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名古屋高等裁判所 平成19年(ネ)241号 判決 2007年9月26日

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

(1)  控訴人は,被控訴人に対し,50万円を支払え。

(2)  被控訴人のその余の請求を棄却する。

2  訴訟費用は,第1,2審を通じ,これを2分し,その1を控訴人の負担とし,その余を被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

(1)  原判決を次のとおり変更する。

ア 控訴人は,被控訴人に対し,50万円を支払え。

イ 被控訴人のその余の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

(1)  本件控訴を棄却する。

(2)  控訴費用は控訴人の負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,被控訴人が控訴人に対し,大雨により,損害保険契約の目的物である保育園・老人ホームに床上浸水があったとして,同保険契約に使用された約款に基づく水害保険金として,100万円の支払を求めた事案である。

控訴人は,保険事故があったことは争っていないものの,抗弁として,上記保育園・老人ホームと同一構内にある被控訴人の診療所につき別の損害保険契約(日本興亜損害保険株式会社(以下「日本興亜」という。)との間の店舗総合保険契約。以下「日本興亜保険契約」という。)があるので,約款の条項の適用により水害保険金が100万円から減額され,その支払額は50万円となる旨主張している。

これに対し,被控訴人は,保育園・老人ホームと診療所とが同一構内にあることを争うとともに,再抗弁として,控訴人が本件への適用を主張する約款の条項は民法90条に違反する旨,本件の保険事故に同約款の条項を適用することは信義則に反し権利濫用である旨主張している。

2  原判決は,保育所及び老人ホームと診療所とは同一構内にないとして,控訴人の抗弁を排斥し,被控訴人の請求どおりに100万円の支払を命じたので,控訴人が控訴した。

3  当事者の主張は,原判決の「事実」中の「第2 当事者の主張」欄の1ないし6に記載のとおりであるから,これを引用する。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は,被控訴人の請求は,50万円の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却すべきものと判断するが,その理由は,以下のとおりである。

2  請求原因事実について

原判決の「理由」欄の2(原判決12頁5行目冒頭から15行目末尾まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

3  抗弁について

(1)  約款第1章第14条(他の保険契約がある場合の保険金の支払額)第4項第3号には,「第1条(保険金を支払う場合)第7項第3号または第4号の損害」の場合として,控訴人が主張する文言どおりの規定が存在すること,本件保険契約の目的となっている保育園・老人ホームが原判決別紙物件目録記載1,2のとおりであり,日本興亜保険契約の目的物である診療所が同目録記載3のとおりであること,それぞれの位置関係が原判決別紙図面のとおりであること,本件においては,上記約款の規定にいう「1構内」につき,合計100万円が支払われるべきことについては,当事者間に争いがない。

(2)  「1構内」の意味について,証拠(甲3,乙1,2,5,6)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 水害は,その性質上,1事故による損害額が巨額となるおそれがあり,損害を被る頻度の高い地域などがある程度,定まってくることから,逆選択の危険性が強いため,水害に関する損害保険契約は,通常,担保に一定の制限を設けていること,本件保険契約において,建物ごとにではなく「1構内」ごとに水害保険金支払額の上限を画した(約款第1章第7条第2項ないし第5項)のは,このような趣旨に由来するものであること,

イ 本件契約にかかる控訴人の店舗総合保険(以下「本件店舗総合保険」という。)は,損害保険料率算出団体に関する法律(料団法)に基づいて設立された民間(非営利)の料率算出団体である損害保険料率算出機構が算出した,火災保険一般物件参考純率,及びこの参考純率を前提として補償内容や条件を定めた標準約款(店舗総合保険普通保険約款)を用いていること,この参考純率は,「火災保険一般物件参考純率規定」(以下「本件参考純率規定」という。)により損害保険料率算出機構の会員である各損害保険会社に提供されており,同規定には,料率適用上の重要事項が網羅的に定められていること,

ウ 本件参考純率規定において,「構内」とは「囲いの有無を問わず,保険の目的の所在する場所およびこれに連続した土地で,同一保険契約者または被保険者によって占有されているものをいう。この場合,公道,河川等が介在していても構内は中断されないものとする。」とされており,控訴人や日本興亜はもとより,それ以外の各損害保険会社も,「1構内」についてはこの定義に従って保険金の支払を運用していること,

エ 損害保険料率算出機構の業務は金融庁の監督を受け,同機構が作成した参考純率も金融庁長官に届出がなされ,本件店舗総合保険も金融庁長官の認可を得ていること

これらに加えて,水害においては,実際の損害の査定が被災地においては困難であることが予想される反面,水害発生時には,迅速かつ公平な保険金の支払が強く要請されるから,主に土地の連続性,占有性という画一的な要素によって「1構内」の意味を把握することこそ,上記要請に合致するといえることをも考慮すれば,「1構内」の意味としては,本件参考純率規定の定義に従い,囲いの有無を問わず,保険の目的の所在する場所およびこれに連続した土地で,同一保険契約者または被保険者によって占有されているものをいい,公道,河川等が介在していても構内は中断されないもの,と理解するのが相当である。

そして,このように理解すると,本件において,被控訴人の保育園・老人ホームと診療所とは,同一構内にあることになる。

(3)  これに対し,被控訴人は,「構内」とは「かまえのなか。建物や敷地の中のことで「構外」の反対語(広辞苑)」という解釈が普通であり,「敷地」とは「建物や施設を設けるための土地」をいうのであって,公道によって分断されて地番が違い別の建物が設けられている土地は,それぞれ別の「敷地」と解すべきである,上記(2)のような「1構内」の定義は,水害の場合には損害が莫大になる可能性があるから保険回避・保険制限をしたいという保険会社側の特殊な思惑に基づく解釈の結果であり,そのような解釈をとるのであれば,約款において「1構内」の定義規定を設けるなどすべきである,控訴人の保険代理店の担当者自身も,上記のような「1構内」に関する解釈を知らず,被控訴人への説明もなかったのであるから,本件保険契約において,控訴人と被控訴人の間に「1構内」を上記のように解釈するとの合意があったとはいえないとし,通常の用語に従えば,保育園や老人ホームがある「1構内」に診療所は含まれない旨主張する。

しかし,上記のとおり,金融庁長官の認可を得た本件店舗総合保険において用いられている標準約款の依拠する参考純率は,金融庁の公的な審査ないし監督を受けているところであって,料率適用上の重要事項を網羅的に定めた本件参考純率規定に従って「1構内」の意味を解釈することが損害保険業界の一方的な思惑のみに基づく不公正なものとはいい難い。むしろ,本件参考純率規定に従った「1定義」の解釈は,上記のとおり十分に合理性を有するものといえるところであり,このような合理的な解釈に基づく約款の規定は,本件保険契約の内容となって,本件契約当事者である被控訴人を拘束するものと解されるから,約款に「1構内」の定義規定がなかったり,被控訴人への個別的な説明がなかったりしたとしても,本件保険契約においてかかる約款の適用が排斥されるものではない。

よって,被控訴人の主張を採用することはできない。

(4)  もとより,証拠(甲5ないし7,乙4)及び弁論の全趣旨によれば,保育園,老人ホーム及び診療所は,いずれも被控訴人が所有・占有しており,保育園・老人ホームは社会福祉法上の社会福祉事業として,診療所は同法26条の事業(公益事業又は収益事業)として,いずれも社会福祉法人たる被控訴人が経営していること,現地に設置されている「総合案内図」(乙4)には,社会福祉法人たる被控訴人が経営する施設として,保育園,老人ホーム及び診療所が,シルバーケア豊壽園東館及び同西館などとともに一体となって大きく表示され案内されていること,保育園・老人ホームと診療所との間には,アスファルトで舗装され歩道が整備された幅員6メートルの公道(公衆用道路)が北東-南西方向に設置されているが,これらの建物付近を離れて北東方向へ伸びる道路は,舗装がされていない畦道であること,したがって,この6メートルの公道は,むしろ保育園,老人ホームの区画と診療所の区画との一体性を示しているといえること,保育園のフェンスは園児の保護のために設置されていると考えるのが一般的であり,老人ホームの植込みは施設の性質上の配慮等から設置されたものというべきであって,いずれも区画の分断とは直接関係がないこと,保育園・老人ホームと診療所とは建物の建築年月日を異にするものの,老人ホームの建物と診療所の建物は,その屋根の素材,色,形状あるいは勾配等の体裁が同一であること,保育園の送迎又は行事等の際には,診療所の敷地内南西部分の空き地が駐車スペースとして利用され得ることが容易に看取されることが認められる。これらからすれば,たとえ被控訴人のいう通常の用語に従ったとしても,保育園,老人ホーム及び診療所が「1構内」に存するものと十分いえるところであり,このような理解が日常用語とかけ離れ,常識に反するものとは到底いえない。

(5)  そうすると,本件保険事故は,約款第1章第14条(他の保険契約がある場合の保険金の支払額)第4項第3号にいう「1構内」に他の保険契約がある場合に該当し,控訴人の抗弁は理由がある。

4  再抗弁について

(1)  民法90条違反について

被控訴人は,保育園と老人ホームに関する保険料を控訴人に支払い,診療所に関する保険料を日本興亜に支払っており,それぞれ別々の対象物につき別々に計算した正当な保険金を受け取るために,別々に保険料を支払っているのであるから,本来,水害事故に対する保険金としても,保育園・老人ホームと,診療所について別々に請求できるはずであること,しかるに,約款第1章第14条第4項第3号(他の保険契約がある場合の保険金の支払額)によれば,控訴人と日本興亜は,被控訴人に二重に保険料の出捐をさせておきながら,控訴人が支払うべき保険金を半減させることができることになり,控訴人が不当に利益を受ける結果となることから,かかる結論を導く上記約款の定めは民法90条に違反し無効である旨主張する。

しかしながら,本件保険契約において,建物の什器,備品の損害に対する水害保険金の上限を1構内ごとに画した趣旨は上記3(2)アのとおりであり,水害は広範囲にわたる被害をもたらすことが多いから,1事故すなわち1回の水害で巨額の損害が発生するおそれがあり,その損害のすべてを保険することができないので,各保険契約においては1事故・1構内の水害保険金額の上限を100万円と定めているのであって,このような約款は不合理であるとはいえない。

そして,さらに,1事故・1構内の水害について保険金額の上限を100万円と定めた趣旨が,水害による被害が巨額になり,そのすべてを保険することができないことから,被保険利益をその限度で認めるというものであり,1事故・1構内の本件金額は,被保険利益の限度でもあるわけである。したがって,同一構内について,複数の保険契約が締結されれば,重複契約として扱い,各契約における保険金の支払はその保険金額に応じて按分して行うとすることも一応の合理性があり,上記約款は一概に不当ということはできない。

よって,本件の約款が民法90条違反により無効であるとする被控訴人の主張は採用できない。

(2)  信義則違反,権利の濫用について

本件保険契約締結の際,控訴人の保険代理店が被控訴人に対し,「1構内」の意味や約款第1章第14条(他の保険契約がある場合の保険金の支払額)についての説明(他の保険会社との按分)をしなかったことについて,当事者間に争いはないが,約款の規定は説明がなくとも約款自体の拘束力により本件保険契約の当事者に適用されるものである上,被控訴人が控訴人やその保険代理店に対し,これらについての説明を求めたことがあったとは認められず,したがって,控訴人やその保険代理店が被控訴人から説明を求められたにもかかわらず,虚偽の説明をしたなどの事情は一切認められないことからすれば,約款第1章第14条第4項第3号(他の保険契約がある場合の保険金の支払額)を本件保険事故に適用することが信義則に反し権利濫用になるものとはいえず,被控訴人の主張は認められない。

5  したがって,被控訴人の請求は,50万円の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余については理由がないから棄却すべきである。

第4結論

よって,以上と結論を異にする原判決を一部変更することとし,主文のとおり判決する。

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