名古屋高等裁判所 平成21年(ネ)276号 判決 2009年9月10日
控訴人
株式会社X
代表者代表取締役
A
訴訟代理人弁護士
今枝孟
同上
大島真人
同上
早川尚志
被控訴人
株式会社Y
代表者代表取締役
B
訴訟代理人弁護士
大場民男
同上
鈴木雅雄
同上
堀口久
同上
伊藤健一郎
同上
日比野穂高
同上
小川貴紀
主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は、控訴人に対し、四〇〇〇万円及びこれに対する平成二〇年六月二五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
主文第一項ないし第三項同旨
第二事案の概要
一 本件は、控訴人が被控訴人に対し、預託金(預託金会員制ゴルフクラブの入会保証金二〇〇〇万円の二口分)四〇〇〇万円及びこれに対する返還催告の日の翌日である平成二〇年六月二五日から支払済みまでの商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
原審は、控訴人の本件請求を棄却した。
二 前提となる事実
原判決「事実及び理由」中の「第二 事案の概要等」の「一」記載のとおりであるから、これを引用する。
三 争点に関する当事者の主張
次のとおり当事者が当審において追加又は敷衍した主張を付け加えるほか、原判決「事実及び理由」中の「第三 原告の主張」及び「第四 被告の主張」記載のとおりであるから、これを引用する。
(当事者が当審において追加又は敷衍した主張)
(1) 被控訴人の主張
以下の理由から、控訴人は、被控訴人に対し、本件預託金(入会保証金)の一括返還を求めることはできず、本件議案の内容に従った分割弁済を受けることができるに過ぎない。
ア 本件ゴルフクラブの会員総会において入会保証金の返還方法を分割払に変更すること等を内容とする議案(本件議案)が可決された結果、本件ゴルフクラブと被控訴人との間で、入会保証金の返還につき本件議案の内容に従い拘束される旨の合意が成立し、また、本件ゴルフクラブの構成員である個々の会員と被控訴人との間でも同様の合意が成立したといえる。
イ 本件ゴルフクラブは、平成一七年五月、その会員に対し、平成一七年度定時会員総会(本件議案その他を議案とするもの)の招集を通知する書面を送付したが、本件議案は、本件のゴルフ場運営会社である被控訴人が主体の議案であるから、被控訴人は、上記送付によって、個々の会員に対し、入会保証金の返還につき各会員が本件議案の内容に従い拘束される旨の合意の申込みの意思表示をしたといえる。そして、これに対し、会員である控訴人は、議決権行使書(乙三の一、二)を本件ゴルフクラブに返送して、本件議案に賛成する旨の意思表示をしたのであるから、これにより、被控訴人の上記申込みを承諾したことになる。
ウ 被控訴人は、平成一七年、本件議案に賛成した会員(控訴人その他)に対し、施設利用券を発行しているが、このことは、会員からの「入会保証金の返還方法を本件議案のとおりにすること」に賛成する旨の意思表示に対し、被控訴人がこれを承諾する旨の意思表示をしたことにほかならないから、その発行(発送)の時点で、控訴人その他の会員と被控訴人との間に、入会保証金の返還につき上記の趣旨の合意が成立したといえる。
(2) 控訴人の主張
上記(1)の被控訴人の法的主張は争う。
第三当裁判所の判断
当裁判所は、控訴人の請求は理由があると判断する。その理由は、以下のとおりである。
一 本件ゴルフクラブの理事会を構成する理事の過半数(約三分の二)がゴルフ場経営会社である被控訴人の役員により占められ、被控訴人の意向が本件ゴルフクラブに直接的に反映される仕組みになっていること(弁論の全趣旨(被控訴人の原審平成二一年一月九日付けの準備書面(2)の三頁ないし四頁))、本件ゴルフクラブの入会保証金や諸負担金(会費等)がすべてゴルフ場経営会社である被控訴人に支払われること(乙一の第八条、第一四条)、本件ゴルフクラブにおいては、固有の資産を有しないのみならず、会則上、団体として内部的に運営し、対外的に活動するのに必要な収入を得る仕組みが確保されておらず、会則に基づいてその収支を管理する体制も備わっていないこと(乙一、弁論の全趣旨)等からすれば、本件ゴルフクラブは、ゴルフ場経営会社(被控訴人)の業務を代行しているに過ぎず、独立して権利義務の主体となるべき社団としての実体を有しないものと認めるのが相当である。
そうすると、本件ゴルフクラブの個々の会員がゴルフ場経営会社である被控訴人との間で入会契約を締結することにより、両者の間に、ゴルフ場の優先的利用権、入会保証金返還請求権、年会費支払義務などを包含した債権的法律関係が発生し、また、本件ゴルフクラブの個々の会員とゴルフ場経営会社である被控訴人との間の入会契約の内容は、入会時における会則の内容によって定まり、入会保証金の返還方法その他の本件ゴルフクラブの個々の会員の権利義務に影響を及ぼす事項については、団体法理(多数決)により処理されるものではなく、その変更には個々の会員の個別的な承諾を得ることを要するものと解するのが相当である(したがって、仮に、入会保証金の返還方法(時期、金額等)に関する会則の規定が、本件ゴルフクラブの会員総会において、議決権を有する会員の三分の二以上の同意により、改正されたとしても(乙一の付則第一条参照)、その効力が直ちに控訴人に及ぶものではない。)。
二 前示(原判決書記載)のとおり、控訴人は、平成一七年五月に、本件ゴルフクラブから、平成一七年度定時会員総会(本件議案その他を議案とするもの)の招集を通知する書面(乙二)の送付を受け、本件議案に賛成する旨の議決権行使書(乙三の一、二)を本件ゴルフクラブに送付したが、本件議案につき、議決権総数一二一〇・五のうち六二七(約五一・七パーセント)が賛成票であった。そして、上記の定時会員総会において、C(当時、被控訴人の社長で、本件ゴルフクラブの副理事長を務めた者)は、会員からの質問に対し、「本件議案についての決議には法的な拘束力はなく、これに反対する会員を拘束するものではなく、本件議案に賛成した会員に限り、入会保証金を本件議案に従った方法で返還することになる。」旨回答した(乙四)。
そうすると、本件議案に賛成した会員のうち、上記の定時会員総会に出席して、Cの上記回答を聞いた上で、賛成をした者については、上記の定時会員総会における議決権の行使とは別に、被控訴人に対し、入会保証金の返還方法を本件議案に従って変更することを個別的に承諾したものと見る余地がないわけではない。
しかし、控訴人は、上記の定時会員総会に欠席しているし(乙三の一、二、弁論の全趣旨)、他に、控訴人が本件議案の議決権行使の趣旨につきCの上記回答に沿う内容の説明を受けた形跡もない。
また、上記の招集通知書面(乙二)及び議決権行使書(乙三の一、二)の記載内容からすれば、控訴人は、会員の多数決により決せられる本件ゴルフクラブの定時会員総会における本件議案に対する議決権の行使として、本件議案に賛成したものと認められる。そして、通常、議案に対する議決権の行使をする会員の意思としては、その結果が団体法理(多数決)により処理され、すべての会員が一律にその結果に法的に拘束されることを前提としているものと解するのが相当であり、「議案に反対した会員がその結果に法的に拘束されなくとも、議案に賛成した会員に限り、会員の権利義務に関し、ゴルフ場経営会社との間で、個別的に当該議案に沿う内容の合意をする。」という意思を有していたとすることはできないというべきである。
そうすると、上記の定時会員総会に欠席し、Cの上記の回答を聞くことなく、本件議案に賛成する旨の議決権行使書(乙三の一、二)を本件ゴルフクラブに送付した控訴人が、その送付の際に、本件議案に賛成することにより、被控訴人との間で、個別的に本件議案に沿う内容の合意をする意思を有していたとすることはできない。
したがって、控訴人が本件議案に賛成する旨の議決権行使書を本件ゴルフクラブに送付したからといって、本件預託金(入会保証金)の返還方法に関し、控訴人と被控訴人との間で個別的に本件議案に沿う内容の合意がされたとすることはできない。
三 被控訴人は、平成一七年及び一八年に、本件議案に賛成した会員に対し、施設利用券を発送し、控訴人は、これを受領した(乙五、六(いずれも枝番号を含む。)、弁論の全趣旨)。
しかし、本件議案を可決した定時会員総会の招集通知書(乙二)中の本件議案に関する説明部分には、本件議案(入会保証金の返還に関する方針)の内容の一部として、施設利用券を発行する旨の記載があるに過ぎず、被控訴人との間で本件議案に沿う内容の合意をすることを承諾した者のみが上記施設利用券を受領し、使用することができる旨の記載はない。
そうすると、招集通知書(乙二)中の本件議案に関する上記記載からは、本件議案が可決され、これに従って入会保証金の返還方法が変更された場合に、その代替措置として、会員に対し、施設利用券が送付されることになるものと理解できる。
そして、本件においては、前示のとおり、本件議案が可決されたのであるから、控訴人は、上記の本件議案の内容に従って全会員が施設利用券の交付を受けるものと考えていたと見るべきである。なお、控訴人が、被控訴人との間で本件議案に沿う内容の合意をすることを承諾した者のみが上記施設利用券を受領し、使用することができることを知りながら、これを受領し、使用したことを認めるに足りる証拠はない。
したがって、控訴人が上記施設利用券を受領したからといって、控訴人と被控訴人との間で個別的に本件議案に沿う内容の合意がされたとはいえない。
四 前示したところからすれば、控訴人が本件議案に賛成する旨の議決権行使書を本件ゴルフクラブに送付したことにより、被控訴人において、控訴人が本件預託金(入会保証金)の返還方法に関し、被控訴人との間で、個別的に本件議案に沿う内容の合意をしたものと信頼したとしても、その信頼に正当な法的根拠があるわけではない。そして、本件において被控訴人がるる指摘する諸事情を踏まえて検討しても、控訴人が本件預託金の返還請求権を行使することが信義則違反ないし権利濫用により許されないとすることはできない。
五 なお、被控訴人は、平成二一年四月二七日、控訴人を被供託者として、本件預託金の分割返済金二二六万円(本件議案に従って定めた金額)を名古屋法務局に供託したが(弁論の全趣旨)、前示の次第で、上記供託は、債務の本旨に従ったものではないから、その全部が無効である。したがって、上記供託の事実は、控訴人の本件請求を何ら妨げるものではない。
そして、他に、控訴人の本件請求を妨げるべき事由を認めることはできない。
第四結論
よって、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消した上、控訴人の請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条二項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡久幸治 裁判官 加島滋人 鳥居俊一)