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名古屋高等裁判所 平成18年(ネ)922号 判決 2007年6月15日

主文

1  原判決を取り消す。

2  本件を名古屋地方裁判所に差し戻す。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

主文同旨

第2事案の概要

1  本件は,本件道路(名古屋市千種区A町B丁目C番を起点とし,同区D町E番のFを終点とする,延長752メートル,幅員15メートルから20.1メートルの道路)の事業地周辺に居住する控訴人ら及びその余の原告らが,被控訴人に対し,景観権,人格権,所有権,通行権及び住民代表と被控訴人との間の強行着工をしないという約束に基づき,本件道路工事の差止めを求める事案である。

原審は,控訴人ら及びその余の原告らの訴えが不適法であるとして却下した。そこで,控訴人らがこれを不服として控訴した。

2  事実関係は,次のとおり補正し,当審における被控訴人の補足的主張を付加するほか,原判決「事実及び理由」欄第2の1ないし3(ただし,控訴人らに係る部分)に記載のとおりであるから,これを引用する。

(原判決の補正)

原判決20頁18行目と19行目の間に,次を加える。

「なお,本訴において控訴人らが本件事業認可の違法性について主張しているのは,次の理由によるものである。すなわち,本訴で,控訴人らは人格権,所有権などに基づいて差止めを求めているところ,差止めに当たっては当該権利の重要性という控訴人らの利益と,道路建設の必要性という被控訴人の利益などが比較考量されて決せられていくのであり,たとえ公定力によって本件事業認可の効力が維持されていたとしても,違法な行政処分に基づく建設行為であれば建設の必要性に乏しいという不利益を考慮できることになるからである。その限りで本件事業認可の違法性の主張は本件に有益であって,民事訴訟においてそのような主張をすることは何ら問題はない。」

(当審における被控訴人の補足的主張)

行政事件訴訟法9条2項の新設により,「法律上の利益」の柔軟な解釈が担保され,取消訴訟の原告適格が認められる範囲が実質的に拡大したこと,また,理論的にも,実務的にも,この規定の趣旨に沿って,最高裁判所平成17年12月7日大法廷判決・民集59巻10号2645頁(以下「大法廷判決」という。)が事業認可の取消訴訟の原告適格の範囲を拡大する判断を示したことに鑑みれば,従来は,事業認可の取消訴訟の原告適格を認められず,民事訴訟によって当該事業の執行の差止めを求めるしかなかった者についても,本来の取消訴訟によって事業認可の取消を求める途が開かれたことから,控訴人らは本件道路工事の全部の差止めを求める訴えによってではなく,取消訴訟において事業認可の当否を争うことが可能である。それにもかかわらず,あえて,民事訴訟において争うことは認められないのであって(民事訴訟よりも取消訴訟による方が根本的な解決が図られるのであるから),取消訴訟において工事の前提となる事業認可の当否を争うべきである。控訴人らは,本件道路工事の差止めを求める理由のひとつとして本件事業認可の違法性を主張しているのであるから,なおさらのことである。

よって,控訴人らの本件道路工事の差止請求は,民事訴訟としては不適法であり,許されないものである。

第3当裁判所の判断

1  被控訴人の本案前の主張について

(1)  控訴人らは,本件訴えにおいて,景観権,人格権,所有権,通行権及び住民代表と被控訴人との間の強行着工をしないという約束に基づき差止めを求めるものであるから,本件訴えは,私法上の請求権に基づく妨害予防の訴えと解される。そして,控訴人らが差止めの対象とする本件道路工事は,その工事自体は,私人が行う建築工事と何ら異なるところはなく,被控訴人が事業主体として行う事実行為であって,本件事業認可という行政処分を受けて行われるものであるとしても,行政処分とは切り離して私法上の行為としてとらえることができる。そうであれば,控訴人らは,本件道路工事を行うことにつき,その事業主体としての被控訴人に対して,私法上の権利に基づき差止めを求めるものであるから,特段の事情のない限り,これを不適法ということはできない。

(2)  被控訴人は,控訴人らの本件訴えは,本件道路の事業認可の取消し,路線の認定の廃止など,本件道路に関する行政処分が有する公定力を取り消すのと同じ結果を求めるものであるから,不適法であると主張する。

しかし,上記のとおり,控訴人らの本件訴えは,私法上の請求権に基づき,事業主体である被控訴人に対して,事実行為である本件道路工事の差止めを求めるものであって,本件道路工事に係る愛知県知事の事業認可自体を争うものではないから,仮に,本件訴えが認容されたとしても,本件事業認可は依然として有効であり,これが取り消されたのと同じ結果をもたらすことはない。例えば,本件訴訟は民事訴訟であるから,その既判力は当事者間にのみ及び,かつ,民事上の差止請求が認容されるか否かは個々の控訴人の被侵害利益の大きさにより異なるのであるから,差止めの勝訴判決を得た当該控訴人に対し,控訴人らが主張するように,移転を保障するとか,あるいは被害の十分な補償をすることなどにより工事を施工し得る可能性も残されているのである。

したがって,被控訴人の上記の主張は採用することができない。

(3)  もっとも,実体法の解釈の結果,建築工事等の事実行為に先行する行政処分により,周辺住民らに,当該事実行為によって権利侵害と主張される状態が生じたとしても,周辺住民らに対して公法上の受忍義務が課せられていると解される場合には,事実行為に対する民事上の差止請求が,実質上行政処分の効力を争うのに等しいものとして不適法になることは考えられる。しかし,本件道路工事は都市計画法に基づく都市計画事業として行われるものであるところ,都市計画法が,都市計画事業の認可又は事業計画変更の認可に当たり,広く周辺住民等の健康又は生活環境に係る利益を擁護するために種々の方策を採っているとしても,その方策は,事業計画の実行により生じるおそれのある,あらゆる法益侵害からの周辺住民等の保護を指向しているものとは解されないのであり(大法廷判決が,都市計画の変更又は決定に当たり,その趣旨及び目的を踏まえるべきであると指摘した公害対策基本法も,公害を,「相当範囲にわたる大気の汚染,水質の汚濁(…),土壌の汚染,騒音,振動,地盤の沈下(…)及び悪臭によって,人の健康又は生活環境に係る被害が生ずること」としていた(公害対策基本法2条。現在の環境基本法2条も同様。)。),また,これらの方策が採られた後には,周辺住民に受忍義務が生じることを定めた規定もないのであるから,都市計画法が,行政庁と周辺住民等との間で,同法に定める措置によっても回避することのできない法益侵害等の不利益について住民等に公法上の受忍義務を課しているものと解することはできない。

(4)  被控訴人は,控訴人らが本件道路工事の前提となる事業認可を争う行政訴訟の原告適格を有すると解されることから,民事訴訟による本件訴えは不適法であると主張する。しかし,大法廷判決が判例変更をして事業認可取消訴訟の原告適格を拡大したことは被控訴人主張のとおりであるが,その説示するところからすると,控訴人らのように,周辺住民の主張する被害が騒音,振動以外である場合にも直ちに原告適格が是認されるかは明らかでないのみならず,処分の取消しを求める行政訴訟と差止めを求める民事訴訟とは,機能,役割を異にし,請求原因等要件事実も異なるものであるから,私法上の請求権を主張して民事訴訟による訴えを提起する者が,たまたま行政訴訟を提起することのできる適格をも備えていたからといって,民事訴訟の原告適格ないし訴えの利益を失うものとは解することはできない(原子炉施設の周辺住民が提起する訴えにつき民事訴訟と抗告訴訟の併存を認めた最高裁判所平成4年9月22日第三小法廷判決・民集46巻6号1090頁参照)。被控訴人は,控訴人らが,本件事業認可の違法性等について主張していることからも,専ら行政訴訟によるべきと主張するが,本訴における控訴人らの主張は,あくまで,本件差止めによりその主張する私法上の権利保護を図るべきことが相当であるとする受忍限度を判断する事情のひとつとして本件事業認可の違法性等について主張するものと解されるので,その主張の当否はともかく,民事訴訟において実質的に行政処分の効力を争い,出訴期間等の行政事件訴訟法の要件を潜脱するなどの不当な目的をもって主張する趣旨ではないと解されるから,そのような主張があることをもって,控訴人らの本件訴え自体を不適法とすることはできず,したがって,上記の被控訴人の主張は採用することができない。

2  他に,控訴人らの本件訴えを不適法とすべき事由は,認めることができない。

第4結論

以上によれば,控訴人らの訴えを却下した原判決は不当であるから,これを取り消し,本件を名古屋地方裁判所に差し戻すこととし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 満田明彦 裁判官 堀内照美 裁判官 野々垣隆樹)

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