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名古屋高等裁判所 平成20年(ネ)285号 判決 2008年10月31日

控訴人(被告)

東京海上日動火災保険株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

太田秀哉

井波理朗

柴崎伸一郎

大岩和美

足立泰彦

井部聡

被控訴人(原告)

同訴訟代理人弁護士

渡辺慎也

主文

1  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

主文同旨

2  被控訴人

(1)  本件控訴を棄却する。

(2)  控訴費用は控訴人の負担とする。

第2事案の概要

1  本件は、税理士である被控訴人が、依頼者から委任を受けて消費税の申告手続をしたところ、依頼者から損害賠償請求を受けたとして、保険会社である控訴人に対し、税理士職業賠償責任保険契約(本件保険契約)に基づき保険金及び遅延損害金の支払を求めた事案である。

原判決は、被控訴人の請求を一部認容したところ、控訴人がこれを不服として控訴した。

2  そのほかの事案の概要は、次のとおり当審における当事者双方の主張を付加するほか、原判決「事実及び理由」欄の第2の1ないし3に記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決3頁14行目末尾に続けて、「その後、被控訴人はアールアンドシーから、上記追徴額相当額の損害賠償の請求を受けた。」を加え、同5頁21行目の「税理士にとっても犯しやすい」を「消費税の税務処理では税理士の犯しやすい」に改め、同7頁17行目の「838頁」の後に「。以下「本件最高裁判決」という。」を加える。)。

(当審における控訴人の補足的主張)

(1) 保険契約は、保険期間ごとに効力を生じており、保険期間開始後その終了前に保険事故が発生したかどうかにより保険者の責任の有無が決せられる。そして、賠償責任保険ではどの時点をもって保険事故とするかについて、発見事故方式(被保険者が他人に対して損害賠償責任を負ったことが発見されたことを保険事故とする方式)、請求事故方式(被保険者が他人から損害賠償請求を受けたことを保険事故とする方式)等があるところ、税理士職業賠償責任保険(本件保険)は、本件特別約款4条の規定から、請求事故方式をとっていることは明らかである。したがって、第三者の損害の原因となる過誤(本件では「税制選択上の過失」)が発生しても、それだけでは保険事故とならず、被保険者に対する賠償請求があって初めて保険事故となるのである。このことは約款に明確に規定されている。

そして、本件保険における保険事故は上記のとおり請求事故方式であること、本件保険契約は、保険期間を1年間として毎年更新され、更新後の新契約は更新前の旧契約とは別個の契約であり、旧契約との継続性のないこと、本件改訂後の特約5条2項に関して旧契約と同様の取扱をする旨の規定も設けられていないことから、税制選択上の過失について本件改訂後に請求があった場合、本件改訂後の特約5条2項が適用されるのである。

請求事故方式においては、同じ過誤があっても、保険期間内に請求があった場合とそうでない場合とで保険金の支払等に差異が生じることになるが、発見事故方式と請求事故方式とはどちらにも長所と短所があって、いずれが正しいとの絶対的評価を下すことはできないので、これにより本件改訂が無効であるとはいえない。同じ過誤をした被保険者の間で異なる結論が生じることは請求事故方式において避けられない事象であるから、これを不公平であるとすることは請求事故方式の意義を誤解するものである。

したがって、本件には、改訂後の約款が適用されるのであり、本件損害は、本件保険によっててん補されない。

(2) 本件保険には、免責金額と縮小てん補が規定されており、平成16年7月の契約から免責金額は50万円であり、縮小てん補率は90パーセントになっている。

したがって、仮に本件において保険金の支払が認められるとしても、その保険金の金額は、50万円を減額したうえで、その90パーセントとなるので、314万0379円となる。

(被控訴人の当審における主張)

(1)ア 本件保険が請求事故方式をとっているとしても、請求時の約款が適用されるとは限らない。本件改訂は被保険者にとって極めて不利な改訂であること、保険期間前に生じた事由(過誤)に基づいて保険期間後に損害賠償請求を受けた場合にいかなる約款が適用されるか明確な規定がないこと、本件改訂前に生じている税制選択上の過失がある場合に、本件改訂前に発覚した場合には本件改訂前の約款が適用されて保険金の支払対象となるのに対し、本件改訂後に発覚した場合には本件改訂後の約款が適用されて保険金の支払対象から除外されることになれば、同じ過失をした被保険者の間で正反対の結論が生じることなどからすれば、本件改訂前の税制選択上の過失を本件改訂後の特約5条2項の税制選択上の過失に含めることは、保険制度の基本的趣旨に反するもので不公平である。

そもそも、本件改訂の意図は、本件最高裁判決を受けて税制選択上の過失に基づく本税あるいは還付金相当額の損害をてん補しないことにあることは明らかであり、そうであれば、本件改訂は、本件改訂後(平成16年7月1日以降)に生じた税制選択上の過失に基づく損害をてん補しないことを明確にしたものと解するのが相当である。

したがって、本件改訂前に生じている税制選択上の過失が本件改訂後の特約5条2項に定める「税制選択上の過失」に含まれるものとすれば、そのような改訂は保険制度の基本的趣旨に反し無効である。

イ 仮に無効とまではいえないとしても、被保険者にとって極めて不利な改訂であるのに、改訂後の約款では本件改訂前に生じている税制選択上の過失を含めるのか否かについて明確な規定がないことから、本件改訂後の特約5条2項に定める「税制選択上の過失」には、本件改訂前に生じている(が発覚していない)税制選択上の過失を含めることはできない。したがって、本件損害のてん補について本件改訂後の特約5条2項は適用されない。

(2) 保険金の支払が認められる場合には、改訂前の約款が適用されるので、免責金額は30万円、縮小てん補なし、となる。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は、原判決と異なり、被控訴人の請求は理由がないものと判断する。その理由は以下のとおりである。

(1)  争点1(本件改訂後の特約5条2項の有効性)についての当裁判所の判断は、次のとおり補正するほか、原判決の「事実及び理由」欄の第3の1の記載と同じであるから、これを引用する。

ア 原判決8頁4、5行目の「税理士にとっても犯しやすい」を「消費税の税務処理では税理士の犯しやすい」に改める。

イ 同9頁17、18行目の「あるか否かと問わず」を「あるか否かを問わず」に改める。

ウ 同9頁22行目の「仮にこのような」から24行目の「相当である」までを、「そのように定められたとしても、そもそも税制選択上の過失そのものが納税者側の責任範囲に属するものであることは過少申告等と同様であること」に改める。

(2)  争点2(本件損害のてん補について本件改訂後の特約5条2項は適用されるか)について

被控訴人は、平成3年7月1日に本件保険契約に加入し、その後、毎年更新してきたこと、本件保険契約に適用される約款が平成16年7月1日に改訂されたこと、同年10月2日、被控訴人がアールアンドシーの同年7月期の課税期間に先立って不適用届出書の提出を失念していたことが発覚し、アールアンドシーは、同年12月17日、修正申告の手続を行って578万5800円の追徴を受け、被控訴人は追徴相当額の損害賠償請求を受けたことは、引用にかかる前記補正後の原判決の「事実及び理由」欄の第2の1の前提となる事実に記載のとおりであり、また、証拠(乙1、2)によると、本件特別約款第4条において、「当会社は、普通保険約款第3条(責任の始期および終期)第1項に掲げる保険期間中に、日本国内において、被保険者に対し請求が提起された場合に限り、損害をてん補します。」と規定されていることが認められる。

このように本件保険契約は、保険事故の発生に関して請求事故方式をとっているのであり、上記の事実からは、本件で保険事故が発生したのは不適用届出書の提出の失念が発覚した平成16年10月2日以降のこととなる。被控訴人は、平成15年7月31日の経過をもって不適用届出書の提出が許されなくなったのであるから、同日が保険事故の発生日であると主張するが認められない。また、保険事故について請求事故方式を採用することは、約款で合意されていることであり、それをもって不合理、不適法と解すべき事情は認められない。

そして、被控訴人の本件請求は、この請求事故方式による保険事故日が属する保険期間(平成16年7月1日から平成17年6月30日)における本件保険契約に基づくものであるから、平成16年7月1日から開始される契約において合意された約款が当然に適用されるものであり、したがって本件改訂後の特約5条2項も適用されるのであって、それによれば本件事故は同項の税制選択上の過失に属するものとして損害のてん補につき免責されることが認められる。同項にいう税制選択上の過失については、それが起きた時期について限定するような定めはないのであるから、税制選択上の過失である以上は、本件改訂前に起こったものであっても含まれると解され、これを除外して考えねばならないとする根拠はない。

もっともこのように解すると、本件改訂前に起きた税制選択上の過失については、それが請求事故方式において保険事故となる時期の相違で、結果的に免責の可否につき異なる結論になる場合が生じることになり、被控訴人はそれが不合理であると指摘するのである。しかし、それは本件保険契約が請求事故方式を採用していることにより生じる当然の結果であって、やむを得ないものというべきである。これを避けるために、特約5条2項の税制選択上の過失には、本件改訂前の税制選択上の過失は含まないと限定して解することは、約款の文言に相違するばかりでなく、本件保険契約が採用する請求事故方式をその部分で否定することとなって、本件保険契約の構造そのものに相反するものとなることから認められない。

また、被控訴人は、本件改訂前に生じている税制選択上の過失について、いかなる約款が適用されるのか明確でないなどと主張するが、上記のとおり、それが保険事故と観念される時点における保険契約の約款の適用を受けるものであることは明らかであり、本件改訂後の特約5条2項にいう税制選択上の過失は、その起きた時期を問わないものと解されることも上記のとおりである。

被控訴人は、本件改訂が、本件最高裁判決を受けて、税制選択上の過失に基づく損害についてはてん補しないものとしたことからすれば、それは本件改訂後に生じた税制選択上の過失のみを対象とするものと解すべきであり、そうでなければ本件改訂は保険制度の基本的趣旨に反し無効であるとも主張する。しかし、本件最高裁判決を契機に本件改訂が行われたものとしても、その内容を決定するのは契約当事者であるから、当事者が被控訴人の主張するような限定的な合意をしたと認められない以上は、その合意に従って解釈すべきものであり、特約5条2項が有効と認められることは争点1について説示したとおりである。

以上によれば、争点2についての被控訴人の主張は理由がなく認められない。

したがって、本件損害については本件改訂後の特約5条2項が適用され、そのてん補につき控訴人は免責されることとなる。

よって、被控訴人の請求はその余の点について検討するまでもなく理由がない。

2  以上によれば、被控訴人の本訴請求は理由がないから棄却すべきであり、これに反してその請求を一部認容した原判決は失当であるので、その控訴人敗訴部分を取り消して、被控訴人の請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西島幸夫 裁判官 野々垣隆樹 浅田秀俊)

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