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名古屋高等裁判所 平成19年(ネ)188号 判決 2007年7月19日

愛知県一宮市●●●

控訴人(1審原告)

●●●

同訴訟代理人弁護士

久保晴男

瀧康暢

深見早惠

山田克己

小野晶子

同久保晴男訴訟復代理人弁護士

伊藤陽児

荻原典子

加島光

北村栄

鋤柄司

杉浦豊

田中英生

野村朋加

京都市下京区烏丸通五条上る高砂町381-1

被控訴人(1審被告)

トライト株式会社

同代表者代表取締役

●●●

同訴訟代理人弁護士

●●●

主文

1  原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人は,控訴人に対し,原審認容額のほか134万9958円及び内金130万9342円に対する平成18年4月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

4  この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

主文同旨

2  被控訴人

(1)  本件控訴を棄却する。

(2)  控訴費用は控訴人の負担とする。

第2事案の概要

1(1)  原審における控訴人の請求等

控訴人は,貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業法」という。)3条所定の登録を受けた貸金業者である大阪市北区小松原町1番4号ハッピークレジット株式会社(以下「旧ハッピークレジット」という。)及び同社から契約上の地位の譲渡を受けた被控訴人から,利息制限法所定の制限利率を超える利息を支払う約定で金員の借入と返済を繰り返した結果,過払金が生じたが,①被控訴人は上記契約上の地位の譲渡に伴って旧ハッピークレジットの過払金返還債務も承継した,②被控訴人は旧ハッピークレジットの商号を続用したから改正前の商法26条1項により旧ハッピークレジットの過払金返還債務についても弁済の責めを負うとして,被控訴人に対し,民法704条の不当利得返還請求権に基づき,原判決別紙1の計算により,過払金202万8518円及び平成18年4月4日までの商事法定利率年6分の割合による法定利息9万6830円並びに上記過払金202万8518円に対する平成18年4月5日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による利息の支払を求めた。

(2)  原審における被控訴人の主張

被控訴人は,被控訴人が貸し付けた金員につき平成18年4月4日現在で50万1242円の過払いとなっていることは認めるが,①旧ハッピークレジットの過払金返還債務は承継していない,②商号続用の事実は認めるが,改正前の商法26条2項の免責の登記をした,③被控訴人は悪意の受益者ではない,④過払金返還債務の法定利息は年5分であると主張し,控訴人は,被控訴人の上記②の免責登記の主張は信義則に反する旨主張した。

(3)  原審の判断等

原審は,被控訴人は旧ハッピークレジットの過払金返還債務を承継していないし,改正前の商法26条2項の免責登記の主張も信義則に反しないから,旧ハッピークレジット関係の過払金返還請求は理由がないとし,被控訴人が上記契約上の地位の譲渡を受けた後に貸し付けた金員の過払金返還債務についてのみ被控訴人は悪意の受益者であり,付加すべき法定利息は商事法定利率年6分の割合によるべきであるとして,①過払金60万1933円,②平成18年4月4日までの商事法定利率年6分の割合による法定利息6501円,③上記過払金60万1933円に対する平成18年4月5日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による利息の支払を求める限度で認容し,その余の請求を棄却した。

そこで,控訴人が上記敗訴部分を不服として控訴した。

(4)  控訴審における控訴人の請求等

控訴人は,控訴審において,過払金に付加すべき法定利息の割合についての主張を民法所定の年5分に変更し,これに伴って控訴の趣旨を主文第2項のとおり減縮した。

2  本件の前提となる事実,争点及びこれに関する当事者の主張は,以下のとおり,原判決を補正し,控訴人及び被控訴人の当審における主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」1,2に記載のとおりであるから,これを引用する。

(原判決の補正)

(1) 原判決3頁4行目から5行目にかけての「営業財産譲渡契約」の次に「(以下「本件営業譲渡契約」という。)」を加える。

(2) 同3頁6行目の「「営業財産譲渡契約書」」の次に「(以下「本件営業譲渡契約書」という。)」を加える。

(3) 同3頁19行目の「あり,このなかに過払金返還債務は含まれていない。」を「ある。」と改める。

(4) 同5頁14行目の次に改行して以下のとおり加える。

「ウ 基準日後2か月以内に過払金返還請求を受けた債権があるときは,被控訴人が顧客に返還した額を営業譲渡代金から控除する旨の合意(前提となる事実(4)ウ)は,営業譲渡代金の最終支払額を決定するための清算条項であり,被控訴人が過払金返還債務を承継することを前提とするものではない。」

(控訴人の当審における主張)

(1) 旧ハッピークレジット及び被控訴人の連名による控訴人に対する債権譲渡・譲受通知書(甲13,以下「本件通知書」という。)によれば,旧ハッピークレジットと控訴人との間で締結された金銭消費貸借包括契約(以下「本件基本契約」という。)に基づく契約上の地位が旧ハッピークレジットから被控訴人に譲渡されたことが明らかである。

しかして,契約上の地位の譲渡がなされた場合は,当該契約から既に生じている債権,債務だけではなく,将来発生する債権,債務や当該契約に付随的な債権,債務,さらには解除権,取消権等の形成権も移転するというのが判例,通説であるところ,過払金返還債務は,当該金銭消費貸借契約に基づく一連の借入と返済を利息制限法所定の制限利率(以下,単に「制限利率」という。)に引き直して計算した場合に発生するものであり,当該金銭消費貸借契約から発生する債務にほかならないから,旧ハッピークレジットの控訴人に対する過払金返還債務も上記契約上の地位の譲渡に伴って被控訴人に移転したものである。

(2) 債権譲渡においては,債権は1個の財産として同一性をもって移転するものであるから,債権の中身を分割してその同一性を損なうような譲渡をすることはできない。

ところで,本件基本契約は,貸主は限度額まで金銭を貸し付ける義務を負担し,借主は毎月一定額を返済する義務を負うという継続的諾成的消費貸借契約であり,旧ハッピークレジットから被控訴人に譲渡された貸付債権38万7828円(以下「本件貸付債権」という。)は,本件基本契約に基づいてなされた一連の個別貸付と個別返済が集積された結果である。すなわち,上記38万7828円は,一連の貸付と返済行為を内容とする貸付債権が被控訴人に移転したことを示しているものである。

しかして,旧ハッピークレジットと被控訴人の合意のみで,過払金返還請求権を基礎付ける事実(すなわち,上記一連の貸付と返済行為)を本件貸付債権から切り離して旧ハッピークレジットに留保することは性質上できないから,上記過払金返還請求権を基礎付ける事実も本件貸付債権の内容として被控訴人に移転しているものである。

そうすると,上記過払金返還請求権を基礎づける事実が被控訴人に移転している以上,それらの事実に基づいて構成される過払金返還債務も被控訴人に移転しているものである。

(3) 貸金業法24条2項に基づいてなされた本件通知書(甲13)によれば,被控訴人は,38万7328円の本件貸付債権を契約上の地位とともに譲り受けた旨を控訴人に通知しているところ,同通知は,旧ハッピークレジットと控訴人の従前の契約関係(事実状態を含め)をそのまま引き継ぐことを明らかにしたものである。そうすると,被控訴人は,控訴人がした弁済行為についてみなし弁済が成立しなければ,債権譲渡を受けた本件貸付債権が過払金返還債務に転化する可能性のあることを認識して本件貸付債権の譲渡を受けたものと考えられる。そうであれば,被控訴人は,上記過払金返還債務を旧ハッピークレジットから承継したものというべきである。

仮に被控訴人が上記過払金返還債務を承継していないのであれば,本件基本契約の内容に債権の同一性を著しく損なうような変更が加えられていることになるが,そのような契約内容の変更は,被控訴人と旧ハッピークレジットとの間の合意のみで行うことはできず,仮にできたとしてもその合意は控訴人に対抗することができないものというべきである。

(4) 本件営業譲渡は,旧ハッピークレジットの事業に必要不可欠な資産を譲渡し,その消滅を前提とするものであって,その実態は被控訴人を存続会社とする吸収合併であり,簿外債務発生の危険性,債権者の異議及び従業員の労働条件に関する合意の困難等の問題を解決するために,形式的に営業譲渡という手段を選択したものにすぎないから,被控訴人は旧ハッピークレジットから過払金返還債務を包括的に承継しているものである。

(5) 仮に被控訴人と旧ハッピークレジットとの間の本件営業譲渡契約により過払金返還債務が旧ハッピークレジットに留保されて被控訴人に承継されない場合は,以下のとおり,民法94条2項の類推適用,民法93条の適用及び信義則違反により,被控訴人は過払金を控訴人に返還すべき義務がある。

ア 上記の場合においては,被控訴人と旧ハッピークレジットは,本件営業譲渡契約により過払金を基礎付ける事実は移転しないとの合意をしながら,控訴人に対しては,本件通知書により,本件基本契約上の地位と同契約に基づいて生じた事実のすべてが移転した旨を通知したことになる。そうすると,上記通知は被控訴人と旧ハッピークレジットとの通謀虚偽表示に該当するところ,控訴人は上記通知を信頼して被控訴人との取引を継続してきたものであるから,民法94条2項の善意の第三者に当たる。

したがって,被控訴人は,控訴人に対して,過払金を基礎付ける事実ひいては過払金返還債務を承継していないことを主張することができない。

イ 被控訴人は,上記のとおり,控訴人に対して,契約上の地位と本件貸付債権(それを基礎付ける事実関係を含む。)を譲り受けた旨通知したものであるところ,控訴人は,過払金を基礎付ける事実を承継していないとの被控訴人の内心の意思を知らず,またこれを知り得なかったものであるから,民法93条本文により,被控訴人に対して過払金の返還を請求することができる。

ウ 被控訴人は,本件財産譲渡契約を締結する前に本件貸付債権の取引履歴等を精査することによってみなし弁済が成立し得るか否かを判断することが可能であったから,みなし弁済が成立すると判断して本件貸付債権の取立をした以上,過払金の返還を請求されてみなし弁済の成立を立証できなかった場合は,その判断の結果もたらされたリスクである過払金の返還を信義則上免れることはできないというべきである。

エ 被控訴人は,本件営業譲渡後,旧ハッピークレジットの下で発生した過払金返還債務について,被控訴人が支払う旨の和解及び合意をしている(甲28,30)。

したがって,被控訴人が,本訴において過払金返還債務を承継していない旨主張することは信義則上許されない。

オ 貸付債権のみを譲り受けて過払金返還債務は承継しないとの合意が有効であるとすれば,貸金業者は債権譲渡と旧会社の破産を併用することによって利息制限法を潜脱することが可能となるが,このような事態は信義則によって排斥されるべきである。

(6) 改正前の商法26条2項の免責登記について

貸金業法の予定している債務者は商業登記制度を知らない者が大部分であるところ,さらに,被控訴人は,控訴人に対し,本件通知書により,契約関係を引き継ぐ旨の通知を積極的にしているのであるから,改正前の商法26条2項の登記による免責を主張することは信義則(禁反言)に反し許されない。

(7) 過払金返還債務の法定利息について

諾成的金銭消費貸借契約に基づく一連の取引を制限利率によって計算し直した結果過払いの状態になったときは,その過払金返還債務については,民法404条により年5分の割合による法定利息が付加される。

(被控訴人の当審における主張)

(1) 控訴人は,①被控訴人が,控訴人と旧ハッピークレジットとの間の契約上の地位を引き継いでおり,②過払金返還債務は契約上の地位を離れて処分できない旨主張しているが,本件営業譲渡契約によれば,被控訴人は本件貸付債権の譲渡を受けたものであって,契約上の地位を移転する旨の合意をしたものではない。また,不当利得返還請求権は,法律上の原因のない利得,損失という事実行為によって発生する法定債権であり,金銭消費貸借契約という法律行為から導かれる権利ではないから,過払金返還債務を金銭消費貸借契約と分離して処分し得ることは当然のことである。

(2) 控訴人は,過払金返還請求権を基礎付ける事実も本件貸付債権の内容として被控訴人に移転している旨主張するが,そもそも事実関係が本件貸付債権の内容として移転するという説明自体が理論的に成り立ち得るか疑問である。控訴人の主張が,債権譲渡に際して,債権譲渡契約の当事者が過去の事実関係によって発生する法律効果をすべて引き継ぐということであれば,契約当事者間の合理的意思解釈からかけ離れている。被控訴人が旧ハッピークレジットから譲り受けたのは本件貸付債権であり,制限利率で計算し直さなければならない事態になった場合の過払金返還債務を引き継がない旨合意していたことは本件営業譲渡契約書上明白である。

(3) 控訴人は,本件営業譲渡契約の実態は吸収合併である旨主張するが,実質的に吸収合併であったとみるべき実態は存在しない。仮にその実態が吸収合併であったとしても,そのことから一般的な債務承継を根拠付けるのは営業譲渡と吸収合併の法的規制の差異を無視した議論であり,法解釈論とはいえない。

(4) 民法94条2項の類推適用及び93条本文の適用について

本件通知書の記載内容から,被控訴人が,控訴人に対して,本件貸付債権を基礎付ける事実のすべてを承継した旨の意思表示をしたものと解釈することはできない。したがって,控訴人の民法94条2項の類推適用及び93条本文の適用についての主張は失当である。

(5) 控訴人は,みなし弁済が成立すると判断して取立をした以上,過払金の返還を請求されてみなし弁済の成立を立証できなかった場合は,その判断の結果もたらされたリスクである過払金の返還を信義則上免れることはできない旨主張するが,被控訴人は,みなし弁済が成立しなかった場合のリスクを譲受債権が存在しないという形で負担している。被控訴人が上記リスクを超えて過払金返還債務まで負担すべき合理的理由は存在しないし,また,旧ハッピークレジットの外に被控訴人まで過払金返還債務を負担すべき合理的理由も存在しない。したがって,被控訴人には,控訴人に対して過払金を返還すべき信義則上の義務はない。

(6) 控訴人は,旧ハッピークレジットの下で発生した過払金返還債務について被控訴人が自ら支払う旨の和解及び合意をしていることをもって,被控訴人が本訴において過払金返還債務を承継していない旨主張することは信義則上許されない旨主張するが,和解は紛争の合理的解決の観点から双方の互譲によって成立するものであり,控訴人が摘示する事例は費用面を考慮した例外的なものにすぎず,被控訴人は過払金返還債務を承継する前提での和解を一般的に行っていたわけではないから,被控訴人が本訴において過払金返還債務を承継していない旨主張することは信義則に反するものではない。

(7) 控訴人は,利息制限法を潜脱することが可能となるような事態は信義則によって排斥されるべきである旨主張するが,本件営業譲渡契約は利息制限法を潜脱することを目的とするものではない。

第3当裁判所の判断

当裁判所は,控訴人の本件請求は,控訴審で減縮された範囲で理由があるものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

1  争点(1)(被控訴人は旧ハッピークレジットの過払金返還債務を承継したか。)について

(1)  本件通知書(甲13)によれば,旧ハッピークレジットは被控訴人に対し,平成12年6月1日,旧ハッピークレジットの控訴人に対する本件貸付債権(元本38万7828円,利息775円)を,両者間で締結された本件基本契約書に基づく契約上の地位とともに譲渡したことが認められる。

(2)ア  営業譲渡においては,譲渡人の所有する財産のうち,どの財産を譲り受けてどの財産を譲り受けないかは,当該財産に独立性が認められる限り,譲渡人と譲受人との間で自由に決定することができる。しかし,譲渡人の財産のうち特定の契約関係(本件では,旧ハッピークレジットと控訴人との間の本件基本契約に基づく契約上の地位)を譲り受けると決定した場合は,当該契約関係における相手方の権利を保護する必要があるから,当該契約関係から生じた債権,債務について,その性質や債権,債務間の相互関係等を考慮することなくこれを分離して,譲渡するものとしないものとを譲渡人と譲受人との間で自由に決定することはできないというべきである。

なお,被控訴人は,契約上の地位が移転しても,既発生の債務は移転しない旨主張するが(原判決5頁12行目から13行目),その例として指摘する賃料債権は譲渡人の権利であるから,相手方の権利保護の観点からしても移転しないことに問題はないが,債務については,相手方の権利保護の観点からすれば,相手方の同意等特段の事情のない限り,譲受人が重畳的に債務引受をしたと解すべきであるから,被控訴人の上記主張は採用できない。

イ  そこで,本件過払金返還債務の性質について検討するに,甲13に添付されている金銭消費貸借包括契約証書によれば,本件基本契約は,貸主は限度額(40万円)まで金銭を貸し付ける義務を負担し,借主は毎月一定額(1万9000円)を返済する義務を負うという継続的諾成的金銭消費貸借契約であり,その約定利率は制限利率を超える36.5%であったことが認められる。

したがって,控訴人が借入と返済を繰り返し,これを制限利率によって計算し直すと,ある時点で過払金が発生するが,その後に借入をすると上記過払金はこれに充当されて消滅することがあり得るものであり,このように過払金は本件基本契約の存続中は増減を繰り返し,本件基本契約が終了した時点でその債権額が確定するものである。すなわち,本件基本契約に基づく借入と返済は一連一体のものであり,これを繰り返した結果生じた過払金返還債務は,その性質上,特定の時点でこれを分離することはできないものと解するのが相当である。すなわち,過払金返還債務は,一旦発生した後,基本的な契約関係とは別個に決済されることが予定されている支分権的な債務とは性質を異にするものというべきである。

そうすると,旧ハッピークレジットとの取引下における過払金のみを本件営業譲渡の時点で貸付債権から分離して,これを譲渡の対象から除外することはできないものというべきである。

ウ  次に,本件貸付債権と過払金返還債務との関係について検討するに,本件貸付債権は,貸金業法43条1項の要件が満たされる場合は貸金業者に貸金債権が認められるが,その適用がないため制限利率による引き直し計算が行われる場合は過払金を生じ,貸金業者がその返還義務を負うという性質のものである。したがって,本件貸付債権が残存するか,逆に過払金返還債務が発生するかは,同一の事実関係につき貸金業法43条1項が適用されるか否かによって決定されるという表裏一体の関係にあるものであるから,本来的にこれを分離することは不可能であるといわざるを得ない。

そうすると,本件営業譲渡契約において,本件貸付債権は被控訴人に譲渡するが,過払金返還債務は旧ハッピークレジットに留保するという取扱いをすることはできないものというべきである。

なお,被控訴人は,過払金返還請求権は民法703条によって発生する法定債権であり,契約上の地位に基づいて発生するものではないから,契約上の地位の移転に伴って当然に移転するものではない旨主張するが,過払金返還請求権が法定債権であっても,上記のとおり,同請求権は本件基本契約に基づく借入及び返済行為を原因とするものであり,本件貸付債権と表裏一体の関係にあるものであるから,本件貸付債権が移転すれば過払金返還請求権もこれに伴って当然に移転するものというべきであり,被控訴人の上記主張は理由がない。

(3)ア  更に付言するに,前提となる事実(4)ウのとおり,本件営業譲渡契約においては,営業譲渡代金の最終支払額を算定するにあたり,基準日後2か月以内に過払金返還請求を受けた債権があるときは被控訴人が顧客に返還した額を控除する旨の合意がなされていた。

上記事実によれば,被控訴人は,旧ハッピークレジットの過払金返還債務を承継することを前提として本件営業譲渡契約を締結したものと推認される。そして,基準日後2か月以内とは,過払金返還債務を同期間内に限って承継する必要性も合理性も認められないことからして,譲渡代金の最終支払日との関係で求償期間に区切りをつけるために定められたものにすぎず,被控訴人は同期間経過後も旧ハッピークレジットの過払金返還債務を承継することを前提にしていたものと推認するのが相当である。

被控訴人は,上記のとおり,上記合意は譲渡代金の最終支払額を決定するための清算条項であり,被控訴人が過払金返還債務を承継することを前提とするものではない旨主張する。しかしながら,被控訴人が過払金返還債務を承継しないのであれば,被控訴人が顧客に返還した額を譲渡代金から控除する必要はないのであり,上記合意がなされたということは被控訴人が過払金返還債務を承継した事実を推認させるものであるから,被控訴人の上記主張は採用できない。

イ  前提となる事実(4)エのとおり,本件営業譲渡契約においては,被控訴人が旧ハッピークレジットの保有する顧客データ及び台帳・契約書類一式を承継し,旧ハッピークレジットはこれらの情報及び資料を速やかに消去し,以後保有しないものとすることが合意されていた。

旧ハッピークレジットの下での取引が貸金業法43条1項の要件を満たしているか否かの判断は,上記情報及び資料に基づいてなされるものであるから,旧ハッピークレジットとしては,顧客から過払金返還請求がなされても,上記情報及び資料がなければこれに対応することができないものであることからすると,上記合意の存在は,旧ハッピークレジットの下での取引から発生する過払金返還債務も,被控訴人がこれを引き受ける意思であったことを推認させるものということができる。

ウ  乙4及び弁論の全趣旨によれば,旧ハッピークレジットは,平成12年6月1日に本件営業譲渡をした後,本件営業譲渡代金で担保権が設定されていた債務の弁済をした上で,平成13年1月31日に自己破産の申立てをし,同年2月9日に破産宣告がなされたが,上記破産手続において,控訴人を含む旧ハッピークレジットの顧客に対して破産宣告の事実などを記載した書面は送付されなかったことが認められる。

上記認定事実によれば,旧ハッピークレジットは,本件営業譲渡後は過払金の返還に応じることを予定していなかったものと推認される。

エ  前提となる事実(4)イのとおり,本件営業譲渡契約においては,被控訴人は,顧客預り金及び顧客前受収益に関する債務を除き,旧ハッピークレジットの債務を一切引き受けない旨合意されていた。

しかしながら,消費者金融の利用者は過払金返還請求権の存在を知らないのが通常であり,制限利率によって引き直し計算をすると過払金が発生している場合でも,従前どおりの約定利息による借入,返済を継続することが多く,消費者金融業者はこれにより多大な収益を上げてきたものであること(当裁判所に顕著な事実),そして,被控訴人は,過払金返還債務を承継する意思がないのであれば,顧客の取引履歴を調査して過払金返還債務が生じている取引を譲渡の対象から除外すれば足りるのに,そのようなことはしていないこと(弁論の全趣旨),さらに,被控訴人は,原審における平成18年9月20日付け準備書面第2の2において,「みなし弁済の要件を満たすかは,顧客からその要件の存在を争われた時点で,その当時現存する資料に基づき立証可能性等も考慮して判断されるのであって」と主張していることを総合考慮すると,被控訴人は,過払金が発生している可能性のある貸付債権であっても,これを譲渡対象から除外することなく取引を継続する方がメリットがあると判断したものであり,顧客から過払金の返還請求がなされるまでは過払金が「債務」であるとの認識はなかったものと推認されるから,上記合意の「一切引き受けない債務」の中には,旧ハッピークレジットの取引下で生じた過払金返還債務は含まれていなかったものと解される。そして,そのように解すれば上記ア,イとの整合性も保たれる。

したがって,上記合意が存在することをもって,被控訴人が旧ハッピークレジットの過払金返還債務を承継しない旨の合意をしたと認めることはできないというべきである。

(4)  被控訴人は,本件営業譲渡後,控訴人に対して本件通知書を送付し,旧ハッピークレジットと控訴人との取引を前提として,従前どおりの取引を継続したものであり,店舗やATM機の横に掲示した張り紙においても,被控訴人が営業債権の譲渡を受けて取引を引き継ぐので,契約書の書き換え手続を依頼する旨が記載されているのみで,貸付債権は引き継ぐが過払金返還債務は承継しない旨の記載はなかった(乙11,12,弁論の全趣旨)。

(5)  甲28,30によれば,被控訴人は,本件営業譲渡後,旧ハッピークレジットの下で発生した過払金返還債務について,被控訴人が支払う旨の和解及び合意をしていることが認められる。

(6)  上記(1)ないし(5)の事情,すなわち,被控訴人は本件貸付債権を契約上の地位とともに譲り受けたものであること,本件過払金返還債務はその性質上特定の時点で本件貸付債権から分離することはできないものであり,かつ本件貸付債権と過払金返還債務は本来的にこれを分離することは不可能であること,被控訴人は本件営業譲渡契約において旧ハッピークレジットの過払金返還債務を承継することを前提としていたものと推認されること,被控訴人は旧ハッピークレジットの下で発生した過払金返還債務について被控訴人が支払う旨の和解及び合意をしていること等を総合すると,被控訴人は,本件営業譲渡契約により,旧ハッピークレジットの取引下で生じた過払金返還債務も承継するという契約上の地位の譲渡を受けたものと認めるのが相当である。

なお,上記は商号続用による債務の承継ではないから,免責登記の効力(争点(2))について判断するまでもなく,被控訴人は,旧ハッピークレジットの下で生じた過払金返還債務についても,その支払義務があるというべきである。

2  争点(3)(悪意の受益者)について

当裁判所も,旧ハッピークレジット及び被控訴人は悪意の受益者であると判断する。その理由は,以下のとおり補正するほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」の3記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決13頁14行目の「甲4」の次に「,13,乙4」を加え,同行目の「被告は,」を「被控訴人及び旧ハッピークレジットは,」と改める。

(2)  同13頁18行目の「被告が」を「被控訴人及び旧ハッピークレジットが」と改める。

(3)  同13頁20行目の「限り,」の次に「被控訴人及び旧ハッピークレジットは」を加える。

(4)  同13頁22行目の「否認しているものの,」の次に「控訴人と被控訴人及び旧ハッピークレジットとの取引について,被控訴人及び旧ハッピークレジットが」を加える。

(5)  同14頁2行目の「原被告間の平成12年6月28日以降の取引」を「控訴人と旧ハッピークレジット及び被控訴人との取引」と改める。

3  争点(4)(過払金返還債務の法定利息)について

過払金返還債務の法定利息は,民法404条により年5分と解するのが相当である。

4  まとめ

前提となる事実(1),(2),(5),(7)のとおり,控訴人は旧ハッピークレジット及び被控訴人との間で原判決別紙1のとおり借入及び返済を行ったものであるところ,これを制限利率及び年5分の法定利息で引き直し計算して,被控訴人が控訴人に対して支払うべき過払金額及び法定利息を計算すると,別紙「利息制限法に基づく法定金利計算書」のとおり,①過払金191万1275円,②平成18年4月4日までの民法所定の年5分の割合による法定利息4万7117円,③上記過払金191万1275円に対する平成18年4月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による法定利息となる。そして,上記金額から原審認容額を控除すると,上記別紙の「算定表」記載のとおり,被控訴人が控訴人に対して支払うべき金員は,134万9958円及び内金130万9342円に対する平成18年4月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による金員となる。

第4結論

以上のとおり,控訴人の本件請求は控訴審で減縮された範囲で理由があり,これと一部結論を異にする原判決は相当でないから,原判決中の控訴人敗訴部分を取り消して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 坂本慶一 裁判官 林道春 裁判官 山下美和子)

<以下省略>

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