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名古屋高等裁判所 平成20年(ネ)351号 判決 2008年12月25日

控訴人

甲山X

訴訟代理人弁護士

岡本弘

被控訴人

乙川Y

訴訟代理人弁護士

酒井俊皓

同上

犬飼尚子

同上

田邊正紀

同上

新谷光広

同上

横井浩

主文

一  原判決を取り消す。

二  本籍名古屋市<以下省略>・亡甲山A及び同甲山Bと被控訴人との間に親子関係が存在しないことを確認する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

主文同旨

第二事案の概要

一  控訴人(昭和○年○月○日生)及び被控訴人(昭和○年○月○日生)は、戸籍上、いずれも本籍名古屋市<以下省略>・亡甲山A(明治○年○月○日生、昭和五五年六月六日死亡。以下「A」という。)及び同亡甲山B(明治○年○月○日生、昭和五九年三月二三日死亡。以下「B」といい、両名を「A夫婦」という。)の実子となっている。本件は、控訴人が、被控訴人に対し、被控訴人とA夫婦との間の親子関係がないことの確認を求める事案である。

二  原審は、控訴人(一審原告)の請求を棄却し、控訴人らが控訴をした。

第三争点及び当事者の主張

《証拠省略》によると、被控訴人とA夫婦との間に生物学上の親子関係がないことが認められるので、本件の争点は、控訴人の本件請求が権利の濫用に当たるか否かであり、この点に関する当事者の主張は、次のとおりである。

(控訴人)

一  親類縁者の間では、被控訴人がAの兄の子であることは周知の事実であり、被控訴人も、そのことを中学一年生のころから知っていた。そして、被控訴人は、昭和三五年以前にA夫婦の反対を押し切って乙川Cと交際を始めて家を出た状態となり、昭和三五年には、盛大な結婚式を挙げ、莫大な嫁入り道具を持参して乙川家の家族となった。したがって、被控訴人がA夫婦と親子のような共同生活をしていたのは、二〇年余りのことである。したがって、現在七二歳の被控訴人が、戸籍上もA夫婦の子でないことになっても、何ら痛痒を感じることはない。

二  自ら実子であると信じ、家のため、親のため、そしていずれは自らが相続するものと信じ、家業を盛り上げ親名義の財産の蓄財に貢献してきた者が、ある日突然実子でないことを理由に追い出され、相続もできないことになれば、その子の受けたる打撃は無視できない甚大なものになる。しかし、被控訴人は、至れり尽せりの金のかけた育て方をされ、嫁入りも分不相応に盛大であった。そして、本件がA夫婦の遺産に絡む紛争であるといっても、その遺産は、控訴人や控訴人の実弟らの努力、そして控訴人の妻の実家などから援助を受けながら維持されてきたものであり、その維持には被控訴人は全く貢献していない。

三  したがって、本件請求は、権利の濫用には当たらない。

(被控訴人)

一  被控訴人は、出生直後にA夫婦の実子として出生届が出され、その後七〇年以上、Bが死亡した昭和五九年まで四八年にわたり実親子として生活してきた。その間、A夫婦は、被控訴人を我が子としてとても大切に育ててきた。また、被控訴人は、婚姻してA夫婦と別に生活するようになった後も、孫を連れて週に一度はA夫婦の家を訪れ、A夫婦も、被控訴人らの子の七五三の衣装を用意したりするなど孫としてとてもかわいがっていた。A夫婦は、被控訴人との親子関係を否定したことはなく、遺言などによって被控訴人の子としての相続権を奪うこともなかった。また、被控訴人は、被控訴人の実の親であるDとは親戚として付合いをしてきた。

二  被控訴人は、このように七〇年余もの長きにわたり、戸籍上も社会生活上もA夫婦の子として生きてきた。したがって、被控訴人からA夫婦の子である地位を奪うことは、被控訴人の人生を否定することにも等しく、被控訴人は極めて重大な精神的苦痛を受けることになる。被控訴人は、D夫婦を叔父叔母と考えていたので、同人らの遺産を相続していない。さらに、A夫婦は既に死亡しており、被控訴人が改めて養子縁組によりA夫婦の子としての身分を取得することはできない。

三  控訴人は、幼いころより被控訴人を実の姉と思って育ち、被控訴人が養女であるとしてA夫婦との実親子関係を否定するような発言をしたことはなかった。そして、控訴人は、A夫婦の遺産分割協議において、被控訴人がA夫婦の実子でないことを知りながら遺産分割協議を行うなどしており、その協議がこじれるや突如本件訴訟を提起したものである。したがって、控訴人が本件訴訟を起こした目的は、遺産分割協議を自己の望みどおりに進めるためである。また、本件では、実親子関係が存在しないことが確定されない場合に、控訴人以外の第三者に著しい不利益を被る者はいない。

四  よって、本件請求は、権利の濫用に当たる。

第四当裁判所の判断

一  前提となる事実関係

《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(1)  Aは、昭和九年四月一七日にBと婚姻したが、なかなか子供に恵まれなかったところ、Aの実兄であるDは、既に六人の子があったことから、次に子供ができた場合にはその子を養子にやるとAに約し、Aも子供をもらいうける旨約した。

(2)  被控訴人は、昭和○年○月○日、Dとその妻Gとの間の四女として出生したが、上記約束どおり、A夫婦にもらわれたが、A夫婦は、被控訴人を実子(長女)として出生の届出をした。

(3)  その後、A夫婦は、昭和○年○月○日に長男である控訴人を、昭和○年○月○日に二男であるFを、昭和○年○月○日に三男であるE(ただし、昭和二四年一月一四日に死亡)をもうけたが、これら弟たちと分け隔てなく、被控訴人を同夫婦の実子として育てた。

(4)  被控訴人は、中学一年生のころ、自分がA夫婦の実の子ではないことを知った。また、弟である控訴人らも、高校卒業後には被控訴人がA夫婦の実の子ではないと聞いた。しかし、その後も、被控訴人と実の姉弟と同様の交流を持ち、被控訴人とA夫婦との親子関係を争うようなことはなかった。

(5)  被控訴人は、私立高校を卒業した後に洋裁学校に通い、その後、被控訴人は、昭和三五年乙川Cと婚姻したが、A夫婦は、かなり無理をして、結婚式を盛大なものにし、また、嫁入り道具も格別の支度をした。

控訴人は、私立高校を卒業したが、そのころAが肺結核を患い入院し、その後も働くことができなかったため、大学進学を断念して家業(呉服商、a商店)を継ぎ、働くことにした。控訴人の弟の甲山Fも、高校卒業後a商店に入り、働いた。

(6)  Aは昭和五五年六月六日に死亡し、Bは昭和五九年三月二三日に死亡した。その際、A夫婦に遺言はなく、また、A夫婦の遺産についての遺産分割協議は行われなかった。

(7)  被控訴人の夫乙川Cは、父親の経営していた自動車部品工場を引き継いだが、この工場は倒産した。そのころ、控訴人は、被控訴人やその夫に対し、資金援助をした。被控訴人は、その後喫茶店を経営したが、平成一四年破産宣告を受けた。被控訴人は、破産申立ての際、相続により得た財産はないと申告し、免責決定を得た。なお、被控訴人は、現在生活保護を受けている。

(8)  被控訴人は、実の両親(D、G)が死亡した際、遺産を相続しなかった。

(9)  控訴人は、平成一二年四月から人工透析を受けるようになり、平成一九年、甲山Fと話し会い、家業を廃業することにし、A名義の宅地を売って借金を返済することを計画した。控訴人は、この計画を被控訴人に話したところ、被控訴人は、いつでも判を押すと話した。その後、控訴人は、上記宅地の売買契約を結ぶこととし、被控訴人に判を押すことを頼んだところ、被控訴人は、自己の相続分が考慮されていない内容であることなどから、判を押さなかった。

そして、控訴人は、同年九月、本件訴訟を提起した。

二(1)  身分関係存否確認訴訟は、身分法秩序の根幹をなす基本的身分関係の存否につき関係者間に紛争がある場合に対世的効力を有する判決をもって画一的確定を図り、ひいてはこれにより身分関係を公証する戸籍の記載の正確性を確保する機能をも有するものである。したがって、真実の血縁関係と戸籍の記載が乖離する場合には、戸籍の記載を真実の血縁関係に合致するよう訂正するため、原則として身分関係の存否の確認を請求し得るものである。

しかし、戸籍の記載の正確性を確保することが要請されるとはいっても、一定の場合には、真実の血縁関係と合致させるための訂正が制限されることは民法自身の認めているところであって(民法七七六条、七七七条)、常に正確性・真実性の要請が他の要請に優先するものであるとはいえない。したがって、仮に、身分関係の存否確認の請求が真実の血縁関係に合致するものであって、その請求が外形的に権利の行使とみられるとしても、その背景となっている具体的な状況と実際の結果とに照らすと、これを権利の行使として認めることが社会通念上不当であると判断されるような場合は、例外的に、この身分関係の存否確認請求は、権利の濫用として許されないというべきである。

そして、この身分関係の存否確認請求が権利の濫用に当たるか否かは、(1)実の親子と同様の生活の実態のあった期間の長さ、(2)判決をもって実親子関係不存在を確定することにより、子及びその関係者の受ける精神的苦痛、経済的不利益、(3)改めて養子縁組をすることにより、子の身分を取得する可能性、(4)親子関係不存在確認請求訴訟をするに至った経緯、動機、目的、(5)控訴人以外に著しく不利益を受ける者の有無を総合して、実親子関係の不存在を確定することが著しく不当な結果をもたらすものといえるときには、当該請求は権利の濫用に当たり許されないというべきである。

(2)  そこで、これを本件において検討する。

被控訴人は、出生以来A夫婦が死亡するまでの約五〇年間、A夫婦の子として生活しており、A夫婦は、被控訴人が実子でないことを否定しなかった。また、A夫婦が死亡後も、控訴人やその弟甲山Fは、被控訴人がA夫婦の実子であることを否定しなかった。したがって、現時点でA夫婦の実子でないことを否定されることになれば、被控訴人の精神的打撃は小さいものとは認められない。しかし、被控訴人は、中学生のころから、自らはA夫婦の実子でないことを知っていたので、その精神的打撃が甚大であるとまでは認められない。

次に、既にA夫婦は死亡しており、被控訴人とA夫婦の親子関係が否定されるとなれば、被控訴人は、改めてA夫婦と養子縁組をすることはできず、したがって、A夫婦の相続権を失うことになる。しかし、これまでに判示したところによれば、被控訴人は、A夫婦から大切に育てられ、婚姻の際にも名古屋の風習に従い事実上の財産分けを受けていたものと認められる。他方、控訴人は、高校卒業後大学進学を断念して家業を継ぎ、病弱のAに代わり家業を盛り立て甲山家の財産を形成し維持してきたものと認められる。

そして、控訴人が本件訴訟を提起した直接のきっかけは、Aから承継した家業を廃業することとし、Aの遺産である宅地を処分して借入金を返済しようとしたところ、被控訴人が同意しなかったため遺産分割の話がまとまらなかったことにある。したがって、控訴人が本件訴訟を提起した主たる目的が、被控訴人の相続権を否定することにあると認めることができる。

(3)  以上の事情を総合すると、控訴人が本件訴訟を提起した目的が被控訴人の相続権を喪失させることにあるとはいえるが、被控訴人が相続権を有しないことはA夫婦の子でない以上当然のことであり、本件においては、被控訴人が生活保護を受けていることを考慮しても、被控訴人とA夫婦の実親子関係の不存在を確定することが著しく不当な結果をもたらすものとまでは認めることはできない。

三  よって、本件請求は、権利の濫用には当たらない。

第五結論

以上によれば、控訴人の請求は理由があり、原判決は相当でないから、これを取り消して控訴人の請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条二項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡久幸治 裁判官 加島滋人 鳥居俊一)

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