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名古屋高等裁判所 平成18年(行コ)34号 判決 2007年11月15日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は,控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。

2  中部経済産業局長が被控訴人に対し平成16年12月8日付けでした行政文書一部不開示決定のうち,原判決別紙1記載の各行政文書の不開示部分に係る部分の取消しを求める被控訴人の請求を棄却する。

3  本件訴え中,前項の不開示部分につき開示決定の義務付けを求める部分を却下する。

4  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,被控訴人が,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「情報公開法」又は「法」という。)3条に基づき,中部経済産業局長(以下「処分庁」という。)に対し,エネルギーの使用の合理化に関する法律(平成17年法律第93号による改正前のもの。以下「省エネ法」という。)11条に基づいて各事業者が提出した平成15年度の定期報告書の開示を請求したところ,処分庁からその一部分を不開示とする決定を受けたため,同決定の取消しを求めるとともに,不開示部分の開示決定の義務付けを求める抗告訴訟である。なお,処分庁は,上記決定後に,その一部を変更して,原判決別紙2記載の各行政文書の不開示部分を開示するとの決定をした。

原審は,原判決別紙1記載の各行政文書の不開示部分が法5条2号イ所定の不開示情報に当たるとは認められないとして,上記不開示部分に係る被控訴人の請求をいずれも認容し,原判決別紙2記載の各行政文書の不開示部分に係る被控訴人の訴えについては,これを却下した。そこで,控訴人がその敗訴部分につき控訴をした。

2  前提事実,関連法令の定め,争点及びこれに関する当事者の主張

原判決書3頁14行目の「及び証拠上明らかな事実」を「並びに証拠(各認定事実の末尾に引用したもの)及び弁論の全趣旨等により容易に認定できる事実」と,同5頁10行目の「当裁判所に」を「記録上」と,それぞれ改め,次のとおり当審において当事者が追加又は敷衍した主張を付け加えるほか,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の「1」ないし「4」記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  控訴人の主張

ア 本件数値情報は,企業秘密の性質を有するものであるから,これが公表された場合,一般的類型的に見て,経験則上,事業所のエネルギーコスト等の推計が可能になることなどにより,当該法人等の競争上の地位その他正当な利益が害されるおそれがあるので,法5条2号イの不開示情報に当たる。そして,不開示とされた情報から一定の有意な情報を引き出すことが可能であり,かつ,それにより当該事業者がその情報が開示されなかった場合と比べて,より不利な立場に置かれる蓋然性があれば,上記おそれがあると認めるべきである。

また,上記おそれの有無の判断に当たっては,当該情報の性質やその事業上の意義に通暁している競業他社等の者がこれを入手し得ることをも考慮しなければならない。今日,エネルギーコスト等の合理的な推計方法が広く知られており,数値の正確性を担保された本件数値情報が公表されると,競業他社等は,その技術,知識のほか,収集した各種情報やその分析結果をも活用して,本件数値情報が公表されない場合と比べて,より正確な推計を行うことができるようになり,また,より確実な経営戦略を立てたり,より有利に価格交渉等を行うことができるようになり,その結果,競争上より有利な地位に立つことが容易に想定できる。

なお,被控訴人は,本件数値情報からの推計の精度等を問題にするが,推計の精度や,開示による不利益がどの程度の確率をもって生ずるかについての具体的,数量的な主張,立証を要求することは,結局,当該情報を開示するのと同様の結果となり,情報公開訴訟の特質上,処分庁に不可能を強いることになり,相当でない。

(ちなみに,本件の各事業者(A,B,C)は,その誤差の程度は,最小で1パーセント以内,多くは5パーセント以内,最大でも10パーセント以内になると試算している。その試算結果の信用性は高く,検証を要しない。)

イ 定期報告書の数値情報の開示に反対しない事業者が存在するからといって,本件数値情報の開示によって本件の各事業者に競争上の不利益(情報公開法5条2号イ)が生じないとすることはできない。

定期報告書の数値情報は,前述のとおり,その性質上,一般的類型的に見れば,法5条2号イの不開示情報に当たるから,本来,一律不開示としても適法である。処分庁は,事業者の意見等をも参考にした上で,情報公開法の原則開示の趣旨を尊重して,開示に反対しない事業者の定期報告書の数値情報を開示する決定をしたが,もし,そのことを理由に,開示に反対する事業者の定期報告書の数値情報を開示すべきということになれば,情報公開の実務上,開示に支障なしとした事業者分も含めて一律に不開示とするという消極的な判断にもつながりかねない。

また,開示に反対しない事業者においても,競争上の不利益の有無だけで開示に応ずるか否かを判断したわけではなく,それぞれの置かれている個別の競争環境等を踏まえて検討した結果,開示により不利益を被っても,環境に配慮しているという企業イメージを損なわないことをより重視して開示に反対しなかった場合もある。

ウ 後記(2)ウの被控訴人の主張に対し,次のとおり反論する。

被控訴人の指摘するとおり,本件の事業者の一つであるAは,平成16年度省エネルギー優秀事例全国大会に応募し,その技術的情報を公表するとともに,エネルギー年間使用量(燃料の原油換算量,電力)その他の事業所の概要を財団法人Dのホームページ上で公開している。しかし,上記技術的情報は,秘匿性の高いものではないし,エネルギー使用量についても,内容や計算方法について,本件の定期報告書の場合ほど厳密に定められているわけではなく,また,毎年応募することを義務付けられているわけではないから,経年的なデータ取得を避けることができるなど,本件数値情報とはその性質を異にする。

(2)  被控訴人の主張

ア 法5条2号イの不開示情報に当たるとするためには,単なる主観的な何らかのおそれがあるだけでは足りず,法的保護に値する程度に当該事業者の正当な利益が害される蓋然性があると客観的に判断できることが必要であるというべきである。

これを本件についてみると,仮に,工場全体のエネルギーコストの推計の精度が高いものであるとしても,多様な製品を製造する工場の場合,そこからさらに,個々の製品の製造コストを高い精度で推計できるわけではないことなどからすれば,本件数値情報を用いた推計の精度は,高いものにはならない。また,値下げ交渉などの不利益のおそれは,本件の各事業者のような高炉による製鉄業者,化学品製造業者にとどまらないはずである。したがって,本件数値情報が開示されても,法的保護に値する程度に当該事業者の正当な利益が害される蓋然性があると客観的に判断することはできない。

控訴人は,上記推計の精度を問題にすることなく,本件数値情報が公表された場合には,公表されない場合と比べて,より不利な立場に立つ蓋然性があれば,法5条2号イの不開示情報に当たると主張するが,推計の精度が低い場合には,当該事業者の正当な利益が害される蓋然性はないのであって,蓋然性の判断に推計の精度は不可欠である。また,控訴人は,当該事業者については推計の精度が高いとも主張するが,基礎となるデータが明らかにされていないから,その検証の仕様がない。

イ 省エネ法による定期報告義務を負う事業所のうち,開示決定がされた92パーセントの事業所は,最終的に開示に反対しない意向を示した(甲55)。残り8パーセントの開示に反対する事業者と,開示に反対しない事業者とを比較しても,不利益のおそれの蓋然性の有無,程度に特に違いがあるとは考えられない。

控訴人は,開示に反対しない事業者に係る情報に限り,情報開示請求に応じているが,これは,情報公開法の運用における重大な問題である。

ウ 控訴人は,本件数値情報が開示されると,エネルギー効率化技術の水準,進捗状況を知られるおそれがあると主張するが,エネルギー効率改善の技術については,事業者自身が経営判断に基づいて積極的に開示している状況にある。本件の事業者の一つであるAも,例外ではなく,平成16年度省エネルギー優秀事例全国大会に応募し,その技術的情報を公表するとともに,エネルギー年間使用量(燃料の原油換算量,電力)その他の事業所の概要を財団法人Dのホームページ上で公開している。

第3当裁判所の判断

当裁判所も,被控訴人の本件請求中の控訴に係る部分は,いずれも理由があると判断する。その理由は,次のとおり付け加えるほか,原判決「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」の「2」及び「3」記載のとおりであるから,これを引用する。

1  原判決の補正

(1)  原判決書25頁25行目の末尾の次に,「また,上記「おそれ」があるとするためには,当該法人や処分庁の主観的な危惧感だけでは足りず,上記蓋然性があると客観的に認められることを要するというべきである。」を加える。

(2)  同29頁7行目の「エネルギー」から同頁9行目の「義務付けられた。」までを削り,同行目の「同法案」を「エネルギーの使用の合理化に関する法律の一部を改正する法律(平成10年法律第96号)の法案」と改める。

(3)  同32頁11行目の「推測」を「推計」と改める。

(4)  同33頁9行目の「経済産業省」の次に,「経済産業政策局」を加え,同頁10行目の「工業統計」を「平成15年工業統計表「産業編」」と改め,同頁11行目から同頁12行目にかけての「弁論の全趣旨」を「甲41」と改める。

(5)  同36頁2行目の末尾の次に,「なお,別件訴訟における証人尋問の結果や陳述書の記載(甲43ないし46,乙19,20)中には,本件の各事業者と同業の事業者に係るものも含まれるところ,これらの証拠を斟酌しても,以上の一般的な見地からの上記蓋然性の有無,程度についての判断は,左右されるものではない。」を加える。

(6)  同40頁2行目の「原告の指摘」を「証拠(甲41)」と,同頁5行目の「であり,これに反する証拠もみあたらない」を「であることが認められる」と,それぞれ改める。

(7)  同頁10行目の末尾の次に,行を改めて,次のとおり加える。

「なお,証拠(乙21)中には,高炉による製鉄業における上記エネルギーコストの割合は,上記認定より高い旨の記載があるが,その具体的な割合が明らかではないので,にわかに採用できない。また,証拠(甲45)中には,Eにおける上記エネルギーコストの割合が2割強程度である旨の記載があるところ,仮に,Fにおいてもこれと同程度であるとしても,前示のとおり,推計一般に内在する精度の限界等からすれば,製造コストの推計において,相当の誤差が生ずることは避けられないというべきである。」

(8)  同45頁14行目の末尾の次に,「もっとも,苛性ソーダの製造原価には,電気コストだけではなく,固定費等も含まれることをも考慮すれば,上記推計に誤差を伴うことは避けられない。」を加える。

(9)  同46頁8行目の「乙13」を「乙15」と改める。

2  控訴人が当審において追加又は敷衍した主張に対する当裁判所の判断

(1)  控訴人は,不開示とされた情報から一定の有意な情報を引き出すことが可能であり,かつ,それにより当該事業者がその情報が開示されなかった場合と比べて,より不利な立場に置かれる蓋然性があれば,法5条2号イにいう「おそれ」があると認めるべきであると主張する。

そこで,検討すると,前示(原判決書25頁19行目から同頁25行目まで)のとおり,法5条2号イにいう「おそれ」があるとするためには,法が国民主権の理念から行政文書について公開を原則としている(1条,5条柱書き)ことからすれば,当該法人や処分庁の主観的な危惧感だけでは足りず,競争上の地位その他の正当な利益が害される蓋然性があると客観的に認められることを要するというべきである。

これを本件についてみると,本件数値情報は,製造原価等を推計する手がかりとなり,また,一般論として,本件数値情報が開示されることにより,上記推計の精度は,その開示がなかったときと比べて,その程度はともかく,相対的には高まる場合が多いと考えられる。

しかし,前示(原判決書29頁24行目から同36頁2行目まで,同37頁2行目から同49頁14行目まで)のとおり,本件数値情報が公表されても,これにより,本件の各事業者に不利益が生ずる可能性は,一般的に見ても,また,本件の各事業者の個別事情を踏まえて検討しても,さほど大きいものではなく,未だ,抽象的な危惧感の域を出るものではないと評価すべきである。したがって,本件数値情報が製造原価等を推計する手がかりとなり,また,一般に,本件数値情報が開示されることにより,上記推計の精度が,その開示がなかったときと比べて,その程度はともかく,相対的には高まる場合が多いと考えられるからといって,直ちに法5条2号イにいう正当な利益が害される蓋然性があると客観的に認めることはできない。

また,控訴人は,本件数値情報が公表されると,国内外(特に,国外)の競業他社との競争や価格交渉等において,不利な立場に置かれる蓋然性があると主張する。

しかし,前示(原判決書40頁12行目から同42頁23行目まで,同45頁15行目から同46頁7行目まで,同48頁20行目から同49頁14行目まで)したところからすれば,国内外(特に,国外)の競業他社との競争や価格交渉その他の点において,本件数値情報が公表されることによって本件の各事業者が不利益を被るおそれが他と比べて格別に高いとまで評価することはできない。

なお,証拠(乙33)中には,わが国の企業のみが本件数値情報を開示されることになると,国際競争力において,不利な立場に追い込まれかねないとする記載があるが,そのような蓋然性が客観的にあることの裏付けとして十分であるとはいえない。

以上の判断は,当審で提出された証拠(乙19ないし24,27ないし32)によっても,左右されるものではない。

(2)  控訴人は,不開示とされた情報に基づく推計の精度や,それによる不利益がどの程度の確率をもって生ずるかというような具体的,数量的な主張,立証を要求することは,結局,当該情報を開示するのと同様の結果となり,情報公開訴訟の特質上,不可能を強いることになり,相当でないと主張する。

そこで,検討するに,前述のとおり,法5条2号イにいう「おそれ」があるとするためには,当該法人や処分庁の主観的な危惧感だけでは足りず,競争上の地位その他の正当な利益が害される蓋然性があると客観的に認められることが必要である。このように解さなければ,客観的な裏付けを伴わない当該法人や処分庁の主観的な危惧感に基づいて上記「おそれ」の存在が肯定され,ひいては,開示の可否が専ら当該法人の意向によって決せられることになりかねず,行政文書について原則的な開示を義務付け,不開示情報を例外的なものとして位置付けた法の趣旨が没却されることになるからである。そして,本件における不開示理由として,本件数値情報が公表されると,製品当たりの製造コストの推計が可能になることが挙げられているが(甲1),これが単なる主観的な危惧感にすぎないのか,それとも,正当な利益が害される蓋然性があることが客観的に裏付けられているのかを峻別する必要があり,その際の考慮要素の一つとして,推計の精度の程度を検討することには,前示(原判決書26頁5行目から同頁9行目まで)の情報公開訴訟の特質を考慮してもなお,十分な合理性があるといえる。したがって,情報公開訴訟の審理において,推計の精度を考慮することが許されないとすることはできない。

なお,控訴人は,同種の技術,知識を有する競業他社であれば,正確な(誤差の程度が最小で1パーセント以内,多くは5パーセント以内,最大でも10パーセント以内の)推計をすることが可能であると主張し,証拠(乙21,23,24,29)中には,これに沿う記載がある。しかし,前示(原判決書29頁24行目から同33頁17行目まで)のとおり,本件数値情報から製品の製造原価を推計する方法とその過程は,製造コストが,材料費,労務費,経費(減価償却費等)及びエネルギー費から構成されていることを前提に,一般に公表されている資料(各種統計資料,有価証券報告書その他)と本件数値情報を用いて,①本件数値情報とその他の情報から工場全体のエネルギーコストを推計し,②上記①で推計した工場全体のエネルギーコストとその他の情報から製品当たりのエネルギーコストを推計し,③上記②で推計した製品当たりのエネルギーコストとその他の情報から製造原価を推計するというものであるが,外部の者が上記推計に必要な情報のすべてを入手できるわけではなく,その一部については,上記資料から別途に推測した結果を用いるよりほかないため,さらに推計の過程を重ねることになり,全体として推計の精度は,さほど高いものになるとはいえないというのである。そうすると,上記証拠(乙21,23,24,29)の信用性については,慎重な判断を要するというべきであり,これをたやすく採用することはできない。

(3)  本件開示請求につき,本件数値情報に係る事業者らの大多数が最終的にはその開示に反対しない旨の意見を控訴人に提出した。具体的には,対象事業所総数5033のうち,当初から開示に応じた事業者数は,4280であり,当初開示に反対したが,最終的には開示に反対しない事業者数は,340であり,結局,4620の事業所(約92パーセント)が開示に反対しないとの態度を表明した(甲55)。

この点につき,控訴人は,開示に反対しない事業者においても,競争上の不利益の有無だけで開示に応ずるか否かを判断をしたわけではなく,それぞれの置かれている個別の競争環境等を踏まえて検討した結果,開示により不利益を被っても,環境に配慮しているという企業イメージを損なわないことをより重視して開示に反対しなかった場合があると主張し,その裏付けとして,3事業者からの事情聴取結果の報告書(乙25)を提出した。

しかし,乙25の調査対象は,わずかに3事業所にすぎず,その他の圧倒的多数の事業者の意向は,明らかではなく,むしろ,本件数値情報の開示が自らの競争上の地位その他正当な利益に悪影響を及ぼす可能性の有無,程度が大きくないと判断したものと解するのが相当である(なお,上記の3事業者にしても,少なくとも,上記影響の程度がさほど深刻なものではないと判断したものと認められる。)。

そうすると,本件数値情報が公表されることにより,当該事業者の競争上の地位その他の正当な利益が害されるおそれが一般的にあると見ることには,疑問が残るから,控訴人の主張するように,「本件数値情報が公表された場合,一般的類型的に見て,経験則上,当該法人等の競争上の地位その他正当な利益が害されるおそれがある」とすることはできないというべきである。

第4結論

よって,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担につき,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法67条1項本文,61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡久幸治 裁判官 加島滋人 裁判官 鳥居俊一)

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