名古屋高等裁判所 平成20年(ネ)747号 判決 2009年2月19日
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
2 被控訴人は,控訴人に対し,106万0850円及びこれに対する平成19年2月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 控訴人のその余の請求を棄却する。
4 被控訴人の請求を棄却する。
5 訴訟費用は,第1,2審を通じ,これを5分し,その1を控訴人の負担とし,その余を被控訴人の負担とする。
6 この判決の主文第2項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴の趣旨
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人は,控訴人に対し,126万5850円及びうち106万0850円に対する平成17年9月27日から,うち20万円に対する平成19年2月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 被控訴人の請求を棄却する。
(4) 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
(5) (2)項につき,仮執行宣言
2 控訴の趣旨に対する答弁
(1) 本件控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は控訴人の負担とする。
第2事案の概要(略語については,原判決の表記に従う。)
1 本件は,(1)割賦販売斡旋業者であったA株式会社(以下「A」という。)とクレジット契約を締結した上で,株式会社B(以下「B」という。)から宝飾品3点を購入した控訴人が,Aから個品割賦購入あっせん事業の営業譲渡を受けた被控訴人(承継参加人)に対し,①Aにおいて加盟店に対する加盟店管理調査義務の懈怠があったとして,不法行為責任に基づき,割賦金既払金相当額及び弁護士費用の損害賠償,②クレジット契約自体が,公序良俗に反して無効であり,また消費者契約法上の取消事由があるとして,不当利得返還請求権に基づき,割賦金既払金相当額の返還及び民法所定の遅延損害金の支払を求め,(2)被控訴人が,控訴人に対し,割賦金未払金及びこれに対する商事法定利率による遅延損害金の支払を請求した事案である。
原審は,控訴人の請求をいずれも棄却し,被控訴人の請求につき,控訴人の抗弁を排斥して,これを認容した。控訴人はこれを不服として控訴した。
2 前提となる事実(特に証拠を掲げない事実は当事者間に争いがない。)
(1)ア 控訴人は,昭和55年●月生まれの独身男性で,本件の購入をした平成15年3月当時,教職に就いていた。
イ Bは,平成13年2月2日,宝石,貴金属,装身具等の卸小売業等を目的として設立された株式会社で,宝飾品等の訪問販売等を営んでいた。
(乙5,6,弁論の全趣旨)
ウ Aは,昭和54年9月8日,割賦販売斡旋業などを業として設立された会社であり,平成16年12月30日に有限会社に組織変更した。
エ 被控訴人は,割賦販売斡旋業等を業とする株式会社である。
(2) 控訴人は,平成15年3月29日ころ,Bから,ホワイトゴールドの指輪2点及びホワイトゴールドのネックレス1点(以下併せて「本件宝飾品」という。)を代金157万5000円(各販売価額50万円。消費税込み)で購入した(以下「本件売買契約」という。)。
控訴人は,同月30日ころ,上記売買代金につき,Aとの間で,AにおいてBに上記代金を立替払して,控訴人がAに分割払手数料61万4250円を加えた218万9250円を平成15年5月から平成20年4月まで毎月27日限り3万6400円(初回は4万1650円)ずつ支払う旨のクレジット契約を締結した(以下「本件クレジット契約」という。)。
(甲1,2,乙3の1,弁論の全趣旨)
(3) 控訴人は,本件クレジット契約に基づく割賦金として,平成15年5月27日に4万1650円,同年6月から平成17年9月までの間,毎月27日限り,各3万6400円(合計106万0850円)を自動引き落としの方法により支払ったが,30回目以降は支払を停止している。
本件クレジット契約の割賦金残余額は合計112万8400円である。
(4) Aは,平成16年5月24日,その個品割賦購入あっせん事業を,被控訴人に譲渡し,同年6月28日ころ,控訴人に対し,債権譲渡の通知書を送付した。
(乙1,2)
(5) 控訴人は,平成17年10月7日ころ,被控訴人に対し,本件売買契約締結に至る経緯・勧誘態様や,「解約を強く祈願させていただきます。」との文言等を記載した,「抗弁書概要」と題する文書(乙11。以下「本件抗弁書」という。)を送付した。
また,控訴人は,平成18年1月15日,被控訴人の担当者に対し,商品は返すからあとはそっちで貸し倒れにしてほしいなどと告げた。
(乙10,11,弁論の全趣旨)
(6) 被控訴人は,平成19年11月9日の原審第4回弁論準備手続期日において,控訴人の消費者契約法5条1項に基づく取消しにつき,同法7条1項に基づき,消滅時効を援用するとの意思表示をした。
(7) この間,控訴人は,Bに対し,不法行為に基づき,割賦金既払金相当額106万0850円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めて津地方裁判所に訴えを提起した。Bは,口頭弁論期日に出頭せず,答弁書等も提出しなかったため,同裁判所は,平成18年12月25日,Bが請求原因事実について自白したものとみなし,控訴人の上記請求を認容する旨の判決をした(以下「別件訴訟」という。)。
(甲9)
3 主な争点
(1) 本件売買契約の公序良俗違反の有無及び本件クレジット契約との関係
(2) 加盟店管理調査義務違反の有無
(3) 消費者契約法5条1項に基づく本件クレジット契約の取消しの可否
4 当事者の主張
(1) 本件売買契約締結の経緯等
ア 控訴人
原判決3頁12行目から4頁10行目までの「原告の主張」の「(1)契約締結に至る経緯」のとおりであり,これを引用する。
イ 被控訴人
原判決6頁3行目から17行目までの「参加人の主張」の「(1) 本件売買契約に至る経緯」のとおりであり,これを引用する。
(2) 本件売買契約の公序良俗違反の有無
ア 控訴人
(ア) Bは,①宝飾品の販売意図を隠した上,若い女性を勧誘員として市場調査の面談と偽って控訴人を勧誘し,②また,約8時間もの間勧誘を続け,その間,女性勧誘員が繰り返し思わせぶりな態度をとり,最終的には男女数名で控訴人を囲んで威圧的・強引な勧誘で本件売買契約を締結させ,③時価各10万円程度の本件宝飾品を各50万円もする高価な商品として販売し,④購入後も,電子メールや電話を時折するなどしてクーリングオフをする機会を奪った。
Bの上記勧誘行為等は,社会的相当性を欠き違法であり,本件売買契約は公序良俗違反により無効である。
(イ) また,別件訴訟(Bを被告とする訴訟)で本件売買契約は公序良俗に反して無効であることが確定している。
(ウ) したがって,控訴人は,既払の割賦金の返還を求め,また未払いの割賦金の支払を拒絶する。
イ 被控訴人
本件売買契約が公序良俗違反により無効であるとの主張及び本件クレジット契約が本件売買契約と一体の関係にあって無効であるとの主張は争う。
また,暴利販売との点は争う。暴利行為の判断は,金額のみならず,その購入態様や消費者の軽率無分別に乗じたような事情があるか否かをも考慮して決すべきところ,控訴人は教師であり判断能力もあるから,この点からも暴利行為とはいえない。
(3) 加盟店管理調査義務違反の有無
ア 控訴人
(ア) Bの勧誘行為等は,前記のとおり,社会的相当性を欠き違法である。
(イ) 信販会社は,加盟店契約を締結する販売業者が悪質業者でないか否かを調査・監督する義務があり,この義務を怠ったため悪質業者による被害拡大を招いたときは,購入者に対し,不法行為に基づき,既払金相当額の損害を賠償する義務がある。
Bのデート商法については,平成13年に4件,平成14年に69件発生しており,Aが,国民生活センターへ照会するなど一般的な調査義務を尽くしていれば,このことを容易に知り得た。
したがって,Aから割賦購入あっせん事業の営業譲渡を受けた被控訴人は,控訴人に対し,不法行為責任に基づき,既払金相当額及び弁護士費用20万円を支払う義務がある。
イ 被控訴人
(ア) Bの勧誘行為等が公序良俗に反するとの主張は不知ないし争う。
(イ) Aに加盟店管理調査義務懈怠があったとの主張は争う。
Aは,平成15年1月23日,Bと加盟店契約を締結し,同年6月20日ころまで約5か月間の間,179件の取引があった。このうち,Aが顧客から支払停止の主張がされたのは本件を含め17件であったが,初めて抗弁を受け付けたのは本件クレジット契約締結(同年3月29日)後の同年4月15日であって,本件クレジット契約締結以前に支払停止の主張がされたことはなかった。Bが行政から何らかの指示や命令を受けたとは聞いていない。
したがって,控訴人が主張する調査義務は根拠がない。
(4) 消費者契約法5条1項に基づく本件クレジット契約の取消しの可否
ア 控訴人
(ア) 取消事由
a 退去妨害による困惑(消費者契約法5条1項,4条3項2号)
控訴人は,上記(1)の引用に係る原判決のとおり,CやDらから宝飾品の購入を迫られ,更にCから威圧的な態度で購入を迫られ,帰宅させて貰えず,困惑して売買契約書とクレジット申込書に署名押印させられた。
本件クレジット契約は,このように,Bによる上記困惑行為の影響の下で締結されたのであり,AはBに対して本件クレジット契約の締結について媒介をすることを委託していたのであるから,控訴人は,本件クレジット契約自体を取り消すことができる。
b 不実告知(消費者契約法5条1項,4条1項1号)
控訴人は,Dらから,時価各10万円程度の本件宝飾品を各50万円であると偽って告げられ,その旨誤認して本件売買契約を締結した。
本件クレジット契約で立替払の対象となる本件宝飾品について誤認が惹起された以上,本件クレジット契約自体の重要事項について誤認が惹起されたと解すべきであり,控訴人は,本件クレジット契約自体を取り消すことができる。
(イ) 取消しの意思表示
a 控訴人は,平成17年10月7日ころ,被控訴人に対し,「解約を強く祈願させていただきます。」旨記載した本件抗弁書を送付して,消費者契約法に基づく取消しの意思表示をした。
b また,控訴人は,平成18年1月15日,被控訴人に対し,商品は返すから,あとはそっちで貸し倒れにしてほしい等と告げており,これは消費者契約法に基づく取消しの意思表示を含む。
(ウ) 取消権の消滅時効の起算点
a Dは,本件売買契約締結後も平成17年6月ころまで,控訴人を励ましたり誕生日を祝う内容の電子メールを送信し続けたのであって,控訴人がBによるデート商法の影響から逃れることができたのは,Dとの電子メールの送受信ができなくなった同年7月ころのことであるから,同月から消費者契約法に基づく取消権の消滅時効が進行するというべきである。
b 控訴人が,退去妨害による困惑行為を理由として本件クレジット契約を取り消すことができることを知ったのは,控訴人訴訟代理人弁護士に本件を委任してからであり,また,本件宝飾品の価額の不実告知を理由として本件クレジット契約を取り消すことができることを知ったのは,本件宝飾品の市場価格を知った平成18年4月であるから,同月から消費者契約法に基づく取消権の消滅時効が進行する。
イ 被控訴人
(ア) 取消事由等の不存在
AがBに対してクレジット契約締結の媒介を委託したことはない。本件クレジット契約は,控訴人からの申込みを受け,Aが,信用状況等を調査し,控訴人に架電して申込内容(商品・分割手数料・月額分割金等)や申込意思を確認した上,承諾を与えることにより成立したのである。
仮に,媒介委託関係があると解するとしても,Bが本件クレジット契約締結について不当勧誘をしたことはないし,控訴人において,本件クレジット契約の内容を十分に把握し,その約定に従い2年以上割賦金の支払を続けてきたことに照らしても,本件クレジット契約締結に当たり,畏怖・困惑があったとは認められない。
また,本件売買契約の不当性を理由に本件クレジット契約を取り消すことはできない。
(イ) 取消しの意思表示
本件抗弁書の送付をもって消費者契約法上の取消権を行使したとの主張は争う。
(ウ) 取消権の消滅時効の起算点(取消権の時効消滅)
仮に消費者契約法に基づく取消権の行使が可能であるとしても,控訴人は,追認可能な状態,すなわち取消しの原因となった状況が消滅した後,6か月以内に,Aないし被控訴人に対し,消費者契約法に基づく取消しの意思表示をしておらず,取消権は時効により消滅している。
第3 当裁判所の判断
1 事実経過
前記争いのない事実等に,証拠(後掲のとおり)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
(1) 控訴人(昭和55年●月生)は,平成15年3月(22歳),教員に就職し,独身で家族と同居していたところ,同月中旬,携帯電話に,BのEと名乗る女性から,ジュエリーに興味・関心がないか,商品を買わせることはないので意見を聞かせてほしいなどという電話を受け,これに応じ,同月29日昼ころ,津駅で同女と会うことにした。
(甲2,11,46)
(2)ア 控訴人が,平成15年3月29日昼ころ,津駅に着いたところ,Eの代わりにBのD(21歳)と名乗る女性が現れ,控訴人は,同女に抱き寄せられるようにタクシーに乗せられて近くのファミリーレストランまで連れて行かれた。
イ Dは,同レストランで,控訴人に対し,恋人はいないなどと自己紹介を
始め,1時間ほど雑談したが,その間,控訴人の歓心を得べく,控訴人を姓ではなく「F君」と名前で呼び,また,同女が控訴人と交際や結婚をしたらといったような話を繰り返ししていた。
その後,Dは,貴金属や持参していた宝飾品の説明をし始め,8時間ほど話し続けた。この間も,Dは,控訴人の手を握ったり,控訴人の顔が赤くなっているのがかわいいなどと言って半ば抱き寄せるような仕草をするなどした。また,控訴人は,この間,両名のテーブルの近くに集まって来たDの仲間3,4名からも,Dが紹介していた指輪やネックレスを控訴人に着用させて同人らの豪華パーティーに参加させたい,あるいは,控訴人とDはカップルのようだなどと,話しかけられた。
ウ 更に,Dの仲間らのうち黒いサングラスと黒いスーツを着たCと名乗る男が,控訴人の指のサイズを測ってリングの購入を勧め始め,また,別の女性が宝飾品を次々と紹介しては,身に着けると良いことが起こる,素敵な人生を送れるようになった人がいるなどと言って,購入を迫った。
エ 控訴人は,以前にいわゆる資格商法に遭い,その際も長時間に渡る勧誘を受けた上その場で契約を締結したことがあったため,そのときと同様に契約締結に至ることをおそれ,購入を迫るCらに対し,即決しなければならないのか,買いたくないなどと告げたが,Cらから,逆に,こんなに親身になっているのにその対応はまずいだろうなどと,威圧的な態度で更に購入を迫られた。
オ そのため,控訴人は,怖くなり同レストランから帰宅しようとしたが,Cを含む男女3,4名が近くに着席していたことから,改めて帰宅を言い出すこともできず,宝飾品の価値等について詳しく知らなかったこともあって,結局,Dから,外国の職人が手作りで加工しており費用がかかるもので価格としては安いほうであるなどと勧められ,本件宝飾品(ホワイトゴールドの指輪2点〔各販売価額50万円〕及びホワイトゴールドのネックレス1点〔販売価額50万円〕)を購入することにした。
カ そして,控訴人は,Dが準備した商品売買契約書(甲1)に署名し,また携帯していた印章で押印して,Bに対し,本件宝飾品3点を代金157万5000円(消費税込)で買い受ける旨申し込むとともに,同じくDが準備したA宛のクレジット契約の申込書(甲2)に署名押印して,Aに対して,AにおいてBに上記代金を立替払し,控訴人がAに分割払手数料61万4250円を加えた218万9250円を平成15年5月から平成20年4月まで毎月27日限り3万6400円(初回は4万1650円)ずつ支払う旨の本件クレジット契約の締結の申込みをした。
キ 控訴人は,Dから,上記商品売買契約書及びクレジット契約申込書の顧客用控えを受領して帰宅した。
ク Dは,控訴人の帰り際にも,控訴人を誘い2人で頬を寄せるようにして写真を撮るなどした。
(甲1,2,25,26,46,乙11,弁論の全趣旨)
(3) 翌30日(平成15年3月30日),Aの担当者から,控訴人の携帯電話に電話がかかり,本件クレジット契約の申込みにつき,本人確認事項を尋ねられたほか,申込意思,申込金額,分割手数料,支払内容,支払期間,販売会社・販売員等の確認がされ,控訴人は,これに答えた。その際,控訴人は,Aの担当者に対して,本件売買契約や本件クレジット契約の締結につき,特段の苦情を述べたようなことはなかった。
(乙3の1,弁論の全趣旨)
(4) 控訴人は,平成15年5月ころ,Bから本件宝飾品を受け取り,同月27日に4万1650円を,同年6月から平成17年9月までの間は毎月各3万6400円ずつ,合計106万0850円を自動引き落としの方法により支払った。
その後,控訴人は,Dから時折電話や電子メールなどを受けていたが,しばらくすると,Dからの連絡はなくなり,同年秋ころには電話もつながらなくなった。
(甲2,3,46,乙11,弁論の全趣旨)
(5) 控訴人は,平成18年4月ころ,複数の宝石・貴金属取扱店で,本件宝飾品の価額について査定してもらったところ,特段のブランド品でもなく,いずれも併せて10万円程度である旨の回答を得た。
(甲46)
2 公序良俗違反の有無について
(1) 上記1で認定した事実によると,Bは,独身男性である控訴人に対し,若い女性の販売員をあてがい,同女との今後の交際等を匂わせるような思わせぶりな言動をとらせ,好意を抱かせて勧誘に乗ってしまいやすい状況を作出した上で宝飾品の購入を勧め,更に複数名の販売員とともに長時間にわたり購入を勧誘し続け,控訴人が購入をためらうと,威圧的な態度さえ示してその場から立ち去って帰宅することを困難にするとともに,控訴人の貴金属等に対する知識の乏しさに乗じて市場価格ではそれ程でもない宝飾品を高額な価格で購入させるために,その当日に売買契約及びクレジット契約の各申込書に署名押印させて,申し込みの意思表示をさせ,帰り際に前記女性販売員が控訴人に頬を寄せるようにして写真を撮る等して,翻意をしないようにさせ,翌日にクレジット会社(脱退被告のA)から契約意思の確認をさせ,これに同意するようにさせ,さらにその後も相当期間前記の女性販売員から電話やメールをさせ,契約の維持継続を強固にさせ(解消を抑制させ)たのであるから,これら一連の販売方法や契約内容(販売価格が本件宝飾品の市場価格に照らして不均衡である。)等に鑑みると,本件売買契約は,控訴人の軽率,窮迫,無知等につけ込んで契約させ,女性販売員との交際が実現するような錯覚を抱かせ,契約の存続を図るという著しく不公正な方法による取引であり,公序良俗に反して無効であるというべきである。
(2) したがって,控訴人は,被控訴人の本件クレジット契約に基づく未払金請求につき,割賦販売法30条の4第1項に基づき,本件売買契約が公序良俗違反により無効であることをもって,その支払を拒むことができる。被控訴人の未払金請求は理由がない。
(3)ア さらに,控訴人は,契約を一体的に把握して,クレジット契約も無効とすべきであるから,Aの地位を承継した被控訴人に対して既払の割賦金の返還を求める旨を主張する。
イ そこで,検討するに,まず,一体性の有無・程度であるが,本来売買が購入者と販売業者の二者取引であったものを,個品割賦購入斡旋は,斡旋業者を加えて三者契約としたものであり,販売業者は代金につき立替払をしてもらう点に一番の利益があり(本件でも履行済みと窺われる。),購入者は代金を分割返済すればよい点(本件は,宝石3個で代金合計150万円を60回の分割)に大きな利益があり,斡旋業者は代金に手数料を上乗せして入手できる(本件では手数料が約61万円である。)点に大きな利益を見出すことのできる仕組みである。そのために,販売業者と購入者との本来の売買契約以外に,販売業者と斡旋業者とは加盟店契約を,斡旋業者と購入者とはクレジット契約をそれぞれ締結する。また,クレジット契約の手続のための申込書の交付なども販売業者において行うのが通例である。このような仕組みは格別の障害が生じなければ,三者それぞれにとって利益であることはいうまでもない。
ウ 更に,個品割賦購入斡旋の制度的仕組み,背景等を検討すると,本件のように売買契約が公序良俗に反して無効となる場合には,三当事者の利害状況は一変する。販売業者と斡旋業者とは,立替金の授受が当初から終了しているために,事後的な調整を望まない傾向があり,斡旋業者と購入者との関係においても,斡旋業者は事後的な調整を望まない傾向があると推認される。これに対し,購入者だけは,売買契約が無効であるから,目的物は返還し,割賦代金については,支払っていればその返還を求めたいし,それが未払いなら支払を拒否したい状況にあると推認される。このように,公序良俗違反で売買契約が無効という場合には,三者の利害状況は前二者の販売業者及び斡旋業者が現状不変更希望,購入者のみ現状変更希望という対立関係になると窺われる。しかし,本来は,一体的な関係にあったのであるから,売買が無効等になる場合には,できる限りそのことを反映して,代金支払のための制度であるクレジット契約の効力が扱われるべきは当然である。
まず,購入契約が公序良俗違反で無効であるようなときに,購入者が販売業者に売買の無効を主張できるのは当然であるが,同時にこのような事由をもって,当該支払の請求をする割賦購入あっせん業者に対抗することができる旨の規定(割賦販売法30条の4第1項)が昭和59年に設けられた。斡旋業者としては,上記の無効事由を知らなくてもその対抗を受けるというものであり,少なくとも,購入者は,未払いの割賦金については,斡旋業者からの支払請求を拒絶することができるようになったと認められる。このような立法は,上記のあるべき利害状況と現実の利害状況との不一致に1つの調整的な解決を図ったということができる。
そこで,この規定により,購入者が既払いの割賦金の返還を斡旋業者に求められるかを見るに,この点については,なお議論があり,結論として否定的な見解が多いようである。これによれば,本件の控訴人のように購入者が公序良俗違反等の支払を拒絶できる事由があるにもかかわらず,誤って割賦金の一部を支払った場合に,その返還を支払先の斡旋業者に求めることができないことになるが,そのような結果は,同じ当事者間で未払請求であれば上記の規定を根拠にこれを拒絶できることに対比して,購入者にとっては不均衡な感を否めない。斡旋業者も,購入者が当初から支払拒絶を主張してくれれば取得できなかった割賦金を,偶々取得している状況にあるということができる。
エ そうすると,①前記(2)のとおり,本件売買契約が公序良俗違反で無効であるところ,上記イウのとおりの個品割賦購入斡旋の制度的背景・仕組み等に関する事実によれば,上記の売買の無効を是正するためには,代金の支払のための法律関係にも売買の無効をできる限り反映させるべき要請があるというべきこと,②上記の場合に,割賦販売法30条の4第1項の規定により未払金の支払請求はできない(売買の無効に沿う)こととされたが,購入者からの既払金の返還請求の可否に関する明示の規定はなく,上記の規定によって返還可能であるとまでの結論を導けない(売買の無効に沿わない)可能性も高いこと,③ところで,この場合において,斡旋業者が販売業者の不公正な販売方法に関する事情を知らず,かつ,知らないことに責任がなく,単なる支払のための信用供与により手数料を得るだけであれば,斡旋業者が売買の無効の影響を受けないことにも相当の理由があると考えられること,④しかし,前記のとおり,元々クレジット契約が存在することが売買契約を支えるために不可欠であり,本件においても,Bは,Aのためにクレジット契約締結の準備行為(申込手続)を代行していること,しかも,後記3(2)のとおり,本件の斡旋業者Aは,販売業者Bについて消費生活センターからクレームが付いていることを,本件クレジット契約締結当時,全く窺えないわけではなかったこと,⑤本件の無効事由がBと控訴人との個別的な事由ではなく,デート商法という販売業者Bによる本件の目的物の売買の方法全般に関わる事由であること,⑥A(あるいは被控訴人)は,通常であれば本件の仕組みの中で手数料収入により利益を得る仕組みであり,既に一定の利益は得ていると見込まれること,⑦Bが現在休廃業状況にあり(甲9),Bから既払金相当額の回収を図ることは実際上できないこと,以上の事実・事情が認められる。
これらの背景事実,制度の仕組等を総合すると,本件売買契約の公序良俗違反の無効により,売買代金返還債務が発生したところ,本件の事情の下では,本件クレジット契約は目的を失って失効し,控訴人は,不当利得返還請求権に基づき,既払金の返還をその支払の相手先である斡旋業者(Aを承継した被控訴人)に対して求めることができるというべきであり,これを斡旋業者側からいえば,斡旋業者は,この仕組みに具体的に一定程度関わりを持っていたのであるから,それにもかかわらず,売買契約の無効には無関係であるとか,本件クレジット契約は本件売買契約に原則として左右されない等として,既払金の返還請求を拒否することは本件の事情の下では理由のないことであるといわなければならない。
そうなると,斡旋業者は,Bに既払いの立替金の返還を求めることになるところ,それは実効性が期待できないが,まさにこのような危険の負担を購入者にだけ負わせるのは不都合であるということが出発点であるから,このような結果もやむを得ないと解される。翻ると,斡旋業者の手数料収入の中には,このような場合の損失への対応も折り込み済みであるとも考えられる。
オ よって,控訴人は,被控訴人に対し,既払金の返還請求をすることが可能であるというべきである(したがって,消費者契約法5条1項に基づく本件クレジット契約の取消しの可否を論ずるまでもなく,控訴人の被控訴人に対する不当利得返還請求が認められる。)。
3 加盟店管理調査義務違反の有無について
(1) 控訴人は,既払金については前記2の不当利得返還請求権に基づき回復できると解されるところ,弁護士報酬については前記2では求められないと解されるので,ここで標記の不法行為責任の成否について検討する。
クレジット契約自体は購入者と斡旋業者間の契約であるが,斡旋業者が,販売業者の社会的に著しく不相当な販売行為を知り,あるいは容易に知り得ながら,漫然と与信を行い,その結果,購入者に対する被害が発生・拡大したというような特別の場合には,販売業者の不法行為を助長したものとして,不法行為責任(控訴人の主張によれば加盟店管理調査責任)を負う場合があるというべきである。
(2) そこで,検討するに,前記1の認定事実に,証拠(甲8,31,乙4の1,5,6)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
ア Aは,遅くとも平成14年ころには,株式会社Gの代理店として宝飾品等の訪問販売等を展開していたBと取引があった。Bは,当時,Aとの上記のG経由の取引のほか,斡旋業者3社と直接加盟店契約を締結して取引をしており,BにとってのAのシェアは約10%から20%程度であった。
イ Aは,平成15年1月23日ころ,直接,Bと加盟店契約を締結し,同年6月20日ころまで約5か月間,Bとの間で,179件の取引があったところ,このうち,顧客から支払停止の申出を受けたのは本件を含め17件であったが,初めてその申出を受けたのは本件クレジット契約締結(同年3月29日)後の同年4月15日であって,本件クレジット契約締結以前に支払停止の申出を受けたことはなかった。
ウ 控訴人は,本件売買契約及び本件クレジット契約の申し込みをした日の翌日である平成15年3月30日,Aの担当者から本人確認等の電話連絡を受けたが,Aの担当者に対して,本件売買契約や本件クレジット契約の締結につき,特段の苦情を述べたようなことはなかった。
(3) 平成14年には各地の消費生活センターに,Bのデート商法により宝飾品をクレジットで買わされたといった相談がA分を含め全体で年間70件ほど寄せられていたところ(甲8),このことに照らすと,Aが平成15年4月15日まで購入者から支払停止の申出を受けたことがなかったこと(上記(2)イ)については若干疑問がないわけではないが,Bにとって斡旋業者との間の取引に占めるAのシェアは約10%から20%にとどまっていたこと(上記(2)ア)や,Aがそれまでに契約解除・取消等を巡って消費生活センター等からBの販売行為に対する苦情・相談を受けたことを窺わせる証拠がないことに鑑みると,上記(2)イの認定事実を覆すには至らないというべきである。
(4) 上記(2)の認定事実によると,Aが,本件クレジット契約締結までの間,前記1,2で認定説示したBの社会的相当性を逸脱した販売行為を知り,あるいは容易に知り得ながら漫然と与信を行っていたということはできない。
(5) そうすると,その余の点を論ずるまでもなく,控訴人の不法行為に関する主張は採用することができないといわざるを得ない。
4 まとめ
以上によれば,控訴人の被控訴人に対する不当利得返還請求権に基づく既払割賦金の返還請求は,本件売買契約の公序良俗違反による無効及び本件クレジット契約の失効等により,認められるというべきである。ただし,不法行為に基づく弁護士報酬請求部分までを認めるに足りる主張立証はない。また,被控訴人の控訴人に対する未払割賦金の支払請求は,本件売買契約の公序良俗違反と割賦販売法30条の4第1項の規定により,無効の対抗を受け,理由がない。
第4 結論
以上によれば控訴人の請求は,既払金106万0850円の返還及びその請求をした日(訴状送達の日)の翌日である平成19年2月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金(A及び被控訴人が悪意の受益者であるとの立証はない。)の支払を求める限度で理由があり,被控訴人の控訴人に対する未払金請求は理由がない。よって,これと異なる原判決を変更して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 夏目明徳 裁判官 光吉恵子)
file_5.jpg別紙1
file_6.jpg別紙2