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名古屋高等裁判所 平成18年(ネ)901号 判決 2008年1月29日

控訴人兼附帯被控訴人

X(以下「控訴人」という。)

訴訟代理人弁護士

樽井直樹

同上

加藤孝規

同上

加藤美代

同上

兼松洋子

同上

阪本貞一

同上

佐久間良直

同上

坪井陽典

同上

松本篤周

同上

村上満宏

同上

湯原裕子

同上

吉川哲治

被控訴人兼

株式会社ファーストリテイリング

平成19年(ネ)第73号事件附帯控訴人

(以下「被控訴人FR」という。)

代表者代表取締役

被控訴人兼

株式会社ユニクロ

平成19年(ネ)第73号事件附帯控訴人

(以下「被控訴人UC」という。)

代表者代表取締役

上記2名訴訟代理人弁護士

高橋鉄

同上

伊藤勝彦

同上

伊澤大輔

被控訴人兼

Y1

平成19年(ネ)第93号事件附帯控訴人

(以下「被控訴人Y1」という。)

訴訟代理人弁護士

高木権之助

同上

木谷嘉靖

主文

1  本件控訴に基づき,原判決中の控訴人の敗訴部分のうち,次項の請求に係る部分を取り消す。

2  被控訴人らは,控訴人に対し,各自5万4676円及びこれに対する平成10年11月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  その余の本件控訴を棄却する。

4  本件附帯控訴をいずれも棄却する。

5  訴訟費用は,1,2審とも,これを1000分し,その965を控訴人の負担とし,その余を被控訴人らの負担とする。

6  この判決は第2項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第1当事者の求める裁判

1  控訴の趣旨

(1)  原判決を次のとおり変更する。

(2)  被控訴人らは,控訴人に対し,各自5932万0751円及びこれに対する平成10年11月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は,1,2審を通じて被控訴人らの負担とする。

(4)  (2)につき仮執行宣言

2  平成19年(ネ)第73号事件の附帯控訴の趣旨

(1)  原判決中,被控訴人FR及び同UC(以下,両社を「被控訴人会社ら」という。)の敗訴部分を取り消す。

(2)  上記取消部分に係る控訴人の請求を棄却する。

(3)  附帯控訴費用は,控訴人の負担とする。

3  平成19年(ネ)第93号事件の附帯控訴の趣旨

(1)  原判決中,被控訴人Y1の敗訴部分を取り消す。

(2)  上記取消部分に係る控訴人の請求を棄却する。

(3)  附帯控訴費用は,控訴人の負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,被控訴人FRの従業員であった控訴人が,勤務中,同社の従業員であった被控訴人Y1から暴行を受けるとともに,その後の労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)の申請手続等において被控訴人会社FRの従業員から不当な対応を受け,これによって外傷後ストレス障害(以下「PTSD」という。)に罹患したなどと主張して,被控訴人らに対し,不法行為(民法709条,715条,719条)による損害賠償金各自5932万0751円及びこれに対する不法行為の結果発生の日である平成10年11月17日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

原審が,控訴人の請求を,被控訴人らに対し各自224万7200円及びこれに対する平成10年11月17日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を命じる限度で認容した。

2  当事者の主張は,次の3ないし5のとおり付け加えるほかは,原判決「事実」中の「第2 当事者の主張」に記載のとおりであるから,これを引用する。

ただし,原判決13頁6行目及び同頁12行目の各「636万7634円」を「632万1380円」と,同頁11行目の「同年12月26日」を「平成12年1月1日」と,「826日」を「820日」と,それぞれ改める。

3  当審において控訴人が追加又は敷衍した主張

(1)  違法行為・労災隠し等について

ア 労働者災害補償保険法施行規則(以下「労災保険規則」という。)23条により,事業主は,労災保険法の給付の申請に際し必要な事業主の証明をすべき義務があり,また,保険給付を受けるべき者が事故のため自ら保険給付の申請その他の手続を行うことが困難である場合,事業主はその手続を行うことができるように助力しなければならない。ところが,被控訴人FRは,労災隠しの意図をもって,事業主の証明や助力を拒んできた。

被控訴人FRの従業員Fは本件事件の当日である平成10年11月17日及び同月20日に,被控訴人FRの従業員Bは同月18日及び同月20日に,控訴人が労災保険給付申請をすることを希望し,被控訴人Y1を刑事告訴すると伝えたにもかかわらず,それぞれ労災保険給付申請について助力することを拒否し,刑事告訴せず内密に処理することを求めた。このため,控訴人は,千葉労働基準監督署に対し,同月22日,労災保険法の療養補償給付申請書を事業主の証明のないまま送付し,同月中旬ころ,事業主から証明を拒否された旨の理由書を送付することを余儀なくされた。

また,被控訴人FRが事業主の証明や助力を拒んだため,控訴人は,2年の時効により,千葉労働基準監督署に対する名古屋d病院での治療費仮払金2万1514円の返還請求を断念せざるをえなかった。

イ 労働安全衛生法100条,120条,122条により,事業主は,労働災害発生後遅滞なく労働者死傷病報告書を労働基準監督署へ提出することを義務付けられている。ところが,被控訴人FRは,これを本件事件発生後半年以上経過した平成11年6月7日に提出した。

ウ 控訴人は,被控訴人FRに対し,名古屋市立b病院精神科廃止に伴う転院の際,病院と薬局を移る必要があると伝えたが,被控訴人FRは,薬局についての療養給付に係る事業主の証明を拒んだ。このため,控訴人は,名古屋市立a病院に通院しながら,名古屋市立b病院近くの薬局まで通い続けざるを得なかった。

エ 控訴人は本件事件の直後から休業補償給付の受給を希望し,実際にその申請をしようとしたが,被控訴人FRから給与が振り込まれたため,労働基準監督署から二重受給となるとの指摘を受けて申請を断念せざるをえなかった。その後も,被控訴人FRが助力を拒んだため,長らく休業補償給付申請及び休業特別支給金申請を断念せざるを得ず,休業特別支給金を受給する機会を失った。

オ 以上の事実及び原判決1(2)イの事実のとおり,被控訴人FRは,一方で,労災隠しを意図して,労災保険法による給付申請について事業主の証明や助力をせず,約束した診断書料等を支払わず,病状を伝えているのにもかかわらず退職や面談を求めるなどし,また,各種手続に不可欠とはいえないのに,繰り返し診断書や同意書の提出を求め,各種証明書の発行を遅滞させるなどして,控訴人の経済的精神的負担を加重した。上記被控訴人FRの対応は,ひとつひとつを取り上げれば軽微であっても,全体を通じて一貫して不当な嫌がらせを構成しており,組織的に行われた,違法行為といえる。

カ なお,控訴人は,被控訴人FRの求めに応じて,診断書や同意書を提出し,病状等について何度も説明している。控訴人が診断書等の提出を一時留保したのは,被控訴人FRに対し,約束どおりの診断書料の支払や事業主の証明をはじめ労災保険法の給付申請の速やかな処理を求め,また,治療に専念できるような環境を整えようと努力していた結果にすぎず,非難には当たらない。

キ また,被控訴人FRが,弁護士の受任通知後も直接控訴人と連絡をとろうとしたり,私立探偵を使って控訴人の行動調査をしたり,共に働いていた被控訴人FR従業員に控訴人を非難する内容の陳述書を作成させたり,鑑定の結果で示された「安心の保証」を与えようとしないことも被控訴人会社らの嫌がらせであり,不法行為というべきである。

ク 控訴人は,被控訴人FRに対し,病状に関して,客観的資料である診断書を送付し,医師の意見を口頭でも伝えているのであるから,医師の診断に反した行為をした被控訴人FRには,安全配慮義務違反の重過失があるともいえる。

(2)  後遺障害について

ア 控訴人は,本件事件及び労災隠し等によって,遅くとも平成11年6月14日にはPTSDに罹患している。

本件事件による傷害は,頚部挫傷だけでなく,「中心性脊髄損傷」及び「左手指機能障害」もあり,約半年間のリハビリを経て,上記傷害については平成12年6月12日に症状固定となったもので,自動車損害賠償保障法施行令2条別表後遺障害別等級表(以下「後遺障害等級」という。)第7級に該当するほどの重傷であり,DSM―Ⅳ基準によっても,PTSDが発症してもおかしくないレベルに達する内容である。また,控訴人には,本件事件後間もなくからフラッシュバック症状があり,これが妄想性障害に見られるように,時間の経過とともに現実化したということはない。控訴人が,本件事件を強く想起させるユニクロ店舗に行ったのは,経済的理由により事務手続をするために無理をして行ったのである。これらの事実からもPTSDに罹患していることが認められ,複数の医師からPTSDとの診断を受けている。

イ 仮に,控訴人が妄想性障害に罹患しているとしても,鑑定の結果によれば,治癒の見込みについては,被控訴人らから「安心の保証が与えられること」,「少なくともその発端となった不遇や侮辱,恥辱が払拭されること」が前提となっており,治癒率は50%である。また,一般的には妄想性障害は難治とされている。そして,鑑定後,鑑定人が勧める治療を試みても控訴人の症状に変化はなく,被控訴人らから安心の保証もないのであるから,平成20年末に治癒する可能性はない。

したがって,控訴人には,回復の見込みがない精神疾患があり,仮に症状固定日を本件訴訟を提起した平成14年3月末日とすると後遺障害等級9級に相当する後遺障害があるというべきである。

ウ また,控訴人は,名古屋市立a大学病院のD医師によって,平成19年10月,PTSDと妄想性障害の両方に罹患しており,予後不良との診断を受けた。この点からも,控訴人の後遺症が平成20年末に治癒する可能性はない。

(3)  素因減額について

ア 本件において,素因減額をすることは,公平を損なう。

本件においては,被控訴人らは,本件事件における暴行のみならず,その後の労災隠しや本件発言等の故意の嫌がらせ行為を繰り返して,控訴人の治療を妨害し,損害を拡大させているから,主として被害者の心因的要素が損害の拡大に寄与している場合に適用される素因減額をすべきではない。

イ 本件事件は業務に従事する過程で業務に起因して生じた過重負担である。本件事件により控訴人の被った傷害は重傷であり,DSM―Ⅳ基準によってもPTSDが発症してもおかしくないレベルに達する内容であるから,控訴人の精神疾患が,本件事件から通常生じる程度や範囲内のものであることは明らかである。

ウ 控訴人の病前の性格傾向は,日常生活や業務に支障が生じ,社会生活に支障を生じるようなものではなく,労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲のものであり,素因とはいえない。仮に,控訴人に素因減額の対象となるべき性格傾向があったとしても,その程度は非常に弱いものであり,雇主である被控訴人FRは,その安全配慮義務に基づき,素因に対する配慮を欠いたことについて責任を問われるべきであり,さらに,その経営理念,マニュアル等で指示されたとおりに行動した控訴人が被った損害について,責任を負うべきである。

エ また,被控訴人会社らは,本件事件後も,故意あるいは重大な過失により,労災隠し等をし,また,前記(1)の行為等により控訴人を精神的経済的に追いつめ,「安心の保証」をすることもなく,控訴人の治療行為を妨害し,症状を悪化させてきた。特に,本件発言は,本件事件により控訴人が「実際に殺されかけた」という認識を持ったため精神的疾患を抱えていると知りつつ,故意にしたもので,本件発言を無視して,控訴人に損害拡大の責任があるとすべきではない。

オ 控訴人は,医師の指示に従って,身体的リハビリに努め,大学院に通学し,また,被控訴人会社らに病状を伝え,労災給付申請を行うなどして治療に専念できる環境を整えて,治療を継続している。さらに,症状に合わせて治療内容を変更し,新たな治療方法であるEMDR等も試している。また,鑑定書を主治医に見せて,その判断を仰ぎ,セカンドオピニオンを利用する等して,適切な治療を受けており,損害を拡大する行為はしていない。仮に,控訴人の対応におかしな点があったとしても,それは疾病によるものであるから,これが損害の拡大に寄与していると評価すべきではない。

カ なお,妄想性障害が極めて希な病気であることは素因減額等の理由にはならない。

(4)  被控訴人Y1の責任について

本件事件における被控訴人Y1の暴行がなければ,控訴人がPTSDあるいは妄想性障害に罹患することはなかったし,被控訴人Y1は本件事件後執拗に電話をかけ,被控訴人会社らの労災隠し等に助力しているのであるから,共同不法行為責任を免れることはない。なお,被控訴人Y1が刑罰を受けていることは慰謝料の減額事由にはならない。

(5)  損害額について

ア 通院交通費

(ア) 名古屋市立a病院

控訴人の平成10年11月19日から平成18年10月17日までの間の名古屋市立a病院への通院日数は223日,往復の交通費は860円(市バス・片道200円,地下鉄・片道230円)であるから,上記期間の通院交通費は10万5780円(〔200円+230円〕×2×〔223日-原審で既に請求した日数100日〕)を追加して請求する。

平成10年11月19日から平成18年10月17日までの間の薬局への往復の交通費は400円(市バス・片道200円)であるから,上記期間の交通費は8万9200円(200円×2×223日)である。

控訴人は,現在もなお名古屋市立a病院に月2回通院しており,平成18年10月18日から治癒が見込まれるとする平成20年12月31日までの間の実際あるいは予想される名古屋市立a病院への通院日数は58日,名古屋市立a病院及び薬局への往復の交通費は上記と同様であるから,上記期間の通院交通費7万3080円(〔200円+230円+200円〕×2×58日)を追加して請求する。

以上の合計は26万8060円である。

(イ) 控訴人は,実際にはタクシーを利用しているが,公共交通機関を利用して通院した場合の名古屋d病院への往復の交通費は920円(市バス・片道200円,地下鉄片道260円),名古屋市立b病院への往復の交通費は400円(市バス・片道200円),e病院への往復の交通費は860円(市バス・片道200円,地下鉄・片道230円)である。

(ウ) 転院交通費

被控訴人FRは,控訴人に対し,c病院から名古屋の実家に行くための交通費を負担すると約束したのであり,これも本件事件と相当因果関係にある損害である。

控訴人,その母及び知人が,千葉市○○区にあるc病院から名古屋市内にある控訴人の実家に行くための交通費は,次のとおり3万8860円であった。

c病院からJR蘇我駅まで タクシー代 2410円

JR蘇我駅からJR東京駅まで 740円

JR東京駅からJR名古屋駅まで新幹線で 1万0980円

JR名古屋駅から控訴人の実家まで地下鉄230円,市バス200円

2410円+(740円+10,980円+230円+200円)×3人=38,860円

イ 文書料

控訴人は,本件不法行為に関して,被控訴人FR提出用,裁判所提出用,税金の減免申請用,障害者手帳申請用,障害年金申請用,育英会猶予申請用として診断書を取得し,その費用として合計7万4500円を支払っており,その内1万0880円について被控訴人FRから支払を受け,内2万1240円を原審で請求したので,控訴審で残金4万2380円を追加して請求する。

ウ 治療費

控訴人は,被控訴人らに対し,次のとおり治療費等を請求する。

平成10年11月19日の治療費

名古屋市立a病院 5150円

名古屋d病院 2万1514円

平成11年6月12日の治療費

e病院 5590円

同年7月15日の治療費

名古屋市立a病院 1580円

平成12年8月9日の処方箋の再発行費

名古屋市立a病院 850円

エ 入通院慰謝料

控訴人は,本件事件の結果,PTSDに罹患し,長期間にわたって通院を余儀なくされ,本件事件から控訴提起時の平成18年10月17日までに,入院期間2日間,通院実日数297日(名古屋市立a病院223日,名古屋市立b病院69日,名古屋d病院4日,e病院1日。なお,平成10年11月19日は2つの病院に通院した。),修正通院期間1040日(修正通院期間=通院実日数×標準通院率3.5),修正総治療期間1042日(入院日数+修正通院期間)の入通院による慰謝料は,少なくとも350万円を下回ることはない。内200万円を原審で請求したので,控訴審で残金150万円を追加して請求する。

オ 慰謝料(不法行為等)

控訴人は,①被控訴人Y1による本件事件により傷害等を負い,精神的身体的苦痛を受け,②被控訴人FRのCによる本件発言により症状が悪化して精神的苦痛を受け,③被控訴人会社らの本件事件に係る労災隠し,刑事告訴の断念要求などにより加重負担が生じ,症状が悪化して精神的苦痛を受け,④被控訴人会社らの本件事件に関する各種行為により金銭的損害及び精神的苦痛を受けた。控訴人は,被控訴人らの以上の一連の行為により,精神疾患を発症し,自然治癒を妨げられ,症状が悪化する等の精神的苦痛を受けた。この様な控訴人の被った不法行為等による精神的苦痛は察するに余りある多大なものであり,その慰謝料として少なくとも300万円を追加して請求する。

カ 損益相殺

控訴人の休業損害は632万1380円であるところ,平成14年3月31日の症状固定後は後遺障害として損益相殺の対象とならず,素因減額は失当であるから,控訴人の損害のうち,休業損害全額を対象として,労災保険法の支給金が控除されるべきである。

キ 弁護士費用

控訴人は,被控訴人らの不法行為により,本訴の提起を弁護士に委任せざるを得なかった。その弁護士費用は,1,2審を通じて550万円を下ることはない。内500万円を原審で請求したので,控訴審で残金50円を追加して請求する。

4  当審において被控訴人会社らが追加又は敷衍した主張

(1)  違法行為・労災隠し等について

ア 被控訴人FRは,控訴人から,平成10年11月17日,18日及び20日に労災保険給付申請の事業主の証明や助力をすることなどの依頼を受けたことも,これに関する話を聞いたこともなく,労災隠しを意図したことはない。控訴人は,被控訴人FRに何ら相談することなく同年12月上旬ころには療養給付申請をしているが,千葉労働基準監督署から療養給付支給請求書に事業主の証明のないことの不備を指摘され,これを被控訴人FRに連絡してきたため,被控訴人FRにおいて,遅滞なく事業主の証明をした療養給付支給請求書を作成し,理由書も付して,控訴人に交付している。

イ 被控訴人FRは,控訴人から,自ら休業補償給付申請をすると聞いたことはない。また,被控訴人FRが,休業補償給付支給請求書の「療養のため労働できなかった期間」の始期を平成12年1月1日と記載したのは,被控訴人FRが控訴人に対し平成11年12月末日までの給与を支払っていたからであり,給与が支給されなかった場合にその補償をするとの休業補償給付支給制度の目的に照らし適正な処理である。

(2)  違法行為・嫌がらせ等について

ア 被控訴人FRは,給与の支給を継続し,労災保険法による休業補償支給申請のための休業期間の継続証明をし,給与以外の福利厚生を継続し,適切な人事管理を行うためには,控訴人の病状を客観的に把握する必要があった。

そこで,被控訴人FRは,控訴人に対し,平成11年1月9日以降,繰り返し,控訴人の病状や治療状況を確認するためとの理由を示して,毎月1回診断書を提出することを求めたが,控訴人は1か月以上も経過した同年2月5日に「頭部外傷Ⅱ型後」との診断書を,その後4か月も経過した同年5月25日に「神経症」との診断書を,その後1か月が経過した同年6月14日以降に「外傷後ストレス障害(神経症)」との診断書を提出したに過ぎなかった。上記診断書の記載内容からは,本件事件と病状との因果関係や発症経緯は不明であり,控訴人からも説明がなく,被控訴人FRは外傷以外の控訴人の精神的疾患について的確に認識することができなかった。その後も,控訴人から診断書の提出はなかった。また,被控訴人FRは,控訴人に対し,名古屋市立b病院において医療調査を行うための同意書の提出を求めたが,同意書が提出されたのは,同病院精神科が閉鎖された後の平成12年5月17日であり,さらに,控訴人が当時受診していた名古屋市立a病院において医療調査を行うための同意書の提出を求めたが,同意書の提出はなかった。

このように,被控訴人FRが繰り返し,診断書や同意書の提出を求めたことには合理的理由がある。また,以上の経緯から,被控訴人FRは,控訴人の病状をほとんど把握することができない状況にあった。

イ 上記アの経緯から,被控訴人FRは,控訴人の病状を十分把握しておらず,長期休職者と定期的に連絡を取り,その現況や病状,会社への復帰の意思などを確認するため面談を求めたのは当然のことであり,何ら不法行為を構成するものではない。

ウ 被控訴人FRが,控訴人に対し,平成11年6月10日付書面を送付したのは,上記アのとおり的確な記載のある診断書が提出されないため,休業の正当性を確認できなかったからであり,正当性が認められない場合には労災による療養のための休業期間とはいえず,解雇もあり得ることを伝えたに過ぎない。なお,この時,実際に解雇はしておらず,給与の支給も継続したのであるから,事実上の解雇通告もない。千葉の社宅からの退去を求めたのは,控訴人が千葉の社宅を使用しておらず,同月8日付で控訴人が名古屋に社宅を提供することを求めてきたためであり,実際に,控訴人は同年7月中旬ころ,名古屋の社宅に転居している。

エ 被控訴人FRが,控訴人に対し,弁護士の受任通知後に電話連絡をしたのは,控訴人から依頼のあった各種書類について取り急ぎ説明すべきと考えたためで,何ら問題となることではない。

オ 被控訴人らが,私立探偵に依頼して控訴人の行動調査を行うなどしたことは,訴訟活動として許容される範囲のものである。

(3)  PTSDについて

鑑定の結果によれば,控訴人は妄想性障害に罹患している。鑑定の結果は,控訴人が①過去の個別の事例についての不安ではなく,今後,被控訴人らが自分に危害を加えることを確信しているというものであること,②将来の発生不確実な不安と,同じ暴行が必ず再発する,あるいは,加害者が再度暴行を行おうとしていると確信することとの間には,精神医学的に見て大きな隔たりがあること,③控訴人の被害妄想は不安の表現としてのみ理解可能であり,客観的事実としてこれほどの長期間にわたって危害を確信することを支持するような体験があったとは思われないこと等を理由とするものであることからすれば,十分信頼に足りるものである。鑑定の結果によれば,診療録に記載されている控訴人の症状は抽象的であり,当初は本件事件に関するフラッシュバックや回避症状は生じていないこと,想起は現実感を伴うものではなく,就労不能でありながら服薬程度で本件事件を想起させる場所に赴くことが可能であったこと,控訴人のPTSD様の症状は自然に緩解することなく,次第に現実味を帯びたフラッシュバックに移行したものであること等から,控訴人はPTSDではないと判断されている。

本件事件の暴行は,その態様からして,身体生命に対する強い恐怖心を与えるものではなく,控訴人は,本件事件においては挑発的言動をし,その後の被控訴人Y1の謝罪に対して冷ややかな対応をするなどしており,本件事件に関して恐怖心が生じたとは認められない。本件事件がDSM―Ⅳ基準の「強烈な恐怖体験」に該当しないことは明らかである。また,本件事件が「強烈な恐怖体験」に該当しないことは,本件事件からわずか2週間ほど後の平成10年12月1日には千葉○○警察署に被害届を提出し,同月4日にはユニクロf店で実況見分に立ち会って,冷静かつ具体的に指示説明をしていることからも認められる。

複数の医師が控訴人をPTSDに罹患していると診断している。しかし,控訴人の診療録の記載からしても,PTSDのDSM―Ⅳ基準の再体験症状,持続的回避と反応性等があると判断することはできない。また,上記医師らは,本件事件の経緯や本件事件後の控訴人の行動等を正確には把握しないまま診断していることからも,信用性に乏しい。すなわち,同年12月1日の初診以来病態や病症に変化が認められないにもかかわらず,L医師は,平成11年6月14日に,本件事件の具体的状況やDSM―Ⅳ基準の該当性に関する判断について何らの根拠を記載することなく,杜撰かつ安易にPTSDとの診断をしている。特に,控訴人のPTSDにおける恐怖体験は本件暴行であったはずであるのに,診療録には「ユニクロの夢を見る」と記載され,控訴人の関心対象が本件暴行ではなく,「ユニクロ」に向けられていることが読みとれ,本件事件について再現されているような現実感を伴う再体験症状を呈しているとうかがわせる記載は一切無く,この点からも控訴人がPTSDに罹患したということは理解しがたいものである。L医師の後任であるO医師やN医師のPTSDとの診断も,L医師の診断に追随しているだけである。

(4)  損害額については,否認ないし争う。

控訴人は,本件事件により身体的障害を被ったわけではなく,肉体的作業や頭脳労働に何らの支障もない。また,控訴人はユニクロに関連したものを見るとフラッシュバックを起こすとしているが,控訴人は本件のために裁判所に出頭し,ユニクロ店舗をたびたび訪れても,フラッシュバックを起こしたことはないし,仮にフラッシュバックが起こるのであれば,日常生活においてユニクロ関連のものを見る環境を排除,回避すればよいのであるから,就労可能である。

本件においては,控訴人の就労不能は何ら証明がされていないというべきである。L医師の就労不能との診断は,誤診に基づくものであるから,就労不能との証明にはならない。

(5)  過失相殺

控訴人は,妄想性障害であり,適切な治療をすれば快癒する可能性が十分ある。ところが,控訴人は適切な治療を一切受けておらず,このため控訴人の症状はまったく改善されていない。このことは,PTSDとの診断に固執して治療を継続してきた控訴人の主治医らの責任であるとともに,主治医らに本件事件の正確な状況等を伝えず,また,妄想性障害との指摘を受けながらこれに関する積極的な治療を受けてこなかった控訴人の責任でもある。このような経過に照らし,かつ,既に本件事件から長期間が経過していることに鑑み,控訴人が請求する損害については,公平の見地から民法722条の類推適用により相当程度減額するのが相当である。

(6)  素因減額について

本件事件と控訴人の妄想性障害との間に相当因果関係があるとしても,以下の理由により,素因減額を8割とすべきである。

本件事件による外傷は4週間程度の治療により治癒する程度のものであり,控訴人の障害は本件事件により通常生じる程度や範囲を超えていることは明らかであり,休業損害及び慰謝料の大部分は控訴人の心因的要素が寄与した拡大損害である。妄想性障害は極めて希な病気であり,控訴人の特殊な性格傾向がなければ本件事件によって発症することはなかったこと,控訴人は妄想性障害に対する適切な治療を受けていないため治癒していないことから,上記割合での減額が相当である。被控訴人FRには労災隠し等の嫌がらせ行為はないこと,被控訴人会社らは,控訴人の治癒を期待して本件事件後も長期間に渡って雇用関係を継続していること,治療自体には一切干渉していないこと,被控訴人FRの指導・教育によって控訴人の病前性格が形成されたわけでもないことからすれば,控訴人の妄想性障害が慢性化したことについて被控訴人会社らに何らの責任もない。

なお,本件は,業務ではない一過性の加害行為である本件事件により精神的疾患を生じた事案であり,業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求について素因減額を否定した事案や特段の事情のない限り身体的特徴を損害賠償の額を定めるに当たり考慮することはできないとした事案とは,性質が全く異なるから,本件においては大幅な素因減額が認められるべきである。

(7)  損害の補填

控訴人は,平成18年2月23日から平成19年9月13日までの間,本件事件による休業補償給付金として262万7000円を受領しており,これが控訴人の損害に補填されるべきである。また,控訴人は,同月14日以降についても,本件事件による休業補償・療養補償給付金として日額4625円(7709円×60%)の割合による給付金を受領しうる。したがって,控訴人に受給済みの1301万0125円を超える休業損害が認められるときには,この将来受給できる給付金相当額が控除されるべきである。

5  当審において被控訴人Y1が追加又は敷衍した主張

(1)  違法行為について

労災隠し等に関する主張は,控訴人の妄想からくる主張・評価に過ぎない。本件発言は,話合い全体からすれば,社会的相当性を有する。また,労災隠し等は,被控訴人Y1とは何らの関わりもなく,共同不法行為とはいえない。

(2)  後遺障害について

控訴人に後遺症としてPTSDが存在することは否認する。本件事件の暴行は,その態様からして,身体生命に対する強い恐怖心を与えるようなものではなく,控訴人は,本件事件においては挑発的言動をし,その後の被控訴人Y1の謝罪に対して冷ややかな対応をするなどしており,本件事件に関して恐怖心が生じたとは認められない。

鑑定の結果によってもPTSDは否定され,控訴人には,その精神的特異性からくる妄想性障害の可能性が認められるに止まる上,控訴人は自己主張が強い性格であるため,本件事件後の経過がその意のままにならないことに対して強い不満を持ち,被控訴人FRとの話合いの経過で被害妄想を拡大させてしまったに過ぎず,本件事件と控訴人の妄想性障害との間に相当因果関係はない。

(3)  損害額について

損害については,否認ないし争う。

本件事件によって控訴人が被った傷害の程度は,最長でも全治4週間であり,控訴人の損害の内未払のものは慰謝料であるが,被控訴人Y1は刑事処罰を受けているのであるから,控訴人の精神的苦痛は十分慰謝されたと評価されるべきである。

(4)  損害の補填

損害の補填については,被控訴人会社らの主張を援用する。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は,控訴人の請求は,被控訴人らに対し,各自230万1876円及びこれに対する平成10年11月17日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がないと判断する。その理由は,原判決「理由」中の「1」ないし「7」記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決27頁4行目の「こと」の次に「被控訴人UCは,平成17年11月1日に被椌訴人FRから分割され,その権利義務を承継したこと」を加える。

(2)  同頁8行目の「38,」の次に「40,44,45,49,50,55ないし70,73,75ないし83,」を,同頁9行目の「25,」の次に「36の1~3,37,」をそれぞれ加える。

(3)  同頁17行目の「被告Y1」の次に「(昭和○年○月○日生)」を加える。

(4)  同頁20行目の冒頭から同頁21行目の末尾までを削る。

(5)  同頁24行目の「関する」の次に「店長としての監督責任を含めた」を加える。

(6)  同28頁11行目の「原告が,」から同行「ところ,」までを「一旦,暴行を中止した被控訴人Y1が,中央のテーブルの前に戻ると,控訴人は被控訴人Y1に近づき「店長,謝ってください。」と謝罪を求めた。」と改める。

(7)  同30頁7行目の「異常は見られなかった」を「椎間板の突出とそれによる硬膜管の圧迫が見られたにとどまった(なお。上記異常と本件事件との因果関係はない。)」と改める。

(8)  同頁11行目の「右」を「左」と改める。

(9)  同頁22行目の「12」の次に「,18の3・4」を加える。

(10)  同31頁1行目の末尾の次に「なお,同請求書は,c病院,千葉労働基準局を経て平成10年12月15日に千葉労働基準監督署で受け付けられ,同月22日に入力されている(<証拠省略>)。」を加える。

(11)  同頁3行目の「は,」の後に「その支給のため,」を加える。

(12)  同頁9行目の「3月」を「2月」と,「4月」を「5月」とそれぞれ改める。

(13)  同32頁15行目末尾の次に「なお,被控訴人FRの就業規則では,長期欠勤期間は6カ月,その間給与は全額支給,休職期間は6カ月,その間給与は3分の1支給となっていた(<証拠省略>)。」を加える。

(14)  同35頁3行目の「同年」を「平成11年」と改める。

(15)  同頁12行目の冒頭に「労災保険法の休業補償の継続認定をし,給与以外の福利厚生を継続するためには,控訴人の病状を客観的に把握する必要があるとして,」を加える。

(16)  同頁22行目の「そこで」から同頁25行目の末尾までを「Cは,控訴人に対し,平成13年4月及び5月に,電話で,長期休職者の現状を把握できないまま雇用を継続することは困難であるから,具体的な要望があれば要望書や診断書を提出することを求めた。その際,控訴人から「労働できなかった期間」の始期を本件事件発生日に遡らせることを求めたが,Cは,同年5月5日,休業補償給付は会社から給料が支給されていないことを前提とした制度であるからそのような扱いはできないと回答した。」と改める。

(17)  同36頁6行目の「,被告」から同頁7行目の「た」までを「ていた」と改める。

(18)  同頁7行目の末尾の次に,行を改めて,次のとおり加える。

「 控訴人は,同年5月24日,名古屋市立a病院精神科のN医師の「PTSD フラッシュバック,少しのストレスでじんま疹などの皮膚症状,頭痛,微熱などが続いている。寛解までの期間は今のところ不明である。」との記載のある診断書の交付を受け,そのころ被控訴人FRに送付した。」

(19)  同頁8行目の「再度,」を「通院中の」と改める。

(20)  同38頁1行目の末尾の次に「これについて,控訴人が注意したところ,Cは謝罪した。さらに,両者は話を続け,結局,CはEメールによる報告書を郵送することを約束し,後日,実際に約束を履行している。(<証拠省略>,弁論の全趣旨)」を加える。

(21)  同頁12行目の末尾の次に,行を改めて次のとおり加える。

「 控訴人代理人H弁護士は,被控訴人FRに対し,平成13年10月2日,受任通知を送付し,その中で,今後の連絡は控訴人に直接することなく上記代理人にするよう連絡した(<証拠省略>)。しかし,被控訴人FRの従業員Pは,控訴人に対し,平成14年4月15日ころ,健康保険被扶養者異動届,児童手当の手続等に関する事務連絡のため,直接電話をしたが,控訴人は電話に出なかった(<証拠省略>)。控訴人は,被控訴人FRに対し,自ら,同月30日ころ,休業補償給付支給請求書の送付依頼と,給与の振込先の変更に関する質問をした(<証拠省略>)。」

(22)  同頁23行目の「3級」の次に「(労働が著しい制限を受けるか又は労働に著しい制限を加えることを必要とする程度の障害を有するもの)」と,同行の末尾の次に「控訴人は,平成18年10月,障害等級1級(日常生活の用を弁ずることを不能ならしめる程度のもの。常時介護の必要有。)の認定を受けている(<証拠省略>)。」を加える。

(23)  同39頁10行目の「首」から同頁11行目の「傷害」までを「締首による外傷」と改める。

(24)  同頁13行目の「本件事件」から同頁14行目の「こと」までを「頭部に対する暴行があった場合に意識喪失の有無は医療上重要な事柄であるから,医師において,暴行の場面のみならず,診察に至るまでの間の意識喪失の有無を確認することが一般的であるところ,本件事件直後に受診したc病院のカルテの「看護既往歴」の「入院までの経過」欄には「受傷后,意識喪失はなかった」と明記されていること」と改める。

(25)  同40頁9行目の末尾の次に「このことは,本件事件の翌日にBがc病院の医師から,控訴人は特に問題はなく退院できる,数日間の安静を要する状態にあると伝えられていたにすぎず(<証拠省略>),長期の療養の必要性を認識していたとは考えられないこと,Bが,G部長に宛てたメールや被控訴人FRの顧問弁護士がGに宛てたメールからすれば,控訴人が被控訴人Y1を本件事件について刑事告訴すると述べていることを前提に対処を検討しているが,労災保険給付申請については全く言及されていないことからも裏付けられる(<証拠省略>)。また,控訴人は,本件事件当日,Fに労災保険給付申請の話をし,翌日拒否されたとも主張するが,そのような主張は平成19年6月になって初めてされたものであること,また,Fが,本件事件の当日,被控訴人FRのG部長に宛てたメールには,刑事告訴の話は出ているが労災保険給付申請の話は出ていないこと(<証拠省略>)からすれば,控訴人の主張は理由がない。さらに,控訴人は,F及びBに対し,平成10年11月20日ころ,労災保険給付申請をすることを求めて拒否された旨主張するが,その様な主張も平成19年6月に至って初めてされたものであり。被控訴人会社らはこれを否定している上,上記申入れと拒否を認めるに足りる証拠はない。なお,治療費の負担や休業期間中の給与の支給の話が出ていることと,控訴人と被控訴人FRの間での労災保険申請の話が出ていることを同列に扱うことはできない。また,平成10年11月当時,控訴人が,療養補償給付申請のみならず,休業給付申請を希望していたのであれば,療養補償給付申請と同時期に自ら申請しているはずであるが,そのような事実は窺えないこと,同年12月2日及び同月10日には被害届や現場検証のためわざわざ千葉市まで赴いているのに被控訴人FRと労災保険申請について交渉した様子も窺えないことからすると,控訴人が,当時,休業補償給付申請の希望を有していたとは認められない。」を加える。

(26)  同頁10行目の冒頭から同頁22行目末尾までを,次のとおり改める。

「 また,控訴人は,被控訴人会社FRが労災保険給付申請を妨害・遅延させた旨主張する。確かに,労働安全衛生法100条,労働安全衛生規則97条により,事業主は労働基準監督署に対し遅滞なく死傷病報告書を提出することが義務付けられており,また,被控訴人FRの店舗運営マニュアルでは,労働災害の発生を把握した店長は被災者に労働災害申請書を交付して記入を求めるなどした上,人事課に送付し,業務委託先の社会保険労務士の指示に従うことになっており,被控訴人FRが死傷者である従業員等の労災保険申請の代行・助力をすることが想定されている(<証拠省略>)。ところが,本件事件に関して,療養補償給付申請がされたのは平成10年12月11日であり,休業補償給付申請がされたのは平成13年8月6日であり,これらに助力等をしても,被控訴人FRの上記対応は,速やかなものとは言いがたい。

しかし,控訴人が,被控訴人FRに対し,療養補償給付申請について,本件事件直後から事業主の証明や助力を求めたと認めるに足りる的確な証拠はない。かえって,被控訴人FRは,千葉労働基準監督署からの指摘を受けて連絡してきた控訴人の求めに応じて,平成11年1月8日ころには事業主の証明をした療養補償給付支給申請書及び理由書を作成し,それらは同月21日には千葉労働基準監督署に届けられているので(<証拠省略>),療養補償給付申請を妨げる意図があったとまでは認められない。

休業補償給付申請が遅れたのは,前記2のとおり,平成11年中は被控訴人FRが給与を支給しており,その必要がなかったためである。平成12年以降は,被控訴人FRは事業主の証明をし休業補償給付申請の助力をしようとしたが(<証拠省略>),控訴人と被控訴人FRとの間には意思疎通に欠けるところがあったこと,控訴人が自ら申請するつもりで対処しようとしたこと,被控訴人FRが「療養のため労働できなかった期間」の始期を平成12年1月1日としたことに控訴人が不信感を募らせ,それ以上手続を進めようとしなかったことによるものであり,被控訴人FRにおいて休業補償給付の申請を妨げる意図があったとは認められない。なお,被控訴人FRの死傷病報告書の提出が遅れてはいるが,千葉労働基準監督署が本件事件について把握していることを被控訴人FRも平成11年1月ころには知っていたことからすると,被控訴人FRにおいて意図的に報告書の提出を遅らせる理由を見いだすことはできず,上記提出の遅れが労災隠しを裏付けるものとはいえない。

この点,控訴人は,平成11年1月12日ころ休業補償給付の申請をしようとしたが,被控訴人FRが給与を振り込んだためできなかった旨主張する。確かに,同給付にかかる同日付申請書(<証拠省略>)には被控訴人FRの事業主の証明がないが,ほぼ同時期に,被控訴人FRは療養補償給付申請については事業主の証明をしていること,控訴人は労働基準監督署から二重受給となるとの指摘を受けて申請を断念せざるを得なかったのであり,被控訴人FRに対し休業補償給付申請の事業主の証明や助力を求める前に申請を断念したと推認されること,また,控訴人は同月25日付診断書を提出して給与が支給されるように手続を進めていること,被控訴人FRにおいて,控訴人が拒否しているのに給与を振り込む合理的理由はなく,控訴人において給与の振込みを拒否した様子も窺えないことからすると,控訴人の上記主張は理由がない。

控訴人は,被控訴人FRが療養補償給付にかかる薬局の変更について事業主の証明や助力をしなかった旨主張する。しかし,控訴人の名古屋市立a病院への転院に伴い,療養補償給付にかかる薬局の変更をすべき事情が生じた可能性もあるが,被控訴人FRが薬局の変更についてだけ労災保険法上の事業主の証明や助力をしない合理的理由はないこと,控訴人が被控訴人FRに対し薬局の変更についての労災保険法上の事業主の証明や申請の助力を求めたと認めるに足りる的確な証拠はないことからすれば,控訴人の上記主張は理由がない。

控訴人は,被控訴人FRが,控訴人に対し,繰り返し診断書の提出を求め,面談を求めるなどしているのは違法である旨主張する。しかし,被控訴人FRが,診断書等を求めたのは,時期によって理由は異なるが,給与の支給を継続し,休業補償支給申請のための休業期間の継続認証等をし,給与以外の福利厚生を継続するため,さらには,控訴人との雇用関係を維持するか否かを検討するためには,控訴人の病状を客観的に把握する必要があったのに,控訴人が適時に診断書を送付せず,十分な説明もせず,同意書の提出も遅れるなどしたためであり,被控訴人FRの上記行動は雇主あるいは事業主として社会的に相当な行為といえる。また,Cや被控訴人FRの担当者が,控訴人に面談を求めるなどしたのは,長期休職者と定期的に連絡を取り,その現況や病状,会社への復帰の意思などを確認し,また,控訴人の病状が正確には把握できていなかったためであり(<証拠省略>),違法と評価すべきものではなく,上記控訴人の主張は理由がない。」

(27)  同41頁8行目末尾の次に,行を改めて,次のとおり加える。

「 また,控訴人は,被控訴人FRが,同日,控訴人に事実上の退職を求め,無断で退職手続をした旨主張する。そして,証拠(<証拠省略>)によれば,同日,控訴人にかかる市民税及び県民税について,徴収方法が特別徴収(事業主が納税義務者の給与から天引きして納付する方法)から普通徴収(納税義務者が自ら納付する方法)に変更されていることが認められる。しかし,上記変更手続を誰がしたかは明らかではない上,変更(異動)事由は「退職等」であって,退職,転勤,休職等も含まれること,E作成の平成11年6月10日付の書面の記載内容は,「退社したものと見なさざるを得ず」との記載もあるものの,「やむなく懲戒に至る場合」もある旨記載されている点では,同年4月22日付,同年5月19日付と同内容であり(<証拠省略>),その趣旨は診断書の提出を促すものであること,実際にも控訴人と被控訴人FRとの雇用関係は継続し,給与の支給もされていたことからすれば,上記控訴人の主張は理由がない。

なお,控訴人は,診断書の文書料を被控訴人FRが負担する旨の合意があったのに,診断書を提出しても文書料の支払をしないため,診断書の提出を中止していた旨主張する。しかし,上記合意が成立したと認めるに足りる的確な証拠はなく,また,文書料の負担の問題だけで,病状を適切に知らせないことが正当化されるわけでもない。

また,被控訴人FRが,弁護士の受任通知後も直接控訴人と連絡をとろうとしたことについては,前記2のとおり,控訴人からの連絡等に応じて事務連絡をしたにすぎず,上記通知後も控訴人自ら被控訴人FRに直接連絡したこともある状況に照らし,違法な行為とはいえない。

私立探偵を使って控訴人の行動調査をしたり,控訴人の元同僚である被控訴人FR従業員に陳述書を作成させ,証拠として提出したことについては,控訴人の病状が理解困難なものであり,被控訴人会社らが控訴人の病状に疑念を抱かざるを得ない状況にあったことからすれば,訴訟行為として是認される範囲内の行為といえる。

さらに,控訴人は,被控訴人会社らが鑑定の結果で示された「安心の保証」を与えようとしないことも被控訴人会社らの嫌がらせである旨主張するが,控訴人自身何が「安心の保証」となるのか具体的に明らかにしておらず,主張自体失当というべきである。」を加える。

(28)  同49頁19行目の「被告」から同頁20行目の「すれば,」までを削る。

(29)  同50頁25行目の「妄想性障害に」の次に「遅くとも平成11年2月半ばころ」を加える。

(30)  同51頁12行目の末尾の次に「なお,Cは,本件発言当時には,控訴人がPTSDと診断されており,医師に被控訴人FRの関係者との面談や会話を控えるよう告知されていることを知っていたことからすれば,本件発言が控訴人の症状を悪化させることを予見すべきであった。」を加える。

(31)  同52頁13行目末尾の次に,行を改めて,次のとおり加える。

「(3) 控訴人は,主治医等のPTSDとの診断結果と妄想性障害との鑑定の結果が異なることなどから,鑑定の結果に疑問を呈している。しかし,DSM―Ⅳの外傷的出来事の基準A①及び基準A②に該当するとしても,控訴人の症状は,妄想性障害の増悪とともに出現し,次第に現実味を帯びたフラッシュバックに移行したものであり,また,控訴人の被害感情は,「被控訴人Y1による暴行被害と同じような怖いことが起きるのではないかという予期不安や,暴行がまた繰り返されているかのように感じるというPTSDにおけるフラッシュバックとは異なり,被控訴人らが現在若しくは将来において,控訴人に危害を加えようとする意図を持ち,継続的に監視をし,迫害をしているというものである。つまり過去の個別の事例についての不安ではなく,個別の事例の背後に持続的な加害的意思を想定し,その意思の下に,今後被控訴人らが自分に危害を加えることを確信している。」というものであり,心因性の被害妄想と判断されるものであることなどからすれば,控訴人がPTSDに罹患しているとはいえない。そして,控訴人は,本件事件に際しても被控訴人Y1の不正を服務規律に従って指摘し,暴行に遭っても反撃することなく謝罪を求めるなど努めて論理的に対応しているなど,不正を見過ごすことができず,正義感が強いとの妄想性障害の素因となり得る性格傾向を有し,本件事件及びその後の刑事告発,労災保険給付申請等を巡っての交渉経過から被控訴人FRへの不信感を募らせた結果,上記妄想を強化させてきたものであり,上記事実はDSM―Ⅳ及びICD―10のいずれの妄想性障害の判断基準にも合致しており,控訴人は妄想性障害に罹患したといえる。

また,控訴人は,鑑定後,約1年が経過し,鑑定の結果も踏まえた治療がされているにもかかわらず,症状の改善はなく,むしろ精神障害者障害等級はより重い等級となっていることからすると,鑑定後2年間の治療で病前の労働能力の回復が見込まれるとするのは誤りであり,長期間にわたる治療にもかかわらず,症状の改善がなく,もはや回復の見込みはないというべきである旨主張する。確かに,証拠(<証拠省略>)及び弁論の全趣旨によれば,控訴人の症状に改善は認められず,主治医に鑑定の結果を示した上で,PTSDと妄想性障害への治療には共通するところが多いとの前提で治療を受けている様子が窺われる。しかし,控訴人が受けている治療の具体的内容は明らかではなく,むしろ控訴人が本件訴訟においてPTSDとの主張を続けていることからすれば,治療方法に大きな変更はなく,鑑定の結果で指摘された「妄想に対する集中的治療」がされていない可能性もある。また,鑑定の結果によれば,「安心の保証」が必要であるとされているが,訴訟が継続している限り控訴人と被控訴人らとの対立緊張関係は継続しているため,控訴人が「安心の保証」を得られたとの心境に至ることは困難である。したがって,今後,本件訴訟が終了するなど控訴人の状況に変化が生じ,適切な治療がされれば,控訴人の回復の見込みがないとはいえない。なお,1,2審を通じて,被控訴人らによって和解に向けての具体的提案がされ,速やかに本件訴訟を終了させ,「安心の保証」をすべく努力がされてきたところである。

さらに,控訴人は,平成19年10月以降,症状をPTSDと妄想性障害とする診断書2通(<証拠省略>)を提出する。上記診断書は,控訴人の現在の主治医によって作成されたもので,現在の控訴人の症状を的確に把握したものと認められる。しかし,診断書は,その性質上,主として治療目的のために作成されるものであり,損害賠償責任や損害額を明らかにするために作成されたものではない上,鑑定の結果においても,現在の控訴人の症状がPTSDの症状との類似性を有することは否定されていないのであるから,上記診断がされていることは,直ちに,上記妄想性障害との判断に影響を及ぼすものではない。」

(32)  同53頁1行目の「11万8000円」を「25万4689円」と改める。

(33)  同頁4行目(27頁右段7行目)の「当時,」の次に「被控訴人FRから控訴人の母に対して,控訴人が本件事件に遭い,入院しているなどとの連絡があったからといって,医師から付添いが必要であるとの指示があったわけでもないので,」を加える。

(34)  同頁9行目冒頭から同頁末行の末尾までを,次のとおり改める。

「ウ 通院交通費 17万4245円

証拠(<証拠省略>)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

控訴人の平成10年11月19日から平成18年10月17日までの間の名古屋市立a病院への通院日数は117日(同一日に異なる診療科を受診等している場合を除いた。),往復の交通費は860円(市バス・片道200円,地下鉄・片道230円)である。控訴人は,その後も引き続き名古屋市立a病院に月2回程度通院していることからすると,平成18年10月18日から治癒が見込まれる平成20年12月31日までの間の実際あるいは予想される通院交通費は14万6935円となる。

(計算式)

860円×(117+5+26)回+860円×24回×1年のライプニッツ係数

(現価表)0.9523=146935円

控訴人は,平成10年11月19日から平成18年10月17日までの間の名古屋市立b病院付近の薬局への往復の交通費は400円(市バス・片道200円)である,処方箋を再発行してもらった費用として850円を要したと主張するが,交通費のかからない名古屋市立a病院付近の薬局にしなかった理由は明らかではなく,薬局を変更しなかったことは,損失を小さく収める合理的対処とはいえないから,そのために要した交通費等は本件不法行為による損害とはいえない。

公共交通機関を利用して通院した場合の名古屋d病院への往復の交通費は920円(市バス・片道200円,地下鉄・片道260円),名古屋市立b病院への往復の交通費は400円(市バス・片道200円),e病院への片道の交通費は430円(市バス・片道200円,地下鉄・片道230円)であり,通院日数は,名古屋d病院が4日,名古屋市立b病院が58日(同一日に異なる診療科を受診等している場合を除いた。),e病院が1日(片道のみ)であるから,通院交通費は2万7310円(920円×4日+400円×58日+430円)となる。

以上の合計は17万4245円となる。

なお,控訴人は,名古屋d病院,名古屋市立b病院及びe病院へのタクシー代金を請求するが,これを認めるに足りる証拠はない。

エ 文書料 1万7300円

証拠(<証拠省略>)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

控訴人は,本件事件に関して,①平成13年6月5日までに被控訴人FRに対し8通の診断書を提出し,その文書料として1万0880円を要し,後に被控訴人FRから支払を受けたこと,②平成12年5月24日に2通の診断書を提出し,その文書料として2720円を支払ったこと,③本件訴訟で書証として4通の診断書を提出し,その文書料は少なくとも6180円であること,④障害者手帳申請用に4通の診断書を提出し,その文書料は8400円であることが認められ,以上の文書料の合計は2万8180円であり,これから1万0880円を差し引くと1万7300円となる。

控訴人は,上記以外にも多数の診断書を取得しているが,それらが被控訴人FRや障害年金申請のために公的機関に提出されたかは明らかではなく,捜査機関や奨学金の返還猶予申請のために取得した診断書の文書料が本件不法行為と相当因果関係のある損害とはいえないことから,控訴人に上記認定以外の文書料相当額の損害が発生したとは認められない。なお,控訴人は,診断書にかかる文書料については,これを被控訴人FRが負担する旨の合意があった旨主張するが,上記1万0880円を超えて負担する旨の合意があったと認めるに足りる的確な証拠はない。

オ 治療費 3万3834円

証拠(<証拠省略>)によれば,控訴人は,平成10年11月19日,名古屋市立a病院を受診して治療費5150円を,名古屋d病院を受診して治療費2万1514円をそれぞれ支払い,同年6月12日,e病院を受診して治療費5590円を支払い,同年7月15日,名古屋市立a病院を受診して治療費1580円を支払ったことが認められる。以上の治療費の合計は3万3834円である。なお,処方箋の再発行費については,前記のとおりである。

カ 転院交通費 2万6710円

証拠(<証拠省略>)及び弁論の全趣旨によれば,控訴人は平成10年11月18日,c病院を退院し,被控訴人FRからの知らせで同病院に駆けつけた控訴人の母とともに名古屋の実家に戻り,しばらく療養することになったこと,控訴人及びその母が,千葉市○○区にあるc病院から名古屋市内にある控訴人の実家に行くための交通費は,本件事件の翌日で控訴人の体調が不良であったことをも考慮すると,次のとおり2万6710円と認められる。なお,母の知人の交通費は,本件不法行為と相当因果関係にある損害とは認められない。

c病院からJR蘇我駅まで タクシー代 2410円

JR蘇我駅からJR東京駅まで 740円

JR東京駅からJR名古屋駅まで新幹線で 1万0980円

JR名古屋駅から控訴人の実家まで 地下鉄230円,市バス200円

2410円+(740円+10,980円+230円+200円)×2人=26,710円」

(35)  同54頁1行目の「1904万7636円」を「2521万2607円」と改める。

(36)  同頁8行目の「1904万7636円」から同頁16行目の末尾までを,次のとおり改める。

「2521万2607円となる。

(計算式)

7709円×(366日×2+365日×6)+7709円×366日×1年のライプニッツ係数(現価表)0.9523=25,212,607円」

(37)  同55頁11行目の「2416万5636円」を「3046万7296円」と,同頁12行目の「966万6254円」を「1218万6918円」と改める。

(38)  同頁12行目の末尾の次に,行を改めて,次のとおり加える。

「 この点,控訴人は,素因減額について,控訴人の病前の性格傾向とされるものは,本件事件後に発生した病後の性格傾向である,仮に控訴人に正義感が強いなどの病前の性格傾向があったとしても,それは社会適応を困難とするようなものではないから,素因減額の対象としたり,素因減額において大きく考慮されるべきではない旨主張する。しかし,本件事件の際の控訴人の対応からして,控訴人には本件事件前から不正を見逃すことが出来ず,正義感が強いなどの性格傾向があったといえる。また,控訴人の性格傾向は社会適応を困難とするようなものではなくとも,本件事件によって生じた中心性脊髄損傷だけであればリハビリを含めた治療期間は約6か月であり,1年半程度で症状固定となったのであるから(<証拠省略>),本件事件後の被控訴人らの対応に対する不満等の心理的要因によって,就労困難な状況が約9年間も継続していることが通常生じる損害であるとして,その責任をすべて被控訴人らが負担すべきであるとするのは公平を失している。

また,控訴人は,被控訴人FRのマニュアル教育の結果や控訴人の個性に応じた配慮を欠いた被控訴人会社らの対応が控訴人の症状の増悪に大きな影響を与えているなどと主張する。確かに,証拠(<証拠省略>)によれば,控訴人が被控訴人FRの経営理念やマニュアルに従った行動様式を修得していったことが認められる。しかし,例えば,被控訴人FRの教育指導に従うとしても,被控訴人Y1の仕事上の責任を問う方法は,従業員間で情報を共有するとの目的で作成される店舗運営日誌に,問題点の指摘だけでなく「処理しておきましたが,どういうことですか?反省してください。」との表記までする方法によるかについては選択の余地があったのであるから(<証拠省略>),控訴人の行動が被控訴人FRの教育指導の結果に直結しているとはいえないし,控訴人の個性に応じた配慮を欠いたと認めるに足りる証拠はない。

さらに,前記のとおりであって,本件発言などの本件事件後の被控訴人らの対応が控訴人の症状の増悪に影響を及ぼしたとはいえるが,本件発言以外の対応が違法であったとまではいえない。また,控訴人においても,①診断書等の病状についての客観的資料の提出を拒み,②医師から被控訴人FRと直接連絡することは治療上好ましくないとの助言を得ている旨口頭で伝えてはいるものの,自ら被控訴人FR担当者に電話を架け,長時間にわたり議論をしていることなど,一般的には控訴人に休業しなければならないほどの精神的疾患があると認識するのは困難な対応をしており(<証拠省略>,証人E,同C),このため被控訴人FRの担当者の繰り返しの連絡や面談要求等の行為を誘発した面があることは否定できない。そうすると,控訴人の症状すべてを被控訴人らの責任とすることは相当とはいえない。

控訴人は,その性格傾向等は社会生活に支障が生じるようなものではなく,心的要因として考慮されるべきではない旨主張する。しかし,控訴人の指摘する最高裁判所平成12年3月24日判決(民集54巻3号1155頁)は,被害者である労働者の業務の負担が過重であることを原因とし,労働者の性格傾向等及びこれに基づく業務遂行の態様が損害の発生又は拡大に寄与した事案についてのものである。本件は,控訴人の性格傾向が損害の発生・拡大に寄与した点では上記事案と共通するが,控訴人の業務の負担が加重であることなどの被控訴人らの継続的な行為を原因とするものではなく,本件事件及び本件発言という一回性の行為が原因となって発生・拡大したものであり,どの様な治療行為を受けるかは被害者の判断に委ねられていたのであるから,上記判決と本件とを同列に扱って,控訴人の性格傾向を心的要因として考慮すべきではないとはいえない。また,控訴人の指摘する最高裁判所平成8年10月29日判決(民集50巻9号2474頁)は,特段の事情のない限り被害者の身体的特徴を損害賠償の額を定めるに当たり考慮することはできないとした事案であって,心的要因が損害の拡大に影響している本件に当てはめることはできない。」

(39)  同頁21行目の末尾の次に「証拠(<証拠省略>)によれば,控訴人は,平成18年2月23日から平成19年9月13日までの間,労災保険法による休業補償給付金として合計262万7000円の支払を受けていることが認められる。以上の合計は1301万0125円となる。」を加える。

(40)  同頁24行目の「966万6254円」を「1218万6918円」と,同頁25行目の「761万9054円」を「1008万5042円」と,同頁末行の「204万7200円」を「210万1876円」と,それぞれ改める。

(41)  同56頁1行目の「平成18年2月23日」を「平成19年9月14日」と改める。

(42)  同頁16行目から同頁17行目にかけての「224万7200円」を「230万1876円」と改める。

2  よって,原判決は一部相当ではないから,本件控訴に基づき,控訴人敗訴部分を一部取り消して,被控訴人らに対し各自5万4676円及びこれに対する平成10年11月17日から支払済みまでの年5分による金員の支払を命じ,その余の本件控訴及び本件附帯控訴はいずれも理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法67条2項本文,65条1項本文,64条本文を,仮執行宣言につき同法310条本文をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡久幸治 裁判官 戸田彰子 裁判官 鳥居俊一)

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