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名古屋高等裁判所 平成2年(う)208号 判決 1990年10月16日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人兵藤俊一作成の控訴趣意書の趣旨は、本件事故の際被告人が事故現場の交差点に進入したときの対面信号機の表示は赤色から青色に変わっていたのに、いまだ赤色であったと認定判示した点で、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認があるというにある。

そこで検討してみるに、本件十字路交差点はその信号サイクルに二秒間の全赤時間が組み込まれているものであるが、本件事故は、大型貨物自動車を運転していた被告人が交差点手前に差しかかって赤色の対面信号を認めたのに、従前の経験からして進入時には青色に変わっているだろうと見込み、敢えて減速せずに時速約四〇キロメートルのまま直進したところ、一時停止線の手前あたりで、交差道路右手から進入してくる森田浩司運転の普通乗用自動車を認め急ブレーキをかけたが、制動滑走中に交差点内で衝突したというものである。そして、証人鳥居幹子らによる本件事故時の信号及び他の複数車両の信号待ち状況に関する目撃状況、並びに各実況見分調書等原審取調べにかかる関係各証拠を総合すれば、制動滑走中の被告人車の交差点進入の瞬間をとらえていう限り、それは対面信号が青色に変わるか変わらないかの微妙なときであったと認められ、あるいは青色に変わった一瞬後ではないかという可能性を否定しきれないものがある。

しかしそれにしても、被告人のこのような不確かな見込み進入には結果として赤信号進入という危険性があるのみならず、全赤信号の時間があることをいいことにしてなのか敢えて交差点に進入する車両が散見される交通実情のもとでは、それがたまたま青信号の瞬後の進入という結果になったとしても、赤信号に従い交差点直前で停止した車両が青信号をまって発進する場合や、交差点直前で停止できるよう減速した車両が青信号を確認して加速進入する場合に比して、交差道路車両と衝突するおそれが格段に大きい危険な進入方法であることも明らかである。してみると、赤信号に対面した被告人はこの危険を予見し、交差点直前で停止すべき(より厳密にいうと、停止できるよう減速すべき)業務上の注意義務があったものであり、いわゆる信頼の原則を考慮にいれてもかかる危険な進入方法が許されるとすることはできない。右注意義務に反し、約四〇キロメートル毎時の速度のまま交差点に進入しようとした点で被告人には過失があり、この過失と本件事故の発生、森田の負傷との間に因果関係があることも明らかである。原判決も(罪となるべき事実)の項において右と同旨の判断を示しているものと認められる。所論は、原判決が(被告人及び弁護人の主張に対する判断)の項において被告人運転車両が交差点に進入したときの対面信号機の表示がいまだ赤色であったと認定判示している点を論難するが、以上の次第であるから、その点の当否は罰金五万円という量刑を含めて判決に影響を及ぼすものではない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、同法一八一条一項本文により当審における訴訟費用を被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柴田孝夫 裁判官 油田弘佑 裁判官 片山俊雄)

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