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名古屋高等裁判所 平成21年(ネ)265号 判決 2009年7月16日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は,控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

被控訴人が,控訴人に対し,被控訴人を借主,A公庫を貸主とする平成12年12月18日付金銭消費貸借契約に基づく貸金債務の残元金債務として,平成20年8月20日の弁済後の時点で,1万4747円の債務を負担していたことを確認する。

第2事案の概要

1  被控訴人は,控訴人に対して,貸金債務(以下「主債務」という。)を負っていたが,被控訴人は,破産宣告を受け,その破産手続は同時破産廃止により終了した。本件は,控訴人が,被控訴人の主債務の連帯保証人との間で主債務が時効により消滅するのを防ぐため,5年の消滅時効期間の経過前に,被控訴人に対して,主債務が存在することの確認を求めて訴えを提起した事案である。本件においては,訴え提起後,5年の消滅時効期間が経過し,控訴人は,その後,連帯保証人から残債務全額について分割弁済を受けた。そこで,控訴人は,原審の弁論終結前に,連帯保証人の最終弁済の時点で主債務の一部(当該最終弁済に係る部分)が残存していたことの確認を求める訴えに,訴えを変更した。

2  原審は,同時破産廃止の時点において被控訴人には,2491円の預金債権しかなく,それもその後処分されたと認められるので,被控訴人の法人格は消滅したとの理由により,本件訴えを不適法として却下したため,一審原告が控訴をした。

第3当事者の主張等

争いのない事実及び本件の争点に対する当事者の主張は,次のとおり付け加えるほか,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要等」の「2」及び「第3 当事者の主張」記載のとおりであるから,これを引用する。

1  原判決書4頁25行目の冒頭から,同5頁2行目の末尾までを,次のとおり改める。

「 主債務の消滅時効期間は,平成20年3月5日に経過した。したがって,連帯保証人であるB(以下「B」という。)は,平成20年3月27日以降,主債務の消滅時効が完成していることを知らないで,主債務が存在することを前提として,前示のとおり保証債務の履行として合計90万1211円を控訴人に支払ったことになるが,主債務が時効により消滅しておれば,主債務が存在していなかったにもかかわらず保証債務を弁済したことになり,非債弁済として,控訴人に対し,この金員の返還を求める可能性がある。なお,Bは,控訴人が本件訴えを取り下げた後に初めて主債務の消滅時効の援用権を取得するところ,平成20年3月27日から同年8月26日までの保証債務の履行として弁済をした当時,本件訴えが提起されており,時効の援用をすることができなかったから,民法707条の「債務者でない者」には該当しない。」

2  当審において控訴人が追加又は敷衍した主張

平成17年法律第87号による改正前の商法(以下「旧商法」という。)404条は,「会社ハ左ノ事由ニ因リテ解散ス」と定め,同条1号は「第94条第1号,第3号,第5号及第6号ニ掲グル事由」と規定しており,株式会社は破産宣告によって解散するとされている。旧商法417条は,「会社ガ解散シタルトキハ合併及破産ノ場合ヲ除クノ外取締役其ノ清算人ト為ル 但シ定款に別段ノ定アルトキ又ハ株主総会ニ於テ他人ヲ選任シタルトキハ此ノ限ニ在ラズ② 前項ノ規定ニ依リテ清算人タル者ナキトキハ裁判所ハ利害関係人ノ請求ニ依リ清算人ヲ選任ス」と定めている。

なお,最高裁判所昭和43年3月15日判決は,会社が破産宣告を受け,同時破産廃止の決定を受けた場合で,残余財産が存在するときには清算手続をする必要がある旨を判示しているが,残余財産の存否は清算人が調査しなければ判明しないことであるから,解散した会社が清算手続を経ることなく法人格が消滅すると解すべき根拠はない。

同時破産廃止決定を受けた会社に残余財産があるか否かは,利害関係人の請求によって裁判所が選任した清算人が調査しなければ判明しないのであるから,残余財産の有無にかかわらず,清算人が残余財産の有無を調査し,残余財産がないことが確認された場合に,清算結了の登記を経由することにより,初めて法人格が消滅するものである。清算手続によらずに,個々に残余財産の有無及び会社の法人格が消滅しているか否かを判断すべきであるという考え方は,法的安定性を欠くものであり,失当である。そして,このことは,有限会社にも,そのまま当てはまる。

本件においては,被控訴人は,破産宣告により解散し,しかも,同時破産廃止により当該破産手続が終了したのであるから,その後,旧有限会社法による清算手続に移行しており,破産手続終了後も法人格は存続している。そして,被控訴人の清算手続は未だ結了していないから,その法人格は消滅していない。

第4証拠

原審記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから,これを引用する。

第5当裁判所の判断

当裁判所は,本件確認の訴えは,確認の利益を欠き,不適法であると判断する。

その理由は,次のとおりである。

1  証拠(甲8)及び弁論の全趣旨によれば,名古屋地方裁判所一宮支部は,平成15年10月24日午前10時,被控訴人に対し破産を宣告し,同時に破産廃止の決定をし,その決定は,同年11月22日に確定したことが認められる。

2  そこで,まず,被控訴人の法人格が同時破産廃止により消滅したかどうかについて判断する。

有限会社は,破産により解散するが(平成17年法律第87号による廃止前の有限会社法〔以下「旧有限会社法」という。〕69条1項6号),破産により解散した場合には,取締役は,清算人とはならず(旧有限会社法72条1項),破産管財人が選任されて,破産手続において清算手続を進めることになる(平成16年法律第75号による廃止前の破産法〔以下「旧破産法」という。〕142条)。そして,破産した有限会社は,破産の目的の範囲内においてはなお存続するものとみなされる(旧破産法4条)。

以上のように,旧有限会社法69条が破産を解散事由としながら,同法72条が破産による解散の場合には従前の取締役が当然に清算人となるとしていないのは,破産の場合には破産管財人が選任され,破産管財人が破産手続において残余財産の管理,換価,配当等の清算手続を進めるからであるが,旧破産法145条により有限会社が破産宣告と同時に破産廃止の決定を受けた場合には,破産管財人による清算手続が行われずに破産手続が終了するから,当該有限会社は,破産により解散したにもかかわらず,清算未了の状態のまま残ることとなる(この場合,同時廃止決定においては,残余財産が破産手続の費用を償うに足りないと判断されたにすぎず,その手続において残余財産が全くないことが確定されたわけではない。)。

ところで,旧有限会社法は,有限会社が解散した場合において,財産が全くなければ当然に法人格が消滅するとしているわけではなく,清算を結了して初めて法人格が消滅するとしている(旧有限会社法75条1項,旧商法116条)。

そうすると,旧有限会社法69条,72条は,同時破産廃止の場合には,残余財産の多寡,存否にかかわらず,引き続き同法の規定による清算が行われることを予定していると解するのが相当であり,旧有限会社法による清算が結了して初めて,その法人格が消滅するというべきである。

すなわち,有限会社が破産宣告を受け,同時に破産廃止決定を受けた場合には,破産廃止によっては法人格は当然には消滅せず,清算事務の終了後,決算報告書の作成と社員総会におけるその承認により清算は結了し,当該有限会社の法人格が消滅すると解するのが相当である(旧有限会社法75条1項,旧商法427条,116条)。

そして,本件においては,被控訴人について,破産宣告と同時破産廃止決定の確定後,旧有限会社法による清算がされたとは認められない。

よって,本件においては,被控訴人の法人格が消滅したとは認められない。

3  次に,訴えの利益(確認の利益)の有無について判断する。

連帯保証人Bの保証債務の履行状況は,原判決別紙支払額明細書記載及び前示(争いのない事実等(3))のとおりであり,控訴人が本件訴えを提起した平成20年2月28日当時の主債務の残元本は89万2193円であり,主債務の時効期間経過(平成20年3月5日)後,本件訴訟が原審に係属中に,Bは,保証債務の履行として合計90万1211円を支払い,債務を完済した。なお,主債務の消滅時効期間経過後,Bが主債務の消滅時効を援用したことを示す証拠はない。そして,本件の確認の訴えは,主債務の上記消滅時効期間経過後,主債務の残債務を全額弁済するより前である平成20年8月20日の時点において,主債務が存在したことの確認を求めるものである。

ところで,民法167条1項は「債権は,10年間行使しないときは,消滅する。」と規定しているが,他方,同法145条及び146条は,時効による権利消滅の効果は当事者の意思をも顧慮して生じさせることとしていることが明らかであるから,時効による債権消滅の効果は,時効期間の経過とともに確定的に生ずるものではなく,時効が援用されたときに初めて確定的に生ずるものと解するのが相当である(最高裁判所第2小法廷昭和61年3月17日判決・民集40巻2号420頁)。

本件においては,主債務の消滅時効期間は平成20年3月5日に経過し,連帯保証人Bは,消滅時効期間経過後に前示のとおり保証債務の履行として各弁済をしているが,完済までに主債務の消滅時効を援用していない。したがって,上記各弁済の時点で,主債務は時効により消滅しておらず,Bの上記各弁済は,主債務が存在している保証債務に対する弁済となり,その弁済により主債務は消滅したことになる。このことは,各弁済時にBが主債務の消滅時効期間が経過していることを知っていたか否かに関わらない。そうすると,仮に,Bが連帯保証債務を完全に履行した後,主債務の消滅時効を援用しても,その時点では,消滅時効の対象となる主債務は既に連帯保証債務の履行(弁済)により消滅しているから,時効による主債務の消滅という効果が生じる余地はない。

控訴人は,「Bは,上記弁済の後,主債務の消滅時効を援用して,平成20年3月27日以降に支払った金員につき不当利得(民法705条)として返還を求めることができる可能性がある。」と主張するが,以上判示したところから,控訴人の上記主張は,採用できない。

よって,本件においては,連帯保証債務の履行により主債務が完済される前の時点で当該最終弁済に係る主債務が存在していたこと(過去の法律関係)の確認を求める利益はないことになる。

第6結論

以上判示したところによれば,本件訴えを却下した原判決は結論において相当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法67条1項本文,61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡久幸治 裁判官 嶋末和秀 裁判官 鳥居俊一)

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