名古屋高等裁判所 平成18年(行コ)21号 判決 2006年9月14日
主文
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は,控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人ら
(1) 原判決を次のとおり変更する。
被控訴人は,控訴人らに対し,それぞれ39万4061円及びこれに対する平成17年12月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
(3) 仮執行宣言
2 被控訴人
主文同旨
第2事案の概要
1 本件は,被控訴人(地方自治法上の一部事務組合)を設置した市町村の住民である控訴人らが,被控訴人の管理者に対し,被控訴人の職員であるAが退職するに際し,同人がかつて勤務していた愛知県海部郡弥富町(以下「弥富町」という。)の職員としての在職期間を通算して退職手当金の支出命令を発することが違法であると主張して,地方自治法292条,242条の2第1項1号に基づき,その差止めを求める住民訴訟を提起し,これに勝訴したことから,同法292条,242条の2第12項に基づき,被控訴人に対し,相当額の弁護士報酬及びこれに対する遅延損害金(訴状送達の日の翌日である平成17年12月8日から支払済みまで年5分の割合)の支払を求めた実質的当事者訴訟である。
原審が,控訴人らそれぞれにつき,上記弁護士報酬は5万円が相当であるとして,同金額及びこれに対する遅延損害金(平成17年12月8日から支払済みまで年5分の割合)の限度でこれを認容し,その余の請求をいずれも棄却したため,控訴人らがこれを不服として控訴した。
2 前提事実は,以下に付加訂正するほかは,原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」の1のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決1頁26行目の「証拠(甲1ないし5)」を「証拠(甲1ないし5,8,9,11,13ないし16,19ないし22,26,28)並びに弁論の全趣旨」に改める。
(2) 同3頁1行目の「退職手当金の額を」の次に「被控訴人に」を加える。
(3) 同3頁21行目から23行目にかけての「弥富町の在職期間を通算して退職手当金の支出命令を発することの差止めを求めて住民監査請求をしたが,同監査委員がこれを棄却(一部却下)したため,」を「弥富町の在職期間を通算して退職手当金の支出命令を発することの差止め等を求めて住民監査請求をしたが,同監査委員が上記支出命令の差止請求部分は棄却し,その余の請求部分は却下したため」に,同24行目の「当庁15年」を「当庁平成15年」にそれぞれ改める。
3 本件の争点及び争点に関する当事者の主張は,次項において当審における控訴人らの主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」の2,3のとおりであるから,これを引用する(ただし,原判決6頁5行目の「Aに違法な退職手当金」を「Aに対する違法な退職手当金」に改め,同7頁7行目の「ア」を削除し,12行目の「判決」を「控訴審判決」に,16行目の「被告に対し」を「Aに対し」にそれぞれ改める。)。
4 当審における控訴人らの主張
(1) 本件住民訴訟(名古屋地方裁判所平成××年(行ウ)第××号違法な退職金支払差止請求事件及びその控訴審である名古屋高等裁判所平成××年(行コ)第×号)が,地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とするものであり,控訴人らの個人的な利益に関わりなく提起される民衆訴訟であるとしても,本件住民訴訟の趣旨,目的から控訴人らが受ける経済的利益はすべて算定不能とすることには論理的な飛躍がある。
Aが弥富町職員として在職していた期間を通算した退職手当金2372万3813円から,これを通算しない場合の退職手当金820万2440円を差し引いた1552万1373円(本件差額)が客観的かつ明確に算定されているのであり,控訴人らが被控訴人に代位して本件住民訴訟を提起し,控訴人らの勝訴判決が確定したがゆえに,被控訴人は本件差額相当の金員の違法な支出を免れることができたという関係に立つことから,控訴人らが受ける経済的利益は算定不能とみるべきではなく,本件差額相当の1552万1373円をその経済的利益として観念すべきである。
なお,原判決が引用する最高裁昭和53年3月30日第一小法廷判決・民集32巻2号485頁は,地方自治法242条の2第1項第4号所定の損害賠償請求訴訟における訴訟物の価格についての判例であり,控訴人らが受ける経済的利益についてまでその射程が及ぶものではない。
(2) 被控訴人が,Aに対し,退職手当金の支給について,弥富町に勤務し続ける場合と比較して不利益を被らないような措置を講じることを約束した事実はない。Aは,被控訴人に採用された当初は,被控訴人から支給される退職手当金について,弥富町における在職期間が通算されないことを了承していた。しかるに,Aは,平成2年6月以降に至り,被控訴人に対し,弥富町からの退職手当金を被控訴人に納付することを条件にして,弥富町における在職期間を通算することを強く求め,被控訴人がこれに応じたのが本件の真相である。したがって,Aの退職時において,本件差額につき損害賠償請求権が発生することはない。
そうすると,被控訴人は,本件差額相当分の支払義務を確定的に免れ得ることになるから,本件住民訴訟において控訴人らが勝訴したことによって生じた経済的利益は,本件差額相当分という具体的金員の違法な支出を確定的に差し止め得たという具体的,金銭的なものということになる。
(3) 仮に,原判決のいうとおり,控訴人らが受ける経済的利益が算定不能であるとして,控訴人らが支払うべき弁護士報酬額が127万4000円(消費税相当額は6万3700円)となり,かつ,本件住民訴訟が財務会計行為の観念的な是正にとどまり,具体的,金銭的なものでないとしても,原判決の認容額一人当たり5万円は低額に失するものであり,裁量の範囲を逸脱している。
第3当裁判所の判断
当裁判所も,本件住民訴訟の弁護士報酬のうち,被控訴人が控訴人らに支払うべき相当額は,消費税相当額を含め一人当たり5万円が相当であると判断する。その理由は,以下のとおり原判決を付加訂正し,当審における控訴人らの主張に対する判断を付加するほかは,原判決「事実及び理由」の「第3 当裁判所の判断」のとおりであるから,これを引用する。
1 原判決の付加訂正
(1) 原判決9頁17行目から18行目にかけての「証拠(甲1,2,乙1,4),弁論の全趣旨及び当裁判所に顕著な事実」を「証拠(甲1,2,14,19ないし22,26,28,乙1,4)及び弁論の全趣旨」に,21行目の「同町長」から22行目の「その際,」までを「同町長及びAはこれを承諾した。被控訴人は,その際,Aの」にそれぞれ改める。
(2) 同10頁3行目の「弥富町を退職し,」の次に「被控訴人の指示に基づいて,」を加え,7行目の「ところが,」を「ところで,」に改める。
(3) 同11頁の4行目の次に改行して以下のとおり加える。
「オ Aは,平成10年4月1日に被控訴人の次長兼主幹に就任し,労働組合との折衝も担当していたが,平成12年4月1日,被控訴人の前身である「B組合」に「C組合」が統合されるに際し,労働組合が二つに分裂し,その後,一方の組合と被控訴人との間の労使関係が紛糾するようになった。上記事情の下で,上記組合の組合員が原告となって本件住民訴訟を提起したものであり,本件住民訴訟の背景に上記労働紛争があった。」
2 当審における控訴人らの主張に対する判断
(1) 控訴人らは,Aが弥富町職員として在職していた期間を通算した退職手当金2372万3813円から,これを通算しない場合の退職手当金820万2440円を差し引いた1552万1373円(本件差額)が客観的かつ明確に算定されているのであり,控訴人らが被控訴人に代位して本件住民訴訟を提起し,控訴人らの勝訴判決が確定したがゆえに,被控訴人は本件差額相当の金員の違法な支出を免れることができたという関係に立つことから,控訴人らが受ける経済的利益は算定不能とみるべきではなく,本件差額相当の1552万1373円をその経済的利益として観念すべきであると主張する。
しかして,本件規程(名古屋弁護士会の弁護士報酬等基準規程)12条は,報酬金は委任事務処理により確保した経済的利益の額を基準として算定する旨定めているところ,上記の経済的利益は,依頼者本人の経済的利益を指すのが原則であるが,本件住民訴訟のように,控訴人らが被控訴人の違法な支出の差止めを求めて勝訴したような場合は,控訴人らが主張するようにこれによって支出を免れた被控訴人の経済的利益を指すと解する余地がないではない。
しかしながら,前記(原判決の第3の3(3))のとおり,本件住民訴訟の結果,Aに被控訴人に対する弥富町における在職期間を通算しないことによる退職手当金減額分の損害賠償請求権が発生し得ることは否定できないから,本件住民訴訟によって被控訴人が得た利益は財務会計行為の観念的な是正にとどまり,具体的,金銭的なものではないといわざるを得ず,したがって,被控訴人の経済的利益は算定不能というべきである。
したがって,控訴人らの上記主張は採用できない。
(2) 控訴人らは,Aは退職手当金について弥富町における在職期間が通算されないことを了承していたから,本件差額につきAに損害賠償請求権が発生することはない旨主張するところ,甲17号証(Dの陳述書)には上記主張に沿う供述部分が存在する。
しかしながら,上記供述部分は,甲26号証(Eの陳述書),甲28号証(Aの陳述書)に照らしてたやすく信用できず,他に上記主張事実を認めるに足りる証拠は存在しない。
したがって,控訴人らの上記主張は採用できない。
(3) 控訴人らは,原判決の認容額は低額に失し,裁量の範囲を逸脱していると主張するが,原判決が摘示した事情(第3の3(3)),ことに本件支出命令の違法は被控訴人とAとに関連した実質的理由に基づくものではなく,むしろ,被控訴人の担当職員個人の事務手続上のわずかな過誤(錯誤)により生じたものであることを考慮すると,原判決の認容額(消費税相当額を含め,控訴人一人当たり5万円)は,被控訴人が地方自治法242条の2第12項に基づいて控訴人らに支払うべき弁護士報酬の相当額として裁量の範囲内にあるものというべきである。
第4結論
以上によれば,控訴人らの被控訴人に対する本件請求は,それぞれ5万円(消費税相当額を含む)及びこれに対する遅延損害金(平成17年12月8日から支払済みまで年5分の割合)の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がないところ,これと結論を同じくする原判決は相当であり,本件控訴は理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 坂本慶一 裁判官 林道春 裁判官 山崎秀尚)