大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 平成20年(ネ)964号 判決 2009年2月19日

控訴人(1審被告) 岡崎信用金庫

同代表者代表理事 A

同訴訟代理人弁護士 渡邉淳

粕谷誠

被控訴人(1審原告) X

同訴訟代理人弁護士 楠田堯爾

加藤知明

樋田嘉人

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人の請求を棄却する。

(3)  訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

主文同旨

第2事案の概要(以下、略称は、原則として原判決のそれに従う。)

1  本件は、B及びC(以下「BC夫婦」という。)が、原判決別紙物件目録記載4の土地(以下「本件4土地」という。)について、無権利者であるにもかかわらず、同人らを共有者とする所有権移転登記が登記簿等にあることを奇貨として、a工業株式会社ないしBを債務者とし、控訴人を根抵当権者とする本件根抵当権(原判決3頁24行目)を設定して、原判決別紙登記目録記載の各根抵当権設定登記(以下「本件各根抵当権設定登記」という。)手続を行ったとして、本件4土地の真の所有者である被控訴人が、控訴人に対し、所有権に基づき、本件各根抵当権設定登記の抹消登記手続を求めた事案である。

控訴人は、被控訴人において、本件4土地について、BC夫婦を共有名義人とする所有権移転登記が経由されていることを知りながら、これを存続せしめることを容認し、これを放置していたのであるから、民法94条2項の類推適用により、控訴人に対し、上記所有権移転登記が不実の登記であることを主張して本件各根抵当権設定登記の抹消登記手続を求めることはできないとして、被控訴人の請求を争った。

原審は、被控訴人は、虚偽の権利の外観をあえて作出したとはいえず、また、仮に虚偽の外観を作出したと認められるとしても、控訴人は、善意の第三者に当たらず、仮に善意の第三者に当たるとしてもBC夫婦が真の権利者であると信じたことにつき重過失があるから、民法94条2項を類推適用することはできないとして、被控訴人の請求を認容したところ、控訴人は、これを不服として控訴した。

2  争いがない事実等、争点、当事者の主張は、以下の3のとおり、当審における控訴人の主張(原審での主張を敷衍するものを含む。)を付加するほかは、原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」2ないし4に記載のとおりであるから、これを引用する。

3  控訴人の当審における主張

(1)  本件においては、控訴人がBC夫婦から本件根抵当権設定を受けた当時、①本件4土地には、BC夫婦名義の登記が存在していたこと、②本件4土地について、遺言執行者I弁護士(以下「本件遺言執行者」という。)がBC夫婦に対して真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を求めた訴訟における勝訴判決は確定しており、被控訴人は、自己名義への所有権移転登記をいつでも行うことができたにもかかわらず、控訴人の本件根抵当権の設定時点(約3年3か月後)において自己への上記所有権移転登記をしていなかったこと、③被控訴人は、登記費用及び諸税の負担を避けたいがために、あえて登記名義を自身に移転する所有権移転登記手続を行わなかったこと、以上からすれば、本件4土地のBC夫婦名義の不実の登記が放置されたことについて、被控訴人の帰責性は優に認められる。

したがって、本件については、民法94条2項の類推適用がなされるべきである。

(2)  民法94条2項の類推適用において、「意思外観対応―自己作出型」及び「意思外観対応―他人作出型」の類型の事案では、第三者は善意である限り保護されるというのが確立した判例法理である。

本件は、「意思外観対応―他人作出形」の類型の事案である上、前記のとおり、不実の登記が存続したことについて被控訴人の帰責性が大きい事案であることからしても、不実の外観を信頼した第三者は善意である限り民法94条2項の類推適用により保護されるというべきである。

(3)  仮に、不実の外観を信頼した第三者が保護されるためには、善意のみならず無重過失も必要であるとしたとしても、控訴人は、本件根抵当権設定当時、現地見分を行っていることに加え、不動産登記簿による所有名義の確認、所有名義人からの聴き取り、固定資産税課税台帳上の名義人の確認等を行っており、控訴人に悪意に等しいような重過失は認められない。

第3当裁判所の判断

当裁判所も、本件は、民法94条2項が類推適用される場合には当たらず、被控訴人の本件請求は、理由があるものと判断する。その理由は、以下のとおりである。

1  事実関係

証拠(《省略》、原審の証人D、同被控訴人本人)及び前記争いのない事実等(原判決2頁6行目から同4頁8行目までの引用部分)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1)  E(昭和63年9月13日死亡)及びF(平成2年9月7日死亡)の子は、被控訴人、B、Gの3名である。

(2)  Eは、昭和59年遺言(原判決2頁16行目)において、「Eの全財産をFに相続させる。遺言執行者としてFを指定する。」旨の遺言をした。Fの死亡後、H弁護士(本件遺言執行者)が、Eの遺言執行者となった。

本件4土地は、Eの所有であった。

(3)  G及びBが、Fの死後、相続放棄の申述を家庭裁判所に対して行ったことから、被控訴人が、Fを相続し、本件4土地を含むFの遺産をすべて取得した。

(4)  ところが、本件4土地について、BC夫妻を各持分2分の1の共有者とし、昭和47年10月21日時効取得を登記原因とする所有権移転登記(以下「本件所有権移転登記」という。)が、昭和58年12月23日受付でなされた(《証拠省略》)。

(5)  本件遺言執行者は、平成5年5月19日、本件4土地等はEの遺産である旨を主張して、本件所有権移転登記の抹消登記手続等を求める訴えを名古屋地方裁判所岡崎支部に提起した(原判決3頁9行目の丙事件)。これに伴い、本件所有権移転登記について、「平成5年5月19日名古屋地方裁判所岡崎支部へ訴提起」を登記原因とする同月24日受付の所有権抹消予告登記(以下「本件予告登記」という。)がなされていた(《証拠省略》)。

(6)  丙事件において、BC夫婦は、本件4土地はEから贈与されたと主張したが、1審裁判所は、平成11年1月26日、本件4土地はEの所有するものであり、同土地がEからBC夫婦に贈与された事実は認められないとして、BC夫婦に対し、同土地についての所有権移転登記の抹消登記手続を命じる判決を言い渡した。BC夫婦は、控訴したところ、本件遺言執行者は、控訴審において、請求の趣旨を、本件遺言執行者への真正な登記名義回復を原因とする所有権移転登記手続を求める訴えに変更し、控訴審裁判所(名古屋高等裁判所)は、平成12年5月16日、本件4土地はEの遺産であり、本件所有権移転登記は現在の権利関係に符合していないとして、本件遺言執行者のBC夫婦に対する上記請求を認容する判決を言い渡した。

BC夫婦は、これに対し上告をしたが、平成14年7月12日、上告棄却の決定がなされ、前記控訴審判決は確定した(《証拠省略》)。

(7)  上記(6)の丙事件判決の確定後、被控訴人は、本件遺言執行者らから、本件4土地について本件遺言執行者勝訴の判決が確定したこと、同判決等に基づいて被控訴人名義に所有権移転登記ができることを教えられたが、その当時、被控訴人は、生活費にも困窮しており、登記手続費用や本件4土地の固定資産税等の公租公課を支払える資力がなかったことから、そのまま上記登記を放置していた(《証拠省略》、原審における被控訴人本人)。

(8)  控訴人は、平成17年10月28日、本件4土地等について、BC夫婦との間で本件根抵当権の設定契約を締結し、本件各根抵当権設定登記をなした(《証拠省略》)。

(9)  控訴人の従業員であり本件根抵当権設定契約の担当者であるD(以下「D」という。)は、同契約を締結するにあたって、本件4土地の登記簿を確認し、本件予告登記の存在に気付いた。しかし、Dは、BC夫婦から、「本件4土地は、Eの遺産ではないのに、Eの遺産問題にからめて訴訟で問題とされ、本件予告登記がなされた。平成14年に本件4土地に関する裁判も含めてEの遺産に関する裁判は終わっており、本件3土地などE名義に戻された不動産は、再度遺産分割協議をすることになった。しかし、本件4土地については、本件1土地や本件3土地とは異なり、裁判で、BC夫婦の所有であることが認められた。だから、本件4土地の本件予告登記は抹消されるはずである。なぜ抹消されていないのだろうか。」との虚偽内容を含む説明を受けたが、BC夫婦の上記説明内容をそのまま信じ、被控訴人の社内稟議に回し、その結果、同社は、本件根抵当権設定契約を締結した。

Dを含め、控訴人においては、BC夫婦に、本件4土地に関する裁判の判決書を見せるよう依頼したことはなかった(《証拠省略》、原審の証人D)。

2  民法94条2項の類推適用の可否について

(1)  上記1で認定した事実によれば、本件根抵当権設定契約の締結時、本件4土地は、真実は被控訴人の所有であったが、不動産登記簿上は、BC夫婦名義の本件所有権移転登記が存在したと認められる。そして、このような状態が生じたのは、BC夫婦の所有名義となっている登記につき、本件遺言執行者が提訴した丙事件の判決確定後においても、被控訴人が自身に移転登記をせずに、放置したことが主な原因であるといわざるを得ない。ただし、本件予告登記(平成16年法律第123号の不動産登記法による廃止前の制度)が存在していたから、平成5年5月19日に本件所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴えが提起されているという事実が登記簿上に公示されており、かつ、同予告登記が未だ抹消されていないのであるから、予告に係る訴えを提起した者が敗訴したことが確定していないこと(逆にいえば、BC夫婦勝訴の判決が確定してはいないこと、換言すれば、権利者がいずれであるかが浮動的であること)を推認させる外観があったということができる。

(2)  そうすると、被控訴人がもたらした状態というのは、被控訴人が真の所有者であることを示すものでない点で不正確であるが、所有者がBC夫婦であるのか、同夫婦を訴えている者等(本件遺言執行者あるいはEから相続した被控訴人)であるのかという択一的な浮動状態にあることを示すものではあり、結果として、不正確ではあるが、その影響は大きくはなく、本件4土地の登記を全体として観察すれば、積極的に虚偽の権利関係を示す外観はなかったというべきである。したがって、被控訴人がBC夫婦を同土地の真の所有者(共有者)であると第三者に信じさせるべき外観をもたらしたとまでいうことはできない。

(3)  このことは次の点からも明らかである。すなわち、控訴人が登記簿の外観に従った場合においても、本件予告登記があるから、控訴人は、BC夫婦を本件4土地の所有者であると完全に信じて本件根抵当権設定登記をすることになるはずのものではなく、また控訴人が仮にBC夫婦の虚偽の説明を信じた場合にも、後にBC夫婦の所有でないことが明らかとなって、それを前提とした上記の根抵当権設定登記が無効となる可能性が残されていることを承知の上で、上記根抵当権設定登記をしたはずである。現に、前記1で認定した事実によれば、控訴人の担当者Dは、本件予告登記を含めた本件4土地の登記簿上の表示・外観によって、BC夫婦が同土地の所有者(共有者)であると信じたのではなく、むしろ、「平成5年5月19日に提起された訴訟では、BC夫婦が勝訴しており、本件予告登記は本来抹消されるべきものであるが、どういうわけだか同登記は抹消されていない。」旨の登記簿上の表示・外観と矛盾・相反するBC夫婦の説明を信じて、同夫婦が同土地の所有者(共有者)であると信じたに過ぎないことも認められ、上記が裏付けられる。

(4)  したがって、本件4土地についての丙事件の本件遺言執行者の勝訴判決が確定した後、被控訴人が、いつでも被控訴人名義に所有権移転登記手続を行える状態になってからも、これをせずに長期間放置した事情があるとしても、本件4土地の不動産登記簿上、控訴人がBC夫婦を同土地の所有者(共有者)と疑いもなく信じるべき外観自体が存在したとはいえず、その意味では、控訴人は、登記簿上、BC夫婦が所有名義人であると記載されている部分の表示・外観だけを信じて取引関係に入ったとはいえない者である。そうすると、本件は、外観を信頼した者について民法94条2項を類推適用することによって保護すべき場合とは異なる問題状況にあるというべきであり、外観保護の必要性は必ずしも高くはなく、あえて民法94条2項の類推適用により控訴人を保護すべき場合には該当しないというべきである。

(5)  控訴人は、BC夫婦名義の本件所有権移転登記を放置したことについて被控訴人に帰責性があること、本件のような「意思外観対応―他人作出型」の類型の事案に民法94条2項を類推適用する場合には、第三者は善意である限り保護されるべきところ、控訴人は、BC夫婦が無権利者であることにつき善意であったから、民法94条2項の類推適用により控訴人は保護されることになる旨を主張するが、そもそも、民法94条2項を類推適用するには、真実の権利関係と異なる不実の外観の存在とその外観を信頼して利害関係を有するに至った第三者の存在が必要であるところ、前記に判示したとおり、本件根抵当権設定契約当時、本件4土地については、本件所有権移転登記と共に本件予告登記も存在しており、同土地の登記を全体として観察すると、BC夫婦が確定的な真の権利者であると第三者をして信じさせるような外観自体が存在しなかったのであるから、被控訴人に不実の外観の作出・存続に対する帰責性があるか、民法94条2項の類推適用.の場面において第三者は善意である限り保護されると解すべきか等を検討するまでもなく、本件に民法94条2項の類推適用の余地はなく、控訴人の主張は採用できない。

3  まとめ

前記1、2で認定・説示したところによれば、被控訴人が本件4土地の所有者であるところ、控訴人が民法94条2項の類推適用により保護されるべき者とはいえないから、被控訴人の本件請求は理由があるというべきである。

第4結論

以上の次第であり、本件請求は理由があるから、これと結論を同じくする原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 夏目明德 山下美和子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例