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名古屋高等裁判所 平成19年(ネ)764号 判決 2008年12月25日

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

(1)  被控訴人Gを含む被控訴人らは,連帯して,

ア  控訴人Aに対し,8527万8724円

イ  控訴人B及び同Cに対し,それぞれ3805万6255円

ウ  控訴人C及び同Dに対し,それぞれ2935万8972円及びこれらに対する平成14年8月10日から支払済みまで年5分の割合による各金員を支払え。

(2)  控訴人らの被控訴人らに対するその余の請求を棄却する。

2  訴訟費用は,第1,2審を通じ,これを4分し,その1を控訴人らの,その余を被控訴人らの負担とする。

3  この判決は,第1項(1)に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴の趣旨

(1)  原判決を次のとおり変更する。

被控訴人らは,連帯して,

ア 控訴人Aに対し,9617万8724円

イ 控訴人B及び同Cに対し,それぞれ4334万4492円

ウ 控訴人C及び同Dに対し,それぞれ3874万8972円及びこれらに対する平成14年8月10日から支払済みまで年5分の割合による各金員を支払え。

(2)  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。

(3)  仮執行宣言

2  控訴の趣旨に対する答弁

(1)  本件控訴をいずれも棄却する。

(2)  控訴費用は控訴人らの負担とする。

第2事案の概要

1(1)  本件は,被控訴人会社の従業員であった被控訴人Eが業務のため大型トレーラーで高速道路を運転中に居眠りをして,K(以下「K」という。)が運転しL(以下「L」という。)及びM(以下「M」という。)が同乗する車両に追突し,同車両を含む5台の自動車を巻き込む多重衝突事故を発生させて,K,L及びMを死亡させた事故(以下「本件事故」という。)について,遺族である控訴人らが,被控訴人Eに対しては民法709条に基づき,被控訴人会社に対しては自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)3条及び民法715条に基づき,被控訴人会社の従業員で運行管理者であった被控訴人H,同I,被控訴人会社の常務取締役で労働関係の管理責任者であった被控訴人J及び被控訴人会社の代表取締役であった被控訴人G(以下,同4名を「被控訴人Gら」という。)に対しては民法709条に基づき(被控訴人Gらには被控訴人Eの過労運転を中止させず過酷な勤務を強いた,その不法行為を幇助した等の過失があるとする。),損害賠償を請求(一部定期金支払請求が含まれている。)した事案である。

(2)  原審は,被控訴人Gには控訴人ら主張の不法行為責任は認められないとして,請求を棄却するとともに,その余の被控訴人らには本件事故につき不法行為責任が認められるとした(ただし,控訴人B,同C及び同Dの定期金賠償方式による請求は認められないとした。)。

1審原告らのうち控訴人らが,これを不服として控訴した。1審原告Nは,控訴をせず,同人の請求は当審における審理の対象ではなくなった。

(3)  当審において,控訴人B,同C及び同Dは,定期金支払の方法による賠償金請求を,一括支払の方法による賠償金請求に変更した。また,控訴人らは,被控訴人Gに対し民法715条2項に基づく損害賠償請求を,被控訴人G及び同Jに対し平成17年7月26日法律第87号による改正前の商法266条の3第1項(以下「旧商法条項」という。)に基づく損害賠償請求を追加した。

2  争いのない事実等,争点,争点に対する当事者の主張は,以下の3において,原判決を補正し,4ないし6において,控訴人ら及び被控訴人らの当審における各主張を加えるほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」1,2及び「第3 争点に対する当事者の主張」に記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,下記の「控訴人らの損害額」についての控訴人らの当審における主張と相反する部分は除く。)。

3  原判決の補正(被控訴人Gの責任についての控訴人らの主張に関するもの)原判決11頁6行目の「また,」の次に,以下のとおり加える。

「 被控訴人Gは,運転手が過労に陥らないようにするための施策は何も講じず,反対に,高速道路料金をカットして,運転手による時間的余裕がない状況下でのスピードの出し過ぎ,追突事故の多発を招き,さらに,運転手が事故を起こした場合には給料やボーナスを減額するというペナルティーを課したり,運転手に運転業務の合間に土木作業を行わせ,断ると代わりはいくらでもいるから辞めていけとして,作業を事実上強制し,運転手を過労に追い込むような指示命令を行っていた。このような」

4  控訴人らの当審における主張

(1)  被控訴人Gの損害賠償責任

ア 民法709条,715条2項に基づく損害賠償責任

控訴人会社の大阪定期便においては,運転者の過労運転の容認という消極的行為にとどまらず,被控訴人Gらの指示命令によって過労運転状況が積極的に作り出された。代表取締役が自己の指示命令により積極的・主体的に危険な労働条件を作出しておきながら,事故防止の義務は部下のみが負って,代表取締役自身は負わないというのは,あまりに不公平である。このような場合には,代表取締役自身も事故防止のために部下を監督すべき義務を負うと考えるのが,損害の公平な分担という不法行為制度の趣旨からしても妥当である。

また,社会通念上,運送会社において,過酷な労働条件で運転手が運転を続ければ,過労のため居眠りをしたり注意が散漫になる等して事故を引き起こす蓋然性が高い。被控訴人Gの上記の義務違反と被控訴人Eの居眠り運転による本件事故の発生との間には,相当因果関係がある。

よって,被控訴人Gは,民法709条,同法715条2項の代理監督者の監督義務違反に基づき,控訴人らに対し損害賠償責任を負う。

イ 旧商法条項に基づく損害賠償責任

被控訴人Gは,本件事故当時,被控訴人会社の代表取締役であったところ,被控訴人会社が平成元年と平成7年に労働基準監督署から法定の労働時間を超過していることについて是正勧告を受けたにもかかわらず,何ら是正しないまま,長年にわたって,超過勤務を同社の運転手達に行わせていること,被控訴人会社では平成11年から本件事故時までに居眠り運転を原因とする事故が5件も発生しているにもかかわらず,運転手の労働時間や疲労状況,健康管理について配慮することなく仕事をさせている。したがって,被控訴人Gは,運送会社の代表取締役に求められる基本的注意義務及び取締役の任務を懈怠しており,かつ,その任務懈怠について悪意,重過失があったというべきである。

そして,この被控訴人Gの取締役としての任務懈怠と本件事故による損害との間には相当因果関係もある。

よって,被控訴人Gは,本件事故の被害者の遺族である控訴人らに対し,旧商法条項に基づき,被控訴人Jと連帯して損害を賠償すべき義務を負う。

ウ 民事訴訟法208条の適用

被控訴人Gは,原審及び当審における本人尋問のための口頭弁論期日に呼出を受けたにもかかわらず,正当な理由なく出頭しなかった。

したがって,民事訴訟法208条を適用して,控訴人らの被控訴人Gについての主張を真実と認めるべきである。

(2)  被控訴人Jの旧商法条項に基づく損害賠償責任

ア 被控訴人Jは,本件事故当時,被控訴人会社の取締役として同社の労務関係を管理する責任者であったところ,同社が労働基準監督署から法定の労働時間を超過していることについて是正勧告を受けたにもかかわらず,何らの是正措置をとらなかった。また,被控訴人Jは,被控訴人会社で,平成11年から本件事故時まで居眠り運転を原因とする事故が5件も発生していることを知っており,被控訴人Eらが従事する大阪定期便の業務については運転手が過酷な労働条件で稼働していることを認識していたのに,健康診断の履行等,適切な是正措置を怠った。

イ 以上のとおり,被控訴人Jには,被控訴人会社に対する取締役の任務の懈怠があり,それについての悪意又は重過失,本件事故との因果関係もある。

ウ よって,被控訴人Jは,旧商法条項に基づき,被控訴人Gと連帯して損害を賠償すべき義務を負う。そして,この損害賠償債務は,その余の被控訴人らの不法行為に基づく損害賠償債務と,民法719条1項の類推適用により,連帯債務の関係に立つ。

(3)  控訴人らの損害額(当審における請求減縮後の損害額の主張)

ア L死亡による発生損害

(ア) L自身の損害  合計8177万8724円

a 死亡慰謝料  3000万円(当審で主張額を減額)

原判決は,L本人の死亡慰謝料を2500万,K本人の死亡慰謝料を2700万円,M本人の死亡慰謝料を2000万円と認定しているが,人の生命の尊さには差異はなく,被害者本人の死亡慰謝料は平等である。

また,①本件事故において,L,K及びMの3名の死亡者には全く落ち度がないこと,②3名は,被害車両の中で身動きのとれないままに,生きながら焼かれて死んだのであり,その恐怖,苦痛,無念さは計り知れないこと,③被控訴人会社が本件事故後も労働基準法に違反する超過勤務状態を続けるなど,被控訴人らに反省の態度が見られないことを鑑みれば,原判決認定の慰謝料額は少なすぎる。

3名の各死亡慰謝料は,各3000万円が相当である。

b 逸失利益  5177万8724円(当審で,原判決認容額に減額する。)

(イ) 相続人である控訴人Aの固有損害  合計1440万円

a 葬儀費用  240万円(原審における主張額と同じ)

原審で主張したとおり,控訴人Aは,L,K,Mの合同の葬儀関連費用として合計731万3559円を支出しており,Lの葬儀関連費用としては240万円が相当である。

原判決は,葬儀費用から香典返しの費用を控除しているが,香典返しは,葬儀の際に儀礼上当然に支出されるものであり,相当因果関係がある。

b 固有の慰謝料  500万円(原審における主張額と同じ)

原判決は300万円と認定したが,これは低きに失し,原審で主張した諸事情を鑑みれば,500万円とするのが相当である。

c 弁護士費用  700万円(原審における主張額と同じ)

原判決は,本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は400万円と認定したが,本件事故の大きさと本件訴訟の当事者や関係者の多さ,そしてそれに起因する訴訟の困難さを考慮すれば,弁護士費用としては700万円とするのが相当である。

イ K死亡による発生損害

(ア) K自身の損害  合計6988万8984円

a 死亡慰謝料  3000万円(当審で主張額を減額)前記ア(ア)のとおり,K本人の死亡慰謝料は,3000万円が相当である。

b 逸失利益  3888万8984円(当審で原判決認容額に減縮する。)

c 物損  100万円(原審における主張額と同じ)

車両が全損した場合には,被害車両の時価額だけでなく,自動車登録費用や自動車車庫証明費用,車検費用のうち残存車検有効期間分相当額等が損害と認められるべきである。

これらの事情を考慮すれば,本件事故によるKの物損としては,100万円が相当である。

(イ) 相続人である控訴人C及び同Bの固有損害  合計各840万円

a 葬儀費用  各120万円(原審における主張額と同じ)

前記ア(イ)aのとおり,香典返しの費用も相当因果関係のある損害と認めるべきである。

b 固有の慰謝料  各300万円(当審で主張額を減額)

原判決はK死亡についての控訴人C及び同Bの固有の慰謝料を各200万円と認定したが,これは低きに失し,原審で主張した諸事情を鑑みれば,各300万円が相当である。

c 弁護士費用  各420万円(当審で主張額を減額)

原判決は,本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は各200万円と認定したが,前記同様の諸事情を考慮すれば,標記額が相当である。

ウ M死亡による発生損害

(ア) M自身の損害  合計5809万7944円

a 死亡慰謝料  3000万円(当審で主張額を減額)前記ア(ア)のとおり,M本人の死亡慰謝料は,3000万円が相当である。

b 逸失利益  2809万7944円(当審で原判決認容額に減縮する。)

(イ) 相続人である控訴人D及び同Cの固有損害  合計各970万円

a 葬儀費用  各120万円(原審における主張額と同じ)前記ア(イ)aのとおり,香典返しの費用も相当因果関係のある損害と認めるべきである。

b 固有の慰謝料  各500万円(原審における主張額と同じ)原判決は各300万円と認定したが,これは低きに失し,原審で主張した諸事情を鑑みれば,各500万円とするのが相当である。

c 弁護士費用  各350万円(当審で主張額を減額)原判決は,本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は各156万円と認定したが,前記同様の諸事情を考慮すれば,標記額が相当である。

エ 控訴人ら各人の請求額

(ア) 控訴人A請求額  9617万8724円

a L死亡による同人自身の損害の相続分 8177万8724円

b L死亡による控訴人Aの固有損害  1440万円

(イ) 控訴人B請求額  4334万4492円

a K死亡による同人自身の損害合計6988万8984円の相続分(2分の1)  3494万4492円

b K死亡による控訴人Bの固有損害  840万円

(ウ) 控訴人D請求額  3874万8972円

a M死亡による同人自身の損害合計5809万7944円の相続分(2分の1)  2904万8972円

b M死亡による控訴人Dの固有損害  970万円の合計額

(エ) 控訴人C請求額  8209万3464円

a K死亡による同人自身の損害合計6988万8984円の相続分(2分の1)  3494万4492円

b K死亡による控訴人Cの固有損害  840万円

c M死亡による同人自身の損害合計5809万7944円の相続分(2分の1)  2904万8972円

d M死亡による控訴人Cの固有損害  970万円

5  被控訴人G,同H及び同Iの当審における主張

(1)  被控訴人Gの民法709条,719条に基づく損害賠償責任に関する控訴人らの主張について

否認ないし争う。上記の責任を否定した原判決の判断は相当である。

(2)  被控訴人Gの民法715条2項に基づく損害賠償責任に関する控訴人らの主張について

否認ないし争う。

法人の代表者は,その代表機関であるというだけでなく,現実に被用者の選任,監督を担当していたときに限り,当該被用者の行為について民法715条2項に基づく損害賠償責任を負うとされているところ(最高裁昭和42年5月30日判決。乙ロ2),被控訴人会社は,従業員180人ほどを抱える株式会社であり,組織として運送部門,骨材部門(さらには倉庫部門も存在する)に分かれ,運送部門も3か所の営業所が置かれてそれぞれに運転手が配属されていた状況からすれば,被控訴人Gには代理監督責任は認められない。

(3)  被控訴人Gの旧商法条項に基づく損害賠償責任に関する控訴人らの主張について

否認ないし争う。

前記(2)の被控訴人会社の組織構造,規模等からすれば,被控訴人Gには職務を行うについての悪意,重過失がないことは明らかである。さらに万一,被控訴人Gに労働時間を是正すべき義務があり,その義務違反があったとしても,当該義務違反と被控訴人Eの居眠り運転による本件事故との間には相当因果関係が認められない。

よって,いかなる意味においても,被控訴人Gに旧商法条項に基づく損害賠償責任が生じる余地はない。

(4)  控訴人らの損害の主張について

いずれも否認ないし争う。

6  被控訴人会社及び同Eの当審における主張

(1)  各人の慰謝料額について

原判決が認定した死者本人分及び遺族固有分の各慰謝料額(①L死亡に関する慰謝料として,L本人分2500万,控訴人A分300万円の合計2800万円,②K死亡に関する慰謝料として,K本人分2700万円,控訴人C分及び同B分各200万円,1審原告N分100万円の合計3200万円,③M死亡に関する慰謝料として,M本人分2000万円,控訴人D分及び同C分各300万円の合計2600万円)は,「大阪地裁における交通損害賠償の算定基準(大阪地裁民事交通訴訟研究会編著)」(いわゆる「緑の本」)や「交通事故損害賠償額算定基準(財団法人日弁連交通事故相談センター愛知県支部)」(いわゆる「黄色い本」)の基準に照らせば,むしろかなりの増額がなされており,その認定額は決して不当なものではない。

(2)  葬儀費用等について

交通事故の損害賠償においては,香典については損益相殺を行わず,香典返しは損害とは認めないのが,確定した実務上の取扱いである。

また,原判決が認定した葬儀費用額は,実際に支出された合同葬儀費用511万2465円の3分の1よりも若干少ない150万円を,本件事故と相当因果関係のある損害と判断したものであり,適切である。

第3当裁判所の判断

当裁判所は,原判決とは異なり,被控訴人Gについても他の被控訴人と同額(その額は控訴人ら主張額ではなく,原判決の認定額)の不法行為責任を負うべきであると判断した。その理由は,以下のとおり原判決を補正する(控訴人ら及び被控訴人らの当審における各主張に対する判断を含む。)ほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第4 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから,これを引用する。

1  原判決46頁21行目から同47頁15行目までを,以下のとおり改める。

「(エ) 被控訴人Gについて(甲126,147ないし149,171,172,前記認定事実)

a  被控訴人会社の概要と被控訴人Gの略歴

(a) 被控訴人会社は,日立市a町に本社営業所を置き,その他運送部門の2営業所(甲営業所,乙営業所),建材部門の3営業所(丙営業所,丁営業所,戊営業所)を有し,本社は,経理・人事・労務等を所管する総務部門,トラック関係の許認可,事故対応等を所管する業務部門,受注関係を所管する営業部門からなる。取締役は6名おり,代表取締役が被控訴人G,副社長はO(被控訴人Gの叔父),常務取締役で総務部門担当が被控訴人J(昭和22年6月生),常務取締役のP,同Q(被控訴人Gの母),専務取締役のR(被控訴人Gの叔父)である。

被控訴人Gと副社長は会社全体の営業を主に担当する。従業員は全体で250人くらいであり,そのうち運転手が200人位である(平成14年9月当時)。

(b) 被控訴人Gは,平成元年11月(昭和36年4月生。28歳)に一般社員として被控訴人会社に入社した。当時の代表取締役は父のSであった。被控訴人Gは,それ以前からグループ企業のガソリンスタンドの販売員,運転手などの現場の仕事を経験し,21歳の時に大型免許を取得し,乙営業所でトラックの運転手も務め,大阪方面の長距離運送も経験した。平成6年(33歳)ころに役員になり,平成8年(35歳)ころから被控訴人会社の代表取締役であり,被控訴人会社の業務を統括し,管理する権限と責任を有していた。

(c) 以上のとおり,被控訴人会社は,いわゆる同族的な会社であり,先代社長の後を継いだ若い被控訴人Gが社長に就任し,これを補佐する形で経験豊富な被控訴人Jらが取締役陣に配置されていた。

b  被控訴人会社における運転手の労働時間ないし勤労状況

(a) 被控訴人会社は平成元年4月と平成7年6月に労働基準監督署から時間外労働について是正するように勧告を受けていたが,是正されず,本件事故当時,労働時間についての法定の制限(1日8時間,週40時間以内)違反の状態は常態化していた。

本件事故に近い時期の被控訴人Eの労働時間を見ると,被控訴人Eは,平成14年7月7日から27日までの3週の間に,1日8時間を超える時間外労働(約30分から8時間30分)をした日が15日間,1週40時間を超える時間外労働をした週は上記3週全部であり,時間は34時間,9時間及び37時間であった。この時間外労働につき,被控訴人会社は,労働基準法違反,道路交通法違反の罪で罰金120万円の判決(甲151)を受けた。

(b) 被控訴人Eも担当していた大阪便は,片道730kmの走行距離を仮眠・休憩時間2,3時間見積もって,平均時速70kmで走行することを前提に運行計画が組まれていたところ,高速道路代が全額支給されなかったため,計画どおりに実行することは実際上困難であり,運転手は,高速道路を走行するときには時速100kmを超え,仮眠・休憩時間を削って走行時間に当てていた。

また,運転手は,後記dのとおり,実質賃金が減少させられる場合が多かったため,その分を取り戻そうとして,一層無理な勤労態勢で運転業務を行うことが多く,疲労を蓄積させた。

c  運転手の労働時間についての被控訴人Gの認識と対策

(a) 被控訴人Gは,運転手個々の労働状況を詳しく知ろうとするようなタイプの代表取締役ではなかったが,運転手200名位の中規模の被控訴人会社の代表取締役として,運転手が恒常的に時間外労働の状態にあること,しかも,運転手に労働時間の自主的な管理をさせ,賃金を減らしたくない運転手がこれに応じる状況にあることを認識していた。

(b) しかし,被控訴人Gは,法律を遵守すると採算が取れないという認識であり,居眠り運転防止のために,運転手に対し,「とにかく疲れたら休め」と話すことはあったが,自ら又は担当の取締役らに指示して,運転手の労働時間を管理し,長時間労働を強いないように運行スケジュールを抜本的に改善するといった対策を講じることは全くなかった。

d  過労状態の伸長

(a) 被控訴人Gは,上記cのように対策を取らないばかりか,反対に,自らの発案で,大阪定期便の運転手に支払う高速道路代について全線の高速道路代(本件事故当時約6万6000円)をまかなえない額まで減額(5万5000円に減額)し,運転手が事故を起こした場合には給料や賞与をカットし,運転手の手が空いているときには土木作業等の本来の運転業務とは別の仕事に従事すること等を指示していた。土木作業については,嫌がる運転手には,被控訴人G自身が,「代わりはたくさんいるんだから,辞めろ」と言うこともあり,事実上強制していた。

(b) 被控訴人会社においては,車両に任意保険契約を付していたものの,事故が発生した場合に保険を使用せず,車両の修理代金を運転手個人に全額負担させていた。保険を利用すると,無事故割引の利用ができないなど保険料の実質増額があるので,これを嫌がった結果であった。

e  交通事故の原因と被控訴人Gの認識

また,被控訴人会社では平成10年1月から平成14年7月までの間に被控訴人会社が加害者となる交通事故が10件起きていたところ,そのうち被控訴人会社従業員である運転手の居眠り運転を原因とする事故が5件発生していた。発生時刻はほとんど深夜であり,居眠りだけではなく,その前の休憩時の仮眠のし過ぎ,それを取り戻すためのスピードの出し過ぎを伴うものもあった。被控訴人Gは,交通事故が発生する都度,その報告を受けており,上記の事故の事実を知っていた。

(オ) 被控訴人Gについての民事訴訟法208条の適用について

被控訴人Gは,原審及び当審の本人尋問のための口頭弁論期日に,正当な理由なく出頭しなかった。

そこで,当裁判所は,標記の規定を適用して,別紙「尋問事項(被控訴人G)」記載の尋問事項に関する控訴人らの主張事実(前記第2の4に記載された事実を含む。)を真実と認めることとする。よって,尋問事項に関する控訴人らの主張のうち,前記(エ)の認定事実以外の事実は,民事訴訟法208条を適用することにより認めることができ,被控訴人Gは同Jから運転手の労働条件について報告を受け,指導監督することもできる状況にあったが,これを怠った旨の主張事実等は真実と認める。」

2  同52頁2行目から同54頁4行目までを,以下のとおり改める。

「エ 被控訴人G

(ア)  前記(1)の認定のとおり,被控訴人Gは,被控訴人会社が労働基準法等の法規を遵守しているかどうかをほとんど意に介しておらず,運転手の業務態様がどの程度労働基準法等に違反するかを正確に知らなかったし,知ろうともしていなかったが,被控訴人会社の運転手の労働時間は,勤務熱心として済ますことのできるものではなく,相当に過酷な状態にあることを認識はしていた。また,大阪便の運行スケジュールなどは,自身も同便の経験があり,しかも,この当時全行程を高速道路を使って走行するだけの高速道路料金を運転手に支給していなかったことも手伝い,運転手は,予定された仮眠・休憩時間を削ってその時間を走行に当てスピード運転で到着時間に間に合わせようとせざるを得ず,このような運行業務を連続して担当すると,疲労が蓄積し,運転中に眠気を催し,知らぬまに居眠り運転をする危険も生じ得るものであったし,被控訴人Gも長距離運転の経験からそのことは予見することができた。現に,本件事故前の5年弱の間に,被控訴人会社の運転手の居眠りによる事故が5件発生していることは極めて重大である。改めていうまでもなく,居眠り運転は,巨大な鋼鉄の塊ともいうべき運送車両が人の制御なしに勝手に動く状態であるから,まさに無差別に人に危害が加えられる状態が作出されているのであり,このような状態をもたらした者は,故意の危険行為発生責任ともいうべき責任を負うべきことは当然である。そうすると,若いながら,先代からの地位を継いで代表取締役に就任した後まもなくの上記の時期に5件も居眠りという重大な危険状態のもとでの事故が発生したことを知った被控訴人Gは,代表取締役として,その事故発生を真剣に受け止めて,その解消に向けて努めるべき注意義務があったことはいうまでもない。

そうすると,被控訴人Gが自ら先頭に立って陣頭指揮し,あるいは被控訴人Jその他の幹部に指揮,相談するなどして,いずれにしろ被控訴人会社の運転手の過酷な勤務態勢を改善すべき注意義務があった。にもかかわらず,被控訴人Gは改善措置を何ら講じなかった。

(イ)  次に相当因果関係あるいは予見可能性を見るに,被控訴人Gは,被控訴人会社の長距離便の運転手らの労働時間が相当長時間に及んでおり,同社の長距離便の運転手らが過酷な労働条件の下,過労状態で運転業務に就いていることは,十分認識していたものと推認できる。そうすると,運転手の疲労が蓄積し,居眠り運転が生ずることは被控訴人Gにおいて予見することができたというべきである。特に,被控訴人Gは,高速道路料金の支給額の減額,運転業務の合間における土木作業等の実施命令等,運転手の疲労の蓄積を加速させる指示をもしていたのであり,過去5年弱の間における5件の居眠りを原因とする事故発生の事実を知っており,上記の義務違反と結果の予見とは,容易であったということができる。したがって,仮に被控訴人会社の運転手が職務中に居眠り運転をした場合には,その居眠り運転は,特段の事情がない限り,被控訴人Gの上記の過労・居眠り運転防止義務違反の結果といわざるを得ず,両者間に相当因果関係があるということができる。

(ウ)  そうすると,被控訴人会社の運転手の一人である被控訴人Eが居眠り運転をしたことについては,特段の事情がない限り,被控訴人Gの過労・居眠り運転防止義務違反との間に相当因果関係があるというべきである。さらに,居眠り運転と事故との間には,強い結びつきがあるから,結局,被控訴人Gの上記の義務違反と被控訴人Eによる本件事故との間には特段の事情がない限り,相当因果関係があるというべきである。

(エ)  そして,被控訴人Eによる本件事故は,Eの個人的な特殊な過失による居眠り事故ではなく,それまでの業務の疲労の蓄積からもたらされた極度の過労から生じた事故である。

すなわち,事故直前の勤務状況は,前記のとおり(引用に係る原判決34頁fから36頁dまでを要約する。),本件事故の前々日(平成14年8月8日)午前0時東名高速で大阪に向けて走行中,鮎沢パーキングエリア(以下「PA」という。)で約1時間,足柄サービスエリア(以下「SA」という。)で約1時間,牧ノ原SAで約1時間,遠洲豊田PAで約30分の仮眠を取り,名阪国道の下柘植インターチェンジ(以下「IC」という。)を降りて約15分間休憩し,午前10時ころ目的地の日立住之江配送センターに到着した。4回の仮眠を取ったことから,予定の午前7時より3時間遅れの到着となった。

その後,積み卸しは8日午後3時ころに終わり,大阪製鐵に向かった。大阪製鐵でエレベーターのレールを積み,同月8日午後4時ころ日立水戸事業所に向けて大阪を出発した。

8日午後7時ころ亀山PAで仮眠を取ったが,翌日の9日午前4時ころまで寝過ごし,午前4時ころ,同PAを出発し,東名高速で1回,常磐道で1回トイレ休憩をしただけで連続して9時間運転を続けて,午後1時ころ日立水戸事業所に到着した。

30分ほどで積み卸し作業を終え,休憩をとることなく,同月9日午後2時30分ころ日立多賀工場に到着した。その後車内のベッドで仮眠を取ったが,熟睡できないまま,午後6時ころから午後8時ころまで積み込み作業をした。その後,多賀工場を出発し,会社事務所に寄って同日午後9時ころ目的地の大阪日立住之江配送センターに向けて同所を出発した。

9日午後10時30分ころ,常磐自動道の守谷PAで停車し30分間程横になり,午後11時ころ守谷PAを出発し,翌10日午前1時過ぎころ,東名高速道路の横浜町田ICに入った。休憩せずに連続走行して,午前3時30分ころ東名高速道路の上郷SA付近で眠気を感じたが,運転を継続し,午前5時前ころ名古屋料金所を通過し(この時点で,守谷パーキングエリアで休憩しただけで,トイレ休憩すら1度も取らずに連続して約6時間運転を続けていた。),午前5時25分ころ,桑名ICを通過した辺りの高速道路上で,一瞬居眠りをし,ふらふらと蛇行運転をした。午前5時37分から38分ころ,再び眠気に襲われ,中央線をまたぐ形で蛇行運転を始め,そのまま眠りこみ,本件事故を引き起こした。

以上の経緯から,事故前の勤務状況の過酷さが,被控訴人Eの疲労の蓄積,寝過ごし,目的地への到着のための連続運転,眠気,居眠り運転及び本件事故を起こしたということができる。このように被控訴人Eの居眠りは,職場での過酷な労務の結果であり,(ア)のとおりの過労・居眠り運転防止義務違反がもたらす居眠り運転の1例である。被控訴人G自身がこのような被控訴人Eの本件事故当日の疲労状態についてまでを詳細に掌握していないとしても,上記のような被控訴人会社の運転手全般にもたらされている過労状況の一つの結果として,被控訴人Eの過労・居眠り運転は予見できることであった。したがって,被控訴人Gの(ア)の義務違反と被控訴人Eによる本件事故との間に相当因果関係がある。

(オ)  よって,被控訴人Gは,控訴人らに対し,民法709条に定める不法行為に基づく損害賠償義務を負うと認められる。

オ 以上のとおり,被控訴人H,同I,同J及び同Gは,いずれも,本件事故によって控訴人らが被った損害について不法行為責任を負うというべきであるところ,上記4名の各行為と被控訴人E及び被控訴人会社の各行為には客観的な関連共同があると認められるから,全行為が共同不法行為となる。

なお,被控訴人Gに対する民法715条2項に基づく請求並びに被控訴人G及び同Jに対する旧商法条項に基づく請求は,判断を要しない。」

3  同57頁4行目の次に,以下のとおり加える。

「 なお,控訴人らは,人の生命の尊さには差異はなく,人の生命に価値の優劣をつけることができない以上,L,K,Mの各本人の死亡慰謝料は,等しく3000万円とすべき旨を主張する。

しかしながら,被害者本人の死亡慰謝料は,死亡時の状況・態様等に鑑みた精神的苦痛の程度を考慮できるほか,被害者の年齢や同人が扶養を要する遺族を残して死亡したか等,諸般の事情を考慮して個別具体的に相当額を認定すべきものであって,死亡者本人の慰謝料を一律に同額としなければならないものではなく,人によって死亡慰謝料が異なることが憲法違反となるものではない。そして,本件における諸般の事情によれば,L2500万円,K2700万円及びM2000万円とする原判決の判断は相当である。

よって,控訴人らの上記主張は採用できない。」

4  同59頁1行目の次に,以下のとおり加える。

「 なお,控訴人Aは,香典返しの費用も本件事故と相当因果関係のある損害としての葬儀費用に含めるべきである旨及びLの葬儀関連費用としては240万円が相当である旨を主張する。

しかし,通常,香典返しの費用は香典収入の範囲内で支出されることからすれば,香典返し費用として支出された額をそのまま損害と認めるのは相当ではない。

また,控訴人Aが,前記認定のとおりの金額を合同葬儀の費用として支出していることを考慮しても,社会通念上本件事故と相当因果関係があると認められるLの葬儀費用額としては,150万円が相当である。

よって,控訴人Aの上記主張は,採用できない。そして,この点は,控訴人C及び同Bの同旨の主張についても同様である。」

5  同63頁11行目の「である。」の次に,「Kが被害車両の損傷に関して同損害額を上回る損害を被ったと認めるに足りる証拠はない。」を加える。

第4結論

以上によれば,①控訴人Aの被控訴人ら(原判決と異なり被控訴人Gも含む。)に対する請求は,連帯して8527万8724円及びこれに対する不法行為の日である平成14年8月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で,②控訴人B及び同Cの被控訴人らに対する請求は,連帯してそれぞれに3805万6255円及びこれに対する上記と同様の遅延損害金の支払を求める限度で,③控訴人C及び同Dの被控訴人らに対する請求は,連帯してそれぞれに2935万8972円及びこれに対する上記と同様の遅延損害金の支払を求める限度で,いずれも理由があり,控訴人らの被控訴人らに対するその余の請求はいずれも理由がない。

よって,控訴人らの本件控訴に基づき原判決の上記と結論を異にする部分を変更して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 夏目明徳 裁判官 山下美和子)

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