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名古屋高等裁判所 平成19年(く)5号 決定 2007年1月25日

少年

A (平成4.2.26生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣旨は,少年本人作成の抗告申立書,付添人○○,同○○連名作成の抗告申立書(補充)にそれぞれ記載のとおりであるから,これらを引用する。論旨は,事実誤認・法令適用の誤り,処分不当をいうものである。

そこで,少年保護事件記録及び少年調査記録を調査して検討する。

1  事実誤認・法令適用の誤りの論旨について

論旨は,要するに,原決定第2の事実について,同第2の○○店への放火の際,現住建造物等放火の未必的故意がなかったのに,これを認めた原決定は,重大な事実誤認があり,その結果,法令適用を誤っている,というのである。

そこで,少年保護事件記録を検討すると,原決定第2の事実に関し,少年に現住建造物等放火の未必的故意を認めた原決定の事実認定に誤りはなく,この点に関し,原決定が(事実認定の補足説明)の項で判示するところは,おおむね正当として是認することができる。

すなわち,関係証拠によって認められる放火現場の状況,放火の態様,焼損状況,少年の知的能力や火に対する認識,少年の供述ないし陳述内容などの諸事情,殊に,①放火現場である上記○○店2階の○○&□□コーナーは,床から天井までが3mであったところ,少年が火をつけたぬいぐるみの周囲には易燃性のぬいぐるみ等多数の商品がほぼすき間なく陳列されており,いったん火の手が上がると延焼の危険が高く,現に少年のした着火行為により上記○○店のうち2階部分と3階の一部分(延べ床面積約824.08m2)を焼損したこと,②少年は,原決定第1の○店において,DVDケースに点火した後,同店で火事騒ぎになったことを目の当たりにしながら,そのわずか約20分後に,原決定第2のとおり,うっ屈した気分を晴らそうと店舗内の商品に火をつけたこと,③少年は,軽度の精神発達遅滞を抱えてはいるものの,火の危険性について認識を有していたとみられること,④捜査段階で建物に対する放火の故意を含めて非行事実を自白しているほか,原審審判廷でも,天井など店舗の構造部分まで燃え移ることを未必的に認識していたかのような陳述もしたこと等によれば,原決定第2の非行の際,少年において現住建造物等放火の未必的故意を有していたことが優に認められる。

所論は,少年は軽度の精神発達遅滞で,延焼を予見する能力がなく,少年の捜査段階における自白調書は信用できないのに,現住建造物等放火の未必的故意を認めた原決定は,少年の知的障害の特性に照らした経験則に反している,という。少年は,知的能力に制約がある上,被誘導性が強いことから,少年の捜査段階における自白をそのまま鵜呑みにするのは危険であり,これだけに依拠することはできないとはいうものの,上記認定の放火現場の状況,放火の態様,焼損状況等に加え,少年自身が火の危険性を認識していたとみられる上,小学校低学年であれば,建物内で物に火をつければ火事になる危険があることは常識的に判断できることにも照らすと,少年の知的能力をもってしても延焼の危険性を十分に認識し得たというべきであって,経験則違反をいう所論には与し得ない。

したがって,現住建造物等放火の故意を認めた原決定に事実誤認,法令適用の誤りはない。

2  処分不当の論旨について

論旨は,要するに,少年を初等少年院に送致した原決定の処分は重過ぎて著しく不当である,というものである。

そこで,検討すると,本件は,養護学級に在籍する中学3年生の少年が,①営業中の○店において,レンタルソフトのDVDケースにライターで着火して,その火を周辺のDVDにも燃え移らせて焼損して,公共の危険を生じさせ,②その約20分後,近隣で営業中の○○店において,着火した火が同店舗に燃え移り,これを焼損するかも知れないことを認識しながら,あえて,同様の手口により,ぬいぐるみに着火し,その火を周辺の商品等を介して同店に燃え移らせて,同店のうち2階部分と3階の一部分を焼損させたという建造物等以外放火,現住建造物等放火の事案である。

少年は,好意を寄せていた女子上級生に対する不安感や教諭の叱責といった過去の不快体験などからストレスを高め,店の商品を燃やし炎が燃え上がるのを見てうっ屈した気分を晴らすために,各非行に及んだものであるが,ストレス解消などのために放火をすること自体到底許されるものではなく,動機に特に酌むべきものはない上,人の現在する店内で火を放つという態様は,極めて危険であり,死傷者が出なかったことは幸運である。原決定第2の○○店は,店の商品と主要な部分を焼失するといった多大な財産的損害を負ったほか,付近住民にも不安を与えるなど本件による影響も見逃せない。少年は,短時間のうちにこのような悪質かつ重大な非行を繰り返しており,本件以前にも路上のゴミに放火したことがうかがえることに照らすと,ストレス等が高じた場合,この種の非行を繰り返すことが懸念される。

少年は,知的能力が最劣域にあり,軽度の精神発達遅滞が認められるところ,特に,対人的な緊張や葛藤が強く,対人関係をうまく結ぶことができないことや,柔軟性に乏しく,適度の気分転換を図れず,不快な感情を抱えておける容量も少ないため,うっ積させた気持ちは統制を失った爆発的な形で表出されやすいことなどの深刻な資質面の問題点が指摘されており,このような資質面の課題が改善されない限り,上記のような再非行のおそれはなくならないと考えられる。所論は,少年には大きな生活の崩れはなく,放火以外の非行に拡大する危険性は認められず,要保護性は高くないというが,少年の資質的な問題は現時点でも十分に深刻なもので,その改善も容易ではなく,放火に関する犯罪性向が身についてしまうか予断を許さないところであって,所論は余りに楽観的といわざるを得ない。

以上に加え,保護者は,愛情を持って少年に接しているものの,問題性の大きい少年の指導・監督に限界を感じていると見られることなども併せ考慮すると,少年の要保護性は極めて高く,社会内で少年の更生を図ろうとすれば困難を極めることが容易に予測されるところであって,専門的かつ系統的な指導のできる施設での処遇を選択するしかないと考えられる。そうすると,少年が反省し,二度と放火をしないと誓っていることや,少年には非行歴がないことなどの少年に有利な事情を考慮しても,少年に対しては,円満な人間関係を築き,適切にコミュニケーションを図る能力やたくましい精神力を養わせ,自己の問題点を改めさせるなどして健全に育成するためには,相当期間にわたって施設に収容した上で,能力に応じた個別的で,かつ,きめ細かい教育を徹底して受けさせる必要がある。

所論は,少年の能力や基本的性格に照らせば,少年院における集団的な指導教育は心理的負荷が過重になるおそれがあるから不適切で,児童相談所への通所等といった個別的な福祉的教育的な処遇の方がふさわしいというが,少年にとっては,ストレスへの耐性を高め,集団適応能力を身につけることが必要なのであるから,所論が推奨するような処遇ではそのような目的を達することはおぼつかなく,ある程度の負荷があっても,集団生活の中で他者との関係構築を直接学ぶことのできる施設内教育をじっくりと行うことが望ましい。

また,所論は,少年が審判廷において裁判官に自分の気持ちを十分聞いてもらえなかったともいうが,一件記録からすれば,原審判では,裁判官はもとより付添人なども少年に対しその能力に配慮した上で質問をし,少年の言い分や心情を十分に聞き出しており,自分の気持ちを十分聞いてもらえなかったという少年の不満は正当なものとは考えられない。

そうすると,少年を初等少年院送致とした原決定の処分は相当であり,重過ぎて著しく不当であるとはいえない。

よって,本件抗告は理由がないので,少年法33条1項により本件抗告を棄却することとし,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 髙橋裕 裁判官 坪井祐子 山田耕司)

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