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名古屋高等裁判所 平成20年(ネ)151号 判決 2008年6月04日

控訴人

A野こと

A太郎

同訴訟代理人弁護士

福島啓氏

鈴木良明

山森広明

被控訴人

豊田市

同代表者市長

鈴木公平

同訴訟代理人弁護士

藤田哲

須藤裕昭

村井久記

盛田裕文

同指定代理人

宇井英二

<他8名>

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

第二事案の概要

一  本件は、株式会社B山(B山)が愛知県豊田市内の土地に大量の産業廃棄物(本件過剰保管廃棄物)を過剰保管したことから、被控訴人が同社及びその実質的オーナーであるとされる控訴人に対して、廃棄物の処理及び清掃に関する法律(廃棄物処理法)に基づく同廃棄物の撤去等を命ずる各措置命令(本件措置命令)を発したところ、控訴人が本件措置命令を遵守しなかったため、被控訴人において、本件過剰保管廃棄物の処理等を行ったが(本件措置工事)、その際本件過剰保管廃棄物の環境に及ぼす影響を確認するために廃棄物実態調査及び周辺環境調査等(本件調査)を行い、その費用を支出したとして、被控訴人が控訴人に対し、事務管理に基づく費用償還を求めた事案である。

原審は、被控訴人の請求を認容したため、控訴人がこれを不服として控訴した。

二  そのほかの事案の概要は、次のとおり補正し、当審における控訴人の補足的主張を付加するほかは、原判決「事実及び理由」欄第二の一及び二に記載のとおりであるから、これを引用する。

(原判決の補正)

(1) 原判決三頁一四行目の「九月六日付け」を「九月一六日付け」と改め、同四頁一三行目の「原告は、」の次に「平成一七年、」を加える。

(2) 同四頁一九、二〇行目の「環境基準を超える」を「環境基準をはるかに超える」と、同二二行目の「廃棄物内温度」から二三行目の「環境基準を上回っていたこと」までを「廃棄物内温度が環境基準より高く(最も高い地点で八六度、調査したすべての地点で四七度を超えていた。)、メタンガスの濃度が環境基準を上回っており(最も高い地点で五〇パーセント、調査したすべての地点で四〇パーセントを超えていた。)、更に底質についても、環境基準を超えるダイオキシン類が検出されたこと」と、同五頁二行目の「方法をとること」を「方法をとるとともに、できる限りの過剰保管廃棄物を掘削すること」と、それぞれ改める。

(当審における控訴人の補足的主張)

(1) 控訴人は、B山の会長と称し、従業員に対して自分が代表取締役を務めていた当時と同様に振る舞い続けていたものの、被控訴人からは控訴人が本件処分場に出入りすることなどを禁止され、また、E田やA田においては、控訴人の目が届かないことを良いことに本件過剰保管廃棄物を作出したものであるから、控訴人のB山における支配の実質は失われ、形骸化していたというべきであり、控訴人は、本件過剰保管廃棄物増加の実態を全く把握していなかった。

(2) 本件調査は、控訴人の意思又は利益に反することが明らかである。

控訴人が本件措置命令に沿った対応を執ることができなかったのは、控訴人が本件過剰保管廃棄物を搬出するための費用を捻出するために担保として提備する予定であった土地を被控訴人が差し押さえたこと、被控訴人は、控訴人の本件処分場への出入り等を禁止し、控訴人の判断を誤らせる原因を作ったこと、本件過剰保管廃棄物の撤去以外に本件措置命令に沿った解決方法があることを教示せず、控訴人が全量撤去にこだわっていることを知りながらこれを指摘しなかったことによるものであり、これらからしても、本件調査は控訴人の意思又は利益に反することが明らかというべきである。それにもかかわらず事務管理の成立を認めるためには、事務管理に至る具体的経緯の検討が必要であり、上記の事情からすれば、本件では事務管理の成立は否定されるべきである。

第三当裁判所の判断

当裁判所も、被控訴人の請求は理由があるものと判断する。その理由は、次のとおり補正するほか、原判決「事実及び理由」欄第三に記載のとおりであるから、これを引用する。

(原判決の補正)

一  原判決九頁九行目の「被告の妻C川花子であった。」を「控訴人の妻C川花子で、控訴人は同社の役員からは外れていたもののその実権を握っていた。そして、」と、同一二、一三行目の「D原松夫」を「D原松夫ことD松夫」と、《証拠の補正省略》と、同二五、二六行目の「指示等を行っていた。」を「指示等を行っていたもので、このことは平成一五年以降においても同様であったことがうかがわれる。この点、控訴人は、控訴人がB山の代表取締役を退いた後は、本件処分場を任されていたE田やA田にその現場における支配の実質が移っていったと主張するが、上記認定に反するもので採用することができない。」と、《番地の補正省略》と、それぞれ改める。

二  同一〇頁二〇行目の「愛知県豊田保健所」から「平成一〇年四月一日」までを「愛知県豊田保健所がB山に対して度々の指導を行っていたが、過剰保管状態が一向に改善されなかった。そして、被控訴人が中核市となった平成一〇年四月一日」と改め、同二一、二二行目の「過剰保管されている状態であった。」の次に「そこで、権限を移譲された被控訴人においてはB山の最終処分場に立ち入り、再三の指導を重ねるも、過剰保管状態が改善されることはなく、かえって本件過剰保管廃棄物の量が増大していった。なお、被控訴人による平成一〇年度から平成一二年度までの立入調査回数は三〇回、立入指導回数は一一回、呼出指導回数は三回にも及んだが、前記及び後記のとおり過剰保管状態についての改善がされるには至らなかったものである。」を加える。

三  同一一頁一五行目の「平成一二年一一月二一日時点で、」を「B山は、上記(オ)のとおり本件過剰保管廃棄物の撤去及び適正処分を命じる措置命令を受けながら、その履行期限である平成一二年五月二〇日までに本件過剰保管廃棄物を撤去しなかったため、被控訴人においては本件過剰保管廃棄物が大問題となっていった。そこで、被控訴人は、過剰保管されている産業廃棄物の正確な量をつかむため、測量士に委託して測量したところ、同年一一月二一日時点で、」と改める。

四  同一四頁四行目の「資料も添付した」から五行目末尾までを「資料も添付した。なお、上記のとおり天理市内に廃棄物処理施設設置許可を受けたB野春夫の許可内容については、処理する廃棄物の種類が「廃プラスチック類、ゴムくず、金属くず、ガラスくず及び陶磁器くず、工作物の除去に伴って生じたコンクリートの破片その他これに類する不要物」の五種類に限定されていた。」と、同八行目の「A田は、」を「A田は繰り返し、」とそれぞれ改める。

五  同一五頁一行目と二行目の間に、次のとおり加える。

「オ 控訴人は、本件過剰保管廃棄物に関し、平成一八年一二月二七日、E田及びA田との共謀による廃棄物処理法違反被告事件として名古屋地方裁判所岡崎支部に起訴された(同裁判所平成一八年(わ)第八七九号)。その第一回公判期日において、控訴人は、E田及びA田との共謀を認め、刑事責任を認める旨の陳述をした。」

六  同一五頁八行目の「都道府県知事」から一二行目の「必要であり」までを「当該業を行おうとする区域を管轄する都道府県知事(指定都市、中核市等政令で定める市の長を含む。同法二四条の二第一項、同法施行令二七条)の許可を受けることとされ(同法一四条一項、六項)、同許可に当たっては、その事業の用に供する施設及び申請者の能力がその事業を的確にかつ継続して行うに足りるものとして定められた基準に適合するものであることが必要であり」と、同一七行目の「行政による報告徴収」を「上記のとおり許可権限を有する都道府県知事に対し、事業者等からの報告の徴収」と、それぞれ改める。

七  同一五頁二二行目の「事業の施設及び能力」から二五行目末尾までを「その者の事業の用に供する施設又はその者の能力が基準に適合しなくなったときなどには、当該許可を停止又は取り消すことができる(同法一四条の三、一四条の三の二)とするなど、たとえいったん産業廃棄物の処理等に関する許可を受けた場合であっても、業として産業廃棄物の処理等に携わる者に対しては、法令の遵守はいうまでもなく、当該者の事業の用に供する施設又はその者の能力が、その事業を的確に、かつ、継続して行うに足りるものとして定められた基準に適合するよう維持し続けることを要求するものであり、上記のとおり厳しい制約を課している。」と改める。

八  同一六頁四、五行目の「自ら講じるのみならず、」の次に「法令の規定等に適合したものになるよう、」を、同一〇行目末尾の次に「以上のことは、前記廃棄物処理法の目的及び趣旨に加え、同法が、事業者の責務として、その事業活動に伴って生じた廃棄物を自らの責任において適正に処理しなければならず、また、廃棄物の減量その他その適正な処理の確保等に関し国及び地方公共団体の施策に協力しなければならないものとし(同法三条一、三項)、さらに、事業者はその産業廃棄物を自ら処理しなければならないものと(同法一一条一項)定めるとともに、措置命令の対象者として、不適正な「処分を行った者」(同法一九条の五第一項一号)にとどまらず、不適正な「処分等をすることを助けた者」等(同項四号)をも含め、同法一九条の五第一項の規定による措置命令に違反した者に対しては五年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科するなどの厳罰をもって対処すると定めていること(同法二五条一項五号)などからも十分にうかがわれるところである。」を、それぞれ加える。

九  同一六頁二二行目の「本件過剰保管廃棄物の増加は」から二三行目の「始まっていることや」までを「本件過剰保管廃棄物の増加については、既に平成六年ころから発生し、山積みとなっていたもので、同年一一月以降愛知県豊田保健所や権限移譲後の被控訴人から再三にわたる指導がなされていたものである上、控訴人がB山の実権を握っていた平成一一年五月三一日には本件過剰保管廃棄物から火災が発生したため被控訴人から火災の再発防止に係る改善勧告を受けただけでなく、更に同年七月六日には計画区域及び計画高さを超えた産業廃棄物及び保管施設以外に保管されている産業廃棄物を撤去し、適正に処分することを命じる改善命令を受け、次いで平成一二年三月二一日には本件過剰保管廃棄物の撤去及び適正処分を命じる措置命令(同年五月二〇日履行期限)までも受けたにもかかわらず、代表者であった控訴人はB山をしてこれを履行させようとしなかったものであって、このような経緯等からしてもE田がB山の代表者となる平成一四年以前から始まっていることは明らかで、代表者であった控訴人の支配が及ぶところで生じた問題であること及び」と改める。

一〇  同一七頁四行目の「第三の一(1)エ」を「第三の一(1)イ」と改める。

一一  同一八頁一一行目の「問題にする余地はない。」を「本件調査が控訴人の事務であることを否定する理由にならないことは明らかである。」と、同一七、一八行目の「これによって直ちに」を「これによって前記説示のとおり」と、同二一行目の「当然である。」を「当然であるし、本件調査が控訴人の事務であることを否定するものでもない。」と、同一九頁三行目の「明らかである。」を「明らかであるし、上記と同様、本件調査が控訴人の事務であることを否定するものでもない。」と、それぞれ改める。

一二  同一九頁一五行目冒頭から二〇行目末尾までを、次のとおり改める。

「 民法は、義務なく他人のために事務を管理する行為について、社会生活における相互扶助の下、他人の合理的な利益を図ろうとする行為であることに照らして、これを適法な行為とするものであることからして、管理者の管理行為が本人の意思又は利益に反するような場合であっても、本人の意思が強行法規や公序良俗に反するなど社会公共の利益に反するときには、このような本人の意思又は利益を考慮すべきではなく(なお、この点は、民法七〇二条三項においても同様に解される。)、当該管理行為につき事務管理が成立すると解するのが相当である(大審院大正八年四月一八日第一民事部判決・大審院民事判決録二五輯五七四頁参照)。

ところで、本件では、前記認定のとおり、控訴人主張に係る計画には実現可能性がないばかりか、控訴人は、被控訴人に対し、B山及び控訴人の連名で、産業廃棄物を全量自主撤去する旨の上申書を提出しながらも、他方では、平成一七年七月、被控訴人が発した控訴人に対する本件措置命令が無効であることの確認を求める訴訟(名古屋地方裁判所平成一七年(行ウ)第三〇号)を提起していたものである。加えて、本件過剰保管廃棄物の状況は、前記のとおり、既に平成六年ころからその増加が問題となり、愛知県豊田保健所や被控訴人から再三にわたる指導がB山になされていた上、控訴人がB山の実権を握っていた平成一一年五月三一日には本件過剰保管廃棄物から火災が発生して被控訴人から火災の再発防止に係る改善勧告を受け、更に同年七月六日には計画区域及び計画高さを超えた産業廃棄物及び保管施設以外に保管されている産業廃棄物を撤去し、適正に処分することを命じる改善命令を受け、次いで平成一二年三月二一日には本件過剰保管廃棄物の撤去及び適正処分を命じる措置命令(同年五月二〇日履行期限)を受けたにもかかわらず、代表者であった控訴人はB山をしてこれを履行させようとせず、一方で、代表者を辞任後も実権を握ったままで代表者を次々と変更させ、本件過剰保管廃棄物の問題を放置若しくは先送りし続けていたのである。その後も、本件処分場においては平成一四年五月二九日及び同年八月一五日並びに平成一五年六月三日に繰り返し火災が発生し、そのたびにB山は火災防止の改善勧告を受けていたものであるが、平成一四年五月及び平成一五年六月の火災はいずれも大規模なものであったため、ついに豊田市立上鷹見小学校からは被控訴人に対し、本件土地の過剰保管廃棄物及び度重なる火災につき撤去及び火災防止に関する要望書が提出されるまでに至っていた。さらに、平成一三年五月一五日付けで、環境省大臣官房廃棄物・リサイクル対策部産業廃棄物課長から各都道府県・各政令市産業廃棄物行政主管部(局)長あてに発せられた「行政処分の指針について(通知)」(環廃産第二六〇号)と題する通知において、「不適正処分が依然として見受けられ、廃棄物処理に対する国民の不信を招く原因ともなっているのが現状である。」、「違反行為が継続し、生活環境保全上の支障を生ずる事態を招くことを未然に防止し、廃棄物の適正処理を確保するため……積極的かつ厳正に行政処分を実施されたい。」などとされているとおり、廃棄物の不適正処分に対する国民の意識においても非常に厳しい状況になっていたものである。以上のような事情を併せ考えれば、本件過剰保管廃棄物について、周囲の生活環境の保全等のためには、もはや被控訴人において速やかに廃棄物の適正処理を確保する必要性が極めて高く、一刻の猶予もならない状況にあったものというべきであり、そのために本来控訴人が行うべきであった本件調査を被控訴人が行ったということができる。そして、本件調査を始めとする被控訴人による廃棄物の適正処理を確保する行為は、本件処分場周辺の生活環境保全等のために高度に有益な行為で、正に社会公共の利益に適合するものであったといえるのである。したがって、このような事情のもとで被控訴人が行った本件調査が、そもそも本件措置命令まで受けている控訴人の意思又は利益に反するものとは直ちには認めがたいものがあり、また、仮に控訴人の意思又は利益に反するものであったとしても、上記説示のとおり本件においてはこれを考慮すべきではなく、事務管理の成立は妨げられないというべきである。この点、控訴人は、控訴人が本件措置命令に沿った対応を執ることができなかったのは、控訴人が本件過剰保管廃棄物を搬出する費用を捻出するために担保として提供する予定であった土地を被控訴人が差し押さえたことによるなどと種々指摘するけれども、上記説示に照らせば、本件措置命令に基づく自己の責任を等閑視した本末転倒な主張であって採用することができない。」

第四結論

以上のとおり、被控訴人の請求を認容した原判決は相当であるので、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西島幸夫 裁判官 福井美枝 野々垣隆樹)

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