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名古屋高等裁判所 平成20年(ラ)159号 決定 2008年10月14日

抗告人(債権者) 株式会社X

同代表者代表取締役 A

同代理人弁護士 中村貴之

同 諸岩龍弥

相手方(債務者) Y

主文

一  原決定を取り消す。

二  本件を名古屋地方裁判所に差し戻す。

理由

第一抗告の趣旨及び理由

別紙「即時抗告状」及び「抗告理由書」記載のとおりである。

第二事案の概要

一  本件は、相手方に対する別紙の内容の判決〔抜粋〕(以下「本件判決」という。)の主文第三項を債務名義として相手方の所有する別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)について強制競売を申し立てた抗告人が、上記強制競売手続が無剰余により取り消されたことにより保全の必要性が生じている等と主張して、本件判決の確定後、本件判決主文第二、三項に表示された別紙請求債権目録記載の債権を被保全債権として、本件判決をなした本案裁判所である名古屋地方裁判所に対し、本件不動産の仮差押えを申し立てた事案である。

原審裁判所は、上記申立ては、民事保全制度が予定する保護の範囲を超えているとして、これを却下したため、抗告人がこれを不服として抗告した。

二  基礎となる事実

一件記録によれば、次の事実が認められる。

(1)  抗告人は、平成二〇年五月九日、原審裁判所に対し、本件判決の主文第二、第三項に表示された債権である別紙請求債権目録記載の債権を被保全債権として、相手方が所有する本件不動産について仮差押えの申立て(以下「本件仮差押申立て」という。)をした。

(2)ア  本件仮差押申立てに先立つ平成一九年三月五日、抗告人を本訴原告・反訴被告、有限会社aを本訴原告、相手方を本訴被告・反訴原告とする名古屋地方裁判所平成一七年(ワ)第三六六〇号営業禁止等請求本訴事件・同平成一八年(ワ)第一三四号損害賠償請求反訴事件において、本件判決が言い渡された。

本件判決の主文第三項等に仮執行宣言が付されたことから、抗告人は、本件判決主文第三項につき執行文の付与を受け、同年五月二五日、本件判決主文第三項に基づいて、津地方裁判所四日市支部に対し、本件不動産について強制競売の申立てを行い、同月二九日、上記申立てに基づき強制競売開始決定が発令された。

イ  上記強制競売手続は、本件不動産の買受可能額が手続費用及び差押債権者の債権に優先する債権の見込額の合計額に満たないとして、所定の手続を経て平成一九年一〇月二三日取り消された。

ウ  本件判決は、相手方による抗告及び上告がいずれも棄却され、上告受理申立ても不受理とされて、平成二〇年三月一四日に確定した。

エ  抗告人は、平成二〇年三月二八日、本件判決主文第一、第二項につき、執行文の付与を受けた。

第三当裁判所の判断

一(1)  仮差押命令は、民事訴訟の本案の権利の実現を保全するため(民事保全法一条)、すなわち、民事訴訟の本案の権利の実現が不能あるいは困難となることを防止するために、債務者の財産を現状のまま凍結することを目的とする民事保全処分の一つであって、金銭の支払を目的とする債権について、強制執行をすることができなくなるおそれ又は強制執行をするのに著しい困難を生ずるおそれがあるといえる場合に発することができるものとされている(同法二〇条一項)。

したがって、仮差押えの被保全債権について確定判決等の債務名義が存在する場合には、債権者は、遅滞なく強制執行の手続をとりさえすれば、特別の事情のない限り、速やかに強制執行に着手できるのが通常であるから、原則として、民事保全制度を利用する必要性(権利保護の必要性)は認められないというべきである。

しかしながら、被保全債権について債務名義が存在していても、執行停止命令が発せられているため、その債務名義に基づく強制執行を開始できないような場合であるとか、債務名義の内容が期限又は条件付きであるために相当の日時が経過した後でないと強制執行ができない場合など、債権者が強制執行を行うことを望んだとしても速やかにこれを行うことができないような特別の事情があって、債務者が強制執行が行われるまでの間に財産を隠匿又は処分するなどして強制執行が不能又は困難となるおそれがあるときには、債権者が既に債務名義を取得していてもなお権利保護の必要性を認め、仮差押えを許すのが相当である。けだし、かかる場合も、広義においては、民事訴訟の本案の権利の実現を保全する必要がある場合であり、仮差押えの前記のような制度目的に照らしてもこれを許すのが相当であるからである。

(2)  そこで、被保全権利について債務名義を有する債権者が、債務者所有の不動産に対して強制競売の申立てを行い、強制競売手続が開始されたが、無剰余を理由に同手続が取り消されたという事情がある場合にも、前記の特別の事情があるといえるかを、以下検討する。

上記のように強制競売手続が無剰余を理由として取り消された場合には、被保全権利の実現はいまだ行われておらず、かつ、先順位の抵当権の被担保債権が減少、消滅したり、不動産価格が上昇するなどして当該不動産に剰余が生じ、将来的には、当該不動産に対する強制競売によって被保全権利の実現・満足が得られる可能性が残されていながら、債権者が再び強制競売の申立てを行って強制競売が実施されるまでの間に、債務者が当該不動産を隠匿又は処分するなどして、その執行が不能又は困難となるおそれがある場合が少ないとはいえないから、債権者にとっては、被保全権利の実現を保全するために仮差押えを行っておくべき要請は高いと考えられる。

確かに、上記のような場合には、強制競売手続が無剰余を理由に取り消された後も、債権者は、債務名義に基づいていつでも再度当該不動産に対して強制競売の申立てを行うことは可能であり、債権者の強制競売の申立て自体に手続上の制約があるわけではない。しかしながら、債権者に対し、当該不動産に剰余が認められるまで繰り返し強制競売の申立てを行うことを要求することは酷であるし、無剰余取消しが行われてから債権者が再び強制競売を申し立て強制競売が取り消されることなく実施されるまでの間に、債務者が当該不動産を処分するなどして、債権者の権利の実現が不能となったり困難となるおそれもある。

とりわけ、強制競売手続が無剰余を理由として取り消されてから間もない時点においては、債権者が再度同一不動産に対して強制競売の申立てをしても、当該不動産の価額が無剰余取消しの時点以降の短期間に大幅に上昇したとか、無剰余取消しの時点に存在した抗告人の債権に優先する抵当権等がその後消滅した等の特段の事情がない限り、強制競売手続は再び無剰余を理由として取り消される蓋然性が高いから、このような場合には、事実上、相当の日時が経過した後でないと、強制競売の再度の申立てを行うことができない状況にあるといえる。

したがって、当該不動産に対する強制競売手続が無剰余を理由として取消されてから相当期間が経過していないなど、債権者が現時点で当該不動産に対して強制執行の申立てをしても、無剰余を理由として強制競売手続が取り消される蓋然性が高い事情がある場合には、債権者が直ちに強制競売を行うことを望んだとしても、速やかにこれを行うことができない特別の事情があるとして、債権者が仮差押えの被保全権利について債務名義を有していても、なお仮差押えの権利保護の必要性を認めるのが相当である。

なお、債権者が当該不動産の値上がりを待つために、その間仮差押えをしておきたいというような場合は、直ちに強制競売の申立てが可能であるのに、債権者が自らの意思でこれを行わないのであるから、その仮差押えの必要性は自ら作り出したものにすぎず、権利保護の必要性を欠くというべきであるが、上記のとおり、債権者が申し立てた強制競売が無剰余を理由として取り消された場合は、仮差押えの必要性は自ら作り出したものとはいえないから、上記の場合と同列に論ずることはできず、権利保護の必要性を認めるべきである。

二  以下、原決定の却下理由について付言する。

(1)  原決定は、現時点で無剰余の不動産について将来剰余価値が生じるか否かを事前に判断することは困難であり、執行可能な時期又は執行不可能と判明する時期がいつになるか見通しが立たないまま仮差押えを認めることは実質的に相当でない旨を判示している。

しかしながら、確定判決等の債務名義を有しない債権者の申立てによる通常の仮差押えが行われている場合でも、債権者は、債務名義を取得した後直ちに強制執行を実施しなければならないわけではなく、債権者がいつ強制執行を実施するか、仮差押えがいつまで存続するかを債務者が予測できないことは同じであって、このような仮差押えの存続期間の不確定性は、仮差押えの前から債権者が債務名義を有するか否かで異なるところはない。また、仮差押えの存続期間が不確定であることによって債務者が被る不利益については、仮差押解放金の供託による仮差押えの執行の停止又は取消し(民事保全法二二条)や、事情変更による保全取消し(同法三八条)の制度によって対処することを法は予定しており、債務者にとって特に酷な結果になるともいえない。むしろ、仮差押えを認めないと、後記(2)のとおり、債務者が本来得られなかった利益を得る場合が生じ、債権者に不当な不利益を及ぼすことになる。

したがって、原決定が判示する上記のような理由をもって、本件仮差押申立てを許すべきでないとするのは相当でない。

(2)  原決定は、抗告人は債務名義に基づいて少なくとも強制執行に着手することは可能であり、仮に現時点で強制執行を行っても無剰余取消しによって債権の満足が得られないとしても、このような事情は、債務者の現時点の責任財産の価値が債権を満足させるに足りないこと及びこのような場合に民事執行法が無剰余取消制度を認めていることからくる事実上の結果にすぎないこと、債務者の責任財産の価値が低いことによる不利益は債権者が誰しも負うべきリスクであること、債権者がこのような不利益を避けるために仮差押制度を利用することは民事保全制度が予定する保護の範囲を超えていることも、本件仮差押申立てが許されないことの理由としている。

しかしながら、強制競売手続が無剰余を理由に取り消されたことによって債権者が債権の満足を得ることができない場合は、強制競売が実施されたものの当該不動産の価格が低いために、結果的に債権者が債権の満足を得ることができなかった場合とは明らかに事情を異にする。すなわち、強制競売手続の無剰余取消しは、当該不動産の現実の売却価格や市場価額ではなく、買受可能価額を基準として剰余の有無が判断されるものであり(民事執行法六三条)、また、買受可能価額は、売却基準価額(原則として評価人の評価に基づいて定められるもの)から、その十分の二に相当する額を控除した価額であって(同法六〇条)、買受可能価額は一般的に市場価額よりも低い場合が多いことから、債務者が無剰余取消しの後に当該不動産を買受可能価額を上回る価格で処分・換価する可能性もないわけではなく、本来ならば当該不動産の売却価額によって債権の満足を得られるはずの債権者が、債務者が同不動産を処分したいがために債権の満足を得られないという不利益を被る可能性もあるからである。したがって、このような場合に仮差押えを許さないとするのは債権者に酷であり、前記説示のとおり、本件仮差押申立てを認めることが民事保全制度が予定する債権者の保護の範囲を超えているとはいえないと解するのが相当である。

加えて、前記のとおり、本件仮差押申立ては、債権者が、現時点で強制競売を行っても当該不動産の価格が低く自らの債権の十分な満足が得られないことから、当面強制競売を行わないで当該不動産の価格の上昇を待ちたいことを理由に、仮差押えの申立てを行っているというような場合とは異なり、現時点で抗告人が強制競売の申立てを行っても無剰余を理由に競売手続が取り消されて競売にまで至らない可能性が高いことを理由として、仮差押えの申立てを行っているものであるから、抗告人が債務名義に基づいて強制執行に着手すること自体は可能であることや、債務者の責任財産の価値が低いことによる不利益は債権者が誰しも負うべきリスクであること等、原決定の前記判示の理由をもって、本件仮差押申立てを許すべきでないとするのは相当でない。

三  そうすると、前記の当裁判所の判断と異なる見解のもとに、抗告人が被保全債権について即時に強制執行の申立てが可能な債務名義を有していることを理由に本件仮差押申立てを許されないものとして、これを却下した原決定は不当であり、取消しを免れないものといわざるを得ない。

したがって、原決定を取消し、抗告人が現時点で本件不動産の強制競売を申し立てても再び無剰余を理由として強制競売手続が取り消される蓋然性が高いことを裏付ける事情(これは、無剰余取消がなされてから一年未満の本件においては、無剰余取消しの時点で存在していた先順位担保権等が現時点でも消滅していないこと等で足りると解される。)や、その他民事保全法一三条の保全の必要性等について、さらに原審裁判所において審理を尽くさせるべく、本件を名古屋地方裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 林道春 裁判官 夏目明德 山下美和子)

別紙 即時抗告状《省略》

別紙 抗告理由書《省略》

別紙 本件判決(抜粋)《省略》

別紙 物件目録《省略》

別紙 請求債権目録《省略》

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