大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 平成19年(行コ)38号 判決 2008年6月24日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は,控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴の趣旨

(1)  原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。

(2)  上記取消部分に係る被控訴人の請求を棄却する。

(3)  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

2  控訴の趣旨に対する答弁

主文同旨

第2事案の概要

1  本件は,被控訴人が,処分行政庁である高山市長に対し,被控訴人所有地に挟まれて存在する水路(以下「本件水路」という。)の付替工事(以下「本件付替工事」という。)を行うため,法定外公共物自費工事施行許可申請(以下「本件申請」という。)をしたところ,高山市長が,利害関係者の同意書の一部(町内会会長等地元の利害を代表する者の同意書)が不足しているとして,これを拒否する旨の決定(以下「本件決定」という。)をしたため,町内会会長等は利害関係者に該当しないから本件決定は違法であるとして,控訴人に対し,本件決定の取消し及び本件申請の許可の義務付けを求めた事案である。

原審は,①町内会会長は利害関係者に該当しないから本件決定は違法であるとして,本件決定の取消しを求める請求は認容したが,②本件申請の許可の義務付けを求める請求については棄却した。

そこで,控訴人が上記①を不服として控訴した。

なお,上記②については被控訴人から控訴がなされずに確定しているから,控訴審での審理の対象は上記①の請求の当否である。

2  前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,以下のとおり,原判決を補正し,当事者の控訴審における主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」1,2に記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,本件申請の許可の義務付けに関する部分を除く。)。なお,略語については原判決のそれによる(以下,同じ。)。

(原判決の補正)

(1) 原判決3頁23行目の「原告所有地内部」を「本件土地内」と改める。

(2) 同4頁7行目の「不足しており,」を「不足しているとして,」と改める。

(3) 同5頁2行目の「解するべきである。」を「解し,これらの者も利害関係者に含ませるべきである。」と改める。

(4) 同5頁4行目の「せき止め,」を「せき止めて水位を上げ,」と改める。

(当事者の控訴審における主張)

(1) 被控訴人の主張(同意書の添付がないことを理由として本件申請を拒否することが違法であるか否かについて(控訴審で加えられた争点))

行政庁は,許可申請に際し,後日の紛争を回避しようとして,利害関係者の同意書の添付を広く要求する悪しき傾向がある。本来,許可申請を許可するか否かの判断は,行政庁自体が法令に則って,その範囲内で裁量によって行うべきである。

これを本件についていえば,本件決定には,町内会会長を利害関係者としてその同意書の添付を要求し,それがないことの一事をもって本件申請自体を拒否した点に誤りがあったといわざるを得ないから,本件決定は違法であり取り消されるべきである。

(2) 控訴人の主張

ア 同意書の添付がないことを理由として本件申請を拒否することが違法であるか否かについて

(ア) 行政手続法5条1項は,「行政庁は,審査基準を定めるもの」とし,同条2項は,「審査基準を定めるに当たっては,許認可等の性質に照らしてできる限り具体的なものとしなければならない。」としている。これを承けて高山市は,本件条例に係る申請に対する処分の審査基準(乙32)を定めているが,その中で,敷地の取扱い等については,「法定外公共物用途廃止の手引」を準用するとしているところ,同手引は,用途廃止申請書に「農業委員会,区長,自治会長,水利組合,土地改良区などすべての利害関係者の同意書」を添付するとしている。

上記審査基準は,町内会会長の同意書の添付を要することの法令上の根拠となる。

(イ) 審査基準として,上記のような内容ではなく,都市計画法の「開発許可事務の手引」(乙34)のように,利害関係者すべての同意書まで求めるのではなく,必要がある場合においては開発許可手続とは別に十分協議,調整を行うよう指導し,同意書の添付までは義務付けないようにすることが望ましいという考え方もあるかもしれない。

しかし,第1に,都市計画法で開発許可の対象となっている土地は申請者所有のものであるのに対し,本件のような用途廃止を伴う法定外公共物自費工事施行許可申請の対象土地は許可権者である市町村が所有するものであるところ,前者については,申請者の憲法上保障されている所有権に対する規制であるから,その要件はできる限り謙抑的でなければならないが,後者の場合は,許可権者が所有し,かつ行政財産であるから,公共目的に合致するよう運用しなければならない点において前者と同一に論ずることはできない。

第2に,前者の場合には,土地利用調整会議などの十分な協議,調整を行う場が設けられているのに対し,後者の場合には,そうした場がなく,専ら市町村長の広範な裁量に許否が委ねられているという違いがある。

したがって,都市計画法の「開発許可事務の手引」のような考えをそのまま本件の審査基準に持ち込むのは相当でない。

イ 本件町内会会長が利害関係者に該当するか否か(原審での争点)について

(ア) 本件町内会は,任意団体ではあるが,その地域の大多数の住民で構成されていることから,公共の事務等に属する任務を肩代わりし,かつ,行政と協働するなど,一定の公共性を有している。

そして,本件町内会は,その基本的事項は総会において多数決で決するなど民主的な組織であるから,本件町内会会長は構成員の総意を代表しているといえる。

(イ) 本件水路の付替工事により,「財産権に直接又は間接の影響を受ける」又は「水路の利用関係に具体的な影響を受ける」(以下,これを「2種の影響関係」という。)本件水路の近辺に居住する住民が利害関係者であるとしても,その範囲は一義的に明確ではない。

したがって,本件申請書に同意書が添付された者以外に利害関係者がいるかいないかを誤りなく判断することは困難である。そして,一部の利害関係者の同意書がないまま許可がされた場合,当該利害関係者が当該許可を争う方途はなく,また,許可前の段階であっても,申請者と許可権者とで利害関係者の範囲について齟齬が生じ,許可の遅滞又は収拾困難に陥る場合も生じかねない。

また,利害関係者のうちの1人が申請者に対する私怨などの不合理な理由で同意しない場合でも,許可申請を拒否しなければならないかという問題も生じる。

これに対し,町内会会長は,その地域の大多数の住民で構成されている町内会の代表者として,上記2種の影響関係を知悉しているので,利害関係者の範囲が明確な場合は同人らの意見を聴き,その範囲が必ずしも明確でない場合は本件町内会構成員の意見を聴いた上で,同意の可否を決することにより,2種の影響関係に対する適切な判断を下すことができる。

したがって,利害関係者は狭義では本件水路の近辺に居住する住民であっても,膨大な行政事務の一部を肩代わりしつつ,2種の影響関係に係る者の意見を公共性にも配慮しつつ正しく伝達し得る者として,町内会会長を広義でとらえて利害関係者と解することは,本件規則2条2項3号の解釈ないし適用を誤るものではない。

第3当裁判所の判断

原審では,本件町内会会長が本件規則2条2項3号の利害関係者に該当するか否かが争点であったが,控訴審において,それに関連して,そもそも同意書の添付がないことを理由として本件申請を拒否すること自体が違法であるか否か,すなわち同意書を要求する本件規則2条2項3号が有効か否かが争点に加えられたところ,当裁判所は,上記各争点のうち,前者については利害関係者に該当せず,後者については同意書の添付を効力要件とすることはできないとして,本件決定は取消しを免れないと判断する。その理由は,以下のとおりである。

1  利害関係者の同意書の添付がないことを理由として本件申請を拒否することの適否

(1)  本件条例が,法定外公共物の変更工事等に高山市長の許可を要することとしている意義について

本件条例の各規定によれば,法定外公共物が現に公共の用に供されている市の財産であり,市が管理するものであることから,法定外公共物の使用及び変更工事等については,管理責任者である高山市長が,公共的見地から,法定外公共物の機能維持に支障が生じないよう,その当否を検討した上,合理的な行政裁量に基づいて,使用及び変更工事等の許否を判断すべきものと解されることは,原判決の第3の1(2)(原判決6頁7行目から22行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

(2)  本件規則2条2項3号が利害関係者の同意書の添付を要求している趣旨と本件決定の適否について

ア 本件規則2条2項3号は,法定外公共物の変更工事等をしようとする者に対し,許可申請書に利害関係者の同意書の添付を要求しているが,これは,高山市長が法定外公共物の変更工事等の許否を判断するに当たって,法定外公共物の変更等により,その有する財産権に直接又は間接の影響を受ける者及び公共の用に供されている法定外公共物の利用関係に具体的な影響を受ける者の事前の同意を確保する趣旨で定められたものと解される。

そして,許可申請書には,利害関係者の同意書の添付が要求されているので,同意書を得るために利害関係者と協議し,その協議の過程で変更工事等の内容が法定外公共物の機能維持に支障のないものとなることもあろうから,高山市長が変更工事等の許否の判断をする上で利害関係者の同意書の添付を求めることは有意義なことであるといえる。

したがって,本件規則2条2項3号の趣旨は一般的には合理性があるといえる。

イ しかし,高山市長は,変更工事等の内容が法定外公共物の機能維持に支障を生じさせるものでないかどうかを判断して許否を決するのが本来の責務であって,その判断に際して利害関係者の状況を参考までに把握する必要から利害関係者の同意書の添付を要求しているに止まると解される。のみならず,利害関係者の同意書の添付には,次のような弊害もある。すなわち,例えば,①本来の利害関係者でない者が利害関係者と扱われ,その者が理由もないのに同意書の提出を拒否している場合,②本来の利害関係者ではあるが,その者が理由もなく同意書の提出を拒否している場合,③本来の利害関係者が利害関係者でない者と扱われ,同意書の提出を求められないままその意見が許可申請時に無視された状態となっている場合等,同意書の添付を求めた趣旨が生かされていないこともあり得る。そうすると,一歩進めて,高山市長としては,同意書の添付状況を形式的に審査するだけではなく,同意書提出者の利害関係者該当性,本来の利害関係者の同意書添付がない場合も含め,同意不同意の理由の合理性の有無等を一事情として考慮した上,申請についての許否を判断すればよく,反対に,本来の利害関係者の同意書の添付がないことの一事をもって申請拒否の判断をすることは許されず,本件規則2条2項3号は効力規定ではなく,訓示規定と解するのが相当である。

ウ 換言すれば,上記(1)の本件条例が法定外公共物の変更工事等に高山市長の許可を要することとしている意義からすれば,高山市長は,許可申請の許否の判断をする際の参考資料の1つとして,利害関係者の意見を知るためにその同意書ないし意見書の添付を求めることは有意義であり,これを是認することができるとしても,変更工事等の内容が法定外公共物の機能維持に支障の生じないものであれば,特段の別の合理的理由がない限り,本来の利害関係者の同意書が添付されていなくても,当該申請について内容的な判断をしなければならず,それにもかかわらずこの段階で直ちに申請を拒否する場合には,それは裁量権の範囲を逸脱したものとして違法になると解すべきである。

上記説示に反する控訴審における第2の2の(2)控訴人の主張アは採用できない。

(3)  そうすると,本件町内会会長が本件規則2条2項3号の利害関係者に該当するか否かにかかわらず,町内会会長の同意書が添付されていないことを理由としてその一事をもって申請を拒否された本件決定は,進んで内容の判断をしていない点で違法なものとして既に取消しを免れない。

2  本件町内会会長が本件規則2条2項3号の利害関係者に該当するか否かと本件決定の適否

念のため,本件町内会会長が利害関係者に該当するかどうかを検討する。

この点については,当裁判所も原判決と同様に,本件町内会会長は本件規則2条2項3号の利害関係者に該当しないと判断する。その理由は,原判決8頁20行目から同9頁4行目までを以下のとおり補正するほかは,原判決第3の1の(3)ないし(5)(原判決6頁23行目から同9頁12行目まで)のとおりであるから,これを引用する。

「 控訴人は,本件町内会の構成員は水路の位置,形状等の変更の結果,財産,生命,身体等の利益に影響を受ける者であるから,構成員の総意を代表する町内会会長も利害関係者に該当する旨主張するが,本件水路の付替工事により財産権に直接又は間接の影響を受けたり,本件水路の利用関係に具体的な影響を受ける者は本件水路の近辺住民にすぎず,本件町内会(前記のとおり,東西約170メートル,南北約210メートルに広がる地域で,27世帯77人が居住している。)構成員中のそれ以外の多数の者が本件水路の付替工事により具体的な影響を受けるとは考えられない。また,本件町内会会長が構成員の総意を代表し得るとしても,本件町内会の意思決定が本件水路の付替工事により具体的な影響を受ける本件水路の近辺住民らの財産関係及び利用関係を規制し得るとすることに合理的な理由があることを認めるに足りる証拠はない。そうすると,本件町内会会長は,本件水路の近隣住民とは別に,本件水路の付替工事に関する利害関係者に該当するとは認められないというべきである。したがって,控訴人の上記主張は採用できない。

また,控訴人は,本件水路の近辺に居住する住民を利害関係者とすることの難点を縷々述べて,狭義では上記の個々の住民が利害関係者であるとしても,膨大な行政事務の一部を肩代わりしつつ,2種の影響関係に係る者の意見を公共性にも配慮しつつ正しく伝達し得る者として,町内会会長を広義でとらえて利害関係者と解することは,本件規定の解釈ないし適用を誤るものではない旨主張する。

しかしながら,控訴人が主張するように町内会会長を利害関係者としても,町内会会長が常に「2種の影響関係に係る者の意見を公共性にも配慮しつつ正しく伝達し得る」とはいえず,町内会会長が不合理な多数意見に従った場合に真の利害関係者である少数者や申請人の権利保護はどうなるのかといった問題が生じ得るのであるから,やはり本件水路の近辺に居住する個々の住民を利害関係者とし,それ以外の者である本件町内会会長は利害関係者に該当しないとするのが相当であり,控訴人の上記主張は採用できないというべきである。」

第4結論

以上によれば,本件決定の取消しを求める被控訴人の請求は理由があり,これと結論を同じくする原判決は相当であり,本件控訴は理由がない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 林道春 裁判官 山下美和子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例