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名古屋高等裁判所 平成19年(ネ)630号 判決 2007年12月27日

岐阜県各務原市●●●

控訴人

●●●

訴訟代理人弁護士

瀧康暢

同上

鈴木含美

同上

小出智加

東京都千代田区●●●

被控訴人

プロミス株式会社

代表者代表取締役

●●●

訴訟代理人弁護士

●●●

"

主文

1  本件控訴に基づき,原判決中,次項の請求に係る部分を取り消す。

2  被控訴人は,控訴人に対し,258万8776円及びうち257万3516円に対する平成18年10月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  その余の本件控訴を棄却する。

4  控訴人が当審において追加した請求に基づき,被控訴人は,控訴人に対し,117万0484円及びこれに対する平成18年10月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

5  控訴人が当審において追加したその余の請求を棄却する。

6  訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを5分し,その2を控訴人の負担とし,その余を被控訴人の負担とする。

7  この判決の第2項,第4項及び第6項は,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1申立て

1  控訴の趣旨

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人は,控訴人に対し,259万9542円及びうち257万3516円に対する平成18年10月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

(4)  第2項及び第3項につき仮執行宣言

2  控訴人が当審において追加した請求

被控訴人は,控訴人に対し,375万9256円及びこれに対する平成18年10月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  本件は,金銭消費貸借の借主である控訴人が貸主(貸金業者)である被控訴人に対し,利息制限法1条1項所定の利息の制限額を超えて利息として支払った部分を元本に充当すると,最終取引日である平成18年10月3日の時点において,過払により,633万2772円の不当利得金及び2万6026円の法定利息が発生しているとして,合計635万8798円及びうち不当利得金633万2772円に対する同月4日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による法定利息の支払を求める事案である。

原審が控訴人の請求(257万3516円の不当利得金,平成18年10月3日までの法定利息181万5761円,上記不当利得金に対する同月4日から支払済みまでの法定利息)を全部棄却したため,これを不服とする控訴人が控訴した。なお,控訴人は,当審において,訴えを変更して,上記金員の支払を求めている。

2  前提事実

控訴人と被控訴人は,昭和54年1月18日から平成18年10月3日までの間,カードを利用して,原判決別紙1「原告主張書面」添付の計算書記載のとおり,継続的に金銭の貸付けとその返済を繰り返したが,その途中の平成7年12月10日に一旦債務が完済され,その後,平成11年3月26日に再開されるまでの約3年3か月の間,取引が中断した(甲1)。また,上記取引再開に当たり,控訴人と被控訴人は,極度借入基本契約書(乙2)を取り交わした。なお,上記平成7年12月10日の完済時までの取引(以下「第1取引」という。)における控訴人の会員番号は,5110-△△△△△であり,上記再開後の取引(以下「第2取引」という。)における控訴人の会員番号は,5135-▲▲▲▲▲である(甲1)。

3  当事者の主張

次のとおり付け加えるほか,原判決「事実及び理由」中の「2 当事者の主張」記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決書1頁25行目の「被告において時効を援用」を「被控訴人は,平成19年5月21日の原審口頭弁論期日において,控訴人に対し,第1取引により生じた過払金の不当利得返還請求権とその法定利息の支払請求権につき,消滅時効を援用するとの意思表示をした。」と改める。

(2)  当審において当事者が追加又は敷衍した主張

(控訴人の主張)

ア 充当合意について

次の諸事情からすれば,控訴人と被控訴人との間には,第1取引による過払金とその利息をその後の第2取引による新たな借入金債務に充当する旨の合意があるといえる。

すなわち,控訴人と被控訴人との間の基本取引には,自動更新規定があることや,被控訴人は,第1取引終了時に,キャッシング用のカードを回収していないことからすれば,第1取引終了時においても,当事者間では,次の取引を行うことが想定されていたといえる。また,第2取引開始時における与信審査は,第1取引時の審査結果を踏まえて,単なる本人確認をした程度のものであり,このことは,被控訴人が,契約の継続を前提にしていたことを意味する。なお,会員番号は,顧客管理のためのものにすぎないから,これが第1取引と第2取引とで異なることは,上記充当合意の存在を否定する理由とはなり得ない。また,取引全体の期間が約27年もの長きにわたることからすれば,取引の中断期間(約3年3か月余)があっても,上記充当合意の存在を肯定することの妨げとはならないというべきである。

イ 消滅時効について

同一当事者間で,借入限度額の枠内で継続的に借入れと返済を繰り返すことが予定された継続的金銭消費貸借取引においては,弁済によって過払金が発生する都度,別個の不当利得返還請求権が発生するものではなく,取引が継続する限り,不当利得返還請求権は1個であると解される。したがって,過払金債権は,最終取引の時点(本件においては,平成18年10月3日)で確定的に発生し,この時から権利行使が可能になるから,これをもって,消滅時効の起算点とすべきである。なお,このように解することは,過払金返還請求において返済と同時に民法704条所定の法定利息(これは,遅延損害金ではなく,運用利息に当たる)を付することと何ら矛盾するものではない。

また,消費者金融における顧客にとって,過払金がいつ,どれだけ発生しているのかを知ることは容易でないことからすれば,過払金債権の権利行使が可能になるのは,早くとも最終取引時であるとするのが相当である。

仮に,弁済によって過払金が発生する都度,消滅時効が進行するとしても,被控訴人は,控訴人の無知に乗じて,なおも貸金返還請求権があるかの如く装って取引を継続したのであるから,被控訴人において消滅時効を援用することは,権利の濫用に当たり許されない。

(被控訴人の主張)

ア 充当合意について

第1取引と第2取引は,それぞれ別個の基本契約に基づくものであり,第1取引による過払金とその利息をその後の第2取引による新たな借入金債務に充当することはできない。その理由は,次のとおりである。

すなわち,①会員番号が異なることは,被控訴人における顧客管理として別個の契約契約を締結した顧客であることを明確に示すものである。②第1取引終了時において,控訴人は,基本契約の継続を希望せず,基本契約を解除するとの意思表示をした(その際,被控訴人は,基本契約書を控訴人に返還したと考えられるが,その証拠は残っていない。)。③基本契約が終了すると,これ以降,新たな基本契約が締結されない限り,顧客は,それまで所持していたキャッシング用のカードを使用できなくなるから,被控訴人がこれを回収しなかったからといって,控訴人に対する次の貸付けを予定したとはいえない。④被控訴人は,第2取引の開始時においても,与信審査を実施した。⑤第2取引の開始時には,新たな基本契約書(乙2)が作成され,極度額等の契約内容も第1取引とは異なっている。

イ 消滅時効について

過払金の不当利得返還請求権は,過払金が生ずる弁済がされた時に,その都度発生し,かつ,発生と同時にその権利行使をすることができる(権利者の不知は,法律が特別の規定を置かない限り,消滅時効の進行を妨げない。)。

消滅時効に関する控訴人の法的主張はすべて争う。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は,控訴人の本件請求(当審における訴え変更後のもの)は,375万9260円(うち法定利息が1万5260円)及びうち不当利得金374万4000円に対する平成18年10月4日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による法定利息の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がないと判断する。その理由は,以下のとおりである。

2  充当合意について

同一の貸主と借主との間で基本契約に基づき継続的に貸付けが繰り返される金銭消費貸借取引において,借主がそのうちの一つの借入金債務につき利息制限法所定の制限を超える利息を任意に支払い,この制限超過部分を元本に充当してもなお過払金が存在するが,その当時,他の借入金債務が存在しない場合においても,当事者間に上記過払金をその後に発生する新たな借入金債務に充当する旨の合意が存在するときは,その合意に従った充当がされるものというべきである(最高裁判所平成19年6月7日第一小法廷判決・判例時報1977号77頁参照)。

これを本件についてみると,控訴人と被控訴人との間で,昭和54年1月18日までに最初の基本契約が締結されているので,この基本契約において,以後この基本契約に基づく取引により生じた過払金はその後の貸付金の支払に充当する旨の合意がされたものと認めるのが相当である。

そして,上記の基本契約に基づく第1取引は,平成7年12月10日まで,カードを利用して継続的に金銭の貸付けとその返済が多数回繰り返され,平成7年12月10日に一旦債務が完済された。しかし,その時点で発生していた過払金と法定利息は清算されず,その後,平成11年3月26日に取引が再開され,平成18年10月3日まで,同様に貸付けとその返済が多数回繰り返された。

そこで,第1取引における過払金の充当の合意の効力が第2取引にも及び,第1取引終了時に発生していた過払金及び法定利息を第2取引による新たな貸付金の支払に充当すべきかどうかについて判断する。

まず,証拠(甲10)及び弁論の全趣旨によれば,第1取引の開始当時,被控訴人の作成した基本契約書には,基本契約を自動更新する旨の規定が存在したものと推認できる。また,控訴人は,第1取引の終了時に,被控訴人の従業員から,それまで所持していたキャッシング用のカードを返還するよう求められておらず,また,その後,被控訴人から,新たな借入れを勧誘する電話がかかってきたこともあった(甲41)。そして,控訴人は,第1取引終了後もキャッシング用のカードの保管を続け,第2取引開始に当たり,これを被控訴人の従業員に提示した(甲41,乙2,弁論の全趣旨)。被控訴人は,第1取引終了後も,控訴人との取引再開に備えて,同人の顧客情報を保存していたので,被控訴人の従業員は,第2取引開始に当たり,控訴人に対し,「以前に借りておられましたね」などと言った(甲41,弁論の全趣旨)。これらの事情からすれば,本件においては,控訴人,被控訴人の双方が将来の取引再開に備えた行動を取っているといえる。しかも,通常,貸主は,債務を完済した優良顧客に対しては,その後も貸付けを続けることを希望し,また,借主も,将来,資金需要が生じたときには,再度の借入れを希望することを併せ考えると,控訴人と被控訴人は,第1取引の終了時に,将来,取引が再開される事態が十分にあり得ると考えており,また,取引の中断期間中も,いつでも容易に取引を再開できる状態にあったと見るのが相当である。なお,取引の中断期間中は,キャッシング用のカードの使用が不可能になるとしても,再契約をすれば,従前のカードをそのまま使用できる(弁論の全趣旨)から,カードの使用が一時的に停止されるにすぎないというべきであり,これによって,上記認定が左右されるものではない。

次に,一旦債務が完済された第1取引終了の時点で,当事者間において,過払金返還を含めた一切の債権債務関係が清算された形跡はない。

さらに,第2取引開始時に,与信審査の関係で,被控訴人が控訴人から受領した書面は,本人を証明する書類の写しだけであり(乙2の「書面授受記録」欄),収入関係の資料を徴求した形跡はなく,第2取引開始時における与信審査は,最初の取引を開始するときよりも緩やかであると認められる。また,前示のとおり,中断前のカードを再開後もそのまま流用することができるなど,取引再開に当たって基本契約を再締結する場合の手続は,全く新しく取引を開始する場合とは異なるところが少なくない。

以上の事実関係からすれば,形式的には,取引の再開(第2取引開始)に当たって新たな基本契約が締結されるとともに,控訴人に対して新たな会員番号が付与されていても,それは契約内容の変更に過ぎず,実質的には,中断前の取引の延長であると見るのが相当である。

そうすると,前示の事実関係の下においては,第1取引開始時にされた過払金の充当の合意の効力は,第2取引による新たな借入金に及ぶと認めるのが相当である。

なお,取引の中断期間の長短は,借主側の資金需要がいつ生ずるかという偶然の事情によるものであるから,上記判断に当たり,これを考慮すべきではなく,仮に,これを考慮するとしても,当事者間の取引全体の期間や,自動更新の規定の存在からすれば,約3年3か月余の取引の中断期間があるからといって,充当合意に関する上記判断が左右されるものではない。

3  貸金業者が利息制限法所定の制限超過部分を利息の支払として受領したが,その受領につき貸金業の規制等に関する法律(平成18年法律第115号による改正前のもの。以下「貸金業法」という。)43条1項の適用が認められないときは,当該貸金業者は,同項の規定があるとの認識を有しており,かつ,そのような認識を有するに至ったことがやむを得ないといえる特段の事情がある場合でない限り,法律上の原因がないことを知りながら過払金を取得した者として,民法704条にいう悪意の受益者であると推定されるものというべきである。

これを本件についてみると,本件全証拠によっても,被控訴人が利息の債務の支払として利息制限法所定の制限超過部分を含む弁済金を受領したことにつき,貸金業法43条1項の適用が認められないから,被控訴人は,上記特段の事情がない限り,悪意の受益者であると推定される。そして,本件においては上記特段の事情を認めるに足りる主張,立証はないから,被控訴人は,悪意の受益者であると認められる。

4  前記2の充当合意により,一旦発生した過払金及びその利息は,その後に新たな貸付けがされた時に,その都度,利息,過払金の順序で,古いものから順に,当該貸付けに係る債務に当然充当されて消滅することになる。そして,上記充当により消滅した過払金の返還請求権とその利息の請求権について,その後に消滅時効が援用されても,その効果が生じないことは明らかである。

上記充当の結果は,別紙「利息制限法に基づく法定金利計算書」記載のとおりであり,最終取引日である平成18年10月3日時点で,過払金が633万2772円,その法定利息が2万6026円となる。

5  消滅時効の成否等について

被控訴人は,平成19年5月21日の原審口頭弁論期日において,控訴人に対し,第1取引により生じた過払金の不当利得返還請求権とその法定利息の支払請求権につき,消滅時効を援用するとの意思表示をした(記録上顕著)。

過払金の不当利得返還請求権は,過払金の生ずる弁済がされた時に,その都度発生し,かつ,発生と同時にその権利行使をすることができる。したがって,その消滅時効は,個々の弁済の時から進行すると解するのが相当である。

これに対し,控訴人は,過払金債権は,最終取引の時点(本件においては,平成18年10月3日)で確定的に発生し,この時から権利行使が可能になるから,これをもって,消滅時効の起算点とすべきであると主張する。しかし,借主が,最終取引の時点まで,貸主に対し,既発生の過払金の返還を請求できないと解することはできないから,控訴人の上記主張は採用できない。

なお,前記2の充当合意の趣旨を根拠に,基本契約は,過払金の返還時期を充当合意の終了する基本契約終了時とする合意を含むと解することは相当でない。なぜならば,上記充当合意は,借主は,借入総額の減少を望み,過払金の不当利得返還請求権が累積するという法律関係が発生するような事態を望まないことを踏まえて認められるものであり,それを超えて,借主が,基本契約が終了するまでは,貸主に対し,既発生の過払金の返還を請求できないとすることが継続的な金銭消費貸借契約の当事者間の合理的な意思に沿うものであるということはできないからである。

また,控訴人は,被控訴人による消滅時効の援用は,権利の濫用に当たり許されないと主張する。しかし,本件全証拠によっても,被控訴人が控訴人に対し,過払金の不当利得返還請求を妨げるなどした具体的な事実関係を認めることはできない。

6  進んで,最終取引日である平成18年10月3日時点での過払金633万2772円とその法定利息(同日現在,2万6026円)のうち,時効により消滅していない部分の金額を計算する。

平成18年4月29日の2万6000円の弁済後の時点で,過払金は,608万7772円であり,法定利息残額は,0円である(別紙「利息制限法に基づく法定金利計算書」)。上記過払金のうち,第2取引開始の後である平成11年4月13日から平成18年4月29日までの間の弁済金による過払金合計349万9000円については,いずれも第2取引によるものであり,明らかに消滅時効の対象とはならないが,その余の部分(258万8772円)は,第1取引の終了時における過払金342万2210円の残りであるから,消滅時効の対象となる。

そして,上記弁済後の取引経過ないし充当関係を,上記過払金(608万7772円)についての上記区分に従って,第1取引に係る部分と,第2取引に係る部分とに分ける(法定利息は,上記過払金の区分に応じて計算し,弁済金は,第2取引に係る過払金に加え,借入金に対する充当は,法定利息残額で按分する。)と,別紙「計算書」記載のとおりになる。

上記計算結果によれば,最終取引日である平成18年10月3日時点における過払金633万2772円とその法定利息(同日現在,2万6026円)のうち,時効により消滅していない部分は,不当利得金374万4000円(平成11年4月13日から最終取引日までの間の弁済金による過払金合計)とその法定利息(最終取引日現在,1万5260円)である。

第4結論

よって,原判決は相当でないから,これを変更し,また,控訴人が当審において追加した請求を一部認容することとし,訴訟費用の負担につき,民事訴訟法67条2項本文,64条本文,61条を,仮執行の宣言につき,同法259条1項,310条を,それぞれ適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡久幸治 裁判官 加島滋人 裁判官 鳥居俊一)

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