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名古屋高等裁判所 平成20年(ネ)244号 判決 2009年12月24日

主文

1  本件控訴に基づき,原判決の控訴人敗訴部分のうち,次項の請求に係る部分及び第3項の請求に係る部分を取り消す。

2  被控訴人は,控訴人に対し,原判決主文第1項の金員のほか,1419万1376円及びこれに対する平成13年11月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人は,控訴人に対し,原判決主文第1項の250万円に対する平成13年11月5日から同月18日まで年5分の割合による金員を支払え。

4  その余の本件控訴を棄却する。

5  本件附帯控訴を棄却する。

6  訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを10分し,その1を被控訴人の負担とし,その余を控訴人の負担とする。

7  この判決の第2項,第3項及び第6項は,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1申立て

1  控訴の趣旨

(1)  原判決を次のとおり変更する。

(2)  被控訴人は,控訴人に対し,1億円及びこれに対する平成13年11月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は,第1,2審を通じて被控訴人の負担とする。

(4)  上記(2)及び(3)につき仮執行宣言

2  附帯控訴の趣旨

(1)  原判決中,被控訴人敗訴部分を取り消し,当該取消しに係る控訴人の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は,第1,2審を通じて控訴人の負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,くも膜下出血を発症して,被控訴人の開設するA病院(以下「被控訴人病院」という。)に入院し,同病院医師により,2度にわたり脳動脈瘤頸部クリッピング術を受けた控訴人が,「担当医師は,1回目の手術では,前交通動脈の破裂脳動脈瘤の頸部に掛けるべきクリップを誤って前交通動脈に掛け,クリップを掛けた位置の確認作業を怠った。また,そのやり直しのための2回目の手術では,術中に動脈瘤が破裂したため,テンポラリークリップを使用して一時的な血流遮断を行ったが,その使用(血流遮断)時間が長くなり過ぎた。これらの過失により,控訴人に意識障害,右上下肢麻痺及び左下肢麻痺の後遺障害が残った。さらに,2回目の手術の実施のための控訴人の父に対する説明の際に,1回目の手術で誤ってクリップを前交通動脈に掛けたため,2回目の手術が必要になったことなどを説明しなかった。」として,被控訴人に対し,不法行為(使用者責任)又は診療契約上の債務不履行による損害賠償金1億8184万9095円及びこれに対する平成13年11月5日(1回目の手術の日)から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

原審は,不法行為(説明義務違反)による損害賠償金250万円(慰謝料200万円と弁護士費用50万円の合計)及びこれに対する不法行為の結果発生後である平成13年11月19日(2回目の手術の日)から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で控訴人の請求を認容し,その余を棄却した。

そこで,控訴人が敗訴部分の一部(①1億円及びこれに対する平成13年11月5日を起算日とする上記遅延損害金と,②原審認容額との差額部分)につき控訴をした。また,被控訴人が敗訴部分につき附帯控訴をした。

2  前提事実(争いのない事実等)

原判決書3頁末行の末尾の次に,行を改めて,次のとおり加えるほか,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の「1」記載のとおりであるから,これを引用する。

「 平成14年4月12日付けのB医師作成の「身体障害者診断書・意見書(肢体不自由障害用)」(乙A1の診療録の185頁)には,「自宅で飲酒中に突然,意識消失,嘔吐,失禁をきたし某医を受診。CTにてくも膜下出血を認めたため翌11月5日に当院へ転院,同日手術。術後検査にて動脈瘤の残存を認めたため,同年11月21日再手術を行った。術翌日に脳梗塞を合併。以後,意識障害及び右半身及び左下肢の麻痺が残存している。右上下肢及び左下肢は,ほぼ廃用肢の状態で,体幹にも著しい機能障害あり。ほぼ寝たきり状態である。遷延性意識障害あり,意志の疎通は不可能」との記載がある。

(なお,控訴人に残った上記の後遺障害を以下「本件障害」という。)」

3  争点及びこれに関する当事者の主張

次のとおり付加訂正するほか,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の「2」及び「3」記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決書20頁6行目の末尾の次に,「なお,控訴人の一次脳損傷による後遺障害の程度は,自賠責保険後遺障害等級9級(神経系統の機能又は精神に障害を残し,服することのできる労務が相当な程度に制限されるもの。労働能力喪失率35パーセント)とするのが相当であり,最大でも7級(神経系統の機能又は精神に障害を残し,軽易な労務以外の労務に服することができないもの。労働能力喪失率56パーセント)であるというべきである。」を加える。

(2)  同20頁24行目の末尾の次に,行を改めて,次のとおり加える。

「エ 第2手術直前の控訴人の状態(名前,年齢,日付,場所を答えることができなかったこと等)からすれば,控訴人のくも膜下出血による一次脳損傷の程度が,軽易な労務に服することができる程度のものであったとは到底考えられない。したがって,その後遺障害の程度を最大でも自賠責保険後遺障害等級7級相当とする控訴人の主張は,失当である。

なお,控訴人の後遺障害(本件障害)につき,くも膜下出血による一次脳損傷自体の寄与度と第2手術による寄与度を医学的に判定することは困難である。

オ 控訴人が本件障害を原因として受給した金員のうち,①傷病手当金404万7966円,②障害基礎年金697万4100円(平成15年以降,年額99万6300円の7年分),③公務外障害共済年金739万2000円(平成15年以降,年額105万6000円の7年分)は,損益相殺の対象となる。」

第3当裁判所の判断

当裁判所は,控訴人の請求は,不法行為(被控訴人病院の担当医師が,1回目の手術において,前交通動脈の破裂脳動脈瘤の頸部に掛けるべきクリップを誤って前交通動脈に掛け,クリップを掛けた位置の確認作業を怠ったこと)による損害賠償金1669万1376円及びこれに対する不法行為の結果発生後である平成13年11月5日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,その余は理由がないと判断する。その理由は,以下のとおりである。

1  本件障害の発生機序について

原判決書23頁1行目の「以上を」から同行目の末尾までを「次に,控訴人の頭部CT画像について検討する。」と改めるほか,原判決「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」の「1」記載のとおりであるから,これを引用する。

2  第2手術における血流遮断に関する過失の有無について

上記の点に関する控訴人の主張は,理由がないと判断する。その理由は,原判決「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」の「2」記載のとおりであるから,これを引用する。

3  第1手術における手技上の過失の有無について

次のとおり付加訂正するほか,原判決「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」の「3」記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決書31頁22行目の「鑑定人の指摘するように,」の次に,「動脈瘤及び周囲血管の露出が少なく,」を,同32頁7行目の「しかし,」の次に,「クリップを掛けた後に,正確な位置にクリップを掛けたかどうかを確認しなければ,正しい位置にクリップが掛かっていなかったために再手術の実施を余儀なくされることがあり得るし,その場合には,手術操作(脳ベラによる圧迫その他)自体によって,脳に対する損傷が生ずることもあり得るから(証人B),再手術の実施が患者の負担をさらに重くする可能性も十分に考えられる。また,」を,同32頁13行目の「鑑定の結果」の次に,「(術中ビデオ(乙A2)の検討結果を踏まえたもの)」を,それぞれ加える。

(2)  同32頁末行の「鑑定の結果」から同33頁2行目の末尾までを「鑑定の結果によれば,控訴人の左前大脳動脈領域の脳梗塞の主な原因は,第2手術による操作,特に,テンポラリークリップの使用による血流遮断であると認められる。」と改める。

(3)  同34頁末行の「テンポラリークリップを」から同35頁3行目の末尾までを「テンポラリークリップを掛けること自体によって,右前大脳動脈領域の血流が脳梗塞の発症を招くほど大きく遮断されたとまで認めることはできない。そうすると,第2手術後に拡大した右前大脳動脈領域の脳梗塞の原因が,第2手術におけるテンポラリークリップによる血流遮断のみにあるとすることはできない。」と改める。

(4)  同35頁14行目の「しかし,」の次に,「周術期の心電図では,典型的な心房細動の所見が認められない(鑑定の結果)。また,」を加える。

(5)  同36頁3行目の末尾の次に,行を改めて,次のとおり加える。

「 これに対し,C医師(Dセンター脳神経外科部長)作成の意見書(乙A24)には,①平成13年11月20日の第2手術実施後である同年12月4日撮影のCT所見によれば,控訴人の左前大脳動脈領域の低吸収域(脳梗塞の発症部)の部位に出血があったことを示す高吸収域が認められる。これは,出血性梗塞(梗塞に陥った脳組織に血流が再開通することにより二次的に出血したもの)を発症したものである。②上記①の症状は,脳梗塞を生じさせた塞栓子が徐々に溶解し,第2手術から1週間以上経って再開通をした時に虚血によって血管内皮が損傷していたため灌流圧により脳血管が破裂して出血を起こしたと考えるのが自然である。③そして,控訴人の出血性梗塞の原因は,発作性心房細動による心原性脳塞栓症(発作性心房細動により形成されたうっ血血栓が脳に運ばれて脳血管を塞いで脳梗塞になる)であると考えられる等の記載がある。

しかし,仮に,平成13年12月4日に控訴人に出血性梗塞が発症したとしても(なお,上記①の所見を裏付けるCT写真は,証拠として提出されていないし,鑑定の基礎資料にもされていない。),出血性梗塞の原因は,必ずしも心原性脳塞栓症だけに限られるわけではないし(乙B34),前示のとおり,そもそも,心原性脳塞栓症による前大脳動脈の閉塞ないし狭窄が生ずる可能性は,0.4ないし3パーセントという極めて低いものである。また,反復してテンポラリークリッピング術を施行したことにより出血性梗塞が生じた症例があるとする報告も存在する(甲B3の556頁)。そうすると,上記意見書(乙A24)の記載は,にわかに採用できない。」

(6)  同36頁13行目の「生じたものである」から同頁15行目の末尾までを次のとおり改める。

「生じたものである。そして,CT所見上,右上肢麻痺の責任病巣を明確に特定することはできないものの,左尾状核頭部には明らかな脳梗塞のCT所見があり,第2手術の際の直接の損傷ないしテンポラリークリップによる虚血のために前大脳動脈の穿通枝領域の脳梗塞が生じて上肢優位の右上下肢麻痺が出現したと考えるのが合理的であることや,第2手術前には,右上肢麻痺の症状がなかったことからすれば,控訴人の右上肢麻痺の主な原因は,第2手術による影響であると推認するのが相当である(鑑定の結果)。」

(7)  同36頁21行目の冒頭から同37頁25行目の末尾までを次のとおり改める。

「カ 以上判示したところからすれば,①第2手術後の控訴人の左下肢麻痺の悪化,右上下肢麻痺の発生及び意識状態の悪化の主な原因は,第2手術後に新たに発生した左前大脳動脈領域の脳梗塞及び第2手術後に拡大した右前大脳動脈領域の脳梗塞であり,また,②上記①の脳梗塞の主な原因は,第2手術の影響(テンポラリークリップによる血流遮断その他の手術操作)であると認めるのが相当である。

なお,第1手術で誤って前交通動脈にクリップが掛けられても,前示のとおり,側副血行路の存在が確認されているし,鑑定の結果によれば,第1手術で誤って前交通動脈にクリップが掛けられたことによる控訴人の転帰に対する影響の程度は,重大なものではなかったと認められる。

キ 被控訴人は,くも膜下出血による一次脳損傷自体によっても,控訴人には現在の後遺障害(本件障害)と同程度の障害が残ったと主張する。

そこで,検討するに,鑑定の結果によれば,くも膜下出血による一次脳損傷の予後につき,高次機能障害が残存した可能性が高く,職場(E市役所水道部)復帰が可能であったかどうか,また,くも膜下出血による一次脳損傷によって生じた左下肢麻痺の完全な消失(回復)が可能であったかどうか不明であり,控訴人の一次脳損傷が,後遺症との関与が全くない程度の軽いものであったわけではないことが認められる。

もっとも,鑑定の結果によれば,控訴人のくも膜下出血時の一次脳損傷自体は,第2手術前の意識状態や,神経症状からすれば,重度障害以上の予後不良に至る程度のものではなく,むしろ,中等度障害であった可能性が高いことが認められる。

ところで,GOS分類による中等度障害(中等症)は,さらに,①MD3(自賠責保険後遺障害等級3級相当)と,②MD2(自賠責保険後遺障害等級5級ないし7級相当)とに分類される(甲B16)。

そして,控訴人のくも膜下出血時の一次脳損傷の程度は,前示の第2手術前の控訴人の症状等(特に,意識状態等)や,鑑定の結果等を併せ考えると,MD2のうち,自賠責保険後遺障害等級5級(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し,特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの。労働能力喪失率79パーセント。高次脳機能障害整理表E(労働能力の大部分の喪失)参照)に当たるものと認めるのが相当である。

そうすると,控訴人のくも膜下出血時の一次脳損傷による障害の程度は,前示の現在の控訴人の後遺障害(本件障害)の程度(労働能力喪失率100パーセントであると認められる。)よりも軽いといえる。

したがって,被控訴人の上記主張は採用できない。

ク 控訴人は,「第1手術でB医師が注意義務を尽くしていれば,そのやり直しのための第2手術が実施されることはなかったし,第2手術が実施されなければ,術中破裂に対する血流遮断とこれに引き続く脳梗塞が生ずることはなかった。」と主張するが,これに対し,被控訴人は,第1手術中に脳動脈瘤が破裂する危険性があったから,控訴人の上記主張は失当であると反論する。

そこで,検討するに,証人Fの供述書(書面尋問に対する回答書)には,第1手術の特徴(控訴人の入院時の神経学的重症度がH&K分類でのグレードⅣに該当し,くも膜下出血発症の翌日という急性期の手術であり,前交通動脈瘤の手術であること等)や,術者の経験年数が10ないし20年であったこと等からすると,第1手術における術中破裂の危険性は,少なくとも20パーセント程度はあったと考えられるとする記載がある。

もっとも,上記回答書には,①通常(解離性動脈瘤や巨大動脈瘤以外)の破裂動脈瘤での術中破裂は,905例中117例(13パーセント)であるのに対して,前交通動脈瘤での術中破裂は,271例中50例(18パーセント)であり,その発生率は,通常の場合の約1.4倍となる。②術者の経験年数と破裂率との関係を見ると,10年未満では22.4パーセント,10年以上,20年未満では14パーセント,20年以上では5.1パーセントであるとの記載がある。また,前交通動脈瘤での術中破裂が251例中37例(15パーセント)であるとする報告もある(乙B15)。

これらの点からすれば,上記回答書の記載の趣旨が,第1手術での術中破裂の危険性が20パーセントを大幅に超えるものであることを示唆しているとは解されないから,第1手術における術中破裂の危険性は,20パーセントを大幅に超えるものではないと認めるのが相当である。

そうすると,第1手術の際に,B医師が,前示の注意義務を尽くして,前交通動脈瘤とその周囲血管をさらに露出して,前交通動脈瘤頸部に正しくクリップを掛けることができたかどうかを確認していれば,再手術(やり直しのための第2手術)が行われることはなかったものと認めるのが相当である。

ケ もっとも,たとえ,B医師が前示の注意義務を尽くしても,前示のとおり,控訴人には,くも膜下出血による一次脳損傷により,自賠責保険後遺障害等級5級相当(労働能力喪失率79パーセント)の後遺障害が残ったものと認められる。

のみならず,第1手術は,急性期の手術であり,脳膨張が強いなど,難易度の高い手術であること(鑑定の結果)や,一般に,手術操作(脳ベラによる圧迫その他)自体によっても,脳に損傷その他の悪影響が生じ得ること(証人B)等からすれば,第1手術の際に,B医師が,前示の注意義務を尽くして,前交通動脈瘤とその周囲血管をさらに露出して,前交通動脈の動脈瘤頸部に正しくクリップが掛けられているか否かを確認した上,正しい位置にクリップを掛け直すまでの手術操作(脳ベラによる圧迫その他)を行った場合には,実際の第1手術の時よりも手術操作の量,時間が増えることになり,その結果,より強い影響が脳に生じた可能性を否定することはできないし,その影響の程度を軽視することは相当でないというべきである。もっとも,その影響の程度は,第2手術の内容,経過(術中破裂が生じ,これに対してテンポラリークリップによる血流遮断の処置がされたこと等)と対比すると,第2手術の際のテンポラリークリップによる血流遮断その他の手術操作による影響よりは軽いものであり,したがって,その結果として生ずる障害の程度は,第2手術の影響によって現実に生じた本件障害の程度よりも軽いものであると推認するのが相当である(なお,前示の第1手術における術中破裂の危険性の程度からすれば,第1手術の際の上記確認のための手術操作による影響の程度を検討するに当たり,術中破裂が生じたことを前提とする必要はないものというべきである。)。

これらの点からすれば,B医師の前示の過失との間に相当因果関係があることの証明があるといえる損害は,本件障害(前示の控訴人の後遺障害)による損害の1割に相当する部分であると推認するのが相当である(民事訴訟法248条参照)。

なお,第1手術の手技につき前示のとおりの過失が認められる以上,第2手術の手技自体には医療水準に達しない(注意義務違反に当たる)と評価されるところがないとしても,そのことによって,上記因果関係の存在が否定されるものではないというべきである。」

4  損害について

(1)  まず,本件障害による損害額を検討する。

ア 逸失利益

控訴人は,平成13年11月当時,43歳の男性であり,E市役所に勤務していたが(甲C1の1),前示の後遺障害(本件障害)の内容等からすれば,本件障害により同人の就労可能期間の終期(67歳)までの24年間にわたり,その労働能力の全部を喪失したものと認められる。第1,2手術の前年である平成12年における控訴人の年収は,739万1969円であり(甲C1の1),控訴人は,本件障害が生じなければ,定年時の60歳(弁論の全趣旨)まで毎年739万1969円の収入を得ることができ,その後は,67歳に至るまで毎年上記年収額の7割に相当する517万4378円(計算は,円未満切捨て。以下同じ)の収入を得ることができたものと推認するのが相当である。中間利息の控除につき,17年(43歳から60歳まで)のライプニッツ係数11.2741と,67年の同係数19.2391から60年の同係数18.9293を控除した0.3098を用いて,控訴人の逸失利益の額を計算すると,次の算式①,②による各金額の合計8494万0819円となる。

(算式①)7,391,969×11.2741=83,337,797

(算式②)5,174,378×(19.2391-18.9293)=1,603,022

イ 慰謝料

前示の控訴人の後遺障害の部位,内容,程度その他本件審理に現れた一切の事情を総合すると,控訴人の慰謝料の額を2500万円とするのが相当である。

ウ 付添看護費用

前示の控訴人の後遺障害の部位,内容,程度等からすれば,控訴人は,平成13年11月から35年間(平均余命)にわたり近親者付添を必要とする状態にあり,また,その付添費用の日額は,6500円であると認めるのが相当である。

そうすると,控訴人の付添看護費用は,次の算式により,3884万7789円となる(中間利息の控除につき35年のライプニッツ係数16.3742を適用)。

(算式)6,500×365×16.3742=38,847,789

(2)  上記(1)のアないしウの合計額は,1億4878万8608円である。そして,前示のとおり,B医師の前示の過失との間に相当因果関係があるといえるのは,本件障害による損害の1割に相当する部分であるから,その額は,1487万8860円となる。

(3)  損益相殺

控訴人は,当審口頭弁論終結時までに本件障害を原因として次の各給付を受けた(合計1687万4841円)。

ア 傷病手当金及傷病手当付加金(健康保険法)

計404万7966円(甲C5)

イ 障害基礎年金(国民年金法)

年額99万6300円(甲C6)の平成15年5月分から平成21年7月分(同年8月支給分)まで計622万6875円(弁論の全趣旨)

ウ 公務外障害共済年金(地方公務員等共済組合法)

年額105万6000円(甲C7)の平成15年5月分から平成21年7月分(同年8月支給分)まで計660万円(弁論の全趣旨)

上記給付は,本件障害の全体に対するものであるところ,前示の過失と相当因果関係のある損害は,本件障害による損害の1割に相当する部分に限られるから,上記給付額のうち,その1割に当たる168万7484円の限度で損益相殺をするのが相当である(いずれも同一の損害項目である逸失利益から控除すべきものである。)。前示の過失と相当因果関係のある上記(2)の損害額1487万8860円から,上記損益相殺をした残額は,1319万1376円となる。

(4)  弁護士費用

控訴人は,本件訴訟の提起,遂行をその訴訟代理人弁護士に委任し,その費用として相当額の支払を約した(弁論の全趣旨)。そのうち,前示の過失と相当因果関係がある費用は,本件訴訟の内容,請求額,認容額,審理経過その他の諸事情から,350万円とするのが相当である。

(5)  上記(3)の損益相殺後の損害額と上記(4)の合計額は,1669万1376円である。

(なお,説明義務違反の不法行為による損害賠償請求によって上記を超える損害額を認めることはできない。また,診療契約上の債務不履行による損害賠償請求についても,同様である。)

第4結論

よって,本件控訴は一部理由があるから,原判決を変更し,本件附帯控訴は理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法67条2項,61条,64条を,仮執行の宣言につき同法310条を,それぞれ適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡久幸治 裁判官 嶋末和秀 裁判官 加島滋人)

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