名古屋高等裁判所 平成19年(ラ)26号 決定 2007年3月14日
抗告人
岐阜信用金庫
代表者代表理事
A
代理人弁護士
広瀬英二
小島浩一
抗告人
Y1
代理人弁護士
野浪正毅
梶田晋
相手方
X1
X2
X3
相手方ら代理人弁護士
城正憲
鈴木直明
太田真一
真家茂樹
重長孝志
主文
1 抗告人岐阜信用金庫の抗告に基づき、原決定を取り消す。
2 本件申立てを却下する。
3 抗告人Y1の抗告を却下する。
4 申立費用及び抗告費用は、抗告人岐阜信用金庫と相手方らの間に生じた費用は相手方らの負担とし、抗告人Y1と相手方らの間に生じた費用は抗告人Y1の負担とする。
理由
第1抗告の趣旨及び理由
1 抗告人岐阜信用金庫(以下「抗告人岐阜信金」という。)の抗告の趣旨及び理由は別紙1「抗告状」《省略》及び別紙2「準備書面(1)」《省略》(各写)記載のとおりである。
2 抗告人Y1(以下「抗告人Y1」という。)の抗告の趣旨及び理由は別紙3「即時抗告状」《省略》及び「即時抗告理由補充書」《省略》(各写)記載のとおりである。
第2当裁判所の判断
1 一件記録によれば、以下の事実が認められる。
(1) 相手方ら及び抗告人Y1は、亡B(平成15年2月4日死亡、以下「亡B」という。)の相続人である。
(2) 本件基本事件(名古屋地方裁判所平成16年(ワ)第410号)は、相手方らが、亡Bから遺贈を受けた抗告人Y1に対し、遺留分減殺請求権を行使して、遺産に属する不動産につき共有持分権の確認や共有持分移転登記手続を求め、預貯金につき金員の支払を求める訴訟である。
(3) 亡Bは、その生前、年金収入の他、複数の不動産を賃貸して賃料収入を得、また、その中から不動産ローンの返済、公租公課の納付、維持管理費や生活費を支出するなどしてきた。なお、上記支出や入金は、主として亡B名義の預金口座によってなされていた。
抗告人Y1は、平成5年8月頃からは不動産ローンの返済などのために賃料が入金されていた亡Bの5つの預金口座のうち4口座の通帳を保管していた。
(4) 相手方らは、抗告人Y1は、上記預貯金の払戻を受けて取得した、これは抗告人Y1への贈与による特別受益に該当する、或いは、抗告人Y1は亡Bに対する返還債務若しくは損害賠償債務を負担していると主張し、抗告人Y1が、払戻を受けた金員を抗告人Y1の預金等に入金している事実を立証するとして、本件申立てに及んだ。
なお、相手方らは、遺産に属する不動産の亡B死亡後の賃料を抗告人Y1が取得している事実も、本件申立てにより証明すべき事項としているが、遺留分減殺の対象となる不動産にかかる果実の請求は本件基本事件において請求の対象となっていない。
(5) 抗告人Y1は、亡Bの指示により払戻を受けた金員は、不動産ローン等の返済、公租公課の納付及び不動産の維持管理費や亡Bの生活費に充てられたものであり、抗告人Y1がこれを取得したことはないと主張し、払戻を受けた金員が抗告人Y1の預貯金に入金されているような事実はないから、預貯金取引の明細を明らかにする必要はないとしてその提出を拒み、原決定について本件抗告に及んでいる。
抗告人Y1は、亡Bと共有していた不動産の賃貸業を営んでいるほか、コンビニエンスストアを経営している。
(6) 抗告人岐阜信金は、原審の書面審尋に対し、抗告人Y1との取引は、預金取引、貸金取引、手形割引取引、出資取引、為替取引、保証取引、両替取引等様々なものが考えられるところ、すべての取引の履歴が記載された取引明細表は存在しない、これらの取引の一部について、履歴が記載された取引明細表を所持しているが、本件抗告理由と同一の理由で提出義務がないと主張した。
(7) 原審は、平成18年12月19日、原決定別紙記載の文書(以下「本件明細表」という。)について、提出を命じた。
2 抗告人岐阜信金の抗告理由1、2について
信用金庫取引の実情によれば、一般に、信用金庫取引の内、為替取引、両替取引については取引履歴が作成されないし、保証取引については、主たる債務者毎に取引明細表が作成され、その特定がないとその履歴を探し出すことはできないと認められ、これらを含めた取引の履歴を記載した「取引明細表」を作成することはできないものと認められるから、原決定は、文言上一部存在しない文書の提出を求める部分を含むものであることは否定できないが、その趣旨からして、これらの取引を除いた信用金庫取引の履歴を明細表の形式で提出することを命ずるものであることが明らかであり、その特定に欠けるものということはできない。
3 抗告人岐阜信金の抗告理由3について
(1) 抗告人岐阜信金は、金融機関は顧客との取引及びこれに関連して知り得た当該顧客に関する情報を秘密にして管理することによって顧客との間の信頼関係を維持し、その業務を円滑に遂行しているのであって、これを公開すれば、顧客が当該金融機関との取引を避ける等、職業の維持遂行に困難を来すことが明らかであるから、本件明細表の記載内容が民事訴訟法220条4号ハの「職業の秘密」に該当する旨主張するので、以下検討する。
(2) 上記2によれば、本件申立ては、平成5年からの抗告人岐阜信金と抗告人Y1の信用金庫取引の内、為替取引、両替取引、保証取引を除く全取引であり、当座預金を含む預金取引、貸付取引、手形割引取引などが含まれるところ、これらの取引明細が明らかになれば、抗告人Y1の不動産事業やコンビニエンスストア事業を含む事業活動の全容、すなわち、取引の種類、取引先や仕入額、資金繰り、資産内容が明らかになる上、抗告人Y1の個人的な支払関係なども明らかになることは、明白である。これらの情報が他に知られれば、抗告人Y1の営業活動に支障が生じるおそれが大であり、抗告人Y1のプライバシーを侵害する可能性もある。そして、抗告人Y1は、営業活動に対する支障が生ずること、プライバシーを侵害することを理由として、本件申立ての棄却を求め、本件抗告に及んでおり、抗告人Y1が抗告人岐阜信金に対して、取引明細を明らかにしないように求めていることは明らかである。
(3) 金融機関は顧客との取引及びこれに関連して知り得た当該顧客に関する情報を秘密にして管理することによって顧客との間の信頼関係を維持し、その業務を円滑に遂行しているのであって、これを公開すれば、顧客が当該金融機関との取引を避ける等、職業の維持遂行に困難を来すことが明らかである。
また、金融機関は、顧客との取引内容を明確にする目的で、取引の履歴を記載した明細表を作成するものであり、取引の当事者以外の者に開示することを予定していない上、金融機関としての性質上、また、取引約款上も、顧客の秘密を保持すべき義務があり、これは金融機関にとっては基本的な義務の一つであるから、これに反したときには、当該取引にかかる顧客はもちろん、他の顧客一般の信頼を損ない、取引を拒否されるなどの不利益を受け、将来の職業の維持遂行が困難となる可能性がある。
上記の状況は、本件においても同様であり、抗告人Y1との取引の全容が明らかになるような本件明細表が、「職業の秘密」に該当することは明らかである。抗告人岐阜信金は、当該顧客から明示の反対があるときは、本件明細表の提出を拒否できると解すべきである。
(4) 文書の提出を拒否できるか否かを検討するに際しては、証拠が提出されないことによって犠牲となる真実発見及び裁判の公正も考慮されるべきであるが、本件申立ては、抗告人Y1が亡Bの預貯金から払戻を受けた金員を、預金している可能性があることを理由としてなされているにすぎず、探索的なものといわざるをえず、未だ、真実発見及び裁判の公正を実現するため本件明細表が不可欠のものとはいえない状況にある。
したがって、抗告人岐阜信金は、民事訴訟法220条4号ハ、197条1項3号に基づき、本件明細表の提出を拒否することができるというべきである。
4 抗告人Y1は、基本事件の当事者ではあるが、文書の提出を命じられた所持者あるいは申立てを却下された文書提出命令の申立人に該当しないから、文書提出命令の申立てについての決定に対して、抗告の利益を有せず、抗告をすることはできないというべきである。
5 以上によれば、抗告人岐阜信金の抗告は理由があるので、原決定を取り消すこととし、抗告人Y1の抗告は不適法であるから却下することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 野田武明 裁判官 戸田彰子 濱口浩)