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名古屋高等裁判所 平成19年(ネ)892号 判決 2009年5月28日

控訴人(一審被告・当審反訴原告)

Y(以下「控訴人」又は「妻」という。)

同訴訟代理人弁護士

長屋誠

佐藤典子

被控訴人(一審原告・当審反訴被告)

X(以下「被控訴人」又は「夫」という。)

同訴訟代理人弁護士

菅沼昌史

主文

一  控訴人の本件控訴及び当審における反訴請求に基づき、原判決を次のとおり変更する。

(1)  控訴人と被控訴人を離婚する。

(2)  控訴人と被控訴人間の長女A(平成○年○月○日生)の親権者を控訴人と定める。

(3)  被控訴人は、控訴人に対し、本判決確定の日から平成三一年三月まで、毎月末日限り九万円を支払え。

(4)  被控訴人は、控訴人に対し、慰謝料として、四〇〇万円及びこれに対する平成一六年三月二〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

(5)  被控訴人は、控訴人に対し、原判決別紙物件目録記載の不動産の被控訴人の持分(全体の一〇〇〇分の八八三)を、下記内容で賃貸せよ。

賃貸期間 本判決確定時から平成二七年三月まで

賃料 月額四万六一四八円

支払時期 毎月末日限り

(6)  被控訴人は、控訴人に対し、別紙自動車目録記載の自動車につき所有権移転登録手続をせよ。

(7)  控訴人は、被控訴人に対し、四七一万〇六四三円を支払え。

(8)  控訴人と被控訴人との間の別紙「年金分割のための情報通知書」記載の情報に係る年金分割についての請求すべき按分割合を〇・五と定める。

(9)  当審における控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じて、これを四分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

三  この判決第一項(4)は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判(以下、略称は、原則として原判決の表記に従う。)

一  控訴人

(1)  控訴の趣旨

ア 原判決を取り消す。

イ 被控訴人の請求を棄却する。

ウ 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(2)  当審における請求の趣旨

ア 主文第一項(1)(2)同旨

イ 被控訴人は、控訴人に対し、本判決確定の日から長女A(以下「長女」という。)が成人に達するまで、毎月末日限り一〇万円を支払え。

ウ 被控訴人は、控訴人に対し、六〇〇万円及びこれに対する平成一六年三月二〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

エ 原判決別紙物件目録記載の不動産の被控訴人の持分(全体の一〇〇〇分の八八三)につき、控訴人が下記内容の賃借権を有することを確認する。

賃貸期間 控訴人及び長女が同不動産の使用を必要としなくなるまで

賃料 月額四万六一四八円

支払時期 毎月末日限り

オ 主文第一項(6)同旨

カ 被控訴人は、控訴人に対し、別紙保険目録記載の保険につき名義変更手続をせよ。

キ 被控訴人は、控訴人に対し、三〇〇万円を支払え。

ク 主文第一項(8)同旨

ケ 訴訟費用は、被控訴人の負担とする。

コ 上記ウにつき、仮執行宣言

二  被控訴人

(1)  控訴の趣旨に対する答弁

ア 本件控訴を棄却する。

イ 訴訟費用は、控訴人の負担とする。

(2)  当審における請求の趣旨に対する答弁

ア 控訴人の請求を棄却する。

イ 訴訟費用は、控訴人の負担とする。

第二事案の概要

一  本件は、被控訴人(夫。昭和○年○月○日生)が、①控訴人(妻。昭和○年○月○日生)には性格の偏向、被控訴人に対する愛情の喪失、被控訴人の両親との不仲等があり、民法七七〇条一項五号所定の離婚事由に該当すると主張して、控訴人との離婚を請求するとともに、②長女の親権者の指定と、③財産分与として、本件マンション(原判決二頁)の控訴人の共有持分(全体の一〇〇〇分の一一七)の移転登記手続をするよう申し立てる事案である(以下、控訴人と被控訴人を「本件夫婦」といい、その婚姻関係を「本件婚姻関係」という。また、財産分与の対象となる両名の実質的共有財産を「本件共有財産」といい、本件マンションの各人名義の持分を「夫の持分」「妻の持分」という。)。

二  これに対し、控訴人は本件婚姻関係の破綻を否認するとともに、被控訴人の請求は、有責配偶者の離婚請求であり許されないと主張して争った。

三  原審は、①本件婚姻関係は、本件夫婦の会話等の欠如、口論、別居等により破綻したと認めるとともに、控訴人の有責配偶者の抗弁を排斥して、被控訴人の離婚請求を認容し、②控訴人を長女の親権者と定めて、③被控訴人の主張に沿う財産分与を命じたため、控訴人が控訴した。

四  控訴人は、当審において、①被控訴人は、不貞行為をし(以下「本件不貞行為」という。)、正当な理由もなく別居して、控訴人を遺棄したから、民法七七〇条一項一号、二号所定の離婚事由があると主張して、被控訴人との離婚及び損害賠償を請求するとともに、②長女の親権者の指定及び養育費の支払と、③財産分与及び年金分割を申し立て、被控訴人は、これらを争った。

五  被控訴人の請求、申立内容及びこれに対する控訴人の主張は、下記六、七のとおり、当審における当事者の主張を付加するほかは、原判決「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」の一及び二に記載のとおりであるから、これを引用する。

六  当審における妻の主張

(1)  本件婚姻関係の破綻原因

ア 本件婚姻関係は、以下のとおり、夫の不貞及び悪意の遺棄によって破綻しているから、夫との離婚と、慰謝料六〇〇万円及び本件別居の日である平成一六年三月二〇日以降の遅延損害金の支払を求める。

(ア) 本件夫婦は、平成一五年春までは、ごく普通の夫婦だったが、夫は、同年五月頃から挙動が怪しくなり始め、名古屋市内や名神高速道路一宮インター周辺のラブホテルで不貞行為をするようになり、同年九月以降、その割引券やカード等が夫の持ち物から見つかった。

夫は、同年九月頃から無断外泊を始め、妻と真摯に話し合おうとせず、同年一一月一四、一五日には、京都に不倫旅行に出かけ、同年一二月頃以降、「俺の中では心の整理着いているし、もう終わってしまってる。」「今更何を言われても心は変わらない。無駄です。」等と、一方的に離婚を求めるメールを送ってきた。

(イ) 妻は、上記のとおりラブホテルの割引券等を見つけて大変驚いたが、本件婚姻関係を解消するつもりはなく、当初は夫を追及せず、近郊や京都、奈良等に家族で旅行する等の生活を続けていた。

しかし、妻は、夫の上記態度に、やむなく平成一六年三月一日に調停を申し立てたが、夫は、居所を隠したまま、同月二〇日、一方的に本件マンションを出て別居をしてしまった(以下「本件別居」といい、本件婚姻の開始から本件別居までの期間を「本件同居期間」という。)。

(ウ) 本件婚姻関係は、以上のような夫の不貞行為と悪意の遺棄によって破綻している。

イ 本件婚姻関係の破綻の経過についての原判決の判断は、婚姻生活の継続に関する男女平等原則を軽視するものであって、婚姻を継続し難い重大な事由に関する事実認定、法律解釈を誤っている。すなわち、

(ア) 原判決は、①夫の多忙な仕事ぶりに、妻が不満を持ったことで、本件夫婦は、口論になり、妻は、夫に何も告げず平成一五年八月一四日から一方的に実家に帰ったとか、②妻が、夫のカード利用代金の請求書等を集めるようになったのは、離婚を申し入れられた場合の自己防衛のためである等と認定するが、本件婚姻関係が円満を欠き、本件別居が継続しているのは、上記アのとおり、もっぱら夫に責任がある。

(イ) また、夫は、尋問時に、同人が仕事優先で、夫婦のことについて特に努力しなかったと認めているが、もとより育児は夫婦共同で行なうことであり、夫婦の絆も二人で築くものであることを無視した異常な主張であり、これを肯定した判断は不当である。

ウ 夫は、外泊、夫のクレジットカードや高速道路等の利用は、全部勤務先(株式会社a。以下「本件勤務先」という。)の業務や接待等の仕事絡みのものであるとして、本件不貞行為を否認する。しかし、次のとおり、夫の主張は、不自然である。すなわち、

(ア) 上記ウ冒頭の支払は、本件勤務先のカードを使用せず、夫個人のクレジットカードによっており、本件勤務先の業務と無関係なのは明らかである。

(イ) 平成一五年九月六日、同月二〇日等(休日)の勤務について、勤務状況報告書(甲一二の一ないし一二。以下「本件報告書」という。)に始業午前一〇時、終業翌七日午前一時とか、同午後一一時等と記載されているが、休日勤務割増、深夜勤務割増等の記載がない。更に、真実同年九月七日午前一時まで業務に従事していたのであれば、前日の六日にステラ(ホテルと思しきもの)の利用代金を精算したとの記録と矛盾する。

(ウ) 平成一五年五月三日、一〇月四日、一一月二日、同月二三日等は、本件報告書に深夜勤務等の記載があるが、実際には、夫はその時間帯は自宅にいたり、家族で旅行をしている。

(エ) 平成一五年一一月一四、一五日には、本件報告書に顧客接待の記載があり、京都の湯豆腐店「順正」の食事代が夫のクレジットカードで支払われているが、高速道路の利用料金や宿泊代が、同日はカードで支払われておらず、本件報告書に宿泊の記載もない。

エ 夫は、妻の言動により、本件婚姻関係は平成一五年八月末までに破綻していたとして、同年九月六日以降の不貞行為と離婚等との因果関係を争っているが、本件婚姻関係の破綻時期や原因、本件不貞行為との因果関係に関する夫の主張は、いずれも虚偽であるから、否認ないし争う。

(2)  財産分与について

ア 申立内容

本件夫婦間には、別紙財産目録記載の本件共有財産が存在するから(ただし、同別紙の預貯金等Ⅰ一の内容については、下記イ(ア)のとおり訂正されるべきである。)、離婚時点を基準時として財産分与を行ない、妻に前記第一の一(2)エないしキの財産を取得等させるよう求める。

イ 預貯金について

(ア) 別紙財産目録記載の預貯金等Ⅰ一の夫名義の預金口座(残高一三八万三三六〇円)からは、平成一九年三月一日に三七三万〇七〇〇円、平成二〇年一月一三日に六一万二四五〇円が引き出されているから(本件勤務先の株式や中古車を購入したと考えられる。)、これらを上記残高に加えると、同口座に係る財産分与の対象額は五七二万六五一〇円を下回らない。

(イ) 夫は、後記七(2)ア(イ)c、d、eの郵便局の通常貯金、担保定額貯金、定額貯金を本件共有財産に算入しているが、これらは、妻の特有財産であって、財産分与の対象にならない。

ウ 本件マンションについて

夫は、住宅ローン、本件マンションの管理費、光熱費を全面的に負担していること等を理由に、妻の持分を夫に分与するよう申し立て、原判決もこれを認めたが、下記(ア)のとおり妻の持分は、その特有財産であって財産分与の対象にならない。

また、妻は、夫の持分について、下記(イ)(ウ)のとおり賃借権を有しており、そうでないとしても、上記申立は失当である。

(ア) 本件夫婦が婚姻したのは平成六年一〇月で、本件マンションの購入は平成一一年一二月であるが、本件マンションの購入代金二八三五万円の中には、妻の預金、平成八年六月に退職後の失業保険、厚生年金基金の一時金など妻の特有財産三五〇万円以上が充当されており、もともと妻の持分は、その特有財産である。

(イ) また、妻申立の婚姻費用分担審判(以下「別件婚費審判」という。)において、夫は本件マンションの家賃相当分を考慮すべきである旨の主張を固持し、その結果、本来夫が支払うべき婚姻費用分担額一五万九二六一円(月額。婚姻費用につき以下同じ)から、①家賃相当額として、住宅ローン及び管理費の四割に相当する四万六一四八円が控除されているほか、②夫の預金口座から引き落とされる光熱費等二万六二六八円が控除されて、夫の分担額八万七〇〇〇円が算出されており、妻は、今後も上記①以上の金額を支払続ける意向である。

(ウ) 以上によれば、本件夫婦間には、別件婚費審判が確定した平成一七年一月末までに、夫を貸主、妻を借主とする、賃料月額四万六一四八円、賃貸期間は妻と長女が本件マンションを使用する必要がなくなるまでとの賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)が成立したというべきであり、そうでなくても、夫の財産分与の申立は失当である。長女も、最低平成二四年三月まで本件マンションに居住することを希望している。

(エ) また、仮に妻の持分を夫に分与するなら、夫は妻に対し、①上記(ア)の妻の特有財産三五〇万円と、②平成一七年一月分から現在までの上記(イ)①の家賃相当分合計二三五万三五四八円を返還しなければならない。

エ 夫の確定拠出年金について

夫は、本件勤務先が確定拠出年金制度を導入したのは、平成一七年一〇月一日であると主張するが、平成二〇年八月三一日時点の残高は三三七万三三二五円に上っており、わずか三年間だけで夫がこれだけの金員を備蓄したとは考えられない。本件勤務先には、甲一〇以外に、法が作成を求めている正規の退職金規程が存在するはずであるから、夫にその提出を求めたうえで、正しい金額を策定すべきである。

(3)  年金分割

本件婚姻期間中の保険料納付等に対する寄与は、妻と夫で同等とみるのが相当であるから、按分割合を〇・五とすべきである。

七  当審における夫の主張

(1)  本件婚姻関係の破綻原因について

ア 妻が主張する本件不貞行為は、以下のとおり存在せず、夫には本件婚姻関係が破綻した責任はない。

(ア) そもそも本件不貞行為の相手は、なんら特定されていない。

ラブホテルの割引券やカード、領収書等は、全部仕事絡みのものである。

(イ) 妻は、本件報告書の記載内容の信用性を争うが、本件報告書は、本件勤務先の規則上、労働時間のチェック目的でつけることになっており、夫が負担する経費の精算は記載されない。また、本件報告書は、一か月毎にまとめて作成しており、前月のデータの消し忘れや記憶違いの記載もあり得る。

(ウ) 妻は、平成一五年一一月一四、一五日の京都行きは不倫旅行であると主張するが、同日は、絵画を趣味とする取引先のb社の開発室長の題材探しのために、夫が京都に同行したものである。

イ 本件婚姻関係は、本件夫婦が従前から寝室を別にし、夫婦生活がなかったこと、妻が夫の役職も知らない等、夫婦間の会話もなかったこと、妻が「もう戻らない」と宣言して、平成一五年八月二〇日頃から三一日まで長女を連れて実家に帰ったこと等により、遅くとも同月末までに破綻した。

したがって、平成一五年九月六日以降の夫のホテル利用が不貞目的のものだったとしても、本件婚姻関係の破綻とは因果関係が認められない。

(2)  財産分与について

本件夫婦間に存在する本件共有財産の内容及び本件別居時の価額は、下記アないしオのとおりであって、これを本件別居時を基準時として財産分与すべきである。これを計算すると、本件夫婦が取得する正味財産は、それぞれ三二〇万五四九一円となる。

ア 預貯金

夫名義の預貯金の残高は下記(ア)の、妻名義の預貯金の残高は同(イ)のとおりであり、全額が財産分与の対象となる(下記(イ)d、eの妻の郵便局の担保定額貯金、定額貯金は、本件別居後の解約時の金額)。

(ア)a みずほ銀行豊橋支店・普通預金 -二万三六五七円

b みずほ銀行豊橋支店・定期預金 二一万〇九六〇円

c 豊橋信用金庫本店営業部・普通預金 三七二一円

d 豊橋信用金庫本店営業部・定期預金 一〇万〇〇〇〇円

e 岡崎信用金庫豊橋柱支店・普通預金 一八万九九六三円

f 郵便局・通常貯金 一〇万一一四二円

g 郵便局・担保定額貯金 三万一〇〇〇円

h 郵便局・定額貯金(七口) 一四二万五〇〇〇円

小計 二〇三万八一二九円

(イ)a 豊橋信用金庫二川支店・普通預金 三万六〇一二円

b 豊橋信用金庫本店営業部・普通預金 一〇〇円

c 郵便局・通常貯金 -五〇万八八九二円

d 郵便局・担保定額貯金 一一〇万三一六〇円

e 郵便局・定額貯金 四七五万七三四五円

f 豊橋農業協同組合岩田支店・普通貯金 一五万〇一七五円

小計 五五三万七九〇〇円

イ 保険・共済

夫名義の保険は下記(ア)の、妻名義の保険・共済は同(イ)のとおりであり、全額が財産分与の対象となる(下記(イ)の妻の保険は、本件別居後の解約返戻金を、月割計算によって本件別居時に引直した金額)。

(ア)a 郵便局・簡易生命保険 四六万八一〇〇円

b アリコ・終身保険及び特定疾病給付終身保険 一二四万五〇〇〇円

小計 一七一万三一〇〇円

(イ)a 損保ジャパン・積立介護費用保険 三六万二六五五円

b 豊橋農業協同組合岩田支店・終身共済 二五万〇二七九円

小計 六一万二九三四円

ウ 株式

夫名義の株式会社cの株式二〇〇株は、従業員持株会を通じて平成元年四月から平成一二年二月まで定期的に購入したもので、月割計算をすると、本件同居期間中の購入株式は九九株と推定される。本件別居時の株価四八六〇円(一株当たり金額。以下同じ)によれば、その価額は四八万一一四〇円である。

エ 自動車

レッドブックによれば、妻が使用中の日産プレサージュ(夫名義)の本件別居当時の価額は五一万円である。

オ 動産

妻が保管する以下の動産は、高価品であり、財産分与の対象とされる。

a ルイ・ヴィトン キーポル50 五万六〇〇〇円

b ルイ・ヴィトン エリプスMM 四万九八〇〇円

c ルイ・ヴィトン エピ クリュニー 二万二八〇〇円

d シャネル チェーンショルダー 四万二〇〇〇円

小計 一七万〇六〇〇円

カ 退職金

(ア) 現時点で本件勤務先は、ITバブル崩壊と金融危機で極度に経営が悪化し、夫の一六年先の退職までそもそも本件勤務先が存在し、夫が退職金の支給を受けられるか不確かであるから、これを財産分与の対象とするのは相当でない。

(イ) 仮に財産分与の対象とする場合には、本件同居期間に限定した金額にすべきであり、またその支払時期を夫の退職時とし、できれば退職金の支給を停止条件とすべきである。

キ 確定拠出年金

(ア) 本件勤務先が確定拠出年金制度を導入したのは、本件別居後の平成一七年一〇月一日のことであり、財産分与の対象となり得ない。

(イ) 仮に財産分与の対象とする場合には、株価の変動や運用の巧拙によって大きく左右されるから、これを対象とする財産分与の支払時期を夫の退職時とし、できれば年金支給を停止条件とすべきである。

ク 本件マンションについて

(ア) 妻は、妻の持分が、その預金、厚生年金一時金、失業保険によって取得された特有財産であると主張するが、①平成六年一〇月に本件夫婦が婚姻してから、平成八年六月に妻が退職するまでにその給料により形成された預金、厚生年金一時金は妻の特有財産ではないし、②失業保険も本件婚姻後に支給されているから、妻の特有財産ではない。

仮に妻の本件婚姻前の預金、厚生年金一時金が本件マンションの購入資金に充てられたとしても、それらが平成一一年一二月の購入時まで残存したのは、夫の給料により妻の生活が維持された結果にすぎないから、その購入資金が相続又は第三者からの贈与によって取得されない限り、妻の持分は、その特有財産にはならない。

(イ) 本件別居時の本件マンションの時価は、高く見積っても二〇〇〇万円なのに対し、同時点の住宅ローンの残高は二四六五万二八二一円であり、財産分与における本件マンションの評価額はマイナス四六五万二八二一円である。

また、夫婦の協力で形成された積極財産を折半するなら、消極財産も折半するのが公平であるから、上記評価額の半額の二三二万六四一〇円を、夫から妻に分与される他の財産の価額から控除すべきである。

(ウ) 妻は、本件マンションについて本件賃貸借契約の成立を主張するが、妻は、本件別居前からの占有を継続しているだけで、新たな占有権原が設定されたわけではない。また、本件別居時点で本件夫婦の信頼関係は破壊されており、本件賃貸借契約が成立することはあり得ない。

別件婚費審判で婚姻費用から控除された四万六一四八円は、家賃そのものではなく、婚姻費用の清算又は調整金というべきものである。

仮に本件賃貸借契約の成立が認められるとしても、別件婚費審判の効力は、同居又は婚姻解消時までであるから、その存続期間も離婚判決の確定時までにすぎず、妻の主張は失当である。

(エ) 更に、①本件マンションの賃借権確認を求める部分については、名古屋地方裁判所豊橋支部において、すでに同一の訴訟が係属し、二重起訴に該当するし、②財産分与として形成判決を求めるならば格別、確認訴訟の形では離婚訴訟と併合することもできないから、違法である。

(オ) そもそも妻と長女が、本件マンションに居住しなければならない理由が不明である。また、夫は、平成一六年三月二〇日以降、本件マンションに居住しておらず、住宅金融公庫の融資条件違反の状態が生じているから、住宅ローンの残債務を一括返還する義務がある。

(3)  年金分割について

年金分割は、財産分与と同様、一方の配偶者の厚生年金の形成に、他方の配偶者が寄与したことが前提となっているから、本件同居期間中の標準報酬総額を前提に年金分割を行なうべきである。

第三当裁判所の判断

当裁判所は、①妻と夫の離婚請求は、結論的にいずれも理由があって、②妻を長女の親権者と指定するとともに、養育費として本判決確定の日から平成三一年三月まで、毎月末日限り九万円の支払を、夫に命じるのが相当であり、③妻の損害賠償請求は、夫に対し、慰謝料四〇〇万円及びこれに対する本件別居の日である平成一六年三月二〇日から支払済まで民法所定年五分の割合の遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、④財産分与については、双方に主文第一項(5)ないし(7)の内容の給付を命じるのが、⑤年金分割については、妻の申立のとおり按分割合を定めるのがそれぞれ相当と判断する。その理由は、以下のとおりである。

一  本件婚姻関係の経緯

《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。

(1)  夫(昭和○年○月○日生)と妻(昭和○年○月○日生)は、平成六年一〇月五日に婚姻し、平成○年○月○日、長女が生まれた。

本件夫婦は、当初豊橋市西岩田のアパートで、平成九年九月から同市東岩田のアパートで暮していたが、平成一一年一二月二〇日、本件マンションを購入して、同所に移り住んだ。

(2)  夫は、本件勤務先の情報システム部に勤めていたが、平成一〇年に名古屋に転勤して営業担当になり、その後産業システム開発部長をしている。夫は、遅くとも平成一一年頃には、本件勤務先からカード(JRコーポレートゴールドカード。)を支給されており、同カードを使用した場合、後で本件勤務先から、みずほ銀行豊橋支店の夫名義の預金口座に「カ)aコグチバライ」等の名目で使用相当額の金員が補填されるという経理手続により、社用の小口経費の支払、精算ができるようになっていた。

一方、妻は、d株式会社(以下「d社」という。)豊橋事業部に事務職員として勤めていたが、長女の出産に伴い、平成八年六月に同社を退職した。下記(3)の長女の幼稚園の行事や家族旅行等に夫が参加していた点を除くと、家事や育児は、もっぱら妻が行なっていた。

(3)  長女が生まれた後、妻は、平成一〇年に第二子を流産し、本件夫婦間には、平成一三、四年頃から夫婦関係がなくなり、平成一四年頃から寝室も別になったが、その後も本件夫婦は、連れ立って長女の幼稚園の行事等に参加したり、休日には、家族で近郊や京都等に旅行に出掛けたりしていた。

(4)  しかるところ、夫は、平成一五年(下記(6)まで、同年中の日付は単に月日のみで表示する。)五月一〇日、一一日に、同僚と下呂温泉に旅行に行ったが、その頃から挙動がおかしくなり、六月頃以降、休日前日になると夜間に出掛けて、翌日帰宅するとか、深夜になって、急に帰宅できないと妻に連絡するとか、自宅でも携帯電話を手放さず、通話等は家の外に出て行なう等の行動を取るようになった。

実際には、夫は、氏名不詳の相手と、名古屋市内や名神高速道路一宮インター周辺のマイン、ステラ、サントロペ、サザンリゾート、ツインタワーアメリカ、ロンドン等のラブホテル(名称は当時のもの)で不貞行為を繰り返しており、夫の行動を不審に思った妻が夫の持ち物を確かめたところ、九月頃以降、複数回にわたり、夫の財布の中等から、かなりの量のラブホテルの割引券や利用カード、あるいはホテルの名前入りのライター等が発見された。

(5)  この間、妻は、上記(4)のラブホテルの割引券等を見つける前にも、夫の不審な行動に対する不安等が原因で、八月のお盆頃から同月末までにかけて約二週間、実家に帰ったことがあったが、上記割引券等を発見した後も事を荒立てることを避けて、当初は夫を深く追及しておらず、一〇月一二日や一一月二日その他の休日には、家族で、あるいは親戚とともに近郊や京都、奈良等に旅行する等、ほぼ従前と変わらない生活を続けていた。

(6)  しかし、夫は、九月頃から、妻にまったく連絡せずに無断で外泊するようになり、一一月一四、一五日には、本件不貞行為の相手方と京都に不倫旅行に出かけ、湯豆腐店で二人でとった食事の代金を自分のカードで支払ったりする一方で、妻には、十分生活費を渡さないようになった。

更に、夫は、一二月頃以降、要旨、「回りくどい言い方しても仕方ないから、ストレートに言うけど、俺の中では心の整理着いているし、もう終わってしまってる。」「俺の性格からもう何をやっても無理。……おまえ達がいないとホッとする。……離婚しよ。……メールでこんなの卑怯なのは承知の上。罵倒されても軽蔑されても本望です。」「俺にとっては考えに考えた上での結論。今更何を言われても心は変わらない。無駄です。……俺は家をでる。慰謝料養育費は月一〇万円。Aが大学出るまで一五年間。今の収入がある間は保証する。学資保険もAのために継続。貯金はおまえ達の名義のものはすべて差し上げます。……マンション売った差額の借金はすべて俺が今後で払う。」等々と、離婚を求めるメールを、一方的に妻に送りつけた。

(7)  そのため、妻は、やむなく平成一六年三月一日、家庭裁判所に夫婦円満調整と婚姻費用分担の調停を申し立てた。

しかし、夫は、転居先を隠したまま、同月二〇日、本件マンションを出て別居をし、夫婦円満調整の調停は不調に終わった。

一方、婚姻費用分担の調停は、不調により、別件婚費審判に移行したが、妻と長女の家賃相当額を婚姻費用の分担額から差し引くよう、夫が強く主張したため、結局、家庭裁判所が算定した家賃相当額四万六一四八円等を控除した月額八万七〇〇〇円の支払を夫に命ずる審判が、平成一七年一月六日に出て、そのまま確定した。

二  本件婚姻関係の破綻原因、及び妻の損害賠償請求の当否

(1)  前記一認定の事実によれば、夫は、遅くとも平成一五年六月頃以降、氏名不詳の相手と不貞関係にあって、本件婚姻関係は、もっぱらこれによって破綻しており、将来にわたり容易に回復し難い状態にあると認められる。また、夫は、正当な理由なく本件別居を行なったものであって、これは、妻に対する悪意の遺棄に当たるというのが相当である。

したがって、本件では、民法七七〇条一項一号、二号及び五号所定の各離婚事由があると認められるから、本件夫婦の離婚請求を認容することとする。

(2)  そして、上記(1)の本件不貞行為及び悪意の遺棄は、妻に対する不法行為に当たるところ、夫のこれら行為によって妻が離婚を余儀なくされたことや、本件婚姻関係の継続期間、妻の年齢等を考慮すれば、妻の被った精神的損害に対する慰謝料は、四〇〇万円と認めるのが相当である。

結局、夫は、上記同額及びこれに対する本件別居の日である平成一六年三月二〇日から支払済まで民法所定年五分の割合の遅延損害金の支払義務があることとなる。

(3)ア  上記認定に対し、夫は、①マイン、サントロペ、サザンリゾート、ツインタワーアメリカ、ロンドンというホテルの割引券やカード等が、夫の持ち物の中から出てきた事実を争い、これらのホテルには、心当たりがないとして、その利用自体を否定している。

また、夫は、②利用したことを認めるステラ及びシャインリゾートは、残業や出張など本件勤務先の業務のために終電に間に合わなかった場合等に、そこに宿泊して利用しただけであり、③湯豆腐店も、本件勤務先の取引先を接待するのに使用したと主張し、本件勤務先の業務の証拠として、本件報告書を提出している。

更に、《証拠省略》にも、上記主張に沿う部分がある。

イ  しかしながら、まず上記ア①の点についてみるに、《証拠省略》によれば、マインとは、夫が利用したことを認めるシャインリゾート(これが会社名に当たる。)の経営するホテルの名称であると認められるから、同ホテルの割引カード等が夫の持ち物の中から見つかった事実は、上記事情と《証拠省略》により、十分裏付けられるというべきであり、その利用を否定する夫の供述等は信用性がない。

そして、これらの事情と、《証拠省略》によれば、上記ア①のマイン以外のラブホテルについても、その割引券やカード等が夫の持ち物からかなりの量発見された事実、及び夫がこれらを反復して利用していた事実を十分認定することができるのであって、夫の上記ア①の主張は採用できない。

ウ  次に、上記ア②の点について検討するに、夫が本件勤務先の業務の証拠として提出する本件報告書は、夫も自認するように、一か月毎にまとめて作成されており、家族で日帰り旅行に出かけた日に、夫が休日出勤をしたかのような客観的に誤った内容も記載されている。また、夫が自分に都合のよい記載をしている可能性も否定できないから、本件報告書の信用性は、必ずしも高いと認めることができない。

他方、夫は、前記一(2)のとおり、遅くとも平成一一年頃以降、本件勤務先のカードを支給されており、これを利用して、社用の小口経費の支払、精算等をすることができたはずであるにもかかわらず、夫が前記湯豆腐店での食事代を自分のクレジットカードで支払っている事実は、上記食事と本件勤務先の業務との関係に強い疑問を生じさせる証拠というべきである。

また、上記イのとおり認定される、かなりの量に上るとみられるラブホテルの利用がいずれも本件勤務先における夫の業務と関係があった等という事態は容易に納得できる話ではない。

エ  なお、夫は、そもそも上記ア①②のような種類のホテルは、出張中のサラリーマンや家族連れに幅広く利用されている場所で、いかがわしいホテルではないとも主張しており、《証拠省略》には、これに沿う記載があるが、名古屋市内やその周辺には、通常のビジネスホテルやカプセルホテル等が多数存在するのであるから、このような弁解では、夫が上記のようなラブホテルばかりを選んで利用している理由を合理的に説明することができない。

また、《証拠省略》によれば、夫のマイン(シャインリゾート)の利用代金の中には、その金額からみて、一泊の宿泊の代金ではなく、数時間以内のいわゆる休憩の代金と考えられるものが含まれている疑いが濃厚であり、これらを帰宅できない時の宿泊所として使用していたということは考え難い。

オ  したがって、上記イないしエ認定の事情に照らせば、夫の上記アの主張は、全体としても採用できないというのが相当である。

(4)ア  次に、夫は、本件婚姻関係は、妻の言動等を原因として、遅くとも平成一五年八月末までに破綻しており、これに対し自分の不貞行為が始まったのは、同年九月六日以降であるから、本件婚姻関係の破綻と本件不貞行為との間に因果関係はないと主張し、また本件別居にも正当な理由があったかのような主張をしている。そして、《証拠省略》には、上記主張に沿う部分がある。

イ  しかしながら、本件婚姻関係が従前から深刻な状況だったことを裏付けるに足りる客観的証拠は存在しない。

前記一(3)のとおり、本件夫婦間には、平成一三、四年頃から夫婦関係がなくなり、平成一四年頃から寝室も別になったとは認められるが、同(3)(5)認定のとおり、その後も本件夫婦は、連れ立って長女の幼稚園の行事等に参加したり、休日には、家族で近郊や京都等に旅行に出掛けたりしており、これらの状況が、平成一五年一〇月から一一月にかけても継続していたのであるから、同年八月当時、本件婚姻関係が、本件不貞行為以外の原因によって、すでに破綻していたと認めることは困難である。

のみならず、上記(1)のとおり、夫の本件不貞行為は、遅くとも平成一五年六月頃には始まっていたと認められる。以上によれば、本件婚姻関係の破綻と本件不貞行為との因果関係を否定することはできず、本件別居に正当な理由があったと認めることもできない。

三  長女の親権者及び養育費

(1)  前記一認定の事実によれば、夫は、正当な理由なく本件別居をしており、長女の監護養育を放棄したと認められるから、妻を長女の親権者と指定するのが相当である。

(2)  次に、その養育費について検討するに、《証拠省略》によれば、平成一五年度の夫の総収入は九一九万六七七九円(年額・税込。以下同じ)、平成一六年当時の妻の総収入は一二九万四〇八〇円と認められるから、これを東京・大阪養育費等研究会(判例タイムズ一一一一号)作成の表一に当てはめると、夫の支払うべき養育費は、月額八から一〇万円の範囲に入ると考えられるところ、本件に現れたその他一切の事情を考慮して、これを月額九万円と定めたうえ、前記一(6)認定の夫のメールの内容等も勘案して、離婚判決確定の日から順調にいけば長女が大学を卒業するはずの時期に相当する平成三一年三月までの給付を命じるのが相当である。

四  財産分与

(1)  清算的財産分与の基準時

ア 清算的財産分与は、夫婦の共同生活により形成した財産を、その寄与の度合いに応じて分配することを、内容とするものであるから、離婚前に夫婦が別居した場合には、特段の事情がない限り、別居時の財産を基準にしてこれを行なうべきであり、また夫婦の同居期間を超えて継続的に取得した財産が存在する場合には、月割計算その他の適切な按分等によって、同居期間中に取得した財産額を推認する方法によって、別居時の財産額を確定するのが相当である。

イ これに対し、妻は、離婚時を基準とする清算的財産分与を主張しているが、独自の見解であって、採用することができず、上記特段の事情を認めるだけの証拠もない。

ウ そこで、次項以下において、具体的な財産につき、上記アの点等を検討する。

(2)  預貯金

ア 《証拠省略》によれば、本件別居時の夫名義の預貯金の残高は下記(ア)の、妻名義の預貯金の残高は同(イ)のとおりであり、全額が財産分与の対象となる(下記(イ)d、eの妻の郵便局の担保定額貯金、定額貯金は、本件別居後の金額が明確でないので、解約時の金額をもって、本件別居時の残高とみなすこととする。)。

(ア)a みずほ銀行豊橋支店・普通預金 -二万三六五七円

b みずほ銀行豊橋支店・定期預金 二一万〇九六〇円

c 豊橋信用金庫本店営業部・普通預金 三七二一円

d 豊橋信用金庫本店営業部・定期預金 一〇万〇〇〇〇円

e 岡崎信用金庫豊橋柱支店・普通預金 一八万九九六三円

f 郵便局・通常貯金 一〇万一一四二円

g 郵便局・担保定額貯金 三万一〇〇〇円

h 郵便局・定額貯金(七口) 一四二万五〇〇〇円

小計 二〇三万八一二九円

(イ)a 豊橋信用金庫二川支店・普通預金 三万六〇一二円

b 豊橋信用金庫本店営業部・普通預金 一〇〇円

c 郵便局・通常貯金 -五〇万八八九二円

d 郵便局・担保定額貯金 一一〇万三一六〇円

e 郵便局・定額貯金 四七五万七三四五円

f 豊橋農業協同組合岩田支店・普通貯金 一五万〇一七五円

小計 五五三万七九〇〇円

イ 上記認定に対し、妻は、上記ア(イ)c、d、eの郵便局の通常貯金、担保定額貯金、定額貯金が妻の特有財産である旨主張しているが、これを認めるだけの証拠はない。

(3)  保険・共済

《証拠省略》によれば、夫名義の保険は下記(ア)の、妻名義の保険・共済は同(イ)のとおりであり、全額が財産分与の対象となる(下記(イ)の妻の保険は、本件別居後の解約返戻金を、月割計算によって本件別居時に引直した金額である。)。

(ア)a 郵便局・簡易生命保険 四六万八一〇〇円

b アリコ・終身保険及び特定疾病給付終身保険 一二四万五〇〇〇円

小計 一七一万三一〇〇円

(イ)a 損保ジャパン・積立介護費用保険 三六万二六五五円

b 豊橋農業協同組合岩田支店・終身共済 二五万〇二七九円

小計 六一万二九三四円

(4)  株式

《証拠省略》によれば、本件別居時に存在した夫名義の株式会社cの株式二〇〇株は、夫が従業員持株会を通じて、本件勤務先に入社した平成元年四月から平成一二年二月までにわたり、定期的に購入したものと認められる。

したがって、月割計算によって、本件同居期間中の購入株式を推定すると九九株となるので、これに本件別居時の株価四八六〇円を乗じると、その価額は四八万一一四〇円となる。

(5)  自動車

ア 《証拠省略》によれば、本件別居後、妻が使用する自動車は、日産プレサージュ(平成一〇年一〇月初年度登録)であり、本件別居当時の価額は五一万円と認められる。

イ これに対して、妻は、本件別居当時、上記自動車は無価値であったと主張するが、上記証拠に照らし採用できない。

(6)  動産

妻が所有するブランド品のバッグを、高価品として財産分与の対象とするよう夫は求めているが、乙一七に記載されているのは、専門店から一般消費者に対する販売価格と考えられ、上記バッグにこれだけの価値があるとはいえず、高価品として、財産分与の対象になるとは認められない。

(7)  退職金及び確定拠出年金

ア 《証拠省略》によれば、①現在、本件勤務先には、退職金規則が存在すること、②本件勤務先は、本件別居後の平成一七年一〇月一日から確定拠出年金制度を導入したが、それから約三年後の平成二〇年八月三一日時点の夫の掛金は累計三三七万三三二五円に上っていること、以上の事実が認められる。

したがって、上記①の退職金のうち、本件同居期間に対応する部分は、本来、財産分与の対象となる夫婦共有財産というべきである。また、上記②の掛金が本件別居から約三年のうちに三〇〇万円以上の高額に達していることを考慮すると、その一部にも本件同居期間中の蓄財等を原資とする部分が存在する可能性は否定することができない。

イ しかし、上記退職金及び確定拠出年金は、いずれも夫が六〇歳で定年退職する際になって現実化する財産であると考えられるところ、夫は口頭弁論終結時四四歳で、定年までに一五年以上あることを考慮すると、上記退職金・年金の受給の確実性は必ずしも明確でなく、またこれらの本件別居時の価額を算出することもかなり困難である。

したがって、本件では、上記退職金及び確定拠出年金については、直接清算的財産分与の対象とはせず、下記(8)のうちの扶養的財産分与の要素としてこれを斟酌するのが相当である。

(8)  本件マンションについて

ア 妻の特有財産部分の存否及び内容

(ア) 妻は、妻の持分がその特有財産であると主張するので、この点について検討するに、《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。

a 妻は、本件婚姻前の昭和五六年三月にd社に入社し、本件婚姻後の平成八年六月同社を退職した。退職金は三〇三万一〇四七円であり、妻は、そのほか同社から受給した賞与約二〇〇万円、厚生年金基金約六二万円、失業保険や、従前貯めていた財形貯蓄の解約金約一八六万円を合せて、その大半を定額貯金にしていた。

b 本件マンションの購入代金は、約二八〇〇万円であり、そのほかに諸経費約二八〇万円が必要だったが、そのうち二六八〇万円は、夫が主債務者となって住宅金融公庫から融資を受けた。

その余の約四〇〇万円の前払代金・諸経費のほとんどは、上記aの妻名義の定額貯金を解約してまかない、本件夫婦は、夫が全体の一〇〇〇分の八八三、妻が同一〇〇〇分の一一七の割合で本件マンションの共有持分の登記手続をした。

(イ) 以上認定の事実によれば、本件マンションにつき、わざわざ妻の持分が共有登記されたのは、上記(ア)bのとおり、前払代金・諸経費のほとんどを妻名義の財産によってまかなったことによると認められるところ、①上記(ア)aのとおり、妻が昭和五六年三月にd社に入社し、平成八年六月に退職するまでの大半は、本件同居期間以前の時期に当たり、本件同居期間の分はわずかであること、②本件婚姻後に支払われた失業保険についても、上記①のような本件同居期間以前の妻の就労に対応する部分が大きいとみられること、③前記一(2)認定のとおり、家事・育児はもっぱら妻が行なっており、本件婚姻後も、妻の就労に対する夫の貢献は極めてわずかであったと考えられること等を勘案すれば、上記のとおり、妻名義の財産によって取得された妻の持分は、その特有財産に当たると認めるのが相当である。

(ウ) したがって、本件マンションは、①全体の一〇〇〇分の一一七が妻の特有財産であり、②残り一〇〇〇分の八八三だけが財産分与の対象となる本件共有財産というべきところ、《証拠省略》によれば、本件別居時の本件マンションの価額は、二〇〇〇万円程度と見積るのが相当であるから、本件別居時の前者の価額を二三四万円、後者の価額を一七六六万円と認定することとする。

(エ) これに対し、夫は、妻の持分がその特有財産であることを争っているが、上記(ア)(イ)認定の事実に照らし、採用することができない。

イ 夫の持分に対する妻の占有権原等

(ア) 妻は、本件夫婦間には、夫の持分を目的とする本件賃貸借契約が成立していたと主張してその確認を求めており、その根拠として、別件婚費審判における夫の主張内容及び同審判の結果等をあげているが、従前の紛争の経過に照らすと、本件別居時に、夫が妻に対し、将来にわたり本件マンションの使用を承諾していたとは認められず、上記確認請求は採用することができない。

(イ) しかしながら、前記二認定のとおり、本件別居は、夫による悪意の遺棄に該当し、また上記(7)のとおり、遠い将来における夫の退職金等を分与対象に加えることが現実的ではなく、更に一部が特有財産である本件マンションが存在するところ、このような場合には、本件婚姻関係の破綻につき責められるべき点が認められない妻には、扶養的財産分与として、離婚後も一定期間の居住を認めて、その法的地位の安定を図るのが相当である。

(ウ) そして、(a)甲四から明らかなとおり、別件婚費審判において、夫が本件マンションの家賃相当分の控除を強硬に主張し、その結果、前記家庭裁判所の認定によって、その金額が四万六一四八円と定められた点や、(b)上記(7)判示の直接清算的財産分与の対象とすることが困難な退職金及び確定拠出年金についても、扶養的財産分与の要素としては斟酌することが妥当である点を考慮すれば、①清算的財産分与によって、本件マンションの夫の持分を夫に取得させるとともに、②扶養的財産分与として、夫に対し、当該取得部分を、賃料を月額四万六一四八円、賃貸期間を長女が高校を卒業する平成二七年三月までとの条件で妻に賃貸するよう命ずるのが相当である。

(9)  住宅ローン

《証拠省略》によれば、本件マンションの住宅ローンの本件別居時の残額は二四六五万二八二一円と認められる。

(10)  まとめ

ア 以上に基づき、清算的財産分与から検討するに、本件共有財産のうち、積極財産の金額は、上記(2)ア、(3)、(4)、(5)ア、(8)ア(ウ)②の合計二八五五万三二〇三円であり、消極財産の金額は、上記(9)の二四六五万二八二一円であって、前者から後者を控除した残額は三九〇万〇三八二円となるから、本件夫婦一人当たりの金額は一九五万〇一九一円となる。

イ これに対し、夫が管理する積極財産は、上記(2)ア(ア)、(3)(ア)、(4)、(8)ア(ウ)②の合計二一八九万二三六九円であり、また法律上その支払義務を負う消極財産は、上記(9)の二四六五万二八二一円であるから、前者から後者を控除した残額はマイナス二七六万〇四五二円となり、上記ア末尾の金額に対し、四七一万〇六四三円不足する。

ウ 他方、妻が管理する積極財産は、上記(2)ア(イ)、(3)(イ)、(5)アの合計六六六万〇八三四円であり、また法律上妻が支払義務を負う消極財産はないから、結局、上記ア末尾の金額に対し、四七一万〇六四三円超過する。

エ 以上によれば、本件では、①清算的財産分与として、妻から夫に対する四七一万〇六四三円の支払を命じるほか、夫に対し、妻が使用する上記(5)の自動車の所有権移転登録手続を命じることとし、②更に、扶養的財産分与として、上記(8)イ(ウ)の内容で、夫から妻に対する夫の持分の賃貸を命じるのが相当である。これに対して、妻のその余の財産分与の申立は相当とは認められない。

五  年金分割

本件では、別紙「年金分割のための情報通知書」記載の情報に係る年金分割についての請求すべき按分割合を〇・五と定めるのが相当であって、これに反する夫の主張は採用できない。

第四結論

以上の次第で、①夫と妻の離婚請求はいずれも理由があり、②妻を長女の親権者と指定するとともに、養育費として本判決確定の日から平成三一年三月まで、毎月末日限り九万円の支払を、夫に命じるのが相当であり、③妻の損害賠償請求は、夫に対し、慰謝料四〇〇万円及びこれに対する本件別居の日である平成一六年三月二〇日から支払済まで民法所定年五分の割合の遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、④財産分与については、双方に主文第一項(5)ないし(7)の内容の給付を命じるのが、⑤年金分割については、妻の申立のとおり按分割合を定めるのがそれぞれ相当であるから、これらと異なる原判決を変更し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 夏目明德 裁判官山下美和子は、転補につき、署名押印することができない。裁判長裁判官 岡光民雄)

別紙 自動車目録《省略》

別紙 年金分割のための情報通知書《省略》

別紙 保険目録《省略》

別紙 財産目録《省略》

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