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名古屋高等裁判所 平成20年(行コ)41号 判決 2009年7月30日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  本件訴え中,当審において控訴人が追加した請求に係る部分を却下する。

3  当審において生じた訴訟費用は,控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求める裁判

1  控訴の趣旨

(1)  原判決を取り消す。

(2)  美和町長が平成18年度及び平成19年度にα土地改良区のβ工区及びγ工区内の土地所有者に対して行った固定資産税の課税処分が無効であることを確認する。

(3)  被控訴人美和町長は,Aに対し,平成18年度及び平成19年度においてα土地改良区のβ工区及びγ工区内の土地について,農地以外であるにもかかわらず農地として固定資産税の課税処分を行ったことにより美和町が被った損害に対する賠償金及びこれに対する平成19年7月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うように請求せよ。

(4)  訴訟費用は,第1,2審を通じ被控訴人らの負担とする。

2  控訴人が当審において訴えの変更により追加した請求(以下「変更後の4号請求」という。)の趣旨

被控訴人美和町長は,Aに対し,755万0938円及びこれに対する平成19年7月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うように請求せよ。

第2事案の概要

1  本件は,α町の住民である控訴人が,α土地改良区の地区内にあるβ工区及びγ工区(以下「本件各工区」という。)の土地の多くが建物の敷地として利用されているにもかかわらず,美和町長がこれらの土地を公簿上の地目である農地として評価し固定資産税を課したのは違法であるなどと主張して,①被控訴人美和町に対し,地方自治法242条の2第1項2号に基づき,美和町長(処分行政庁)がした平成18年度及び平成19年度の本件各工区内の土地の所有者に対する固定資産税の課税処分(賦課。以下「本件各課税処分」という)の無効確認を求める(以下「本件2号請求」という。)とともに,②被控訴人美和町長に対し,同項4号に基づき,平成18年度及び平成19年度において本件各工区内の土地の所有者に固定資産税の課税処分をした前美和町長A(以下「A前町長」という。)に対して同課税処分によって美和町が被った損害の賠償を請求するよう求める(以下「本件4号請求」という。)事案である。

2  原審は,控訴人の訴えをいずれも却下したため,一審原告が控訴をした。

3  なお,原審における本件4号請求は,控訴の趣旨(3)に記載のとおり,賠償を求める金額を特定しないものであったが,控訴人は,当審において,訴えの変更により,「2 控訴人が当審において訴えの変更により追加した請求の趣旨」記載のとおりの訴えに変更した。これに対し,被控訴人らは異議を述べた。

第3当事者の主張等

法令の定め,前提事実,本件の争点及び争点に関する当事者の主張は,次の1,2のとおり付け加えるほか,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の「2」ないし「5」記載のとおりであるから,これを引用する。

1  原判決の補正

(1)  原判決書4頁14行目の末尾の次に,行を改めて,次のとおり加える。

「 なお,β工区のみでも,合計151軒の農家が土地改良事業の対象となっているが(甲8),γ工区では,何件の農家が土地改良事業の対象となっているかは,本件で提出された証拠からは判明しない。また,β工区内のみでも,その対象となる農地の総筆数は相当多数にのぼり,本件各工区内における農地の筆数は,相当多数に上るが,その全体数は不明である。」

(2)  原判決書5頁3行目の末尾の次に,「その請求書(甲1)には,請求の趣旨として,「現状では,β,δ両地区の土地改良の対象となっている土地の多くが,宅地や工場として利用されるなど農地から転用されている。ところが,美和町は,土地改良区の土地について,現況課税を行っていないため,農地のまま固定資産税評価を行っている。」等と記載されているが,それ以上に,転用されたと主張する土地や違法・無効と主張する課税処分を特定して主張していない(以下,この措置請求を「本件監査請求」という。)。また,控訴人は,本件監査請求における事実証明に関する文書として,平成18年12月13日美和町議会議事録及び黒沢泰著「固定資産税と時価評価」(いずれも抜粋)を提出したが,それ以外に,本件各課税処分のうち違法無効と主張する課税処分や転用された土地を特定する文書を提出していない。」

(3)  原判決書5頁6行目の末尾の次に,行を改めて,次のとおり加える。

「(5) 本件訴訟における経過

控訴人は,本件訴訟の原審においては,本件各工区における本件各課税処分全体が違法無効であると主張し,それ以上に,違法・無効であるとする課税処分を特定して主張することはなく,また,特定するための証拠も提出しなかった。控訴人は,控訴審の第2回口頭弁論期日において,β工区に関する換地計画原案(甲8)を提出し,また,第4回口頭弁論期日において本件4号請求を変更後の4号請求に変更する旨の訴えの変更を申し立てるとともに,控訴人作成の「固定資産税の計算について」と題する書面」(甲17)を提出して,本件各土地のうちの転用された一部の土地を特定し,これらの土地について控訴人が適正と考える固定資産税額を算定し,美和町が被った損害額(控訴人が考える最低金額)の根拠を示した。」

2  当審において当事者が追加又は敷衍した主張

(控訴人)

(1) 争点(1)について

本件各課税処分は,平成18年度及び同19年度という過年度において具体化,現実化された固定資産税の課税処分であり,現実に課税処分(賦課・徴収)が行われている。したがって,本件各課税処分により発生した租税債権は,租税債権として具体化された債権であるから,地方公共団体の財産に属することは疑いの余地はなく,本件各課税処分それ自体が,財産の管理に当たり,処分の無効確認の対象となる。

仮に,本件各課税処分が「財産の管理」に当たらないとしても,「財産の取得」又は「財産の管理」に当たる。すなわち,住民訴訟の目的は,地方財務行政の適正な運営を確保することにあり,本件各課税処分の誤りを放置することは地方財務行政の適正な運営を損なうことになり,住民訴訟の目的を没却することになる。そして,本件各課税処分は,美和町に収入を発生させるにとどまる行為ではなく,美和町に重要な財源を与えるものであり,課税処分は財産の取得と一体になっているから,「財産の取得」に当たる。また,本件各課税処分は,それによって美和町が具体的租税債権を取得するだけでなく一部喪失する(本来徴収すべき金額より徴収額が少なくなる。)から,「財産の処分」に当たる。

本件各工区内の土地については,現況に基づく課税が行われず,農地のまま固定資産の評価が行われ,公平な評価がされていない上,被控訴人美和町は,後記のとおり,法が求める固定資産評価員の設置,固定資産評価員又は固定資産評価補助員による年1回の実地調査をいずれも行っていないから,本件各工区におけるすべての土地についての固定資産賦課決定(本件各課税処分)は,無効である。

(2) 争点(2)について

地方税法403条1項は,固定資産の評価に関する市町村長の権限を規定し,同条2項は「固定資産の評価に関する事務に従事する市町村の職員は,総務大臣及び都道府県知事の助言によって,且つ,納税者とともにする実地調査,納税者に対する質問,納税者の申告書の調査等のあらゆる方法によって,公平な評価をするように努めなければならない。」として「公平な評価」をすることを規定している。また,同法404条1項は,固定資産税の適正な評価をするために,原則として固定資産評価員を設置すべきことを定めている。そして,地方税法は,公平な評価,適正な評価を行うため,市町村長は,固定資産評価員又は固定資産評価補助員に当該市町村所在の固定資産の状況を毎年少なくとも1回実地に調査しなければならない旨規定し(同法408条),実地調査の結果による評価に基づき,固定資産評価員が評価調書を作成し,これを市町村長に提出し,市町村長は,評価調書に基づき固定資産の価格などを毎年3月31日までに決定しなければならない(同法408条,409条,410条)とされている。

このような公平,適正な評価に基づく課税,現況課税を具体化した規定が同法343条6項であり,同項は,公平な評価,適正な評価を行うために,不動産の現況に基づき課税すべきことを定めたものである。したがって,同条項で「みなすことができる」とされているからといって,市町村長に,無制限に広い裁量権が認められているものと解すべきではなく,あくまで,公平,適正な評価を行うため,「みなすことができる」とされているのである。そして,同条項を受け,美和町税条例52条5項は,固定資産の評価に関する権限を持つ美和町長に対して,仮換地等については,仮換地等に対応する従前の土地についての登記簿又は土地補充課税台帳等に所有者として登記又は登録されている者をもって「所有者とみなす」と規定し,わざわざ地方税法343条6項と同じ文言を用いながら「所有者とみなすことができる」とはせず,公平,適正な評価を行うため,美和町長の権限の範囲を厳格に規定している。したがって,美和町長が,この規定に反し,従前地課税をすることは,与えられた裁量の範囲を逸脱し,又は裁量権を濫用するものである。

そして,本件においては,美和町長が仮換地課税を行うことについての障害はない。α土地改良区は,本件各工区内の土地の所有者に相続が発生した場合,相続税の申告のため,図面をつけて一時利用地指定の書類を作成し通知するのであって,これがある以上,一時利用地図面等の客観的資料が存在しないはずがない。仮に,仮換地課税を行うについて障害があるのであれば,美和町税条例52条5項,地方税法343条6項,同法403条1項からすれば,公平,適正な評価を行うため,美和町長はそれを取り除かなければならないのであって,障害を放置して従前地課税を選択する余地はない。また,美和町職員は,土地改良法29条1項,同条4項の規定に基づき,α土地改良区に対して,客観的資料の提供を求めることができる。さらに,仮に,このような資料によっても,現況と合致しないというのであれば,美和町長は,現地調査をし,実測しなければならない。しかるに,美和町長が,このように法律上認められている権限を行使して容易に資料を入手できるのに,これを行使せずに安易に仮換地課税を行うについて障害があると認めてしまうことは,公平な評価,適正な評価に反した違法な課税を追認することになる。

本件各工区では,30年以上にわたって換地処分が行われていないから,美和町長が法定納期限の翌日から起算して5年を経過するまでの間に,再度固定資産税の課税処分(再賦課決定)をすることなど到底あり得ない。したがって,本件においては,既に損害は発生し,損害額は確定し得たのである。よって,本件4号請求は,控訴人が損害賠償の金額を特定すれば理由があることは明らかであり,これは文書提出命令により明らかにすることができる。

以上によれば,本件4号請求は,不適法ではない。

(3) 訴えの追加的変更に係る請求(変更後の4号請求)について

控訴人が本件訴えを提起した後現在に至るまで,美和町長は,再賦課決定をしておらず,従前どおり,本件各工区の土地について,現況が農地以外であるにもかかわらず農地として固定資産税の課税処分をし続けている。なお,控訴人は,平成21年1月19日,美和町監査委員に対し,職員措置請求を行ったが,その後被控訴人美和町内部において,また課税権者である美和町長において,従前の課税を改める意思はまったく窺えなかった。したがって,美和町長が再賦課決定をしないことが明らかである以上,遅くとも現時点において美和町に損害が発生したことは明らかであり,その損害は,平成18年度及び平成19年度においては,別紙のとおり755万0938円を下らない。

よって,控訴人は,被控訴人美和町長に対し,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,被控訴人美和町長がAに対し,損害賠償金755万0938円及びこれに対する平成19年7月26日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払の請求することを求める。

訴えの変更前の請求(本件4号請求)は,控訴人が,「A前町長が,平成18年度及び同19年度において,本件各工区内の土地について,農地以外であるにもかかわらず農地として固定資産税の課税処分を行ったことにより美和町が損害を被った」と主張して,被控訴人美和町長に対し,被控訴人美和町長がA前町長に対し,その被った損害に対する損害賠償金及びこれに対する平成19年7月26日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払の請求することも求めるものである。これに対し,訴えの変更後の請求(変更後の4号請求)は,A前町長の行為により美和町が被った損害の最低額を明らかにして,まったく同じ理由に基づき,被控訴人美和町長に対し,被控訴人美和町長がA前町長に対し,損害賠償金755万0938円及びこれに対する平成19年7月26日から支払済みまでの年5分の割合による遅延損害金の支払の請求することを求めるものである。

したがって,上記両請求は,一連の紛争で,主要な争点は共通であり,旧請求についての訴訟資料,証拠資料を新請求の審理に利用できる。よって,両請求の基礎は,同一である。

(被控訴人ら)

(1) 争点(1)について

租税債権が,「財産」としての意味を有するためには,納税義務確定手続が必要であり,その確定手続は,仮換地課税をする課税物件の実態的内容,課税標準及び税額を特定の期間内又は期限までに通知するという課税処分によって行われる。本件各課税処分が,仮に地方税法343条6項の仮換地課税の要件を充足していたとしても,このような確定手続は行われておらず,具体的租税債権は発生していないので,本件各課税処分は,「財産の管理」に当たらない。

したがって,本件各課税処分により具体的租税債権は発生していないから,そもそも財産でない以上,「財産の取得」あるいは「財産の処分」には当たらず,住民訴訟の対象とはならない。また,本件課税処分により,本来徴収すべき金額より徴収額が少なくなるとしても,これは課税処分の結果であり,「財産の処分」には当たらない。

地方税法404条4項は,固定資産税を課される固定資産が少ない場合には,固定資産評価員を設置しないで,固定資産評価員の職務を市町村長に行わせることができる旨規定しており,被控訴人美和町は,この規定に基づき固定資産評価員を設置していないものであり,同法404条に違反しない。また,美和町税条例69条は「固定資産評価員の数は,1名とする。」と規定しているが,これは,地方税法404条により固定資産評価員を置く場合には,その数を1名とすることを定めたものであり,被控訴人美和町が固定資産評価員を設置していないことをもって,同条例69条に反するとすることはできない。

また,美和町長が,客観的資料がない状態で固定資産の評価を行い課税することは,適正な評価の観点から公平性を欠き,一時利用地と従前地の組合せが流動的な状況で,一部の土地のみを仮換地課税とすると二重課税のおそれもあり,また客観的資料がないことから従前地の地積で現状に応じた地目で評価すると,固定資産価格が適正な時価を超えるおそれもあり,更には,すべての土地を実測することは不可能であり,自ら客観的資料を収集することもできない。美和町長(本件各課税処分当時の町長は,A)は,このような事情の下では,仮換地課税をすることは適切でないと判断して従前地課税を選択した(従前地課税を選択せざるを得なかった)ものであり,その判断は,何ら違法ではない。

(2) 争点(2)について

ア 固定資産課税は,原則として,固定資産の所有者として土地登記簿に登記された者に課税される。地方税法343条6項は,土地改良事業施工中の一時利用地については,これに対応する従前地について土地登記簿等に登記されている者を所有者とみなして課税すること(仮換地課税)ができる旨規定されているが,仮換地課税を行うか否かについては,実態に即した措置をとることができるように市町村長の裁量に委ねられている。したがって,市町村長には,土地改良事業施工中の一時利用地について,従前地課税をするか仮換地価税をするかにつき裁量権があり,従前地課税を行うことは何ら違法ではない。美和町税条例52条5項は,地方税法343条6項を受けたものであり,実態に即した措置をとるという趣旨は地方税法343条6項と同趣旨であり,従前地課税とするか仮換地課税とするかについては,美和町長が実態に即して適切な方法をとることを否定するものではないから,仮換地課税をしなければ直ちに同条例に違反することにはならない。

イ 美和町長が仮換地課税をしていない理由は,次のとおりである。

固定資産税は,客観的資料を基に課税客体の事実関係を調査し,具体的な税額を決めて課税するという賦課課税方式をとっており,課税の根拠となる客観的資料がないと賦課決定することはできない(地方税法380条3項は,市町村は,課税台帳の他,地籍図等の固定資産税の評価に関して必要な資料を備えなければならないと規定している。)。本件においては,β工区は,昭和50年に一時利用地の指定通知を行ったものの,資格者全員の賛同を得られない状態が続き,現在は一時利用地の見直しを行っている段階で,未確定な要素が多いため,現況と合致した資料はなく,客観的資料を提供できない状態にある。したがって,被控訴人美和町は,土地改良区から一時利用地図等の客観的資料の提供を受けられず,仮換地課税をするための客観的資料がなく,美和町長は,地方税法343条6項,美和町税条例52条5項に基づき従前地課税をしている。

ところで,従前地課税がされている土地で,転用された土地の地目を現況で認定するためには,転用許可された一時利用地が一時利用地図のどこに位置するのかを事前に把握した上で,実際の土地の状況(現況)を確認しなければならず,したがって,地籍図などを基に当該土地の所在,区画,形状等を正確に把握して,当該土地が転用許可の面積どおりに利用されているか現況を確認しなければならない。しかし,現況に符合する一時利用地図が存在しない以上,仮換地課税の前提となる正確な現況の把握,確認ができない。また,農地転用許可等の資料から各一時利用地の位置を事前に把握することができないから,従前地課税がされている土地で違法転用された土地の地目を現況で認定するためには,個々の土地がどのような状況にあるか一時利用地図を基に現況調査をしなければならない。このように,従前地を現況地目で認定するためには,現況調査が必須であり,そのためには現況に符合する一時利用地図等の客観的資料が必須であるが,現況に符合する一時利用地図等の客観的資料を保有していない美和町長としては,結局,当該土地の現況に符合した一時利用地図に基づく現況調査ができず,土地改良事業により従前とは地形,面積等に変更があるため,従前地を現況地目で認定することもできない。したがって,従前地のまま,農地として課税せざるを得ない。

また,美和町長は,α土地改良区域外の転用許可を得た土地の地目は,現況調査をした上で認定しており,転用許可等の資料のみに基づき,現況調査をしないで地目認定することは,改良区域外との公平性を欠くことになる。さらに,β工区内の違法に転用された土地は,一時利用地図がなく,一時利用地の指定を受けた土地としての現況を把握することができず,結果的に従前地の地目である農地として認定せざるを得ないことから,同工区内で適法に転用された土地についてのみ地目を現況で確認することは,同工区内の土地との関係において公平性を欠くことになる。よって,美和町長としては,美和町内及び同工区内での公平性の観点から,従前地のまま農地として課税せざるを得ない。その上,一部の土地についてのみ仮換地課税を行うことは,税負担が一時利用地へと移行したと考えられ,当該一時利用地とそれに対応する従前地の双方に課税することは二重課税となる。

以上のように,すべての土地を実測することは困難であり,そうかといって,一部の土地について実測して課税することや仮換地課税をすることはかえって不均衡をもたらし,また,二重課税をするおそれも生じるので,美和町長としては,α土地改良区から客観的資料の提供を受けられず,自ら客観的資料の収集もすることができない以上,仮換地課税をすることはできず,従前地課税をするほかない。

ウ 仮に本件各課税処分が違法であるとしても,課税処分は,個々の土地に対してされるものであり,控訴人の主張は,公簿上のとおり農地として利用されている土地に対する課税処分についてまでも違法行為の対象としており,違法行為(処分)の特定性を欠き,また具体的な損害額についても主張しておらず,不適法である。

(3) 訴えの変更について

被控訴人らは,訴えの変更前の請求が損害額が具体的に特定されていないことを前提に,攻撃防御を行ってきたが,訴えの変更が認められれば,特定された損害額,特定方法の適否についての審理が必要となり,著しく訴訟手続を遅滞させる。

また,訴えの変更により損害額の特定が初めてされたが,従前の主張では請求の基礎とされる事実の主張はされているとはいえず,そもそも請求の基礎の同一性を判断する前提を欠いており,請求の基礎の同一性の要件を欠いている。

さらに,本件訴えの変更は,控訴提起後7か月以上経過した後にされたものであり,時機に後れている。

以上のとおり,本件訴えの変更は要件を欠く。また,被控訴人らは,訴えの変更に異議があり,旧請求の取下げに同意しない。

第4証拠

原審及び当審記録中の書証目録記載のとおりであるから,これを引用する。

第5当裁判所の判断

当裁判所も,控訴人の本件訴え(当審で追加した請求に係る部分を含む。)は,不適法であると判断する。その理由は,次のとおり付け加えるほか,原判決「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」記載のとおりであるから,これを引用する。

1  原判決の補正

原判決書10頁17行目の「(1)」及び同頁20行目の冒頭から同12頁21行目の末尾までを削る。

2  当審における判断の補足

(1)  争点(1)について

ア 地方自治法242条の住民監査請求においては,対象とする当該行為等を監査委員が行うべき監査の端緒を与える程度に特定すれば足りるというものではなく,当該行為等を他の事項から区別して特定認識できるように個別的,具体的に摘示することを要し,また,当該行為等が複数である場合には,当該行為等の性質,目的等に照らしこれらを一体とみてその違法又は不当性を判断するのを相当とする場合を除き,各行為等を他の行為等と区別して特定認識できるように個別的,具体的に摘示することを要するものというべきであり(最高裁判所平成2年6月5日第3小法廷判決・民集44巻4号719頁,最高裁判所平成16年11月25日第1小法廷判決・民集58巻8号2297頁),この特定の程度は,監査委員において,住民監査請求の対象を特定するために調査を要することなく,当該請求において具体的にいかなる財務会計上の行為などが問題とされているかを理解し,当該行為などについて監査を行うことができる程度に請求の対象の摘示がされているかどうかを,社会通念に従って判断すべきものと解するのが相当である。

イ 控訴人は,本件2号請求において,美和町長の本件各工区内の土地に関する固定資産税の課税処分の無効確認を求めるものである。

ところで,土地に関する固定資産税の課税処分手続の概要は,次のとおりである。

(ア) 課税対象となる土地の単位は,原則として,不動産登記簿において1筆とされる土地毎である(地方税法381条1項,不動産登記法34条1項参照)。

(イ) 固定資産の価格は,固定資産評価員の評価(地方税法409条)に基づく評価調書を受けて,市町村長が毎年3月31日までに決定し(同法410条1項),直ちに当該固定資産の価格等を固定資産課税台帳に登録しなければならない(同法411条1項)。市町村長は,この登録すべき固定資産の価格等のすべてを登録した場合には,直ちに,その旨を公示しなければならない(同法411条2項)。

(ウ) 固定資産税の課税標準は,賦課期日(毎年1月1日)における固定資産の価格として固定資産課税台帳に登録された金額である(同法349条)。

(エ) 固定資産税の税額は,固定資産課税台帳に登録された固定資産の価格に,各市町村の条例で定める税率を適用することによって算出される(同法350条1項)。

ウ このように,土地に対する固定資産税の課税処分は,一筆の土地毎に行われるものであり,各土地毎に地目や固定資産の価格が異なる以上,異なる土地に対する課税処分は,それぞれその内容が異なるというべきである。さらに,控訴人の主張を前提としても,本件各課税処分のうち無効となるものは,本件各課税処分の対象となる土地のうち既に農地から転用されており,しかも,地方税法343条6項により仮換地課税をすべき土地に対する課税処分に限定される。

なお,控訴人は,美和町税条例52条5項において「所有者とみなす」と規定さていることを根拠に,美和町長が,従前地課税をすることは,裁量の範囲を逸脱し,又は裁量権を濫用するものであると主張する。ところで,地方税法343条6項は,固定資産税は使用収益税の性格をも有することから,資産を使用収益する者にその実質に着目して課税すべく,一時利用地に対応する従前地の所有者として登記されている者を一時利用地の所有者とみなし,仮換地課税をすることもできるとされているものであるが,そもそも一時利用地自体が,本換地されるまでの仮のものにすぎないから,仮換地課税をするためには,転用された土地の現実の利用の状況や目的,またその状況が恒久的なものか等種々の事情を踏まえた上で仮換地課税することの相当性を判断することが必要になる。よって,地方税法343条6項は,一時利用地の指定がされた場合に常に仮換地課税を行わなければならないことまで定めていると解することはできず,従前地課税を行うか仮換地課税を行うかの判断について,市町村長の合理的な裁量に委ねているものと解するのが相当である。したがって,前示の美和町条例の文言を踏まえたとしても,従前地課税をするか仮換地課税をするかについては,美和町長の裁量に委ねられているといわざるを得ない。よって,控訴人の上記主張は,採用できない。

さらに,控訴人は,美和町税条例69条は固定資産評価員の設置を義務付けるものであるが,美和町には固定資産評価員が設置されておらず,それ故に本件各課税処分はすべて無効である等と主張して,処分の特定性に欠けることはない旨主張する。しかし,そもそも市町村長は,原則として固定資産評価基準によって,固定資産の価格を決定するべきであり(地方税法403条1項),固定資産評価員は,市町村長の指揮を受けて固定資産を適正に評価し,かつ,市町村長が行う価格の決定を補助するものであって(同法404条1項),固定資産を課税される不動産が少ない場合においては,固定資産評価員を設置しないで,固定資産評価員の職務を市町村長に行わせることができるから(同条4項),固定資産評価員は必ず設置しなければならないものではない。したがって,仮に,美和町税条例が美和町に固定資産評価員の設置を義務付けていると解することができ,それを設置をせずに市町村長が固定資産の価格を決定し,その価格に基づき固定資産税の課税処分をしたとしても,その課税処分の違法性は,手続違反によるものであって,重大かつ明白な違法とまでは認められないから,課税処分の無効原因とはならない。そうすると,控訴人の主張する本件各課税処分の無効原因は,仮換地課税をすべき土地について従前地課税をしたことに尽きることになるので,無効と主張する課税処分を,他の課税処分から区別して特定することが必要となる。よって,控訴人の上記主張は,採用できない。

そうすると,本件においては,本件各課税処分の違法性を一体として判断するのは相当でなく,各課税処分について個別的に判断するほかないというべきである。

エ 控訴人は,平成19年3月30日,本件監査請求を申し立てているが,その申立書では,前示のとおり,違法無効とする課税処分を他の課税処分から区別して摘示していない。前示の最高裁判例に照らせば,当該行為等が複数である場合には,当該行為等の性質,目的等に照らしこれらを一体とみてその違法又は不当性を判断するのを相当とする場合を除き,各行為等を他の行為等と区別して特定認識できるように個別的,具体的に摘示することを要し,しかも,その特定の程度は監査委員において,住民監査請求の対象を特定するために調査を要することなく,当該請求において具体的にいかなる財務会計上の行為などが問題とされているかを理解し,当該行為などについて監査を行うことができる程度に請求の対象の摘示がされているかどうかを,社会通念に従って判断すべきものと解される。

ところが,本件では,課税処分は各土地毎に評価をした上でこれを行うものであり,本件各課税処分を一体とみてその違法又は不当性を判断するのを相当とする場合には当たらず,違法と主張する課税処分を個別的,具体的に指摘することが必要である。しかし,本件監査請求における監査対象の特定の記載及び添付された事実証明文書を前提とした場合,それのみでは監査の対象となる財務会計行為(転用された土地で,仮換地課税をすべきと認められる土地に関する課税処分)が何であるかは判明せず,美和町監査委員は,極めて多数存在すると認められる本件各課税処分のうちから,監査の対象となる課税処分を選別した上で,それらについて監査をすることになるが,これでは,住民監査請求の対象となる財務会計行為が特定していると認めることはできない。よって,本件監査請求は,監査対象の特定を欠き不適法であったといわざるを得ない。

地方自治法242条の2第1項は,「普通地方公共団体の住民は,前条1項の規定による請求をした場合において」住民訴訟を提起できる旨を規定しており,適法な監査請求がされたことを前提としている。そして,本件監査請求に対し,美和町監査委員は,これを不適法として却下せずに実体判断をしているが(甲2),この実体判断により,本件監査請求が特定性を欠き違法であることが治癒されるものではない。

オ 以上によれば,本件2号請求は,適法な住民監査請求を経ているとは認められない。

(2)  争点(2)について

本件4号請求は,A前町長が本件各課税処分をしたことにより美和町に損害が生じたとして,被控訴人美和町長に対し,A前町長への賠償請求をすることを求めるものであるところ,これが適法な住民監査請求を経ていないことは,上記(1)で判示したのと同様である。よって,本件4号請求は,適法な住民監査請求を経ているとは認めらない。

(3)  以上によれば,原判決で指摘した理由のほか,上記理由によっても,本件2号請求及び本件4号請求は,不適法である。

3  控訴人が当審において訴えの変更により追加した請求(変更後の4号請求)について

(1)  控訴人は,平成21年4月30日に「訴えの変更申立書」を提出し,本件4号請求に代えて変更後の4号請求に訴えの変更をする旨の申立てをした。新旧両請求とも,本件各課税処分の違法無効を理由として,被控訴人に対し,A前町長への損害賠償請求をすることを求めるものであり,基本的な事実関係は同一であるから,請求の基礎は同一であり,訴えの変更を認めることにより訴訟手続が著しく遅滞するとは認められないので,訴えの変更は,適法である。

ところで,訴えの変更は,新訴の提起に準じるから,住民訴訟において訴えを変更するためには,変更後の訴えが監査前置の要件を満たしていることが必要である。そこで,変更後の4号請求が,適法な住民監査請求を経たものであるかにつき,検討する。

(2)  変更後の4号請求の請求の趣旨は,「被控訴人美和町長は,Aに対し,755万0938円及びこれに対する平成19年7月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うように請求せよ。」というものであり,その根拠となるA前町長の違法行為(本件各課税処分)として,別紙記載の土地の課税処分が違法である旨主張する。そして,控訴人は,別紙記載の土地を含む本件各工区全体の課税処分(本件各課税処分)が違法であるとして,本件監査請求をしているが,本件監査請求が監査対象の特定性を欠き不適法なものであったことは前示のとおりである。

なお,控訴人は,平成21年1月19日にも住民監査請求をしているが,その住民監査請求の趣旨は「適正な賦課決定(再賦課決定)を怠っているために,美和町は,損害を被っている。これについて怠る事実の違法確認を請求する。」「法定納期限の翌月から起算して5年間を経過するまでの間は,町は再賦課決定をすることができるから,裁判所の判断に沿って,再賦課決定を請求する。」等とするものであり(甲18),住民監査請求の内容と,変更後の4号請求について監査請求前置の要件を満たしていると見ることはできない。

したがって,変更後の4号請求は,適法な住民監査請求を経ていないことになり,その余の点を判断するまでもなく,不適法といわざるを得ない。

第6結論

以上によれば,原判決は相当であり,本件控訴は理由がないからこれを棄却し,本件訴え中,当審で追加された請求に係る部分も不適法であるから,これを却下することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法67条1項本文,61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡久幸治 裁判官 嶋末和秀 裁判官 鳥居俊一)

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