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名古屋高等裁判所 平成19年(ネ)923号 判決 2009年5月28日

主文

1  原判決中,控訴人A及び同Cに関する部分を次のとおり変更する。

(1)  被控訴人X1証券は,控訴人Aに対し,525万8368円及びこれに対する平成12年1月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  被控訴人X1証券は,控訴人Cに対し,29万1576円及びこれに対する平成12年1月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  控訴人A及び同Cの被控訴人X1証券に対するその余の請求並びに被控訴人銀行に対する請求をいずれも棄却する。

2  その余の控訴人らの被控訴人らに対する控訴をいずれも棄却する。

3(1)  控訴人Aと被控訴人X1証券との間においては,訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを5分し,その3を同被控訴人の負担とし,その余を控訴人Aの負担とし,

(2)  控訴人Cと被控訴人X1証券との間においては,訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを5分し,その2を同被控訴人の負担とし,その余を控訴人Cの負担とし,

(3)  その余の控訴人らと被控訴人X1証券との間においては,控訴費用は,その余の控訴人らの負担とし,

(4)  控訴人らと被控訴人銀行との間においては,控訴費用は,控訴人らの負担とする。

4  この判決の第1項(1)(2)は,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴の趣旨

(1)  原判決中控訴人らに関する部分を取り消す。

(2)  被控訴人らは,控訴人Aに対し,連帯して916万0008円,及びこれに対する被控訴人X1証券においては平成12年1月28日から,被控訴人銀行においては平成16年12月11日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  被控訴人らは,控訴人Bに対し,連帯して1094万9752円及びこれに対する次の各金員を支払え。

ア 被控訴人X1証券においては,上記1094万9752円のうち759万6534円に対する平成12年10月12日から,うち71万0824円に対する平成13年2月19日から,うち97万6457円に対する同年3月7日から,うち97万6533円に対する同月8日から,うち68万9404円に対する同月19日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員。

イ 被控訴人銀行においては,上記1094万9752円に対する平成16年12月11日から支払済みまで年5分の割合による金員。

(4)  被控訴人らは,控訴人Cに対し,連帯して76万3334円,及びこれに対する被控訴人X1証券においては平成12年1月28日から,被控訴人銀行においては平成17年2月11日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(5)  被控訴人らは,控訴人Eに対し,連帯して75万9653円,及びこれに対する被控訴人X1証券においては平成12年10月12日から,被控訴人銀行においては平成17年2月11日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(6)  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。

(7)  仮執行宣言

2  控訴の趣旨に対する答弁(被控訴人両名)

(1)  本件控訴をいずれも棄却する。

(2)  控訴費用は控訴人らの負担とする。

第2事案の概要(以下,略称は原判決の表記に従う。)

1(1)  本件は,マイカル社(原判決2頁15行目参照)の無担保社債を購入し同社の更生計画に基づいて一部のみの償還を受けるにとどまった控訴人らが,①上記社債を販売した被控訴人X1証券については,その販売時にこれを投機的とする格付の存在や社債の市況等を控訴人らに説明する義務を怠り,また,その販売後にも情報提供や助言をする義務を怠ったことにつき,民法709条の不法行為責任又は民法715条の使用者責任があるとして,②上記社債の社債管理会社であったX7銀行等(後に被控訴人X10銀行が承継)については,マイカル社破綻のわずか1か月前にマイカル社やその関係会社から担保の供与を受けたことにつき,旧商法(平成17年法律第87号による改正前の商法。以下同じ。)311条の2第2項の責任又は同条1項の責任(旧商法297条の3違反。別紙旧商法関係条文参照)があるとして,被控訴人らに対し,連帯して控訴人らの被った損害(別紙請求額一覧表参照)の賠償とその遅延損害金の支払(被控訴人X1証券については各社債購入の日から,被控訴人銀行については訴状送達の日の翌日から)を求めた事案である。

(2)  原審は,控訴人らの請求をいずれも棄却したところ,控訴人らがこれを不服として控訴した。なお,1審相原告G及び同Dは控訴をしなかったため,両名の請求は当審の審理対象ではなくなった。

2 前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,以下のとおり当審における主張(原審での主張を敷衍するものを含む。)を付加するほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」1ないし3に記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  被控訴人X1証券に対する請求(被控訴人X1証券関係)

ア 控訴人らの主張

(ア) 説明義務,情報提供・助言義務の有無・内容について(争点(1)ア)

a 原判決は,社債の信用リスクにつき,一般投資家であれば通常理解していると判示しているところ,確かに,平成8年に適債基準が撤廃され,また,銀行による肩代わり償還も行われなくなり,社債のデフォルトが生じて一般投資家にも損失が発生した例も生じた。しかし,社債の信用リスクは,証券会社や機関投資家には周知の事実であっても,一般投資家はこのリスクにつき気にしなくてよい程度の認識しか有していなかったのであって,これを一般的な常識に属する事項として,その説明義務がないとすることは,不当である。また,流動性は一般投資家にとって唯一の信用リスク回避手段であるから,流動性リスクは,信用リスクに収れんないし包摂されるものではなく,証券会社はこれについても説明義務とりわけ助言義務を負う。

b 平成12年当時は,流通業界は深刻な経営難の状態にあり,同年2月にはスーパーの長崎屋が,同年7月には百貨店のそごうが相次いで破綻しており,このころには上場企業の倒産は珍しいことではなくなっていたところ,マイカル社についても,業績下降が続き,格付会社も格下げを行うなどしていたのであるから,被控訴人X1証券は,顧客に信用リスクを意識すべきことを注意喚起するためにも,最低限,マイカル社の業績が下降しており赤字状態であって再建中であることを顧客が理解できる形で説明する必要があった。

c 原判決は,内閣府令第2号様式(原判決61頁7行目から同頁13行目までを参照)を根拠に,依頼格付(同6頁13行目参照)のみを顧客に示せばよいとするが,不当である。各格付機関の格付(本件26回債,27回債〔原判決3頁7行目参照〕につき,別紙格付推移一覧表参照)は当該格付機関の意見表明であって絶対的なものではなく,勝手格付(同頁14行目参照)における投機級の格付が信用リスクの投資判断において重要な情報であることには変わりがないから,証券会社において依頼格付が唯一絶対的なものであるかのように受け取れる形で説明して勧誘することは許されないし,勝手格付であっても,指定格付機関のうち2社が投機級の格付を行っていることを,格付の意義や定義とともに説明すべきであった。

d 流通利回り(債券を流通市場で購入し,満期まで保有した場合の利回り)は,投資家間で信用リスクが増大し続けていると評価されていることを示す重大なリスク情報であるから,証券会社は,新規発行として本件27回債を勧誘するに当たって既発の本件26回債の流通利回りが上昇を続けて本件27回債の利率より高くなっていること及びこれが信用リスクの増大を示すものであることを説明すべきであり,需給関係その他複雑な要素によって決定されることの一事をもって説明義務の対象とならないとすることはできない。

e 本件では,マイカル社が破綻に至るまでの重要な局面において,証券会社が,顧客に対し,購入後の情報提供ないし助言義務を負うべき特段の事情があったというべきである。

(イ) 被控訴人X1証券の説明義務違反等による不法行為責任の有無について(争点(1)イ)

a 本件において,被控訴人X1証券の従業員らが控訴人らに対して行った勧誘時及び購入後の説明内容は,別紙「購入経緯についての主張一覧表」(当審段階で控訴人らが作成提出したもの)の各控訴人の主張欄記載のとおりである。

b 控訴人Aについて

担当者のH(原判決63頁16行目参照)は,退職先で財形貯畜として公社債投信をしていたにとどまる控訴人Aに対し,本件26回債につき,定期預金類似の安全・安心な商品である旨の説明をしたにすぎず,信用リスク等は説明しなかったのであるから,説明義務違反がある。控訴人AがX5ファンドを選択したのはHの説明によりマイカル社債が安全なものと認識していたからにすぎず,このことをもって社債や投資信託に関する理解力について全く問題がないということはできない。

c 控訴人Bについて

控訴人Bは,担当者のI(原判決66頁1行目参照)から電話で本件27回債購入の勧誘を受け,その際の説明で国債と似た安全性の高い債券だと思って購入したのであって,自ら積極的に被控訴人X1証券X3支店を訪れるなどして購入したのではない。また,控訴人Bは,Iから,本件26回債につき,本件27回債よりも利回りが高く格付がAである,本件9回債(同3頁6行目参照)につき,利回りがよい既発債があるなどと,それぞれ勧誘を受けたことからこれらを購入した。

Iは,債券の単価が下落して流通利回りが上昇することが債券の発行主体の評価の低下を意味すること及びマイカル社の流通利回りが上昇していることを知りながら,これを控訴人Bに説明せず,また,マイカル社の経営状態や投機級とする指定格付機関があること,更に,本件9回債が機関投資家向けに発行されたものであることを説明せず,購入後の情報提供等もしなかったのであるから,説明義務違反がある。

d 控訴人Cについて

控訴人Cが,過去に社債を取得した際に,社債は会社が発行するもので満期になると元金が償還されるとの説明を受けていたにすぎず,社債の信用リスクや流動性リスクについて十分理解していたわけではないから,平成12年1月,担当者のJ(原判決68頁22行目参照)において,控訴人Cに対し,本件26回債購入を勧誘するに当たり,流通利回りが高いほど元本割れのリスクが大きいといったことや,投機級とする指定格付機関があること等について説明しなかったことには,説明義務違反がある。

e 控訴人Eについて

Hは,控訴人Eの母K(原判決73頁6行目参照)を通じて,控訴人Eに対し,マイカル社が,一部上場会社で全国に200店舗を有する大手スーパーであることや,社債の利率及び格付がBBBであることを説明したのみで,流動性リスクが高いことなどは説明しなかったから,説明義務違反がある。

イ 被控訴人X1証券の主張

(ア) 説明義務,情報提供・助言義務の不存在等について(争点(1)ア)

a 会社が倒産すれば株式でも社債でもほとんど価値がなくなること,有価証券取引には一般的に価格変動のリスクがあることは,常識というべきである。また,銀行の定期預金等にしないで,自ら選択して証券会社における取引をなす人であれば,少なくとも社債の一般的な信用リスク(企業の倒産リスク)について認識がないという主張は認められない。平成2年以降のいわゆるバブル崩壊以後は,有価証券取引の一般的なリスクが喧伝され,上記信用リスクとともに価格変動リスクがあるという事実もまた,周知の事実となったというべきである。

b 控訴人らが説明内容として主張する企業資産評価や財務分析,その他マイカル社の倒産可能性に関する事実は,社債に関する一般的リスクや社債の発行条件等の商品内容を超えて,具体的な投資リスク,投資利益の見込みに関する投資助言に属する事項であるが,証券会社は有価証券の流通に関する業務を行う者であって,個々の顧客の資産運用についての助言業務をなす者ではなく,上記のような事項につき,顧客との間で何ら特約がないのに法律上説明する義務を負うものではない。また,再建の途中で債務の繰延べや関連会社への資金提供のための新規起債は珍しいことではないし,経営者の交代により再建への期待が高まることも不合理ではない。

c 目論見書に記載されている依頼格付については,発行条件に類似する情報として,通常は目論見書の交付をもって情報提供としては足りると考えられ,また,これを指摘して投資を勧誘することは通常行われていることであるが,複数ある格付情報をすべて提供する義務はない。

(イ) 被控訴人X1証券の説明義務違反等による不法行為責任の不存在について(争点(1)イ)

a 控訴人Aについて

控訴人Aは,本件26回債と同時期に説明を聞いた株式投資信託であるX5ファンドについては,社債と比較してリスクが高いことを認識しつつ「楽しみのつもり」で買ったというのであるから,このような事情に照らすと,財形貯蓄として公社債投信を購入していたほか投資経験がないからといって,リスク管理能力がないとか,信用リスクについて認識可能性がなかったということはできない。

b 控訴人Bについて

控訴人Bは,低格付のブラジル債は政府保証があることを評価して買い付けたなどと述べていることに照らすと,各有価証券の条件を聞いた上,自らリスクを判断して投資商品を選択していた。

c 控訴人Cについて

控訴人Cは,被控訴人X1証券と取引を始めた当初から既に株式を保有しており,自ら被控訴人X1証券に来店したのであって,有価証券取引に関心を有していたことは明らかであり,従前は小学校教員を,現在は住職を務めていること等に照らしても,社債の信用リスクを認識していなかったということはあり得ない。

d 控訴人Eについて

控訴人Eの取引は,控訴人Eの母であるKの求めに応じて,担当者のHが,社債を買い付けるために必要な証券サービス申込用紙を2通,Kの指示のあった控訴人E及びその姉のそれぞれの住所に郵送したのがきっかけである。

控訴人Eは,自ら有利な運用先を探していたところ,有価証券投資経験のある母Kを信じて取引をしたなどと述べているのであって,Kの投資判断を信じたのにほかならず,Hの投資勧誘の内容を聞いたからではない。

(2)  被控訴人銀行に対する請求

ア 控訴人らの主張

(ア) マイカル名義不動産(原判決32頁5行目参照)の所有者について(争点(2)イ)

原判決は,マイカル名義不動産の所有者に関し,グループ企業間で不動産売買を行う場合に費用を節約する等の理由で所有権移転登記手続を留保することも不自然とはいえないとして,標記不動産の所有者を株式会社X15,X16社(同10頁1行目参照),X17社(同9頁24行目から同頁25行目にかけてを参照),株式会社X18であったとする一方で,マイカル社の法人格否認の法理が適用されるような例外的事情がない限りマイカル社の資産と同一視することはできないとしており,その理由に齟齬がある。

マイカル名義不動産の所有権移転登記は仮装されたものであり,根抵当権設定当時(平成13年8月15日)の所有者はマイカル社である。

(イ) 本件各担保供与行為についての免責要件充足の有無について(争点(2)ウ)

X7銀行ら3行(原判決3頁14行目から同頁15行目にかけてを参照)は,平成13年2月時点において,CMP(同8頁23行目参照)の実現可能性が乏しく客観的に「相当程度確実な再建の見込み」がなかったにもかかわらず,従前の5か年再建計画との比較やキャッシュフロー改善の実現可能性等を具体的に検討することなく,救済融資を実施して本件各担保供与行為を受けたことは,同3行が知り得なかった粉飾決算の発覚など当時全く想定しなかった事態の発生によってマイカル社が破綻したというような特段の事情がない限り,免責要件を充足しない。

(ウ) 本件各担保供与行為の旧商法297条の3の規定違反について(争点(2)エ)

a マイカル社の第37期(平成12年2月期)決算が粉飾されており,X7銀行は,その財産状態が本件27回債に付される純資産維持条項に抵触することを知りながら,マイカル社と共謀して,社債管理会社となって同社債の発行を可能にしたのであるから,誠実義務・善管注意義務に反する。

また,本件27回債発行当時(平成12年10月)のマイカル社の財務状況に照らせば,本件27回債発行に付す財務上の特約は,広く国内債務を対象にした担保提供制限条項を規定すべきであったのに,X7銀行ら3行の融資等への担保提供を対象から除外すべく,国内社債に限定したことは,誠実義務に反する。

b マイカル社の第38期(平成13年2月期)決算が粉飾されており,その財産状態が本件27回債に付されていた純資産維持条項に抵触することや,マイカル社に再建の見込みが極めて乏しいことを熟知しながら,X7銀行が,社債権者のための資産留保や保全措置についての協議や請求を行わず,かえって,マイカル社と共謀して,あたかも再建の見込みがあるかのように装って本件協定書(同10頁4行目参照)を締結して債権の保全を図ったことは,公平誠実義務・善管注意義務に反する。

また,本件協定書締結当時,本件担保株式及び本件協定書記載の不動産の時価は1500億円を超えていたところ,X7銀行ら3行が,マイカル社に対して被担保債権額の2倍近くを超える時価の担保を供与するように求めたことは,その後価額変動や所有権移転等によって担保価値に変動が生じた時点で追加担保を徴求するに当たり,旧商法311条の2の第2項本文に抵触することを回避する目的に出たものであり,誠実義務に反する。

c 平成13年8月当時,もはやマイカル社の破綻が不可避の状況にあったにもかかわらず,X7銀行が,社債権者のための資産留保や保全措置についての協議や請求を行わず,本件貸越契約④(同9頁21行目参照)に関し,本件協定書になかった不動産(本件第2担保不動産〔原判決12頁8行目参照〕のうち番号02ないし23を除くもの)等について担保供与を受けるに当たり(同前提事実(5)オ(ウ)),少なくとも自己と同順位で社債権者に対しても担保設定を行わなかったことは,公平誠実義務・善管注意義務に反する。

イ 被控訴人銀行の主張

(ア) 本件各担保供与行為についての免責要件充足の有無について(争点(2)ウ)

企業が窮境に陥る要因は様々であり,特にマイカル社のように損益の問題ではなく信用不安から資金繰りに窮するような場合には,予想し得ないタイミングで窮境に陥ることも多い。このように,企業再建の現場では,再建の可能性について調査検討する時間的余裕や判断資料が限られている場合がしばしば起こり得るのであって,再建の見込みについて「相当程度確実な再建の見込み」まで要求するのは妥当でなく,企業再建の道を閉ざすことになる。X7銀行ら3行は,限られた時間の中で,入手した合理的な情報をもとに,CMPの達成可能性があると合理的に判断した。

そもそも,控訴人らによる「粉飾決算」,「不当な会計処理」の主張は,管財人によるマイカル社の旧経営陣に対する損害賠償請求事件(東京地方裁判所平成●●年(ワ)第●●●●号事件)の記録に依拠しているが,当該事件は平成18年2月10日に取り下げられている。また,本件各貸越契約の前事業年度(平成11年3月1日から平成12年2月29日)の有価証券報告書(乙B58)及び当該事業年度(平成12年3月1日から平成13年2月28日)の有価証券報告書(甲86)にそれぞれ添付された監査報告書で,監査法人が,監査の結果,マイカル社の採用する会計処理の原則及び手続は,一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠していること,及び財務諸表がマイカル社の上記各事業年度の経営成績を適正に表示していることが認められる旨の適正意見を付しているのであって,X7銀行ら3行が,社債管理会社として充分な調査,確認を行えば「粉飾決算」や「不当な会計処理」の存在を認識できた旨の控訴人らの主張は失当である。

(イ) 本件各担保供与行為の旧商法297条の3の規定違反の有無について(争点(2)エ)

マイカル社に粉飾決算はなく,かつX7銀行ら3行にその旨の認識はない。X7銀行ら3行は,マイカル社の再建支援のため,最後までマイカル社の再建の可能性ありとして支援を継続したのであり,そのような状況下で,資産留保や保全,担保附社債への切替え等の措置を講じなかったとしても誠実義務・善管注意義務に反するものではない。

既存の無担保社債を担保附社債に切り替えることや社債管理会社が法的手続による債権保全・回収を図ることは,社債発行会社の信用不安に直結しかねない行為であり,結果として社債の回収につながらないばかりか,マイカル社の事業毀損の度合を深める可能性が高い。控訴人らの主張は,全く実現可能性がない机上の空論である。

第3当裁判所の判断

当裁判所は,原判決と異なり,控訴人A及び同Cの被控訴人X1証券に対する本件請求の一部は理由があるものと判断し,その余は原判決と同じく請求に理由がないと判断するものである。以下,理由を述べる。

1  事実経過(本件26回債発行,27回債発行,本件協定書作成,本件不動産担保供与行為①②,本件債権担保供与行為,マイカル社の民事再生手続開始等)

原判決42頁24行目から同58頁8行目までを引用する。ただし,原判決51頁8行目の「本件債権譲渡担保供与行為」を「本件債権担保供与行為」と改める。

2  被控訴人X1証券に対する請求の成否

(1)  説明義務,情報提供・助言義務の有無・内容について(争点(1)ア)

商法,会社法,旧商法,金融商品取引法,金融商品の販売等に関する法律,旧証券取引法等の関係規定が定める制度及び当事者双方の弁論等によれば,標記について,次のとおりにいうことができる。

ア 証券取引における説明の必要性と説明義務の根拠

証券取引は,当事者に大きな利益と損失とをもたらし得るから,証券取引をするには,その仕組みを理解し,自己の判断で利益が出ても損失がでても,それは自己の投資予測判断の結果であるとして,これを甘んじて受ける覚悟のできていることが必要である。取引に習熟したいわゆる機関投資家等のプロの投資家はこの要件を満たすが,そうでない者は,その知識,能力等に応じて,必要な説明を受け,仕組みを理解して取引をすることが必要である。

本件の取引対象はマイカル社発行の社債であるが,社債には,一般投資家に馴染みのある電力会社債などが含まれ,社債は,銀行金利より高い利回りで償還時期に利益を上げられる安全な商品というように理解されることが多い。しかし,そのような投資家も,安全ということの意味,内容,真偽,社債の償還期前の市場での換金の可否,その価格,利率(流通利回り)等の具体的仕組み等について必ずしも知っているわけではないと考えられる。これに対し,株式は,価格が上下して安全とはいえないものの,市場での売買が自由であるということで,投資商品としての性質が単純であるため,投資家以外の人を含め,多くの人に知られていると思われる。発行会社が倒産する場合には,株式も社債も投下資金が回収できないこととなり損失を被る点では共通するが,中途換金の容易な株式は会社が倒産する以前に換金することで価格低下の損失を少なくすることができるのに対し,社債は,償還期まで保有していて,本件のように大きな損失を被る危険が数は多くはないにしても存在する。このように社債は,大きな利益をもたらすものではないものの,低金利時代には預金よりは高利であり,また損失を及ぼす機会が少ない点に長所のある商品であるが,一度び損失が生じるときには大きな損失をもたらすものである。このような社債の商品特性については,取引に参加する一般投資家が知る必要があり,証券会社は,そのようなことを知らない投資家を勧誘する場合には,これを説明する必要がある。社債の商品特性が,証券会社の投資家に対する説明義務の第1の根拠である。

説明義務の第2の根拠は,一般投資家と証券会社との証券及び証券取引についての知識,経験,情報収集能力,分析力等についての差である。

そして,説明義務の第3の根拠は,証券会社が利益を受けることにある。すなわち,証券会社は,投資家が取引をするだけ手数料収入が増加し,利益を受け,かつ,損失を被ることはなく,いわば顧客としての投資家にリスクのある商品を売り付けて利益を上げる立場にあるから,商品の特性(特にリスク)をきちんと説明すべき義務がある。以上の各根拠については,当時の法令の規定に定められているものではないが,証券としての社債の取引を勧める証券会社と社債を購入する投資家との間に信義則上生じる義務と解される。

そして,このように説明義務があるということは,証券会社に実際面での不可能を強いるものではない。というのは,一般投資家に証券取引に参加してもらうことで市場の発展を図ることが,証券会社にとっても大局的には望ましいことであり,利益でもあるからである。

イ 投資家の知るべき事項(不可欠の説明事項)

(ア) 前記アでも触れたとおり,発行会社が倒産したときには,社債権者に社債は償還されないことになる。したがって,社債は必ずしも安全な商品ではない。投資家はまずそのことを知らなければならない。従前,発行会社の債務不履行例があまり見られず,また危機状態があっても,いわゆるメインバンクが救済すること等により,社債発行会社の社債権者に対する不払い事例が少なかったが,それは,事実上の現象にとどまり,法制度としては,本件のように発行会社が倒産すれば,予定した償還はされないことになる。

(イ) 次に,投資家は,社債発行会社の信用リスクを知るための方法及び信用リスクの回避方法を知らなければならない。

社債発行会社の信用性については,まず発行会社の発行する目論見書で判断するが,これと並んで格付機関(会社)の格付け情報が基本情報となる。社債の購入後の発行会社の業況の把握とその対策は,社債権者が自ら努めることになるが,手段としては,上記の格付機関の時々の情報等である。また,次のとおり流通価格もこれを知る手段となる。

投資家は,信用リスクを回避するためには,社債購入後にも,発行会社の業況を把握するように努め,倒産の危険があるなら,社債を償還期(本件のマイカル債は4年)前に換金(売却)することが必要である。社債は市場で売り買いすることはできず,証券会社における相対(店頭)取引で同社に買い取ってもらうことになる。その時の売却価格の定め方は,日本証券業協会公表の気配値に依拠することになる。同一発行会社の社債であっても,発行価格が異なるのは,発行時の時価(市場金利の変化や発行会社の信用リスク)が価格に反映されるからである。発行会社の業況が悪化しているほど,中途売却価格は下がる。場合によっては売却が難しくなり,結果として,償還期まで保有するという選択をせざるを得なくなる場合もある。これは,流動性リスクといわれる。

(ウ) 被控訴人X1証券は,情報収集も基本的に投資家の自己責任と主張するようであるが,先にも述べたとおり,証券会社が経験のない投資家を勧誘する場合には,当てはまらないのであり,その限度で上記の主張は採用することができない。

ウ 各投資家との関係での説明事項・程度の差

上記のとおり,投資家が,その知識,経験等により,当該取引に伴うリスクの内容,その要因や取引の仕組みの重要部分を理解しているような場合には説明自体が不必要となるのであり,証券会社は,一律に同一の説明義務を負うものではない。この点は,後記(2)以下で控訴人ら個人毎に個別に検討する。

エ それ以外の説明事項の有無(控訴人らの主張に対する判断)

(ア) 控訴人らは,マイカル社の経営状態,とりわけ,同社の業績が下降しており赤字状態であって再建中であることを被控訴人X1証券が控訴人らに説明する必要があった旨を主張する。

社債発行会社の経営状態に関する情報は,投資家が当該社債を購入するに当たり上記のリスクを具体的に判断するための重要な情報ではあるが,基本的には発行会社においてディスクロージャーに関する諸規定に基づき開示されるべきものであること,個別の社債発行会社の経営状態及びその変動に関する情報は膨大であり,内容も多岐に渡る上,経営状態に関する情報及びその信用性・情報価値の分析,調査の過程においては一定の価値判断,評価が伴うのでその判断・評価についても多様な見方があり得ること,社債発行に当たって発行会社の事業に関する情報は目論見書に集約されておりその評価は発行会社が依頼した指定格付機関の格付に集約されていること等に照らすと,証券会社が,顧客に上記目論見書の交付や上記格付についての情報提供を超えて,具体的な経営状態についての情報を提供することが法律上の義務であると解することは,証券会社に対して過大な負担を負わせることとなるので原則としては適当ではない。

ただし,証券会社にそれほどの負担を負わせずに簡明に取得・提供できる客観的情報は,個別の投資家との関係で場合によっては,説明を要する情報に該当することになり得るというべきである。具体的には,後記(2)以下で検討する。

(イ) 控訴人らは,依頼格付のみを顧客に示せばよいとするのは不当であり,勝手格付であっても本件においては指定格付機関のうち2社が投機級の格付を行っていることを説明すべきであった旨を主張する。

原判決も指摘するように,格付は投資家が当該社債取引における信用リスクを判断する上で有益な情報である。目論見書には社債発行会社が依頼したいわゆる依頼格付を記載すべきものとされており,それは所轄官庁から指定を受けた指定格付機関が行ったもので,格付を依頼した社債発行会社の内部資料も考慮してなされることに照らすと,公開資料のみに基づく勝手格付よりも信頼性が劣るということもできないから,それはそれで説明すべき重要な情報であるといえる。そして,証券会社は,原則的には投資家から他の格付機関がどうであるか尋ねられた場合にはそれに応じればよいということになるが,本件では,マイカル社が業況悪化から発行する社債であったという特別の事情があった上,さしたる手間でないことを考えると,他の格付機関の格付けをも情報として知らせるべき特別の理由がなかったかが問題となる。この点については,個別の控訴人との関係で後記(2)以下で別途検討する。

(ウ) 控訴人らは,流通利回りが,発行会社の信用リスクの変化を示す重大なリスク情報であるから,新規発行の本件27回債の勧誘に当たって,既発の本件26回債の流通利回りが本件27回債の利率より高くなっていること,及びこれが信用リスクの増大を示すものであることを説明すべきである旨を主張する。

流通利回りの上昇低下あるいは表面利率と流通利回りとの格差は,結局,社債価格の上昇下落により生じるものであるところ(社債価格の下落は流通利回りを上昇させ,社債価格の上昇は流通利回りを低下させる関係にある。),社債の市場価格は,景気や政策など種々の要因による金融情勢が反映された市中の金利水準によって変動するほか,当該社債発行会社の信用リスク等複雑な要素で決定されるものであり,証券会社によってもその価格評価は異なり得るものであること等に照らすと,原則としては,投資家から既発債の流通利回りを尋ねられた場合は格別,既発債全ての流通利回りの動向及びこれについての評価を説明義務の必須の内容として証券会社に一般的に課すことは相当でない。しかし,本件では,発行会社がその業況悪化のなかで個人投資家から資金を調達しようというのであるから,流通利回りの持つ一般的な意味と併せて本件26回債の流通利回りを説明すべき特別の事情がなかったかどうかが問題となると考えられる。この点は,個別の控訴人との関係で後記(2)以下で別途検討する。

(エ) 控訴人らは,マイカル社が破綻に至るまでの重要な局面において,証券会社が,顧客に対し,社債購入後の情報提供ないし助言を行うべき特段の事情があった旨を主張する。

しかしながら,購入後の保有,売却の判断は投資家の自己責任において判断すべきであり,そのための情報収集についても投資家の責任に委ねられているというべきであって,購入後も情報提供につき法的に義務を負う旨の約束をしたというような特段の事情がない限り,証券会社が顧客に対して有価証券購入後の情報提供ないし助言義務を一般的に負うということはできない。ただし,社債購入後の中途換金の方法,損を早期に固定させたい場合の方法及びその入手方法等は,個別の投資家との関係で情報提供が必要になることがあるというべきである。

オ 被控訴人X1証券の主張(投資家の自己責任との関係)について

(ア) 被控訴人X1証券は,証券取引に関し,投資家には自己責任があるので,証券会社には説明義務がないかのような趣旨の主張をしている。

自己責任は,自己の投資予測判断に従って,利益も損失も覚悟の上で投資をすることを指していうのであり,それは,将来証券がどのような価格となるか等の不確定な将来の事項についての予測判断は,投資家の責任とするというものと理解すべきである。これに対して,制度の仕組みや証券発行会社の業況等の基本知識は,投資時点で事実となっている確定情報であり,予測して知るというものではない。確定情報は,どのような手段でどこまで把握するかという方法,程度が問題となるところ,前記イの必須事項及びエの特別の事情下での事項については,当該投資家が知る必要があり,もともと確定しているもので,証券会社が詳しいのであるし,証券会社には信義則上の義務があるから,これを投資家がきちんと知るように証券会社の方で情報提供をすべきである。これらは投資家の自己責任事項ではなく,自己責任発生のための前提事項と理解すべきである。このようにして,証券会社は,勧誘する一般投資家に対し,その知識・経験等に応じて,信義則上の義務として,取引の仕組み,発行会社の業況等について客観的指標を示して説明をすべきであり,投資家は,そのような情報を知った後に,自己責任に従って,証券取引をすることになる。自己責任と信義則上の説明義務とはこのような関係にあるというべきである。証券会社は,説明事項を知らせないようにすることや隠すことはもちろん義務違反であるが,投資家の自己責任事項であれば,説明義務違反には問われない。

(イ) 被控訴人X1証券は,「自己責任は投資家の行為能力の問題であり,証券会社の説明が不足することによって意思決定の過程が不十分になるという性質のものではない。説明義務違反として不法行為責任が認められるとすると,部分的な取引効果の否定となり,自己責任を否定することになる。不法行為責任を認めることは事後の損失補てんを禁止した証券取引法(現在の金融商品取引法)の規定と抵触する。」旨を主張する。

自己責任は被控訴人X1証券が上記で主張するのと同じく,投資家自身が決定したことは損失も利益も自己に帰属するということであるが,この自己責任と説明義務・その違反に基づく損害賠償請求とは,両立することであり,取引について自己責任に従ってその効力は争えなくても,他方で説明義務違反があるため,別に損害賠償請求ができるとされることは,不当ではない。

また,損失補てんの禁止は,予め,損失を補てんすることを約して取引を勧誘することを禁止するということであり,事後に説明義務違反を理由に債務不履行責任又は不法行為責任が発生することとは別であり,損失補てんが禁止されるから後者の民事上の責任が発生しないということはできない。

さらに,被控訴人X1証券は,被控訴人X1証券に対する説明義務違反の請求を認めることは,発行会社の債務不履行の責任を証券会社に転嫁するものであり許されない旨を主張する。しかし,異なる性質の責任が競合することは珍しいことではない。

(2)  被控訴人X1証券の説明義務違反等による不法行為責任の有無について(争点(1)イ)

ア 控訴人Aについて

(ア) 本件26回債購入の経緯等

原判決62頁17行目から同64頁23行目までを引用する。

ただし,同64頁7行目の「加えて,」の次に「控訴人Aの元本割れはしないかどうかとの問いかけに対し,デフォルトリスク(元金や利金に係る債務不履行)については一切説明することなく,平成16年には必ず償還される,100万円で購入したら満期時には100万円でかえってくる,元金が減ったりするものではないなどと説明した上,」と加える。

(イ) 説明義務違反の有無

上記(ア)の認定事実及び控訴人A本人尋問の結果によると,控訴人A(昭和15年●月生)は,①中学校卒業後5年ほど繊維工場に勤めた後,結婚を機に一度退職した後の昭和47年から再び別のX6という会社に正社員として就職し,平成12年●月●日に27年間勤務した同社を退職した者であること,同社では,退職するまでの間,毎月の給与から引き落とした金員をもって財形貯蓄により公社債投信をしていたこと,同控訴人はそれ以外の投資経験はなかったこと,②退職から2週間後の同月21日頃,前記公社債投信の関係で控訴人Aの退職と財形貯蓄の解約事務の必要を知っていた被控訴人X1証券X2支店のHが,控訴人Aに電話をして,財形貯蓄解約手続を促すと共に,良い話があると誘って,同支店に赴くように勧めたこと,控訴人Aはこれに応じて初めて証券会社を訪問したこと,そこで,控訴人Aは財形貯蓄の解約金約1340万円が払われることを知ったこと,控訴人Aにとって,この解約金は退職後の老後資金として,安全に運用したいものであり,投資の気持はなかったこと,Hは,1200万円で本件26回債を,100万円で株式投資信託であるX5ファンドを購入することを勧め,控訴人Aはそのように決めたが,その間40から50分程であったこと,そして,控訴人Aは,3日後の同月24日に財形貯蓄を解約し,4日後の同月28日に本件26回債を購入したこと,③控訴人Aは上記のとおり証券取引と呼べるだけの経験がないだけでなく,社債の仕組みなどは全く知らなかったところ,Hは,控訴人Aに社債の仕組みを説明したわけではなく,マイカル社は,大手スーパーであり,東証一部に上場し,春日井や桑名のほか,全国で200店舗を持つ会社であること,本件26回債について,必ず平成16年1月には償還されるので安心下さいと説明したこと,控訴人Aは,勧誘時に示されたパンフレットを見て,「(格付が)Aならいい感じ」と思ったこと,本件26回債の購入に当たって,Hに対し,「元本割れはしないかどうか」と尋ねたところ,Hが「100万円で購入したら満期時には100万円でかえってくる,元金が減ったりするものではない」,「利率が2%で確定し,変動しない」等と説明し,控訴人Aは,少し利息が高い定期預金のようなものと思って前記のとおり購入することとしたこと,Hは,このように本件26回債の有利性を説明し,反面,利回りリスクはもとより,信用リスク(デフォルトリスク)といった点は説明しなかったこと,④目論見書は後日送付されたが,控訴人Aは,勧誘時に示されたパンフレットや簡単な説明を併せても,本件26回債の基本的な仕組みすら十分に理解していなかったことは明らかであるといわなければならない。

そうすると,Hにおいては,無経験の控訴人Aにそれと分かって社債の購入を勧誘したのであり,勧誘に当たっては,控訴人Aの上記のような理解の程度に応じ,債券の発行会社が倒産した場合には満期時の償還額が債券の元本額を割り込んだり償還不能の事態に至ることがあり得ることなど,社債取引に伴うリスクの内容,その要因や取引の仕組みの重要部分について説明すべき義務があるにもかかわらず,そのことを説明することがなかったというべきであり,そのため,安全な元本の運用を計画していた控訴人Aは,客観的には元本割れの可能性もあった本件26回債をそのような商品とは思わず定期預金類似のものと錯覚し,また中途換金の手段等を知らないまま購入し,損害を被ったのであり,被控訴人X1証券の従業員であるHには,これにつき説明義務違反があるというべきである。

(ウ) 過失相殺について検討する。控訴人Aは,原審の本人尋問において,本件26回債購入当時,国債が国の借金であるという程度は理解しており,社債についても元本割れを懸念してこれを尋ねていた事実が認められる。したがって,控訴人Aは,そのようなリスクを生じさせる要因が何かあることについて理解する能力自体を有してはいたし,かつ,退職時に財形貯蓄の解約金の大半の1200万円を超える資金によって社債購入をするに当たって,銀行の定期預金より利息が高いのはなぜかといったことを質問する等して,社債には信用リスクがあることを具体的に確認すること,あるいは他の人に相談してみることも可能であったところ,そのようなことをせずに(夫には内緒であったようであるが,夫を含め誰にも相談せずに),最後は自分で判断したのであり,買う買わないの自由は有していたことを改めて踏まえると,購入に及んだ点には落ち度があるというべきであり,控訴人Aの上記の事情に徴すると,過失相殺としてその4割を減じるのが相当である。

(エ) まとめ

そうすると,被控訴人X1証券は,控訴人Aに対し,使用者責任に基づき,下記計算式のとおり,損害賠償金525万8368円(うち47万8000円は相当因果関係の認められる弁護士費用)及びこれに対する本件26回債購入の日である平成12年1月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払う義務を負う。なお,下記の式の832万7280円は,購入額1200万円から,マイカル社からの更生計画による弁済額・その予定額を控除した額であり(別紙請求額一覧表記載の額),36万円は,控訴人Aが平成12年7月,同13年1月,同年7月の3回にわたり,取得した利金の合計額である。控訴人Aの請求が損害金元本と社債購入時からの遅延損害金であるから,被控訴人X1証券の仮定抗弁のとおり,利金受領分を減額して損害金元本を計算し,それに過失相殺を施し,その算出結果に1割相当の弁護士費用を加算したものが認容されるべき損害金元本となる。これに購入時からの遅延損害金を付した額の請求が認められることになる。

(8,327,280円-360,000)×(1-0.4)×(1+0.1)≒4,780,368+478,000=5,258,368

イ 控訴人Bについて

(ア) 本件社債の購入等の経緯

原判決第2の1記載の前提事実に証拠(甲B54~56,57の1・2,63,乙A2,10,12,16,原審控訴人B本人,証人L)及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実を認めることができる。

a 控訴人Bは,昭和23年●月生まれの女性で,昭和42年3月に高校を卒業して繊維関連会社に就職し,一般事務職として勤務したが,昭和55年に結婚を機に退職した。

控訴人Bは,昭和56年に,税金面で特典(いわゆるマル優)のある国債を購入する目的で,被控訴人X1証券X3支店に口座を開設し,その後,中期国債ファンド,MMFの取引をし,平成12年ころ,ローソンの株式を購入したこともあり,同年9月より前に,同支店を訪れてセミナーを受講したことがあり,また,そのころ,中期国債ファンドやMMFについて,利率のいい商品に乗り換えるために何度か同支店を訪れていた。

b 控訴人Bは,平成12年9月下旬,同支店から本件27回債について勧誘のちらしの送付(甲B54)を受けると共に,同支店従業員のIから,電話で,本件27回債について,利率が3.25%であること,償還までの期間が4年であること,マイカル社の社債の格付がBBBであることなどを説明され,購入の勧誘を受けた。

c 控訴人Bは,被控訴人X1証券が平成13年3月には中期国債ファンドの運用を止める予定であるとのテレビ報道を見ていたこともあって,本件27回債を1000万円分購入することに決め,平成12年10月11日に中期国債ファンド(約695万円相当)を解約し,翌12日にその余の額を入金して,同日,上記額分を買い付けた。なお,控訴人Bは,本件27回債を取得するに当たり,I等同支店担当者に対し,目論見書を受領していないなどと問い合わせたようなことはなく,目論見書受領後に同目論見書の内容とIの本件27回債の購入勧誘に当たっての説明が異なっているなどとして買取りを求めたようなことはなかった。

d Iは,平成13年1月,控訴人Bに対し,新しく発行されるアイフルの社債の購入を勧誘し,控訴人Bは,同月26日,1口を100万円で購入した。

e 控訴人Bは,平成13年2月中旬ころ,Iから,既発債である本件26回債につき,利回りが良く,償還まで3年未満と期間が短いなどと説明されて購入の勧誘を受けたことから,同月14日に同支店を訪れ,本件26回債1口(額面100円につき債券価格95.13円,利率2.00%,税引後利回り3.42%)を95万2264円で購入する旨の注文を出した。

控訴人Bは,その際に,本件26回債,本件27回債等についての償還日,取得格付,債券価格,利率,税引後利回り等の記載された「既発債券のご案内」と題する書面(甲B57の1)を入手した。なお,同書面には本件26回債(既発債券)を購入する際には,「格付に関する説明書をご覧ください」との文言が印刷されていた。

その後,控訴人Bは,同月15日及び同月21日に,本件26回債及び本件27回債の単価(同月15日の本件26回債は95.16円,本件27回債は97.86円,同月21日の本件27回債は98.06円),利回り,税引後利回りを確認し,上記書面の余白に手書きのメモを書き込んだ。

f 控訴人Bは,平成13年3月初旬ころ,Iからブラジル債の案内を受けたが,償還まで長かったこともあってこれを断ったところ,本件26回債以外にも償還まで3年未満のマイカル社の既発社債があるとして勧誘を受け,同月2日に本件9回債を1口99万1885円で,同月5日には,本件9回債を1口99万1954円で,各購入する旨の注文を出した。

g Iは,同月13日ころ,本件26回債を再び勧誘し,本件各社債の単価(96.83円)と利回り,税引き後利回り(3.6%)を告げ,控訴人Bはそれを上記eの書面に書き込んだ。翌14日,控訴人Bは,Iに,本件各社債の当日の価格や税引後利回り(4.15%等)等を確認し,同日,本件26回債について買付の注文を出した。また,同月15日にも,控訴人Bは,本件各社債の単価(94.70円等),利回り,税引後利回り(4.31%等)を確認して,上記書面に書き込んだ。

(イ) 上記(ア)の事実によれば,控訴人Bは,昭和56年に被控訴人X1証券にマル優制度利用目的で口座を開設し,国債,中期国債ファンドやMMFを買い付けるなどの取引をしてきたほか,平成12年にはローソンの株式を購入したり,被控訴人X1証券X3支店でのセミナーに参加するなどしてきた者であり,社債は本件27回債が初めての経験であったが,財産形成に熱心であり,安全に手堅く蓄財するだけでなく,効率よく蓄財することにも関心があったということができる。そして,国債の経験があることからすると,控訴人Bは,社債の仕組みも大筋では理解していたと認めることができ,本件27回債の他,既発債の購入価格を細かく聞いてメモしていることからすると,中途の購入の反面としての中途の売却の方法も自ずと理解できたと認められる。そして,本件27回債についてマイカル社の取得格付(JCRのもの)がBBBであるとの説明を受けて購入している。

以上のように,控訴人Bは,本件27回債につき,被控訴人X1証券の担当者Iから勧誘されたものではあるが(Iが,当時の顧客との取引経過を正確に記録にとどめていて,その記録に当たって,控訴人Bについての取引内容を抽出したというような証言内容ではないので,どちらからの話であったかというような大枠の取引経過については,当事者本人である控訴人Bの供述を,採用することとした。),Iによるその勧誘の仕方が,控訴人Bが供述するように「マイカルは豊川のサティの会社です。社債は満期になれば元金が戻るから安心な上,定期的に利息が入るから銀行の定期預金みたいなものです。今なら未だ残がありますが,利息がよいから直ぐに完売になります。良い会社だから,社債を発行できる。悪い会社は社債など発行できない。」とことさら購入を煽るようなものであった(この点は争いがある。)と仮定しても,控訴人Bは,以前から,中期国債ファンドを利率の良い商品に乗り換えることを計画し,該当商品を探していたところ,本件27回債の情報があったので,約2週間以上の検討期間を経て,中期国債ファンドを解約して,本件27回債を購入したこと,したがって,控訴人Bは,Iの話しを鵜呑みにしたとか,本件27回債が絶対に元本割れしないものであると信じたとはいえないこと,むしろ,上記の期間の検討過程で,初めてながら社債の基本的な仕組みを理解したと推認され,さらに,マイカル社の業況についての格付機関の格付けも4社全部ではないものの,一応知った上で,取引をしたという事実がある。そして,上記(ア)eのとおり,その後に「既発債券のご案内」と題する書面にメモ書きしていた状況をも併せると,控訴人Bは,当初本件27回債を勧誘されたときにも,社債の購入価格が変動することや,社債であっても100%安全ということはなく,信用リスクが伴うことを直ちに理解できたと認めるのが相当である。これら諸事情を併せ考えると,控訴人Bは,社債の信用リスク等についても理解した上で,本件27回債を購入したと推認することができる。したがって,被控訴人X1証券の担当者Iに説明義務違反があるということはできない。

(ウ) 控訴人Bの主張について

控訴人Bは,担当者のIから本件27回債購入の勧誘を受けた際,マイカル社の経営状態や投機級とする指定格付機関があることなどの説明を受けなかったことから,信用リスクを理解することなく購入した旨を主張する。

しかし,控訴人Bが,前記(ア)efg及び(イ)のとおり,当初勧誘を受けた際に,中期国債ファンドから乗り換えるかどうかを十分に検討したこと,本件27回債購入後のことではあるが,既発債等の購入価格が変動していることを見聞きしてメモを取りながら,これに手際よく対応していることや,それまでの証券取引経験を併せると,マイカル社の業況に変動が生じ得ることや現に生じていることを,本件27回債の勧誘を受けて,購入すると決定した時点において,窺い知ることができたというべきである。そして,その後の既発債購入の機会に,控訴人Bは,購入の反面としての償還期前の中途売却の方法を思い描くこともでき,マイカル社の業況が悪化したとみれば,中途売却をして,損失の拡大を阻止することができたと認められる。そうである以上,本件27回債とその後の本件各社債の勧誘・紹介・説明時に,Iには,控訴人Bに対して,マイカル社の営業状態や投機級の格付けをしている格付機関があること等の情報を説明すべき義務があったとはいえず,かつ,控訴人Bがマイカル社について他の指定格付機関がどのように格付けしているかをIに尋ねたわけでもないから,Iが,マイカル社の業況についてそれ以上の情報を積極的に説明しなかったことに義務違反は認められない。

したがって,控訴人Bの上記主張は採用することができない。

(エ) また,控訴人Bは,とりわけ,本件26回債や本件9回債を購入するに当たって,Iが,利回りが良い既発債があるなどと説明するだけで,債券の単価が下落して流通利回りが上昇することが債券の発行主体の評価の低下を意味することや,本件9回債が機関投資家向けに発行されたものであることを説明しなかった点で,説明義務違反がある旨主張する。

しかしながら,控訴人Bには,前記のとおりの方法で,マイカル社の業況の変動を窺い知ることができたと認められるから,それ以上に,被控訴人X1証券から説明すべき義務まではないというべきである。したがって,控訴人Bの上記主張は採用することができない。

ウ 控訴人Cについて

(ア) 本件26回債購入の経緯等

原判決68頁5行目から同70頁6行目までを引用する。ただし,同70頁2行目に「円貨債権」とあるのをいずれも「円貨債券」に改める。

(イ) 引用に係る(ア)の事実によれば,①控訴人C(昭和12年●月生)は,大学卒業後,昭和34年から小学校の教員として定年まで勤務した後,平成9年4月から家業として副住職を務めていたこと,過去に証券会社に勤める教え子に頼まれて,転換社債を取得した際に,社債は会社が発行するもので満期になると元金が償還されるものであることにつき説明を受けていたこと,②控訴人Cは,平成11年11月11日に公社債投信を購入する目的で,被控訴人X1証券X4支店を訪れ,「証券総合サービス申込書」を作成したこと,その中の質問項目の1つに対し,「元本の安全性を重視したい」との回答を記載したこと,この訪問が契機となり,同支店の担当者のJが平成12年1月24日,控訴人Cに電話をかけ,本件26回債の購入を勧誘したこと,控訴人Cが,マイカル豊田店について,周囲の人間から,あまり客が入っておらず,閉鎖するのではないかという噂を聞いていたことから,大丈夫なのかと質問をしたところ,Jは,マイカル社は大きな会社であるので,1店くらい閉鎖しても心配することはないと答え,本件26回債のパンフレットを見ながら,本件26回債の利率,元本の償還時期,格付がA-であることを説明したところ,控訴人Cが注文をすることになったこと,③控訴人Cは,マイカル社の本件26回債の信用リスクについては理解していたが,具体的にマイカル社の業況を調べる方法は知らず,また調べることまではしなかったところ,Jは,他の格付機関の格付けや当時の購入価格等を教示したりはしなかったこと,控訴人Cは,Jに言われるまま,これを購入したこと,以上の事実が認められる。

そうすると,元本の安全性を重視したいとの希望を表明し,あまり効率のよい蓄財を考えているわけでもなく,証券取引の実際上の経験の豊富でもない控訴人Cに対し,Jにおいて,本件26回債につき,本人の疑問を断定的に打ち消すだけで,そのような疑問を抱く控訴人Cにその時点での発行会社の業況を教えたり,あるいは調べる方法を教示したりして,判断させる等することなく,勧誘から4日後の注文にまで進展させており,説明義務違反があるというべきである。なお,控訴人Cは,教え子で証券会社に就職した者の依頼を受けて以前に中部電力の転換社債を購入したことがあったが,前記(1)イ(ア)のとおり,高度の安全性がある電力債についての古い時期のことであるから,経験があるといっても,社債が安全であるという,事実を誤った知識を得るような経験をした可能性があり,また母親から譲り受けた株式を保有していたこともあったが,社債とは異なるから,控訴人Cの上記経験は,役に立つ経験ともいえず,Jの説明が控訴人Cに対する説明義務違反となることを妨げる事情ではない。

(ウ) 過失相殺について検討する。控訴人Cは,Jから勧誘されたことをきっかけに本件26回債の購入に至ったのであるが,Jのマイカル社の業況についての説明等に疑問を持ちながらも,自らさらに尋ねるとか,調べるとか,人に相談するとかせずに,漫然と購入を決断している。このような事情に,わずかとはいえ証券取引の経験を有していることに照らし,控訴人Cについて,6割の過失相殺をすべきと判断する。

(エ) そうすると,損害金元本29万1576円と購入時からの遅延損害金の請求が認容されるべきである(うち2万6000円は相当因果関係の認められる弁護士費用)。なお,下記式の69万3940円は,購入額100万円からマイカル社の更生計画による弁済額・弁済予定額を控除した額であり,3万円は控訴人Cが3回に渡り取得した利金である(前記ア(エ)をも参照)。

(693,940-30,000)×(1-0.6)×(1+0.1)≒265,576+26,000=291,576

エ 控訴人Eについて

(ア) 本件27回債購入の経緯等

原判決74頁12行目から同75頁11行目までを引用する。ただし,同74頁21行目の「投資経験がないこと」の次に「(ただし,控訴人Eは,実際には,当時Kから譲り受けた株式を保有していた。)」を,同75頁11行目末尾に「控訴人Eやその夫,またKは,本件27回債を購入するに当たり,被控訴人X2支店のHら担当者に対し,目論見書を交付されていないなどと問い合わせたようなことはなかった。」を,それぞれ加える。

(イ) 上記(ア)の引用に係る事実及び原審の本人尋問によれば,控訴人E(昭和41年●月生)は,短大卒業後に幼稚園の教諭をし,結婚後主婦をしており,投資経験を有する実母Kに勧められ,過去にオリックスの社債1口を購入したという経験があったこと,本件27回債の購入も,実母Kに勧められたことを主たる動機とするものであり,Kが被控訴人X1証券のX2支店のHに電話連絡して,何か良い社債はないかと依頼したのを受け,Hが,控訴人Eに電話をし,マイカル社が全国に200店舗を持つ大手スーパーで,名古屋近辺では勝川や桑名に店舗があること,社債の満期は4年で,3.25%の利息であること,格付がBBBであることを話したこと,そして,控訴人Eから注文が出されたこと,以上の事実が認められる。そうすると,控訴人Eは,実母Kに勧められて,本件27回債を購入したのであって,Hの勧誘によって購入したとは認めがたいというべきである。Hは依頼を受けて,紹介したのであるから,頼まれる情報を中心に勧めることで原則的に足り,頼まれてもいない情報を説明することを控えても,直ちに説明義務違反とはならないというべきである。

(ウ) 控訴人Eは,Hが,流動性リスクが高いことなどは説明しなかったから,説明義務違反がある旨を主張する。

しかしながら,上記(イ)のとおりKからの依頼があったことに照らすと,標記の点の説明がなかったことをもって,説明義務違反とはいえず,控訴人Eの主張は採用することができない。

3  被控訴人銀行の旧商法違反による責任の有無について

(1)  本件株式担保供与行為(原判決10頁9行目参照)の旧商法311条の2第2項本文該当性について(争点(2)ア)

マイカル社の支払停止1か月前である平成13年8月15日,X7銀行ら3行において,マイカル社から本件担保株式について担保の供与を受けたことが,旧商法311条の2第2項本文に該当するというべきことにつき,原判決75頁25行目から同83頁1行目までを引用する。

(2)  本件不動産担保供与行為①,②及び本件債権担保供与行為の旧商法311条の2第2項本文非該当性について(争点(2)イ)

ア 標記各行為の主体は,ディベロッパー5社及び関係会社7社であって,マイカル社ではなく,X7銀行ら3行がこれらの担保の供与を受けた行為が標記規定に該当しないことにつき,次のイのとおり付加するほかは,原判決83頁3行目から同84頁18行目までを引用する。

イ 控訴人らは,「原判決が,グループ企業間で不動産売買を行う場合に費用を節約する等の理由で所有権移転登記手続を留保することも不自然とはいえないとし,マイカル名義不動産の所有者は,株式会社X15等であったとする一方で,法人格否認の法理が適用されるような例外的事情がない限りマイカル社の資産と同一視することはできないとしており,その理由に齟齬がある。」などと主張している。

しかしながら,マイカル社がグループ企業に不動産を売却後にその所有権移転登記手続を留保することはあり得ることであり,かつ,法人格否認の法理が適用されるような例外的な事情があるとの証拠は見当たらないから,マイカル社が不動産を売却したものの,移転登記手続を了していないと認めることができ,その趣旨の原判決理由に格別の不合理はない。

また,原判決が指摘するように,マイカル名義不動産については平成10年2月27日付売買契約書(乙B49ないし51)があり,このうち1通(乙B51)には公証人役場の確定日付があること等に照らすと,マイカル社が売買を仮装するため上記各売買契約書を作成したとも認め難い。

したがって,控訴人らの主張は採用することはできない。

(3)  本件株式担保供与行為についての免責要件充足の有無について(争点(2)ウ)

ア 標記行為が誠実義務違反に当たらず,旧商法311条の2第2項但書前半の免責要件を満たすことにつき,次のイのとおり付加するほかは,原判決84頁20行目から同86頁25行目までを引用する。

イ(ア) 旧商法311条の2第2項は,社債発行会社に対して貸付債権を有する銀行等が同時に社債管理会社でもある場合について,社債管理会社でありながら自己の貸付債権の優先的回収をはかる利益相反行為を防止する趣旨で設けられたものであるが,経済的窮境に陥った社債発行会社に対して社債管理会社が担保を徴して救済融資を行うことは,これを機会に自己の従前からの債権の優先的な回収を図るなどの行為に及ばない限り,原則として,社債発行会社及び社債権者にも有利であるから,社債管理会社が誠実になすべき社債管理を怠らなかった場合(同項但書)に当たり得るというべきである。というのは,救済融資は再建計画の実行を容易にさせるとともに,社債発行会社についての信用不安の高まりから破綻に至る危険性を低下させ,再建可能性に結びつくものであり,他方,救済融資を絶つことは,社債発行会社の倒産を意味し,社債権の全額償還にも支障が生じかねず,また,担保供与なくしてこのような救済融資を行うことは社会通念上期待し得ないからである。

(イ) これに対し,控訴人らは,マイカル社が,平成13年2月時点において,CMPの実現可能性が乏しく客観的に「相当程度確実な再建の見込み」がなかったにもかかわらず,X7銀行ら3行が,従前の5か年再建計画との比較やキャッシュフロー改善の実現可能性等を具体的に検討することなく,救済融資を実施し,本件担保株式(原判決10頁12行目参照)の供与を受けたことは,同3行が知り得なかった粉飾決算の発覚など当時全く想定しなかった事態の発生によってマイカル社が破綻したというような特段の事情がない限り,免責要件を充足しない旨を主張する。

しかしながら,救済融資をするか否かの判断が必要な場面においては,再建の可能性について詳細に調査検討する時間や判断資料が限られている場合があること(後にマイカル社の管財人から依頼を受けて公認会計士が作成した調査報告書〔甲83〕中にも業績改善の実現可能性について外部第三者がこれを推測することには限界がある旨の指摘がある。),再建を果たす上で支障となっている事情は個々の事案によって様々で,その再建計画内容そのものの性質上種々の流動的な要素も含むこと,したがって,再建の予測可能性についての評価も決して一様ではないこと,更に,再建の見込みについて高度なものを要求すると,社債管理会社が主力銀行である場合に,救済融資に消極的になり,そのため社債発行会社が他行からも融資を得られず,結局,救済融資によって再建可能な場合にまでその道を閉ざしかねないこと等を併せ考えると,社債管理会社の担保取得を伴う救済融資を実行するに当たっては,自己の従前の貸付債権を回収することを目的とするのでない限り,発行会社にある程度の再建の見込みがあれば足り,必ずしも「相当程度確実な再建の見込み」がなければならないというのは相当ではなく,後者を要件とすべき旨の控訴人らの主張は採用することができないといわざるを得ない。

(ウ) 本件では,引用に係る原判決3頁以下の「前提事実」及び同42頁24行目以下の「1」のとおり,①マイカル社は,平成11年2月から有利子負債削減等による収益改善を図るべく5か年にわたる再建計画を策定して,これに基づき店舗閉鎖・人員削減等の再建計画を実施していたが,平成12年秋にダイエーを初め総合スーパーの経営危機が取り沙汰されるようになったこともあって,同年12月から返済圧力が高まり,また,仕入れ先の間にもマイカル社に対する信用不安が広がったことから,資金繰りが急速に悪化していき(乙B54,原審M証人),そのような状況下で同月下旬に日本経済新聞社により45店舗閉鎖等の報道がなされたため,同報道への対応として上記再建計画を見直して新たに3か年計画として翌年1月下旬を目途に発表する旨を公表し,②マイカル社は,平成13年1月24日には,上記の新計画としてCMPを発表し,その中で,資産売却やディベロッパー部門の独立法人化等によって平成13年8月期における連結有利子負債削減目標を実現することを重点課題の1つとし,具体的には子会社株式の売却やディベロッパー部門の一部独立,店舗閉鎖等の具体的施策を打ち出し,③マイカル社は,これを実行するに当たり,資産の売却等による金員の入金時期と設備投資や人員削減等に必要な資金の支出時期とが異なることによる一時的な資金不足に対処するためのつなぎ資金として,X7銀行ら3行に対し,短期運転資金の融資を求めるとともに,X7銀行から同月末の決済資金不足を補うため200億円の融資を求め,また,ディベロッパー部門の一部独立法人化に関しては資産譲渡候補先としてX40の子会社と交渉を進めるなどし(甲47,乙B54),④これに対し,平成13年1月末日に,X7銀行は上記短期運転資金の融資の前倒しとしてマイカル社に対して200億円の融資を行い,更に,同年2月15日には,X7銀行ら3行は,マイカル社等との間で本件各貸越契約を締結するとともに本件協定書を交わした上,同日,X7銀行において253億円,X9銀行及びX8銀行において各140億円をそれぞれ融資し,その後もマイカル社の資金需要に応じて本件各貸越契約に基づき貸付を実行し(乙B54),⑤同年8月15日,X7銀行は,マイカル社と,本件協定書に基づき,本件担保株式(ただし,X23株については622万7800株。以下同じ。)を差し入れる旨の有価証券担保差入契約書を交わして,本件各貸越契約に係る債務の担保として,本件担保株式の担保供与を受けた事実が認められる。

以上の一連の経緯に照らすと,X7銀行ら3行の本件各貸越契約に基づく貸付(その前倒しとしてされた平成13年1月末のX7銀行の貸付を含む。)は,急速に広まったマイカル社に対する信用不安に対処するためのCMP実施にかかるつなぎ資金の担保としてされた救済融資であり,本件担保株式はその担保として供されたのであって,従前の貸付金債権の優先的な回収を図るためにされたわけではないから,X7銀行ら3行の社債管理会社が,本件各貸越契約に係る債務の担保として本件担保株式の担保供与を受けたことは,誠実になすべき社債管理を怠らなかった場合に当たるというべきである。

なお,マイカル社破綻後に作成された前記調査報告書(甲83)中には,CMPで示されたマイカル社の業績予測につき,平成13年9月には民事再生申請に至るなどの経過に照らせば,結果的に実現困難なものであったといわざるを得ない旨の記載がある。しかしながら,同報告書中に業績改善の実現可能性について外部第三者がこれを推測することには限界がある旨の記載があることや,再建の見込みについて高度なものを要求することは相当でないことは,先に指摘したとおりである。また,CMPの中で,中・長期的な収益やキャッシュフローの改善について課題があるとしても,前記のとおり,本件のつなぎ資金に係る有利子負債の削減計画については,子会社株式の売却が予定され,また,ディベロッパー部門の独立についても,特定の交渉相手との協議が進められていることが公表されていたこと等に照らすと,相応の裏付けがあるものということができ(同削減計画自体については,R&Iにおいても懸案の解決に向け相当踏み込んだ内容で一定の評価ができるとし,メリルリンチにおいても具体的な施策が盛り込まれており,一定の効果をあげるものと予想されるとし〔甲47〕,肯定的に受け止められていた。),本件の救済融資が著しく不合理であるということはできない。

ウ 以上,X7銀行ら3行が,本件協定書に基づき本件担保株式につき担保供与を受けた行為は,旧商法311条の2第2項但書に該当するから,被控訴人X10銀行は,上記行為について,控訴人らに対して同項本文に基づく損害賠償責任を負わない。

(4)  本件各担保供与行為の旧商法297条の3の規定違反の有無について(争点(2)エ)

ア 標記違反がないことにつき,次のイ以下で追加するほかは,原判決87頁10行目から同頁18行目までを引用する。

イ(ア) 控訴人らは,(ⅰ)マイカル社の第37期(平成12年2月期)決算が粉飾されており,その財産状態が本件27回債に付される純資産維持条項に抵触することを,X7銀行において知りながら,マイカル社と共謀して,社債管理会社となって同社債の発行を可能にしたのであり,(ⅱ)また,第38期(平成13年2月期)決算も粉飾されており,その財産状態が本件27回債に付されていた純資産維持条項に抵触することや,マイカル社に再建の見込みが極めて乏しいことを,X7銀行ら3行において,熟知しながら,社債権者のための資産留保や保全措置についての協議や請求を行わず,かえって,マイカル社と共謀して,あたかも再建の見込みがあるかのように装って本件協定書を締結してX7銀行ら3行の債権の保全を図ったことは,いずれも誠実義務・善管注意義務に反する旨を主張する。

しかしながら,証拠(甲86,乙B58)によると,第37期(平成11年3月1日から平成12年2月29日)及び第38期(平成12年3月1日から平成13年2月28日)の各有価証券報告書(乙B58,甲86)にそれぞれ添付された監査報告書において,監査法人が,監査の結果,マイカル社の採用する会計処理の原則及び手続は,一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠していること,及び財務諸表がマイカル社の上記各事業年度の経営成績を適正に表示していることが認められる旨の適正意見を付していることが認められるのであって,これら諸事情に照らすと,X7銀行ら3行においてマイカル社の会計処理手続が上記各報告書のとおり企業会計原則基準に準拠してなされていると認識していたというべきある。そうすると,控訴人らの上記主張は,その余を論ずるまでもなく,いずれも採用することができない。なお,X7銀行は,マイカル社の主力取引銀行であり,当時の取締役の中にはX7銀行の出身者がいたことには争いがないが,仮にそのようなマイカル社との関係から,X7銀行が粉飾決算等の情報を得ていたのであれば,以降,合計810億円に上る貸越契約を締結して新たに融資を行うなどの支援を継続するような事態は考え難いといわざるを得ない。

したがって,いずれにせよ,控訴人らの上記主張は,採用することができない。

(イ) 控訴人らは,X7銀行ら3行においては,本件27回債発行当時(平成12年10月)のマイカル社の財務状況に照らせば,本件27回債発行に付す財務上の特約は,広く国内債務を対象にした担保提供制限条項を規定すべきであったのに,X7銀行ら3行の融資等への担保提供を対象から除外すべく,国内社債に限定したことは,誠実義務に反する旨を主張する。

しかしながら,担保制限条項をどのようなものに設定するかについては,発行会社,社債管理会社等の関係者が,発行会社の信用,当該社債の発行による調達予定の資金額等の事情を考慮して決定するものと解されるが,本件27回債が将来容易に担保附社債になる内容の条件を同社債に担保制限条項として付すと,発行会社の資金調達の機動性を失わせることにもなりかねないので,一般投資家の犠牲において貸付債権を有している社債管理会社の利益を図ることを目的とするというようなものでなく,機動的に資金を調達するための借受先に対する担保の提供があった場合は,上記の条件には当たらないこととする内容の担保制限条項を同社債に付すことは,合理性があり,このような見地に照らすと,上記のような担保制限条項を付した本件27回債についてX7銀行ら3行がその社債管理会社に就いたことが,当然に誠実義務に反するとまでいうことはできない。また,本件において,マイカル社の主力取引銀行であったX7銀行においても,マイカル社に対する貸付状況は,平成11年1月から平成12年10月ころまでの間,貸付極度額200億円に対し,各月末の貸付残高はその半分のほぼ100億円で推移しており,融資枠に余裕のある状況であった(乙B54)ことをも併せ考えると,X7銀行ら3行が国内社債に限定した担保提供制限条項を内容とする社債管理委託契約を締結したことをもって,控訴人ら社債権者に対し,誠実義務違反による損害賠償責任を負うということはできない。

(ウ) 控訴人らは,本件協定書締結当時,本件担保株式及び本件協定書記載の不動産の時価は1500億円を超えていたところ,X7銀行ら3行が,被担保債権額の2倍近くを超える時価の担保を供与するように求めたことは,その後価額変動や所有権移転等によって担保価値に変動が生じた時点で追加担保を徴求するに当たり,旧商法311条の2の第2項本文に抵触することを回避する目的に出たものであり,誠実義務に反する旨を主張する。

しかしながら,前記(2)のとおり,本件不動産担保供与行為①,②の対象不動産の所有者はマイカル社ではないのであり,また,X7銀行ら3行が本件担保株式の供与を受けたのは,平成13年8月15日であるが,前記(3)のとおり,同行らが同時点でも誠実になすべき社債管理を怠ったとはいえないのであるから,結局,控訴人らの上記主張は採用することができない。

(エ) 控訴人らは,平成13年8月当時,もはやマイカル社の破綻が不可避の状況にあったにもかかわらず,社債権者のための資産留保や保全措置についての協議や請求を行わず,本件貸越契約④に関して担保供与を受けるに当たり,少なくとも本件貸越契約④にかかる貸付と同順位で社債権者に対しても担保設定を行わなかったことは,公平誠実義務・善管注意義務に反する旨を主張する。

しかし,マイカル社は,同年6月のR&I社の格付の引き下げをきっかけとして,株価が下落し,仕入れ先等の間に信用不安が広がり支払期限の短縮を求められるなど資金繰りが悪化していったものの,他方で,同月8月初旬にはX37との提携交渉も再開されていたことに照らすと,同時点において,マイカル社の破綻が不可避であったとまでいうことはできず,また,このような状況下で本件26回債,本件27回債及び本件9回債(なお平成13年2月当時のこれら社債の残高は950億円強で,これら社債を含む全社債の残高は3520億円弱であった。〔甲2〕)につき担保を設定するとなると,マイカル社に対する信用不安に一層の拍車をかけるおそれが極めて高かったと推認することができるのであって,これら諸事情を総合すると,控訴人らの上記主張は,採用することができない。

(5)  以上のとおり,控訴人らの被控訴人銀行に対する主張は,いずれも理由がない。

第4結論

以上の次第で,控訴人A及び同Cの被控訴人X1証券に対する請求の一部は原判決と異なり主文掲記の限度で理由があるからこれを認容し,両控訴人の被控訴人X1証券に対するその余の請求及びその余の控訴人らの被控訴人X1証券に対する請求並びに控訴人らの被控訴人銀行に対する請求は原判決と同様いずれも理由がない。そこで,原判決を一部変更して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 夏目明徳)

裁判官光吉恵子は,差し支えにつき,署名押印することができない。裁判長裁判官 岡光民雄

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