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名古屋高等裁判所 平成19年(ネ)812号 判決 2008年1月24日

主文

1  原判決中,被控訴人Aに関する部分を取り消す。

2  被控訴人Aの請求を棄却する。

3  その余の本件控訴を棄却する。

4  控訴人と被控訴人B及び同Cとの間で生じた控訴費用は,控訴人の負担とし,控訴人と被控訴人Aとの間で生じた訴訟費用は,第1,2審を通じて,被控訴人Aの負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,第1,2審を通じて被控訴人らの負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,被控訴人(一審原告)らが,それぞれ,控訴人(一審被告)との間で,その経営するゴルフクラブについてゴルフ会員契約を締結し,850万円を預託したが,預託金の据置期間が満了し,上記ゴルフクラブを退会したことを理由に,預託金850万円の返還及びこれに対する被控訴人らがそれぞれ返還請求をした日の翌日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

2  原審が一審原告(被控訴人)らの請求をいずれも認容したため,これに不服のある一審被告(控訴人)が控訴した。

第3前提事実及び争点に関する当事者の主張は,当審において追加又は敷衍した主張を次のとおり付け加えるほか,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の「1」及び「2」記載のとおりであるから,これを引用する。

(控訴人)

(1)  被控訴人Aは,平成18年9月11日,保証金据置期間を平成28年9月30日まで延長する旨の理事会決議(以下「本件決議」という。)に同意することにより,据置期間の延長を承諾した。

その同意書(乙4)には,明示的にも黙示的にも,動機(本件決議が有効であること)は表示されていないから,仮に,被控訴人Aに動機の錯誤があったとしても,要素の錯誤には当たらない。

仮に,被控訴人Aに動機の錯誤があり,その動機が同意に際して表示されていたとしても,その表示された動機だけでは被控訴人Aに動機の錯誤があることを被控訴人において知り得る可能性はない。また,同意書(乙4)からは,被控訴人Aの動機が本件決議が有効でなければ同意しないという内容であるとは理解できない。したがって,本件決議の有効性は,同意の要素ではない。

(2)  仮に,被控訴人Aに要素の錯誤があったとしても,関係者などに本件決議が有効であるか否かを確認すべきであり,また,容易に確認できたにもかかわらず,そのような確認をしなかったのであるから,被控訴人Aには重大な過失があるというべきである。

(被控訴人A)

被控訴人Aが本件決議に同意し据置期間の延長を承諾したことは認める。

しかし,被控訴人Aは,本件決議が有効であることを当然の前提として同意をしたものであり,これを黙示的に表示して同意書(乙4)を控訴人に交付したものである。したがって,被控訴人Aが,本件決議が有効であると信じて同意をしたことには動機の錯誤があり,その動機は同意に際して表示されているので要素の錯誤に当たるというべきである。

また,控訴人は,本件決議が有効であることを前提に同意を求めており,そうであればこれを信じるのが一般であるから,被控訴人において本件決議が有効であることを関係者等に確認すべきである旨の控訴人の主張は過度な要求である。

第4証拠

原審記録中の書証目録記載のとおりであるから,これを引用する。

第5当裁判所の判断

1  被控訴人B及び被控訴人Cの請求について

当裁判所も,本件決議は,本件会則10条に規定する「理事会の決議により保証金据置期間を延長できる場合」には当たらないので無効であり,被控訴人B及び被控訴人Cの請求はいずれも理由があると判断する。その理由は,原判決書6頁24行目の「上記(1)の事実」から同頁26行目の末尾までを,「平成3年頃からいわゆるバブル経済の崩壊が始まり,控訴人が本件クラブの造成工事に着手した平成8年1月頃には我が国経済は長期低迷状況にあったから,控訴人はこの経済状況を踏まえて,会員を募集し,その預託金返還資金を確保すべきであったというべきである。しかるに,上記(1)の事実によれば,控訴人はこのことを踏まえて返済計画を立てていたとは認められず,そのため預託金の返還に窮するようになったものであり,その原因は,天変地異に類するもの,あるいは経済変動や社会変動によるものではなく,控訴人の経営上の失敗,特に預託金返還資金の確保の必要性に対する見通しの甘さによるものと認められる。」と改めるほか,原判決「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」の「1」記載のとおりであるから,これを引用する。

2  被控訴人Aの請求について

当裁判所は,被控訴人Aの請求は理由がないものと判断する。その理由は,次のとおりである。

(1)  被控訴人Aが,平成18年9月11日,本件決議に同意することにより据置期間の延長を承諾したことは当事者間に争いがない。

(2)  そこで,被控訴人Aの上記同意(以下「本件同意」という。)が要素の錯誤により無効であるかどうかについて判断する。

まず,証拠(乙3,4)と弁論の全趣旨によると,次の事実を認めることができる。

ア 控訴人は,本件決議の翌日から,担当者が会員を個別に訪問する等して,本件決議がされたこと,決議をするに至った理由,据置期間の延長に対する代償措置を設けたことなどを説明し,本件決議について各会員に同意を求め,その結果,約7割の会員から同意を得たこと。

イ 上記の説明に際しては,「「預り保証金」の据置期間延長のお願い」と題する書面(乙3)を各会員に交付し,その書面には,①預り保証金は用地の買収,コースの造成,クラブハウスの建設等に使用されたこと,②現状では,預り保証金の返還原資は日々の営業による得られる現金しかないこと,③現状では,会員権の市場価格は預り保証金の額を下回ること,④期限の到来した会員に預り保証金の返還を開始するとクラブの運営が困難となり会員の施設利用が困難となること,⑤そこで預り保証金の償還について理事会に諮ったところ,現行規約に基づき「据置期間10年の延長」が決議(本件決議)されたことなどが記載されていたこと。

ウ 被控訴人Aも,控訴人の担当者であるDから上記のような説明を受けて納得し,書面(乙4)により,本件同意をしたこと。

そこで,次に,上記のような経緯でされた本件同意において,被控訴人Aの代表者において本件決議の有効性について錯誤があり,その結果,本件同意をするに至ったと認められるかどうかについて検討するに,前示のとおり,本件決議は,本件会則10条が規定する要件を具備していないので,会員の承諾なくして据置期間を延長するという法的効果は生じない。ところで,上記のとおり,控訴人は,各会員に対し,本件決議が本件会則10条によりされたと説明して,本件決議への同意を求めているが,本件決議が本件会則10条により有効にされている場合には,各会員に同意を求める必要はないのであって,上記認定の事実によれば,控訴人は,理事会に諮った結果本件決議がされるに至ったことを理由として,各会員に対し,本件決議の内容どおり据置期間を延長することについて承諾を求めたものと認めることができる。そして,その際,控訴人において,本件決議が本件会則10条による決議として有効であり,各会員の承諾なくしてすでに据置期間延長という法的効果が生じている旨説明したことや,そのような前提の下で各会員に同意を求めたことを窺わせる事実を認めることはできない。かえって,説明用書面(乙3)が「「預り保証金」の据置期間延長のお願い」と題されていることなどからしても,本件決議がされたことを根拠として控訴人から据置期間延長の申込みをするとの前提で各会員に承諾を求めたものと見るのが相当である。また,上記の同意書(乙4)にも,本件決議により据置期間延長という法的効果がすでに生じていることを前提として被控訴人Aが本件同意をしたことを窺わせる記載はない。

そうすると,被控訴人Aは,控訴人の上記説明により据置期間延長の必要があることを理解し,その結果として本件同意をしたものと認めるのが相当であり,本件決議によりすでに据置期間延長という法的効果が生じていると誤解したことにより本件同意をしたものと認めることはできない。

したがって,本件同意において,被控訴人Aの代表者に動機の錯誤があったと認めることはできない。また,仮に,同代表者が本件決議により上記のような法的効果がすでに生じていると誤解した結果,本件同意をしたとしても,上記認定の本件同意に至る経過,説明用書面(乙3)及び同意書(乙4)の記載内容からすれば,本件同意に際して,そのような動機が控訴人に対して表示されたものと認めることはできないから,その錯誤は,単なる動機の錯誤であり,民法95条の要素の錯誤には当たらない。

(3)  以上によれば,本件同意が錯誤により無効であるとすることはできないから,被控訴人Aの預り保証金については,未だ据置期間は満了していないことになる。

第6結論

よって,被控訴人B及び被控訴人Cに関する控訴は理由がないからこれを棄却し,被控訴人Aに関する控訴は理由があるから,原判決中,被控訴人Aに関する部分を取り消した上,同被控訴人の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担につき,控訴人と被控訴人B及び被控訴人Cとの関係では民事訴訟法67条1項本文,61条を,控訴人と被控訴人Aとの関係では同法67条2項,61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡久幸治 裁判官 加島滋人 裁判官 鳥居俊一)

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