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名古屋高等裁判所 平成20年(ネ)483号 判決 2008年9月30日

主文

1  原判決中,控訴人らに対し,それぞれ,26万6425円及びこれに対する平成17年9月25日から支払済みまでの年5分の割合による金員を超えて金員の支払を命じた部分を取り消す。

2  上記取消しに係る被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

3  その余の本件控訴を棄却する。

4  訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを20分し,その1を控訴人らの負担とし,その余を被控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決中,控訴人ら敗訴部分を取り消す。

2  上記取消しに係る被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,控訴人Cが運転する大型貨物自動車が被控訴人Bの運転する普通乗用自動車に追突し,上記普通乗用自動車に乗せられていた飼い犬が第2腰椎圧迫骨折に伴う後肢麻痺の傷害を負った交通事故に関し,その飼い主(飼い犬の共有者)である被控訴人らが,それぞれ,控訴人Cに対し,民法709条に基づき,控訴人Cの使用者である控訴人D株式会社に対し,民法715条に基づき,連帯して,損害賠償金990万5706円及びこれに対する不法行為の結果発生後である平成17年9月25日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

原審は,被控訴人らの請求の一部(被控訴人Bにつき104万0162円と遅延損害金,被控訴人Aにつき82万0162円と遅延損害金)を認容し,その余を棄却した。なお,上記104万0162円の内訳は,①飼い犬の(ア)治療費76万3560円,(イ)入院雑費,介護用具代,雑費10万9925円,(ウ)治療のための交通費6840円の合計88万0325円の2分の1である44万0162円,②慰謝料50万円,③弁護士費用10万円であり,上記82万0162円の内訳は,①上記と同額の44万0162円,②慰謝料30万円,③弁護士費用8万円である。

これを不服とする控訴人らがその敗訴部分につき控訴をした。

2  前提事実(争いのない事実),争点及びこれに関する当事者の主張

次のとおり付加訂正するほか,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の「2」及び「3」記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決書3頁7行目の「被告車両」から同頁同行目の「追突し」までを「控訴人車両の左前部が,赤信号表示に従って北向きに停止中の被控訴人車両の右後部に衝突(追突)し」と改める。

(2)  同頁14行目の末尾の次に,行を改めて,次のとおり加える。

「 なお,被控訴人車両は,控訴人車両に追突された衝撃により,回転しながら前方に押し出され,車両前部を西向きにした体勢で,車両右側部が上記E運転の車両(以下「E車両」という。)の後部に衝突して停止した。そして,本件事故により被控訴人車両の右後部と右側部が大きく破損した(甲3,4)。」を加える。

第3当裁判所の判断

当裁判所は,被控訴人らの本件請求は,それぞれ,控訴人らに対し,連帯して,損害賠償金26万6425円及びこれに対する不法行為の結果発生後である平成17年9月25日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があると判断する。その理由は,以下のとおりである。

1  前提となる認定事実

次のとおり付加訂正するほか,原判決「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」の「1」記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決書9頁11行目の「本件事故」から同頁12行目の「受傷し」までを「本件事故当時,Fは,被控訴人車両の右後部座席シート上に乗っていた。被控訴人Bは,乗車の際,Fを体を横に伏せたような姿勢で寝かせ,また,運転中は,助手席に座った被控訴人Bの母がFの様子を監視するようにしていたが,犬の体を固定する器具をFに装着していなかった。そして,本件事故の際,控訴人車両の左前部が被控訴人車両の右後部に衝突(追突)し,さらに,被控訴人車両の右側部がE車両の後部に衝突したことによる衝撃のため,Fは,受傷し」と改める。

(2)  同頁13行目の「後肢麻痺」から同頁14行目の末尾までを「G動物病院の獣医師は,被控訴人Aに対し,受傷部の化膿による高熱などの症状があり,当面,経過を観察する必要があるので,Fを入院させるよう指示した。」と改める。

(3)  同頁15行目の「受傷内容につき,」の次に,「大きな外傷は認められなかった(甲30)が,」を加える。

2  Fの治療費,入院雑費,介護用具代,雑費その他(慰謝料,弁護士費用以外のもの)について

Fが傷害を負ったことによる損害の内容及び金額は,Fが物(民法85条)に当たることを前提にして,これを定めるのが相当である。このことは,前示(原判決書記載)のとおり,被控訴人らが,Fを我が子のように思って愛情を注いで飼育していたことによって,左右されるものではない。

ところで,一般に,不法行為によって物が毀損した場合の修理費等については,そのうちの不法行為時における当該物の時価相当額に限り,これを不法行為との間に相当因果関係のある損害とすべきものとされている。

しかしながら,愛玩動物のうち家族の一員であるかのように遇されているものが不法行為によって負傷した場合の治療費等については,生命を持つ動物の性質上,必ずしも当該動物の時価相当額に限られるとするべきではなく,当面の治療や,その生命の確保,維持に必要不可欠なものについては,時価相当額を念頭に置いた上で,社会通念上,相当と認められる限度において,不法行為との間に因果関係のある損害に当たるものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに,①Fは,被控訴人らが平成9年7月(生後約5か月)に6万5000円で購入した後,我が子のように思って愛情を注いで飼育していた飼い犬である。また,②本件事故当日,受傷部の化膿による高熱などの症状が認められ,当面,経過を観察する必要があることから,G動物病院に入院し,その後,症状が安定してきたころから,光線治療を受けるようになった(被控訴人A本人)。光線治療の開始時期は,平成17年10月5日である(甲30)が,それまでの間の治療等の内容は,検査(血液,尿,レントゲン),注射(点滴,止血,抗生剤),排尿処理等であり(甲14の1,甲30),同年12月11日の退院時までほぼ継続して行われている。これらの治療等は,その内容や,Fの症状経過等にかんがみ,受傷後のFに対する当面の治療やその生命の確保,維持に必要不可欠なものであるとすることができる。なお,後肢麻痺や褥創などの症状にかんがみ,車いす製作料2万5000円(甲14の1)についても,上記必要性を肯定すべきである。

以上の①,②の点を踏まえて,Fに対する当面の治療や,その生命の確保,維持に必要不可欠な費用のうち,時価相当額(前示の購入代金額を下回っているか,仮に,そうでないとしても,これを大きく上回ることはないものと推認できる。)を念頭に置いた上で,社会通念上,相当と認められる限度を検討すると,入院当日である同年9月25日から光線治療が開始される前日である同年10月4日までの10日間の治療費である11万1500円(その内訳は,①入院当日である同年9月25日の治療費1万1200円(甲14の1),②同月26日から同年10月15日までの20日間の治療費16万4000円(光線治療費を含めた額)から,光線治療費3万円を控除した残額13万4000円(甲14の1)を20で除した額の9倍に当たる6万0300円,③上記10日間の入院料4万円(日額4000円。甲14の1)である。)に,車いす製作料2万5000円(甲14の1)を加えた13万6500円をもって,不法行為との間に相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

そして,被控訴人らの共有持分は,各2分の1と認められるから(弁論の全趣旨),被控訴人らの損害額は,6万8250円ずつとなる。

なお,被控訴人らは,Fの治療のために支出した費用は,動物愛護法に適合するものであるから,その全額を本件事故との間に相当因果関係のある損害として認めるべきであると主張するが,動物愛護法の点は,本件事故との間に相当因果関係のある損害の内容,額を定めることとは別個の問題であるから,被控訴人らの主張は,採用できない。

3  慰謝料について

近時,犬などの愛玩動物は,飼い主との間の交流を通じて,家族の一員であるかのように,飼い主にとってかけがえのない存在になっていることが少なくないし,このような事態は,広く世上に知られているところでもある(公知の事実)。そして,そのような動物が不法行為により重い傷害を負ったことにより,死亡した場合に近い精神的苦痛を飼い主が受けたときには,飼い主のかかる精神的苦痛は,主観的な感情にとどまらず,社会通念上,合理的な一般人の被る精神的な損害であるということができ,また,このような場合には,財産的損害の賠償によっては慰謝されることのできない精神的苦痛があるものと見るべきであるから,財産的損害に対する損害賠償のほかに,慰謝料を請求することができるとするのが相当である。

これを本件についてみるに,前示のとおり,子供のいない被控訴人らは,Fを我が子のように思って愛情を注いで飼育していたものであり,Fは,飼い主である被控訴人らとの交流を通じて,家族の一員であるかのように,被控訴人らにとってかけがえのない存在になっていたものと認められる。ところが,Fは,本件事故により後肢麻痺を負い,自力で排尿,排便ができず,日常的かつ頻繁に飼い主による圧迫排尿などの手当てを要する状態に陥ったほか,膀胱炎や褥創などの症状も生じているというのである(被控訴人ら各本人)。このようなFの負傷の内容,程度,被控訴人らの介護の内容,程度等からすれば,被控訴人らは,Fが死亡した場合に近い精神的苦痛を受けているものといえるから,上記2の損害とは別に,慰謝料を請求することができるというべきである。

そして,慰謝料の金額については,Fの負傷の内容,程度,被控訴人らの介護の内容,程度等その他本件に現れた一切の事情を総合すると,被控訴人らそれぞれにつき,20万円ずつとするのが相当である。

(各被控訴人につき上記2,3の合計26万8250円ずつ)

4  過失相殺について

自動車に乗せられた動物は,車内を移動して運転の妨げとなったり,他の車に衝突ないし追突された際に,その衝撃で車外に放り出されたり,車内の設備に激突する危険性が高いと考えられる。そうすると,動物を乗せて自動車を運転する者としては,このような予想される危険性を回避し,あるいは,事故により生ずる損害の拡大を防止するため,犬用シートベルトなど動物の体を固定するための装置を装着させるなどの措置を講ずる義務を負うものと解するのが相当である。

ところが,前示のとおり,被控訴人Bは,このような措置を講ずることなく,乗車の際,Fを体を横に伏せたような姿勢で寝かせ,また,運転中には,助手席に座った被控訴人Bの母がFの様子を監視するようにしていたにすぎないというのであるから,この点につき,被控訴人らには過失があるとするのが相当である。

そして,前示の本件事故の態様と本件事故の衝撃による被控訴人車両の動静等からすれば,被控訴人Bが上記措置を講じていれば,Fが本件事故により受けた衝撃の程度は,より緩和されていたものと推認できる。その他本件審理に現れた一切の事情を併せ考えると,被控訴人らの過失割合を1割とするのが相当である。

上記過失相殺後の被控訴人らの損害額は,各被控訴人につき24万1425円ずつとなる。

5  弁護士費用

被控訴人らは,本件訴訟の提起,遂行を本件訴訟代理人弁護士らに委任し,その報酬として相当の額を支払ったことが認められる(弁論の全趣旨)。そして,本件訴訟の内容,性質や,認容額,審理経過その他一切の事情によれば,本件の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は,そのうち各2万5000円とするのが相当である。

(各被控訴人につき以上合計26万6425円ずつ)

第4結論

よって,本件控訴は一部理由があるから,原判決を変更することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法67条2項,64条本文,65条1項本文,61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡久幸治 裁判官 加島滋人 裁判官 鳥居俊一)

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