名古屋高等裁判所 平成21年(ネ)1151号 判決 2010年4月15日
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第1,2審を通じて,被控訴人の負担とする。
第2事案の概要
1 本件は,亡Aの兄である被控訴人が,Aと控訴人との間で養子縁組(本件養子縁組)がなされた当時,Aには意思能力がなく,また,本件養子縁組には合理的動機がないなどとして,本件養子縁組の無効確認を求めた事案である。
原審は被控訴人の請求を認容した。
2 そのほかの事案の概要は,次のとおり補正し,当審における控訴人の主張を付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄第2の2及び3に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決3頁1行目の「霊園が高いとか」を「東京都に対し,霊園が高いとクレームを付けたり,ホテルに対し」に改める。
(2) 同3頁5行目の「自分の身の回り」の前に「掃除,洗濯,ゴミ出し等の」を加える。
(3) 同3頁6行目の「死んだと言い出す」を「死んだと言い香典袋を用意する」に改める。
(4) 同3頁14行目の「乙6の1」の次に「(控訴人代理人弁護士のE司法書士に対する質問と同司法書士の回答文書)」を加える。
(5) 同4頁3行目の「再三の要求にも」を「調停委員からの,再三の要請にも」に改める。
(6) 同4頁6行目の「引き出した」に続けて「(その一部は上記調停事件の係属中になされたが,控訴人は通帳が盗難にあったなどと虚言を弄している。)」を加える。
(7) 同5頁13,14行目の「結婚の約束ができており,同人らが結婚の話をしないと」を「結婚の約束ができていたが,結婚の話は知らないと」に改める。
(8) 同6頁3,4行目の「手続が効力について」を「手続や効力について」に改める。
(当審における控訴人の補足的主張)
(1) 被控訴人は,Aを精神病院に放り込んだり,Aと婚約者(G)との交際を妨げたりしたことから,Aに嫌われていた。本件養子縁組は,財産を被控訴人に相続させず,Aの生活を便利かつ豊かなものにするという目的でなされたものである。
(2) Aは,認知症による躁状態などではなかった。医師でありながら,精神病院に入院させられた精神的ショック,屈辱感から反抗的態度に出たり,検査を拒否するなどしたに過ぎない。Aは,司法書士とも相談するなどして,熟慮の上本件養子縁組の届出をしたのであり,また自ら自動車を購入するなどし,亡母名義の不動産を平成19年5月に売却する際にも司法書士に意思確認されるなどしており,本件養子縁組当時意思能力に欠ける点はなかった。
(3) 被控訴人がAとGの交際に反対したり,Aにつき後見開始申立てをしたり,本件養子縁組の無効確認訴訟を提起したりするのは,Aの財産を相続したいという欲望の表れである。
第3当裁判所の判断
当裁判所も,被控訴人の請求には理由があるものと判断する。その理由は,次のとおり補正するほか,原判決「事実及び理由」欄第3の1ないし3に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決7頁3行目末尾に続けて改行の上次のとおり加える。
「 被控訴人及びAの母であるOが平成17年3月17日に死亡して以降は,被控訴人がAの唯一の推定相続人であった。」
(2) 同11頁3行目の「プラス3」を「3プラス」に改める。
(3) 同11頁6行目の「P」を「I」に改める。
(4) 同12頁4行目の「有価証券」に続けて「(平成19年6月ころの評価額)」を,「預貯金」に続けて「(平成19年11月ころの残高)」をそれぞれ加える。
(5) 同12頁19行目から同14頁6行目までを次のとおり改める。
「 養子縁組における縁組意思は,社会通念に照らして真に養親子関係を生じさせようとする意思によるものであることが必要というべきであり,こうした意思を含まず,単に何らかの方便として養子縁組の形式を利用したに過ぎない場合は,縁組意思を欠くものとして,その養子縁組は無効というべきである。もとより,養親子関係の社会的な在り方は多様であるから,上記の養親子関係を生じさせようとする意思の内容を一義的に言うことは困難であるが,少なくとも親子としての精神的なつながりを形成し,そこから本来生じる法律的または社会的な効果の全部または一部を目的とするものであることが必要であると解するのが相当である。
ア 上記認定の諸経過によれば,控訴人は平成19年8月ころ,AとD病院で結核治療中に知り合って親しくなり,同年10月26日に退院してA方で寝泊まりを始め,同月末ころAも退院して控訴人と同居するようになったが,それからわずか2か月ほど後の同年12月27日に本件養子縁組の届出がなされたこと,控訴人は平成20年2月12日から同年4月30日までM病院に入院し,Aも同年5月8日にD病院に入院した後,同年6月27日に死亡しており,結局,控訴人とAがA方で同居したのは,通算4か月にも満たないこと,その間,控訴人が血縁関係もないAの看護や日常の世話に意を配ったような経過はうかがわれず,上記のとおりAが同年5月8日,D病院に入院した際は,保健所の職員によって入院させられるほどの重篤な状態に陥っていたこと,また,Aの葬儀の際,控訴人は香典を受け取ったにもかかわらず,香典返しもしておらず,その一方で,控訴人は,その間に,Aの資産を基にして,高級外車を乗り換えるなどの散財行為とも見られる行為に及んでいることなど,控訴人がAの資産に依存した消費行動を示しており,ほかには,控訴人が,養親子という社会一般の身分関係を意識した行動を示した形跡は何らうかがうことができない。そして,原審における控訴人本人尋問の結果によっても,控訴人とAの間で,親族関係の形成を前提とした会話がなされたような経緯はうかがわれず,控訴人自身,自分とAが本件養子縁組をする目的や理由,趣旨を理解しているものとは認められない。
イ 他方,Aは本件養子縁組に近接した時点において,前頭側頭葉型認知症の疑いを持たれており,躁状態による脱抑制,人格変化が認められ,病識の欠如から問題行動も起こすなどしており,合理的な判断能力が相当に減退した状態にあったと認められること,Aは被控訴人がGとの交際に反対したり,医療保護入院をさせたり,後見開始申立てをしたことなどについて反感を示しており,こうした被控訴人に対する思慮を欠いた反発感情から,同人への相続を阻止する目的で本件養子縁組に及んだものとうかがわれるところ,それ以上には,控訴人との間に養親子という親族関係を形成する意思があったことをうかがわせる経緯は一切認められない。Aが本件養子縁組にあたって,控訴人とともに司法書士に相談したことも,法律的,手続的な相談を内容とするものであって,上記判断を左右するものではない。
ウ そうすると,本件養子縁組は,Aが,控訴人との養親子関係という真の身分関係を形成する意思とは異なり,被控訴人への相続を阻止するための方便として,控訴人との養子縁組という形式を利用したにすぎないものと認められるから,前判示のとおりの養子縁組意思を欠くものというべきであって,無効といわなければならない。」
第4結論
以上のとおり,被控訴人の請求を認容した原判決は相当であり,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中村直文 裁判官 福井美枝 裁判官 下嶋崇)
file_2.jpg別紙