関としてあるまじき不道徳で反倫理的な違法行為であるから、医療行為であることを前提としたうえで、切迫性、非代替性、一時性の三要件や緊急避難が問題となるような事案ではない。

(3)  争点(3)(本件抑制の違法性)について(以下断りのない限り、日付は平成一五年のことである。)

(被控訴人の主張)

ア 当時の状況等

(ア) 亡X1の病状等

亡X1は、尾張病院で転倒して、恥骨骨折という重篤な傷害を負っていた。尾張病院からは、亡X1が転倒リスクを負っているとの指摘があったほか、本件病院外科においても本件抑制の一〇日ほど前に転倒経験があって、転倒の危険性が高い状態にあった。

亡X1は、本件抑制当時、心身安定剤リーゼを服用しており、薬剤の影響による眠気、ふらつき、運動失調が発現しやすい状況にあった。また、亡X1は、本件抑制直前、オムツが実際には濡れていないのにオムツ交換を求めるためにナースコールを頻繁に繰り返すなどの挙動があり、夜間せん妄状態にあった。亡X1は、四回ほど、車いすに乗ってナースステーション(詰所)を訪れ、車いすから立ち上がろうとしたり、ベッドから起き上がろうともした。なお亡X1は、本件病院から稲沢市民病院へ転院した直後にも、夜間不穏状態にあったと診断されている。

当直看護師は、オムツが汚れていないことを何度も亡X1に確認させたり、車いすで詰所に来た亡X1を何度も病室まで送るなどして、就寝するよう説得に努めたが、亡X1は、せん妄状態で上記のような挙動を続けた。

一一月一六日午前一時すぎころ、亡X1は、車いすで詰所に来て、車いすから立ち上がって「私はぼけておらへん」と大声を出したため、当直看護師は、四人部屋の病室にそのまま戻すことは同室患者に悪影響を及ぼすことも考慮し、詰所に最も近い二〇一号室に亡X1をベッドに寝かせたまま移動した。しかし、亡X1は、また起き上がろうとするなど、ベッドから転落する危険のある行動を続けたことから、亡X1の転倒・転落を防止するために、本件抑制を行ったのである。

(イ) 夜間看護の状況等

本件病院C―2病棟では、夜勤の看護師三名が四一の病床を管理している。入院患者の中には、持続点滴等の処置を受けている患者もおり、亡X1の転倒・転落防止のために看護師が常時付き添うことは不可能である。

また、看護師にも労働基準法の適用があり、八時間以上の勤務であれば(本件病院の夜勤は一六時三〇分から翌朝九時までの勤務である。)一時間の休憩時間を取らせなければならず、医療・療養水準についても、労働基準法の枠内で検討する必要があるのは当然である。

当直看護師は、前記のとおり亡X1に対応したが、それでも亡X1がせん妄による挙動を続けたため、最も侵襲の少ない方法であるミトンによる抑制を選択した。家族による付添いや一時帰宅を求める時間的余裕はなかった。

(ウ) 抑制時間等

本件抑制は、午前一時すぎから午前三時までの間であり、最大でも二時間行われたにすぎない。当直看護師は、本件抑制後も、就寝を促したり、亡X1にお茶を飲ませるなどして落ち着かせるように努めた。亡X1の両手に装着したミトンのうちの片方は、緩く固定していたため三〇分程度で外れたが、亡X1がうとうとと眠りはじめたので、そのままにしておいた。当直看護師は少なくとも三〇分ごとに亡X1の様子を確認し、午前三時ころには、亡X1が就寝していることを確認して残りのミトンも外した。

(エ) 拘束の態様について

亡X1は大腿骨頸部骨折で人工骨頭を装着しており、側臥位姿勢にすることは整形外科的にみて適切でなく、そのため、本件病院外科では、亡X1のベッドをギャジアップし、仰臥位姿勢がとれるようにしていた。

ミトンでの抑制は極めて穏やかなものであり、亡X1は上体をずらしてミトンの紐を口でほどくことを試みるほど体位変換が可能な状態であった。

(オ) 転倒の危険性について

亡X1は、一一月四日、トイレから病室に帰る際に転倒したが、この事実は、その後の入院生活においても転倒リスクが高い状況にあったことを裏付けるものである。過去に転倒・転落した既往があり、それによって負傷したという経緯がある場合、転倒・転落による受傷の具体的予見可能性を認定する根拠とされる(東京地裁平成八年四月一五日判決)。

もっとも、被控訴人はそれだけでは抑制を行わず、一一月一五日夜間に認められた夜間せん妄、さらに亡X1がベッドから無理に降りようとする行動、リーゼ投与下にあること等の具体的事情を踏まえた上で、転倒・転落の具体的危険性があると判断したものである。

(カ) さらに、切迫性に関して以下の事情も存する。

a 当直看護師は、単に説得していたのみではなく、ナースコールがある都度訪室し、「オムツ替えて」との求めに対して、優しく話しかけるとともに、毎回オムツ交換を実施している。亡X1の気持を静めるために、たとえオムツや尿採りパッドが濡れていなくても、毎回交換を行っていた。亡X1は、「トイレに行きたい」と申し出たのではなく、「オムツを替えて」と申し出たのだから、気持を静めるために必要なのはオムツを交換することであり、トイレに連れて行くことではない。

b また、病室は午後九時に消灯されるため、暗く、ベッドから降りて車いすを探し、それに乗り移ることによる転倒・転落の危険は一層高いものとなる。一人で車いすに乗って移動することも危険である。亡X1は、多発脳梗塞による脳梗塞後遺症、大腿骨頸部骨折、恥骨骨折、胸椎、腰椎の圧迫骨折、変形性脊椎症の既往もあり、歩行障害があったものである。

c 当直看護師は、同室者の安静を妨げないために、亡X1を詰所に連れて行くことも考えたが、亡X1は眠そうで半覚醒の状態にあり、明るい詰所では入眠の妨げになると判断し、個室に収容した。稲沢市民病院での主治医であったF医師も、「詰所の明るい場所では、明るくてなかなか眠れないと思います。」と証言する。せん妄状態にありつつも、眠そうであるならば、静かな環境で寝かせてあげることが本来必要な対応と考えられる。亡X1は、個室に移動した後も、看護師がなだめたり、制止しているにもかかわらず、ベッドから起きあがろうという挙動を繰り返していた。

(キ) このような状況を総合すれば、本件抑制は、切迫性、非代替性、一時性の要件を充足している上、看護に関する合理的裁量の範囲内での判断によるものであり、本件抑制に違法性はない。

イ 控訴人らの主張について

(ア) 腎不全に対する処置について

亡X1の腎不全に対する本件病院外科の処置に、医療水準を逸脱するような注意義務違反は存しない。

a 利尿剤の投与について

亡X1の腎機能障害は、尾張病院入院中から認められており、これに対して、同病院では、六月二四日以降本件病院内科に転院するまで、ダイアート(ループ利尿剤)六〇mg朝食後、ラシックス(ループ利尿剤)二〇mg昼食後、アルダクトンA(抗アルドステロン性降圧利尿剤)二五mg朝食後を処方していたが、本件病院内科でも、利尿剤については同じ処方を行っていた。ただし、ラシックス二〇mgは朝食後に服用するよう指導していた。

本件病院外科に入院した際には、一〇月八日から一〇月一三日までは内科と同一の処方を行ったが、血液検査において、BUNやCREの上昇が認められたため、一〇月一四日以降、ラシックス四〇mg昼食後を追加した。

稲沢市民病院では、入院当初は医師の指示により、本件病院外科の処方薬の服用が継続され、一一月二六日に処方された利尿剤も本件病院外科と同一の処方である。したがって、本件病院外科における利尿剤の処方が不適切であったとはいえない。

b 尾張病院でも尿の回数はチェックしているが、尿量はチェックしていない。また、尾張病院では、本件病院と同程度のBUN、CRE値を示しているが、水分摂取を制限している。亡X1が大動脈弁狭窄症である以上、安易な輸液は危険である。また、腎不全で尿が出にくくなると、同様に心不全を悪化させることが懸念される。心疾患を抱える亡X1に対して、利尿剤の投与が必要であることは、F医師も認めている。

稲沢市民病院でも水分摂取量についてはチェックしていない。腎不全といってもすべての症例について水分の出納を確認する必要はなく、本件でもその必要はなかった。

c また、本件病院外科では、夜間頻尿にならないよう、利尿剤を、朝食後、昼食後に投与している。尾張病院では利尿剤ラシックス二〇mgを昼食後に投与していたが、本件病院外科においてはラシックス二〇mgを朝食後に投与するように変更している。利尿剤投与時間について、稲沢市民病院と変わるところはない。本件病院外科では利尿剤の投与時間をコントロールしなかったとの控訴人らの主張は理由がない。

d 腎臓病食への変更は、腎前性の腎機能障害であれば、不要である。

e 利尿剤の投与と夜間せん妄の関係について

控訴人らは、利尿剤の不適切な投与により亡X1が尿意を感じることとなり、これが夜間せん妄の原因となった旨主張する。

しかし、利尿剤は、尿量を増加させるものではあるが、膀胱内に尿が貯留していないにもかかわらず、尿意を感じさせるものではない。本件でも、亡X1は、尿が出た旨主張して、ナースコールを行っていたが、多くの場合に排尿は認められなかった。この点は、稲沢市民病院でも同様であった。

(イ) マイスリーの一〇mg投与等について

a マイスリー五mg投与は、尾張病院で、七月八日から同月三一日まで連日行われていた。八月一日に亡X1が本件病院内科に転院してきた際、持参したマイスリー五mgを服用したが、八月二日、「昨日眠ることができなかった。」旨を訴えたことから、同日、マイスリーを一〇mgに増量し、三日分を処方した。マイスリーの使用説明書では、高齢者には「少量(一回五mg)から投与を開始し、一〇mgを超えないこと」と記載されているが、マイスリー五mgの投与は尾張病院で行われているし、八月一日夜に眠れなかったという訴えを受けて一〇mgに増量したもので、何ら使用説明書に反するものではない。また、五mgと一〇mgで副作用発現症例率に有意差のないことが確認されており、マイスリー一〇mgは安全投与量の範囲内である。なお、マイスリー連用中における投与量の急激な減少ないし投与中止により、反跳性不眠、いらいら感等の離脱症状があらわれることが指摘されている。

b 本件病院内科に入院していた八月二日から九月一二日まで、継続的にマイスリー一〇mgが処方されているところ、その間、亡X1に格別の異常症状、副作用症状は認められていない。マイスリー一〇mgが過剰投与であるとするならば、上記期間内に何らかの異常所見があるのが通常であるが、そのような所見は認められない。

c 本件病院外科に入院後、一〇月八日から一一月五日までマイスリー一〇mgを処方しているが、亡X1に何らの異常は認められなかった。一〇月二二日、二三日の夜間に不合理な言動をしたことがあるものの、二四日以降はそれらの症状は認められていない。亡X1の不合理な言動がマイスリーの副作用であるならば、投与量に変更がない以上、症状が持続するのが通常であり、一〇月二四日以降に同様の症状が発現していない理由を合理的に説明できない。

d マイスリーの投与は、一一月四日における亡X1の転倒を受けてリーゼに変更された後、一一月一〇日午前零時に頓用として一回用いられたのみである。この点、C看護師が報告書で「三日前」と記載したのは一一月一〇日の頓用としての服用を記載したものである。一一月一〇日以降に頓用として用いられたことはない。

e 控訴人らは、マイスリーの投与が一一月一五日における亡X1の夜間せん妄の原因であるかの如く主張する。しかし、マイスリー一〇mgの最終投与は一一月一〇日であり、それから五日間を経過した一一月一五日時点で薬効が残存していたとは考えがたい。マイスリーの消失半減期は一・七八~二・三時間であり、高齢者の場合には消失半減期が二・二倍になるとしても、三・九一六時間~五・〇六時間である。五日経過した一一月一五日時点まで、マイスリーの効果が残存していることはない。透析を受けている慢性腎障害患者九例にマイスリー一〇mgを一日一回一三~一八日間経口投与したときの血漿中濃度は、単回投与時とほぼ同じであり、血中での蓄積は認められなかった。蓄積性のある薬物を漫然と継続投与していたとの指摘は医学的に正しくない。

f マイスリーの使用説明書には「服薬後は直ぐ就寝させ、睡眠中に起こさないように注意すること」と指示されており、亡X1が一一月三日にマイスリーを服用した後、夜中にトイレに行って動けなくなったのは、中枢神経の睡眠鎮静というマイスリーの本来の薬効どおり正常に作用しているにすぎず、これを直ちにマイスリーの効き過ぎであるとか副作用であると評価することは適正でない。薬の効き過ぎの評価は容易ではないことから、これを直ちに効き過ぎと決めつけず、少し経過を見たいと判断したり、一一月四日の夜中に転倒したことを受けてマイスリーをリーゼに変更したことが遅きに失し注意義務に違反すると評価されるものではない。

g 一一月五日の時点で、入眠剤はマイスリー一〇mgからリーゼ五mgに変更されている。リーゼ五mgでも入眠できない場合には、頓用としてマイスリー一〇mgを投与することを医師は指示していた。そして、一一月九日から一〇日未明の段階で、入眠できなかったことから、一一月一〇日午前零時ころに、マイスリー一〇mgが頓用として投与されたものであり、看護師独自の判断ではない。不眠の際の頓用の指示を予めしておくことは通常行われているものであり、本件病院外科で一一月一〇日にマイスリーを服用させたことが医師法に違反するというのは控訴人らの独自の見解にすぎない。

h リーゼ五mgとマイスリー一〇mgが投与されたのは一一月一〇日のみであり、それ以外に重複投与はない。

i リーゼの投与について、リーゼはマイスリーよりも作用は弱く、五mgの投与は医薬品の添付文書に沿った用量であり、入眠剤の投与が過剰であるとの控訴人らの主張は理由がない。本件病院で一一月一一日にリーゼが一四日分(一一月二五日まで)処方されており、稲沢市民病院では一一月二六日にリーゼが七日分処方され、その後も一二月九日にリーゼ七日分、一二月二一日に七日分、平成一六年一月五日に九日分と処方されており、連続してリーゼが使用されている。

j このように、本件病院における亡X1へのマイスリーを含む入眠剤の投与は医療水準に反したものでなく、また、マイスリーの投与と本件抑制行為当日の夜間せん妄との間に因果関係は存在しない。

(ウ) オムツの使用について

a 亡X1は、一〇月八日、歩行不能になるほどの腰痛が認められたことから本件病院の夜間救急外来を受診し、レントゲン検査の結果、胸・腰椎圧迫骨折と診断されている。この場合、腰痛が軽減すれば歩行は可能であるが、脊椎圧迫骨折の受傷後相当期間は腰痛のため歩行困難となることが多い。また、亡X1は高齢であり、ベッド上での安静臥床によって筋力の低下が生じ、歩行はより安定を欠くことになる。したがって、胸・腰椎圧迫骨折前の尾張病院で(不安定ながらも)杖歩行ができたからといって、一一月一五日当時、歩行が可能であったということにはならない。また、腰痛が軽減していれば、稲沢市民病院や五条川リハビリテーション病院でポータブルトイレが使用可能となることも十分に考えられるが、このことから一一月一五日当時、ポータブルトイレの使用が可能であったということにはならない。実際は、稲沢市民病院でも、一一月二四日までは排泄はオムツにより行われており、ポータブルトイレのみによる排泄が確立されたと考えられるのは一二月五日である。

b さらに、控訴人らは、マイスリーの長期・多量服用のため、亡X1が車いすの使用になっていた旨主張するが、胸・腰椎脊椎圧迫骨折があり、疼痛が認められ歩行困難である以上、また、歩行が安定しない場合、車いすの使用はやむを得ないことである。

c また、マイスリーの使用説明書に従う限り、マイスリーを服用させた後は歩行させるべきでなく、まして、消灯後の暗闇の中でトイレに移動させることは危険である。入眠剤服用中には、起こさないようにすることが望まれることから、オムツ着用はやむを得ない面がある。したがって、夜間オムツを着用していたことが、医療水準を逸脱するような注意義務違反であったとはいえない。

(エ) 看護師の対応について

看護師の対応も、本件病院に求められる医療水準からみて、医療・療養水準を逸脱した対応と評価されるものではない。

本件病院の夜勤は一六時三〇分から翌日午前九時までの一六時間三〇分の連続勤務であり、医療・療養水準についても労働基準法の枠内で検討する必要があるのは当然である。三人の夜勤態勢であっても、トイレ介助やナースコールが重なると、詰所に誰もいないという事態が生じることから、いつ患者の容体急変が起こるかもしれない急性期病棟で、看護師が亡X1に付き添わなかったことをもって医療水準から逸脱したものと認定するのは不適切である。夜間せん妄は認知機能の障害であり、亡X1が「オムツを替えて」と訴えるのは陰部の感覚あるいは認知の異常と考えられる。亡X1の気持を静め、気分変調を起こさないためには、オムツを交換して、その訴えを実現してあげるのが適切であり、トイレに連れて行くことは亡X1の意に反することになり、かえって不快や不安を引き起こし、入眠の妨げともなるものである。また、入眠剤を服用し、眠そうな状態にある場合に、照明で明るく、ナースコールが鳴り響く詰所ではなく、個室で入眠できるようにした対応が、当時の本件病院に求められる医療水準に照らして不適切な判断と評価されるべきではない。稲沢市民病院の内科病棟で五〇床位を二人の夜勤看護師で対応しているとしても、一般外科、脳外科、整形外科で術後患者のケアも含まれる本件の場合とを同一に論じることもできない。稲沢市民病院で、亡X1が頻回にナースコールをしたのに対して、「詰所で寝ていただく。」旨告げたところ、その後ナースコールがなくなったとのことであるが、医療水準に適うものとは評価できない。

(控訴人らの主張)

ア 亡X1の不穏状態(夜間せん妄様状態)は、本件病院外科の医師・看護師らによる水分管理懈怠・利尿剤調節懈怠、入眠剤(マイスリー)の過剰投与継続、夜間の排泄をオムツにさせたことなどにより作られたものであり、かつそれが放置されたために本件抑制に至ったものであるから、切迫性を欠き、違法であることは明らかである。この不穏状態(夜間せん妄様状態)及びこれによって生じる危険を被控訴人側の正当化事由として位置づけることは、いわゆる「クリーン・ハンドの原則」に反し、許されない。

(ア) 腎不全への著しく不当な対応(水分管理等の懈怠)

a 亡X1が一〇月七日に本件病院外科に入院した際の診断名は、変形脊椎症、腎不全、高血圧症等であり、腎機能が低下していたのであるから、水分の摂取状態と尿量を管理する必要があった。にもかかわらず、本件病院外科においては、水分摂取は管理されておらず(カルテ・看護記録などに記載がない。)、また尿量に関しては排尿回数は教えられていたが、量は全く管理されていなかった。これに対し、転院先の稲沢市民病院では、きちんと尿量が計られている。尿量のチェックは膀胱にカテーテルまで挿入して行っている。そして、食事に含まれている水分量と、お茶の量、服薬時の水分量をあわせると、おおよその水分量は計算できるので、その前提に立って尿量のみを計測していたのであり、一定の水分出納チェックはなされていたのである。

また、本件病院外科での亡X1に対する食事は一般食であり、腎臓病食にされていなかったが、稲沢市民病院では腎臓病食であった。

b 亡X1は一〇月一四日時点で、BUN:六二・〇mg/dl、クレアチニン(CRE)一・九mg/dl、BUN/CRE比は三二・六と高く、一一月一一日時点でも、BUN:八三・三mg/dl、クレアチニン(CRE)二・四mg/dl、BUN/CRE比は三四・七と高く、腎前性の腎不全を起こしていた。そして、腎前性の腎不全の治療としては、透析などを考える前に、まず脱水状態の改善、水分補給や利尿剤の調整がなされるべきであったが、本件病院外科では、水分の管理すらなされないまま利尿剤が使用され続けた。

一一月一八日の看護記録に「水分を控えるように患者に説明した」とあるが、何の根拠にも基づかずに、看護側の都合で水分を摂るなというのは、看護ではなく虐待である。

その結果、亡X1の尿意を主訴とする「せん妄」様の変調(頻尿によって常に注意が排尿に向けられていたことによって、尿意があるような感じを常にもってしまったということであり、利尿剤の不適切な投与によって亡X1が尿意を感じ、不穏状態になった、ということではない。)につながった。

すなわち、一一月一五日から一六日に亡X1が繰り返していた訴えは、利尿剤で排尿を促されながら、しかし脱水状態にあり、尿が出ない、という趣旨の頻回の訴えであったものと解される。利尿剤の投与により、少量でも尿量が膀胱内に溜まると、膀胱刺激や心因性等の要因も複合して影響し、尿意を感じるのであって、頻尿の訴えがある患者の場合に水分量の管理を行うことや利尿剤の投与に注意することは当然のことである。利尿剤は尿量を増やすだけの作用であり、膀胱内に尿が貯留していないにもかかわらず尿意を感じさせるものではない、などと被控訴人はいうが、膀胱内に尿が全く貯留していないという確認など行っていないし、導管を用いている場合を除き、完全に尿が膀胱内に貯留していないということは考えられない。

c 亡X1が夜間に頻尿状態に陥ることに関しては、本件病院外科の医師・看護師らは、利尿剤の投与時間をコントロールするなどして、夜間頻尿を避けえたにもかかわらず、何らの対応もしていなかった。

(イ) 入眠剤の違法な使用(マイスリーの過剰投与継続)

a 入眠剤のマイスリーは、特に高齢者に関しては、その副作用(ふらつき、不穏など)の大きさのため、五mgから投与開始するのが通例であり、いきなり一〇mgを投与するのは著しく不当である。しかし、本件病院外科では、衰弱して腎不全等の病気を抱えた高齢(八〇歳)の亡X1に対して、本件入院の当初から、一回一〇mgを、なんら慎重に検討・観察することもなく投与を始め、また、すでに重大な副作用が出ていることを放置して、長期間連続投与している。

b 被控訴人があげる高齢者の例は健康体の高齢者への五mgの投与であり、他方、亡X1の場合、八〇歳で病弱となり腎不全を患っている高齢患者への一〇mgの長期にわたる連続投与である。腎機能が衰えている高齢者の場合には、薬物が体内に蓄積しやすくなる「蓄積効果」があり、健康体の高齢者と比較して、薬効の残存効果が長引くことは明らかである。

そのことは、一一月四日の看護記録において、20:00 本人との約束にて、オムツ着用しvds p.o(就寝薬投与の意味) 21:30 安定剤下さい、オムツして下さいと何度もコールされ、その都度説明するも理解されず目がトローンとされている。 23:00 その後も同じコール続き、同時刻、一人でトイレへ行った帰り、車イスを押して歩き、転倒される。」とあり、この混乱は明らかにマイスリーの投与後に起きているのである。一一月五日にも、Nc(ナースコール)頻回、オムツ交換したこと、内服したこと忘れてしまう」との記事があり、一一月一〇日の診察時にも、リーゼとマイスリーとが、B医師の証言によれば、昼になってもろれつが回らないほど効き過ぎていたということであり、これらは主としてマイスリーの蓄積効果によるものである。被控訴人の主張のように、「マイスリーのためのせん妄というなら、マイスリーの服用を中止すれば夜間せん妄はなくなる」ということにはならない。

c 他方で、尾張病院では、マイスリー五mgの投与が原則であり、五mg錠を二分の一錠ずつ投与したとも記されていて、高齢者への向精神薬への使い方として常識的ともいえる適切な使用方法である。

また、稲沢市民病院では、不眠時においてリーゼが使用されることはあったが、マイスリーの使用は皆無であった。つまり、看護師が適切に対応すれば、薬効の強いマイスリーを使用する必要性など存在しなかったのである。

d 本件病院外科では薬剤の投与などの管理が非常に杜撰であり、看護師がマイスリーなどの薬剤を自由に使えるような状況にあった。一一月一〇日のマイスリーの処方については、亡X1がなかなか眠ろうとしないので、詰所に保管してあったマイスリーを看護師が勝手に与薬したことが推認される。本来であれば、臨時薬の処方は、医師が直接診察して、あるいは不眠が予測される場合に前もって出しておかなければならないものであるが、本件病院では、看護師の裁量により、頓服でマイスリーを投与することになっていた。これらの看護師の勝手なマイスリー投与は医師法に違反する。

e また、投薬指示表をみると、一一月五日から一〇日は、マイスリーとリーゼが二重投与されたことになる。亡X1の腎不全を考慮すると、常識では考えられないことである。

f C看護師は、本件抑制の「三日程前」ないし「三日前」に、看護師の裁量によりマイスリー一〇mgを頓服として投与したことを報告している。いずれも日にちを特定して、マイスリーを投与した後の亡X1の不穏状態を細かく描写しており、単なる記憶違いや誤解といえる内容ではない。被控訴人は、意図的にマイスリーの投与時期をずらして操作している。

(ウ) 夜間の排泄をオムツにさせたことの人権侵害

a 亡X1のようにADLがあり、問題視するような認知症がなく、かつ腰痛もよくなってきたという状況においては、夜間もトイレで排泄するのが当然である。亡X1は頻尿で排便障害はあるが、排泄は自分でできる状態であり、一〇月一一日、一九日、二一日には自力でトイレに行ったことが看護記録に記載されている。一一月一三日時点でも亡X1は車いすを自走してトイレに行くことができた。

b ところが、本件病院外科の看護サマリーでは、排泄に関して、車いすでトイレに行って自力で排泄できるにもかかわらず、夜間はオムツに排泄するとされていた。

そして、一一月三日に、マイスリーの影響で、自力で行ったトイレで急に立てなくなると、一一月四日にはすぐに「本人との約束にてオムツ着用」としているのである。

c しかし、亡X1に夜間オムツをする前に、マイスリーの影響を検討し、中止すべきであった。亡X1は夜間であっても、ポータブルトイレを使用したり、見守りつきでトイレに行ったりして排泄することが可能であったのであり、オムツに排泄することを強いられる必要性など全くなかった。

d これに対し、尾張病院では、特に痛み(右側胸部又は左大腿部)が強い時を除き、基本的には自力でトイレに行く(夜間は車いすを使用)か、あるいはポータブルトイレを使用していた。

また、稲沢市民病院では、ポータブルトイレの使用が可能であり、同病院はナースコールに必ず対応していた。特に一一月二七日以降はオムツに排泄しておらず、一二月五日以降は原則的にオムツそのものを使用していない。本件病院外科における水分管理の懈怠、入眠剤の長期過剰投与継続等の影響が薄れるにつれ、オムツの使用などが次第に不要となっていったのである。

e 本件病院外科の看護師らは、トイレ介助ないしトイレ使用に関する注意を払うことによる面倒を避けるという専ら看護師側の都合で、亡X1に対し、その意思に反して、夜間オムツを装着しオムツに排泄することを強いた。本件病院外科における夜間の、必要性のない、不適切なオムツへの排泄の強要が、亡X1を傷つけ、夜間の不穏状態(夜間せん妄様状態)に陥らせた原因の一つであり、一一月一五日夜の亡X1の不穏状態は、被控訴人による「亡X1の意に反する、著しく不当なオムツ使用の強要」によって発生したものであった。

f この意味でも、被控訴人が一一月一五~一六日の亡X1の不穏状態を理由として本件抑制の正当性を主張することは、自らの違法行為、人権侵害行為に起因する事態に関する自己の責任を捨象した主張をしていることに他ならず、許されない。

(エ) 不穏(夜間せん妄様)状態の放置

亡X1の認知能力は、長谷川式スケールで二四点であり、基本的なコミュニケーションに問題はなかった。一一月一五~一六日に亡X1に生じた不穏状態(夜間せん妄様状態)の原因は、本件病院外科の医師・看護師によるマイスリーの著しく不当な過剰投与継続、頻尿に対する不適切な対応(利尿剤の調節懈怠)、及びオムツによる排泄の強要であった。

しかし、本件病院外科の医師・看護師らは、この自ら作り出した亡X1の不穏状態(夜間せん妄様状態)について、利尿剤調節、入眠剤の適切な調節、トイレ介助、看護師によるナースコールへの真摯な対応などの方法により適切に対処せず、放置したに等しい。

イ 本件抑制自体の不当性

(ア) 本件抑制時の亡X1の不穏状態(夜間せん妄様状態)は、本件病院外科の当直看護師が、亡X1による度々のナースコール、何回かの詰所への来訪(車いす利用)に対し、十分に話を聞き、穏やかに接して亡X1を落ち着かせるといった対応をせず、叱責し、止めるよう説得しようとし、更にはオムツを亡X1の顔に当てるなどして、亡X1を逆上、興奮させた結果、招いたものである。

(イ) また、本件抑制の理由・目的は、頻回繰り返されていたナースコール、オムツに関する訴えなどを亡X1ができないようにするため、ないしそれらに対する体罰であり、何の正当性もなかった。

(ウ) そして、拘束場所は二〇一号の個室ではなく、四人部屋であった。当直看護師は、亡X1を四人部屋で拘束してから個室に移動させたものと思われる。そのことは亡X1の供述、同室者が「何も悪いことしないのに何でそんなことするんや」と同調する反応をしたことから明らかである。この点に関するG看護師のカルテの記載は本来のカルテの記載方式であるSOAP式になっており、記載している亡X1の訴えは極めて臨場感があって、具体的であり、その内容に一貫性もあり、形式の上でも信用性が高い。

(エ) 亡X1は、本件入院時、ひどい腰痛と骨粗鬆症を抱えていた。骨粗鬆症のために腰が曲がり、腰痛のために仰向けに寝ることができず、横向きにしか寝ることができない状態であった。その後、一時的に軽快した時期もあったが、同年一一月九日には腰痛のために外泊から帰ってきたのであり、この腰痛は一一月一五日も続いていた。C看護師らは、コミュニケーション可能な亡X1に対し、同人の話を十分に聞く対応をせず、腰痛のため仰向けに寝ることができない状態であった亡X1を仰向けにして、両手にミトンをはめ、そのミトンを左右のベッドの柵に括り付け、亡X1をベッドに仰向けに縛り付ける身体拘束を少なくとも数時間行った。亡X1は、長時間にわたり、そのような体勢、状態を強いられ、抗議し、拘束を外そうともがいたが、看護師たちに無視され、放置された。その結果、亡X1は、二〇日間以上の治療を要する右手首皮下出血と七日間以上の治療を要する下口唇の切り傷を負った。このような行為・対応は明らかに身体への残虐な行為であり、医療行為の域を逸脱した傷害行為といわざるをえない。

(オ) 被控訴人は、本件抑制の際、ベッドを三〇度程度ギャジアップしたと主張するが、明らかに間違いであり、そうでないことはC看護師の報告書及び写真報告書から明らかである。

(カ) また、本件抑制は被控訴人の主張によれば、「夜間せん妄」に対する対処として行なわれたのであるから、療養上の世話などではなく、医療行為以外の何物でもない。したがって、医師による判断が必要であった。このような行為について、療養上の世話などと評価して、医師の判断を不要とすることは不当である。しかも、本件抑制を当直看護師が行ったことを、上司や医師らは一一月一九日まで知らなかった。そもそも、同月一五日から一六日の早朝にかけて当直医がいなかった可能性が高く、いわゆる「当直医オンコール」(医師を自宅や別の場所に待機させる宅直制度)の疑いが濃い。

ウ 他の手段の有無

(ア) 亡X1には「認知症ゆえの危険」は基本的に存在せず、尿意やオムツへの嫌悪を訴える亡X1からのナースコールに真摯に対応しておれば、やがて亡X1は入眠するはずであった。また、本件において拘束に代わる方法はいくらでも存在した。うまく対応できずに亡X1を興奮させてしまった場合でも、少なくとも拘束する前に、亡X1の話をよく聴いたり、そばに付き添ったりしていれば、拘束は避けられた。また、トイレに連れて行くなり、ポータブルトイレを準備して介助すれば、それでおさまった。

(イ) 一一月一五日の夜、亡X1が入院していたC―2病棟は、定床四一に対して二九名の入院患者しかおらず、かつ、二人の外泊者がいたため、実質入院者は二七名で、入院率の低い病棟状態であった。ドレナージを行っていた患者は一一月一五、一六日だけ存在していたわけでなく、その前後にも数多くあり、この一一月一五、一六日がとくに重症患者に手を取られるような日だったとは考えられない。しかも、現実に亡X1を拘束した時間帯において、D1看護師は一時間半程度は休憩していたのであり、看護師が亡X1の話を十分に聴いて落ち着かせるという対応は可能であった。特にD1看護師は、当直として亡X1の担当であったのであり、どうして休憩時間をずらしてでも対応しなかったのか疑問である。

エ 被控訴人の主張に対する反論(転倒可能性と危険性の評価)

(ア) 一般に転倒によって骨折などの大事故が発生する頻度はわずか一パーセント以下であり、これを大きく評価して拘束を容認すると、転倒しやすい高齢者全員を拘束してよいことになってしまうが、現実には、緊急やむをえない場合にだけ拘束が用いられることがあるにすぎない。転倒の危険があるとか、安全のためという理由で安易に拘束することは、医療・看護の責任放棄であり、抑制死を生み出すものである。

(イ) 被控訴人が引用する、東京地裁平成八年四月一五日判決の事案では、転倒・転落した既往があり、実際にベッドから転落して頭を打って死亡した事例においてさえ、患者の自由を拘束し、精神的苦痛を与える「抑制帯」を使用しなかった医師の対応を合理的な裁量に基づく行為と認定しているのである。

(ウ) 亡X1は、七月一六日に尾張病院で、トイレでの排尿後、倒れた杖を拾おうとして転倒しているが、これは、同人の元気さとこれに対する過信が生んだ軽微な事故にすぎない。

(エ) 一一月四日の転倒については、本件病院外科の看護師がマイスリーの副作用が出ていた亡X1を十分にケアしなかったことによって発生した事故であり、一一月三日の時点で亡X1の状態を適切に評価していれば一一月四日の転倒はなかった。看護師も看護記録に「マイスリーの影響」を記載していたにもかかわらず、何の検討もせずに危険な処方を続けたうえ、これを危険性の現れとするのは不当である。

(オ) 一一月一五、一六日の亡X1の夜間せん妄様状態の程度についても、頻回のナースコール、車いすで何度も詰所に来ること、説明して部屋に戻すということをくり返していたのであり、特に危険な状態ではなかった。したがって、病棟管理日誌には何も記載されず、休憩中のD1看護師に応援を要請することもなかったのである。

(4)  争点(4)(親族に対する説明義務等の有無)について

(控訴人らの主張)

ア 本件抑制は、それ自体、治療行為と評価できず、正当防衛・緊急避難の要件を満たす状況でないかぎり、本人である亡X1ないし亡X1の判断能力不十分な場合には家族の承諾がなければ違法な暴行(傷害)行為と認定せざるをえない。そして、本件においては、被控訴人が危険と称する状況自体、本件病院の医師・看護師らが自招したものであり、しかも危険性は具体的に高いといえず、切迫性もなく、代替行為が十分に考えられ、拘束時間も長時間であったものといえるので、家族への説明、亡X1ないし家族の承諾を欠いた本件抑制は違法行為といわざるをえない。

イ 医師の判断が必要であること

当直看護師は、担当医師あるいは同医師不在の場合には当直医師の許可を得た上で抑制を行い、抑制後には、本件抑制の事実を上司に報告すべきであるにもかかわらず、これを怠った。

ウ 診療録等への記録化

当直看護師は、本件抑制の事実を記録すべきであるにもかかわらず、これを怠った。なお、看護記録における本件抑制事実の記載部分は、後日書き加えられたものである。

(ア) C看護師の一一月一五日夜間から一六日にかけての記載は、他の記載がSOAP式であるのに対して、単なる事実の経過を追うもので、異なる異例な方式によるものであり、後で都合のよいように付加されたものと解される。

控訴人X2は、一一月一九日午前中にG看護師から本件抑制の事実を知らされて、同日、詰所に出向いたが、その際、H看護師長らは、そのような事実はないとして否認し、その後、亡X1の病室にて亡X1と同室者から事実聴取をして事実が認められたため、一一月二〇日の話合いになった。二〇日の夜、控訴人X2らは、本件病院外科内において、B医師、H看護師長、I管理課長らに対し、本件抑制について抗議をし、その拘束の内容を確認している。その際、控訴人X2は、亡X1の診療録、入院看護記録(乙A三)を確認のうえ、当日に関する六九頁の記録が四行目までで、あとは白紙となっている事実を確認している。そのとき、五行目以下のC看護師の記載がなされていれば、控訴人X2からその内容について、抗議なり話題になったはずである。また、同月一六日の朝方にC看護師が記載していたとするなら、H看護師長、そしてB医師が同月一九日まで本件抑制につき知らなかったということはありえない。

(イ) さらに、本件の抑制を亡X1の家族が知らされた日である一一月一九日の入院看護記録の記載は明らかに偽造・改ざんされた記載である。一一月一九日一五時頃の記載はJ主任によってなされているが、同日はJ主任は休みであり、しかも、一五時ころには受け持ち看護師であるG看護師が勤務し、患者の対応をしている時間帯である。

このように、本件抑制前後のカルテの記載方式が異例であること、一一月一九日欄のJ主任の記載が不自然であることなどを考えれば、本件抑制前後の記載が後に改ざん挿入された可能性が極めて高い。

(ウ) また、病棟管理日誌には、亡X1の不穏状態や拘束に関する記載はない。単なる記載漏れとはいえず、当直看護師らが亡X1を拘束したという事実を意図的にもみ消したことがうかがえる。

(エ) B医師は、一一月一七日時点で亡X1の唇を診察し、口内炎の薬を処方しているのであるから、遅くとも一一月一七日時点で亡X1の下唇擦過傷に気づいていたはずであり、一一月二〇日時点で外傷を認めたという上記診断書の記載は事実ではない。一一月二〇日の控訴人X2からの追及後に追記されており、一一月二〇日に追及がなければ、傷があることを知り、投薬もしながら、B医師は外傷として処理することなく、本件を糊塗しようとしていたことを示している。

(被控訴人の主張)

ア 抑制の事実を患者の家族に知らせることが適切であるとしても、報告することが損害賠償をもって論じられる法的義務であるとの主張は争う。

イ 医師等の上司への報告についても、損害賠償をもって論じられる法的義務であるとの主張は争う。また、本件抑制は、看護療養上の問題として行われたもので、医師の判断すべき事項に当たらないから、医師の許可を得る義務があったとの主張も争う。抑制の原則的禁止を規定する介護保険指定基準では、身体拘束(抑制)に関して医師の判断を要件としておらず、「身体拘束ゼロへの手引き」も、医師が確認することを要求するものではない。深夜の看護中に行われた一時的な看護に関する措置であれば、事前に個別に医師の指示がなかったとしても違法とはいえない。

ウ 抑制の事実を診療録等に記録することが法的義務であるとの主張は争う。また、本件抑制については、抑制が必要となった経緯、ミトンによる抑制を行ったこと及び抑制時間について入院看護記録に記録している。

(ア) 診療に格別必要のない事項についてまで、だらだらと書き連ねる従前の書式が適切で、本件病院のような書式が不適切とする評価は、いかなる基準をもとに医療水準を判断しているのか不明である。

控訴人らは、乙A三の六九頁四行目以降の記載が一一月二〇日以降に記載されたものであり、五行目以下のC看護師による記載がなかった旨主張するが、理由がない。H看護師長へは、抑制の経過報告について行き違いがあったようであるが、これ自体は不法行為を構成するものではない。

G看護師のメモは、一一月二〇日に控訴人X2から抗議を受け、看護師長ないし病院からの指示にもとづいて、一一月一九日に抑制を控訴人X2に伝えた際の経過を記録として残すために、一一月一九日以後に作成した。このメモは便宜上詰所にあった入院看護記録の用紙を用いているが、診療録に正式に編綴されていたものでなく、診療録を綴じるビニールファイルのポケット欄に差し込まれたものである。訴訟提起以前に、亡X1代理人から診療録開示の請求があった際に、後に証拠隠しとの非難を受けないため、このメモについても合わせて開示したものである。

(イ) B医師は、一一月一七日に口内炎と診断し、アクタゾロンを処方しているが、下口唇擦過傷があると診断してその治療の目的として処方したものではない。

(ウ) 本件病院は、平成一三年一一月に新規開設された病院であり、平成一五年一〇月当時の外科の常勤医はB医師とK医師のみであった。地域に根ざし、多くの患者に利用してもらうためには、患者との信頼関係を築くことが不可欠であり、そのため常勤医として赴任してきたB医師やK医師は休診日にも病院に出勤し、病棟患者を見回るようにしていた。ただ、公休日にB医師やK医師が出勤しても、それは正規の出勤ではないことから、病棟回診の時間は一定しないし、看護師から医師への毎朝の定時の報告等は行われない。B医師が一〇月一三日(祝日)、同月二六日(日曜)、一一月三日(祝日)、同月一六日(日曜)に出勤し、亡X1を診察し、それを診療録に記載したことは事実である。また、K医師が、一〇月一二日(日曜)、同月一九日、一一月二日、同月九日(日曜)に出勤し、亡X1を診察し、それを診療録に記載したのも全て事実である。控訴人らは、休診日に医師が出勤するはずがなく、それらの出勤の際のカルテ記載は改ざんであるかの如く主張するが、まったくの誤解である。

また、B医師は、同月一七日(月曜日)の朝の定例の報告の際に、本件抑制の事実につき口頭で報告を受けており、一九日まで知らなかったとの控訴人らの主張は誤りである。

なお、L医師は一一月一五日から一一月一六日に本件病院に在院していた。

J看護師が病棟主任として、勤務日でなくても病棟を訪れていたのも同様である。

(5)  争点(5)(損害の発生及び額)について

(控訴人らの主張)

本件病院の医師・看護師らによる著しく不当、違法な医療行為・看護行為の積み重ねとして本件抑制と傷害の結果が生じていることを考えると、亡X1の負傷及び精神的苦痛に対する慰謝料として五〇〇万円、必要な弁護士費用として一〇〇万円が相当であり(原判決一一頁の争点(4)に関する原告の主張)、控訴人らそれぞれにつき三〇〇万円の請求が認められるべきである。

(被控訴人の主張)

損害についての主張は争う。なお、亡X1の受傷につき、「治癒のために約二〇日の期間を要す。」とあるのは、皮下に出血した血液成分が生体反応により自然に消失するまでの期間を述べたもので、治療が必要という趣旨ではない。実際に本件病院外科でも稲沢市民病院でも治療は全く行われていない。

無論、亡X1が負傷したことは被控訴人としても大変遺憾に思うが、転倒・転落防止のため抑制を行う必要性と、上記のような負傷をするリスクとを比較衡量した場合に、たとえ上記のような負傷することが予見できたとしても、その時点で抑制を行う必要があった。C看護師は、亡X1が口でミトンのひもを囓っている姿を見ているが、亡X1が興奮状態にあるところでミトンを解除すれば、転倒・転落の危険性を再度発生させることになるため、亡X1には申し訳ないと思いつつ、その段階ではミトンを開放することはしなかったが、決して意地悪のために放置したものではない。

第三当裁判所の判断

一  争点(1)について

本件記録によると、亡X1は、平成一六年一一月一日、本件訴訟を提起し、平成一八年三月八日の口頭弁論期日において、同期日調書添付の争点整理表のとおりに争点整理が行われたこと、その争点整理を踏まえて証人尋問等が行われ、同年六月二八日、口頭弁論を終結し、同年九月一三日に原判決が言渡されたことが認められる。

そして、控訴審において提出された攻撃防御方法が、時機に後れたものであるかについては、第一審における訴訟手続の経過を通観してこれを判断すべきであり、また、時機に後れた攻撃防御の方法であっても、当事者に故意または重大な過失が存し、かつ、訴訟の完結を遅延せしめる場合でなければ却下しえないものと解すべきである(最高裁昭和二八年(オ)第七五九号同三〇年四月五日第三小法廷判決・民集九巻四号四三九頁参照)。

控訴人らは、請求原因事実は本件抑制行為であり、争点(3)についての控訴人らの主張アで述べる各事実は、本件抑制の違法性を基礎づける先行事実・背景事実として、訴訟法的には間接事実として主張するものであるとする。しかしながら、これらが請求原因事実でなくとも、本件抑制行為の違法性を判断するにあたって重要な争点となる攻撃防御方法の主張であるから、当審において新たに主張することは、時機に後れたものというべきであり、これにより新たな証拠調べが必要となるのであれば、訴訟の完結を遅延させるものというべきである。なお、本件抑制の先行事実として上記の各主張をするか否かは、弁論主義の下においては当事者が判断すべき事柄であり、裁判所の釈明義務違反を主張する控訴人らの主張は失当である。

しかしながら、当審において行った証人尋問等の証拠調べは、必ずしも上記の各主張に関する立証のためにのみ必要であったものではないのであって、これによって訴訟の完結を遅延させるものとはいえず、また、本件において、患者である控訴人ら側と病院である被控訴人側には医療に対する知見等で大きな格差があり、控訴審になって原審での主張立証を検討したうえで、主張の補充やそれに関する立証がされることもやむを得ない点もあることからすれば、控訴人らに故意または重大な過失があるともいえない。よって、控訴人らの上記各主張を却下すべきとの被控訴人の主張は採用しない。

二  争点(2)について

(1)  医療や看護、介護の現場における患者の身体抑制や拘束に関しては、従来から、患者の身体機能を低下させるなどの弊害がある上に、個人の尊厳や人権擁護の観点からも疑問があるとして問題視されていたが、平成一〇年一〇月三〇日、福岡県内の一〇の介護療養型医療施設により、「老人に、自由と誇りと安らぎを」として抑制廃止福岡宣言が発表され、全国への抑制廃止運動の展開が提唱された。

そして、平成一一年三月三一日には、介護老人保健施設の人員、施設及び設備並びに運営に関する基準(厚生省令四〇号)の中で、介護保健施設サービス等の取扱方針として、当該入所者(利用者)又は他の入所者等の生命又は身体を保護するため緊急やむを得ない場合を除き、身体的拘束その他入所者の行動を制限する行為を行ってはならない旨定められた。

また、平成一三年三月には、厚生労働省の「身体拘束ゼロ作戦推進会議」により「身体拘束ゼロへの手引き」が作成され、高齢者ケアに関わるすべての人に、と題して、医療や介護の現場における身体拘束の問題性、身体拘束に伴う弊害、身体拘束をせずに行うケアの必要性が説かれ、さらに介護保険指定基準における身体拘束禁止規定に関して、切迫性(利用者本人または他の利用者等の生命または身体が危険にさらされる可能性が著しく高いこと)、非代替性(身体拘束その他の行動制限を行う以外に代替する介護方法がないこと)、一時性(身体拘束その他の行動制限が一時的なものであること)の三要件がすべて満たされることが必要と解されることなどが具体的かつ詳細な内容で示された。

(2)  このように身体抑制や拘束の問題を見直し、これを行わないようにしようという動きは主に介護保険施設や老人保健施設を中心に見られたものではあるが、高齢者の医療や看護に関わることのある医療機関等でも問題は同様であって、上記に示されたところについては、少なくともこれらの医療機関では一般に問題意識を有し、あるいは有すべきであったものということができる。

そして、身体抑制や拘束が、上記の「身体拘束ゼロへの手引き」に示されているような身体的弊害(本人の身体機能の低下や圧迫部位のじょく創の発生等の外的弊害、食欲の低下及び心肺機能や感染症への抵抗力の低下等の内的弊害、拘束具による事故や拘束から逃れようとした際の事故の発生のおそれなど)、精神的弊害(本人に不安や怒り、屈辱、あきらめといった多大の精神的苦痛を与えるばかりでなく、人間としての尊厳を侵すことや、拘束によりさらに痴呆が進行し、せん妄の頻発をもたらすことのほか、家族への精神的苦痛、看護・介護スタッフの誇りの喪失及び士気の低下など)及び社会的弊害(施設等に対する社会的不信・偏見、本人の心身機能の低下に伴うさらなる医療措置の必要による経済的な影響など)をもたらすおそれのあることは一般に認識されており、また当然に認識できるものと考えられる。

(3)  そもそも、医療機関による場合であっても、同意を得ることなく患者を拘束してその身体的自由を奪うことは原則として違法といわなければならない。ただ、患者が制止にもかかわらず点滴を抜去したり、正当な理由なく必要な医療措置を妨げるなどする場合や、他の患者等に危害を加えようとする場合のように、疾病の増悪を含む自傷あるいは他害の具体的なおそれがあり、患者又は他の患者等の生命又は身体に対する危険が差し迫っていて、他にこれを回避する手段がないような場合には、同意がなくても、緊急避難行為として、例外的に許される場合もあると解されるものの、そのような場合であっても、それが患者の身体的自由を奪うものであり、上記のような各種の弊害が生じるおそれのあるものであることからすれば、その抑制、拘束の程度、内容は必要最小限の範囲内に限って許されるものと解されるのである。そして、上記の「身体拘束ゼロへの手引き」が例外的に身体拘束が許される基準としている切迫性、非代替性、一時性の三要件については、上記の緊急避難行為として許されるか否かを検討する際の判断要素として参考になるものと考えられる。

(4)  被控訴人は、診療当時の臨床医学の実践における医療水準によって判断すべきであり、「身体拘束ゼロへの手引き」は理念であって、必ず実践すべきものではなく、このような高齢者の身体拘束問題に関する知見が本件病院にまで普及するには相当な時間を要するなどと主張する。しかし、患者の身体抑制や拘束の問題についての上記のような検討や知見の発表は、その性質上、広く公表されたものであって、その時期からしても、本件抑制当時にはすでに医療、看護における高齢者の身体的拘束の問題についての知見は相当程度普及していたものと認められるのであり、また、身体抑制や拘束が患者の身体的自由を奪うものであって、その性質上安易に許されるものでないことは自明ともいえることからすれば、その違法性に関して上記のように考えることは、被控訴人の本件病院外科をも含めた医療機関に対して不当に高度な注意義務を課すものではなく、当時の医療水準から逸脱するものとも認められない。

また、被控訴人は、介護保険施設と本件病院外科のように急性期医療等を行う医療機関とでは、同一の基準を適用すべきではないとも主張する。しかしながら、患者の同意を得ない身体拘束が原則として違法であり、生命又は身体に切迫した危険を回避するために他の手段がなく、やむを得ず必要最小限度の範囲で行う抑制や拘束に限って例外的に違法性が否定されるものであることは、医療機関の性質によって異なるものではない。具体的な場合における違法性の有無の判断において、各医療機関の性質や機能等が考慮されることがあるとしても、身体拘束についての違法性の判断基準が介護保険施設と急性期医療施設とで当然に異なると解することはできない。

さらに、被控訴人は、本件のように患者の転倒や転落を防止するために抑制を行うかどうかは、医師等の専門家の合理的な裁量に委ねられているとも主張する。しかし、そもそも患者の同意を得ない身体拘束が原則として違法であると解されることに照らせば、上記のような判断基準にしたがって身体抑制や拘束の違法性について検討するにあたって、前提となる事実や患者及び治療の状況等についての医師等の認識や判断が問題となる場面では、その裁量判断を考慮することがあるとしても、身体抑制や拘束の要否、当否の判断自体が医師等の裁量に委ねられているものとして、医師等の裁量判断に属することを理由にその違法性の阻却を認めることはできない。

(5)  なお、控訴人らは、本件抑制は違法な暴力行為であるから、医療行為を前提として緊急避難や上記の切迫性等の要件について論じることは相当でないと主張するが、評価はともかく、本件抑制が医療ないし看護療養上の行為として行われたものであることは明らかであり、この点の控訴人らの主張は採用できない。

三  争点(3)(本件抑制の違法性)について

(1)  《証拠省略》によると、亡X1の治療及び入院の経過に関連して、以下の各事実が認められる。

ア(ア) DSM―Ⅳ―TRでは、せん妄は「短期間に進行する意識障害と認知の変化」と特徴づけられている。せん妄は突然の発症(数時間から数日)から、短期間に変動する経過を示し、原因となる要素が確認され除去されたときには急速に改善する。高齢はせん妄発生の主要な危険因子とされるほか、せん妄にはさまざまな原因があり、そのすべてが患者の意識と認知障害の程度と関連しつつ同様の症状を引き起こす。せん妄の主要な原因は、中枢神経疾患(例えば、てんかん)、全身性疾患(例えば、心不全)、薬理活性または毒性のある物質による中毒もしくは離脱であり、催眠薬も原因として掲げられている。せん妄は通常、一週間以内におさまるが、原因的関連要因が続くかぎりはせん妄症状も続いていく。また、せん妄治療の主要な目標は基礎疾患を治療することであり、治療において重要な他の目標は、身体面、感覚面、そして環境面からの介護である。身体的介護はせん妄患者が事故に遭うような状況に陥らないようにするために必要であり、せん妄患者を環境から感覚遮断してはならず、過度に刺激してもならない。

(イ) マイスリーは入眠剤であり、薬剤説明書には、用法・用量として、「成人には一回五~一〇mgを就寝直前に経口投与する。なお、高齢者には一回五mgから投与を開始する。年齢、症状、疾患により適宜増減するが、一日一〇mgを超えないこととする。」とされ、使用上の注意のうち、慎重投与の対象として、高齢者(運動失調が起こりやすい。また、副作用が発現しやすいので、少量(五mg)から投与を開始し、一回一〇mgを超えないこと。)や腎障害のある患者(排泄が遅延し、作用が強くあらわれるおそれがある。)などが掲げられ、重要な基本的注意として、「継続的投与を避け、短期間にとどめること、やむを得ず継続投与を行う場合には、定期的に患者の状態、症状などの異常の有無を十分確認のうえ慎重に行うこと。」、重大な副作用として、「連用により薬物依存を生じることがある。精神症状、意識障害として、せん妄(頻度不明)、錯乱(〇・一~五%未満)、幻覚、興奮、脱抑制(各〇・一%未満)、意識レベルの低下(頻度不明)等があらわれることがある」、薬物動態として、健康成人六例に空腹時に二・五~一〇mgを単回経口投与したところ、投与後〇・七~〇・九時間後に最高血漿中濃度(Cmax)に達した後、消失半減期(t1/2)一・七八~二・三〇時間で速やかに減少したとあり、また、鶴川サナトリウム病院精神科における「高齢者におけるZolpidemの体内動態の検討」と題する報告書を引用したうえで、薬物動態として、「高齢患者七例に五mgを就寝直前に経口投与したところ、高齢患者の方が健康成人に比べて、最高血漿中濃度(Cmax)で二・一倍、最高血漿中濃度到達時間(tmax)で一・八倍、AUC(血漿中濃度―時間曲線下面積)で五・一倍、t1/2で二・二倍大きかった」こと、また、透析を受けている慢性腎障害患者九例に本剤一〇mgを一日一回一三~一八日間経口投与したときの血漿中濃度は単回投与時とほぼ同じであり、血中での蓄積は認められなかったとあり、「医薬品インタビューフォーム」にも同様の記載がされている。

そして、上記鶴川サナトリウム病院精神科における「高齢者におけるZolpidemの体内動態の検討」と題する報告書では、検討の結果、高齢者では明らかな最高血中濃度の増大と作用持続時間の延長が認められ、全般的な生理機能の低下により、Cmax、AUCが増大したものと推定されたとして、本剤を高齢者に投与する場合は、低用量より開始する必要があり、一般成人における至適用量が一回一〇mgであることを勘案すると、一回五mgより開始するのが望ましいとされている。

(ウ) リーゼは心身安定剤であり、睡眠障害に適応があるが、腎障害のある患者には作用が強く現れるおそれがあるとして、慎重投与とされ、また高齢者への投与は、運動失調等の副作用が発現しやすいので、少量から開始するなど慎重に投与することとされている。副作用として眠気、ふらつき、倦怠感のほか、大量連用による依存性等があげられている。

イ 尾張病院での治療経過等

(ア) 亡X1は、平成一五年六月一六日ころより特に誘引なく両側胸部痛が出現し、服部整形外科、鍼などの民間療法、岩田循環器内科を受診していたが改善せず、六月二〇日、紹介を受けて尾張病院整形外科に入院した。亡X1の傷病名は、六月二六日以前には、胸腰椎圧迫骨折、虚血性心疾患、狭心症、腎不全、心不全、骨粗鬆症、転移性骨腫病などが挙げられ、その後、不眠症、咽頭炎、鼻炎が加わり、七月一六日には後述のとおり左恥骨骨折を負うことになった。

亡X1について、胸部レントゲン、心電図では疼痛の原因と思われる所見は認められず、血液検査でも炎症反応は陰性で、BUN(尿素窒素。腎障害が起こるとすみやかに排泄できずに血中に停滞し、血中濃度が高値となる。七~一八mg/dlが正常値とされる。)、CRE(クレアチニン。腎障害により血液中に停滞し、増加する。女性では〇・五~〇・九mg/dlが正常値とされる。)の高値のみ認められ、腫瘍マーカーは陰性であった。結局、両側肋骨痛の原因の特定には至らなかったが、各種検査の間に徐々に疼痛が改善し、八月一日に本件病院内科に転院となった。

(イ) 腎不全に対する治療

a 尾張病院では尿測不要と指示されており、尿の回数は計測していたが(概ね一日一〇回程度だが、一〇回を超える日も多く、一五回、一六回という日もある。)、尿量はチェックすることもしないこともあった。

また、心臓病の既往があることから、減塩七g食が提供されていた。

b 尾張病院でのBUN、CREの検査結果は以下のとおりであった。

BUN CRE BUN/CRE比

六月二四日 七一・八 二・二 三二・六

七月〇二日 七三・二 二・七 二七・一

(BUN/CRE比は一〇が正常とされる。一〇以上では腎障害につき腎外性の疾患が、一〇以下では腎性の疾患が考えられる。)

c また、利尿剤として、ダイアート錠六〇mg朝食後、ラシックス二〇mg昼食後、アルダクトンA錠二五mg朝食後が、六月二四日、七月七日、七月二三日にそれぞれ一四日分処方されていた。

(ウ) マイスリー投与について

尾張病院では、亡X1に対し、不眠時にマイスリー五mgを頓服として指示しており、マイスリー五mgないしその二分の一錠が、七月八日から同月三一日まで、ほぼ連日投与されている(二七日のみ投与なし。)。他方、この間、亡X1の状態、症状などに異常が生じた形跡は窺えない。

(エ) 排泄について

亡X1は、尾張病院には胸部痛のため入院し、また、七月一六日には入眠剤服用後のトイレ時、自己判断で独歩し、転倒して左恥骨骨折となり、左大腿部痛を訴えることもあったことから、痛み(右側胸部又は左大腿部)を訴えた場合にはオムツを着用して排泄したり尿器を用いていたが、それ以外は車いすでトイレに行ったり、ポータブルトイレを利用していた。

(オ) 亡X1は、転院の際、今後の看護上の問題として、転倒のリスク状態、身体可動性障害、セルフケア不足を指摘された。

ウ 本件病院内科での治療経過等

(ア) 入院経過等

亡X1は、肋間神経痛及び恥骨骨折から疼痛による歩行障害を起こしており、八月一日、その治療並びにリハビリテーションのため、本件病院内科に入院し、理学療法(間接可動域訓練、筋肉増強訓練及び歩行訓練等)を受けた。なお、亡X1は、長谷川式スケールで二四点とあり、痴呆ではない状態であった。

(イ)a 本件病院内科では、亡X1に対し、利尿剤について、尾張病院と同じ処方を行っていた。ただし、ラシックス二〇mgは朝食後に服用することとされた。

b また、排尿回数については数えていた(概ね一日一〇回程度)が、尿量については計っていなかった。

c 食事については、腎臓病食でなく一般食を提供していた。

(ウ) 本件病院内科では、入院時指示中の適宜処理として、「不眠時 マイスリー1T」との指示がされ、マイスリー一〇mgが八月二日に三日分、八月五日に三日分、八月八日に七日分、八月二二日に七日分、九月一二日に一四日分(合計三四日分、入院日数は四二泊)が処方された。

(エ) 入院時の看護サマリーでは、亡X1はオムツ(昼:パンツ)を使用することになっていたが、リハビリテーション総合実施計画書によると、廊下歩行、病棟トイレへの歩行は監視が必要であるが、病棟トイレへの車いす駆動(昼)、車いす・ベッド間移乗、便器への排泄(昼夜とも)は独立してできるとの評価であった。

(オ) 亡X1は、継続加療、リハビリテーションを行ったところ、シルバーカー、杖歩行可能な状態となり、病態も安定してきたことから、九月一二日、退院することとなった。

退院に際して、主治医から、①服薬を正しく行うこと、②転倒に注意すること、③異常時は早めに受診することが、退院後の治療上の留意点として指摘された。

エ 本件病院外科での治療経過等

(ア) 入院経過等

亡X1は、九月一二日以降自宅で療養していたが、強い腰痛を訴えて、一〇月七日、本件病院外科に入院した。入院した際の診断名は変形性脊椎症(胸・腰椎)、腎不全(痛風腎)、狭心症等であった。なお、同月九日のMR検査所見では、亡X1の腰椎は背部側に突出して屈曲した状態であった。

亡X1の主治医はB医師、主治医以外の担当者はH看護師長、J主任とされ、G四子看護師(以下「G看護師」という。)が亡X1の担当看護師であった。

亡X1は、一一月七日から九日まで、法事のため本件病院から自宅に戻り、外泊していた。

(イ) 亡X1は、入院当初は腰痛が強く、歩行が困難な状態であったが、徐々に腰痛は軽快し、一〇月一一日にはベッドから車いすに移乗してトイレに行ったり、手すりにつかまっての立位保持などが可能となった。また、看護診断では、一〇月二〇日以後、腰痛について「軽度(+)」「自制内」「だいぶ軽減」「なし」との記載が多くなり、診療録及び入院看護記録には、「積極的に車イスに乗り食堂へ来る」(同月一二日)、「車イス移動」(同月一八日)、「朝より、車イスにて自己でトイレに行っている」(同月一九日)と記載されている。

亡X1に対する治療方針としては、薬剤・リハビリテーションによる加療が予定されており、同月一六日及び同月三〇日に理学療法が試みられた結果、同日には立ち上がり時の痛みが減少し、歩行も可能となったが、それ以上に積極的なリハビリテーションは行われていなかった。

(ウ)a 腎不全については、本件病院外科では、一〇月八日から一〇月一三日までは本件病院内科と同一の処方のほか、ザイロリック錠一〇〇(朝食後)を処方し、一〇月一四日以降、ラシックス四〇mg(昼食後)を追加した。

b 本件病院外科でのBUN、CREの検査結果は次のとおりであった。

BUN CRE BUN/CRE比

一〇月八日 五一・〇 一・八 二八・三

一〇月一四日 六二・〇 一・九 三二・六

一〇月二二日 六四・六 二・一 三〇・七

一〇月三〇日 五五・八 二・一 二六・五

一一月一一日 八三・三 二・四 三四・七

c 本件病院外科では、排尿回数については数えていた(入院当初は一日一〇回を超える日が多く、その後は概ね六~八回程度。)ものの、尿量については計っていなかった。また、一一月一八日には看護師より亡X1に対して水分を控えるよう説明があった。

d 本件病院外科では、食事について、腎臓病食でなく一般食が提供された。

(エ) マイスリー投与について

亡X1が一〇月七日に本件病院外科に入院した際の入院時指示中の適宜処理として、「不眠時 マイスリー(10) 一ケ内服」との指示があり、マイスリー一〇mgが一〇月八日に一四日分、一〇月一八日に一〇日分、一〇月二五日に一四日分(七日分返品)処方され、一一月一〇日にマイスリー一錠が頓用として投与された。しかし、入院診療時には一一月六日に「マイスリーなしで寝れる。」の記載、看護診断には一一月五日に「vdsリーゼに変更」、一一月一〇日に「0°マイスリー1T与薬」との記載、入院看護記録には一一月四日午後八時に「本人との約束にてオムツ着用し、vds p.o」、一一月一〇日午前零時に「マイスリー1T与薬」との記載がそれぞれある程度で、その他にマイスリーやリーゼの投薬について記載はない(他方、尾張病院の入院診療録及び稲沢市民病院入院診療録には投薬の事実が正確に記載されている。)。

(オ) 排泄について

亡X1は、一〇月七日に本件病院外科に入院した際、排泄は自分でできると述べたが、一〇月七日付けの看護計画では、疼痛のひどい時は無理にトイレへ行かず、オムツ内ですることとされた。そして、入院看護記録には、一〇月七日はヒップアップできないためオムツ着用、一〇月一三日は腰痛のためオムツをし、一一月四日もオムツ着用との各記載がある一方、一〇月一一日、一〇月一九日、一〇月二一日には自力でトイレに行った旨記載されている。

一一月八日のリハビリテーション総合実施計画書にも、上記八月一四日付けと同趣旨の記載がされており、一一月一三日時点でも、亡X1は車いす自走でき、トイレに自分で行くことができると評価されていたが、看護サマリーでは、オムツ(昼→リハビリパンツ、夜→オムツ)で排泄することとされていた。

なお、亡X1の四人部屋の病室にはポータブルトイレは置かれていていなかった。

(カ) 入院時の精神状況等

a 亡X1は、一〇月二二日午後一一時四〇分ころ、大きな声で何か言いながら、ゴミ箱をさわってごそごそしており、「電気毛布返してちょう……お茶がない……トイレ行きたいけど行けれんわ……」「私おかしいわ」などと言い出し、二三日午前〇時ころにも二〇分くらい意味不明なことを言っていた。

b また、一一月三日午後一〇時三〇分には、トイレで急に立てなくなってナースコールをし、陰部を拭いたティッシュを便器の中に入れず自分の目の前にほかす行動が見られた。

c 一一月四日午後九時三〇分には「安定剤下さい、オムツして下さい。」と何度もコールし、その都度説明しても理解せず、目がトローンとしていることがあり、その後も同様のコールが続いた後、午後一一時には、一人でトイレに行った帰り、車いすを押して歩いて転倒したことがあったが、負傷することはなかった。

d そのため、B医師は、マイスリーによる作用が強く出すぎていると判断して、一一月五日、就寝前の入眠剤投与を見直してリーゼに処方を変更した。もっとも、マイスリーについては不眠時の頓服薬として投与可としたままであった。

e 亡X1は、同月七日から九日にかけて一時自宅に戻ったが、入院前に比べて全然動けず、家族もびっくりして、家へは連れていけないと思ったと述べるほどの状態になっていた。

f 亡X1は、上記外泊後、同月九日に帰院し、同月一〇日午前零時にマイスリーの投与を受けた後、同日は食事を食べたのも覚えておらず、会話もつじつまが合わないといった状態となった。K医師の診察では、「外泊より昨晩帰院 坐位になっておきているが、言葉がはっきりせず。眠剤(マイスリー)の影響か。」とされ、B医師によっても「夜になるとDementia(ディメンティア。認知症のこと)になる」とされて、夜間せん妄の病名が付けられた。

オ 本件抑制の状況

(ア) 本件抑制のあった一一月一五日から一六日にかけて、本件病院の外科系当直はM医師、内科系当直はL医師となっていた。C―2ないしC―4病棟(定床数合計一三一床)の患者数は合計一〇八名、外泊者は八名であり、当直医が対応すべき患者数は一〇〇名であった。なお、救急車及び救急入院の数については記載がない。

亡X1の入院していたC―2病棟(定床数四一床)の患者数は二九名、外泊者二名であり、三人の当直看護師が対応すべき患者数は二七名であった(家族付添のある者二名)。しかも、重症患者はなく、「特殊(要注意)」として、ドレナージ中の患者が一名いるだけであった。

(イ)a 亡X1は、一一月一五日午後九時の消灯前にリーゼを服用したが、消灯後も、ナースコールを頻回にわたって行い、オムツを替えてもらいたいとくり返し要請した。D1看護師が確認し、汚れていないときはその旨を説明し、オムツを触らせるなどしても亡X1は納得せず、すぐにナースコールをしてオムツ交換を希望した。当直看護師は、汚れていなくても、オムツをその都度交換し、亡X1を落ち着かせようと努めた。

b 亡X1は、同日午後一〇時すぎころ、車いすに乗って足で漕ぐようにして自力で詰所を訪れ、病棟内に響く大声で「看護婦さんオムツみて」等と訴えた。当直看護師は、車いすを押して病室に亡X1を連れて行き、オムツを交換し、入眠するように促した。

亡X1は、その後も何度も車いすに乗って、自力で詰所に向かうことを繰り返し、午後一一時ころには再度詰所で、「オムツがびたびたでねれない」とオムツの汚れを訴えた。当直看護師は、その都度、亡X1を病室へと促し、汚れていなくてもオムツを交換するなどした。

c 亡X1は、同月一六日午前一時ころ、再度車いすで詰所を訪れ、車いすから立ち上がろうとし、「おしっこびたびたやでオムツ替えて~」「私ぼけとらへんて」と大声を出した。そのため、C看護師は、亡X1を自室に一旦戻したものの、同室者にも迷惑がかかると思ったことや、亡X1が再び車いすに乗って詰所に来る可能性が高く、その場合に転倒する危険があると感じ、E看護師の助力を得て亡X1をベッドごと部屋から出し、個室である二〇一号室に移動させた。

亡X1は、二〇一号室でも、「私はぼけとらへん」「オムツ替えて」と訴えたため、C看護師らは、声をかけたりお茶を飲ませるなどして、亡X1を落ち着かせようとしたが、亡X1の興奮状態は治まらず、なおもベッドから起き上がろうとする動作を繰り返した。このため、C看護師らは、ミトンを使用して、右手をベッドの右側の柵に、左手を左側の柵に、それぞれひもでくくりつけた。その際、ベッドはギャジアップしていなかった。

d 亡X1はこれに抵抗して口でミトンを外そうとし、そのためミトンの片方は外れたが、この際、亡X1は右手首及び下唇に傷を負った。

e その後亡X1は次第に眠りはじめ、当直看護師は、同日午前三時ころ、残ったミトンを外し、明け方に亡X1を元の病室に戻した。

f このような抑制をすることに関して、亡X1あるいは控訴人X2ら亡X1の家族から同意を得ていた事実はない。

(ウ) 当夜、当直看護師はそれぞれに夕食とその後の休憩をとった後、状況に応じて順次休憩することとして、最初にD1看護師が午前零時の巡回の終わった後から午前二時半過ぎころまで休憩に入っていた。したがって、同看護師は本件抑制の行われた際には休憩中で、亡X1が騒いでいる声は聞こえていたものの、抑制の場面は見ていない。

カ(ア) なお、入院看護記録の一一月一五日二二時の欄には、「追記」として、D1看護師により、「以前Mit内服後、翌日の午前中ぐらいまで薬効の為、フラツキ、入眠傾向続いたこと、又腎機能もよくない為内服させるにはリスクあり。 P)そのままにて様子みる。要注意」と記載されている。

(イ) 入院看護記録のその後には、一一月一五日二二時一〇分から一一月一六日五時三〇分までの間のこと及び本件抑制の状況について、C看護師による記載がある。

(ウ) さらに、入院看護記録のその後には、一一月一九日一五時として、J主任により、「O) 本日10° 稲沢市民HP受診。11/21(金)転院とのこと。S)腎ぞうが悪いので検査しないとダメらしい。あっちの方が家から近いけどみなと別れるのはさみしい。」と記載されている。

(エ) そのほか、診療録には、一一月一九日のこととして、G看護師が以下のように記載している。なお、この記載は一一月一九日ではなく、後日になされたものである。

O)患者本人、11/16日曜日より、ずっと、土―日夜間のこと話し怒っている。他のPt、面会者にも声をあらげうったえている。S)両手両足をしばられて、ベッドにくくりつけられて一〇時間も動けんかった。おしっこもたれながし毛布も一枚しかかけてもらえんし、寒くて寒くて叫んでも来てくれんし…。

O)涙流してうったえる。同室者も同意している。夜間、不穏のことは全く覚えていない様子。夜間のこと伝えるが、他のNrをかばうのだろうと言ってくる。本人に、その時の状況を見ていないので分からないが、転倒の危険などあれば私も抑制したかもしれないとつたえる。Pt.だまっている。家人には不穏あり、トイレに何度も行ったりN―C頻回大声を出したりしたことを伝える。抑制個室へ入れる必要があったかどうかは分からないが、夜間のNr.がそれを行ったということは、よっぽどひどくさわいだか危険だったのではないか?、と伝える。家人、S)ありがとうございました。と言っている。

(オ) 一一月二一日の入院看護記録によれば、午前六時には、「オムツからパンツにかえる。その後トイレにて排尿。左記の時間帯、度々(一五~二〇分おき)にオムツをはずしてくれとコールあり、その度説明するも理解できず。られつ不良。vdsの為?」とあり、七時四五分には、「食事の為に部屋に行くと下半身すべてぬいでおり、問うと「わからない」との事。はくパンツ見せてはかせ、食事とする。」とある。

キ 稲沢市民病院での治療経過等

(ア) 腎不全に対する治療

a B医師は、腎不全が増強し、血液透析の必要があるのではないかと考え、治療法の検証を依頼するため、稲沢市民病院のF医師に情報提供し、亡X1は、同月二一日、稲沢市民病院に腎不全の精査治療目的で入院した。稲沢市民病院では、骨粗鬆症、腰椎圧迫骨折からの腰痛コントロールが中心で夜間不穏も入院初期には認めたが、平成一五年一二月に入ってからはほとんど問題のない状況になっていた。

b 稲沢市民病院でのBUN、CREの検査結果は次のとおりである。

BUN CRE BUN/CRE比

平成一五年一一月二一日 九三 二・八 三三・二

一一月二七日 八二 二・九 二八・二

一二月〇二日 九一 二・五 三六・四

一二月〇九日 八〇 二・三 三四・七

一二月一九日 八四 二・八 三〇・〇

平成一六年〇一月〇六日 七〇 二・五 二八・〇

一月一五日 七七 二・九 二六・五

c そして、腎不全については、稲沢市民病院では医師の指示により、本件病院の処方薬の服用が継続され、また、一一月二六日には、本件病院の処方と同一の、ダイアート錠六〇mg、ラシックス錠二〇mg、アルダクトンA錠二五mg、ラシックス錠四〇mg、ザイロリック錠一〇〇mgが処方された。利尿剤の投与時間については、夜間の頻尿を考慮して朝と昼に投薬していた。

d 稲沢市民病院では尿量及び回数は計られていた(概ね一日に六回から一〇回程度。)が、水分摂取量については管理されていなかった。

e 亡X1に対する食事については腎臓病食が提供されていた。

(イ) マイスリー投与について

稲沢市民病院では不眠時にリーゼ五mgを処方し、不眠を訴えるときに服用させていたが、マイスリーは投与していない。

(ウ) 排泄について

亡X1は、稲沢市民病院に入院(一一月二一日から平成一六年一月二二日)中、一二月四日まで及びその後も必要に応じてオムツを着用し、オムツ内に排泄することもあったが、入院当日からポータブルトイレも併用していた。なお、亡X1は、稲沢市民病院入院中に、尿採りパッドを嫌だといって自分で取り外したことがあった。

(エ) 精神状況等

a 稲沢市民病院に転院時の病名として「夜間せん妄」が挙げられていた。

b そして、亡X1は、入院初日の一一月二一日午後六時一五分ころから消灯まで、ナースコールを一五分から三〇分おきに行ったり、一一月二二日には「家に電話をして欲しい」と何回もナースコールをし、一一月二四日には一人で車いすに乗ってトイレに行こうとしているところを発見され、危険なので一人で行かないように注意された。一一月二五日にもオムツ内に排尿したとしてナースコールを頻繁に行い、多いときには一〇分間隔でナースコールをしたが、排尿は認められなかった。一一月二六日には、留置カテーテルが入っているのにかかわらず「おしっこが出ました。オムツをかえて下さい。」と何度もコールがあり、コールが頻回のため、詰所へ車いすで連れて行こうとすると騒いで嫌がり、同室者からも苦情があるので大人しくするよう伝え、次に騒いだりするなら詰所で入眠してもらう旨伝えるとその後はコールをしなくなったということもあった。一一月二七日午前六時にも「オシッコしたいでトイレ座らせて。」と言い、留置カテーテル挿入中であることを説明すると納得し、一一月二八日午前五時三〇分には「外来に連れていけ、電話をかける。娘に」などと、何度もナースコールをしたり、午前一〇時には車いすで歩きながら行動し、一二月三日午後九時には三〇分毎にナースコールをし、「下剤をもらったっけ?」と聞いてくることがあり、その都度説明して落ち着かせたことがあった。

(オ) なお、亡X1は、稲沢市民病院入院時、身長一三三cm、体重三二・六四kgであった。

(カ) そして、次に転院した五条川リハビリテーション病院宛ての平成一六年一月二二日付けの看護サマリー(転院用)には、入院中の経過と転院の目的として、「腰痛あるもポータブルトイレ及び車イス移動できる。軽い痴呆あり、内服介助するも飲んだか飲んでいないか必ずナースコールあり。その都度対応す。慢性腎不全については経過観察す」とあり、処方として、「ダイアート錠六〇mg、ラシックス錠二〇mg、アルダクトンA錠二五mg、ザイロリック錠一〇〇mg」などが、看護上の問題点として「軽度痴呆あり」、現在の日常生活動作の状況として、排泄は「ポータブル、尿八回」などと記載されている。

ク 五条川リハビリテーション病院

平成一六年一月二二日の稲沢市民病院から五条川リハビリテーション病院への転院時の主な治療は、腰痛症、便秘症、夜間不穏となっていた。

亡X1は、トイレないしポータブルトイレを利用することができる状態であったが、同年二月一〇日には、トイレへ行った後、ベッドサイドに座ったらずり落ちて、床にしゃがんでいることがあったり、五月二四日には、ポータブルトイレへ移ろうとして滑り、尻もちをついた後ベッドで臥床することがあった。さらに六月二日にもトイレから滑ったとのナースコールがあった。

(2)  本件抑制時の亡X1の状態及びその原因について

ア 本件抑制時に亡X1が夜間せん妄様状態にあったことは当事者間に争いがなく、前記認定した事実に照らしても夜間せん妄であったものと認めるのが相当である。

イ この夜間せん妄の原因について、控訴人らは、本件病院外科での水分管理懈怠や利尿剤の調節懈怠を内容とする腎不全への不当な対応、入眠剤であるマイスリーの過剰かつ長期の投与、夜間の排泄をオムツに強要したこと、これらにより生じた亡X1の不穏状態の放置等が原因であると主張するので、検討する。

(ア) 本件病院外科による亡X1の腎不全への対応について

前記認定した事実によれば、本件病院外科での亡X1の腎障害に対する治療及び投薬の内容は、尾張病院や本件病院内科、稲沢市民病院によるそれと大きく異なるものではなかったことが認められる。投薬の内容もほぼ同一であって、状態も取り立てて悪化しているわけではなく、利尿剤の内容や夜間頻尿を防ぐための投与時間の配慮についても他病院と同様になされていることが認められる。水分出納の管理については、排尿の回数のみで、水分摂取量や尿量の把握まではされていなかったが、他病院でもほぼ同様であって、本件病院外科の対応が特に不適切とは認められない。

ただ、尾張病院をはじめ、その後の各病院でも排尿の回数や訴えが比較的多かったことからすれば、利尿剤の投与が長期間続いていることを受けて頻尿となり、そのため亡X1が排尿についてかなりの程度神経質になっていたことが認められる。

(イ) マイスリーの投与について

本件病院内科及び外科では、前記認定のとおり、各入院のほぼ当初からマイスリー一〇mgが処方され、連日投与されている。高齢者には五mgからの投与が望ましいとされ、また、腎臓疾患を有する者への投与は慎重を要するとされていることや、亡X1が体重三二キログラム余りで小柄であったことを考えると、投与量としては過剰ではないかとの疑いが残る。尾張病院では必要に応じて五mgを投与し、場合によってはその半錠としていたのもこれらを考慮したものと思われる。

被控訴人は、尾張病院で五mgを投与して問題なかったものであり、また本件病院内科に転院した当初、五mgを服用したものの、よく眠れないとの訴えがあったことから一〇mgに増量したとも主張するが、転院による環境変化の影響が落ち着いた後も、引き続き増量したままマイスリー一〇mgを継続して投与し、同内科を一旦退院し、二五日後に再び本件病院外科へ入院した後も、直ちにマイスリー一〇mgが処方され、頓用としての使用が許された状態の下で投与し続けたことは、マイスリーの投与は一回五~一〇mgが認められていることから、診療上の注意義務違反とまではいえないとしても、慎重さを欠いたものというべきである。

本件病院外科へ入院後も、腰痛の具合によっては、亡X1は手すりにつかまっての立位保持や車いすでの自力での移動が可能であったのに、一〇月二二日や一一月三日、四日に前記認定したような意味不明な言動や転倒等がみられ、さらに一一月七日からの一時外泊の際に、以前と比べてほとんど動けなくなったと家族が感じたのは、いずれも、このようなマイスリー一〇mgの連用が影響したものとも考えられるのである。

ただ、一一月四日の転倒があったことから、翌五日には、マイスリーからリーゼに投薬が切り替えられており、その後マイスリーの投与が診療録上認められるのは頓用として用いられた一一月一〇日のみである。C看護師作成の報告書には、本件抑制の三日ほど前にマイスリーを投与したような記載があるが、その後の亡X1の様子の変化に関する記載内容からすると、一一月一〇日のことを記載したものと解されるのであって、三日前の投与とは一一月一〇日の投与のことを指すものと認められる。

そして、本件病院外科では、頓用としての使用も考慮してか、マイスリーが余分に処方され、病棟の看護師の詰所で管理されていたことや、亡X1に対するマイスリーの投与についての記録がほとんどなされていないことからすれば、控訴人らがマイスリーは一一月一五日まで投与され続けていたのではないかと主張するのももっともな面があるが、被控訴人や看護師らはこれを否定しており、また一一月五日以降はリーゼの投与が指示されていた上、頓用としてマイスリーを投与した一一月一〇日には、その旨が診療録に記載されていることを考えると、上記の点のみから控訴人らの主張するように一一月一〇日以後も投与され続けたものとまでは認めることはできない。

以上によれば、亡X1にマイスリーが投与されたのは一一月一〇日が最後となるところ、前記認定したようにマイスリーの消失半減期が一・七八時間から二・三〇時間であり、高齢者についてはその二・二倍としても、五日後の一一月一五日までその効果が持続しているものとは考えられない。控訴人らはマイスリーの長期連用による蓄積効果を主張するが、これを認めるに足りる的確な証拠は存しない。

したがって、本件抑制時の亡X1の夜間せん妄が、マイスリーの投与による直接的な影響によるものと認めることはできない。もっとも、マイスリーの長期連用による依存性の効果として、その投与を中止した場合に不眠が生じることがあり、そうでなくても、これを入眠剤としての効果の弱いリーゼに切り替えたことなどにより、スムースに入眠することができず、不眠状態を引き起こしたことは十分に考えられる。

(ウ) オムツの使用とオムツへの排泄の指示について

前記認定した事実によれば、亡X1は、腰痛等で起きあがっての排泄が困難なときは、オムツを使用していたものの、それ以外では、車いすを利用して自力でトイレに行くことも、ポータブルトイレを用いることも可能な状態に概ねあったものと認められる。

ただ、尾張病院でトイレからの帰りに転倒して恥骨骨折を負ったことや、本件病院外科では入眠剤としてマイスリー一〇mgが投与されていたことから、夜間はオムツを使用することとされていたものである。それでも亡X1は、夜間でも車いすでトイレに行っていたのであるが、一一月三日にトイレで立てなくなり、一一月四日にはトイレからの帰りに転倒したことから、それ以後は、約束だとしてオムツの着用とオムツへの排泄を指示されることとなった。

一一月三日と四日の件は、前述のようにいずれもマイスリー投与の影響と考えられるのであるが、それでも亡X1にとっては、これにより、夜間、トイレに行って排泄することが許されない状況となってしまったものであり、本来は自力でトイレに行って排泄することができ、現に夜間でもトイレに行っていたにもかかわらず、オムツへの排泄を強いられることになった亡X1のストレスは相当に大きかったものと考えられる。

そうであるとすれば、なおリーゼを投与していることから、オムツを着用するのはやむを得ないとはいえ、入眠できず尿意のあるときに、通常はトイレに行っての排泄が可能な亡X1に対して、トイレに行くのを介助するのでなく、オムツへの排泄を強いたことは、診療上の義務違反とまでは認められないとしても、適切な対応であったといえるかについては疑問といわざるを得ない。

(エ) 当直看護師の対応について

亡X1の訴えに対する当直看護師の対応については、頻回のナースコールに応じて、汚れていなくても求めによりオムツを交換し、車いすで詰所に来るのにもその都度対応して、病室に戻して落ち着かせて入眠を促そうとしたことは認められるが、オムツが汚れていないことを説得して分からせようとしたり、そのためにオムツに触らせようとするなどしたことは、亡X1の排尿やオムツへのこだわりをかえって強く、頑なものにし、また亡X1を興奮させて、そのせん妄状態を高めてしまったものと認められる。亡X1の「私ぼけとらへんて」という言葉は、その端的な現れということができる。

(オ) 以上に加えて、高齢であることもせん妄発生の主要な原因であると考えられることからすれば、亡X1の本件夜間せん妄は、同人が高齢の上、頻尿で、排尿について過度に神経質になっていたところに、マイスリーの投与中止もしくはリーゼへの切り替えによる不眠と、オムツへの排泄を強いられることへのストレスなどが加わって起きたものであり、当直看護師の上記対応もあって、それが収まることなく、時間の経過とともに高まっていってしまったものと認めることができる。

(3)  本件抑制の違法性について

ア 本件のような抑制を行うについて、被控訴人が亡X1あるいはその家族から事前に同意を得た事実のないことは前述したとおりであり、事後においても同意を認め得る証拠はない。そして、控訴人らは、亡X1の本件夜間せん妄は、本件病院外科の医師、看護師らによって作出されたものであるから、これを本件抑制についての正当化事由として位置づけることは許されないと主張するが、前述のとおり、本件病院外科の対応に慎重さが足りなかったり、適切さに疑問の残る部分はあるが、いずれも診療上の注意義務違反とまで認められるものではないことからすれば、被控訴人が亡X1の夜間せん妄について主張することが許されないということはできない。

イ 本件抑制の態様については前記認定したとおりに認められるところであるが、控訴人らは、この点に関する診療録中の入院看護記録の一一月一五日二二時一〇分以降のC看護師による記載は後日に都合の良いように書き加えられたもので信用できない旨主張し、控訴人X2も、一一月二〇日にB医師やH看護師長らと話し合った際には上記の記載はなかったとし、仮にそれがC看護師の説明のとおり一一月一六日にされたものであるとすれば、一一月一九日に看護師長に本件抑制の有無を尋ねた際に一旦否定されるようなことはあり得ないなどと述べるのであるが、その記載の方式が入院看護記録の他の記載部分と異なることは認められるものの、その体裁や内容、次頁には一一月一九日についての記載が続いていること、仮に被控訴人が本件抑制の事実を糊塗しあるいは歪めようとするのであれば、ほかにも方法が考えられ、後述する亡X1の訴えの内容を記載したG看護師作成の書面を診療録に添付するなどしないとも思われることなどからすれば、いまだ控訴人ら主張のように後日に内容を歪めて書き加えられたものとまでは認められない。控訴人らは、一一月一九日のJ主任による記載部分についても疑問を呈しているが、これについてもその記載内容や体裁に照らして、改ざんと認めることはできない。

また、同診療録の別の部分には、G看護師が本件抑制の際の状況として亡X1が訴えていた内容を一一月一九日のこととして記載した書面が添付されており、その内容は、両手両足をベッドに括り付けられて一〇時間も動けず、おしっこも垂れ流しであったなどとするもので、病室の同室者も同意していると書かれているが、本件抑制時には前記のとおり亡X1は夜間せん妄の状態にあったことや、客観的な事実との対比などからは、その内容を採用することはできない。

なお、被控訴人は、亡X1が大腿骨頸部骨折により人工骨頭を装着していたことを考慮して、本件抑制時にはベッドをギャジアップしていた旨主張しているが、本件抑制時の様子を被控訴人において再現した写真では、ベッドは平坦のままであることや、C看護師らは亡X1がベッドから起きあがるのを防ぐために両手にミトンを装着してベッドの両側の柵に縛り付けたものであり、その報告書にも、ベッドを一番下まで下げて、四点柵としたとあることからすれば、ベッドをギャジアップしていたものと認めることはできない。

ウ これまで認定してきたような本件抑制の態様を前提に、本件抑制の違法性を検討するに、被控訴人は、亡X1は、尾張病院と本件病院外科で二回転倒しており、本件抑制時にも、半覚醒状態にあった上、歩行障害もあったことなどから、転倒、転落の危険性とそれによる受傷のおそれがあったと主張する。しかし、本件抑制時の状況からすれば、夜間せん妄の状態ではあっても、亡X1の挙動は、せいぜいベッドから起きあがって車いすに移り、詰所に来る程度のことであり、危険が全くないとはいえないが、本件抑制に至るまでの間は、何度もそれを繰り返していたのに、それを防止するための格別の対応は何も行われていないことや、病室を頻繁に覗くなどして、亡X1の様子に注意を払うことでも対応できるものであることをも併せ考えると、被控訴人が主張し、B医師らが述べるように、本件抑制を行わなければ、転倒、転落により重大な傷害を負う危険性があったものとまでは認めらない。転倒、転落の危険性やこれを防止する方法として抑制を行うか否かは、医師等の専門家の合理的裁量に委ねられているとする被控訴人の主張が採用できないことはすでに述べたとおりである。

エ そして、前述したように本件抑制時の亡X1の夜間せん妄については、本件病院外科における診療、看護上の適切さを欠いた対応なども原因となっていると認められるのであり、特にオムツへの排泄の強要や、不穏状態となった亡X1への当直看護師の前記のような拙い対応からすれば、その結果としての夜間せん妄への対応としての本件抑制に、切迫性や非代替性があるとは直ちには認められない。また、前記認定したとおり、亡X1が入院していたC―2病棟の一一月一五日夜の入院患者は二七名であり、格別重症患者もいなかったことからすれば、本件抑制時にはD1看護師が休憩中であったとしても、残る看護師のうち一人が、しばらくの間亡X1に付き添って安心させ、排尿やオムツへのこだわりを和らげ、落ち着かせて入眠するのを待つという対応が不可能であったとは考えられない。本件全証拠によっても、当時、他の患者への対応等で、それが不可能であったといえるような事情の存在も認められないのである。仮に、被控訴人が主張するように詰所に看護師が不在となる状態を避ける必要があり、そのために患者を抑制してその身体的自由を奪わねばならないというのであれば、休憩していたD1看護師に応援を依頼することも十分できたはずである。休憩時間については、これをずらすなどの対応がとれないものではない。

オ 以上によれば、本件抑制には、切迫性や非代替性は認められず、また、緊急避難行為として例外的に許される場合に該当するといえるような事情も認められない。抑制の態様についても、前記認定のとおりの様々な疾患を抱えた当時八〇歳の高齢患者に対するものとして、決して軽微とはいえず、実際にも、これを外そうとして治癒までに約二〇日間(受傷日からはそれ以上)を要する傷害を負うという結果まで生じているのである。したがって、本件抑制は違法なものであったというべきである。

カ 被控訴人は、臨床医学の実践における医療水準を考慮すべきで、これを逸脱して不当に高度な注意義務を課すべきではないとも主張しているが、本件で認められる事情からすれば、上記のように解したとしても、決して医療水準から逸脱して不当に高度な注意義務を本件病院外科に課するものではない。

四  争点(4)(親族に対する説明義務等の有無)について

(1)  家族に対する説明義務について

本件抑制は患者の身体の自由を奪い、これを拘束するものであるから、患者である亡X1の同意あるいは同人の心身の状態からそれが得られない場合には、同人の保証人でもある控訴人X2の同意を要する(事前に得られない場合には事後に)というべきであり、その前提として、控訴人X2に対して説明をすることが必要と解される。また、抑制が緊急避難行為として例外的に許される場合であっても、同様に説明を要すると解すべきである。

もっとも、本件では、一一月一九日にG看護師から控訴人X2に対して本件抑制の行われたことが伝えられ、一一月二〇日にはB医師、H看護師長及びI管理課長から控訴人X2に対し一応の説明がされたことが認められるのであって、時間的には若干遅れたものの説明義務は尽くされているということができる。

(2)  また、本件抑制は、夜間せん妄に対する処置として行われたものというべきであるところ、せん妄か否かの診断、及びせん妄と判断された場合の治療方法の選択等を要するものであるから、単なる「療養上の世話」ではなく、医師が関与すべき行為であり、看護師が独断で行うことはできないというべきである。しかも、被控訴人の主張によれば、当直医師としてL医師がいたというのであるから、医師の診察を受けさせることは可能であったと認められる。したがって、医師の判断を得ることなく本件抑制を行った点は違法と解されるが、本件ではその違法も前述した本件抑制の違法評価に含まれるものと解するのが相当である。

この点、被控訴人は、抑制の原則的禁止を規定する介護保険指定基準や「身体拘束ゼロへの手引き」を根拠に医師の判断を不要と主張するが、採用できない。

(3)  診療録等への本件抑制の事実の記録化については、本件では、前記のとおり、入院看護記録にC看護師によってそれに関する記載がされており、仮に控訴人ら主張のように記載義務があるとしても、義務違反が問題となるものではない。

五  争点(5)(損害の発生及び額)について

以上によれば、本件抑制は違法なものと認められ、これを行ったC看護師及びE看護師には少なくとも過失があるものというべきであって、同人らを被用者あるいは履行補助者とする被控訴人には、不法行為及び債務不履行のいずれにおいても損害賠償責任があるものと認められる。

そして、本件抑制及びその結果としての傷害により亡X1が受けた身体的及び精神的損害に対する慰謝料は、上記認定事実、殊に本件抑制の態様やその時間、それに伴う本件病院外科における不適切あるいは違法な対応、傷害の程度等に鑑みると、五〇万円とするのが相当である。控訴人らは五〇〇万円ないし六〇〇万円が相当であるとするが認められない。

なお、被控訴人は、診断書に「治癒のために約二〇日の期間を要す。」とあることについて、治療が必要という趣旨ではないなどと主張するが、治療が不要であるとしても、治癒のためには相当期間を要する傷害を負ったことは明らかであって、採用できない。

そして、控訴人らがこれを二分の一ずつ承継したものであり、また、被控訴人に負担させる弁護士費用は二〇万円(控訴人ら各一〇万円)とするのが相当と認められるので、被控訴人は、控訴人らに対し、それぞれ三五万円及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成一六年一一月一〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務を負う。

第四結論

以上のとおりであるから、控訴人らの請求はそれぞれ三五万円及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成一六年一一月一〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余の請求はいずれも理由がないので、これと異なる原判決を変更することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西島幸夫 裁判官 福井美枝 浅田秀俊)

別紙 代理人目録

副島洋明 中谷雄二 森弘典 熊田均 名嶋聰郎 船橋民江 中村正典 山田克己 大石剛一郎 登坂真人 相川裕 舟木浩 石川智太郎 田原裕之 山根尚浩 井口浩治 水谷博昭 矢野和雄 澤健二 太田寛 岩城正光 森田辰彦 松本篤周 花田啓一 田巻紘子 川口創 稲森幸一 魚住昭三 荒尾直志

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