名古屋高等裁判所 平成20年(行コ)32号 判決 2009年2月26日
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
2 被控訴人が,桑名市議会Aに対し,平成17年度に交付した政務調査費のうち174万3204円の返還請求を怠っていることが違法であることを確認する。
3 控訴人のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は,第1,2審を通じ,これを4分し,その1を控訴人の,その余を被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴の趣旨
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人が,Aに対し,平成17年度に交付した政務調査費のうち174万3204円の返還請求を怠っていることが違法であることを確認する。
(3) 被控訴人は,B,C,D,E,F,G,H,I及びJに対して,連帯して,174万3204円を支払えと請求せよ。
(4) 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
2 控訴の趣旨に対する答弁
(1) 本件控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は控訴人の負担とする。
第2事案の概要(以下,略称は,原則として原判決の表記に従う。)
1(1) 本件は,桑名市議会における会派であるA(原判決1頁にいう「本件会派」)が,平成17年度に交付された政務調査費の一部174万3204円を,本件会派開催に係る本件講演会(原判決5頁参照。なお,講師のKを,以下「本件講師」という。)の開催費用のために支出したこと(原判決5頁17行目にいう「本件支出」)について,同支出は,政務調査費の使途基準を逸脱し,また,公金をもってする政治活動や寄附行為に当たる違法な支出であり,本件会派は桑名市に対して同額を不当利得として返還すべきであるにもかかわらず,被控訴人が本件会派に対する返還請求を違法に怠っているとして,桑名市の住民である控訴人が,地方自治法(以下「法」という。)242条の2第1項3号に基づき,上記怠る事実の違法確認を求めるとともに,同項4号に基づき,被控訴人に対し,本件会派の所属議員9名(原判決4頁23行目にいう「本件議員ら」)に,連帯支払による同額の不当利得返還あるいは不法行為に基づく損害賠償を請求するよう求めた住民訴訟である。
(2) 原審は,本件講演会の開催目的と市政との関連性を否定することはできず,本件支出がその必要性,合理性を欠くことが明らかとはいえないから,本件支出は,政務調査費の使途基準を逸脱しておらず,違法であるとは認められないとして,控訴人の請求をいずれも棄却したところ,控訴人は,これを不服として控訴した。
2 関係法令等の定め,前提となる事実,争点及びこれに関する当事者の主張は,以下の3ないし5において,原判決を補正し,控訴人及び被控訴人の当審における各主張(原審での主張を敷衍するものを含む。)を加えるほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」1ないし3に記載のとおりであるから,これを引用する。
3 原判決(関係法令の定め)の補正
原判決2頁8行目の「法100条13項」及び同頁12行目の「同条14項」の次にそれぞれ「(平成20年6月18日法律第69号による改正前のもの。以下,同じ。)」を加える。
4 控訴人の当審における主張
(1)ア 本件講演会は,議員の研修目的で開催されたものではなく,市政との関連性も欠くものであって,市民が楽しむことを企図して企画された市民向けの講演会である。本件支出は,政務調査費の使途基準を逸脱している。
イ 著名なタレントの講演会に不特定多数の有権者を無料招待する行為は,寄附行為に当たり,公職選挙法199条の2に違反するという点でも違法である。
ウ 本件講演会開催案内のちらし(甲2。「本件ちらし」という。)には本件議員らの名前(ただし「J」は「j」と掲載)と連絡先を記載し,これを新聞折込で有権者のほぼ全世帯に配布した。また,本件議員らは,全員が本件講演会において,壇上で挨拶をし,同席した桑名市長(被控訴人)が同議員らを激励した。これらの行為は,議員の研修とは全く無関係な,本件議員らが自己を表象することに主眼を置いたものであり,公職選挙法が規定する「政治活動」に当たる。
エ 本件のような有権者への利益供与を伴う政務調査費の違法支出は,その評価を議員らの政治的責任に委ねたのでは是正され得ない。
原判決が,本件支出の評価は支出を行った本件会派及びその構成員である本件議員らの政治責任に委ねられると判断したのは不当である。
オ 法の趣旨に沿った政務調査活動であれば,公職選挙法には抵触しないはずであり,公職選挙法違反(有権者に対する利益供与)が疑われるような活動は,政務調査活動には含まれない。
(2) 仮に法律及び条例上の政務調査費の使途基準が明確でないとしても,議員らの裁量を広く認めるのは相当ではない。
本件支出が,「明らかに支出の必要性や合理性を欠くと認めるべき事情」がないから,本件使途基準(原判決3頁19行目参照)を逸脱するものではなく適法である,と判断した原判決は,調査研究活動か政治活動かが不明確な支出等,グレー部分の支出についての判断を議員の裁量に任せ,使途基準の拡大解釈を許し,不適正な支出の拡大を招くことになる。
被控訴人には,原則として,政務調査費の使途を調査する義務があり,その目的外支出に対しては返還請求をすべきである。
(3) 本件支出は,本件使途基準の「研究研修費」,「広報費」,「広聴費」,「資料作成費」等のいずれにも該当しない。
5 被控訴人の当審における主張
(1) 控訴人が主張する控訴理由は,結局のところ原審における主張の繰り返しであり,原判決の正当性を覆すに足りない。
(2) 控訴人は,本件支出が公職選挙法違反(寄附行為)に該当するか否かの判断を原判決が回避したことが不当であるなどと主張するが,本件訴訟の争点は,政務調査費の使途基準該当性に尽きるのであって,公職選挙法違反(寄附行為)に該当するか否かはそれ自体争点ではないから,裁判所が,この点について判断する必要はない。原判決は,本件講演会が有権者に対する利益供与であるかどうかの評価を本件会派及び本件議員らの政治的責任に委ねており,その意味では,上記の論点に真正面から回答をしている。
本件は,本件会派及び本件議員らの政治的責任に委ねられるべき問題である。議員が市民の付託と信頼に応えて自立的ルールを作成して政務調査費を支出するのは,法の不備ではないし,民主政治の過程と司法との役割分担に帰する問題である。
(3) 控訴人は,本件講演会が議員の調査研究活動ではなく政治活動であり,かつ,調査研究活動と政治活動を明確に区分し得るという前提に立って主張をしているが,独自の見解というほかない。
第3当裁判所の判断
当裁判所は,原判決とは異なり,本件講演会は議員らの調査研究活動に当たるとはいえず,本件支出が政務調査費としての使途に該当しない違法な支出であると判断する。その理由は,以下のとおりである。
1 本件支出に係る事実経過について
前提となる事実と,甲2,3,4の1ないし4,乙3ないし6,証人Bの証言及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1) 本件講演会の開催の経緯
ア 桑名市議会には10会派があり,本件会派は,当時最大会派で9人の構成議員があった。本件会派は,概ね2年毎に講演会を開催しており,講演会は係争の平成17年のもので3回目であった。
1回目は,平成13年9月に開催され,講師の福祉関係大学の教授が「介護保険の現状と今後の見通し」と題し,同じく講師の地方公共団体の首長が「これからの福祉」と題して各講演をし,その後質疑を行った。この時は,140名から150名の聴衆が参加した。
2回目は,平成15年に行われ,「楽しい高齢化社会の生き方」と題し,同様の講演会が開催され,この時は400名位の聴衆が参加した。この2回の講演会は,行政から見た福祉の在り方というテーマであった。
イ 本件会派は,その3回目の講演会として,高齢者を中心とした生活者の視点に立ち,高齢者の心の問題を語ることのできる講師を選定して,本件講演会を開催することとした。これは,平成13年に行った大学教授の講演は話が堅くて,高齢者には分かりにくかったということから,本件講演会においては,高齢者に親しみやすい講師を選ぶという方針を立て,本件講師に依頼することとしたものであった。
ウ 本件講師は,ラジオ,テレビの司会者等として,ラジオ,テレビに長年多数出演し,作詞家やエッセイストとしても著名なタレントであるし,近時高齢者の死等の問題を扱った「●●●●●●●●●●●●」(本件ちらしの題名と同じ),「●●●」等の著作があるが,福祉や医療関係の専門家ではない。
(2) 準備状況
ア 本件会派は,講演会場には,1人でも多くの市民が参加できるようにと,定員1500名が収容可能な桑名市民会館を使用することとした。
本件会派は,本件講師に対し,前記(1)イのような観点からの依頼の趣旨を伝え,行政から見た福祉の在り方というような話題ではなく,高齢者の心構え等,市民,とりわけ高齢者が聞いて分かりやすく,かつ,興味を持つことができるような話題・講演を希望した。
イ 本件会派は,本件講演会の開催のための本件ちらしを4万8550枚作成し,中日・毎日・朝日・読売の各新聞への折り込みの方法により配布したが,本件ちらしの表の面には,その約3分の1程度を本件講師の上半身の写真が占め,横書きで「K講演会」,縦書きで演題「●●●●●●●●●●●●」と大きく記載され,日時,場所が記載されており,そのインパクトの強さから,本件講師による講演会が開催されるということを伝える広告という印象を抱かせるものである。
本件ちらしの表の面には,「第3回 A主催」,「電子投票模擬体験 桑名市民会館ロビー」との記載もある(電子投票模擬体験については,後記(5)で検討する。)が,本件講師の顔写真に比べると相対的に印象の弱さがあることは否めない。
また,本件ちらしの裏面は,上段の約5分の2の部分が「電子投票模擬体験実施」と題して,「市民の皆様へ 模擬電子投票を体験しませんか。将来の投票方法になるか,一度電子投票に挑戦してください。」などと記載された電子投票模擬体験の案内,中段の約5分の2の部分が市内11か所における「K講演会整理券配布」の案内,下段の約5分の1の部分が「講演会のお問い合せ先・A」の記載となっており,問い合わせ先には,本件議員ら全員の氏名と連絡先があげられていた。
(3) 講演会当日の状況
本件講演会の当日,1000名近くの一般市民が参加して講演を聴講した。本件講師は,概要,生まれたときにテレビ・ラジオが家庭にあったかどうかの観点から参加者の年代調査を行い,NHKによる老人意識調査の紹介とぼけの兆候について,年寄りとしての心構え,自らの骨折・リハビリの体験を踏まえてのかかりつけの医者を持つことの重要性,よい医者とはどういう医者か,よい患者になるためにはどうすればよいか等,高齢者がこの先どのように生きていけばよいかに関する高齢者の心構え等の話を,聴衆の興味を引きつけながら,講演し,本件講演会は盛況であった。
参加した高齢者の市民からは,「(話に)堅さがない」,「心のふるさとである」等の感想があり,好評であった。また,本件議員らから本件会派会長のBに対しては,「心の中にゆとりが出た。考えていく力がついた。」等の感想があった。
(4) 本件講演会への本件議員らの関与の内容
本件講演会は,当日午後6時30分から午後8時までの予定で開催され,開演に当たって,本件議員ら全員が登壇し,本件会派の会長が挨拶をし,本件議員らを1人1人を紹介した。また,本件講演会には桑名市長である被控訴人と桑名市議会議長も同席しており,両名も聴衆を前に挨拶をした。
また,本件ちらしの裏面末尾の5分の1位のスペースに,講演会の問い合わせ先として,本件議員ら9名の氏名,住所,電話番号が記載されていた。しかし,上記以外に,本件議員らと本件講演会とを具体的に結びつけるものはなかったし,講演後にも,本件会派において本件講演の内容を具体的にどのような政策に結びつけていくことができるかについて,具体的な取組・検討がされはしなかった。
(5) 電子投票の模擬体験の同時開催
本件講演会においては,会場のロビーで講演会の入場者に任意参加で電子投票の模擬体験が実施された。電子投票とは,選挙権者が選挙に際して投票用紙に自ら記載するのではなく,投票カードを投票箱に入れ,画面の候補者名に触れる方法で投票を行うというものであった。電子投票模擬体験の案内は,本件ちらしの裏面の上段の約5分の2になされており,電子投票の模擬体験に参加したのは,本件講演会に入場した市民のうちの363名(半数未満)であった。
(6) 本件講演会の開催費用
本件講演会の準備,電子投票の模擬体験を含めた本件講演会の実施については,合計約174万円を要し,本件会派が,平成17年度の政務調査費から全額支出した。本件使途基準との関係では,研究研修費,資料作成費,人件費に該当するという処理がされた。
2 本件支出が本件使途基準に適合するか否かの判断基準について
(1) 政務調査費に関する制度の創設の経緯・趣旨
原判決14頁1行目から9行目までを引用する。
(2) 基準についての規定と内容
ア 法100条13項は,「普通地方公共団体は,条例の定めるところにより,その議会の議員の調査研究に資するため必要な経費の一部として,その議会における会派又は議員に対し,政務調査費を交付することができる。この場合において,当該政務調査費の交付の対象,額及び交付の方法は,条例で定めなければならない。」と定め,これを受けて,桑名市において定められた本件条例(原判決2頁16行目参照)は,2条において政務調査費の交付先を会派に限るとともに,5条において,「会派は,政務調査費を別に定める使途基準に従って使用するものとし,市政に関する調査研究に資するため必要な経費以外のものに充ててはならない。」と定め,8条において「政務調査費の交付を受けた会派は,その年度において交付を受けた政務調査費の総額から,当該会派がその年度において市政の調査研究に資するため必要な経費として支出した総額を控除して残余がある場合,当該残余の額に相当する額の政務調査費の返還をしなければならない。」と定めている。そして,本件条例5条を受けた本件規則(同3頁16行目参照)において定められた本件使途基準は,使用が許される支出項目として8項目を挙げ,それぞれについて内容を説明,例示しているところである。
イ そうすると,政務調査費が地方議会の活性化を図るために,地方公共団体の公金から交付される以上,これを用いて会派が行う調査活動は,市政と無関係であってはならず,少なくとも,市政との関連性が必要であり,この関連性を欠く調査活動は,本件使途基準に反する違法なものというべきである。
もちろん,具体的な政務調査活動や政務調査費が本件使途基準を満たすかどうかの判定の難しい場合もあろうが,その点は,活動・支出の目的等に照らして,事実認定の原則に従って決すべきは当然である。そのようにしても不明な費用がある場合については,いわゆる立証責任の分配の原則(訴訟前ではそれに準じる。)に従って判断するのが相当であるが,本件条例8条からすると,会派は,交付を受けた政務調査費の総額から,必要な経費として支出した残額がある場合,返還しなければならないと定められている上,政務調査費の給源が公金であることに照らすと,必要な経費かどうか不明なものは,返還の対象となると解するのが相当である。
ウ 被控訴人は,議会の自律性,会派による政治活動の自由等から,桑名市議会の会派が行う調査研究活動として,合理性ないし必要性を欠くことが明らかであると認められない限り,政務調査費の支出が本件使途基準に反するものとはいえない旨主張し,原判決が,政務調査費の支出が一見明らかに市政とは無関係であるとか,極めて不相当あるいは著しく高額であるなど,支出の必要性や合理性を欠くことが明らかと認められる場合に限り,本件使途基準違反の違法の問題が生じ,そうでない限りは,会派ないしはその所属議員が当該支出について政治的責任を負うことはともかく,違法の問題は生じない旨を判示しているが,上記イに反する趣旨を含むものであれば,その限度では採用することができないというべきである。
3 本件講演会の目的について
(1) 本件講演会と市政に関する調査研究との関係
ア 前記1の認定事実からすれば,本件講演会は,一般市民向きに開催された講演会であって,本件議員ら,あるいは本件会派自身の調査研究活動との関連性が希薄であるといわざるを得ない。本件会派及び本件議員らから見たときにも,本件講演会は,一般市民がどのようにして多数参加し,興味深く参加してもらえるかの観点にばかり関心が高く,本件会派自身の政務との関わりや関心との結びつきが具体的でないし,講演後にも政務にこれを生かしているという気配を窺わせる証拠はない。
イ 被控訴人に有利に見える下記の証拠も,下記の理由により,いずれも採用することができない。
(ア) Bの陳述書中には,本件講演会は,本件議員らだけを対象としたのではなく,一般市民をも対象としたものである旨の記述がある。
しかし,前記1のとおり,本件講演会の主たる聴衆として想定されていたのは一般市民であり,一般市民のための講演会を本件会派が主催し,同会派の構成員である本件議員らが,主催者側の一員として本件講演会に参加したというのが実態であり,本件議員らがこのように参加した本件講演会において本件講師から本件議員らの政治活動の調査研究に資する具体的な成果を得たとの証拠もない。
(イ) 本件講演会後,本件会派が作成した報告書には,「意義深いものであったのではないか」等と記載されているが,その趣旨が具体的に定かではなく,もっぱら参加した市民にとって有意義であったことをいうものと解される。
(ウ) 本件会派の会長であるBの原審における証言をみても,本件講演会のどういう点が市政に資するのかとの質問に対し,「高齢者がこの先どのように生きていけばよいか,分かりやすい話をしていただいたのです。」と回答するにとどまり,議員として何か成果があったのかとの質問に対しても,「心の中にゆとりが出た,考えていく力がついたと聞いています。」といった回答に終始し,本件講演会の講演内容は,個人の心の問題に関するものであって政策には結びつかないのではないか,という質問に対しては,「具体的には,これから勉強して結びつけていくところです。」と答えるにとどまるなど,本件議員らが,本件講演会を通じ,議員として何を学ぶ趣旨であったのかについての具体的説明がなく,本件講演会の講演内容を議員活動に役立てていこうという意思があったかは,大いに疑問であると言わざるを得ない。
(エ) 当審において本件議員らのうちBを含む5名の者の陳述書(乙8ないし10)が提出され,同各陳述書には,本件講演会の講演内容が,高齢者にとっての主治医の必要性を説くなど,後期高齢者医療制度を先取りする内容であった旨や,桑名市で進められている市民病院とL病院との再編事業に関する提言に生かされた旨等,具体的な議員活動に役立っているかのような記載もある。
しかし,Bの原審における陳述書(乙6)及び証人尋問にはそのような内容がなく,上記提言と本件講演会の講演内容との具体的関連性が明らかではないことからしても,乙8ないし10の陳述書の内容は,裏付けを欠き,これをそのまま信用することはできない。
(オ) なお,本件講演会においては,一応,高齢者の医療に関する事項が話題となっており,本件講師の体験談や「高齢者はよいかかりつけの医師を持つべきである」等の考えが,医療・福祉政策に何らかの示唆を与える面が全くないとまでは言い切れない。
しかしながら,そのような抽象的な関連性が存在するのみでは,直ちに市政や議員活動と関連性があると言うことはできない。
(2) 本件講演会と電子投票模擬体験との関係
本件講演会と同日,同会場で電子投票模擬体験も実施されている。
しかし,電子投票模擬体験の体験者を集める方法には様々なものが考えられ,市民向けの講演会を実施することが電子投票模擬体験を実施するために必要不可欠とはいえない上,本件ちらしの体裁,本件講演会の開催態様,本件講演会において電子投票模擬体験とは無関係な本件議員らの紹介,本件会派会長,桑名市長,桑名市議会議長の挨拶が行われていること,電子投票の模擬体験をした市民は本件講演会の聴講者の半数未満にとどまっていること等の上記認定の事情に照らせば,本件講演会は,電子投票模擬体験の体験者集めを目的とした同模擬体験実施に付随した活動ではなく,同模擬体験の実施とは別個独立のそれ自体を目的とした活動と見るのが相当である。
(3) まとめ
ア 以上の検討から明らかなとおり,本件会派は,過去にも一般市民に公開して講演会を開催してきたことから,今回もそれを踏襲して一般市民向け公開講演会を開催することとし,今回は,一般市民にさらに多く参加してもらい,一般市民に有益な講演がなされることを大きな目標にした。
そして,本件議員らが9名であるのに対し,これを大幅に超える1500名の収容が可能な桑名市民会館を講演会場として選定し,本件講演会の案内のための本件ちらしを主要日刊紙への折り込みにより大量に市民に配布し,著名タレントを講師に招き,一般市民に親しみやすい話をしてもらい,本件講演会の開演前に,聴講する市民の前で,本件会派会長,桑名市長,桑名市議会議長が挨拶を行うという議員の研修とは必ずしも関係のない行為が行われていること等の本件講演会の開催態様及び本件講演会の成果に対する本件議員らの認識等を鑑みれば,本件講演会は,本件議員ら自身の研さん・研修を目的として実施されたというより,専ら市民を聴衆とすることを意図した市民向けの講演会として開催されたと認めるべきである。
イ そして,被控訴人が,本件講演会は,本件議員らのためにもなると説明しているものの,本件議員ら自身が本件講演会を自身の政治活動の調査研究のために利用する意思・意欲がなかったし,現にそのような利用も見られないことから見て,本件講演会は,名実共に,市民のための講演会であったと言わざるを得ない。また,電子投票の模擬体験が本件講演会の聴衆中の任意の参加者によってされたという事実があるが,本件講演会の開催が電子投票の模擬体験から離れた独立したものとして存在したのであり,反対に電子投票の模擬体験のための集会を本件講演会と無関係に実施する計画があったとは窺われない。
ウ そうすると,本件講演会は,他の目的(選挙運動目的)があって開催されたのではないかとの控訴人の疑問が提起されるのも無理からぬ面がある。しかし,本件は,政務調査費の目的外支出の有無,その返還の有無を主な争点とする住民訴訟であって,選挙に関する訴訟ではない上,後記のとおり,本件支出が本件使途基準を逸脱することは明らかなので,本件においては,本件講演会の開催に係る本件会派又は本件議員らの行為が公職選挙法上の選挙に係る政治活動や寄附行為に該当するかどうかの点までの判断は要しない。
4 本件支出の適否について
(1) 前記2の判断基準に従い,前記3の本件講演会の目的に関する事実関係に当てはめると,本件講演会は,本件議員らの調査研究活動として実施されたとはいえず,本件支出のうち本件講演会に係る支出は,政務調査費に係る本件使途基準に反する違法なものというべきである。
(2) ところで,電子投票模擬体験の実施及びこれに関する市民へのアンケート調査は,地方議会選挙等における電子投票制度の導入の是非等を検討する前提として,一般市民による模擬体験を通じてその問題点や改善すべき点を調査するという目的でそれ自体で独立して行われれば本件議員らの政策立案に関わる調査研究活動にもなり得るものである。
しかし,本件においては,本件講師のタレント性・著名性・存在感を利用して本件講演会を開催することが当初から定められており,主催者にとってのその開催の必要性が極めて強固であり,それを専ら主目的として開催され,電子投票模擬体験の企画がなくても本件講演会は実施され,電子投票模擬体験は本件講演会に付随して実施されたにすぎないという関係にあるので,本件支出のうち,本件講演会と無関係に電子投票模擬体験のための別個独立の必要性のある支出があればその部分は別であるが,そうでない限り,仮に模擬体験のためにも有益な支出があったとしても,それは,本件講演会のための支出として,その適否を判断するのが相当である。
(3) 以上を踏まえ,本件支出における個々の費目について検討する。
ア 会場使用経費及び講師講演料等について
甲4の4によれば,本件会派は,①桑名市民会館の使用料として2万1600円,②本件講師の講演料及び交通費として118万6255円(振込手数料を含む。),③舞台設備費(演壇,机,椅子代)として910円,④冷暖房設備費として1万7500円,⑤照明設備費(スポットライト等の費用)として1万6660円,⑥音響設備費(拡声装置,マイクロホン2本等の費用)として3920円,⑦演壇の装花の代金として3万1500円を支出したと認められる。
そうすると,これらの支出のうち,②の本件講師の講演料及び交通費,③の舞台設備費,⑤の照明設備費,⑥の音響設備費,⑦演壇の装花の代金の合計123万9245円は,専ら本件講師の講演のために必要な費用であると認められるから,同額の支出は,本件使途基準に反する支出であると認められる。
一方,①の桑名市民会館の使用料2万1600円,④の冷暖房設備費1万7500円は,同会館で電子投票模擬体験を行う上でも必要な経費であるが,前記(2)のとおり,本件講演会が主な開催目的であり,本件講演会を開催せずに電子投票模擬体験だけをこの機会に実施する可能性がなかったことは前記認定から明らかであるから,上記の支出は本件講演会のための支出の適否として判断すべきところ,本件講演会が政務調査費の支出を必要とするものでないから,これも違法と判断するのが相当である。
イ ちらし印刷代及び新聞折込料について
甲4の4によれば,本件会派は,⑧本件ちらし4万8550枚の印刷代として30万4500円,⑨同ちらしの新聞折込料として11万7249円を支出したと認められる。
これらの支出は,本件講演会への市民の参加を勧誘するためにされた支出でもあるが,同時に,電子投票模擬体験への市民の参加を勧誘するためにされた支出でもある。しかし,ここでも前記アと同様に,上記の支出は本件講演会のための支出の適否として判断すべきところ,本件講演会が政務調査費の支出を必要とするものでないから,これも違法と判断するのが相当である。
ウ 紙代及び写真代について
甲4の4によれば,本件会派は,⑩本件講演会の看板用のロール紙の代金として4220円,⑪本件講演会や電子投票模擬体験実施時の写真の代金として1840円を支出したと認められる。
電子投票模擬体験のみを実施した場合にも,会場案内の看板は必要と考えられるが,ここでも前記アと同様に,上記の各支出は本件講演会のための支出の適否として判断すべきところ,本件講演会が政務調査費の支出を必要とするものでないから,これも違法と判断するのが相当である。
エ アルバイト料及びガードマン代について
甲4の4によれば,本件会派は,⑫本件講演会の入場整理券配布個所11か所のうち5か所に配置したアルバイト5名のアルバイト料として1万5000円,⑬本件講演会当日の桑名市民会館の駐車場警備や交通整理のためのガードマン2名の料金として2万2050円を支出したと認められる。
電子投票模擬体験のみを実施した場合にも,来場者に対する入場整理券の配付や駐車場警備,交通整理は,必要と考えられるが,ここでも前記アと同様に,上記の支出は本件講演会のための支出の適否として判断すべきところ,本件講演会が政務調査費の支出を必要とするものでないから,これも違法と判断するのが相当である。
(4) したがって,本件支出の全部は,本件議員らの調査研究活動には当たらない本件講演会のために支出された費用であるから,政務調査費の使途についての本件使途基準を逸脱する違法な支出である。
5 まとめ
以上によれば,本件会派は,174万3204円を法律上の原因なく不当に利得しているから,これを桑名市に返還すべき義務を負っているというべきである。なお,控訴人は,本件議員らが個人として上記の政務調査費を不当に利得している旨及び同議員らが共同不法行為により桑名市に上記政務調査費と同額の損害を与えた旨を主張するが,本件条例2条のとおり,桑名市の政務調査費は,会派に交付することとされ,これを返還すべき場合も会派が返還義務を負うと定められている(本件条例8条)ところ,本件においても上記の政務調査費は本件会派に交付されているから,同金員を同市に返還すべき義務を第一次的に負うのは,特段の事情のない限り,本件会派である。そうすると,特段の事情の認められない本件においては,本件議員ら個人が不当利得を得た又は不法行為によって桑名市に損害を与えたとまでは認めがたく,本件会派の構成員である本件議員らに上記金員の返還請求をするように被控訴人に求める控訴人の請求は,理由がないというべきである。
ただし,被控訴人が,本件会派に対し,平成17年度に交付した政務調査費174万3204円の返還請求を怠っていることは,違法であり,その旨の確認請求は理由がある(そして,これにより控訴人の目的は達せられていると解される。)。
第4結論
以上の次第で,控訴人の請求は,被控訴人が,本件会派に対し,平成17年度に交付した政務調査費のうち174万3204円の返還請求を怠っていることが違法であることの確認を求める限度で理由があり,被控訴人に,本件議員らに対して同額を連帯して支払うように請求することを求める請求は理由がない。
よって,控訴人の請求をいずれも棄却した原判決を変更して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 夏目明徳 裁判官 山下美和子)
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