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名古屋高等裁判所 平成20年(ネ)475号 判決 2009年3月19日

控訴人(一審原告)

X1(以下「控訴人X1」という。)<他3名>

被控訴人(一審被告)

Y1(以下「被控訴人Y1」という。)<他1名>

上記両名訴訟代理人弁護士

澤健二

主文

一  控訴人X1の本件控訴を却下する。

二  控訴人X1を除くその余の控訴人らの控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

(1)  被控訴人Y1は、控訴人会社に対し、一一八四万二七七三円及びうち八六四万二六九五円に対する平成一七年一一月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(2)  控訴人会社のその余の請求並びに控訴人X2及び同X3の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じ、控訴人らと被控訴人Y2との間においては、控訴人らの負担とし、控訴人らと被控訴人Y1との間においては、これを五分し、その四を控訴人らの負担とし、その余を被控訴人Y1の負担とする。

四  この判決の主文第二項(1)は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人らは、控訴人らに対し、五〇一〇万〇九九一円及びこれに対する平成一七年一一月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(3)  (当審における訴えの追加的変更)

被控訴人らは、控訴人らに対し、岐阜信用金庫及び宅地建物取引業保証協会に対する書面の交付及び新聞広告掲載をもって、控訴人らの名誉を回復せよ。

(4)  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

(5)  上記(2)、(3)につき、仮執行宣言

二  控訴の趣旨に対する答弁

(1)  控訴人X1の本件控訴を却下する。

(2)  当審における訴えの追加的変更を許さない。

(3)  控訴人会社、同X2及び同X3の本件控訴(当審における訴えの追加的変更にかかる請求を含む。)を棄却する。

(4)  控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二事案の概要

一(1)  本件前訴(名古屋地方裁判所一宮支部平成一七年(ワ)第四四一号、名古屋高等裁判所平成一八年(ネ)第一〇四七号・同第一一二一号)は、別紙物件目録一、二記載の土地建物(以下「本件土地建物」という。)を平成元年に購入した被控訴人Y1が、仲介人の控訴人会社及び代表者(宅地建物取引主任者)の控訴人X1の説明義務違反により、市街化調整区域内にあり居住・建替えについて制限のある本件土地建物をその制限のない物件であると誤信して取得し、損害を被ったとして、その損害賠償を請求した事案であり、請求が一部認容された。

(2)  本件は、被控訴人Y1が弁護士である被控訴人Y2と共謀して、虚偽の事実を主張して前訴裁判所を欺罔して前訴判決を詐取したとして、控訴人らが、被控訴人らに損害賠償を請求した事案である。

(3)  原審は、①控訴人X1の訴えについては、同人が原審第一回口頭弁論期日(平成二〇年三月二六日)に欠席したため、弁論を分離して休止にした上、その後一か月以内に期日指定の申立てがなかったとして訴えの取下げがあったとみなし、②その余の控訴人ら(控訴人会社・X2・X3)の請求については、被控訴人らが控訴人会社・X1に対する確定判決を騙取し、これを不当に執行したとは認められないとして、いずれも棄却した。

(4)  控訴人らは、これを不服として控訴するとともに、当審において、被控訴人らの名誉を回復する処分を命ずる旨の請求を追加した。

これに対し、被控訴人らは、控訴人X1につき、訴えの取下げ擬制により訴訟が終了しており控訴は不適法であるとして却下を求め、控訴人会社・X2・X3につき、当審における上記訴えの追加的変更を許さない旨の裁判を求めるとともに、上記追加請求を含む控訴人会社・X2・X3の控訴を棄却する旨の裁判を求めた。

二  前提となる事実(特に証拠を掲げない事実については当事者間に争いがない。)

(1)  当事者等

ア 控訴人会社は、不動産仲介等を業とする会社である。

控訴人X1は、平成元年三月六日当時、控訴人会社の代表者であり、宅地建物取引主任者であった。

控訴人X2は、控訴人X1の妻である。控訴人X3は、控訴人X1の子で、現在、控訴人X1とともに控訴人会社の代表者を務めている。

イ 被控訴人Y1は、昭和六〇年一二月ころから、名古屋市内で清掃用具のリース並びにその販売業を営み、妻子とともに同市内の県営住宅に居住していた。

(2)  本件土地建物等

本件土地は、昭和四五年一一月二四日に市街化調整区域の指定がされた区域内に位置し、昭和五三年一〇月七日に地目が畑から宅地に変更された。本件土地上には、昭和五四年一月一六日ころ、甲山A及び甲山B(以下「甲山ら」という。)により本件建物が新築された。

その後、株式会社a(以下「a社」という。)が本件土地建物を所有するに至った。

(3)  控訴人Y1の本件土地建物購入等

被控訴人Y1は、平成元年三月六日、控訴人会社の仲介で、a社から、本件土地建物を代金三二〇〇万円で購入し(以下「本件売買契約」という。)、a社に対し、同日に手付金二〇〇万円、同月二九日に残金三〇〇〇万円を支払った。また、被控訴人Y1は、同月二九日、控訴人会社に対し、仲介手数料一〇二万円を支払った。

被控訴人Y1は、本件売買契約締結に際し、本件土地建物につき、重要事項説明書(以下「本件重要事項説明書」という。)を受領したが、これには、法令に基づく制限の概要を記入する欄に、都市計画法に基づく市街化調整区域の建築制限がある旨の記載があった。

(4)  前訴の経緯等

ア 被控訴人Y1は、平成一七年一一月二四日、被控訴人Y2を訴訟代理人として、控訴人会社(当時は合資会社)・X1に対し、本件土地が市街化調整区域内に存し、都市計画法上県知事の許可を得なければ居住及び建替えができない物件で、その客観的価値は当時せいぜい二四三四万八〇〇〇円程度しかなかったにもかかわらず、控訴人会社・X1から事前にその旨の説明を受けなかったため、居住及び建替えが可能な物件であると誤信して売買代金三二〇〇万円で購入し、上記売買代金と当時の適正価格との差額、仲介手数料相当額、慰謝料及び弁護士費用相当額の損害が生じたとして、共同不法行為責任に基づく損害賠償及び遅延損害金の支払を求めて、名古屋地方裁判所一宮支部に訴訟を提起した(名古屋地方裁判所一宮支部平成一七年(ワ)第四四一号損害賠償請求事件)。

前訴第一審は、平成一八年一〇月二六日、本件重要事項説明書の記載のみでは不十分で、控訴人会社・X1に説明義務違反があったと認め、損害賠償を命ずる旨の判決をした。

イ 控訴人会社・X1はこれを不服として控訴し(名古屋高等裁判所平成一八年(ネ)第一〇四七号、同第一一二一号損害賠償請求控訴、同附帯控訴事件)、同控訴審において、新たに、被控訴人Y1が、本件売買契約締結以前に、同人の知人であったC(以下「C」という。)から、建築制限の実態を聞いており、本件建物の建替えには許可が必要であることを知り又は十分知り得たと主張したが、前訴控訴審は、平成一九年四月二七日、控訴人会社・X1の上記主張については採用できないとした上、控訴人会社・X1に説明義務違反があったと認め、損害額を減額して損害賠償を命ずる旨の判決をした。

ウ 控訴人会社・X1は、前訴控訴審判決を不服とし、上告及び上告受理申立てをしたが、最高裁判所は、平成一九年九月二〇日、上告棄却及び上告不受理の決定をし(最高裁判所第一小法廷平成一九年(オ)第一〇八九号、平成一九年(受)第一二五七号)、前訴控訴審判決は確定した。

エ 被控訴人Y1は、前訴控訴審判決に基づき、控訴人会社が岐阜信用金庫に対して有する債権から合計八一万〇四九六円を取り立てた。

(5)  都市計画法四三条の許可基準等

都市計画法(平成一八年法律第四六号による改正前のもの)四三条一項・二項及び都市計画法施行令三六条並びに同法三四条に基づく市街化調整区域内の開発行為及び建築行為(用途変更を含む。)についての県知事の許可に関し、「周辺における市街化を促進するおそれがないと認められ、かつ、市街化区域内において建築し、又は建設することが困難又は著しく不適当と認められるもの」に該当する開発行為及び建築行為で開発審査会の議を経たもの(同法三四条一〇号ロ、四三条二項)が許可されることとされ、平成元年三月当時、愛知県では、これを受けて審査会基準を設けていたところ、同基準では、農家の二・三男が分家する場合の住宅等(基準一号)・既存集落内のやむを得ない自己用住宅(基準七号)が定められ、これに基づき運用していた。

その後、平成一〇年一一月からは、上記開発審査会基準に、相当期間適正に利用された住宅のやむを得ない用途変更(基準一六号)が加わった。

三  争点及びこれに対する当事者の主張

(1)  控訴人X1の本件控訴の適否(被控訴人らの主張)

控訴人X1については、訴えの取下げ擬制により訴訟が終了しており、その控訴は不適法である。

(2)  被控訴人らの前訴における不当な訴訟行為の有無及び不法行為の成否等

ア 控訴人ら

(ア) 被控訴人Y1は、本件土地建物から五分ほど離れた市街化調整区域内の居宅に居住するCから、居宅建築に当たっての苦労話や実情を聞いて本件土地建物の居住・建替えに都市計画法上の許可が必要であったことを知っていたにもかかわらず、金銭的困窮から控訴人会社・X1から不法に賠償金を得る目的で、弁護士である被控訴人Y2と共謀して前訴を提起し、上記の制度を知らなかった無知な一般人であるかのように装うなどして、裁判所を欺罔した。

被控訴人Y1は、本件土地建物を購入した直後の平成元年八月一〇日に、本件土地上に木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居宅(三八・九二m2)を新築し、平成一四年五月二一日にはこれを附属建物(以下「本件附属建物」という。)として登記手続をした上、固定資産評価額(合計約一二〇三万円)を大幅に下回る八〇〇万円で売却していたにもかかわらず、被控訴人らは、前訴提起時において、訴状物件目録に本件附属建物を記載せず、また、本件土地建物売却前の古い登記簿謄本を提出して、許可なく本件土地上に上記附属建物を新築したことや、その後に本件土地建物を売却したこと等を隠蔽しつつ、損害賠償を求めた。また、被控訴人らは、愛知県尾張建設事務所が平成一七年五月ころに控訴人会社に対して本件重要事項説明書の「市街化調整区域の建築制限あり」との記載について指導したとの虚偽の事実を記載した陳述書を提出し、裁判所の心証に大きな影響を与えるなどした。

なお、被控訴人Y1が本件土地建物を購入したのはいわゆるバブル絶頂期のころであり、都市計画法上の建築許可(用途変更を含む。)が下りるのを条件とせずに本件土地建物を三二〇〇万円で購入したことは何ら不自然ではない。

(イ) そもそも、本件土地については、平成一〇年一一月八日時点において、愛知県開発審査会基準一六号による許可の見込みがあった。

被控訴人らの前訴での主張によれば、建替えが不許可であることが損害であり、したがって、その損害額も建替え許可申請費用となるだけであるにもかかわらず、本件物件の評価額と実際の売買価額とを損害として主張し、損害額をねつ造した。

(ウ) 前訴の争点は説明義務違反の有無であり、本訴の争点は被控訴人らが前訴において虚偽の事実を主張して訴訟を提起し、裁判所を欺罔して確定判決を騙取したか否かであるから、前訴の蒸し返しではない。

イ 被控訴人ら

(ア) 被控訴人Y1は、本件売買契約締結当時、本件土地建物につき、居住・建替えに許可が必要であることを知らなかった。

このことは、被控訴人Y1が三二〇〇万円もの大金で本件土地建物を購入し、その後何らの申請をすることもなく一七年間居住していたことから明らかであるし、初めて不動産を購入する被控訴人Y1において、建築制限を知らなかったとしても何ら不自然ではない。

前訴控訴審で提出されたCの「証人上申書」中には、Cが、被控訴人Y1に対し、市街化調整区域内の土地上に許可を受けずに居宅を建築した際に違法建築であると指摘されたことなどを話した旨の供述記載があるが、他方で、Cが、①本件売買契約締結当時、被控訴人Y1に対して行政書士を紹介する等許可取得の方法を助言したようなことはなかったことのほか、②その後、被控訴人Y1とは、仕事上の揉め事から疎遠になっていたこと、③更に、当審証人尋問では上記のような話は記憶がない旨の供述に終始していることを併せ考えると、上記供述記載は信用できない。

被控訴人Y1が、本件土地建物購入後、本件土地上に本件附属建物を新築したことやその後に本件土地建物を売却したこと、前訴提起時において、訴状物件目録に本件附属建物を記載せず、また、売却前の古い登記簿謄本を提出したこと等は、本件不法行為の根拠となり得ない。

(イ) 前訴は購入価格と購入当時の客観的価格との差額、すなわち許可が得られたとしても生じる損害のみを請求してこれが認容されているのであるから、本件土地について平成一〇年一一月八日時点において愛知県開発審査会基準一六号による許可の見込みがあったか否かは、本訴において問題とならない。

(ウ) 控訴人会社の本件請求は、被控訴人Y1が本件土地建物購入当時に都市計画法上の制限を知っていたにもかかわらず知らなかったと虚偽を述べて前訴判決を詐取したというものであるが、被控訴人Y1が控訴人会社・X1に対して都市計画法上の制限について説明を受けなかったとして不法行為に基づく損害賠償を請求した前訴でも、①控訴人X1がこれを説明したか否か、及び②被控訴人Y1がCから都市計画法上の制限があることを聞いてこれを知っていたか否かが争点となっていたのであって、本件と争点を同一にするものであるから、本件は、確定した前訴判決を実質的に蒸し返すものにほかならず、しかも控訴人会社・X1には前訴において訴訟代理人弁護士がついて攻撃防御を尽くす機会が十分に与えられていたのであるから、失当である。

また、控訴人X3については、前訴第一審から実質的な当事者として訴訟活動に関与し、前訴の手続保障がされていたと同視して差し支えなく、また、控訴人X2においても、前訴を熟知し、少なくとも前訴控訴審を傍聴するなどして参加しており、控訴人会社・X1と同様、実質的に前訴を蒸し返している。

(3)  損害の発生及びその額等

ア 控訴人ら

(ア) 控訴人会社・X1の損害

a 弁護士費用 一八〇万〇四九五円

控訴人会社・X1は、被控訴人らの上記不法行為により、弁護士に委任して前訴の訴訟手続を遂行せざるを得なかった。

b 強制執行された債権 八一万〇四九六円

被控訴人らは、騙取した前訴確定判決を執行し、控訴人会社の岐阜信用金庫に対する債権から合計八一万〇四九六円を取り立てた。

c 雑費経費 三〇万円

控訴人会社・X1が、前訴のために要した切手代、印紙代、コピー代、交通費等経費は、三〇万円を下らない。

(イ) 控訴人X1・X2・X3の損害

a 訴訟に費やされた業務時間相当額の損害 合計二一九万円

控訴人X1・X2・X3は、各業務を犠牲にして、前訴及び本訴の訴訟手続を遂行するための主張書面作成、証拠収集、出廷等で二年間で合計各七三〇時間を費やした。その損害額は、各七三万円を下らない(時給一〇〇〇円で算定。)。

b 肉体的・精神的苦痛による慰謝料 合計三五〇〇万円

控訴人X1・X2・X3は、被控訴人らの上記不法行為による過度のストレスと心労のため、健康を害し、精神的苦痛を被った。その肉体的・精神的苦痛を慰謝するには、控訴人X1につき二〇〇〇万円、同X2につき一〇〇〇万円、同X3につき五〇〇万円をもってするのが相当である。

(ウ) 控訴人らの損害

信用金庫取引停止による損害 一〇〇〇万円

控訴人らは、取引先金融機関であった岐阜信用金庫から取引停止の措置をとられ、会社個人とも信用を失った。

(エ) 名誉を回復する処分

被控訴人らの上記(2)ア(ア)(イ)、(3)ア(ア)bの不法行為により、控訴人会社は、取引先金融機関であった岐阜信用金庫から融資が得られなくなり、また、取引業者や地主・家主、一般顧客の間に、控訴人会社が訴えられたとの噂が広まるなどし、控訴人らは名誉を毀損され、社会的信用を失墜した。更に、控訴人会社は、被控訴人らから宅地建物取引業法六四条の五第一項に基づく苦情解決の申出がされたことにより、社団法人宅地建物取引業保証協会愛知本部において、苦情処理・弁済業務委員会に諮られ、控訴人会社の同協会内での信用が失墜した。

控訴人らは、被控訴人らに対し、岐阜信用金庫及び宅地建物取引業保証協会に対する書面の交付及び新聞広告の掲載をもって、控訴人らの名誉を回復することを求める。

イ 被控訴人ら

(ア) 損害の発生及びその額については争う。

(イ) 控訴人会社・X2・X3が、当審において、名誉毀損を理由としてこれを回復する処分を命ずる旨の訴えを追加的に変更したことについては、これを許さない旨の裁判を求めるとともに、これに関する主張を争う。

第三当裁判所の判断

当裁判所は、控訴人X1の本件控訴は、不服の対象となる原判決が存在しないので却下することとし、控訴人X2及び同X3の請求は理由がないと判断するが、控訴人会社の本件請求は、原判決と異なり、一部理由があると判断する。以下、詳述する。

一  控訴人X1の本件控訴の適否について

(1)  控訴人らは、平成二〇年二月四日、本訴を提起し、原審は、同年三月二六日、第一回口頭弁論期日を開いたところ、控訴人X1が欠席したため、同人に係る弁論を分離して休止としたこと、同年四月一一日、控訴人X1・会社・X3・X2名義の「弁論再開申立書」が原審に対して提出されたが、原審は、弁論再開も弁論期日の指定もしなかったこと、控訴人X1は、原審において、民訴二六三条により訴えを取り下げたとみなされたこと、以上の事実は記録上明らかである。

(2)  上記(1)の弁論再開の申立てがされたときに、期日指定の申立てを含むかどうか、期日指定をせずに休止から一か月経過後に取下げとみなすかどうか等は、原審においては一つの論点となり得るかもしれない。しかし、いずれにしろ、控訴人X1に関する原判決が存在しないことだけは確かである。控訴審の審理の対象は原判決に対する不服申立ての当否であるから、不服申立ての対象となる原判決がない以上、控訴人X1の本件控訴は不適法といわざるを得ず、却下を免れない。

なお、控訴人X1は、体調を崩し、前訴後に脳梗塞で倒れ、現在意識の不確かな状態にある(訴状の記載及び当審第六回口頭弁論期日における控訴人X3の弁論)から、上記の弁論再開申立てや控訴の提起行為を控訴人X1一人だけで独立にする意思能力があったかどうか自体には疑義があり、結果的には原審の休止の措置に格別の違法はないと思われる。

二  被控訴人らの前訴における不当な訴訟行為の有無及び不法行為の成否

(1)  判決が確定した場合には、その既判力によって当該判決の対象となった請求権の存在することが確定し、その内容に従った執行力の生ずることはいうまでもないが、その判決の成立過程において、訴訟当事者が、相手方の権利を害する意図のもとに、作為または不作為によって相手方が訴訟手続に関与することを妨げ、あるいは虚偽の事実を主張して裁判所を欺罔する等の不正な行為を行い、その結果本来あり得べからざる内容の確定判決を取得し、かつこれを執行した場合においては、同判決が確定したからといって、そのような当事者の不正が直ちに問責しえなくなるいわれはなく、これによって損害を被った相手方は、同不法行為による損害の賠償を請求することを妨げられないものと解すべきである(最高裁判所昭和四三年(オ)第九〇六号、同四四年七月八日第三小法廷判決・民集二三巻八号一四〇七頁参照)。

(2)  説明義務違反に関する虚偽主張等の不正行為の有無

ア そこで、上記(1)の観点から、まず、本件土地建物の購入時に、本件建物の居住・建替えにつき都市計画法上の制限があることを被控訴人Y1が知らなかったかどうか、制限の有無・内容につき被控訴人Y1が仲介人の控訴人会社・X1からきちんと説明を受けなかったかどうかの点等について、前訴における被控訴人Y1の虚偽の主張立証により、誤った判決がなされたかどうかを検討する。

前記前提となる事実に、《証拠省略》を総合すると、以下の事実が認められる。

(ア) 本件土地建物等の都市計画法上の制限

本件土地は、昭和四五年一一月二四日に市街化調整区域に指定された区域に位置した。したがって、都市計画法上の建築・開発制限があり、建替えについて言えば、知事の許可を必要とした。知事の許可があれば、建替え等も可能であるから、およそ建替えができないということではない(都市計画法三四条、四三条。第二の二(5))。

本件売買前の権利変更状況を見ると、昭和五三年一〇月七日に地目が畑から宅地に変更された。本件土地上には、昭和五四年一月一六日ころ、甲山らにより本件建物が新築された。甲山の新築は、基準一号〔農家の二・三男が分家する場合の住宅等〕により、県知事から許可されたものと思われる(江南市に対する調査嘱託の結果)。

その後、昭和六三年一一月ころには、a社が本件土地建物を所有するに至った。

(イ) 被控訴人Y1による本件土地建物の購入の動機

被控訴人Y1は、昭和六〇年一二月ころから、名古屋市内で清掃用具のリース並びにその販売業を営み、妻子(子は四人)とともに同市内の県営住宅に居住しており、居住環境の改善を希望し、また別に居住している母との同居も実現するために、本件土地建物を、居住用として平成元年三月に買い求めた。それでも、床面積が約八五m2と大家族にとっては手狭であり、増築や建替えは当然の関心事であった。購入後直ちに(平成元年八月)約三九m2の離れを付属建物として増築したのも、その表れである。このようなことから、被控訴人Y1は建替えにも関心があったと推認できる。

(ウ) 購入内容

被控訴人Y1は、昭和六三年ころ、Cから控訴人会社を紹介され、平成元年三月六日、控訴人会社の仲介で、a社から、本件土地建物を代金三二〇〇万円で購入した。購入資金等に充てるため、金融機関から二四〇〇万円を借り入れ、その保証委託契約に基づく求償債務を担保するため、本件土地建物について抵当権を設定した。

(エ) 都市計画法上の制限と重要事項説明

被控訴人Y1は、本件売買契約締結に当たり、本件土地建物につき、本件重要事項説明書を受領したが、これには、法令に基づく制限の概要を記入する欄に、都市計画法に基づく市街化調整区域の建築制限がある旨の手書きによる記載があった。仲介業者の控訴人会社・X1は、本件重要事項説明書に記載された都市計画法に基づく市街化調整区域の建築制限がある旨につき、詳細さの程度は別にして、最低その文言どおり読む程度のことはし、加えて簡単な説明をした(この点については後記ウ(ア)で詳述する。)。

なお、同欄下部には、建築基準法上の制限についての記入欄が設けられており、その中に活字で複数の選択肢が記載されているところ、そのうち、「用途地域の指定のない区域内」の部分が手書きで囲まれていた。これによると、本件土地が、用途地域の指定のない区域内の土地であることが理解された。

(オ) 市街化調整区域内の建築制限に関するCからの知識

被控訴人Y1は、昭和六二年六月、有限会社b(以下「b社」という。)を設立して上記事業を法人化したが、平成元年一二月ころに新たに同会社の事務所を設けるまでは、名古屋市内にあった以前からの知人のCの事務所の一部を無償で間借りして、同事業を営んでいた。

Cは、本件土地建物の近くの市街化調整区域内の土地に住んでおり、建物を建築するのに県の許可がいるにもかかわらず、昭和六一年に無許可で建物を建築し、違法との指摘を受けたが、一部を喫茶店に改装する等の補正を施し、最終的には許可を受けたという体験を有しており、これらのことを被控訴人Y1に語って聞かせていた(甲一二)。Cは、記憶が薄くなっていることや、紛争に巻き込まれるのをおそれてと思われるが、当審における証人尋問において、明確に供述をしない。しかし、その中にあって、上記の甲一二の記載内容については、明確に概ねそのとおりである旨を肯定しており、甲一二の記載内容を採用することができる。

イ 被控訴人Y1の上記認定事実に関する主張について

(ア) 被控訴人Y1は、建替えに許可が必要であることを知らなかった旨、このことは、被控訴人Y1が三二〇〇万円もの大金で本件土地建物を購入し、その後何らの申請をすることもなく一七年間居住していたことから明らかである旨を主張するが、上記のア(オ)、後記のウ(イ)等に照らし、到底信用することができない。被控訴人Y1は、制限があることを知っており、また控訴人会社から説明を受けていたと認められる。

(イ) 被控訴人Y1は、Cが、被控訴人Y1とは、仕事上の揉め事から疎遠になっていたこと、当審証人尋問では市街化調整区域内に無許可で建築した際に違法建築である旨を指摘されたことは記憶がない旨の供述に終始しているなどと主張する。しかし、証人Cは、証人尋問で、前記甲一二の記載内容を承認して署名押印したことを肯定しており、その記載に照らし、被控訴人Y1の上記主張は採用できない。

ウ 購入時の重要事項説明に関する被控訴人Y1の供述の虚偽性

(ア) 購入時の重要事項説明状況に関し、控訴人会社からは、通常の説明はした旨の主張及び供述記載がある他は、格別の立証はない。

この点については、控訴人X1が健康を害し、法廷に出頭して供述することができないという事情もあろう。加えて、被控訴人Y1が本件土地建物を購入したのが、前訴時からみて一七年前のことであるから、控訴人X1が当時どのように説明したかの記憶がはっきりしないことは十分あり得るところであり(資料が残っていないこともある。)、むしろ、通常と同様程度に説明した旨しか答えられない方が自然であろう。一般に、仲介業者が、重要事項説明書に手書きで記載した部分については、それを顧客に読み聞かせて何らかのコメントをするのが通常であり、本件においては、後記のとおり、被控訴人Y1の供述は採用し難い点があるので、これを除くと他に特別の事情もないから、控訴人会社・X1は通常見られるとおり、活字部分の「都市計画法」の欄に対応する空欄に手書きした部分(「市街化調整区域の建築制限あり」)を被控訴人Y1に読み聞かせて、何らかの説明を加えたと推認するのが相当であり、上記ア(エ)のとおり認定したものである。

(イ) これに対し、被控訴人Y1は、建築制限の記載のある本件重要事項説明書を受け取ったが、居住はできるものと考えていた旨、控訴人会社・X1から何らの説明がなかった旨、本件重要事項説明書の上記ア(エ)の建築制限がある旨の記載の下の欄に建築基準法からの制限の記載の箇所があり、その第二種住居専用地域の欄にパチンコ、キャバレー等と記載されているので、そのような建物の建築は制限されるが、住宅の建築は制限されない、そのため現に住宅用の本件建物があると購入時に思った旨を供述し、陳述書にその旨を記載する。

しかし、本件重要事項説明書における手書きの記載につき、仲介業者が何も説明しないというのは、経験則に照らし、にわかに信じ難いことであり、何らの説明がなかった旨の被控訴人Y1の供述は信用できない。そして、上記説明書の都市計画法の欄にある手書き部分(「市街化調整区域の建築制限あり」)の文言を仲介業者が読み聞かせ、簡単な説明があれば(また、説明がなく、単に読むだけでも)、通常の顧客であれば、都市計画法や市街化調整区域の正確な意味は分からなくても、「建築制限」については、言葉の意味からも容易に何らかの建築制限があることが分かったというべきであり、かつ、それ以上のことは逆に分からないのが通例であると思われる。ところが、被控訴人Y1は、上記説明書の都市計画法による制限の欄の記載につき、その下の建築基準法による制限欄の記載と結合させて、パチンコ、キャバレー店等は建てられないが、住宅は建てられると誤解したと供述するが、これは、本件重要事項説明書の文言と明らかに異なる理解であり、かつ、素人的な誤読ともいえない上、被控訴人Y1が前記ア(オ)のとおりCとの付き合いから市街化調整区域内の建築制限の内容・実態をある程度知っていたことをも踏まえると、到底そのとおり信用することができず、あえて、控訴人会社・X1から何も説明がなかった旨を強調するための作為的な虚偽の説明をしていることを示すものといわざるを得ない。

したがって、控訴人会社・X1が、本件重要事項説明書の「市街化調整区域の建築制限あり」の手書き部分について何も説明をしなかったという被控訴人Y1の供述は、信用できないだけでなく、意図的な虚偽供述であるというべきである。

(ウ) また、甲一〇(前訴では甲七)の被控訴人Y1の陳述書に、購入や居住に許可が必要なことが分かっていれば、絶対購入しなかったとの部分があるが、これも信用できないだけでなく、意図的な虚偽供述というべきである(なお、前訴控訴審も、この点に関し、正確でないことを指摘し、改築や譲渡が制限される可能性を考慮した価格であれば、なお、被控訴人Y1が本件土地建物を購入した可能性はないとはいえないと説示している。)。

というのは、被控訴人Y1は、購入時の平成元年には居住目的の購入を考えており(前記(2)ア(イ))、かつ、許可を要するとしても、許可がされないことが判明しているというわけではないから、上記のように何があっても購入しないというのは、不自然不合理である。被控訴人Y1の動機からすれば、許可が得られ、居住ができれば、購入することも十分にあり得るはずである。上記の部分は、市街化調整区域内の土地で建築制限があることを控訴人会社・X1が全く説明しなかった旨を強調するための誇張された記載であり、そのことからすると、信用できないだけでなく、意図的な虚偽供述というべきである。

この点からしても、控訴人X1が本件重要事項説明書の記載について全く説明をしなかったとの被控訴人Y1の供述記載は虚偽であると認められる。

エ 平成一七年時点での公的機関の説明に関する被控訴人Y1供述の虚偽性

(ア) また、被控訴人Y1の甲一〇の陳述書(前訴では甲七)中には、平成一七年に本件建物の建替えないし本件土地建物の売却について不動産屋(有限会社cのD)に相談すると、市街化調整区域なので建替えはできないのではないかと指摘されたこと、そこで江南市役所に確認したところ「なんであなたが、この物件を買えたのか」と言われ、購入には知事の許可が必要であったことをこの時に初めて知ったこと、購入や居住に許可が必要なことが分かっていれば絶対購入しなかったこと、控訴人X1からそのような制限については一切聞いていないこと、そのため、県の尾張建設事務所に苦情を言いに出向いたところ、同事務所では、本件重要事項説明書の記載が不十分であると言われ、更に、後日、控訴人会社を呼んで指導したとの連絡を受けたこと等の記載がある。そして、被控訴人Y1は、その本人尋問において、同旨を供述するほか、改築等の許可を県に申請すれば通るかもしれないというアドバイスをD等、誰からも受けたことはない旨を供述する。

(イ) この記載や供述は、非常に具体的で、表面的な説得力があるので、そのとおりであると引き込まれてしまうおそれがある。しかし、詳細に裏付けの有無等を検討していくと、巧妙な虚偽であることが判明する。

すなわち、まず、後記(3)のとおり、被控訴人Y1は、平成一七年当時建替えの気持ちはない。したがって、被控訴人Y1が本当に江南市役所に相談に行ったかどうかすらはっきりしないのであり、市役所に出向いたということ自体虚偽である可能性が高い。

その点をひとまず措いても、被控訴人Y1の前訴における説明は、江南市の回答も、単に、「どうしてあなたが購入できたのか」というものではなく、「建替申請をすれば許可が出る可能性もあるし、出ない可能性もある、はっきりとした答えは出ない、どうしてあなたが購入できたのか」というものであった。ところが、被控訴人Y1は、当審の本人尋問において、甲一〇の陳述書の記載と説明のニュアンスが異なると指摘されると、「どうして購入できたのか」との話がDから出たのか江南市からか記憶がはっきりしないと供述内容が変化し、尾張建設事務所に関しても勘違いした旨も供述する。

そうすると、被控訴人Y1の供述は、市という公的機関から「どうしてあなたが購入できたのか」という疑問が提起されたという極めて重要な事実につき、実は不確かであるというのであり、それにもかかわらず、そのような話があったかのように断定的に誤った事実を前訴において供述しているというべきである。

また、県の尾張建設事務所が本件重要事項説明書の記載が不十分であるとして控訴人会社を呼んで指導したとの連絡が後日入ったとの点についても、事実そのようなことがあったかは不確かである(当審における尾張建設事務所に対する調査嘱託の回答でも不明である。)。そもそも、一七年前の控訴人会社による本件重要事項説明書の、不備でもない記載につき、これを不備であるとして、控訴人会社を呼んで指導すると前記建設事務所が述べたということ自体、合理的な話であるとは思えないことに照らすと、上記の被控訴人Y1の供述も全くの虚偽の可能性が高い。

以上によると、上記(ア)の陳述書の記載等は大部分が誤ったものである。そして、このような重大な誤りの供述記載を意図的に、あるいは不確かなまま行うというのは稀なことであるので、多くの者がまさか虚偽であると疑わず、その供述どおりの事実があったと理解しがちであることからすると、これら被控訴人Y1の供述・同記載は、極めて悪質で巧妙な立証活動というべきである。

(3)  建替え意思の有無に関する虚偽性

ア 売却に関する事実関係

証拠によれば、次の事実が認められる。

(ア) 被控訴人Y1は、平成一七年七月四日、E(以下「E」という。)に対し、再建築等については被控訴人Y1は一切責任を負わないとの特約を付して、本件土地建物を売買代金八〇〇万円で売却し、本件土地建物につき、同月二九日、同日付売買を原因として、所有権移転登記が経由された。なお、本件土地建物の平成一八年度の固定資産税評価額は、本件土地につき、一〇六八万〇二〇〇円、本件建物につき、一三五万六八〇二円であった。

被控訴人Y1は、上記売却代金八〇〇万円のうち、四九八万九一六〇円を本件土地建物の住宅ローンの残債務の支払に充て、残金三〇〇万余円については、登記費用や仲介手数料を清算して、残金を現金で受領した。

(イ) なお、この間、被控訴人Y1は、平成一一年ころ、名古屋市内にマンションを購入しているが、本件土地建物売却後は、同居する母親の通院の都合上、同居宅は他人に賃貸したまま、江南市内に別途戸建ての借家を借りて居住している。

また、被控訴人Y1が経営するb社は、平成八年六月には、名古屋市内に土地を購入し、同土地上に事務所兼倉庫を新築した。同土地及び事務所については、取引先金融機関である岐阜信用金庫や取引先の株式会社dに対する根抵当権が設定されているほか、平成一八年九月には税務署の差押えを受けたことがあったが、上記差押えについては平成一九年一月に解かれた。

イ 上記アの事実によれば、被控訴人Y1は、平成一七年七月ころ、本件建物を建て替えるつもりはなく、専ら売却する意思だけがあり、迷わず売却したということができる。このように、わざわざ、居住用の持ち家を手放し、しかも、びっくりするような安値(被控訴人Y1本人の言葉)で売却し、他方で借家料を支払って借家に転居するというのは、何らかの資金需要があったためであると推認され、これを左右するような特別の事情はない。したがって、不動産屋(c社)の指摘を受けて、被控訴人Y1が平成一七年に本件建物の建替えができないかどうかを江南市に相談に行ったとの被控訴人Y1の供述は、前記のとおり信用できない。

(4)  その他の欺罔行為等

ア(ア) 被控訴人Y1は、前訴提起当時既に本件土地建物をEに売却していたが、そのような事実は意味がないとして、事情としても何ら言及することなく、登記簿謄本も売却前のものを提出し、訴状の物件目録にも、平成元年に建築し、平成一四年に登記をしていた本件附属建物を記載せず、その後の訴訟手続の中でこれらの経過が明らかになった。

(イ) これらのやや不自然な訴訟活動の狙いは不明であるが、訴訟の審理対象が平成元年の本件土地建物の購入時における重要事項説明にあることを示し、平成一七年ころの被控訴人Y1によるその売却という事実(事情ではあると思われる。)に関心が向かないようにするためではないかと推認される。というのも、本件建物を既に売却している被控訴人Y1が売却前の建替え制限の説明義務違反を主張することが、意味のないこと、関連性を欠くことと受け取られるおそれがあるからである。

(ウ) 被控訴人Y1は、上記の(ア)のような事情は、本件不法行為の根拠となり得ない旨を主張するところ、上記(イ)のとおり事情としては検討する価値はなお残っている。

イ さらに、ここで注意すべきは、前記のとおりの虚偽の前提として、被控訴人Y1は、市街化調整区域内における建築制限の制度のあらまし及び、本件土地が同区域内に所在し上記の制限が伴うことを知っていたのであり、かつ、知りながら居住目的で本件土地建物を購入したのであるから、購入価額は被控訴人Y1の納得したものであり、代金について被控訴人Y1に錯誤はなく、そもそも被控訴人Y1には損害は生じていないということに留意する必要がある。

被控訴人Y1は、購入価格と購入当時の客観的価格との差額が損害である旨、あるいは前訴においては損害をそのように構成した旨を主張するが、権利制限があることを知って購入した被控訴人Y1には、当てはまらない議論である。

(5)  まとめ

そうすると、被控訴人Y1は、市街化調整区域内の土地に権利制限があることにつき、ある程度知っており、その上で分かっていながら居住目的で本件土地建物を購入し、一七年間目的どおりの居住利益を享受し、損害がないにもかかわらず、バブル時期に購入した本件土地建物を資金需要があって平成一七年に売却したときには、大幅に価格が下落し、譲渡損を被ったので、それを回復するために、控訴人会社・X1の説明義務違反により買うつもりのない物件を買わされて損害を被った旨の虚偽の主張立証を巧妙にして、かつ、古い時期のことで明確な証拠がないために控訴人X1の反論が制約されることを利用して、前訴裁判所を欺罔し、本来なら請求が排斥されるはずの前訴(説明義務違反はない、損害がない等として請求棄却とされるはずのもの。)において勝訴判決を詐取し、その仮執行宣言に基づき平成一九年五月二三日預金債権についての執行及び詐害行為取消訴訟の提起に及んだと認められる。したがって、前訴の提起行為に始まる前訴判決の詐取は不法行為に該当するというべきである。

(6)  被控訴人らの主張について

ア 被控訴人らは、前訴でも、①控訴人会社・X1が都市計画法上の制限があることを被控訴人Y1に説明したか否か、及び②被控訴人Y1がCから上記制限があることを聞いてこれを知っていたか否かが争点となっていたのであり、前訴は本件と争点を同一にするから、本件は、確定した前訴判決を実質的に蒸し返すものにほかならず、しかも控訴人会社・X1には前訴において訴訟代理人弁護士がついて攻撃防御を尽くす機会が十分に与えられていた旨を主張する。確かに、前訴において控訴人会社・X1が、控訴理由書において、上記①②の点を主張し、争点となっていたこと、控訴人X3の陳述書には、本件と同様の立場からするその主張が見られること、また、前訴控訴審の弁論終結後に控訴人会社・X1が弁論再開申立書を提出し、証人C及びFを申請し、同人らの陳述書を添付したこと等の事実が認められ、本訴におけるのと同一の争点が審理対象となっていたと認められる。

イ しかし、前記(1)の最高裁判決にもあるとおり、著しく不公正な手段を利用し、前訴判決を詐取したというような場合には、前訴判決の既判力に触れることなく、前訴敗訴当事者は本来なされるべき判決を基礎にして、損害賠償請求をすることができると解するべきである。もちろん、紛争解決の一回性の原則が遵守されないと何度でも同じ紛争が訴訟対象となって混乱が生じるので、上記の要件のあてはめには十分留意しなければならないが、実質的に再審事由に当たるような場合だけではなく、公序良俗・正義に反するような結果がもたらされる場合にも、その主張が許されると解するのが相当である。ところで、本件においては、前記(5)のとおり、被控訴人Y1による前訴判決の取得は、控訴人会社・X1の証拠取得困難の状況を背景にして、巧妙に虚偽事実を主張立証した結果であり、また、被控訴人Y1にはそもそも損害がないから、欺罔手段による前訴判決詐取は、本来責任のない控訴人会社・X1に支払義務を負わせる理不尽なものであり、一方においてこれを有効なものとして通用させ、他方で反対の請求を許されないとされることは、著しく正義に反するというべきであるから、前訴の既判力の制約を受けない特別の場合であるというべきである。よって、上記アの被控訴人らの主張は採用することができない。

ちなみに、Cからの説明に関する前記(2)ア(オ)の事実は、甲一二によって認められるから、前訴において、仮に例えばCの甲一二の陳述書が証拠とされていれば、事実認定が異なったものとなった可能性もあると解される。しかし、甲一二は、前訴控訴審の弁論終結後に漸く控訴人会社・X1から出され、かつ、Cからの陳述書は別に乙二〇(本訴では甲一一)として既に提出されており、乙二〇には、上記と反対か無関係な事実が簡単に記載されているだけであるため、前訴控訴審は、再開せず、甲一二の陳述書を証拠採用しなかったこと、以上のような経緯がある。そして、前訴における被控訴人Y1の立証は、前記のとおり、巧妙であり、他方で控訴人X1側は古い事柄で適切な反論をするのが難しかったこと、以上の事実があり、そのために、これらが重なって、被控訴人Y1による虚偽の立証が前訴裁判所に受け入れられるところとなったと窺われる。いずれにしろ、本訴で控訴人らのような主張をすることが前訴の既判力に触れて許されないものではない。

三  被控訴人らの責任の有無

したがって、被控訴人Y1は、控訴人会社の損害を賠償すべき義務があるというべきである。

これに対し、被控訴人Y2は、法律的アドバイスをし、前訴の構成に関わったことが窺われるが、それ以上に、真実と虚偽の事実とを区分けして認識した上、虚偽の主張を構成し、立証を進めたまでの事実は認められないので、不法行為責任は負わない。

四  請求の当否

(1)  控訴人会社の損害賠償請求

ア 前訴による損害の回復

前訴確定判決は、三八四万二二〇〇円及びこれに対する平成元年三月二九日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払義務を認めるものであるところ、被控訴人Y1が控訴人会社・X1を被告として前訴を提起したのが平成一七年一一月二四日であるから、控訴人会社は、まず、同日の前訴提起を不法行為と捉えて、損害である上記の金額の回復を図ることができるというべきである。したがって、上記元本と同月二三日までの遅延損害金合計七〇四万二二七八円(一円未満切り捨て)及びうち三八四万二二〇〇円に対する平成一七年一一月二四日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払義務を認めるのが相当である。

3,842,200×(16+240/365)×0.05+3,842,200≒7,042,278

イ 応訴費用等

控訴人会社・X1は、前訴に応訴するために弁護士費用一八〇万〇四九五円(振込手数料を含む。)を要したところ、これは、被控訴人Y1の前訴提起と相当因果関係のある損害であるから、控訴人会社は、同額及びこれに対する行為(前訴提起)時から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を請求することができる。

ウ 控訴人会社の信用損失による損害

控訴人会社は、顧客に説明義務違反を行った仲介業者として損害賠償義務を負うとの前訴判決を受け、また前訴の仮執行宣言付判決により岐阜信用金庫への預金債権に執行を受け、同金庫からの信用を失い、営業損失を被った。このような損害は前訴の提起という不法行為と相当因果関係に立つものであり、控訴人会社は、これにつき損害賠償を請求することができる。その金額は、三〇〇万円をもって相当と判断する。

(2)  その他の請求について

ア 個人の損害賠償請求について

前訴によって控訴人X2・X3も相当の心労等の被害を被った旨の主張は理解できるが、前訴は、控訴人会社・X1を被告とする訴えであったから、当事者でない控訴人X2・X3個人につき、当事者であった控訴人会社の請求と別に、損害賠償を請求することは認められない。

イ 名誉回復請求について

なお、控訴人会社・X2・X3は、当審において、新たに名誉回復処分を追加的に求めている。これに対し、被控訴人らは、訴えの追加的変更を許さない旨を主張した。従前からの損害賠償請求と名誉回復請求とは、請求の基礎に変更があるとも訴訟手続を著しく遅延させるともいえないから、その変更は許されるというべきである。

しかし、控訴人会社の信用損害について前記(1)ウのとおり、損害賠償請求を認容するので、それと別に、謝罪広告等の名誉回復処分までを認めるのは適当ではない。また、個人の名誉回復請求は前記アと同様の理由で認められない。

(3)  まとめ

そうすると、控訴人会社は、被控訴人Y1に対し、(1)アの七〇四万二二七八円及びうち三八四万二二〇〇円に対する平成一七年一一月二四日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金、(1)イの一八〇万〇四九五円及びこれに対する同様の遅延損害金、並びに(1)ウの三〇〇万円及びこれに対する同様の遅延損害金の損害賠償請求をすることが認められる。上記を合計すると、一一八四万二七七三円及びうち八六四万二六九五円に対する平成一七年一一月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員である。

これに対し、控訴人会社のその余の請求及び控訴人X2・X3の各請求はいずれも理由がない。

第四結論

以上によれば、控訴人X1の本件控訴は却下を免れない。また、控訴人会社の被控訴人Y1に対する損害賠償請求は、第三の四(3)の限度で認容し、控訴人会社のその余の請求並びに控訴人X2・X3の被控訴人らに対する請求はいずれも棄却すべきである。そこで、原判決を変更して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 夏目明德 光吉恵子)

別紙 物件目録《省略》

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