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名古屋高等裁判所 平成19年(う)309号 判決 2007年10月04日

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

当審における未決勾留日数中80日を原判決の懲役1年2月の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は,弁護人髙橋一之提出の控訴趣意書に記載のとおりであるから,これを引用する。論旨は要するに,被告人を原判示第1の罪につき懲役10月,同第2及び第3の各罪につき懲役1年2月の実刑に処した原判決の量刑はいずれも重過ぎて不当である,というのである。

そこで,原審記録を調査し,当審における事実取調べの結果をも併せて検討する。

原判示第1の事実は,前刑の確定裁判前に夫とともに実行した自動車窃盗の事案であり,同第2及び第3の各事実は,上記確定裁判後にまたもや夫と自動車窃盗に及び,さらにその被害品の一つであるクレジットカードを用いて商品購入名下にパソコンを詐取するなどしたという事案である。

いずれの事案も共犯者である夫と意を通じ,役割分担の上,白昼に他人の面前であることも意に介せず,手際よく実行したもので,態様は大胆かつ巧妙である。被害額は,原判示第1事実につき約550万円,同第2及び第3事実について約321万円と多額で,同第1事実の被害自動車1台が返還されたとはいえ,それ以外には被告人らからの弁償はなく,当然ながら各被害者とも厳重処罰を希望している。

いずれの件でも主導したのは夫であり,被告人は,やや従属的な立場ではあったが,それぞれの犯行において実行行為あるいは不可欠で重要な役割を果たしており,その責任を軽くみるわけにはいかない。また,被告人は,夫が別件の公判中,保釈決定により釈放された後にその条件を破って逃亡生活を送っていることを知りながら,夫と潜伏生活をともにしていたもので,この間の生活態度も不良であった。更に,原判示第2,第3の各犯行は,執行猶予中に犯したものである。

他方,有利な事情としては,被告人が各犯行を認めて反省していること,各犯行においてやや従属的な立場であったこと,原判示第1事実については,被害品の自動車が早い段階で捜査機関に発見されて被害店舗に返されたこと,被告人は平成17年3月に電磁的公正証書原本不実記載等の事案で執行猶予付きの懲役刑に処せられており,同第1事実はその余罪に当たることなどの各事情が挙げられる。

しかしながら,これら有利な事情を考慮しても,上記のとおり,各事実ともそれぞれに芳しくない事情が多く認められるのであって,原判示第1の罪につき被告人を懲役10月,同第2及び第3の各罪につき懲役1年2月に各処した原判決の量刑は,いずれも重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

なお,職権をもって,原判示第3のうちの有印私文書偽造,同行使罪の認定事実について検討を加えておく。

原判決は,原判示第3の事実において,被告人においてクレジットカード売上票のご署名欄に「甲野はなこ」(カード名義人。ただし,名を平仮名に変えている。)と冒書したことにより,甲野花子作成名義のクレジットカード売上票1枚を偽造したもので,この点が有印私文書偽造に該当し,この売上票を店員に提出した点は偽造有印私文書行使になると認定している。

そこで検討するに,クレジットカードの発行会社である株式会社ジェーシービーと加盟店との間の規約等の関係証拠に照らすと,クレジットカード売上票には,署名欄より上部に買上日,買上金額等が,その下部には買い上げた各商品名とその買上金額等が印字されており,これを示されて確認を求められたカード名義人が署名欄に署名をするものであること,そして,加盟店は,署名欄に書かれたカード提示者の署名とクレジットカード裏面の署名が同一であり,かつ,カード提示者がカード名義人の本人であることを善良なる管理者の注意義務をもって確認する義務を株式会社ジェーシービーに対して負っていること,他方,同社は,クレジットカード売上票にカード会員(カード名義人)の署名があることをもって,クレジットカードの利用者がこれを利用して商品を購入することを承諾し,その指定する預金口座からの商品代金の引き落としを了解したとの取扱いをしていることなどが認められる。以上のようなクレジットカード売上票の体裁やクレジットカードによる取引決済の仕組みなどからすると,クレジットカード売上票は,加盟店においてクレジットカード信用販売を所定の方式に則って行ったことを確認する機能を有するとともに,カード名義人が署名することで,同人においてクレジットカードを利用して商品を購入したことを確認する機能をも有するものであり,クレジットカード売上票は,加盟店において作成する文書であるとはいえ,その署名欄の部分は,売り上げた商品の内容や金額の記載と相まって,カード名義人により購入を確認する書面,確認書としてカード名義人作成名義の私文書であるものと解される。したがって,クレジットカード売上票のご署名欄に他人がカード名義人の名を冒書する行為は,単なる署名偽造に留まらず,上記確認書の偽造として有印私文書偽造罪に該当するものであり,偽造された文書を含むクレジットカード売上票を提出する行為は,偽造有印私文書行使罪に該当する。

以上によれば,被告人において,本件クレジットカード売上票中の署名欄にカード名義人の氏名を冒書し,これを店員に提出した行為は,その確認書についての有印私文書偽造,同行使罪に該当すると認めるべきである。ところが,原判決の(犯罪事実)の原判示第3事実は,加盟店が作成すべきクレジットカード売上票を偽造し,これを行使したとの記載になっており,これはクレジットカード売上票の性格を見誤ったことにより事実を誤認したものというほかない。しかしながら,結果としてクレジットカード売上票の一部についての有印私文書偽造,同行使罪の成立が認められる上,これらの行為は詐欺の手段としてなされたもので,有印私文書偽造罪,同行使罪は詐欺罪と科刑上一罪(牽連犯)として処断されること等に照らせば,この誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえない。

よって,刑訴法396条により,本件控訴を全部棄却し,刑法21条を適用して,当審における未決勾留日数中80日を原判決の懲役1年2月の刑に算入し,当審における訴訟費用は,刑訴法181条1項ただし書を適用して,被告人に負担させないこととして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 片山俊雄 裁判官 坪井祐子 裁判官 山田耕司)

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