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名古屋高等裁判所 平成20年(行コ)10号 判決 2009年1月22日

主文

1  1審被告の控訴により,原判決主文第1項中の原判決別紙1記載の番号50の非開示決定の取消しに係る部分を取り消す。

2  上記部分に関する1審原告の請求を棄却する。

3  1審被告のその余の控訴及び1審原告の控訴をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は,第1,2審を通じて,これを5分し,その1を1審原告の,その余を1審被告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判(以下,略称は,原則として原判決の表記に従う。)

1  1審原告

(1)  原判決主文第2項を次のとおり変更する。

本件決定(原判決2頁)のうち原判決別紙1記載の番号37を非開示とする部分を取り消す。

(2)  1審被告の控訴をいずれも棄却する。

(3)  訴訟費用は,第1,2審とも,1審被告の負担とする。

2  1審被告

(1)  原判決中,1審被告の敗訴部分を取り消す。

(2)  1審原告の請求をいずれも棄却する。

(3)  1審原告の控訴を棄却する。

(4)  訴訟費用は,第1,2審とも,1審原告の負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,1審原告が,本件各非開示部分(原判決7頁)に関する本件決定の取消を求めた事案であり,これに対し,1審被告は,同部分には本件条例7条2号本文所定の非開示情報(以下「個人識別情報」という。)が記載されていると主張して争った。

なお,1審原告は,A(原判決4頁)の元従業員で,B(同5頁)の産業廃棄物の収集運搬に従事していたが,平成16年3月23日,1審被告に対し,Bにおいて,廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃棄物処理法」という。)所定のマニフェスト(同5頁)が偽造され,更に 再委託禁止規定に違反する不適正処理が行なわれている旨の情報提供(以下,その対象となる出来事を「本件事案」といい,その産業廃棄物を「本件廃棄物」という。)をし,次いで,これを受けて1審被告がした行政指導に関する文書について,本件条例(同3頁)に基づき,平成17年7月12日,開示を請求し,三重県知事が本件決定(同月26日付の公文書の一部非開示決定)をしたという事実関係がある。

2  原審は,マニフェスト記載の担当従業員の氏名,印影等に関する1審原告の開示請求を認めて,本件決定を一部取消し,その余の請求を棄却したため,両当事者が控訴した。

3  その後,1審原告が控訴を一部取下げたため,当審の現在の審理の対象は,①本件業務報告書1(原判決5頁)中の,A代表取締役作成の顛末書(甲9。以下「本件顛末書」という。)に記載されたマニフェスト作成者の氏名,役職(原判決別紙1の番号37。以下「本件番号37」という。)に関する請求(1審原告の控訴に係る部分)と,②本件業務報告書2(同5頁)中の,(a)A作成の報告書(甲13。以下「本件報告書」という。)に記載された関係者の氏名(姓のみ。同番号50。以下「本件番号50」という。),(b)B作成のマニフェスト(甲16ないし22。以下、一括して「本件マニフェスト」という。)に廃棄物処理法所定の要式で記載された従業員の氏名,印影(同番号87,94,100,102,108,110,117,118,128,133,134,135,141,143,149,150,157,158,167,174,175。以下,一括して「本件番号87等」という。)に関する請求(1審被告の控訴に係る部分)である。

4  前提となる事実,争点及びこれに関する当事者の主張は,次項のとおり原判決を補正し,下記6ないし8のとおり当審における当事者の主張(原審における主張の敷衍を含む。)を付加するほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第2事案の概要」の1及び2に記載のとおりであるから,これを引用する。

5  原判決の補正

(本件条例7条3号の記載の補充)

原判決4頁1行目から4行目までを,以下のとおり改める。

「3号 法人その他の団体(略。以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって,公にすることにより,当該法人等又は当該個人の競争上の地位その他正当な利益を害すると認められるもの。ただし,次に掲げる情報を除く。

イ (略)

ロ 違法又は不当な事業活動によって生じ,又は生ずるおそれのある影響から県民等の生活又は環境を保護するため,公にすることが必要であると認められる情報

ハ イ又はロに掲げる情報に準ずる情報であって,公益上公にすることが必要であると認められるもの」

6  本件番号37に関する当事者の主張(当審分)

(1)  1審原告の主張

ア 原判決は,本件番号37の非開示決定は適法であると判断した。

しかし,マニフェストの作成者は,その作成の真正を担保するために,廃棄物処理法がマニフェストに記載することを定める法定義務者であり(同法施行規則8条の21),その氏名,役職は,本件条例7条3号所定の法人情報の一種か,事業を営む個人の当該事業に関する情報であって(以下,一括して「法人情報等」という。),2号の個人識別情報ではないから,これに該当するとして,本件番号37を非開示とした本件決定は,違法である。

イ そして,本件条例7条3号但書ロは,法人情報等のうち,違法不当な事業活動から県民等の生活又は環境を保護するため開示が必要な情報を非開示情報から除外しているが,本件顛末書のとおり,①本件事案は,Bが本件マニフェストに排出元の企業名を虚偽記載した,いわば産業廃棄物の原産地の偽装事件であって,食品偽装表示に匹敵する悪質事案である。また,②Bは,本件廃棄物の種別も偽り,安定型処分場では処分することができないシュレッダーダストを汚泥と偽装しているから,かかる虚偽のマニフェストの作成者(本件番号37に氏名が記載された者)の責任は重大であって,個人識別情報を理由とする法的保護は与えられない。

(2)  1審被告の主張

ア 上記(1)のうち,本件顛末書に株式会社C(以下「C」という。)からシュレッダーダストの受入を拒否された旨記載がある事実は認めるが,その余は,否認ないし争う。

イ 本件廃棄物のうち,Dで焼却処分された産業廃棄物は廃プラスチック類で,Eで埋立処分された産業廃棄物は燃え殻であり,いずれも許可品目として処理できる産業廃棄物である。また,本件マニフェストのうち甲22を除く分は,産業廃棄物の不適正処理に関連して作成されたもので,排出事業者名ないし中間処理業者名,最終処分業者名に虚偽記載があるが,処理された産業廃棄物の種別に虚偽記載はなく,更に甲22には,まったく虚偽記載がない。

ウ 廃棄物処理法施行規則8条の21は,マニフェストの記載事項を定めるにすぎず,法定義務者を定めた規定ではない。また,個人に関する情報は,法人の従業員の職務遂行に関する情報でも個人識別情報に該当するから(最高裁平成15年11月11日判決),1審原告の主張は理由がない。

7  本件番号50に関する当事者の主張(当審分)

(1)  1審被告の主張

ア 原判決は,個人の姓が記載された本件番号50は,その記載自体又は他の情報と組み合わせることにより特定の個人が識別され得る情報とは言い難いとして,同部分の非開示は違法と判示した。

イ しかし,本件条例5条は,何人にも開示請求権を認めており,本件報告書の作成経緯を知る者の請求に対し,本件番号50を開示すれば,特定の個人が識別できるから,これを個人識別情報に当たらないとするのは誤りである。

ウ また,原判決の上記判示は,開示請求があれば,実施機関は,公文書に記載された氏名と文書の体裁・内容等との関連性や,当該個人の属性を調査し,特定の個人が識別できるか否かを判断して,その開示非開示を決定すべきことを前提としているが,本件条例にこのような調査義務を認めた規定は存在しない。更に,上記判示は,実施機関の調査義務を否定した最高裁平成18年4月20日第一小法廷判決にも違背しており,不当である。

エ 下記(2)の1審原告の主張のように,一般人を基準として個人識別情報か否かを判断することになれば,実質的には個人識別情報であっても,開示されることになり,本件条例7条2号の趣旨を没却することになる。

(2)  1審原告の主張

公文書記載の情報から個人が特定できるか否かは,一般人を基準として判断すべきであって,本件報告書の作成経緯を知る者が特定の個人を識別できるかどうかという特殊な基準で行なうべきではない。また,最高裁平成18年4月20日判決は,本件と事案が異なり,本件に適切ではない。

8  本件番号87等に関する当事者の主張(当審分)

(1)  1審被告の主張

ア 原判決は,本件番号87等には,個人識別情報が記載されているが,個人のプライバシー保護と開示による公益保護を比較衡量すれば,本件条例7条2号但書ロ所定の人の生命,身体,健康,財産,生活又は環境を保護するため,公にすることが必要であると認められる情報(以下「公益保護情報」という。)に該当する旨判示した。

しかし,原判決には,次項以下のとおり理由不備の違法がある。

イ すなわち,本件条例7条2号但書ロの比較衡量においては,①当該情報を開示しないことにより保護される個人の権利利益の内容・性質,これが害された場合の態様・程度及び,②当該情報を開示することにより保護される人の生命,身体,健康,財産,生活又は環境の権利利益の内容・性質,これが害された場合の態様・程度を総合的に勘案すべきであって,各利益の具体的性格を慎重に検討する必要があるが,原判決は,一般的抽象的なマニフェスト制度の実効性確保を比較衡量するに留まり,実体的な環境汚染や健康被害といった具体的な権利侵害を検討しておらず,誤りである。

ウ そして,個人識別情報が本件条例7条2号但書ロ所定の公益保護情報に該当するのは,①現実に人の生命,身体,健康,財産,生活又は環境に被害が発生しているか,将来侵害される蓋然性が高い場合,又は,②その蓋然性が高く,当該情報を開示することにより,これらの侵害が除去される蓋然性がある場合に限られるというべきであり,かつ開示請求者にその立証責任があるが,以下の要素を比較衡量すれば,開示による公益保護の要請が,個人のプライバシー保護に優越するといえないことは明らかである。

エ すなわち,本件番号87等につき,非開示とされた情報は,個人の氏名等であって,個人識別情報そのものであり,マニフェスト記載の担当者にも,自己に関する情報をみだりに開示されない権利があることは当然であるが,一旦個人の氏名等が開示され,プライバシーが侵害されれば,回復は困難であるから,保護の要請は高い。特に,本件事案ではマニフェストの虚偽記載が問題になっており,また産業廃棄物処理施設が厳しい評価を受けている現状では,当該担当者も厳しい評価を受けるおそれがあるから,そのプライバシー保護の要請は,極めて高いというべきである。

オ これに対し,本件事案は,マニフェストの記載に係る手続違反に留まり,①本件廃棄物の大部分は,前記6(2)イのとおり,許可を受けた事業者であるDやEにより処分されているのであって,不法投棄のような環境汚染や健康被害は認められず,将来,環境被害が発生する蓋然性もないから,本件条例7条2号但書ロに該当する余地はない。

更に,②甲22に係る原判決別紙番号167,174,175の部分については,本件マニフェストに虚偽の記載はなく,その分の本件廃棄物は当該マニフェストどおり適切に処理されている。

カ また,①原判決の掲げるマニフェスト制度の実効性確保は,廃棄物処理法所定の行政処分や罰則によって図られるべき問題であり,本件条例7条2号但書ロにおいて比較衡量されるべき具体的な権利利益に当たらないし,②廃棄物処理法に基づく調査権限のない者が,マニフェストに基づき産業廃棄物が適正処理されているかを検証することは困難であり,本件マニフェストを開示しても,マニフェスト制度の実効性が確保されるわけでもないから,本件番号87等の開示は許されない。

キ 廃棄物処理法の平成12年改正案の審議に関する政府委員発言(乙14)から明らかなとおり,もともと同法では,マニフェスト制度は事業者間での情報開示に留まる制度と理解されており,公表は予定されていないから,原判決が,マニフェスト記載の担当者の氏名等は産業廃棄物の適正処理の検証に用いられることが当然予想されていると判示したのは独善である。

ク 他方,マニフェスト記載の担当者の氏名等は,廃棄物処理法上,監督官庁,排出事業者,運搬事業者,処分事業者による産業廃棄物の適正処理の検証に用いられることは予想されているが,本件条例に基づき,何人に対しても上記適正処理の検証に用いられることまで予想されているわけではなく,この点に関する原判決の判示にも論理の飛躍がある。

ケ (下記(2)の主張について)

(ア) 下記(2)のうち,①D及びEに搬入された産業廃棄物につき,甲22を除く本件マニフェストに排出事業者名ないし中間処理業者名,最終処分業者名の虚偽記載がある事実,②本件顛末書にCからシュレッダーダストの受入を拒否された旨記載がある事実は認めるが,その余は,否認ないし争う。

前記6(2)イ,上記オのとおり,甲22を除く本件マニフェストの排出事業者欄等には,実際と異なる業者名が記載されているが,処理された産業廃棄物の種別に虚偽記載はない。

また,廃棄物処理法19条の7・8の各第1項は措置命令の規定ではないし,同法所定の措置命令は原状回復を命ずる趣旨の規定ではない。

(イ) 1審原告は,本件条例7条2号但書ロについても,同条3号但書ロと同様,違法又は不当な事業活動に関する情報であれば,開示すべきと主張するが,①本件条例7条3号但書ロが,「違法又は不当な事業活動によって生じ,又は生ずるおそれの影響から県民等の生活又は環境を保護するため,公にすることが必要であると認められる情報」と規定しているのに対し,②同条2号但書ロは,「人の生命,身体,健康,財産,生活又は環境を保護するため,公にすることが必要であると認められる情報」と規定するに留まり,違法又は不当な活動とは規定していないのであるから,違法又は不当な活動に関係があるというだけで,本件条例7条2号但書ロに該当することになるわけではない。

(ウ) また,本件処分時点において,マニフェスト記載の担当者が違法な活動をしたことは確認されていないから,同担当者が違法な活動をしたことを前提とする1審原告の主張は失当である。

(2)  1審原告の主張

ア (上記(1)ウの主張について)

(ア) 1審被告は,本件条例7条2号但書ロ所定の公益保護情報と認められるのは,人の生活環境に対する具体的な侵害のおそれが生じている場合に限られると主張するが,これは,本件条例上の開示請求に対し,人格権に基づく差止請求と同様の極めて高いハードルを設定しようとするものであって不当である。

上記解釈では,産業廃棄物に関する非開示情報については,事実上,最終処分場の近隣居住者しか当該情報の開示を受けられなくなってしまうが,これは「何人も,この条例の定めるところにより,実施機関に対し,当該実施機関の保有する公文書の開示を請求することができる。」(本件条例5条)と規定した本件条例の趣旨に反するものである。

(イ) 産業廃棄物の最終処分場の環境汚染のおそれに関しては,数十年単位の長期的観察が必要なことは社会通念であって,廃棄物処理法も,最終処分場の廃止には,環境省令で定める届出後,更に経過観察を続けて,環境省令で定める技術上の基準に適合していることにつき都道府県知事の確認を受けたときに限り,廃止できる旨を定めており,現在操業中の最終処分場で環境汚染が顕在化していないことから,直ちに将来も環境汚染のおそれがないとする立場を取っていないのは明らかである。

(ウ) ①廃棄物処理法が定める原状回復(措置命令)の規定(同法19条の4・4の2・5ないし8の各第1項)には,「生活環境の保全上支障が生じ,又は生じるおそれがある」との文言が用いられているが,同要件は,人の生活に密接な関係がある環境に何らかの支障が現に生じ,又は通常人をしてそのおそれがあると思わせるに相当な状態が生じることをいうと解されており,通常人の社会通念による判断が基準とされている。また,②同法の定める都道府県の立入調査等の規定(同法19条)では,「廃棄物若しくは廃棄物であることの疑いのある物を無償で収去させることができる。」と,疑いがある物が対象とされているから,本件番号87等に記載された情報の公益性の判断に当たっても,同様の基準を用いることが相当である。

(エ) ①廃棄物処理法は,本件事案で問題となったマニフェストの虚偽記載及び再委託基準違反に対し,両罰規定を含む刑罰をもって対応しており(同法29条,26条1号,32条2号),これらは,マニフェストの虚偽記載や再委託基準違反が,産業廃棄物の不適正処理につながるとの観点から,その未然防止を目指すものである。また,②同法は,産業廃棄物の無確認輸出,投棄禁止違反,焼却禁止違反につき,未遂罪を設け,産業廃棄物の不法投棄・不法焼却目的の収集運搬罪を設けており(同法25条2項,26条6号),極めて早い段階から刑罰規定や行政庁の規制権限を発動しなければ,産業廃棄物の適正処理ができないとの立場を取っているのであって,本件条例7条2号但書ロの解釈に当たっても,廃棄物処理法の上記趣旨が生かされるよう配慮しなければならない。

イ (上記(1)オの主張について)

(ア) 1審被告は,本件事案では,産業廃棄物は許可を受けた事業者により処分されているとして,「処分」という言葉を極めて安易に使っている。

しかし,廃棄物処理法は,産業廃棄物の分別,保管,収集,運搬,再生,処分の各過程における適正処理を,その保管基準や処理基準等として詳細に定めているのであって,単なる処分で足りるものではない。

(イ) 本件廃棄物は,Bが本件マニフェストに正しい記載をすれば,適正処理困難物として,処理業者が受入れなかったはずの廃棄物であり,そのことは,本件顛末書に,要旨「Cからシュレッダーダスト等については,受入を拒否されていた」と記載されている点から明らかである。すなわち,処分業者は,Fが排出事業者を隠し,廃棄物の種別を偽ったために,本来受け入れられない本件産業廃棄物を間違って受け入れただけであり,虚偽のマニフェストに従って,不適正な処理がされた可能性が高いことは容易に推測できる。

(ウ) Bは,各地から産業廃棄物を受け入れている処理業者であるが,自社の管理型最終処分場の延命を図るため,一旦受け入れた産業廃棄物を搬出して埋立容量を増やすことを企図して,①同処分場に受け入れた産業廃棄物に少量の固化剤を混ぜただけで,処分場外に運び出しており,②更にその後,固化剤も混ぜずにそのまま場外に搬出するようになり,これを自社の排出した産業廃棄物としてマニフェストに記載していた。これらは,硫酸汚泥に○○という名称を冠して不法投棄したGと同じ手口であり,本件マニフェストの虚偽記載は,実体的に違法な不適正処理の一環として行なわれていたものであって,生活環境に汚染の危険性が生じている。

ウ (上記(1)キの主張について)

(ア) 1審被告は,廃棄物処理法はマニフェストの公表を予定していないと主張するが,法律が公表を予定していない公文書は多数存在しており,かつ本件条例の対象となるから,上記主張は非開示の理由にならない。

(イ) また,1審被告は,マニフェスト制度を事業者間での情報開示に留まる制度と主張しているが,まったくの出鱈目である。

すなわち,廃棄物処理法は,①産業廃棄物の排出事業者,収集運搬者,中間処理業者,最終処分業者に対し,都道府県知事へのマニフェスト提出を義務づけ,②産業廃棄物に付したマニフェストが戻らないとき等は,排出事業者に対し,その旨,都道府県知事への届出を義務づけているのであり(同法施行規則8条の27,8条の29),もともとマニフェストは,本件のような産業廃棄物の違法処理,不適正処理が行なわれた場合,行政庁が提出を求めて,廃棄物の流れや違法状況を把握するために用いるものであって,その本来の目的が,行政庁が産業廃棄物の不適正処理等のチェックのためにあることは明らかである。

エ 本件事案は,1審原告が勇気を出して内部告発したことにより発覚した事件であるが,1審被告は,発覚後も警察に告発しようとせず,Bから顛末書を取っただけで,本件事案の経過や,本件廃棄物の処理状況等につきなんら調査しないまま,本件廃棄物は受入先で処分されたから問題はないとして終了宣言をしてしまい,本訴でもBの廃棄物処理法の違反状況に関する1審原告の求釈明に応じようとしないが,これは廃棄物行政を預かる行政庁として著しい怠慢というべきである。被控訴人が,Bの違法処理,不適正処理の実態を知りながら,あえてかかる主張をしているとすれば,裁判所や国民を欺く悪質な主張というしかない。

第3当裁判所の判断

当裁判所は,①原判決と同じく,1審原告の請求のうち本件番号37の開示を求める部分は理由がなく,本件番号87等の開示を求める部分は理由があると判断するが,②本件番号50の開示を求める請求は,原判決と異なり,理由がないと判断する。その理由は,以下のとおりである。

1  本件番号37の開示請求について

当裁判所も,本件番号37に記載された情報は,本件条例7条2号本文の個人識別情報に該当し,他方で同号但書にも,同条3号本文の法人に関する情報にも(したがって,同号但書にも)該当しないから,1審原告の開示請求は理由がないと判断する。その理由は,以下のとおり,当審における1審原告の主張に対する判断を付加するほかは,原判決22頁3行目から10行目までのとおりであるから,これを引用する。

(1)  1審原告は,マニフェストの作成者は,その作成の真正を担保するため,廃棄物処理法施行規則8条の21においても,その必要的記載事項と定められた法定義務者であるから,その氏名,役職は,開示を要する法人情報等に該当し,非開示となる個人識別情報に当たらないと主張する。

(2)  そこで,検討するに,本件条例7条本文は,要旨,「実施機関は,開示請求があったときは,開示請求に係る公文書に次の各号のいずれかに該当する非開示情報が記録されている場合を除き,当該公文書を開示しなければならない」旨を定め,これを受けて,同条2号本文は,「個人に関する情報であって,特定の個人が識別され得るもの」は,同号但書に該当する場合を除き,非開示情報とする旨を定めているのであるから,本件条例は,個人が識別され得る情報を,それが個人のプライバシーに関するものであるか否か等にかかわらず,本件条例7条本文の非開示情報とする基本方針を採用していることが明らかである。

したがって,当該個人が,法人等の従業員として,その職務の遂行のためにした行為に関する情報も,本件条例7条2号本文の個人識別情報に該当するというべきであるから,当該個人が法人の代表者等であって,当該行為が同条3号本文の法人等の行為そのものと評価されるなどの特段の事情がない限り,同条2号但書該当の事由がある場合を除いて,当該情報を開示することはできないと解するのが相当である(最高裁平成15年11月11日第三小法廷判決・民集57巻10号1387頁)。

(3)ア  これを本件についてみると,本件番号37は,次のような情報であると認められる。すなわち,本件業務報告書1(甲3)は,Bに不適正処理があるとする情報提供を受けた三重県の担当者が作成した平成16年4月8日付けの調査報告書であり,その4において,Bからの事情聴取結果として,Bが自社処分場の延命のために平成12年当時,自社で処分すべき廃棄物を他社の名前で処分したかのようにすることとして,マニフェストに他社の名前を記載して,その廃棄物を搬入先である在神戸市のCに搬入した事実がある旨,Bはその過去の顛末書を三重県の調査時にも提出する旨が記載されている(なお,下記の本件顛末書の内容も勘案すると,本件業務報告書1のその4の記載は,正しくは,Bが他の排出事業者から排出された産業廃棄物を,自社が排出したかのように装って,Cに搬入したとの趣旨であるように解される。)。また,そのようにして甲3の報告書に添付されたのが平成13年当時の本件顛末書(甲9)であり,同書は,Aの代表者Hが平成13年8月に神戸市の関係部局に提出した書面で,他社名義のマニフェストを使用したのは,搬入先が受け付けられる廃棄物とそれを排出する業者名を必要としたからである旨が記載され,その際のマニフェスト作成者が本件番号37の個人である旨がその記述から認められる。

イ  そうすると,本件番号37は,Aの従業員名についての情報であって,代表者名を記載した情報ではないから,本件条例7条2号本文に該当する。また,上記の情報は,法人又は事業を営む個人に関する情報ではないから,本件条例7条3号該当性はないというべきである。

ウ  ところで,廃棄物の種別,その排出元,排出先は,人の生命,身体,健康,財産,生活又は環境を保護するために重要な情報であり,上記の顛末書に記載の廃棄物の仮装処理に関する記載事実はこの情報に該当する可能性があるということができる。しかも,1審原告の主張中には,本件条例7条2号但書該当性を主張するかのような部分もあるので,念のため,本件番号37の本件条例7条2号但書該当性の有無を検討する。

この点に関し,1審原告の主張中には,記載内容の適正を担保するためマニフェスト作成者名を記載することは法的義務である旨の部分がある。マニフェスト自体にその作成者名を記載することは法的義務であるが,そのことと,マニフェスト作成者名が顛末書に記載されている場合に,それを開示することとは,別問題である。また,マニフェストに虚偽の情報が記載されている場合に,その虚偽記載という事実は,顛末書に記載されたマニフェスト作成者名を開示することで確かになるという関係にはなく,そのような開示は,代表者がその名において作成した顛末書にマニフェストに虚偽記載がされた経緯が記載されること以上の効果をもたらすものではないのが通例である。

また,1審原告は,本件条例7条3号但書ロを根拠に虚偽のマニフェスト作成者には個人識別情報を理由とする法的保護は与えられない旨を主張するが,その点は,法人企業の従業員がそもそも同条3号に該当しないので,採用することができない。

エ  以上のとおりであり,前記(2)後半の特段の事情及び本件条例7条2号但書ロに該当する事由は認められず,1審原告の上記主張は,採用することができず,原判決のこの点に関する結論は相当である。

2  本件番号50の開示請求について

(1)  甲13及び弁論の全趣旨によれば,本件番号50は,本件報告書の余白に手書された個人の姓であるところ,個人の姓は,一般に,個人の識別のために使用される個人の名称に当たるから,特段の事情がない限り,本件条例7条2号本文の個人識別情報に該当すると認められるところ,上記特段の事情を認めるだけの証拠はない。そして,同号但書所定の非開示の除外事由について,格別の主張立証はないから,本件決定のうち,本件番号50を非開示とした部分は相当というべきである。

(2)  これに対し,1審原告は,姓だけでは当該個人を特定,識別することはできない旨を主張し,原判決も同旨を説示するが,採用することができない。

3  本件番号87等の開示請求について

(1)  前提となる事実

ア 甲22を除く本件マニフェストは,Bが真実の排出事業者を偽る不適正処理をした事案に関連して作成されたものであることは当事者間に争いがなく,これと,①甲6,7,9,11ないし14,25,29,43,63ないし65,乙11,弁論の全趣旨,②後記採用できない部分を除く乙15,16のほか,③甲15の存在及び内容,④甲16ないし22,66ないし72の各存在によれば,以下の事実が認められる。

(ア) Bは,産業廃棄物の中間処理,最終処分等を,Aは,そのグループ会社で,産業廃棄物の収集運搬等を行なう会社である。

従前,Bは,平成12年2月から平成13年6月までに,いわゆるシュレッダー業者等が排出し,自社が処理を受託したシュレッダーダスト(複数の産業廃棄物が発生段階から不可分一体に混合した破砕屑。甲63・45頁)その他の産業廃棄物のうち,①2万3000トン(概数。以下同じ)について,これを自社が排出した汚泥と偽り,その旨の内容虚偽のマニフェストを発行したうえ,Aをして,事情を知らない神戸市のCの処分場に搬入させ,処分するという,産業廃棄物の排出事業者及び種別の偽装行為を行なった前歴があった。また,②Bは,同時期に上記産業廃棄物のうち,上記①以外のシュレッダーダスト等5万1000トンを,I株式会社の処分場に搬入して,処分しており(以下,上記①と一括して「前件事案」という。),神戸市環境局に,上記①の事実が発覚したことから,上記①②の産業廃棄物の種類・数量,流通期間・経路その他の情報を記載した本件顛末書等の書面を提出していた(前記1も参照)。

(イ) 1審原告は,Aの元従業員であり,Bの産業廃棄物の収集運搬に従事していたが,平成16年3月23日,1審被告に対し,Bにおいて,同社が受け入れた産業廃棄物を,①平成12年6月24日から平成13年4月20日まで,大阪府八尾市の株式会社Jが排出した産業廃棄物と偽り,その旨マニフェストを偽造して,神戸市のCの最終処分場に搬入し,②平成12年3月頃から,奈良県磯城郡のK株式会社が排出した産業廃棄物と偽り,その旨マニフェストを偽造して,愛知県幡豆郡のEの最終処分場に搬入し,③平成13年9月27日,長野県松本市のLが排出した産業廃棄物と偽り,その旨マニフェストを偽造して,上記Eの最終処分場に搬入して,それぞれ処分するという,マニフェストの偽造,及び再委託禁止規定に違反する不適正処理を行なっている旨の,本件事案に関する情報提供(いわゆる内部告発)をした(以下,上記①②③の各事実をそれぞれ「本件①事実」などという。)。

(ウ) そこで,1審被告は,B及びAに対する事情聴取等を行ない,本件②③事実について,当初Bは,マニフェストの虚偽記載及び再委託禁止規定違反を否定していたが,1審被告から要求されたB発行のマニフェストを提出できず,結局,マニフェストの虚偽記,及び再委託禁止規定違反の事実を認めざるを得なくなり,要旨,(ア)平成12年7月頃から平成13年9月頃まで,長野県松本市のL株式会社その他の事業者が排出した産業廃棄物につき,排出事業者をK株式会社と偽り,その旨の虚偽のマニフェストを作成して,Eの最終処分場に搬入して処分し,(イ)平成15年9月15日,M株式会社から排出された産業廃棄物につき,排出事業者をBと偽り,その旨の虚偽のマニフェストを作成して,Dの処分場に搬入して処分するという,本件②③事実に関連する虚偽マニフェストの交付及び再委託禁止規定に違反する不適正処理を認める趣旨の報告をした(以下,一括して「本件(ア)(イ)事実」という。ただし,その内容は,1審原告の情報提供とは,排出事業者,再委託先,期間等において食い違っている。)

一方,本件②③事実に関して,前件事案で作成された,上記(ア)末尾のような産業廃棄物の種類・数量等を記載した報告書等がBないし1審被告等によって作成されたことを裏付ける資料はない。

また,本件①事実について,Bは,一貫してその事実を否認しており,これを認める顛末書等が提出されたことはない。

(エ) 本件マニフェストは,1審原告の情報提供に基づいて,1審被告の廃棄物監視・指導チームが平成16年5月19日付で作成した本件業務報告書2の添付書類であり,現在1審被告は,本件マニフェストのうち,(ア)甲16ないし21が,本件(ア)(イ)事実に係るBの産業廃棄物の不適正処理に関連して作成されたもので,排出事業者名ないし中間処理業者名,最終処分業者名に虚偽記載があると認めているが,(イ)甲22のマニフェスト(排出事業者・N株式会社,運搬受託者・A,処分受託者・Bとの記載のある,アスベスト屑30立法メートルに関するマニフェスト)については,虚偽記載の事実はないと主張している(その当否については,下記イで検討する。)。

イ 上記認定の事実によれば,Bは,少なくとも本件(ア)(イ)事実に係る一部内容虚偽のマニフェストの交付の事実及び他社への産業廃棄物の再委託先の事実が認められるところ,これらは,それぞれ廃棄物処理法12条の4,14条14項に反する違法行為と認められる。

そして,本件マニフェストのうち甲16ないし21に,上記違法行為に係る排出事業者名ないし中間処理業者名,最終処分業者名に虚偽記載がある事実は,当事者間に争いがなく,これと上記ア認定の事実によれば,特段の事情のない限り,他の本件マニフェストと同時期に作成されて,同じ本件業務報告書2に添付された甲22にも,本件(ア)(イ)事実の違法行為に関連する同様の虚偽記載がなされていると推認するのが相当であるが,上記特段の事情を認めるだけの証拠はない。

ウ 以上の認定に対し,1審原告は,本件顛末書に,シュレッダーダストをCの処分場に搬入しようとして,同社から断られた旨の記載があることを根拠に,本件マニフェストには,産業廃棄物の種別に関する虚偽記載も存在する旨主張しているが,上記ア(ア)認定のとおり,本件顛末書は,前件事案に関するものであるから,その後発生した本件事案に関する本件マニフェストに,同様の産業廃棄物の種別に関する虚偽記載があるとまでは認めることができない。

反対に,1審被告は,甲22には虚偽記載が存在しない旨主張するが,同号証の記載内容の正確性を担保して,上記イの推認を覆すだけの証拠資料は提出されておらず,採用することができない。

(2)  個人識別情報該当性について

上記認定の事実によれば,本件番号87等には,排出事業者,産業廃棄物処理業者,BないしAの各従業員を個人として識別するに足りる氏名,印影が記載されていると認めることができ,これらは,いずれも本件条例7条2号本文の個人識別情報に該当するというべきである。

(3)  個人情報保護条例(原判決8頁)に基づく開示請求との相違について

本件番号87等については,個人情報保護条例に基づく開示がなされているところ,当裁判所も,同条例に基づく開示がなされていることをもって,本件条例に基づく開示請求の根拠とすることはできないと判断する。

その理由は,原判決「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」の1のとおりであるから,これを引用する。

(4)  本件条例7条2号但書ロの該当性について

ア 本件条例7条2号は,同号本文の個人識別情報であっても,当該情報が同号但書ロの公益保護情報に該当する場合には開示しなければならない旨を定めている。

これは,本件条例においては,個人が識別され得る情報であれば,まず本件条例7条2号本文の非開示情報に該当するところ,それが,必ずしも私事にわたる情報等に当たらず,公にすることが必要な情報であり,プライバシー保護の必要性等が高くない場合には,公益を保護するため,適用除外として開示する方途を講ずることにより,両者の法益の均衡を図る趣旨に出たものと解することができる。

イ そして,特定の個人識別情報が,本件条例7条2号但書ロ所定の公益保護情報に該当するか否かは,①同号本文によって保護される個人識別情報の性質・内容,及び当該個人識別情報を開示することによって当該個人に及ぶ影響の内容・程度と,②同号但書ロに規定されている人の生命,身体,健康,財産,生活又は環境の権利利益の内容・性質,及び当該個人識別情報を開示しないことによって上記権利利益に及ぶ影響の内容・程度とを比較衡量して,後者の公益による開示の要請が,前者の個人識別情報に対する保護の必要性を上回るか否かを総合的に判断することにより決定するのが相当である。

また,後者の公益に関して,特定の法律による保護が図られている場合には,上記の具体的判断に当たり当該法律の趣旨,特別な保護制度の有無・内容等も勘案して,これを行なうことが必要であると解される。

ウ そこで,まず本件番号87等に関連する公益の有無やその内容,程度等について検討する。

(ア) 本件番号87等が記載された本件マニフェストは,廃棄物処理法12条の3のマニフェスト制度に基づき発行されたもので,同法は,廃棄物の排出を抑制し,及び廃棄物の適正な分別,保管,収集,運搬,再生,処分等の処理をし,並びに生活環境を清潔にすることにより,生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図ることを目的として制定された法律であるところ(同法1条),廃棄物のうちでも,産業廃棄物は,排出量が多量で,危険物等が含まれる場合があり,従前その不法投棄事件も発生していたこと等から,同法は,①産業廃棄物につき,排出事業者に最終処理の責任を負わせ(同法11条1項),②排出事業者からの委託を受けて実際の処理を行なう収集運搬業者,中間処理業者,最終処分業者の資格及びその事業遂行について規制を設けるとともに(同法12条,12条の2),③上記委託処理の適正を期すため,マニフェスト(産業廃棄物管理票)制度を設け,関係者にその交付・使用を義務づける(同法12条の3)など,一般廃棄物(同法2条2項)とは異なる規制を行なっている。

(イ) そして,マニフェストは,①排出事業者が,産業廃棄物の処理を委託する毎に収集運搬業者,中間処理業者に交付し,②産業廃棄物の運搬,処分の終了時に,その写しが排出事業者に回付されることにより,排出事業者等による委託処理の管理に使用されるものであるが,それだけではなく,廃棄物処理法は,産業廃棄物の運搬・処分を受託していないにもかかわらず,虚偽の記載をしたマニフェストを交付等することを禁止し(同法12条の4),その違反には罰則をもって対応しているのであって(同法29条8号),以上は,廃棄物処理法がマニフェスト及びマニフェスト制度によって,公益としての環境を保護する目的に出た趣旨であると解することができる。

(ウ) 次に,産業廃棄物の不適正処理による影響の及ぶ内容,範囲について検討するに,前記のとおり,産業廃棄物は多量で危険物等が含まれることがあり得るため,その不適正処理は,環境自体の汚染のほか,公衆の生命,身体,健康,生活の侵害,あるいは財産価値の毀損等,それらに深刻,広範な悪影響を及ぼす蓋然性があり,かつ一旦このような悪影響が発生した場合には,事後的にこれを原状に回復することは,困難であるか,多額の社会的費用等が必要な事態となるということができる。

そして,このような環境等への悪影響は,産業廃棄物が最終処分場以外に不法投棄された場合はもちろん,最終処分場に搬入された後の不適正な管理によっても発生し得るのであるが,上記のような不適正処理やこれによる悪影響は,即時に明らかになるとは限らず,相当期間の経過後になって,深刻な事態が発生していると発覚することも十分予想されるところであって,そのことは,最終処分場の廃止につき,廃棄物処理法及び環境省令が,経過観察や技術基準の適合に対する確認等の規制を設けている事実からも窺うことができる(同法15条の2の5第3項,9条4項,同法施行規則(環境省令)12条の11,12条の11の2等)。

以上によれば,産業廃棄物の不適正処理による悪影響は,地域的,時間的に非常に広範で,かつ深刻なものとなり得ると認められる。

(エ) 他方,廃棄物処理法は,産業廃棄物の収集運搬・処分の再委託を原則として禁止し(同法14条14項),その違反には罰則をもって対応しているが(同法26条1号),これは,過去の不法投棄その他の不適正処理の事例に鑑みて,再委託によって産業廃棄物の流通経路が不明確になり,その最終処理の責任が果たされなくなることを防止するため設けられた規定と解することができ,上記の再委託禁止の規制は,産業廃棄物の最終処理の適正を図るうえで,非常に重要な役割を果たしていると考えることができる。

(オ) 次に,本件事案の具体的内容について検討するに,前記(1)ア認定のとおり,Bは,本件事案以前にも,産業廃棄物の種別を偽り,他社の最終処分場で受入を拒否されたシュレッダーダストを,汚泥として処分させる不適正処理をしたことがあり,そのために虚偽の記載をしたマニフェストを発行したことがあったというのであるから,前記(1)ア(ア)の事実から窺われるBの産業廃棄物処理量の多さも勘案すれば,同社が過去恒常的に不適正処理をしてこなかったか,今後も同様の不適正処理をしないか否かは,環境保全に対して非常に重要な影響を与え得る事情に当たると認められるところ,将来同様の不適正処理の問題が発生した場合,同一の従業員が関与していたか否か等を確認することは,上記事情を検証する有力な資料となると認めるのが相当である。

また,BないしAのマニフェスト作成者名が,本件条例により請求者に開示されるかどうかは,当該作成者にとって重要な関心事であり,経営者等の指示に基づくのが通例とはいえ,誰が虚偽記載を直接したかどうかが一般人に本件公開条例により開示され得ることになっていれば,当該作成者がマニフェストに虚偽記載をしないようにする抑止効果がある程度期待することができる。

したがって,上記の開示は,マニフェストへの真実の記載を通じて環境保護という廃棄物処理法の目的の実現に相当程度資するということができ,反対に上記が非開示とされると,マニフェストに虚偽事実が記載されることを防止するための有力な手段の1つが失われることになる。

(カ) 以上の事情を総合すれば,本件マニフェストに記載されたBないしA,排出事業者,収集運搬業者及び処理業者の担当従業員の氏名や印影は,本件条例7条2号但書ロ掲記の環境のほか,人の生命,身体,健康,財産,生活の公益を保護するための公益情報として,その価値が高いと認めるのが相当である。

エ 次に,本件番号87等に記載された個人識別情報の内容,性質及び,これが開示されることによって,当該個人に及ぶ影響等の内容について検討する。

(ア) まず,本件番号87等に記載された情報に係る個人の権利利益についてみるに,本件番号87等を開示することによって明らかになるのは,法人であるBないしAその他の従業員としての行為であり,これは,当該個人の私生活にわたる事柄ではない。

したがって,これに関係する情報がプライバシーの中核部分に関する情報ということはできず,これに対する保護の要請が極めて高度であると評価することはできない。

(イ) また,BないしAが産業廃棄物の不適正処理等をしていた場合,本件番号87等の開示により,当該従業員は,このような不適正処理等に関与していたことによるマイナスの社会的評価を受けることになりかねないが,本件番号87等に記載された個人の氏名,印影は,廃棄物処理法所定の記載事項であり,各個人は従業員として,経営者等の指示のもとに受動的に関与していたと評価されるのが一般的である(なお,仮に積極的に重要な役割を果たした者がいたとしても,このような不適正処理に重要な役割を果たした者のプライバシーの権利を高く評価することができないのは当然であるから,その点をもって,上記認定を左右するほど重要な要素として勘案することはできない。)。

(ウ) 以上によれば,本件番号87等に記載された従業員の氏名等に関する情報に私的に高い保護を与える必要があるとか,これを開示することによって,当該従業員に深刻な悪影響が及ぶと認めることまではできないというのが相当である。

オ 以上の事情を総合すれば,本件番号87等に記載された情報は,Bの産業廃棄物の不適正処理に関連して作成されたもので,排出事業者名ないし中間処理業者名,最終処分業者名に虚偽記載のあるマニフェストであることに争いがないか,1審被告の業務報告書で取り上げられ,同様の虚偽記載があると推認されるマニフェスト中の作成者名等に関する情報であり,これを開示することに対する公益保護の要請は,これを開示しないことによって守られる個人的法益の保護の要請より優越すると認めるのが相当であるから,本件の事情の下においては,上記情報には,本件条例7条2号但書ロ所定の非開示の除外事由があるというべきであって,本件決定のうち,本件番号87等を非開示とした部分は,違法であり,これを取り消すのが相当である。

カ 1審被告の主張に対する判断

(ア)a 以上の認定に対し,1審被告は,個人識別情報が本件条例7条2号但書ロ所定の公益保護情報に該当するのは,①現実に人の生命,身体,健康,財産,生活又は環境に被害が発生しているか,将来侵害される蓋然性が高い場合,又は,②その蓋然性が高く,当該情報を開示することにより,これらの侵害が除去される蓋然性がある場合に限られるが,本件番号87等を非開示とすることによって保護される個人のプライバシーの保護の要請が高いのに対し,開示することによって保護される公益的法益は,抽象的なものにすぎない等と主張する。

b しかしながら,本件条例7条2号但書ロは,「人の生命,身体,健康,財産,生活又は環境を保護するため,公にすることが必要であると認められる情報」と規定し,「人の生命,身体,健康,財産,生活又は環境に対する侵害が発生しており,これを除去する必要があるとき」とか,「侵害が切迫しているとき」とか,「開示することによって,侵害が除去されるとき」等とは規定していないのであって,文理上,1審被告の主張を採用することは困難である。

c のみならず,前記ウ(ウ)判示のとおり,産業廃棄物の不適正処理による環境等への悪影響は,相当期間の経過後になって発覚することも十分あり得るのであって,本件条例7条2号但書ロの比較衡量を行なうに当たっては,このような点も勘案することが必要である。

しかるに,前記(1)アのとおり,本件事案では,Bが本件(ア)(イ)事実を認める報告をしているというものの,同社には,前件事案で多量の産業廃棄物の不適正処理やマニフェストの虚偽記載を行なった前歴があるうえ,本件事案でも,当初,マニフェストの虚偽記入及び再委託禁止違反の事実を否認しており,また最終的に本件事案では,前件事案で作成された産業廃棄物の種類・数量等を記載した報告書等も作成された形跡がない。したがって,このような状態では,将来,本件廃棄物の処理の適正について検証が必要となることも予想されるところ,本件マニフェストの内容が完全に開示されることは,そのための1つの手懸かりを提供することになる。

これに対し,本件番号87等に記載された情報に係る個人的な権利利益が高度の保護を要請される内容と認められないことは,前記エに判示したとおりである。

したがって,1審被告の上記主張は,比較衡量の対象となる法益や権利利益の具体的性質,内容等を無視するものであり,採用できない。

(イ)a 1審被告は,①廃棄物処理法では,マニフェストの公表を予定していないし,②マニフェスト記載の担当者の氏名等は,監督官庁,排出事業者,運搬事業者,処分事業者以外の者による,産業廃棄物の適正処理の検証に用いられることは予想されていないと主張して,本件番号87等の非開示を求めている。

b しかしながら,廃棄物処理法上,マニフェストの第三者に対する公表制度が設けられていないとしても,そのことが第三者に対する開示を禁止する趣旨である等の特段の事情がない限り,廃棄物処理法とは別個の法規である本件条例による開示を否定する根拠となるものではなく,上記特段の事情を認めるだけの証拠もない。

また,マニフェスト制度に関する前記ウ(イ)(ウ)の規制を考慮すれば,廃棄物処理法が,マニフェストを監督官庁,排出事業者,運搬事業者,処分事業者以外の者による,産業廃棄物の適正処理の検証に用いることを禁止する趣旨に出たと解することはできない。むしろ,第三者に見られているという意識が,関係業者のみならず,監督官庁にも適正な行動を取らせる動機になることにも思いを致すべきである。

したがって,1審被告の上記主張も採用することができない。

第4結論

以上の次第で,①本件請求のうち,本件番号37の開示を求める部分は理由がなく,本件番号87等の開示を求める部分は理由があって,原判決のうち,これらの請求に関する部分は相当であるから,同部分に対する1審原告及び1審被告の控訴をいずれも棄却することとし,②本件請求のうち,本件番号50の開示を求める請求は理由がないから,原判決のうち,同請求に関する部分を取り消して,1審原告の請求を棄却することとする。よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 夏目明徳 裁判官 山下美和子)

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