名古屋高等裁判所 平成19年(ネ)9号 判決 2007年9月13日
主文
1 原判決中,次項の請求に係る部分及び第3項の請求に係る部分を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人Aに対し,44万4558円及びこれに対する平成17年12月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人は,控訴人Bに対し,35万6846円及びこれに対する平成17年9月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 その余の本件控訴を棄却する。
5 訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを2分し,その1を控訴人らの負担とし,その余を被控訴人の負担とする。
6 この判決の第2項及び第3項は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 主文第2項と同旨
3 被控訴人は,控訴人Aに対し,44万4558円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 主文第3項と同旨
5 被控訴人は,控訴人Bに対し,35万6846円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
7 第2項及び第4項につき仮執行宣言
第2事案の概要
1 本件は,(1)被控訴人の元従業員である控訴人Aが被控訴人に対し,被控訴人に解雇されたとして,①解雇予告手当44万4558円とこれに対する解雇の日の翌日である平成17年12月21日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金及び②付加金44万4558円とこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,(2)被控訴人の元従業員である控訴人Bが被控訴人に対し,被控訴人に解雇されたとして,①解雇予告手当35万6846円とこれに対する解雇の日の翌日である平成17年9月21日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金及び②付加金35万6846円とこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
原審が,控訴人らが被控訴人に解雇された事実は認められないとして,控訴人らの請求をいずれも棄却したため,これを不服とする控訴人らが控訴をした。
2 争いのない事実等
原判決書2頁末行から同3頁1行目にかけて及び同頁5行目の各「11月30日から同年9月1日まで」をいずれも「9月1日から同年11月30日まで」と,同頁10行目から11行目にかけて及び同頁15行目の各「8月20日から同年5月21日まで」をいずれも「5月21日から同年8月20日まで」と,それぞれ改めるほか,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の「1」記載のとおりであるから,これを引用する。
3 争点及びこれに関する当事者の主張
次のとおり付け加えるほか,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の「2」記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決書4頁7行目の末尾の次に,「このように,被控訴人代表者が,控訴人Aから,「首ですか」と確認されたのに対し,これを打ち消す発言をしなかったことからすれば,控訴人Aは,被控訴人に解雇されたものというべきである。」を加える。
(2) 同5頁3行目の末尾の次に,行を改めて,次のとおり加える。
「なお,被控訴人代表者は,上記のとおり,控訴人Aに対し,C商会に代わる新たな海上コンテナの仕事をしてもらうことを示唆していたのであるから,その後に,控訴人Aから,「首ですか」と確認された際に,これを否定する発言をしなかったからといって,控訴人Aに対する解雇の意思表示をしたものと見ることはできない。
また,控訴人Aは,被控訴人を退職した後,被控訴人勤務当時の担当取引先であるC商会に就職しており,このことからも,控訴人Aが自己都合により被控訴人を退職したことは明らかである。」
(3) 同6頁10行目の「尋ねた。」を「尋ねたが,被控訴人代表者は,これを否定しなかった。このように,被控訴人代表者が,「首ですか」との控訴人Bの質問に対し,これを打ち消す発言をしなかったことからすれば,控訴人Bは,被控訴人に解雇されたものというべきである。」と改める。
(4) 同7頁6行目の末尾の次に,行を改めて,次のとおり加える。
「なお,被控訴人代表者は,控訴人Bから,「首ですか」と確認されたのに対し,「あなたの胸に聞いてください」「あなたの判断に任せます」と答えた。この発言は,作業者チェック表の不提出に対する反省の色がない控訴人Bの態度等に向けられたものであるから,上記発言をもって,控訴人Bに対する解雇の意思表示をしたものと見ることはできない。」
第3当裁判所の判断
1 当裁判所は,(1)控訴人Aの本件請求は,解雇予告手当44万4558円及びこれに対する解雇の日の翌日である平成17年12月21日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で,(2)控訴人Bの本件請求は,解雇予告手当35万6846円及びこれに対する解雇の日の翌日である平成17年9月21日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で,それぞれ理由があると判断する。その理由は,以下に述べるとおりである。
2 控訴人Bの本件請求について
(1) 争点に対する判断の前提となる認定事実
次のとおり付加訂正するほか,原判決「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」の「1」の「(1)」ないし「(10)」記載のとおりであるから,これを引用する。
ア 原判決書8頁7行目の「原告」から同頁12行目の末尾までを削る。
イ 同頁18行目の「帰社」を「帰宅」と改める。
ウ 同頁24行目の末尾の次に,行を改めて,次のとおり加える。
「上記休暇に先立ち,控訴人Bは,被控訴人代表者から,「(控訴人Bの担当取引先である)Dには,控訴人Bは休暇を取ったと伝えておいたから」などと言われた。この出来事は,控訴人Bが被控訴人のE専務に対し,控訴人Bの配車の組分けを現在の組から他方の組に替えてほしい旨を申し出た日の翌日のことであったので,被控訴人代表者の上記発言を聞いた控訴人Bは,被控訴人代表者が控訴人Bの希望どおりに配車の組分けを変更し,その結果,控訴人Bの作業日程も入れ替わることから,その調整のために控訴人Bに休暇を取らせたものと理解した。(控訴人B本人)」
エ 同9頁9行目の「原告Bが」から同頁10行目の「言った」までを「控訴人Bは,電話で呼出しを受けて,平成17年9月7日に被控訴人の会社事務所に出向いたところ,突然,被控訴人代表者から,控訴人Bに対しては,もう配車はしないと言われた」と改める。
オ 同頁15行目の冒頭から同頁22行目の末尾までを次のとおり改める。
「(10) 被控訴人がF公共職業安定所に提出した控訴人Bの雇用保険被保険者離職証明書には,控訴人Bの退職理由は,会社都合であるとの記載がされている(乙7)。」
(2) 争点(被控訴人が控訴人Bを解雇したか否か)に対する当裁判所の判断
前示のとおり,被控訴人代表者が控訴人Bに対し,同人を解雇すると明言した事実はない。
しかしながら,前示の事実経過からすれば,被控訴人代表者が平成17年9月7日に控訴人Bに対し,「もう配車はしない」と発言した原因は,控訴人Bが作業者チェック表の提出を失念したために,被控訴人が同月3日ないし4日ころに取引先から苦情を受けたことにあると認められ,また,被控訴人代表者から,「もう配車はしない」と言われて,解雇を告げられたものと理解した旨の控訴人B本人の供述は,自然であり,首肯することができる。そして,被控訴人代表者において,真実,控訴人Bを解雇する意思がなかったならば,「もう配車はしない」との被控訴人代表者の発言の直後に,控訴人Bから「僕は首ですか」と尋ねられたのに対し,これを打ち消すような言動に出るのが通常であると考えられるのに,前示のとおり,そのような言動に出ることなく,「あなたの胸に聞いてください」などと答えるのみであったというのである。そうすると,被控訴人代表者が,「もう配車はしない」と発言し,かつ,この発言を聞いた控訴人Bからの「僕は首ですか」との質問に対し,これを打ち消す言動に出なかったことをもって,控訴人Bに対し,解雇の意思表示をしたものと認めるのが相当である。
これに対し,被控訴人代表者は,平成17年9月7日に,控訴人Bに対して「もう配車はしない」とは言っていないし,控訴人Bから,「首ですか」と聞かれたこともないと供述する。また,同人作成の陳述書(乙11)中には,上記供述に沿って,「控訴人Bは,被控訴人代表者が控訴人Bの希望するグループ替えを了解しなかったため,しばらく休むと言って,平成17年9月1日に作業者チェック表を提出しないで,トラックを車庫に止めたまま帰宅し,翌日から出社しなくなったが,それから1週間ほどして出社した。その際,被控訴人代表者に対し,僕はどうすればよいのかと質問したが,これに対して,被控訴人代表者は,控訴人Bに反省をさせる意味もあり,自分で考えろと言った。」との記載がある。しかし,前示のとおり,控訴人Bは,被控訴人代表者が,控訴人Bの希望どおりに配車の組分けを変更し,その結果,控訴人Bの作業日程も入れ替わるので,その調整のために休暇を取らせたものと理解していた(これに沿う控訴人B本人の供述は,自然かつ具体的であり,信用できる。)ことからすれば,控訴人Bが配車の組分けの変更を被控訴人代表者に拒否されたことを契機に仕事を休むに至ったことを前提とする上記陳述書(乙11)の記載は信用できず,したがって,被控訴人代表者の上記供述も信用できない。
なお,被控訴人は,「あなたの胸に聞いてください」などの被控訴人代表者の発言は,作業者チェック表の不提出等への反省の色がない控訴人Bの態度等に向けられたものであると主張する。しかし,被控訴人代表者は,上記発言の前に,「もう配車はしない」と発言しており,ここに控訴人Bに対する解雇の趣旨が現れていると見ることができる。そうすると,その後にされた「あなたの胸に聞いてください」などの発言が,解雇の趣旨を打ち消すものであると認めることはできない。したがって,上記発言は,控訴人Bに対する解雇の意思表示を認定することを妨げるものではないというべきである。
3 控訴人Aの本件請求について
(1) 争点に対する判断の前提となる認定事実
次のとおり付加訂正するほか,原判決「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」の「1」の「(11)」ないし「(21)」記載のとおりであるから,これを引用する。
ア 原判決書10頁1行目の冒頭から同頁3行目の末尾までを次のとおり改める。
「その際,被控訴人代表者は,控訴人Aに対し,C商会との取引が終了した後には,海上コンテナの仕事があるが,まだ話が決まったわけではない旨を告げた(控訴人A本人)。」
イ 同頁6行目の「面があった」を「面もあって,海上コンテナの仕事に移ることが非常に困難であるというわけではなかった」と改める。
ウ 同頁8行目の冒頭から同頁10行目の末尾までを次のとおり改める。
「控訴人Aは,海上コンテナの仕事に移ることについて,慣れない仕事であることや,賃金が減少する可能性もあることから,不安を感じていたが,これを拒否するまでの考えはなかった(控訴人A本人)。」
エ 同頁21行目から22行目にかけての「被告に行き,次の仕事は決まったかと聞いた」を「被控訴人の会社事務所において,被控訴人代表者に対し,次の仕事が決まったかどうかを尋ねた」と改める。
オ 同頁25行目の冒頭から同11頁5行目の末尾までを次のとおり改める。
「これを聞いた控訴人Aは,「海上コンテナの話はあるが,まだ(具体的な仕事が)決まっていないということは,解雇と同じことだ。」と思った(控訴人A本人)。そこで,被控訴人代表者に対し,「自分は首ですか。」と尋ねた(控訴人A本人,被控訴人代表者)。しかし,被控訴人代表者は,これに対し,何ら回答をせず,沈黙した(控訴人A本人,被控訴人代表者)。この様子を見た控訴人Aは,被控訴人代表者から,解雇を告げられたものと理解し,そこで,代わりの仕事を自分で探す旨を被控訴人代表者に告げて被控訴人の会社事務所を辞した(控訴人A本人)。」
カ 同頁15行目の冒頭から同頁19行目の末尾までを次のとおり改める。
「(19) 平成18年1月11日付の退職証明書には,控訴人Aが被控訴人を退職した理由が会社都合によるものである旨の記載がある(甲1の1)。上記退職証明書に押捺された2つの印影は,いずれも被控訴人の印章(角印,丸印)によるものである(争いがない)。これらの印章は,いずれも被控訴人のE専務の鞄の中に入れて保管されていた(証人E)。」
キ 同頁20行目の冒頭から同頁22行目の末尾までを次のとおり改める。
「(20) 被控訴人がF公共職業安定所に提出した控訴人Aの雇用保険被保険者離職証明書(乙2)には,当初,控訴人Aの退職理由が自己都合であると記載されていたが,被控訴人のE専務は,控訴人Aから,電話で,何故退職理由が会社都合ではないのかと問いただされるとともに,退職理由を会社都合に訂正するよう強く求められた(控訴人A本人,証人E)。」
(2) 争点(被控訴人が控訴人Aを解雇したか否か)に対する当裁判所の判断
前示のとおり,被控訴人代表者が控訴人Aに対し,同人を解雇すると明言した事実はない。また,被控訴人は,C商会に代わる新たな海上コンテナの仕事をしてもらうことを控訴人Aに示唆していたのであるから,その後,控訴人Aから,「首ですか」と確認された際に,これを否定する発言をしなかったからといって,控訴人Aに対する解雇の意思表示をしたものと見ることはできないと主張する。
しかしながら,前示のC商会との取引終了が決まった後の事実経過や,平成17年12月20日における控訴人Aと被控訴人代表者との間のやり取りの内容等のほか,本件全証拠によっても,この日,被控訴人代表者が控訴人Aに対し,海上コンテナの仕事の具体的な内容を説明した事実や,同日までに,控訴人Aが被控訴人代表者に対し,海上コンテナの仕事には従事したくないと明言した事実は認められないことを併せ考えると,控訴人Aが,自分は首になるのかとの疑問を抱いて,その旨を被控訴人代表者に尋ねたことは,自然な反応であるということができる。そして,被控訴人代表者において,真実,控訴人Aを解雇する意思がなかったならば,同人から,「首ですか」と尋ねられたのに対し,これを打ち消す言動に出るのが通常であり,また,当時,C商会に代わる海上コンテナの仕事が直ちに従事できる段階まで用意され,かつ,これを控訴人Aに担当させようと考えていたならば,控訴人Aに対し,その仕事の具体的な内容を詳しく説明したり,これに従事する意思があるか否かの最終的な返答を求めるなどの対応をするのが通常であると考えられる。ところが,被控訴人代表者がこれらの言動や対応をした形跡はない。そうすると,被控訴人代表者が,前示の状況の下で,控訴人Aから,自分は首ですかと尋ねられたのに対して,何らの回答をせず,沈黙したことをもって,控訴人Aに対し,解雇の意思表示をしたものと認めるのが相当である。
これに対し,被控訴人代表者は,首ですかとの控訴人Aの質問に対して沈黙したのは,その際,「慣れない仕事をさせるということは首か」というような雰囲気を感じて,控訴人Aに対し,不快感を覚えたからであると供述する。しかし,たとえ,そのような事情があったとしても,これをもって,首ですかとの質問に対し,これを打ち消す言動に出なかったことの合理的な理由とすることはできないから,解雇の意思表示を肯定した上記判断が左右されるものではない。
また,控訴人Aは,被控訴人を退職した後,被控訴人に勤務当時の担当取引先であるC商会に雇用されたが,前示のとおり,平成17年12月20日の時点では,未だ,C商会から就職の勧誘を受けていない(この認定を覆すに足りる証拠はない。)から,上記雇用の事実は,控訴人Aに対する解雇の意思表示を認定することを妨げるものではないというべきである。
4 付加金請求について
前示のとおりの本件の事実経過や,争点及びこれに関する当事者双方の主張内容のほか,原審及び当審における審理の推移その他記録に現れた一切の諸事情を総合して考慮すると,本件において,被控訴人に対し,制裁としての付加金の支払を命ずることは相当でないというべきである。したがって,控訴人らの本件請求中,付加金の支払を求める部分は,いずれも理由がない。
5 以上判示したところによれば,(1)控訴人Aの本件請求は,解雇予告手当44万4558円及びこれに対する解雇の日の翌日である平成17年12月21日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で,(2)控訴人Bの本件請求は,解雇予告手当35万6846円及びこれに対する解雇の日の翌日である平成17年9月21日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で,それぞれ理由があり,これらを全部棄却した原判決は一部失当であるから,これを変更することとし,訴訟費用の負担につき,民事訴訟法67条2項本文,64条本文,65条1項本文,61条を,仮執行の宣言につき,同法310条を,それぞれ適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡久幸治 裁判官 加島滋人 裁判官 鳥居俊一)