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名古屋高等裁判所 平成20年(ネ)289号 判決 2008年7月03日

主文

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,第1審,差戻し前の第2審,上告審及び差戻し後の第2審を通じ,被控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

主文第1項及び第2項と同旨

第2事案の概要

1  本件は,大韓民国(以下「韓国」という。)の国籍を有する被控訴人(一審原告)らが,韓国の戸籍上,被控訴人らの弟とされている控訴人(一審被告)に対し,韓国の戸籍上控訴人及び被控訴人らの父親とされている亡Aと控訴人との間に親子関係が存在しないことの確認を求める事案である。

2  原審は,Aと控訴人との間に生物学的な親子関係が存在しないとして,被控訴人らの請求を認容し,控訴人(一審被告)が控訴をしたが,差戻し前の控訴審(当庁平成18年(ネ)第262号)は,控訴棄却の判決をした。これに対し控訴人が上告受理の申立てをしたところ,最高裁判所(平成18年(受)第2056号)は,生物学的な親子関係がない場合であっても,差戻し前の控訴審判決が確定した事実関係の下では,実親子関係の存在しないことの確認を求めることが韓国民法2条2項にいう権利の濫用に当たるとすべき場合があるとして,本件において被控訴人らの請求が韓国民法2条2項にいう権利の濫用に当たるかどうかにつき,さらに審理を尽くす必要があるとして,本件を当審に差し戻した。

第3当事者の主張等

証拠及び弁論の全趣旨により容易に判断できる事実並びに当事者の主張は,原判決書3頁16行目の「本件訴え」を「本件確認請求」と改めるほか,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の「1」及び「2」記載のとおりであるから,これを引用する。

第4当裁判所の判断

1  本件争点(1)(嫡出推定の有無)について

原判決「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」の「1 争点(1)(嫡出推定の有無)について」記載のとおりであるから,これを引用する。

2  本件争点(2)(Aと控訴人との間の父子関係)について

次のとおり付け加えるほか,原判決「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」の「2 争点(2)(Aと控訴人との間の父子関係)について」記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決書5頁10行目の「指摘できる」の次に,「(控訴人の出生届には妊娠月数が10か月と記載されている(甲9)。)」を加える。

(2)  同頁11行目の「(甲11,」を「(甲9,11」と改め,同行目から12行目にかけての「助産婦をしていた」を「助産婦をし,この出生届に際し出生証明をした」と改める。

(3)  原判決書6頁6行目の「原告両名は」から同頁17行目の末尾までを,次のとおり改める。

「被控訴人両名が戸籍上AとBとの実子として届け出られているという事実のほか,①被控訴人両名については,控訴人に関する上記(1)ないし(3)のようなAとの父子関係を疑問視させるような事実が窺えないこと,②当審における鑑定の結果によれば,被控訴人両名がBの実子であると認められること,③BがAとの婚姻期間中に被控訴人両名を懐胎したこと,以上の事実も認められるので,これらの事実から,被控訴人両名はAの実子であると認めることができる。

したがって,被控訴人両名のアリールを「A由来」であるとした原審における鑑定は相当である。

なお,控訴人は,韓国戸籍における控訴人と被控訴人らの出生届の届出日及びこれに記載された出生地が同一であることから,韓国戸籍の記載の正確性には疑問があると主張するが,上述のとおり,戸籍の記載を主な根拠として被控訴人両名がAの実子であると判断するものではないから,控訴人の上記主張は,採用できない。」

3  争点(3)(本件確認請求は権利の濫用に当たるか)について

(1)  証拠(甲5ないし7,9,16,17,乙1ないし5)と弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。

ア 控訴人は,昭和35年1月7日にA夫婦の子として出生届を出された後,A夫婦の実の子として養育されてきた。なお,この年当時,被控訴人Cは12才であり,被控訴人Dは9才であった。

Aは平成5年6月13日に死亡したが,控訴人とAとの間には,30年以上にわたり実の親子と同様の生活の実体があった。Aや母親のBが,控訴人が実の子であることを否定することもなく,また,被控訴人らが,控訴人が自らの弟であることを否定したこともなかった。

イ Aの死亡後,平成5年12月10日,B,控訴人,被控訴人らは,Aの遺産分割協議をした。その概要は,次のとおりである。

(ア) Aの遺産のうち,負債(すべて金融機関からの借入れ)は,合計約8億2715万円であったが,負債はすべて控訴人が承継する。

(イ) Aの遺産の内,資産(主なものは,Aが経営していたパチンコ店の土地建物)は,大半を控訴人が取得し,被控訴人Dは預貯金の一部(3000万円)を取得し,その他の者は遺産を相続しない。

(ウ) 上記内容の遺産分割が成立した後の平成6年10月頃,被控訴人Cが,不動産の取得を希望するようになったので,被控訴人Cが不動産の一部(a町のパチンコ店に関する不動産)を取得し,負債の一部(上記店舗に関する負債の一部,2億4600万円)も承継する内容の遺産分割の再協議が成立した。

ウ 控訴人は,その後,相続した財産をもとに事業を拡大して会社組織とし,相続した不動産の一部をその会社に譲渡した。また,相続した土地の上に,自宅を建築した。さらに,控訴人は,被控訴人Cが相続したa町のパチンコ店の経営が行き詰まった際,上記会社によりその負債の一部を事実上立替払いした。

エ 控訴人の母親のBは,控訴人の家族と同居していたが,平成15年5月に脳梗塞で倒れたので,控訴人において入院させた。しかし,平成16年3月ころ,被控訴人らがBを転院させて,その後Bの面倒を見るようになった。そして,被控訴人らは,同月8日,控訴人を相手方として,控訴人が相続した不動産の所有権移転登記の抹消登記手続を求める調停を申し立てた。

オ 本件の第1審判決後の平成18年2月8日,被控訴人らは,控訴人,控訴人の経営している会社等を被告として,控訴人が相続した不動産につき所有権移転登記の抹消登記手続を求め,その利害関係人となる上記会社等に抹消登記手続の承諾を求める訴えを提起した。

カ 他方,Bが原告となり控訴人を被告として両者間に親子関係がないことの確認を求めて提起していた訴訟については,平成18年4月20日に請求認容の一審判決が言い渡され,その判決は,同年5月9日に確定した。

(2)  ところで,戸籍上の両親以外の第三者である丙が,戸籍上の父である甲と戸籍上の子である乙との間の実親子関係が存在しないことの確認を求める場合において,甲乙間に実の親子と同様の生活の実体があった期間の長さ,判決をもって実親子関係の不存在を確定することにより乙及びその関係者の受ける精神的苦痛,経済的不利益,改めて養子縁組をすることにより乙が甲の実子としての身分を取得する可能性の有無,丙が実親子関係の不存在確認請求をするに至った経緯及び請求をする動機,目的,実親子関係が存在しないことが確定されないとした場合に丙以外に著しい不利益を受ける者の有無等の諸般の事情を考慮して,実親子関係の不存在を確定することが著しく不当な結果をもたらすものといえるときには,当該確認請求は,韓国民法2条2項にいう権利の濫用に当たり許されない(本件上告審判決)。

(3)  そこで,上記(2)の見解に基づいて検討するに,本件については,次の点を指摘することができる。

ア 控訴人とA夫婦との親子関係は,少なくとも30年を超える長期にわたり実の親子と同様の関係であった。そして,被控訴人らを含め周囲の者は,これを否定することはなく,Aの遺産分割協議の際にも,控訴人が,Aの長男として,その遺産(資産及び負債)の大部分を相続することに同意した。

イ 本件においては,上記のとおりAの遺産分割協議は関係者全員の同意の下に終了している。そして,控訴人が相続した内容を見ても,資産と負債はほぼ同額であり,控訴人は,遺産分割協議後,相続した不動産を処分したり,相続した土地上に自己の家屋を建てるなどしている。

ウ このような事情の下で,控訴人とAとの親子関係が否定されると,控訴人の精神的苦痛は極めて大きいものがあると認められ,また,控訴人は,遺産分割協議によりAの負債を承継してその弁済をし,あるいは,相続した不動産により事業を行ってきたのであるから,親子関係がないとして相続の結果を覆されると,その経済的損失は極めて大きいものと認められる。

エ Aは,既に死亡しているので,控訴人が,Aの養子となることはできない。

オ 被控訴人らが本件親子関係不存在確認請求訴訟を起こした理由は,上記(1)エ及びオの事実に照らせば,控訴人が相続により取得した不動産を取り戻すために起こしたものと認められる。

カ Aの遺産分割協議は,その内容からして,控訴人が母親であるBを扶養することを前提としてされたものと認められるところ,Bと控訴人との間では,親子関係がないことが確定している。しかし,Bと控訴人との間には,長期にわたる母子としての実質があり,上記の不存在確認請求訴訟が被控訴人らの強い影響の下に提起されたものと認められるところからすれば,Bと控訴人との間では,今後も実質的な母子関係を継続させることも不可能ではないと推認できるので,Aとの父子関係の不存在を確認しないことによるBの不利益を重視することはできない。

(4)  そうすると,被控訴人らによる本件親子関係不存在確認請求は,韓国民法2条2項にいう権利の濫用に当たり許されないというべきであり,被控訴人らの本件請求は,いずれも理由がない。

第5結論

以上判示したところによれば,原判決は失当であるからこれを取り消した上,被控訴人らの請求をいずれも棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法67条2項,65条1項本文,61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡久幸治 裁判官 藤田敏 裁判官 鳥居俊一)

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