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名古屋高等裁判所 平成21年(ネ)312号 判決 2010年10月29日

主文

1  控訴人県及び同N1の本件各控訴並びに被控訴人の附帯控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。

(1)  控訴人K1研究所は,被控訴人に対し,1億6127万9027円及びこれに対する平成18年2月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  被控訴人の控訴人県及び同N1に対する請求並びに控訴人K1研究所に対するその余の請求をいずれも棄却する。

2  控訴人K1研究所の本件控訴を棄却する。

3  訴訟費用は,第1,2審を通じ,被控訴人に生じた費用の4分の3,控訴人K1研究所に生じた費用の4分の1,控訴人県に生じた費用及び同N1に生じた費用を被控訴人の負担とし,被控訴人に生じたその余の費用及び控訴人K1研究所に生じたその余の費用を控訴人K1研究所の負担とする。

4  この判決は,第1項(1)に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人県

(1)  控訴の趣旨

ア 原判決中控訴人県の敗訴部分を取り消す。

イ 上記部分について,被控訴人の請求を棄却する。

ウ 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

(2)  附帯控訴の趣旨に対する答弁

ア 被控訴人の附帯控訴を棄却する。

イ 附帯控訴費用は,被控訴人の負担とする。

2  控訴人K1研究所及び同N1

(1)  控訴の趣旨

ア 原判決中控訴人K1研究所及び同N1の敗訴部分を取り消す。

イ 上記部分について,被控訴人の請求をいずれも棄却する。

ウ 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

(2)  附帯控訴の趣旨に対する答弁

ア 被控訴人の附帯控訴を棄却する。

イ 附帯控訴費用は,被控訴人の負担とする。

3  被控訴人

(1)  附帯控訴の趣旨

ア 原判決を次のとおり変更する。

イ 控訴人らは,被控訴人に対し,連帯して2億円(原判決認容額を含む。)及びこれに対する平成18年2月18日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

ウ 訴訟費用は,第1,2審とも控訴人らの負担とする。

(2)  控訴の趣旨に対する答弁

ア 本件各控訴をいずれも棄却する。

イ 控訴費用は,控訴人らの負担とする。

第2事案の概要(以下,略称は原則として原判決の表記に従い,原判決の記載箇所を適宜示す。)

1  概要

(1)  本件の経緯

ア 被控訴人と関係当事者との契約

(ア) 被控訴人と控訴人K1研究所との契約

被控訴人は,本件ホテル(原判決3頁10行目)を建築してホテルを開業するため,平成13年10月14日,控訴人N1が代表取締役を務める控訴人K1研究所との間で,同控訴人からビジネスホテルの事業化のための指導を受けることなどを内容とする本件経営指導契約(同4頁5行目。経営指導料3675万円〔消費税含む。〕)を締結した。

(イ) 被控訴人とK2設計との契約

被控訴人は,前同日,設計業者であるK2設計(同4頁6行目)との間で,同社に本件建築物(同3頁8行目。本件ホテルの建物)の設計・監理業務を委託する本件設計等契約(同4頁8行目)を設計・施工監理料1652万7000円(消費税含む。)として契約した。

(ウ) 被控訴人とK3工務店との契約

被控訴人は,前同日,K3工務店(同3頁26行目)との間で,同社に本件建築物の建築を発注する本件建築請負契約(同4頁11行目)を請負代金4億0268万4450円(消費税含む。)として締結した。

イ 本件建築確認申請,確認及び営業開始

K2設計所属のN3建築士(同4頁13行目)が,被控訴人の代理人として,平成13年11月16日,控訴人県に対し,本件建築物の建築計画(本件建築計画。同3頁15行目)に係る本件建築確認申請書(同4頁17行目。甲1)により,建築基準法(平成14年法律第22号による改正前のもの。以下,単に「法」ともいう。)6条1項の本件建築確認申請(同4頁18行目)をしたところ,控訴人県知多事務所所属の本件建築主事(同4頁22行目。「N4」ともいう。)は,平成13年12月27日,被控訴人に対し,本件建築計画が建築基準関係規定(同4頁23行目から26行目)に適合することを確認した(本件建築確認〔同4頁26行目〕)として,確認済証を交付した。

本件建築物の完成後,平成14年6月25日に本件建築物の検査済証が交付され,本件ホテルは,同年7月27日に営業を開始した。

ところで,本件建築計画のうちの本件構造設計〔同5頁21行目〕は耐震偽装で後に社会問題化したN2建築士〔同3頁13行目〕が担当していた。

ウ 耐震偽装対象建築物であることの判明

平成17年11月17日,N2建築士が構造設計に関与した多数の建築物の建築確認申請書に添付された構造計算書について,不正な構造計算により建築物の耐震強度が実際よりも強いものと偽装され,耐震強度が法令の基準を満たさないにもかかわらず建築確認がされていたことが公表されたため,控訴人県は,本件構造計算書(同5頁26行目。甲1の5。同計算書中の計算を「本件構造計算」〔同5頁22行目〕という。)の耐震強度の偽装の有無の検証(検証①〔同6頁1行目〕)及び偽装が存在した場合に本件建築物がなお法令上求められている耐震強度を有しているかの検証(検証②〔同6頁3行目〕)を行い,本件構造計算書には耐震強度の偽装がある上,構造耐力の点で建築基準法20条の規制に反することが判明したため,同年12月8日に同調査結果を公表した。

エ 本件ホテルの休業

被控訴人は,平成17年12月2日から本件ホテルの営業を自主休業していたところ,同月9日に控訴人県知多事務所建築住宅課のN7課長(同9頁23行目),同月28日に控訴人県建設部建築担当局建築指導課のN8主幹(同9頁24行目)らから調査結果の説明を受け,平成18年1月31日をもって全従業員を解雇し,同年2月21日に本件建築物の解体工事に着手した。被控訴人は,本件建築物の取壊し後,同敷地にビジネスホテルのための建築物を新築し,平成19年4月16日に同ホテルの営業を開始した。なお,被控訴人は,K3工務店から損害賠償金2億円の支払いを受け,破産手続開始決定を受けたK2設計の破産管財人から141万2820円の配当金の支払いを受けている。

(2)  被控訴人の請求

被控訴人は,本件ホテルの休業及び本件建築物の建替えを余儀なくされたことによる6億8216万4526円(原判決別紙12)及び3500万円(本件経営指導契約の指導料)の合計7億1716万4526円の損害のうち,K3工務店(2億円)及びK2設計の破産管財人(141万2820円)から補填された残額である5億1575万1706円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(控訴人県につき平成18年2月18日,控訴人K1研究所及び同N1につき同月19日)から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払い(控訴人らの連帯支払い)を,次の根拠により各控訴人に請求した。

ア 控訴人県に対する請求

建築主事は建築確認に関する事務を適正に遂行し,違法建築物の出現を未然に防いで建築主が不測の損害を被らないようにすべき注意義務があるのに,本件建築主事がこれを怠り,重大な法令違反のある本件建築確認申請に対して本件建築確認を行ったから,控訴人県は,国家賠償法1条1項に基づき賠償責任がある。

イ 控訴人K1研究所に対する請求

(ア) 主位的請求

控訴人K1研究所は,経営コンサルタントとして設計業者及び建設業者を適切に指導監督し,違法建築物の設計及び施工を防止すべき注意義務があるのにこれを怠り,民法709条若しくは旧商法(平成17年法律第87号による改正前のもの。以下,同じ。)261条3項,78条2項,民法(平成18年法律第50号による改正前のもの。以下,同じ。)44条に基づく,又は民法715条に基づく賠償責任がある。

(イ) 予備的請求

控訴人K1研究所は,N2建築士が本件構造計算書を偽装したことについて本件経営指導契約に基づいて設計業者及び建設業者を適切に指導監督すべき注意義務があるのにこれを怠り,債務不履行責任(民法415条)に基づく賠償責任がある。

ウ 控訴人N1に対する請求

控訴人N1は,控訴人K1研究所の代表取締役として,違法建築物の設計及び施工を防止すべき注意義務があるのにこれを怠り民法709条に基づく,又はN2建築士が本件構造計算書を偽装したことについて民法715条に基づく賠償責任がある。

(3)  原審の判断等

ア 控訴人県に対する請求についての判断

建築主の財産上の利益が,建築基準法の保護の対象ではないとまでいうことはできず,建築主事は,建築確認に際して専門家としての一定の注意義務を負う。建築士の行った構造計算の前提となるモデル化(建築物の形状を線状に置き換えること)のうち本件耐震壁(原判決9頁8行目)のモデル化の当否も審査の対象となり,本件耐震壁が構造設計上1枚とモデル化されている点が専門家としての常識的判断に明らかに反しているから,本件建築主事がその真意を設計者に確かめる注意義務があったのにこれを怠ったこと,1階部分をピロティ階とする設計が一般的に危険な構造と理解されているにもかかわらず,本件建築主事がこれを放置又は看過して調査確認をしなかったこと,以上から控訴人県は,国家賠償法上の責任を負う。

イ 控訴人K1研究所及び同N1に対する請求についての判断

(ア) 控訴人K1研究所は,被控訴人に対し,本件建築物の安全性を確保するため,設計業者を適切に選定し,設計・施工監理業務を適切に指導監督すべき注意義務を負うにもかかわらず,漫然とK2設計を設計業者として選定して指導監督を怠り,K2設計及びその委託先業者であるN2建築士に本件建築物の安全性が確保されていない構造設計を行わせたから,不法行為責任を負う。

(イ) 控訴人N1は,被控訴人に対し,本件建築物の基本的安全性が損なわれて被控訴人に不測の損害が生ずることのないように控訴人K1研究所のN16(同94頁16行目)などを指導監督すべき注意義務を負うにもかかわらずこれを怠ったから不法行為責任を負う。

ウ 控訴人三者に対する認容額についての判断

本件建築物の建替え費用は相当因果関係のある損害ということはできないが,民事訴訟法248条により,耐震補強工事のための費用等1億5000万円,ホテルの休業損害5000万円,控訴人K1研究所に支払った経営指導料3675万円,K2設計に支払った設計・施工監理料1652万7000円の合計2億5327万7000円からK3工務店(2億円)及びK2設計の破産管財人(141万2820円)からの支払を控除した5186万4180円に弁護士費用相当額518万円を加算した5704万4180円(及び遅延損害金)を認め,控訴人らは,被控訴人に対し,上記金額を連帯して支払う義務を負う。

エ 控訴と附帯控訴

上記のアないしウを不服として,控訴人らが各控訴し,被控訴人がその敗訴部分のうち,1億4295万5820円(及び遅延損害金。原審での勝訴部分を含めて合計2億円と遅延損害金を請求する内容である。)の支払いを求める限度で附帯控訴をした。

2  前提事実,構造設計に関する法令の定めと本件構造設計の内容及び争点(当事者の主張を含む。)

標記は,後記3のとおり原判決を補正し,後記4のとおり当審における当事者の主張(原審での主張を敷衍するものを含む。)を付加するほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要等」の2ないし4に記載のとおりであるから,これを引用する。

3  原判決の補正

(1)  原判決5頁9行目の「された。」を次のとおり改める。

「され,本件ホテルは,同年7月27日に営業を開始した。」

(2)  同11頁13行目の「3 本件構造設計の問題点」を「3 構造設計に関する法令の定めと本件構造設計の内容」と改める。

(3)  同11頁14行目の「(1) 本件構造設計の概要」を「(1) 構造設計の手順に関する法令の定め」と改める。

(4)  同12頁1行目の「イ 本件構造計算」を「イ 本件建築物に対する構造設計の手順に関する法令の定め」と改める。

(5)  同14頁13行目の「(2) 本件構造設計の法令等適合性」を「(2) 構造設計の内容に関する根拠法令の定めと本件構造設計の係争箇所の内容」と改める。

(6)  同15頁7行目の「及び建築主事による建築確認審査」を削除する。

(7)  同17頁22行目の「ウ 適合性」を「ウ 本件構造設計における係争箇所の内容と関係法令の定め」と改める。

(8)  同17頁23行目の「(ア) 本件耐震壁のモデル化及び境界梁の設計」を「(ア) 本件耐震壁の構造設計の内容及びそのモデル化と関係法令の定め」と改める。

(9)  同18頁5行目の「としている」の次に「(ただし,1枚の壁としてモデル化することの適否等について争いがある。)」を加える。

(10)  同18頁11行目の「(イ) 1階の型式に関する耐震設計上の留意」を「(イ) 本件構造設計における1階の設計内容と関係法令の定め」と改める。

(11)  同19頁13行目の「7頁」の次に「。ただし,本件構造設計におけるピロティ形式に関する留意の有無等について争いがある。」を加える。

(12)  同19頁14行目の「(ウ) 一次設計での層せん断力係数の割増し」を「(ウ) 本件構造設計の一次設計における層せん断力係数の割増しの不存在」と改める。

(13)  同21頁2行目の「(エ) 耐震壁の設計用せん断力(水平力)の割増し」を「(エ) 本件構造設計における耐震壁の設計用せん断力(水平力)の割増係数不足」と改める。

(14)  同21頁26行目の「(オ) 枠柱のHOOP筋」を「(オ) 構造図と構造計算書における枠柱のHOOP筋の規格の相違」と改める。

(15)  同22頁11行目の「(カ) 枠柱の鉄筋の本数」を「(カ) 枠柱の主筋の不足」と改める。

(16)  同23頁5行目の「(キ) 耐震壁の応力計算において採用する応力」を「(キ)耐震壁の設計におけるせん断力としての最大値の不採用」と改める。

(17)  同23頁23行目の「(ク) 耐震壁の周囲の枠フレームの設計」を「(ク) 本件構造設計における耐震壁の周囲の枠フレームの不存在」と改める。

(18)  同24頁4行目の「(ケ) 1階の柱のせん断耐力」を「(ケ) 1階柱(1C1)のせん断耐力不足」と改める。

(19)  同24頁17行目の「(コ) 2階の接合部のせん断耐力」を「(コ) 2階接合部のせん断耐力不足」と改める。

4  当審における当事者の主張

(1)  控訴人県の主張

ア 国家賠償法1条1項の違法性の意義と建築基準法の保護法益

(ア) 国家賠償法1条1項の違法性の意義

原判決は,公務員に職務上の義務違反行為があれば,損害を被ったとする国民に対して当該公務員がその義務を負担しているか否かを論じないで賠償責任を肯定しているが,国家賠償法1条1項の「違法」と評価されるためには,当該公務員が当該国民に対して負担する職務上の義務に法的に違反して損害を与えたと認められることが必要である。

(イ) 建築基準法の保護法益

被控訴人の控訴人県に対する請求が認容されるためには,建築基準法が建築物の規制を通じて国民全体の利益,すなわち公益を維持増進することを目的とするのみならず,個人の法的利益を保護することも目的とすることが明らかにされなければならないが,同法の立法趣旨及び建築確認の法的性格から明らかなとおり,①建築確認制度は,専ら公益の維持・増進を目的とするものであって,公益のほかに,個人の利益の保護を目的とはしていないし,②仮に個人の利益が保護されるとしても建築主の個人的法益は含まれず,③仮に建築主の個人的法益が保護されるとしても,保護の対象は,生命・身体・健康又は生活上の利益に限られ,財産的利益は含まれない。原判決が引用する最高裁判所の判決はいずれも控訴人県の主張を排斥する理由とはなり得ない。

イ 被控訴人の請求が信義則に反すること

原判決が控訴人県の建築主事が行った本件建築確認の違法事由として認定する内容は,本件構造計算上の偽装やごまかしを見落としたというものであるが,これらは,被控訴人が設計・監理を委任したK2設計が使用したN2建築士が行った行為であり,被控訴人と業務処理上一体関係にある者,すなわち被控訴人側の者の行為として,法律上は被控訴人の行為と同様に評価されるべきで,クリーン・ハンズの原則が適用されるべきであるから,被控訴人の請求は信義則に反して認められない。使用者又は注文者に専門的知識がなく,雇用者又は請負人が国家資格を有していたとしても,そのことから使用者又は注文者の過失が否定されるべきではなく,被控訴人が専門家ではないことを強調し,K2設計と立場を異にするような位置付けをするのは誤りである。

ウ 建築主事の審査義務の具体的内容

(ア) 建築確認審査の内容と建築基準関係規定適合性の判断基準

原判決は,建築基準関係規定に記述される内容のみでは適合性の判断が困難な場合に,社会的常識や信頼できる技術基準等を参考にして判断する旨,建築確認審査の実情について,構造計算書について電算出力部分が添付される場合には,荷重・外力などの条件と断面算定等の結果などにつき抜き取り審査を行う旨判示するが,社会常識とか私的刊行物中の記載内容に従っていないからという理由で建築確認をしないことは違法であるし,法令上添付が義務付けられていない資料についての審査義務もない。

原判決が一般的な技術的基準として通用性を有するとする,「建築物の構造規定」(原判決15頁13行目),「Q&A集」(同16頁5行目),「審査要領」(同16頁17行目),「チェックリスト」(同16頁11行目),「設計指針」(同16頁11行目)は,いずれも下部法令にさえ取り入れられていないし,学説ないし見解が記載されているにすぎず,一般的な技術的基準ということはできない。

(イ) 構造計算の前提となるモデル化

原判決は,建築士の行ったモデル化が明らかに不適切であり,それが構造計算に重大な影響を及ぼす危険なものである場合には,そのようなモデル化に基づいてされた構造設計は実質的に構造耐力に関する建築基準関係規定に適合しないものと判断すべきであると判示する。しかし,建築物の構造のモデル化については法令上その方法について特段の規定は設けられていないし,いかなる場合にモデル化が明らかに不適切といえるかも明確ではない。

エ 本件建築主事に義務違反がないこと

(ア) 本件耐震壁を1枚とモデル化したことに係る確認審査について

モデル化は,建築基準関係規定上定めがなく,設計者の判断に委ねられており,建築主事は,そのモデル化で構造計算上必要な構造耐力があるとの確認がされているかを法令所定の基準に従って確認することになる。

建築主事は,法令上添付が要求されている図面,例えば甲1の4のS-7(なお甲1の4のS-10は添付が要求されている図面ではない。)で,左から2番目の「EW20」との表示がある壁に,「EW20」の表示が1箇所しかなく,開口部を含む全体の長さが11.4mと表示されていることから,設計者がEW20の壁を1枚壁と見ていることがわかるため,設計上準拠したと記載されている「構造計算規準」(原判決17頁8行目の「構造計算基準」と同じ。乙36。甲1の5の1の2頁に記載)どおりの計算をし,その結果が同規準に適合しているかどうか(開口周比が0.4以下かどうか)を手計算部分(甲1の5の3の20頁)で確かめることになる。なお,この11.4mという数字は,建築基準法施行規則(平成15年国土交通省令第16号による改正前のもの。以下「省令」という。)1条の3第1項の表1(は)項の「明示すべき事項」欄に記載されている「構造耐力上主要な部分の材料の種別及び寸法」のうち,「寸法」に該当する数値であり,確認しなければならない数値であるため,上記のとおり図面と手計算部分の数値が一致していることを確かめる必要がある。

そして,建築主事は,手計算部分(甲1の5の3の20頁)の中央の四角で囲まれたEW20の左欄下に「Qa=218.7>Qd=・・182.1 OK」との表示を確認するところ,この表示が「部材断面計算結果」として法令基準(建築基準法施行令〔平成14年政令第191号による改正前のもの。以下「施行令」ともいう。〕82条3号の「第1号の構造耐力上主要な部分ごとに・・各応力度が・・各許容応力度を超えないことを確かめること」)を満たしていることを表しており,本件建築主事はこれを確認しているから,本件建築確認に過失はない。

被控訴人は,甲1の4のS-10等を見れば耐震壁が梁でつながっているにすぎず,1枚の耐震壁とモデル化することはできないと主張するが,同図面は法令上添付が要求されている図面ではない上,法令上添付が要求されている甲1の4のS-7の図面等から1枚の耐震壁とモデル化することが不相当とはいえない。

(イ) 1階部分のピロティ型式に係る確認審査について

原判決は,本件建築物が2階から10階まで連層耐震壁を有するのに,ピロティ階である1階を含めて鉄筋コンクリート造の構造としているのは,連層耐震壁を有する建築物についてピロティなど壁の全くない階は鉄筋コンクリート造とすることはできないとしている「設計指針」に反すると判示する。しかし,本件構造計算書には本件建築物が連層耐震壁を有するかどうかを判断し得る記述はなく,設計者(N2建築士)は,本件建築物を連層耐震壁を有する建物として設計する意図がなく,本件建築物はそのような建物には該当しなかった。むしろ,同建築士は,本件建築物について,「設計指針」に従って1階を含めた「全層にわたり鉄筋コンクリート造とすることができる」設計方法を選択して設計していた。すなわち,本件建築物は,高さが25mを超え31m以下の建築物であり,1次設計で層せん断力係数が1.25倍され(甲1の5の1の5頁では標準せん断力係数Co=0.2×1.25倍と表記されている。),剛性率が0.6以上で偏心率が0.15以下であり(甲1の5の4の25頁で偏心率と剛性率に○が表示されている。),柱の帯筋を全層にわたりスパイラル筋としており(甲1の4のS-14柱断面リストの上部欄外),上記設計指針に定める条件(甲17の1の120頁の3-2)に適合し,全層にわたり鉄筋コンクリート造とすることができるものであるから,本件建築確認をした本件建築主事にこの点での過失はない。

また,原判決は,本件建築物について,ピロティ階である1階の層崩壊を防ぐため,ピロティ柱である1階の柱の補強が必要とされ,当該柱が十分な剛性及び強度を有していないことが窺われると判示するが,仮に「審査要領」に沿って本件構造計算書を審査しても,その要件は満たされている。

オ 損害について

(ア) 被控訴人は,本件建築物の建替えが必要であると主張するが争う。

(イ) 原判決は,民事訴訟法248条により損害額を認定しているが不当である。

(ウ) 被控訴人の耐震補強工事費用についての主張は争う。

カ 過失相殺について

原判決は,過失相殺を否定するが不当である。過失相殺における被害者側の「過失」とは,加害者として不法行為責任を負う際の過失の域に達する必要はなく,被害者の受けた実損害額から社会における公平の観念に基づいて減縮したものを賠償額とすることが妥当視されるような被害者側の不注意であれば足りると解される。

本件では,本件建築確認申請書に耐震強度が偽装された本件構造計算書が添付されていたにもかかわらず,「申請書及び添付図書に記載の事項は,事実に相違ありません。」と記載した上で,被控訴人がこれに記名捺印しており,その責任は重大である。また,耐震強度の偽装行為を行ったN2建築士は,K2設計の事実上の社員として行動し,社員と同様に扱われていたから,K2設計にN2建築士の選任・監督について過失があったことは明らかであるし,被控訴人は,K2設計に対し,設計・監理業務と共に本件建築確認申請を委任しているのであるから,K2設計の選任・監督について重過失があったというべきである。

原判決は,建築主が建築の専門家であるとか,不正な建築確認申請に積極的に関与したという特段の事情がない限り,建築主に責任を負わせることは不適切であると判示するが,過失相殺の根拠としては被害者側の不注意があれば足りるというべきで,K2設計がN2建築士の耐震偽装行為を見落とした過失がある以上,過失相殺が適用ないし類推適用されるべきである。

キ 寄与率による減額について

原判決は寄与率による減額を否定する。しかし,結果発生の原因事実が複数存在する場合に,公平の観点から,当該結果発生に対する寄与度ないし寄与率に応じた限定責任とすることが相当である。本件では,本件建築主事の過失はあったとしても極めて軽度であるのに比較し,被控訴人,N2建築士,K2設計及びK3工務店の4者の過失は極めて重大である。すなわち,本件建築物の構造計算を行ったN2建築士はもとより,設計者,監理者,施工者であったK2設計及びK3工務店は,公共の福祉の増進の妨げとなる危険な建物を出現させないという重大な責務を負担しているのにこれを怠っているし,被控訴人はこれらの者の選任には十分な配慮を払うべきであるのにこれを怠っているから,その責任は重大である。したがって,控訴人県の損害賠償義務が認められる場合においても,その範囲は全損害の1割を超えないというべきである。

(2)  控訴人K1研究所及び同N1の主張

ア 控訴人K1研究所に注意義務違反がないこと等

(ア) 控訴人K1研究所には原判決認定の注意義務がないこと

原判決は,控訴人K1研究所が被控訴人に対し,本件ホテルの開業指導にあたり,本件建築物の安全性を確保するため,設計業者を適切に選定し,かつ,その設計・施工監理業務を適切に指導監督すべき注意義務があり,同義務が契約上の責務に当然含まれていると判示している。

しかし,原判決が上記注意義務の前提とする控訴人K1研究所についての以下の事業の特色は,いずれも認められない。すなわち,まず,N16が構造計算について識見が高いという事実はなく,控訴人K1研究所が建設業者に経済設計を説き,ホテル開業指導の方針としてフルターンキーシステム(原判決38頁9行目)を展開して工期短縮による利益を建築主にもたらすことを説いていたこともない。後者の点は,システム型枠の導入や海外資材購入によるコスト削減等を説明していたにすぎず,構造計算に関わる内容ではない。さらに,控訴人K1研究所は,K3工務店から相談を持ち込まれたのであり,建設業者や設計業者と一体となって勧誘行為を行っていたのではない。

また,控訴人K1研究所と被控訴人との間の本件経営指導契約の内容は,ホテルの開業指導であるから,本件建築物の安全性を確保するために同契約に明示されていない上記の業者選定や指導監督の注意義務が認められる場合があるとすれば,それは,信義則によって付随義務として認められるという限定された場合である。ところが,本件では建設業者も設計業者も控訴人K1研究所とは独立した法人であって,それぞれ被控訴人と契約を締結している。殊に,K2設計の行う構造計算は専門性が高く,控訴人K1研究所はその内容を把握していない。

したがって,控訴人K1研究所には,原判決が判示する注意義務はない。

(イ) 控訴人K1研究所には注意義務違反がないこと

a 原判決は,控訴人K1研究所のK2設計に対する影響力が大きいこと,控訴人K1研究所が構造設計担当者の変更を通じて構造体①から同⑤(原判決別紙11を引用する。)への変更を進めてきたこと,本件ホテルの設計計画において構造の変更(構造体①から同④へ)に控訴人K1研究所が強く関与していたこと等を理由に,注意義務違反を認定している。

しかし,まず控訴人K1研究所のK2設計に対する影響力は大きくない。すなわち,N16は,構造計算について識見が高くはない上,本件と別のL2ホテルにおける鉄筋量へ言及したものの結果的に変更されておらず,K2設計が控訴人K1研究所から構造体や構造設計の実務指導を受けたことはない。

次に,構造体の変更の点についてみるに,控訴人K1研究所が関与したホテルが,構造体①から同⑤へ変更されてきたか否かは十分に立証できていないこと,L3ホテルについては,K5建設株式会社(以下「K5建設」という。)の意向が強く反映され同社がペリー型枠を使用して施工したのであり,控訴人K1研究所のN34は構造躯体の検討を行っていたものの,同控訴人の強い意向で建設されたわけではないこと,L4ホテルの「梁型のない設計を指示」した旨のN34の報告書(甲31の2,1頁)は,控訴人K1研究所が主体的に指示したのではなく,経営指導先の建設会社が自社ビル建築に当たって梁型のない設計を望んだことへの協力にすぎないこと,N16がL4ホテルの会議にN27建築士を出席させて同人に構造設計を担当させてはいないこと,N2建築士に担当させるかどうかはK2設計が決めており,N27建築士がL4ホテルの構造を担当したころから,N2建築士の設計によるホテル建築が減少していることは控訴人K1研究所とは関係がないことなどの事情があり,控訴人K1研究所がK2設計における構造設計担当者の変更を通じて,構造体①から同⑤への変更を進めてきたことはない。

さらに,控訴人K1研究所による本件ホテルの構造の変更の容認の点について,計画設計概要書(甲29)の段階では未だ構造体①と決まってはいなかったうえ,仮に本件ホテルの構造が構造体①から同④へと変更されていたとしても,梁型がなくなることで,施工業者であるK3工務店が直接大きな利益を受けるのに対し,控訴人K1研究所の利益が増えるわけではなく,上記の変更を同控訴人が容認していたとはいえない。

したがって,控訴人K1研究所には,原判決が判示する注意義務違反はない。

b さらに,N2建築士が構造計算書を偽装していたことが発覚したのは平成17年11月であるところ,本件建築物が建築された平成13年ころには,構造計算に偽装が行われることや偽装された建築計画について建築確認がされることは,控訴人K1研究所を含め誰も予見できなかった。

イ 控訴人N1に注意義務違反がないこと等

控訴人N1には,前記ア(ア)と同様に注意義務自体が認められないし,前記ア(イ)と同様に注意義務違反も認められない。

控訴人N1は,構造設計担当建築士の変更による構造体の変更を積極的に認容していたことはないし,構造体の変更により建築物の基本的な安全性が脅かされる蓋然性が高いことを容易に予見し得たということもない。

ウ 損害について

(ア) 建替えを前提とする損害の主張について

解体・再築を選択することには合理性がない。

(イ) 耐震補強工事費用について

原判決は,L5ホテルの改修工事費を参考に損害を算定している。しかし,愛知県の調査によれば本件建築物がL5ホテルよりも強い耐震強度を有していたこと,L5ホテルの場合には建物が駅前ロータリーに面して敷地一杯に建っており,工事費用が高くなっていること,部屋数がほぼ同数であるところ,本件建築物は10階建てであるがL5ホテルは11階建てであることなどから,本件建築物の補強工事費用は,L5ホテルと比較して低額になると考えられる。

被控訴人の耐震補強工事費用についての主張は争う。

(ウ) 経営指導料について

原判決は被控訴人が控訴人K1研究所に支払った経営指導料3675万円を損害と認定している。しかし,控訴人K1研究所と被控訴人との契約内容は,ビジネスホテル開業運営のための経営指導であり,この点の履行は終了している上,開業後のホテル運営にその成果がもたらされているから,経営指導料全額が損害となることはない。

(3)  被控訴人の主張

ア 国家賠償法1条1項の違法性の意義と建築基準法の保護法益

原判決が判示するように,建築物が構造上の安全性を有することに係る建築主自身の財産上の利益については,これがおよそ建築基準法の保護の対象ではないとまでいうことはできないのであり,建築確認制度における建築主,建築士及び建築主事の役割を検討すると,建築主事の資格に関する法の規定や,建築主が通常建築の専門家ではないことなどから,建築の専門家である建築主事は,個々の建築主に対して一定の注意義務を負うことがあるといえる。したがって,公権力の行使にあたる建築主事は,建築確認申請をした個々の建築主たる国民に対し,法的な義務がある。

イ 被控訴人の請求が信義則に反しないこと

原判決が判示するように,建築主事及びそのつかさどる建築確認事務は,申請に係る建築計画について建築基準関係規定適合性を確保し,危険な建築物を出現させないための最後の砦というべきであり,このことは,建築基準法の趣旨について,建築物を建築し,又は購入しようとする者に対し,建築基準関係規定に適合し,安全性等が確保された建築物を提供することを主要な目的のひとつとする旨の最高裁判所平成15年11月14日第二小法廷判決(民集57巻10号1561頁)とも考え方を同じくしており,本件請求が信義則違反とはいえない。

ウ 建築主事の審査義務の具体的内容

(ア) 建築確認審査の内容と建築基準関係規定適合性の判断基準

原判決が判示するように,建築基準関係規定適合性の判断基準は,建築物の安全性を確保するという観点から広く認められる一般的な技術的基準が存在する場合には,特段の事情がない限り,それに従って構造設計をなすべきであり,構造耐力に関する建築基準関係規定もそのことを当然の前提としている。すなわち,国土交通省(旧建設省)告示も含む建築基準関係規定には,多義的な要素が多く用いられており,「構造計算」が一般的にいかなる手順でされるべきかなどは法令では明示されていない。

(イ) 構造計算の前提となるモデル化

構造計算の数値の信用性の前提であるモデル化が適切でなければ,構造計算を行ったということはできず,その適切性は建築確認における構造耐力審査の前提である。原判決が判示するように,モデル化については法令上特段の規定はないが,法は適切なモデル化を期待しており,モデル化が明らかに不適切であり,それが構造計算に重大な影響を及ぼす危険なものである場合には,そのようなモデル化に基づいてされた構造設計は実質的に構造耐力に関する建築基準関係規定に適合しないと判断すべきであり,常識的判断に照らして明らかに不適切なモデル化により,建築物の構造が危険なものとなるような構造設計上の問題点を通常の審査過程で認識し得るにもかかわらず,これを放置することは許されない。

エ 本件建築主事に義務違反があること

(ア) 本件耐震壁を1枚とモデル化したことについて

本件建築主事は,本件建築確認申請の審査に際し,本件耐震壁を1枚とモデル化できないことを容易に把握できたのにこれを看過した。軸組図(甲1の4のS-10)は法令上添付を要求された図面ではないが,以下のとおり,軸組図がなくても本件耐震壁を1枚とモデル化できないことは容易に把握できるし,そもそも軸組図も審査の対象となっているというべきである。

本件建築物はビジネスホテルであり,平面図(甲1の3の1のA-10ないし13)等から廊下通りを挟んで左右に客室のある構造であることは理解できるから,廊下通りで壁が分断される形状であることは十分に見て取ることができ,このことは,N7課長やN8主幹も平成17年12月の話合いで認めている。また,法令上添付が必要な断面図(甲1の3の1のA-17)の5階,6階部分を見ると,廊下通りは相当ボリュームのある空間であり,これによって本件耐震壁が分断されることがわかるし,本件耐震壁周りの境界梁部分にたれ壁がないことも把握でき,法令上添付が必要な伏図(甲1の4のS-7)とあわせて見れば,本件耐震壁が1枚と見られないことは容易に理解できる。さらに,「審査要領」(甲106)でも,各階平面図で構造の種別に応じた常識的なスパンとなっているかの確認,立面図(甲1の3の1のA-15,16)で開口部の形状等から「耐力壁と開口」から「耐力壁として有効か」の確認,断面図で構造体の概要把握などが必要とされる旨の記載があり,これらを確認すれば本件耐震壁を1枚とモデル化できないことは容易に理解できる。

軸組図とは構造体の立面図であり,伏図はその平面図であって,構造体の形状等を把握するには伏図だけではなく,軸組図があれば便宜で,建築確認申請の実務においても軸組図が添付されることが通例であり,添付されていなければその提出を求めるべきものである。そして,本件建築物の軸組図(甲1の4のS-10)を見れば,開口部の形状からたれ壁のないことは明らかであり,本件耐震壁を1枚とモデル化できないことは容易に理解できる。

開口周比が0.4を超えないとの条件は,耐震壁と目される壁が1枚と評価された後,その壁に開口がある場合に,その剛性評価のための開口低減率を算出する場面での問題であり,耐震壁を1枚と評価するか否かの規準ではない。

(イ) 1階部分のピロティ型式について

「設計指針」の「3-2 構造形式」(甲17の1の120頁)の「次の1から3に掲げるいずれかの条件に適合する建築物は,全層にわたり鉄筋コンクリート造とすることができる」とする箇所は,ピロティ型式については別途考慮する趣旨と解される。「ピロティなど壁の全くない階は鉄筋コンクリート造とすることはできない」(同124頁)との記載はその趣旨を表している。したがって,本件建築物が,「設計指針」の「全層にわたり鉄筋コンクリート造とすることができる」との条件に合致している旨の控訴人県の主張は失当である。

また,ピロティ階についての耐震性の検証ができたとする控訴人県の主張は,本件構造計算書におけるデータ偽装によって本件設計ルート(原判決7頁12行目)であるルート2-3は使用できないのに,ルート2-3での計算によって安全性が確保されているなどの主張であるから不当である。

(ウ) 1階の柱と梁以外の1次設計での層せん断力の割増しについて

原判決は,本件耐震壁設計において層せん断力係数についての割増処理がされていないことは,「設計指針」に反するものの,迅速審査を要請する法令の趣旨を踏まえると本件建築主事に具体的注意義務違反はないと判示する。しかし,控訴人県が昭和58年に「設計指針」を制定して運用している以上(甲17の1の1頁「はじめに」の第5段落),これを遵守しているか否かを確認すべきであるし,L6ホテルではこの違反を理由に構造設計の変更を命じているから(乙29の17頁),本件建築主事には具体的注意義務違反があるというべきである。

(エ) 耐震壁の設計用せん断力(水平力)の割増しについて

原判決は,本件耐震壁について,種々の最大応力度の数値が用いられ,その数値を探し出すことは容易ではないと判示するが,本件電算出力部分(原判決6頁18行目)から選択された応力度の割増係数が2.0となっているか,1.5かはすぐにわかるから,本件建築主事には具体的注意義務違反がある。

(オ) 枠柱のHOOP筋の規格について

原判決は,枠柱のHOOP筋の規格が本件建築確認申請書の添付書類のうち構造図と本件構造計算書で齟齬している点について,構造計算概要書の各図面の内容と構造計算書の内容の整合性を網羅的にチェックすることは困難であると判示するが,構造図と構造計算の内容の矛盾の有無は建築主事の重要な審査義務内容と解され,本件建築主事には具体的注意義務違反がある。

(カ) 枠柱の主筋の本数について

原判決は,枠柱の主筋の本数について,建築基準関係規定(施行令77条5号)に違反するが,本件建築確認申請書にその数値が記載されるわけではなく,検算をしない限り明らかにならないから,建築主事の審査義務の内容と解されないと判示するが,当該柱リスト(甲1の4のS-14)を見れば鉄筋量が不足しているのではないかとの疑問を持つことが当然といえるから,本件建築主事には具体的注意義務違反がある。

(キ) 耐震壁の設計に当たり採用したせん断力の数値について

本件耐震壁の設計に当たり,せん断力として最大値を採用すべきところ,2か所で2番目の数値を採用していることについて,原判決は,そもそも電算出力部分の添付は不要であるから,建築主事がこれを審査する義務はないと判示するが,実際には本件電算出力部分が添付されているし,最大値を使用しないことは構造計算の基本的な考え方に反しているから,本件建築主事には具体的注意義務違反がある。

(ク) 耐震壁の周囲の枠フレームの設計について

原判決は,本件耐震壁につき「設計指針」で要求されている枠フレームの設計がされていないことについて,提出された書面の記載から,これを疑問視するのは容易ではないと判示するが,「設計指針」は「建築確認申請をなすにあたって建築基準関係規定に適合するか否かの判断基準として用いるべき」ものであり,この点は比較的容易に発見できるから本件建築主事には具体的注意義務違反がある。

オ 控訴人K1研究所及び同N1に注意義務違反があること

控訴人K1研究所及び同N1は,以下の事情から,原判決が判示する注意義務及びその違反があるというべきである。

(ア) 控訴人K1研究所及び同N1は,ホテルの構造体に強い関心を持ち続け,その設計に深く関与してきた。すなわち,N26建築士が考案した構造体が,システム型枠の有利性を発揮するとして控訴人K1研究所仕様のホテルで標準化されていたが,N16は,平成13年2月13日付けで「売値を法坪当り25万で粗利は30%以上」を実現する旨の文書(甲22)をK3工務店に発信し,平成15年11月6日に「RC造壁式ラーメンにて構造設計を進める指導」をした旨の「経営指導報告書」を作成し(甲30),平成16年1月24日ころに「設計時点での構造躯体の検討」との記載のある実績報告書(甲47)を顧問先建設業者に発信し,平成16年3月ないし4月ころに控訴人K1研究所の会議室でL4ホテルの構造体の検討をし,控訴人N1が平成17年5月ころ,会報誌に「設計を見てこれを構造上に無駄があると見てすぐに手を打っていれば,もっとコストを下げられたのにと思います」と記載する(甲31の1の1枚目4行目以下)などしたことから考えると,控訴人K1研究所及び同N1は,本件建築物の商談が開始されてから本件ホテルが開業するまでの間,構造設計に多大な関心を抱いて具体的に設計の指示をしていた。

(イ) 控訴人K1研究所及び同N1は,K2設計に対し,ホテルの構造体について,梁型のない設計を指示し,平成12年ころからは構造体の発案者であるN26建築士を構造設計の担当からはずしてN2建築士に構造設計を担当させるようになったし,平成15年5月時点では控訴人N1を頂点とし,N2建築士が構造設計を担当する内容の「SGホテル建設計画組織表」が存在し(甲112の51頁,53頁),これらは,控訴人K1研究所及び同N1がK2設計に指示をしているとの具体的関係を示している。

(ウ) 控訴人K1研究所は,建設業者の建築コストを低下させ,工期を短縮させることにより,他の経営コンサルタント業者では得られない利益を建築主にもたらすことを売り物として,被控訴人との間で本件経営指導契約を締結している。

(エ) 本件建築物に先行するL7ホテル(平成13年7月4日に完了検査が終了)では構造体①が採用されていたが,本件建築物の本件建築確認申請時(平成13年11月16日)には構造体④が採用されているところ,前記(イ)によれば,控訴人K1研究所及び同N1がK2設計に対し,簡素化を指示していることは明らかである。

(オ) 控訴人K1研究所のN16は,構造設計の専門家である上,構造体②から同③への変更時には「勝手にこんな変更しとったら大丈夫か」と述べているし,N31(K3工務店の下請業者で本件建築物の型枠工事を施工した。)に対し,構造体⑤は免震装置を付けないとできない旨,廊下通りには通路を確保するための開口があるから,梁幅を小さくすることはできない旨述べるなど,構造体の変更については危険性を具体的に感じていたと考えられ,本件建築物の意匠図及び構造図も見ているから,本件建築物が安全性を欠く可能性を十分に認識し,あるいは容易に認識し得たというべきである。

(カ) 控訴人K1研究所及び同N1が,地震のない地域でのシステム型枠工事の工法をそのまま導入し,経済設計に資するという理由で,平成12年ころまでN26建築士による構造体①を採用してきたところ,その後この構造体①から離脱し,システム型枠の有利性をさらに発揮させるため,性急に構造体をその工法に合わせて簡素化してきたことは,注意義務の淵源ともいうべき経営姿勢の誤りである。

カ 損害について

(ア) 解体・再築を前提とする損害の請求

原判決は,本件建築物の解体・再築を前提とする損害を否定するが,耐震補強工事を施工しても,耐震偽装事件被害ホテルという悪イメージ,外付けブレス等の美観上の欠点,部屋が狭くなり,窓が塞がれるなどの機能上の欠点が残ることになり,ホテルとしての商品価値が著しく低下することを考慮すれば,解体・再築が必要なことは明らかである。

解体・再築を前提とする損害は,引用に係る原判決44頁25行目から45頁26行目までのとおりである(ただし,附帯控訴においては原審での勝訴部分を含めて合計2億円と遅延損害金を請求する。)。

(イ) 耐震補強工事を前提とする損害の請求

標記の損害は,別紙「耐震補強工事を前提とする損害積算書」(以下「別紙積算書」という。)のとおりであり,本件ホテルの耐震補強工事費用が3億7017万7500円,耐震補強工事中のホテル休業(平成17年12月2日から平成19年4月15日)に伴う損害が1億4785万4386円,耐震補強工事後・営業再開に伴う損害が730万8347円,弁護士費用相当額が1000万円の合計5億3534万0233円であり,請求額は,これに,他の損害である控訴人K1研究所に支払った経営指導料3675万円,K2設計に支払った設計・施工監理料1652万7000円を加え,K3工務店(2億円)及びK2設計の破産管財人(141万2820円)からの支払を控除した3億8720万4413円の内金2億円(及び遅延損害金)である。

第3当裁判所の判断

当裁判所は,原判決と異なり,被控訴人の請求のうち,①控訴人県に対する請求は理由がないからこれを棄却すべきであり,②控訴人K1研究所に対する民法709条に基づく請求は1億6127万9027円及びこれに対する不法行為日の後である平成18年2月18日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し(なお選択的請求及び予備的請求を前提としても損害額が上記認容額を上回るものではない。),その余は理由がないからこれを棄却すべきであり,③控訴人N1に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却すべきであると判断する。その理由は,以下に記載のとおりである。

1  建築確認審査における建築主事の建築主に対する注意義務の有無内容等

(1)  国家賠償法1条1項の違法の意義

国家賠償法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに,国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定するものであり(最高裁判所昭和60年11月21日第一小法廷判決,民集39巻7号1512頁),公務員の公権力の行使としての行為が同条項にいう違法と評価されるためには,公務員が単に職務上の法的義務に違反したというだけでは足りず,その義務違反が被害者個人に対して負う義務についての違反であることが必要であると解される。したがって,本件においては建築主事(本件建築主事)がした本件建築確認が,その財産的被害者である建築主(被控訴人)に対する関係でも職務上の法的義務に違反してされたと認められることが必要であり,そのためには,建築主事が依拠すべき行為規範が実現することを目的としている利益(以下「保護法益」ということがある。)中に,建築主個人の財産権が含まれていることを要するというべきであるところ,そのことは,以下の(2)の理由により肯定されると認められる。

(2)  建築基準法の保護法益と建築主事の建築主に対する注意義務の有無

ア 建築確認制度の概要

建築確認制度は,一部の例外(法3条1項,6条2項等)を除き,建築物の建築等の工事着手前に,その建築計画が建築基準関係規定に適合するものであることを公の立場において確認することを骨子とする制度であり,その概要は次のとおりである(なお,上記の建築基準関係規定は,本件建築確認申請に基づく審査がされた当時の規定であり,前述のとおり平成14年法律第22号による改正前の建築基準法及び平成14年政令第191号による改正前の建築基準法施行令である。)。

(ア) 建築主について

建築主は,法6条1項所定の建築物の建築等の工事をしようとする場合,当該工事に着手する前に,その計画が建築基準関係規定に適合するものであることについて,建築確認の申請書を提出して,建築主事の確認を受け,確認済証の交付を受けなければならず(法6条1項),その後でなければ,当該建築物の建築等の工事をすることができない(同条6項)。

(イ) 建築士について

建築基準法は,建築確認制度によって建築主に対して建築確認申請義務を負わせているが,建築物の構造・規模・階数によっては,専門の技術を持っていない者が設計や工事監理を行うと,安全な建築物が建てられない場合があるため,建築士法(平成14年法律第45号による改正前のもの。以下,同じ。)で,建築士にしか設計と工事監理が行えない建築物を定め(建築士法3条ないし3条の3),建築基準法は,建築物のうち構造が複雑であったり,大規模であったりするものについては,建築士の資格を有する者が設計し,工事監理者とならなければならず(法5条の4第1項,2項),建築確認申請に際しても,その作成した設計図書を申請書に添付させるものとし,その要件を欠く建築確認申請は受理することができないと定めている(法6条3項)。

建築士の資格は,建築士法に基づいて国土交通大臣又は都道府県知事が付与する,建築に関する専門家としての国家資格であり,上記行政庁は毎年,建築士の国家試験を実施し(同法13条),その合格者には免許を与え,建築士事務所の登録制度(同法23条)により上記資格を管理している。建築士法の目的は,「建築物の設計,工事監理等を行う技術者の資格を定めて,その業務の適正をはかり,もって建築物の質の向上に寄与させること」であるが(同法1条),建築物の質とは,建築基準法で定められている事項に関するものだけではなく,建築主や使用者にとっての使いやすさや住み心地のよさ,また,周辺地域の環境との良好な関係なども含まれるから,建築士に期待される役割はきわめて重要とされている(乙21の176頁)。

建築士の種別には,木造建築士,二級建築士,一級建築士の3種があり(同法2条),それぞれ設計,工事監理等を行える建築物の範囲が異なり(同法3条ないし3条の3),試験及び受験資格が異なっている(同法12条,14条,15条)。

(ウ) 建築主事について

建築基準法は,建築主事をして建築確認審査事務を担当させると定めている(法6条1項)。

建築主事は,建築確認申請書を受理した日から21日以内に建築基準関係規定適合性の審査を行い,申請に係る計画が同規定に適合すると認めたときは確認の通知を,適合しないと認めたとき,又は申請書の記載によっては同規定に適合するかどうかを決定できない正当な理由があるときは,その旨及び理由を記載した通知書を上記期限内に申請者に交付する(法6条4項,5項)。建築主事の行う建築確認審査は,建築主が建築確認申請をした建築計画について建築基準関係規定に適合しているか否かを判断することであって,たとえ公益に関する事情であっても,建築基準関係規定と無関係の事柄を考慮して建築確認をするかどうかを判断してはならないと解される。

また,建築主事は,国土交通大臣または指定資格検定機関が行う建築基準適合判定資格者検定に合格して登録を受けた市町村または都道府県の吏員のうちから,市町村長または都道府県知事により任命され,建築などに関する確認・検査などを行う担当者(乙21の158頁)であり(法4条6項等),上記検定の受験資格は,「一級建築士試験に合格した者で,建築行政又は第77条の18第1項の確認検査の業務その他これに類する業務で政令で定めるものに関して,2年以上の実務の経験を有するもの」(法5条3項)とされている。

(エ) 建築確認審査について

建築確認審査は,建築計画に係る建築物について建築基準関係規定適合性を審査するものである(法6条1項)ところ,法は,建築物について構造耐力(「自重,積載荷重,積雪,風圧,土圧及び水圧並びに地震その他の震動及び衝撃に対して安全な構造」)を有するものであることを要求し(法20条各号以外の部分),その具体的な内容は「建築物の安全上必要な構造方法に関して政令で定める技術的基準に適合すること」(同条1号)とし,これを受けた建築基準法施行令は,上記法20条1号の「政令で定める技術的基準」として施行令第3章の第1節から第7節の2までに定めるところによるとし(施行令36条1項),そこにおいて,例えば,構造設計の原則として,「建築物の構造設計に当たっては,その用途,規模及び構造の種別並びに土地の状況に応じて柱,はり,床,壁等を有効に配置して,建築物全体が,これに作用する自重,積載荷重,積雪,風圧,土圧及び水圧並びに地震その他の震動及び衝撃に対して,一様に構造耐力上安全であるようにすべきものとする」(施行令36条の2第1項)こと,「構造耐力上主要な部分は,建築物に作用する水平力に耐えるように,つりあいよく配置すべきものとする」(同条2項)こと,「建築物の構造耐力上主要な部分には,使用上の支障となる変形又は振動が生じないような剛性及び瞬間的破壊が生じないような靱(じん)性をもたすべきものとする」(同条3項)ことなどを示した上で,構造部材等(施行令第3章第2節)のほか,構造の種別に応じた具体的規定(同第3節から第7節の2まで)を置いている。

また,法は,一定の建築物については,上記法20条1号及び施行令第3章の第1節から第7節の2までの基準に加え,さらに,「政令で定める基準に従った構造計算によって確かめられる安全性を有すること」(法20条2号)を要求し,これを受けた施行令81条1項が,施行令第3章の第8節に定める構造計算(許容応力度等計算,限界耐力計算)によることを定めている。もっとも,大臣認定プログラム(原判決6頁14行目)を使用して構造計算を行った場合にはこの限りではなく,電算出力部分を建築確認申請書へ添付することは要しないとされていた(省令1条の3第14項,施行細則〔乙8の2・原判決4頁15行目〕2条2項)。

イ 建築基準法の保護法益と建築主事の建築主に対する注意義務の有無(建築主の財産権が建築基準法の保護法益に含まれるか。)

建築基準法は,「建築物の敷地,構造,設備及び用途に関する最低の基準を定めて,国民の生命,健康及び財産の保護を図り,もって公共の福祉の増進に資することを目的」としており(法1条),建築主の財産権を保護法益から規定上除外してはいない。しかも,法の定めた建築基準を満たした建築物が建築されることは,建築物の周辺住民にとって利益であるだけでなく,建築主自身にとっても利益である。というのは,建築基準を満たさない建築計画について誤って建築確認がされて建築がなされると,事後に建替えを迫られる等,大きな不都合が事実上生ずるから,建築主にとっても結局不利益であるからである。したがって,法は,少なくとも,損害の発生を前提とする国家賠償請求との関係では,建築主の財産権も保護法益としていると解するのが相当である。

この点について,控訴人県は,建築基準法の保護法益に建築主の財産権は含まれないと主張する。なるほど,国は,前記のとおり,建築士制度を定めて国家資格としての建築士免許を付与することで,建築主が設計者,工事監理者を選任するに当たって一定の資質と能力を備えた専門家を選任することが可能な制度を構築しており,建築主は,自身は建築の専門家ではないものの,十分な資質と能力を備えた建築士を選任する責任を負い,建築基準関係規定に適合した建築物を建築すべき義務を負っているといえる。しかし,建築士による建築設計とはいっても,建築計画を策定するに急な余り,建築基準関係規定への適合性遵守に厳格さを欠く危険が伴うことは避けられないから,法は,一級建築士よりも資格要件が厳格で高い専門性を備えた建築主事をして,公的な立場で建築確認審査をさせることとし,そのことを通じて建築基準に適合した建築物が建築されることとしているのであるから,それにより得られる利益,とりわけ基準違反の建築物が建築された後の事後的損害の回復を求める場合において違法理由として用いることのできる利益は,周辺住民だけでなく建築主にも及び,建築主の財産権も少なくとも国家賠償請求訴訟との関係では建築基準法の保護法益に含まれるというべきである。よって,上記の控訴人県の主張は採用することができない。

(3)  建築主事の注意義務の内容

ア 序

前記(2)イのとおり,建築主の財産権も少なくとも国家賠償請求訴訟との関係では建築基準法の保護法益に含まれるというべきであるから,本件建築主事の本件建築確認が建築主である被控訴人との関係でおよそ義務違反の問題を生じないとはいえない。そこで,建築主事に要求される注意義務の内容,とりわけ本件で主張されている違法事由との関係で耐震偽装の確認申請をどこまで審査して偽装を見破るべきか,看過すると責任を問われることになる程度はどのようなものかを検討する。

イ 注意義務の内容

まず,前記(2)アのとおり,建築確認制度は,建築士に対する信頼を前提とし,一定の技術的能力を有する建築士がその責任において計画した設計内容について,建築主事において当該建築計画を建築基準関係規定に当てはめ,建築基準関係規定に適合していない点がないかを確認するものであり,建築士による計画の策定と建築主事による審査の両者が相俟って建築基準に適合しない建築物を建築させないようにする制度である。そして,建築主事の建築確認審査は21日間で行うように定められていたこと(法6条4項)も併せると,法は,建築主事には審査項目の網羅的な審査は要求しておらず,審査の程度にも自ずから限界があることを前提としているといわざるを得ない。

ウ 審査事項と注意義務の程度

そして,建築基準関係規定に直接定める審査項目であれば,建築主事は職務上必要な注意義務をもって審査すべきであるが,上記規定が直接定めていない事項については,審査は原則として不要であり,ただ,それらに関連して上記規定に定める審査事項違反となるような重大な影響がもたらされることが明らかな場合において,建築主事が,これを故意又は重過失によって看過したときには注意義務違反となるというべきである。

したがって,建築主事による審査の違法を理由とする建築主からの国家賠償請求の判断に当たっては,建築基準関係規定に直接定めのある項目についての審査の違法を理由とするものであるか否かで区別し,前者に該当する場合には,時間的制約等,当時の建築基準関係規定が定めていた審査基準を基礎とし,建築主事の注意義務違反の有無を判断すべきであり,反対に後者,すなわち建築基準関係規定に直接定められていない事項についての審査の違法を理由とする場合であれば,それらに関連して上記規定に定める審査事項違反となるような重大な影響がもたらされることが明らかなのにそれを故意又は重過失により看過して確認処分をした場合でない限り,注意義務違反の責任は問われないというべきである。

エ 本件における特別の事情

(ア) 申請における偽装と審査における注意義務

本件構造計算はN2建築士により偽装がされていたところ,建築士による意図的な偽装行為の存在を建築主事において予め予測することは難しいから,偽装が上記の建築基準関係規定の直接定める事項についてされたか,定めていない事項についてされたかの場合に区分し,上記ウの注意義務違反の程度の相違を踏まえ,審査についての責任の有無を判断すべきである。

(イ) 関係図書と審査対象該当の有無

被控訴人は,建築基準関係規定で具体的に定められた内容だけではなく,「建築物の構造規定」,「Q&A集」,「チェックリスト」,「設計指針」,「審査要領」,「構造計算規準」,「例規集」(原判決15頁から17頁のイを参照)等に記載された内容と適合しているか否かも審査すべき旨主張する。

しかし,上述のとおり,建築確認審査の在り方に関する当時の法の趣旨によれば,建築基準関係規定に直接定められていない事項については,上記図書に記載されているとしても,建築主事が審査をすべき義務まではなく,それらに記載された事項に関連して,上記規定に定める審査事項違反となるような重大な影響がもたらされることが明らかなのにそれを故意又は重過失により看過して確認処分をしたというような特別の場合でない限り,建築主事は責任を負わないというべきである。

(ウ) 大臣認定プログラムが使用された構造計算と審査

大臣認定プログラムを使用して構造計算が行われた場合,建築確認申請書に構造計算書の添付を一部省略でき,電算出力部分を添付する必要もない(前記(2)ア(エ))ところ,建築確認審査が設計者の設計作業を補完する趣旨があることを考慮すると,建築主事は,構造計算の基礎となる入力データの適否及び計算結果(ワーニングメッセージ等の表出がないこと)を審査すれば足り,本件電算出力部分の1頁から16頁までの入力データ(甲1の5の6の1)をそのまま入力して計算過程を逐一審査する義務を負うことはないと解される。

この点について,被控訴人は,建築主事としては,①「設計指針」その他の関係資料に記述された技術的基準への適合性,及びモデル化の適切性についても審査すべきであり,②構造計算書のうち,大臣認定プログラムでの計算結果部分(電算出力部分)についても,添付されている以上は併せて検討する必要があり,③電算出力部分について,ワーニングメッセージの有無のみならず,要所について疑問点を発見し,必要に応じて検算しなければならないと主張する。

しかし,「設計指針」等に記述されている技術的基準としては,設計方法として考えられる多種多様な事項があり,前記のとおりの建築確認行為の性質等に鑑みれば,これらすべての技術的基準を満足するか否かの審査を要求することなどは当時の法の要求するところではないというべきである。同様に,建築物の構造すべてについてそのモデル化の適切さを審査することも,構造の要所について検算等を行うことも当時の法の要求するところではなかったというべきである。また,大臣認定プログラムでの計算結果(電算出力部分)については建築確認申請書への添付を要しないとした法令の趣旨からすると,添付されているか否かによって建築主事の審査対象が異なることになるというのは合理的ではなく,このような点からも,上記の被控訴人の主張は採用できない。

2  本件建築主事の本件建築確認審査に際しての注意義務違反の有無について

(1)  本件構造設計の内容等と本件建築確認審査

引用に係る前提事実(原判決3頁の2。本判決で補正したものは補正後のものをいう。以下,同じ。),構造設計に関する法令の定めと本件構造設計の内容(同11頁の3)及び後掲の証拠等によれば,次の事実(法令の定めを含む。)が認められる。

ア 本件構造設計に関する法令の定め

(ア) 構造設計の手順に関する法令の定め

構造設計は,一般に,①荷重・外力計算(施行令82条1号),②応力計算(同条2号),③部材断面計算などからなる構造計算を経て設計図書の作成という流れで行われる。本件建築確認当時の建築基準法及びその下部法令は,上記①及び③については詳細に規定しているが,上記②については詳細に規定していなかったため,設計者は,日本建築学会の各規準書などを参考として構造計算を行うこととしていた。また,上記②の応力計算を行うための建築物のモデル化(建築物の形状を線状に置き換えること)の作業についても,その具体的方法は建築基準関係規定には何も明示されていなかった。(原判決11頁の3(1)ア)

(イ) 本件構造計算の内容に関する法令の定め

a 本件建築物は,鉄筋コンクリート造,高さ28.70mの建築物であり,法令上,いわゆる許容応力度等計算(施行令82条,同条の2ないし4)による構造計算が必要とされているところ,本件構造計算においては計算手法として本件設計ルート(ルート2-3)が採用された。

ところで,ルート2-3は,柱及び梁等に十分な変形能力を持たせることによって,建築物の耐震安全性を確保することを特徴とし(部材の粘り強さに期待するじん性指向型の計算手法),その構造計算の手順は,1次設計と2次設計に分けられる。(原判決12頁の3(1)イ)

b 1次設計(施行令82,83ないし88条)は,建築物に作用する荷重(固定荷重,積載荷重,積雪荷重)及び外力(風圧力,地震力)によって,建築物の構造耐力上主要な部分に生じる力を計算し(荷重・外力計算),同部分の断面に生じる長期及び短期の応力度(荷重及び外力が作用する物体〔柱,梁など〕内部に生じる力の総称)を計算する(応力計算)。次に,応力計算によって求めた応力度のうち,各部材の断面の種類ごとに最も不利な応力度がすべて許容応力度(各部材の許容できる応力度の限界値)以下となるように,各部材の断面の大きさや鉄筋量等が決定される(部材断面計算)。(原判決12頁から13頁にかけてのイ(ア))

この過程で適切なモデル化をすることが必要となるが,モデル化の方法について,法令上,特段の規定はなかった(前記ア(ア))。

c 1次設計が完了すると,本件建築物のような特定建築物(施行令82条の2,昭和55年建設省告示第1790号)に関しては,2次設計を行うこととなるが,本件設計ルートにおける2次設計の内容は,以下のとおりである。

まず,層間変形角(施行令82条の2。建築物の揺れの具合を検討する目安となる数値)が200分の1以下であることを確認する。

次に,剛性率(施行令82条の3第1号。建築物を立面的に見たときの層ごとの変形の具合を検討する目安となる数値)が10分の6以上であること,及び偏心率(同条2号,建築物を平面的に見たときの変形の具合を検討する目安となる数値)が100分の15以下であることを,それぞれ確認する。

その上で,建築物の全体崩壊メカニズムを確保するために,柱の曲げ耐力が梁の曲げ耐力に対して十分な余裕を持つように曲げ設計をし,また,部材の変形能力を確保するために,部材の終局時に生じるせん断力に対して十分な余裕を持つように設計をする必要があり(昭和55年建設省告示第1791号第3の三),その設計を行うことにより本件設計ルートによる構造計算は終了する。(いずれも原判決13頁(イ))

イ 本件建築確認申請と受理

K2設計所属のN3建築士は,上記アに従った本件建築確認申請書をまとめ,平成13年11月16日,控訴人県(提出先は半田市長)に対し,建築主である被控訴人の代理人として,本件建築確認申請をし(前提事実(2)イ),同申請は,平成13年12月3日に控訴人県知多事務所で受け付けられた。(前提事実(2)ウ,乙19)

ウ 本件建築主事による建築確認審査と確認済証の交付

本件建築確認申請は,控訴人県知多事務所の建築課長である本件建築主事がその審査を担当した。本件建築主事は,昭和48年に一級建築士免許,翌49年12月に建築主事資格を各取得し,それまでに建築確認審査事務には8年間携わっていた。

なお,平成13年当時,知多事務所では本件建築主事を含め5人の建築主事で,年間2000件以上の建築確認審査事務を担当する状況であった。(前提事実(2)ウ,乙19)

(ア) まず,同主事は,本件建築確認申請書添付の各種図面(甲1の2ないし甲1の4)及び本件構造計算書(甲1の5)を同申請書綴りから取り外し,同申請書の様式(第一面から第五面まで。甲1の1の1)の全体を眺め,申請された建築物の建築計画をイメージした上で,内容の審査に進んだ。

同主事は,建築確認申請書の「第一面」(建築物概要)において地名地番の誤りを,「第三面」から「第五面」に記載されている集団規定(都市計画区域内の建築物に適用される規定)に関する事項(容積率,建築面積,延べ面積など)の誤りを見つけ,設計者にその旨伝え,意匠関係の正しい図面の提出を求めるとともに,関係箇所の修正を求め,設計者により修正等がなされた。(乙19の9ないし11頁)

(イ) 次に,同主事は,構造耐力以外の単体規定(全ての建築物について適用される規定)に関する事項の審査を行い,建築物のイメージをもとに,建築基準関係規定のうち適用される規定を確認した上で,申請書の「第四面」(甲1の1の1の5頁,6頁)の「建築物別概要」及び「第五面」(同7ないし12頁)の「建築物の階別概要」を見ながら,広げておいた各種図面の記載内容(一般構造,防火・避難,各種設備等)について,建築基準関係規定適合性を審査した(乙19の11頁,12頁)。

(ウ) 続いて,同主事は,構造耐力に関する審査を行ったが,これについては,まず,広げておいた意匠関係の図面に続いて,構造関係の図面にあらかじめ一通り目を通し,それによって把握した建築物のイメージをもとに,構造設計概要書(甲1の5の1の1頁,2頁)の内容等から,設計者によって構造計算がされた建築物と申請書の様式や各種図面等に記載された建築物との同一性(建築物の用途,工事種別,規模,階数,軒の高さ,構造型式など)を確認した(乙19の12頁,13頁)。

そして,同主事は,構造計算に使用されたプログラムの種類,設計者が荷重・外力等の計算上仮定した条件が建築基準関係規定で定められた数値等を使用しているかどうか,採用された設計ルート及びそれにより求められた計算結果が建築基準関係規定に適合しているかどうかを順次審査した。具体的には,構造設計概要書(甲1の5の1)及び構造計算書(甲1の5の2)により設計者が仮定した荷重及び外力が建築基準関係規定に適合するかどうかを確認し,本件構造計算が大臣認定プログラムの一つである本件プログラム(原判決6頁20行目)で計算されたことを構造計算書(甲1の5の2)により,複数の計算手法の中から本件設計ルート(原判決別紙1「鉄筋コンクリート造建築物の構造計算フロー」のルート2-3)が採用されたことを構造設計概要書(甲1の5の1)により,同設計ルートの採用が可能であることを2次設計(原判決13頁(イ))の構造計算書(甲1の5の4の22頁ないし25頁)により,それぞれ確認した(乙19の13頁,原審証人N4,5ないし7頁)。

その上で,計算結果が建築基準関係規定に適合するかどうかを確認した。その際,構造耐力上主要な部分である柱,梁及び耐震壁などについて,構造計算書上で計算された結果として導き出された断面形状が建築基準関係規定に適合するか,構造関係の図面と整合しているかを確認したが,柱,梁,耐震壁等について隅々まで構造関係図と照合することはせず,いくつかのものを照合する方法によった。部材断面計算結果の確認は,断面設計部分(甲1の5の3)により行ったが,「柱の設計」,「柱,大梁接合部の設計」,「大梁の設計」については,大臣認定プログラムである本件プログラムにより計算したものとされていたため,審査を行っていない(乙19の13・14頁)。

なお,電算出力部分に関しては,最後に表出されるワーニングメッセージ等が表出されているかどうかのみを確認した(原審証人N4,7頁ないし9頁)。

(エ) 本件建築主事は,以上のような審査を経て,平成13年12月27日,被控訴人に対して本件建築確認に基づく確認済証(甲2)を交付した。

エ 本件建築確認申請における不正確箇所と建築確認時の未把握

(ア) 本件建築物の耐震強度に関する本件建築確認申請の偽装の発覚

本件建築物についての本件構造計算書は,本件プログラムを使用して本件設計ルートによる構造計算がされており,計算結果にエラーメッセージは表出されていなかった。しかし,本件建築確認後でN2建築士による耐震偽装事件発覚(平成17年11月)後に,控訴人県が建築構造関係の専門家団体である社団法人日本建築構造技術者協会中部支部の協力を得て本件プログラムの後継バージョンである「SuperBuild/SS2」に,本件電算出力部分の1頁から16頁までの入力データLIST等に記載されている数値等を,実際にそのまま入力して計算すると,「設計応力が許容耐力を超えているRC部材(柱)がある。」などのエラーメッセージが表出された。そして,本件建築確認申請の構造計算部分は,K2設計から依頼を受けたN2建築士が担当しており,本件構造計算書には態様の詳細は不確かながら,結論的に,不正確又は趣旨不明の記載があり,大部分は偽装(N2建築士の捜査機関に対する自認。後記3(2)イ(ア))が施されていたこと,本件建築確認時にはそのことは把握されずに確認がなされていたこと等が判明した。(前提事実(4)ア,甲1の5の1の本文1頁,弁論の全趣旨)

また,その際に控訴人県が本件設定ルート(ルート2-3)による構造計算とは異なる計算方法である原判決別紙1のルート3で構造計算をしたところ,本件建築物は,ルート3について建築基準関係規定上要求される耐震強度を有しないことが判明した。すなわち,ルート3を適用する場合には,施行令82条の4により,建築物の材料強度によって算出される各階の有している水平耐力(同条1号。当該建築物が保有する最終的な,各階の水平方向からの外力〔地震力〕に耐えられる力。以下「Qu」ともいう。)が同条2号により地震時に各階に必要とされる水平耐力(必要保有水平耐力。以下「Qun」ともいう。)以上であること,すなわち前者を後者で除した値(Qu/Qun。耐震強度)が1以上であることが必要とされるところ,本件建築物については,桁行方向(建築物のうち柱と柱の間の数〔スパン〕が多い方の辺方向)で0.64(2階で生ずる最小値),梁間方向(スパンが少ない方の辺方向)で0.42(本件建築物の2階から10階までの本件耐震壁を2枚と評価した場合に6階梁で生ずる最小値)であった。ただし,梁間方向については,本件耐震壁を1枚と評価した場合に最小値となるのは1階柱でその数値は1.14となる。(前提事実(4)イ,(5)イ)

(イ) 本件構造設計における具体的な不正確箇所

上記(ア)の結論としての耐震偽装の原因となった可能性のある事由として,また,本件建築確認申請において不正確な記載がされていながら建築確認時にそのことが看過された事由でもある等として,被控訴人が指摘する箇所(あるいは事由)は,次のとおりであり,このうち原判決17頁以下のウ(ア)の事由は,壁を1枚と評価することが正しいかどうかに当事者双方の意見の相違があり,1枚と評価することが正しいとの前提を取れば,その点に関する構造設計に建築基準関係規定違反はないことになるというものであり,同(イ)は,1階がピロティ形式の部屋であることに認識の違いはないが,その場合に層崩壊防止のための設計上の留意を要するか要しないかに意見の違いがあるというものである。これに対し,同(ウ)以下の事由(箇所)は,構造設計における記載が不正確であること自体は,控訴人県においても,自認するものであり,N2建築士による偽装がされたと推認される箇所である。

すなわち,標記の箇所あるいは事由とは,本件耐震壁には廊下等の開口部が存するが,これを1枚の耐震壁とモデル化して構造計算を行っていること(原判決17頁以下のウ(ア)),1階部分がピロティ型式となっていること(同(イ)),1次設計での層せん断力係数の割増しがされていないこと(同(ウ)),耐震壁の設計用せん断力(水平力)の必要な割増しがされていないこと(同(エ)),実際に用いられた枠柱のHOOP筋よりも強い規格であることを前提に計算されていたこと(同(オ)),枠柱の主筋の本数が足りないこと(同(カ)),耐震壁の設計について採用しているせん断応力の数値が誤っていること(同(キ)),耐震壁の周囲の枠フレームの設計がされていないこと(同(ク)),1階柱(1C1)のせん断耐力が正しく計算されていないこと(同(ケ)),2階接合部のせん断耐力が正しく計算されていないこと(同(コ))である。

そこで,本件建築主事が,本件建築確認に際し,これら(以下まとめて「耐震偽装」ということがある。)を把握しなかったことの適否について,以下検討する。

(2)  本件建築確認における注意義務違反の有無

ア 本件耐震壁のモデル化及び境界梁の設計(原判決17頁以下のウ(ア))に係る審査における注意義務違反の有無

(ア) 本件耐震壁の設計状況等

a 耐震壁の構造設計の内容

本件建築物は,ホテルであって,各階の中央に廊下が設置され,客室は廊下を挟んで左右に配置され,同一側に位置して隣り合う客室相互の間は壁で仕切られる設計であり(甲1の3の1のA10ないし13),その壁は,建物内部にある耐震壁として設計され,本件設計図上は「EW20」と表示されており,壁厚は20cmである(甲1の4のS-10・17)。廊下(「廊下通り」ともいう。)の幅は180cmで,有効幅は168cmである(甲1の3の1のA-10ないし13)。各客室は廊下と垂直であり,その奥行方向(廊下と垂直の方向)の長さは各480cmで,隣室相互を隔てる同一長さの内壁と同じ壁が廊下を挟んだ反対側にあり,それらの壁を廊下通りの上部に位置する梁(G3)が繋ぐ設計である(甲1の4のS-15)。

東側(バルコニー側)外壁の耐震壁は,本件設計図上は「EW18」と表示され,壁厚は18cmである。その外壁の中央に間口180cmの非常口(甲1の4のS-10)を設けるように設計されている。そして,その非常口の左右の耐震壁を,非常口の上部に位置する梁(G2)が繋ぐ設計である。

西側(階段側)の外壁の耐震壁は,その中央に間口約80cmの非常口(甲1の3の2の図面番号A25の屋外避難階段側片開きスチールドア部分参照)が存在し,非常口の上部には,上記東側外壁の耐震壁と同様の梁を設ける設計である(以下,耐震壁の開口部の上部に位置する梁をすべて併せて「本件境界梁」という。)。

b 耐震壁を各1枚とするモデル化

本件建築物は,2階から10階までの梁間方向の内壁の一部及び外壁を,本件構造計算上,すべて1枚の耐震壁と評価するモデル化がされている(原判決17頁から18頁の(ア))。

c 境界梁の設計状況等(甲1の4のS-15。原判決別紙4)

なお,ここで,本件耐震壁を繋ぐ本件境界梁の配筋状況等をみると,内壁の境界梁のうち,2階の境界梁(G3)は,断面が横45cm×縦65cmであり,上端筋及び下端筋として「D25」(断面積は5.067cm²)が各3本,腹筋として「D10」(断面積0.7133cm²)が2本,STPとして「D13」(断面積1.267cm²)が20cm間隔で,それぞれ配筋される設計である。3階から10階の内壁の境界梁(G3)は,断面が横20cm×縦60cmであり,上端筋及び下端筋として「D19」(断面積2.865cm²)が各3本,腹筋として「D10」が2本,STPとして「D10」が20cm間隔で,それぞれ配筋される設計である。

東西の非常口(外壁)の耐震壁の境界梁については,3階から10階の境界梁(G2)の断面が横35cm×縦60cmであるほかは,それぞれの階の内壁の境界梁と同様である。

(イ) 標記箇所(モデル化)に関する審査における注意義務違反の有無

a 建築主事の注意義務は,前記説示のとおり,法令に定められた内容の範囲(事項)について審査を行うべきところ,モデル化の具体的方法については法令上特段の規定はないから,建築主事は,本件耐震壁を1枚とモデル化する建築士の考え方の当否を審査する必要はないし,その設計思想の当否は審査対象ではないと解される。ただし,建築主事は,建築確認申請者の行うモデル化を基礎にして行った設計上の記載に不正確な内容や法令違反がないかどうかを審査することは必要であり,また,そのモデル化に関連して建築基準関係規定に定める審査事項違反となるような重大な影響がもたらされることが明らかな場合において,これを故意又は重過失によって看過した場合には,注意義務違反となると解される。

b そこで,耐震壁を1枚と評価する設計者の意思を前提とした上で,上記の点を検討する。

まず,本件建築物の構造計算には大臣認定プログラムである本件プログラムが使用されているところ,大臣認定プログラムを使用して構造計算を行った場合には電算出力部分を建築確認申請書へ添付することは要しない(省令1条の3第14項,施行細則2条2項)。しかし,その場合でも,本件構造設計書の一部(甲1の5の3)は,いわゆる「手計算部分」であり,省令1条の3第1項の表2の(ろ)欄(二)の2号に掲げる「建築物の概要,構造計画,(中略)令第82条の4に規定する構造計算」の計算書として添付を必要とする書類である。そして,同書面の耐震壁の設計部分(甲1の5の3の20頁。以下「本件耐震壁設計部分」ともいう。)の「EW20」及び「EW18A」の欄の「スパン長11.40m」の各数値の記載自体は,省令1条の3第1項の表1(は)項の「明示すべき事項」欄に記載されている「構造耐力上主要な部分の材料の種別及び寸法」のうちの「寸法」に該当する数値であり,法令上記載が要求されている数値であるため,建築主事は,法令上添付が要求されている図面を確認して図面上の同一部分の数値と上記手計算部分である「11.40」の数値が一致していることを確かめる必要がある。

この点については,省令1条の3第1項の表1(は)項により添付を要求されている甲1の4のS-7(各階伏図)によれば,同図面の南北方向の各壁には「EW20」又は「EW18A」との表示が各壁について1か所だけ表示され,かつ,その長さにつき開口部分を含む全体の長さが11.40mと表示されているから,同図面上,本件耐震壁が1枚の耐震壁としてモデル化され,その長さが11.4mであると設計されていることが認められる(乙53の7頁)。したがって,これによれば,法令上添付が要求された図面の数値と上記の手計算部分である「11.40」の数値は一致しており,その点に不正確や法令違反の記載があるとはいえない。

c また,本件構造計算書は,構造計算規準(乙36)に依拠した旨の記載があるところ(甲1の5の1の2頁),構造計算規準(乙36)では,開口部がある場合に,それがない場合に比べて耐震力は低下することを踏まえ,開口部の耐力の低減率を乗じて耐力を,さらに開口部分の開口周比を算出し,開口周比が0.4以下であれば,開口部のある1枚の耐震壁として認められることとされている(乙39の15頁)。そして,本件耐震壁設計部分(甲1の5の3の20頁)において「EW20」及び「EW18A」の欄の各開口低減率は「0.68」及び「0.77」と記載されているから,1-開口低減率として計算される開口周比(乙39の16頁)は,いずれも0.4以下となり,本件耐震壁は,開口部がある場合に1枚の耐震壁と認められるための要件(数値)を満たしていると認められる(乙53の7頁)。

d この点に関しては,本件構造計算書及び本件建築確認申請書に添付された図面を詳細に検討していれば,本件耐震壁が廊下通り又は非常口によって分断された状態である上,同様の構造が2階から10階まで連続し,かつ,本件境界梁,とりわけ3階から10階までの内壁の耐震壁を繋ぐ梁が,その断面が小さく(原審証人N4,26頁),その配筋も少ないため,相当脆弱であり(前記(ア)c),廊下を挟んだ左右の2枚の耐震壁を一体化させるようなものと評価することは難しいとの判断に至ることができたと認められる(甲43の10頁,甲59の3頁,7頁,甲60の7頁,甲61,乙29の20頁,22頁ないし24頁,36頁)。

しかし,前述のとおり,建築基準関係規定に直接定められていない事項については,建築主事が審査をすべき義務まではなく,それらに記載された事項に関連して,上記規定に定める審査事項違反となるような重大な影響がもたらされることが明らかな場合において,建築主事が,これを故意又は重過失によって看過したというような特別の場合でない限り,建築主事は審査事務に関して責任を負わないと解されるところ,上記の添付図面を検討することが法令上の要請ではなかったこと,反対に,本件建築確認申請書に法令上添付が要求されている甲1の4のS-7(各階伏図)によれば,設計者が本件耐震壁を1枚とモデル化して設計していることが認められるし,本件耐震壁設計部分(甲1の5の3の20頁)の記載からは開口周比が0.4以下であり,構造計算規準(乙36)によっても1枚の耐震壁と評価できるのであるから,法令上添付が要求されている上記図面の記載から,本件耐震壁を1枚とモデル化することが合理性を欠くとまでは認められない。

e したがって,本件建築主事において法令上審査すべき事項から審査・判断して,本件構造計算書が本件耐震壁を1枚と評価していることについて,不正確で誤った耐震設計であるとして建築確認をしないという判断にまで至らないのは不自然ではなく,かつ,前記の建築確認審査に要求される判断基準に照らすと,上記のような限定した事項だけを審査するに止まり,さらに調査を尽くして構造計算の不正確な点を指摘するに至らなかったことが注意義務に違反するとは認められない。結局,当時の法の定める審査基準の程度に照らすと,申請された本件建築設計における耐震壁を1枚と評価するか2枚と評価するかの点について,本来は2枚の耐震壁と評価すべき内容の記載のある設計部分(例えば,本件建築物の軸組図(甲1の4のS-10))を審査対象としなくても良いとされていたことに加え,法令上審査することを要求されている部分の記載からは1枚と評価することとなっていたので,建築基準関係規定に定める審査事項違反となるような重大な影響がもたらされることが明らかな場合ではなかったのであり,本件建築主事が,1枚の耐震壁と評価したことに故意又は重過失は認められない。これは,当時の建築審査に関する法令が,建築士により建築基準関係規定を遵守した設計に基づく建築申請がされることを前提とし,確認審査のための時間を含めた審査の範囲,程度につき建築主事には量的にも質的にも,多くを要求しないとすることとしていた結果でもあり,そのような当時の法制度に照らし,本件建築主事が耐震壁を1枚と評価したことに注意義務違反は認められない。

(ウ) 被控訴人の主張等についての判断

被控訴人は,①法令上添付が要求されている平面図(甲1の3の1のA-10ないし13)等から,本件建築物が廊下を挟んで左右に客室のある構造であることは理解できるし,法令上添付が要求される断面図(甲1の3の1のA-17)の5階,6階部分を見ると,廊下通りは相当ボリュームのある空間であり,これによって本件耐震壁が分断されることがわかること,②「審査要領」(甲106)では,各階平面図で構造の種別に応じた常識的なスパンとなっているかの確認,立面図(甲1の3の1のA-15,16)で開口部の形状等から「耐力壁と開口」から「耐力壁として有効か」の確認,断面図で構造体の概要把握などが必要とされる旨の記載があること,③建築確認申請の実務では軸組図が添付されることが通例で,添付されていなければその提出を求めるべきであり,本件建築物の軸組図(甲1の4のS-10)を見れば,開口部の形状から本件耐震壁を1枚とモデル化できないことは容易に理解できること,④開口周比が0.4を超えないとの条件は,耐震壁と目される壁が1枚と評価された後,その壁に開口がある場合に,その剛性評価のための開口低減率を算出する場面での問題であり,耐震壁を1枚と評価するか否かの規準ではないことを主張する。

しかし,①については,開口部である廊下が存在しても,梁が存在しており物理的に左右に完全に分断されているわけではない上,耐震壁は壁以外の梁と柱を含んだ総体で考えるところ(乙36の219頁の図9),開口周比が0.4以下で開口部のある壁についての構造計算規準(乙36)に記載された規準を満たしているから,平面図等から本件耐震壁を1枚とモデル化することが合理性を欠くとまでは認められないこと,本件を含めたN2建築士による耐震偽装事件を経て平成19年6月施行の国土交通省告示第594号をもって,「開口部の上端を当該階のはりに,かつ,開口部の下端を当該階の床板にそれぞれ接するものとした場合にあっては,当該階を一つの壁と取り扱ってはならないものとする。」との規制が設けられたが,それ以前である本件建築確認時には,上記のような場合,壁を1枚とも2枚ともモデル化し得ることとされていたこと(乙53の6頁),②については,審査要領(甲106)は法令で定められた内容だけが記載されているのではなく,設計者が配慮すべき事項も盛り込まれているし(乙13の13頁),法令で添付が要求されている上記図面を検討しても,同図面からただちに本件耐震壁を1枚とモデル化することが合理性を欠くとまでは認められない上(乙53の6頁ないし9頁),審査要領の編集に携わったN12は「指定確認検査機関の確認物件から抽出したマンション等103件の調査」の結果から,当時,本件ホテルのような梁間方向の耐震壁については1枚壁の耐震壁とみて設計をしていた設計者が多数派であったと述べるなど(乙13の32頁),本件耐震壁を1枚とモデル化するか2枚とモデル化するかについて,上記図面だけから一見して明らかであったとは言い難いこと,③については,軸組図(甲1の4のS-10)は法令の規定で添付することを要求されていないのである(乙53の6頁)から,これを要求すべきであるとの被控訴人の主張は理由がないこと,④については,構造計算規準(乙36)の記載内容自体からは,開口周比が0.4以下であれば,開口部のある耐震壁について,低減率を乗じた上で1枚の耐震壁と計算できる趣旨と読むことも可能であること(乙39の15頁,乙53の7頁)から,被控訴人の主張はいずれも採用できない。

イ 1階部分のピロティ型式の設計(原判決18頁(イ))に係る審査における注意義務違反の有無

(ア) 本件建築物の1階部分の構造設計の内容

本件建築物は,2階から10階までの梁間方向の外壁(EW18A)及び間仕切り壁を除く内壁(EW20),並びに桁行方向の外壁(EW18)が耐震壁として設計されるなど(甲1の4のS-9,S-10),2階から10階まで耐震壁が連続して配置されているが,他方,1階部分は,耐震壁が一切存在せず,柱と梁のみによって耐力を持たせる構造となっており(甲1の4のS-5),ピロティ型式の建築物と認められる。

(イ) 標記箇所(ピロティ型式)に関する審査における注意義務違反の有無

被控訴人は,「建築物の構造規定」(甲65),「審査要領」(甲49),「設計指針」(甲17の1・2)によると,ピロティ型式の建築物である本件建築物については,本件建築主事が構造上の危険を回避する設計上の留意がされているかなどを十分に調査すべきであったのにこれを怠ったと主張するので検討する。

a 「設計指針」(甲17の1)の120頁ないし122頁によれば,「3-2 構造形式」欄で,「次の1から3に掲げるいずれかの条件に適合する建築物は,全層にわたり鉄筋コンクリート造とすることができる。」とされ,本件建築物が「2 高さが25mを超え31m以下の建築物」にあたることから,「次のaからcに掲げる条件を満たす」場合には,全層にわたり鉄筋コンクリート造とすることが可能となるところ,本件建築物は,条件aについては1次設計で層せん断力係数(Ci)が1.25倍されており(甲1の5の1の5頁の標準せん断力係数の欄),条件bについては剛性率(Rs)が0.6以上で偏心率(Re)が0.15以下であり(甲1の5の4の25頁の剛性率と偏心率の欄),条件cについては柱の帯筋を全層にわたりスパイラル筋としているから(甲1の4のS-14の柱断面リストの上部欄外),上記のいずれの条件をも満たしており,「設計指針」の記載からは,1階も含めて全層を鉄筋コンクリート造の構造として構造計算を行うことが可能と認められる(乙53の10頁,11頁)。

この点について,被控訴人は,「設計指針」(甲17の1)の120頁の「3-2 構造型式」欄で「全層にわたり鉄筋コンクリート造とすることができる」とする箇所は,ピロティ型式については別途考慮する趣旨と解され,「ピロティなど壁の全くない階は鉄筋コンクリート造とすることはできない」(同124頁)との記載がその趣旨を表していると主張する。

しかし,「設計指針」の「3-2 構造形式」の欄は,上記記載の「1から3」の場合と「4及び5」の場合とに分かれ,「4及び5に掲げる条件に適合する場合には,条件に適合する部分について鉄筋コンクリート造とすることができる。」とされている。そのため,「1から3」の場合については,そこに掲げるいずれかの条件に適合する建築物は,それだけで,「全層にわたり鉄筋コンクリート造とすることができる。」のであり,それに加えて,「4及び5」に掲げる条件に適合することを要するとされているわけではないことは,その記載内容から明らかである。被控訴人は,設計指針の「3-2 構造形式」の「2」を満たす本件建築物につきさらに同「5」を満たすことを前提とした上,同「5」に関する「設計指針」(甲17の1)の124頁の記述により,「ピロティなど壁の全くない階は鉄筋コンクリート造とすることはできない」と主張するが,本件建築物が同「5」をも満たすことが必要であるとの前提が採用できないから,被控訴人の上記主張は採用できない。

b 「建築物の構造規定」(甲65)には,当時の建築基準関係規定の下で安全性を確認するため,ピロティ階での層崩壊を防止するための「特別の検討」を求める旨の記載があり,「審査要領」(甲76)には,平成7年建設省告示第1996号により改正された建設省告示(昭和55年建設省告示第1791号)第3により,ピロティ型式の建築物の構造設計について,本件設計ルートである「ルート2-3では設計は困難となり,一般的にルート3で対応することになる。」との記載がある。

しかし,ピロティ型式の建築物の構造設計について,本件設計ルートであるルート2-3での設計が禁止されたわけではないし(原審証人N12,55頁,56頁),上記aのとおり,「設計指針」に記載された要件を満たしているのであるから,ピロティ型式の建築物である本件建築物について,本件建築主事が構造上の危険を回避する設計上の留意がされているかなどを調査すべき義務があったとは認められない。

ウ 1階の柱と梁以外の1次設計での層せん断力係数の割増し(原判決19頁(ウ))に係る審査における注意義務違反の有無

(ア) 層せん断力係数の割り増しに関する設計状況

本件建築物が,その構造の種別及び高さにより,「設計指針」(甲17の1)の120頁の「2」aにおいて,1次設計で層せん断力係数(ただし地上部分)を1.25倍以上とするように求められていること,また,地震層せん断力係数は,Z(地震地域係数)×Rt(振動特性係数)×Ai(i階の地震層せん断力係数の分布係数)×Co(標準せん断力係数)によって求められる数値であること(施行令88条),そして,構造設計概要書(甲1の5の1)は,水平力の構造諸元欄のうち,地震力の標準せん断力係数について,「Co=0.2×1.25倍」として,1.25倍に割増しする旨表示している(同書の5頁)ので,構造計算書は,前記設計指針の「2」aの要請に応える設計意思が見られると認められる。ところが,本件構造計算(甲1の5の1の5頁)の下段の一覧表中の「1F」と「Cil」とが交差する欄の数値を見ると,1階の層せん断力係数(Ci)は0.200であることが認められる。したがって,構造計算の具体的なあてはめにおいては,上記の算出式(Z[1]×Rt[1]×Ai[1]×Co=0.200)から逆算して,Co(標準せん断力係数)が0.2であると求められるので,Coにつき,0.2×1.25倍とされていないことが認められる。すなわち,構造設計概要書(甲1の5の1)の5頁という同一の箇所で,Co(標準せん断力係数)につき,一方では構造諸元においてCo=0.2×1.25倍と記載されているのに,具体的な一覧表の1F欄における数値の算出結果を記載する際には,標準せん断力係数として0.2が使用されているのであり,内容に矛盾があるといえる。あるいは層せん断力係数につき,設計指針による定め(1.25倍)を遵守する旨の概括的な表示をしながら,現実にはそれを遵守しない内容(1倍)で設計していると認められる。

なお,1階の柱と梁における一次設計の層せん断力係数は,本件プログラムによる一貫計算の中で部材断面計算がなされているため,1.25倍の割増しがなされている(甲1の5の6の2,61頁。甲74,6頁,7頁,原審証人N11,29頁)。

(イ) 標記(層せん断力係数)に関する審査における注意義務違反の有無

a 上記(ア)のとおり,本件構造設計においては,1階の柱と梁以外の耐震壁の設計で層せん断力係数につき,設計指針による定め(1.25倍)を遵守する旨の概括的な表示をしながら,現実にはそれと異なる内容(1倍)の設計がされていたところ,本件建築主事は,審査において,このことに気付かなかった(原判決5頁エ)。

しかし,上記(ア)のとおり,本件構造計算書(甲1の5の1の5頁)の「3 水平力 (1)構造諸元」欄には,標準せん断力係数(Co)は「0.2×1.25倍」と記載されているのに対し,具体的なあてはめに際して同係数が直接記載されている箇所はない。また,同計算書(同頁)の「2.7地震力」の一般階の部分の地震層せん断力係数(Cil)が,Z(地震地域係数)×Rt(振動特性係数)×Ai(i階の地震層せん断力係数の分布係数)×Co(標準せん断力係数)によって求められる数値であるところ,その計算式は同書同頁には記載されておらず,仮に建築主事が具体的な値を知ろうとすれば,その計算式を把握した上で,地震層せん断力係数(Cil)の具体的な値から,標準せん断力係数(Co)の値を逆算するしかない。このように,本件構造計算書の地震層せん断力係数(Cil)の記載を見ても,標準せん断力係数が1.25倍されていないことが直ちに了解可能なものとまでは言い難く,またそもそも上記の点が一致するかどうかを必須あるいは優先事項の高い審査項目とすべき旨の法令上の要請はなく,この点以外にも相当の範囲の審査事項を通常の建築確認審査における限られた時間の中で審査しなければならない建築主事の業務との関係で見ると,耐震壁の層せん断力係数が1.25倍されていないことを看過したことをもって,本件建築主事に注意義務違反があったということはできない。

b 被控訴人の主張に対する判断

被控訴人は,控訴人県が設計指針を制定して運用している以上これを遵守すべきであるし,L6ホテルではこの違反を理由に構造設計の変更を命じていると主張する。

しかし,設計指針自体は法令ではないうえ,前述の建築確認審査の趣旨からすると,設計指針が上記のような計算結果の検証まで求めているとは解されないし,L6ホテルの場合が本件と同様の状況であったかは明らかではないから,これらの点についての被控訴人の主張は採用できない。

エ 耐震壁の設計用せん断力(水平力)の割増し(原判決21頁(エ))に係る審査における注意義務違反の有無

(ア) 耐震壁の設計用せん断力(水平力)の割増係数に関する設計状況

昭和55年建設省告示第1791号(甲15)第3の三は,「…当該はり,柱及び壁にせん断破壊が生じないことを確かめること」と定め,これを受けた通達(昭56住指発第96号)では,「各部材は,必要に応じて十分な靱性を有するように留意すること。」としており(甲18,177頁以下),これにつき,「建築物の構造規定」においては「耐力壁のせん断設計用せん断力は十分大きくするとともに,ある程度のせん断補強筋を確保するなどに留意する必要がある。」と記述されている(同181頁)。さらに,これを具体化した解説書である「Q&A集」では,本件設計ルートを含むルート2の設計においては設計用せん断力に割増係数2.0以上を乗じることとされている(甲19の139頁)。

ところで,本件構造計算では,原判決別紙2(緑色マーカー部分)のとおり本件耐震壁の設計用せん断力に割増係数1.5を乗じている(甲1の5の3の20頁)。

(イ) 標記(せん断力の割増し)に関する審査における注意義務違反の有無

a そこで検討するに,法令の規定や通達には割増係数についての具体的な定めはない上,「Q&A集」に割増係数を2.0以上とする旨の記載はあるものの,「建築物の構造規定」の「付録1-7鉄筋コンクリート造に関する技術慣行」(乙10の4)には割増係数を1.5以上とする旨の記載もあり,これを誤りとまで断ずることはできないから(乙13の28頁),前述の建築確認審査の趣旨からすれば,耐震壁の設計用せん断力(水平力)について,上記(ア)のとおり割増係数が2.0とされていないことにつき本件建築主事がさらに調査を尽くさなかったことが注意義務に違反するとは認められない。

b 被控訴人の主張に対する判断

被控訴人は,本件電算出力部分(甲1の5の3の20頁)を見れば,割増係数が2.0か1.5かはすぐにわかると主張するところ,その記載に気付いても,上記aのとおり,1.5とする解説書もあることや2.0が法令それ自体の規定値ではないことに照らすと,1.5の記載が直ちに法令に反するとまではいえず,この点についての被控訴人の主張は採用できない。

オ 枠柱のHOOP筋の規格(原判決21頁以下の(オ))に係る審査における注意義務違反の有無

(ア) 本件構造計算書の枠柱のHOOP筋の規格が誤っていること(設計状況)

枠柱のHOOP筋の規格は,本件建築確認申請書に添付された構造図の「D10」の記載(原判決別紙3のピンクマーカー部分。甲1の4のS-14。)と本件構造計算書の「D13」の記載(原判決別紙2のピンクマーカー部分。甲1の5の3の20頁)とで齟齬しており,本件構造計算書では,実際に用いられた枠柱のHOOP筋よりも強い規格であることを前提に構造計算がされていたことは,引用にかかる原判決21頁以下の(オ)のとおりである。

(イ) 標記(枠柱のHOOP筋の規格)に関する審査における注意義務違反の有無

a しかし,上記(ア)については,注意義務違反とはいえない。というのは,建築確認審査には時間的制約があり,構造設計概要書の各図面の内容と構造計算書の内容の整合性を網羅的にチェックすることは困難であるし,前述の建築確認審査の趣旨からすると,建築確認申請書及び添付書類のすべての内容を確認すべき義務があるとはいえないところ,上記(ア)については,網羅的なチェックをしなければ発見し難いからである。

b 被控訴人の主張に対する判断

被控訴人は,構造図と構造計算の内容の矛盾を審査することは建築主事の重要な審査義務内容であると主張するが,上述のとおり網羅的なチェックは要求されていないと解され,この点についての被控訴人の主張は採用できない。

カ 枠柱の主筋の本数(原判決22頁(カ))に係る審査における注意義務違反の有無

(ア) 枠柱の主筋の本数が不足していること

建築基準関係規定(施行令77条5号)によれば,柱の主筋は,その断面積の和が柱の断面積の0.8%以上とする必要があり,本件耐震壁の枠柱の主筋の断面積の和は23.4cm²以上でなければならないところ,本件構造設計では,22.92cm²(柱の断面積の0.78%)で上記規定に反していることは,引用にかかる原判決22頁(カ)のとおりである。

(イ) 標記(枠柱の主筋の本数)に関する審査における注意義務違反の有無

a 本件構造計算では枠柱の主筋の本数が足りないものの,建築主事がこれを見つけるためには,本件建築確認申請書の添付書類の1つである「柱リスト」(甲1の4のS-14)等を確認した上で,上記柱の断面積及び鉄筋の断面積の和を計算しなければならず,これを建築主事の審査義務の内容と解することはできないから,本件建築主事に注意義務違反があると認められないことは,原判決89頁9行目から23行目のとおりであるから,これを引用する(ただし14行目の「(前記2(1)イ)」を削除する。)。

b 被控訴人の主張に対する判断

被控訴人は,「柱リスト」の図面を見れば鉄筋量が不足しているとの疑問をもつことが当然であると主張するが,一見して不足を推認できる図面とはいえず,上記計算をしなければ見つけることはできないのであり,この点についての被控訴人の主張は採用できない。

キ 耐震壁の設計につき,採用しているせん断力の数値(原判決23頁(キ))に係る審査における注意義務違反の有無

(ア) 耐震壁の設計について採用したせん断力の数値の誤り

耐震壁の設計に当たり,せん断力として最大値(最大応力値)を採用すべきところ,2か所で2番目の数値を採用していること,これが構造計算の基本的考え方に反するものであることは,引用にかかる原判決23頁(キ)のとおりである。

(イ) 標記(せん断力の数値についての採用)に関する審査における注意義務違反の有無

a 本件建築確認申請における上記の誤りは,本件構造計算書のうち耐震壁の設計部分(甲1の5の3の20頁)と本件電算出力部分(甲1の5の6の2の28頁,30頁,31頁,35頁,41頁,45頁)とを比較しなければ発見できないところ,電算出力部分の添付は必要とされておらず,建築主事にこれを審査すべき義務はないから,本件建築主事に注意義務違反があると認められないことは,原判決90頁7行目から16行目までのとおりであるから,これを引用する(ただし12行目の「(前記2(1)イ)」を削除する。)。

b 被控訴人の主張に対する判断

被控訴人は,本件電算出力部分が添付されているからこれを確認すべきである旨主張するが,前述のとおり,建築主事には法令で添付を要求されていないこの部分の確認義務はないから,この点についての被控訴人の主張は採用できない。

ク 耐震壁の周囲の枠フレームの設計(原判決23頁(ク))に係る審査における注意義務違反の有無

(ア) 耐震壁の周囲の枠フレームが設計されていないこと

「設計指針」(甲17の1の119頁)では,耐震壁の周囲の柱及び梁等のいわゆる枠フレームの設計に当たり,長期軸力の5%程度を柱の設計用せん断力とすることが要求されているところ,本件構造設計において,耐震壁につき枠フレームの設計がされていない(該当する記載がない。)ことは,引用にかかる原判決23頁(ク)のとおりである。

(イ) 標記(枠フレームの設計)に関する審査における注意義務違反の有無

a 上記(ア)のとおり,本件構造設計では耐震壁につき枠フレームが設計されていない(該当する記載がない。)が,記載がないことを見い出して疑問視し,その点を指摘するのは必ずしも容易ではなく,建築主事に要求される当時の注意義務の程度に照らすと,本件建築主事が上記の指摘をしなかったことにつき,注意義務違反があるとは認められない。このことは,原判決91頁1行目から10行目までのとおりであるから,これを引用する。

b 被控訴人の主張に対する判断

被控訴人は,比較的容易に発見できると主張するが,法令自体には具体的規定がないところ,前述のとおり建築確認審査の時間的制約等から建築主事が網羅的な点検をすることは要求されておらず,本件構造計算書にこの点の記載がないことを見つけることは必ずしも容易とはいえず,この点についての被控訴人の主張は採用できない。

ケ 1階柱(1C1)のせん断耐力(原判決24頁(ケ))に係る審査における注意義務違反の有無

(ア) 1階柱(1C1)のせん断耐力が正しく記載されていないこと

本件構造計算書の電算出力部分には,1階の一部の柱(1C1)について,設計上要求されるせん断力の数値(設計用せん断力。以下「QD」ともいう。)が原判決別紙7(緑マーカー部分)のとおり「161.2」,「151.6」と記載されているが(甲1の5の6の2の61頁),本件プログラムにより正しく計算すれば,同別紙8「正RC柱断面算定」(緑マーカー部分)のとおり「334.4」,「313.6」となり,上記の「161.2」,「151.6」は,実際と異なる誤った数値であるにもかかわらず,あたかも本件プログラムの正しい計算結果であるかのように偽装されたものであると認められる。そして上記の正しい値では,法令上要求されるせん断耐力を有しないことになる。このことは,引用にかかる原判決24頁(ケ)のとおりである。

(イ) 標記(1階柱のせん断耐力)に関する審査における注意義務違反の有無

上記(ア)のとおり,1階柱(1C1の柱)の設計用せん断力は正しく記載されていないが,本件プログラムに改めて数値を入力して再計算しなければ判明しない内容であるから,本件建築主事に注意義務違反があると認められないことは,原判決91頁17行目から22行目までのとおりであるから,これを引用する。

コ 2階接合部のせん断耐力(原判決24頁(コ))に係る審査における注意義務違反の有無

(ア) 2階接合部のせん断耐力が正しく記載されていないこと

本件構造設計における,部材断面計算において,終局状態の許容せん断力を問題とする項目である「Vju/Qdn」の2階部分の柱と梁の接合部についての数値が,本件構造計算書の電算出力部分には,原判決別紙9(緑マーカー部分)のとおりいずれも1.0以上とされているが(甲1の5の6の2の63頁),本件プログラムにより正しく計算すると,同別紙10「正RC接合部断面算定」(緑マーカー部分)のとおり2か所で1.0を下回っていることが認められる。すなわち,実際の計算結果は法令上の要請を満たさないところ,あたかも満たすかのような虚偽の値が記載されていた。このことは,引用にかかる原判決24頁(コ)のとおりである。

(イ) 標記(2階接合部のせん断耐力)に関する審査における注意義務違反の有無

上記(ア)のとおり,2階の柱と梁の接合部のせん断耐力につき正しく記載されていないが,本件プログラムに改めて数値を入力して再計算しなければ判明しない内容であるから,本件建築主事に注意義務違反があると認められないことは,原判決92頁4行目から9行目までのとおりであるから,これを引用する。

(3)  小括

以上のとおり,本件建築主事には本件建築確認申請にかかる建築確認審査において,注意義務違反があるとは認められないから,被控訴人の控訴人県に対する請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がない。

3  控訴人K1研究所及び同N1の責任の有無について

(1)  認定事実

前提事実(引用にかかる原判決第2の2),後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる(必要な範囲で認定の補足説明も記載する。)。

ア 控訴人K1研究所の組織及び業務内容等

原判決92頁21行目から95頁19行目までのとおりであるから,これを引用する。

すなわち,控訴人K1研究所は,昭和46年1月30日付けで設立登記がされた株式会社であり,本件当時,社内の組織として建設業経営指導部及びホテル指導部という2つの部門が存在した。建設業経営指導部は,中小の建設業者に対し,経営指導を行い,ホテル指導部は,ビジネスホテル事業を行おうとする者に対して,ホテル開業に必要な指導を行っていた。経営コンサルタント業者の中で,建設業者に対する経営指導を専門とする業者は少なく,またビジネスホテルの開業指導を行う業者は極めて珍しく,その両者を兼ね備えた控訴人K1研究所は,国内唯一という存在であった。控訴人N1は,控訴人K1研究所の発行済み株式の約3分の2を保有し,代表取締役所長として控訴人K1研究所の業務全体を統括し,本件経営指導契約締結当時も,ゼネラル・マネージメント・コンサルタントという肩書を用いて,ビジネスホテル開業指導の見込み客に対する営業活動の大部分を率先して行っていた。本件経営指導契約締結当時,控訴人K1研究所の建設業経営指導部には約15名の,ホテル指導部には4,5名のコンサルタントがそれぞれ正社員として在籍した。各コンサルタントは,上下関係がなく,それぞれ直接,控訴人N1の指揮監督を受けていた。K3工務店は,控訴人K1研究所の建設業経営指導部の指導先建設会社の一つであり,控訴人K1研究所における担当者は,N16であった。

イ 控訴人K1研究所とK2設計,N2建築士及びK3工務店との関係等原判決95頁21行目から100頁26行目までのとおりであるから,これを引用する。

すなわち,控訴人K1研究所は,上記アのうちの建設業者に対する経営指導を行う中で,建設業者の営業活動対象の一つとしてのビジネスホテルの建設について,その開設・開業見込み客に対しホテル開業に必要な指導を行うようになった。控訴人N1は,控訴人K1研究所の古くからの経営指導先であったK4建設株式会社(以下「K4建設」という。)に対して,建築設計会社を設立するように口添えし,それによりK2設計が平成元年10月K4建設の100%子会社として設立された。K2設計の代表者はK4建設の代表者の妻及び甥の計2名であり,K2設計の本店はK4建設代表者の自宅にあった。平成7年以降は,K2設計の本支店は,控訴人K1研究所の本社所在地等その関連企業入居ビル等に控訴人N1の意向に添って移転した。また,控訴人K1研究所は,K2設計の人事についても介入していた(原審証人N15〔原判決96頁22行目〕7頁)。K2設計の業務は,K4建設及び控訴人K1研究所が受注した契約案件の設計業務を行うものがほとんどすべてであり,控訴人K1研究所が,ビジネスホテル事業関係の見込み客に対して,営業活動を行う際には,控訴人K1研究所の指示により,予め資料を作成,提供するなどしていた。K2設計は,控訴人K1研究所関係で締結した設計・施工監理契約については,設計料の20~25%に相当する金員を企画指導料として,K6企画名義その他控訴人N1の指定する銀行預金口座に振り込んでおり,本件設計等契約に関しても,上記割合の金員をK6企画に支払っていた。K2設計は,K7研究所等と共に,控訴人K1研究所の関連会社として,控訴人N1らの名刺に印刷されており,これら関連会社は,「K1研究所グループ」と呼ばれ,「SG」と略称されていた。K2設計は,設計業務のうち,構造設計及び設備設計(以下,併せて「構造設計等」という。)の担当者を持たず,その部分は,構造設計等を専門とする建築士事務所に外注することとしていた。N2建築士は,そのようなK2設計が外注する構造設計業務を担当していた建築士の一人であり,平成12年ころから外注を受注するようになっていた。K3工務店は,控訴人K1研究所の経営指導建設業者の一つであり,本件建築物は,K3工務店にとって2棟目のビジネスホテル建築案件であった。

ウ 控訴人K1研究所の指導方針

原判決101頁2行目から103頁21行目までのとおりであるから,これを引用する。

すなわち,控訴人K1研究所は,昭和49ないし50年ころから建設業の経営指導に特化し,同年半ばころからビジネスホテルの建築指導をするようになり,平成2年ころからは,海外資材の直輸入及び型枠工事の合理化,建築基準法に抵触しない限界までの鉄筋量の調整などによってホテルの建築費用のコストダウンを徹底的に図るとともに,建築の工期を短縮するという,「経済設計」の考え方に基づいてビジネスホテル建築の指導を行い,具体的には,鉄筋コンクリート造の建築物の建築工事費用のうち,少なくない割合を占めている型枠工事の合理化を勧め,特に海外メーカーのスチール製型枠を使用することにより,工事費を低減し,工期の短縮を図ることを推奨してきた。そして,控訴人K1研究所は,平成11年3月ころからは,ビジネスホテルの新規事業者に対して,事業企画,設計,施工,運営まで,総合的にすべて引き受けるフルターンキーシステム方式を提供するようになった。

エ ホテル仕様の標準化,ホテルの構造体及び構造設計担当者の変遷等

原判決103頁23行目から108頁10行目までのとおりであるから,これを引用する。

すなわち,控訴人K1研究所は,コスト削減の見地から,同社が建築指導するビジネスホテルの企画,内装,構造体等を標準化する方針を打ち出し,そのようにして標準化されたホテルは「K1研究所仕様のホテル」と呼ばれるようになった。その建築物の構造体は,経済設計及びシステム型枠の効率的使用という控訴人K1研究所の基本的姿勢の見地から,原判決別紙11の①から⑤のとおり変遷してきたところ,本件建築物は④に該当した。

オ 本件経営指導契約締結の経緯等

(ア) 控訴人K1研究所と被控訴人の交渉の端緒

被控訴人は,昭和21年から鍍金業を営んでいたところ,いわゆるバブル経済崩壊後,業績が低迷していた。三代目の社主である現在の代表者は,平成12年ころには所有する旧工場敷地(以下「本件土地」という。)を活用して事業転換を行うことを考えるようになっていた(甲57)。

他方,K3工務店は,従前から控訴人K1研究所の指導を受けていたところ,平成13年2月ころ,担当コンサルタントのN16を通して控訴人N1に対し,本件土地のビジネスホテルとしての適否などを問い合わせ,ビジネスホテルとしては120室程度を推奨する旨の回答を得て(前記イ,丙7),被控訴人代表者に,平成13年3月ころ,ビジネスホテル経営の提案をし,ビジネスホテル開業のコンサルタント業者として控訴人K1研究所を紹介した(甲57)。

(イ) 控訴人K1研究所の被控訴人に対する説明内容と交渉経緯等

a 被控訴人代表者は,平成13年4月1日,控訴人N1と会い,控訴人K1研究所作成名義の半田市市場調査報告書(甲54),控訴人K1研究所及びK8企画(原判決97頁10行目)作成名義のホテル事業概算計画書(甲28の1ないし3)並びにK2設計作成名義の計画設計概要書(甲29)などの交付を受け,これらの資料に基づき,本件土地においてビジネスホテル需要を把握する材料としての市場調査結果,ビジネスホテル開業に必要とされる資金額を含めた事業計画の概要,建築するホテルの設計の概要の説明を受けた(甲57,丙7)。

上記ホテル事業概算計画書には,自らホテルを建設し運営する方法(甲28の1),自らホテルを建設するが他人に貸して運営させる方法(甲28の2),他人にホテルを建てさせ自ら運営する方法(甲28の3)の3種類が記載され,それぞれの方法について,ホテルの階数,床面積,室数が具体的に記載され,開業時に要する資金についても,建築費,設計管理費その他すべての費目ごとの具体的金額が計上され,さらに資金調達計画,借入金の返済計画表,収入額算出の根拠,開業前数か月間の収支計算書,開業後20年間の長期損益計画書及び長期収支計画書が添付されていた。

控訴人N1は,被控訴人代表者に対し,フルターンキーシステム(前記ウ)の内容に沿って,控訴人K1研究所が市場調査から設計,工事施工,備品,従業員教育まで,すべて指導管理をする旨,約200棟のホテル開業成功の実績がある旨を説明すると共に,K1研究所仕様のホテル建築についての建築代金の安さと工期の短さを強調し,ビジネスホテル開業指導の対価が3500万円であるが設計部門もある旨を話した(甲57,原審被控訴人代表者)。

b 被控訴人代表者は,平成13年5月26日及び27日,控訴人N1から,控訴人K1研究所の指導で開業したビジネスホテル(オーナー自らが運営するタイプ)であるL9ホテル及びL10ホテルに案内され,各ホテルの経営者から,もともとホテル事業を営んでいたわけではないが,控訴人K1研究所に任せれば間違いない旨の話を聞いた(甲57,丙7,原審控訴人N1,同被控訴人代表者)。

c 被控訴人代表者は,自らも他のホテルチェーンの話を聞くなどし,平成13年6月1日,K3工務店に対し,被控訴人がホテルを建築して運営する方式による開業方針を伝えた。また被控訴人代表者は,同月6日の控訴人N1のセミナーを聴講した上,同月13日,控訴人N1に対し,控訴人K1研究所のビジネスホテル開業指導を受け,被控訴人がホテルを建築して運営する方式でのビジネスホテル事業を行う意思を伝えた。(甲57,丙7,原審控訴人N1,同被控訴人代表者)

(ウ) 定例会議における控訴人K1研究所のK2設計等に対する指導等

a 控訴人K1研究所は,被控訴人代表者からの上記申入れを受け,ビジネスホテル建築のため,控訴人K1研究所が被控訴人代表者に説明した事業計画に基づき,控訴人K1研究所の具体的指導の下で,本件ホテル建築の施工,仕様等を具体的に決定していくため,建築主である被控訴人,設計担当としてK2設計,施工業者としてK3工務店,その他の下請業者を集め,平成13年6月22日を第1回目とする定例会議を半田市のK3工務店において行うことを決めた。その際,控訴人K1研究所は,本件ホテル建築のための設計・施工監理業者をK2設計と予定し,定例会議への同設計の出席を手配し,また,被控訴人代表者には,そのことを具体的に相談はせず,かつ,定例会議の具体的内容についての説明をすることなく,定例会議への出席を求めた。(甲57,58,丙7,原審被控訴人代表者)

b 定例会議は,本件建築確認前の平成13年6月22日,8月某日,9月8日,同月19日,10月12日,同月14日,12月10日に実施され,本件建築確認後にもほぼ2週間に1度の頻度で開催された。そして,この間の平成13年10月14日,被控訴人と控訴人K1研究所との間に本件経営指導契約が締結された(甲5)。定例会議の出席者は,建築主として被控訴人代表者,総合監理として控訴人K1研究所のN18(原判決94頁12行目。控訴人N1の長男である。),及びN17(同94頁13行目),設計監理としてK2設計のN21,施工業者としてK3工務店のN30部長(原判決100頁26行目),その他各回における課題事項に関係する下請業者であった。(甲71,72)

c 定例会議は,K2設計のN21が司会を務めていたものの,実際には控訴人K1研究所のN18が中心となって具体的な指示を出していた。N18は,K2設計やK3工務店の担当者に大声で指示することもあり,殊に工程管理については厳しく指導した。(甲58,甲73,原審証人N30,同証人N17)

なお,定例会議における工事旬報は,事前に控訴人N1,N18,被控訴人代表者,K2設計に送付されていた(甲73)。

(エ) 控訴人K1研究所のK3工務店に対する指導

a K3工務店のN30部長らは,前記定例会議が始まってまもなく,控訴人K1研究所のN17から,本件建築物の設計図書を取りに来るように連絡が入ったため,東京都内のK1研究所iビルへ行き,本件建築物の設計図書,ホテル建築仕様書(丙1)及びSGホテル説明書(原判決104頁3行目,丙2)の交付を受けた(甲58,原審証人N30)。

b K3工務店は,従前より控訴人K1研究所のN16から定例会等により指導を受けていたところ,定例会議が始まって以降,同会議とは別に定例会においても,N16から,本件建築物の建築の指導を受けるようになった(甲58,原審証人N30)。

N16は,定例会において,平成13年6月ころには本件建築物の実行予算につきK3工務店から直接工事原価目標2億9334万2000円,41万円/坪と報告を受けていたが,これを「2億8618万8000円,40万円/坪」とするように強力に指導した(甲25の②,原審証人N30,9頁。なお,N16はK3工務店から坪当たり40万円との数字が出された旨証言するが,N16は定例会のメモなどに〔甲25の②,甲27の①〕,赤マジックでこれを強調し,そのための方策も指導しており,上記証言は採用できない。)。

具体的には,N16は,K3工務店に対し,平成13年6月ころ,型枠工事及び鉄筋工事の工事原価目標を「工事原価配布(案)」として掲げ(甲25の③,甲58の6頁),同年10月ころ,杭工事のコンクリート及び鉄筋量を算出した上でその予算組みを指示し(甲27の2枚目,9枚目,甲58の8頁),階段取付工事のコンクリート及び鉄筋量の積算根拠を説明して現場PC(プレキャストコンクリート,工場や現場構内で製造した鉄筋コンクリート部材)加工による施工を要求する階段取付工事の細かな施工方法の指導を行う(甲25の⑦ないし⑨,甲27の7枚目,9枚目,甲58の7頁,9頁)などした。なお,N16は,本件建築物建築の指導に当たっては,作成された図面(意匠図,設備図,構造図)も見た上でK3工務店に対する指導を行っていた(原審証人N16,50頁,51頁)。

(オ) 本件経営指導契約の締結

a 被控訴人と控訴人K1研究所は,平成13年10月14日,本件経営指導契約(経営指導料3675万円〔消費税含む〕)を締結した。

本件経営指導契約の契約書(甲5)には,被控訴人の役割として,本件土地におけるビジネスホテル事業の達成のため,控訴人K1研究所の経営指導の下で事業化の努力をすること(第2項),控訴人K1研究所の役割として,上記事業達成のために総合的経営指導を請け負うこと(第3項)が記載され,控訴人K1研究所の経営指導の具体的内容として,①企業化調査,②事業計画の策定,③金融機関に対する事業化の説明援助,④ホテル仕様を基本とした設計・仕様の指導,⑤ホテル仕様にあった工事施工の助言・指導,⑥ホテルの什器・備品の調達に関する指導,⑦ホテル経営のシステム全般に関する指導,⑧ホテルの要員確保ならびに教育に関する指導,⑨客室の販売促進に関する援助指導,⑩その他ビジネスホテルの事業化に必要な助言指導との記載がある。

b 本件経営指導契約と同時に,被控訴人とK2設計は本件設計等契約(設計・施工監理料1652万7000円〔消費税含む〕)を,被控訴人とK3工務店は本件建築請負契約(請負代金4億0268万4450円〔消費税含む〕)をそれぞれ締結した(ホテル事業概算計画書[甲28の1ないし3]に記載された請負金額より少ないが,解体費用の工事区分を変更したためで,実質的な請負代金額は変更されていない〔甲57の9頁〕。)。

c 被控訴人は,控訴人K1研究所によるビジネスホテル事業の勧誘を受けた当初から本件設計等契約締結までの間に,控訴人K1研究所から,設計・施工監理業務についてどの設計業者を選択するかについての相談を受けたことはなく,控訴人K1研究所が選定したK2設計との間で本件設計等契約を締結した(認定理由につき後記(カ)で補足)。

(カ) 補足説明

控訴人K1研究所及び同N1は,控訴人K1研究所が本件ホテル建築のための設計・施工監理業者としてK2設計を選定したのではなく,他の業者を選択することも可能であったと主張し,控訴人N1も原審でこれに沿う供述をする。

しかし,本件ホテル建築の施工,仕様等を具体的に決定していく定例会議が初めて開かれた平成13年6月22日までの間に,控訴人K1研究所は,被控訴人に対し,設計・施工監理業者をどこにするかについての相談をしていないにもかかわらず(原審被控訴人代表者29頁),設計・施工監理業者としてK2設計を最初の定例会議から続けて出席させ,本件設計等契約締結までの間に設計・施工監理業者を他の業者にすることが可能であるとの話をすることもなかった(原審被控訴人代表者29頁)。定例会議は,本件ホテル建築の施工,仕様等を具体的に決定していく会議であり,本件設計等契約が締結された同年10月14日までに既に4か月にわたって定例会議が開催され,本件ホテル建築の具体的内容の検討が重ねられていたから,この時点でK2設計以外の業者に設計・監理業者を変更することは事実上不可能というべきであり,また,被控訴人は,K3工務店からホテル営業の話を持ちかけられ,思い切って転職してみようかと考えて,以後,控訴人K1研究所の指導を受け,事業企画,設計,施工,運営まで,総合的にすべて控訴人K1研究所において引き受けるフルターンキーシステム方式による具体的な誘いを受けたのであり,加えて被控訴人自身,建設会社も,設計会社も知らなかったのであり,このような事実経過からすると,控訴人K1研究所が本件ホテル建築の設計・施工監理業者としてK2設計を選定したというべきであり,控訴人K1研究所及び同N1のこの点についての主張は採用できない。

カ 計画設計概要書と本件建築確認申請書添付書類間の構造の相違

(ア) 被控訴人勧誘時の建築物の構造

控訴人K1研究所は,平成13年4月,被控訴人に対し,K2設計が作成した計画設計概要書(甲29)等を用いてビジネスホテルの事業計画を説明しているところ(前記オ(イ)a),上記文書に添付されている図面(6枚目の断面図等)によれば,建築するビジネスホテルの構造は概ね構造体①であり(構造体については前記エ及び原判決別紙11のとおり),耐震壁の梁型及び廊下通りの梁型は存在していることが窺われる(甲63の9頁,弁論の全趣旨)。

(イ) 本件建築確認申請時の建築物の構造

ところが,本件建築確認申請までの間に構造体の変更がなされ,本件建築確認申請書に添付された構造図によれば,本件建築物の構造は,前記エのとおり,耐震壁の梁型及び廊下通りの梁型(本件梁型)がなく,構造体④となっている。

(ウ) 上記変更の背景と主体

そして,このような変更の決定には,以下のとおり,控訴人K1研究所がK2設計に対する支配的な地位を背景にして,深く関与していたと推認される。

すなわち,控訴人K1研究所は,社内に独自の設計部門を有してはいなかった(前記アないしウ)。他方で,K2設計は,控訴人K1研究所の統括するK1研究所グループの一員であって控訴人N1の意向に従って本店等の所在地を他のK1研究所グループ企業と共に移転させられ(前記イ),控訴人K1研究所と一体となって営業活動を行い,控訴人K1研究所が建築指導するビジネスホテルに関しては相当高い割合で設計・施工監理業務を受注し(前記イ),営業活動を控訴人K1研究所等に全面的に依存している上,設計料の20ないし25%を控訴人K1研究所が指定する口座に送金し(前記イ),控訴人K1研究所が開業指導するビジネスホテルの建築に際しては,控訴人K1研究所が作成するホテル建築仕様書(丙1)を,SGホテル説明書(丙2)や設計図書などK2設計が作成するものよりも優先させて施工することを要求されており(前記エ),控訴人K1研究所のN16から構造体の指導を受け(前記エ),その他構造設計の実務指導(甲30)を受けたりしており,これらのことなどに照らすと,控訴人K1研究所は,上記フルターンキーシステムを掲げて事業を展開していく上で,設計部門における重要な役割をK2設計に負わせていたと認められる。

また,控訴人K1研究所は,ビジネスホテルの開業指導に当たり,ホテル建築費用のコストダウンや建築工期の短縮化を徹底して図る指導をしており,その1つとして建築工事費用が少なくない割合を占める型枠工事の合理化のために海外メーカーのスチール製型枠(システム型枠。「スチール型枠」ともいう。)の使用の積極的導入を進めていたところ(前記ウ),システム型枠使用のためには建築物の構造体が梁等の少ないものの方が導入しやすい状況にあったから(原審証人N31,21頁,22頁,弁論の全趣旨),控訴人K1研究所が建築物の構造体について強い関心を持っていたと推認できる上,本件より後のことではあるが,後記キのとおり,K1研究所仕様のホテルは構造体①から同⑤へと変更されており,その経緯については,控訴人K1研究所のN34が,L3ホテル(構造体⑤)において,その設計時点で構造躯体の検討等を行っていることが窺われるほか(甲47),L4ホテル(構造体⑤)においても,梁型のない設計を指示するなど,控訴人K1研究所として,K1研究所仕様のホテルの構造体の変遷について高い関心を有するとともに,N16が,本件N2送付文書(平成16年3月22日付けの,『関東エリアの場合壁梁形式の方法はNGとなります。』というもの。甲53。原判決107頁11行目)を見た上で,同ホテルの会議に自らの知人であるN27建築士等を出席させるなどし,N27建築士に構造設計を担当させる決定をしていること,そのころからN2建築士への設計依頼が減少していることなど,事後の状況をも総合すれば,前記(ア)から(イ)への構造体の変更を中核となって進めてきたのは,控訴人K1研究所であると認められる。

(エ) 補足説明

a 上記(ア)について

控訴人K1研究所及び同N1は,ビジネスホテル建築が未だ決まっていない最初の時点で,計画設計概要書(甲29)を施主側(本件では被控訴人)に提示するにすぎず,意匠設計にも着手されていない段階で本件ホテルの構造体が決められることはないと主張する。

しかし,控訴人K1研究所の被控訴人に対するビジネスホテル建築の営業活動は,前記オ(イ)aのとおり,完成状態に近いビジネスホテルをモデルとして資金計画も具体化した上で勧誘を行っていること(ホテル事業概算計画書[甲28の1]に記載された請負代金額と契約締結時の請負代金額が実質的に異ならないこと),原審における証人N15(K2設計の元常務取締役)も構造設計自体は意匠プランのときから確定していると述べていることからすると,控訴人K1研究所は,被控訴人に対する勧誘時に,耐震壁の梁型及び廊下通りの梁型(本件梁型)のある構造体①による提案を行っていたというべきで,この点についての控訴人K1研究所及び同N1の主張は採用できない。

b 上記(ウ)について

控訴人K1研究所は,(a)控訴人K1研究所のK2設計への影響力が大きいとはいえないこと,(b)控訴人K1研究所の関与したホテルが構造体①から同⑤へ変更されてきたことの立証はなく,L3ホテルやL4ホテルの構造躯体の検討等はK5建設や施主の意向であり,N16がL4ホテルの会議にN27建築士を出席させて構造設計を担当させた事実もないこと,(c)本件ホテルの構造が構造体①から同④へ変更されたとすると,K3工務店等が梁型がなくなることで大きな利益を受けること,等を主張する(前記第2の4(2)ア(イ))。

しかし,(a)について検討するに,前記アないしウのとおり,控訴人K1研究所はフルターンキーシステムを掲げて事業を展開していく上で,重要な役割を果たす設計部門としてK2設計を位置づけており,控訴人K1研究所はK2設計に対し,大きな影響力があったと認められる。

(b)について検討するに,時期は本件よりは遅いが,控訴人K1研究所の関与したホテルが構造体①から同⑤へと変更されてきたことは前記エのとおりであり,L3ホテルで構造躯体の検討がされたのは控訴人K1研究所の指導によってK5建設がそのような意向をもったと認められ(甲47,弁論の全趣旨),L4ホテルの梁型のない設計の指示についても,控訴人K1研究所の指導によって施主も同様な考えに至ったと認められるし(甲31の1,2),N16がN27建築士をL4ホテルの会議に出席させて構造設計を担当させたと認められることも前記エ(ただし引用にかかる原判決107頁から108頁のd)のとおりである。

(c)について検討するに,K3工務店は,施工業者であるから,本件建築物が梁型のない構造になれば,システム型枠を利用しやすくなり,下請費用を低廉に抑えて利益を得ることにはなるものの,システム型枠の導入自体はそもそも控訴人K1研究所が指導している内容である上,K3工務店は控訴人K1研究所から定例会議あるいは定例会などで指導を受ける立場にすぎないから,K3工務店が控訴人K1研究所の関与なしに,K2設計に直接の働きかけができたとは認められない。

キ 本件建築物建築後における他のホテルについての控訴人K1研究所の指導等

原判決115頁9行目から117頁15行目までのとおりであるから,これを引用する。

(2)  控訴人K1研究所の責任の有無について

ア K2設計に対する控訴人K1研究所の監督義務の有無・内容

(ア) 控訴人K1研究所は,被控訴人と本件経営指導契約を締結すると共に,本件建築物の設計・施工監理業者としてK2設計を選定している(前記(1)オ)から,K2設計が行う設計を監督する一般的な注意義務が信義則上生ずるというべきである。

のみならず,その義務は,一般的抽象的なものにとどまらず,K2設計によりされた本件建築確認申請及びその中のN2建築士担当の構造計算については,次のとおり,個別具体的な注意義務が生じていたというべきである。すなわち,控訴人K1研究所は,鉄筋コンクリート設置工事をスチール型枠を使用して行うことにより,工期を短縮し,工事原価を少なくできるようにすることを指導の重要事項とし,そのような要請を満たす建築設計が採用されるように指導活動を継続してきていた(前記(1)ウ)。そして,証拠(原審証人N31,同控訴人N1〔一部〕)及び前記(1)によれば,控訴人K1研究所は,従前,建設はK4建設,設計はK2設計(その構造計算の委託先はN26建築士)に多くを担当させて,ホテル等の建築について上記の方針での建築指導・ホテル開業指導をしており,この見地をより一層発展させたい意向を有していたところ,これを受けたK2設計は,平成11年ないし12年ころから,構造設計の委託先をN26建築士からN2建築士等に変更するようになったこと,控訴人K1研究所のN16は,N26建築士採用の構造体①から本件梁型をすっかりなくした構造体④にすれば,スチール型枠を利用してホテルの部屋の間仕切り部と廊下を一挙に建築する工事ができて,工期短縮,工事原価縮減で都合がよい反面,耐震面の対応が必要となる旨の情報を得ていたこと,そのような事情を背景にして,控訴人K1研究所は,本件ホテル建築の施工,仕様等を具体的に決定していく定例会議(本件経営指導契約締結の約4か月前の平成13年6月22日以降に開始)において,本件建築物の構造等の具体的内容について終始主体的に会議をリードし,控訴人K1研究所が被控訴人を最初に勧誘した平成13年3月当時の説明書では本件建築物が構造体①であったところ,本件建築確認申請(同年11月)では構造体④とされたこと,態様の詳細を明らかにする証拠はないが,上記のとおりの構造体の変更の方向性は,控訴人K1研究所がK2設計に指示し,K2設計がN2建築士にさせたといえること,が認められる。したがって,控訴人K1研究所は,本件建築物を構造体④として建築確認申請することの利害得失を熟知していたと認められ,K2設計を本件設計等契約における設計・施工監理業者として選定したことに伴い,選定されたK2設計がその構造設計部分の委託先をN26建築士からN2建築士に変更する等して,スチール型枠の全面利用という控訴人K1研究所からの要請に応えようとする余り,耐震に関する建築基準関係規定を遵守せずに不正確な記載や,偽装を施した構造計算がされることがないようにする信義則上の具体的な注意義務を本件経営指導契約に基づいて被控訴人に負っていたというべきである。

(イ) 控訴人K1研究所の主張(前記第2の4(2)ア(ア))に対する判断

控訴人K1研究所は,N16は構造計算に関わる内容を説明していたわけではないし,被控訴人のビジネスホテル建築はK3工務店が持ち込んだものであること,契約に明示されない注意義務が付随義務として認められるのは限定された場合であるところ,K2設計は独立した法人である上,構造計算は専門性が高く,控訴人K1研究所はその内容を把握していないことなどから,本件建築物の設計・施工監理業者の選定や選定された業者に対する指導監督義務はない旨主張する。

しかし,上記のとおり,控訴人K1研究所が,K2設計作成の図面に基づき本件ホテル建築を被控訴人に対して勧誘し,本件経営指導契約締結の前後を通じて終始,K2設計を設計・施工監理の予定業者(締結後は建築設計施工監理業者)として,被控訴人を施主予定者(締結後は施主)として,定例会議に参加させたのであり,被控訴人が自由に設計業者を選択する場合とは異なり,控訴人K1研究所が被控訴人に代わって設計・施工監理業者を選定している関係にあるから,構造計算が専門性の高い分野であるとしても,控訴人K1研究所は,設計・施工監理業者の選定や選定した業者への指導監督の責任を負うべき立場にあるというべきであり,これらの点についての控訴人K1研究所の主張は採用できない。

イ 控訴人K1研究所の注意義務違反の有無

(ア) 耐震偽装による建築確認申請と控訴人K1研究所の責任の有無

a 前記説示のとおり,K2設計は,本件建築物の設計業務のうち,本件構造設計を外部のN2建築士に委託して行ったところ,N2建築士において,本件建築物が建築基準関係規定による耐震強度を有していないにもかかわらず,耐震強度を有しているかのように不正確もしくは趣旨不明の記載をし,及び偽装し(対象の概要は第3の2(1)エ(イ)),虚偽の本件構造計算書を作成し,それによりK2設計は被控訴人の代理人として本件建築確認を受けた。

b ところで,証拠(乙49の1,乙50の4,7)によれば,以下の事実が認められる。すなわち,N2建築士は,他のホテルやマンション等につき,既に平成10年以前から,経済設計のできる有能な建築士という評価を得,建築設計の注文を多く受け始めていた。そのため,同建築士は,その評価を維持するために構造計算書を改ざんする方法にも手を染めていた(平成8年10月のマンション「M1マンション」が最初と思われる。なお,この物件の設計はK2設計からの依頼ではない。)。同建築士は,平成10年4月K4建設から初めて構造設計(マンション「M2マンション」)を依頼されるに至ったところ,同建築士は,その評価を維持し,設計を多数受注し続け,同建設から好評を受け続けるために,一層熱心に構造計算書の改ざんも行った。同建築士は,平成12年には,22件の建築確認がされた物件の構造計算を担当し,うち7件が改ざんをしたもので,そのうちの5件がK4建設の実質施工物件であり,残りが建設会社はK4建設以外であるが,元請けの設計はK2設計であった。同建築士は,平成13年には,約27件の建築確認がされた物件の構造計算を担当し,うち14件が改ざんをしたもので,そのうちの8件がK4建設の実質施工物件であり,約4件が建設会社はK4建設以外であるが,元請けの設計はK2設計であり,残りの2件は,別会社からの依頼であった。

以上の認定事実と本件建築確認の時期を総合すると,上記の平成13年のうちの約4件のうちの1件がK3工務店施工,元請けK2設計の本件建築物であると推認され,N2建築士自身,本件建築確認申請について構造計算書の少なくとも一部を改ざんしたと捜査機関に自認していると認められる。

c これに対し,本件建築確認申請のされた平成13年11月当時,既にN2建築士が耐震偽装をしていたことや,本件建築確認申請が耐震偽装を施したものであることにつき,K2設計が具体的に知っていたとの証拠はない。しかし,K2設計は,本件設計の前に,構造計算の委託先をN2建築士に変更し,同建築士による経済設計を複数件見知った上,控訴人K1研究所の指示を受けて,従前N26建築士が採用していた構造体①から本件梁型のない構造体④に変更した構造計算をするようにN2建築士に仕向けて本件建築確認申請をしたのであるから,同建築士による経済設計というものの実態が,何らかの不適切な方法によるものか,特別の工夫と研究成果による完全に適法なものであるかについては,疑いを持ってもおかしくないし,そのようにすれば,同建築士による改ざん等の何らかの不正に容易に気付いたと思われるが,そのような疑問を持ち同建築士に尋ねることなどをせず,同建築士による耐震に関する趣旨不明・不正確・偽装の記載のある構造計算の不正を看過した。そして,控訴人K1研究所は,N26建築士からN2建築士に構造計算の委託先をK2設計が変更することになった原因等,この間の経緯をK2設計に対する指示を通じて知っているので,N2建築士による不正に気付くべき義務があったのにこれを怠ったというべきであり,この点では,K2設計に優るとも劣らない。

d したがって,控訴人K1研究所は,被控訴人に対し,前記アのとおりの信義則上の具体的な注意義務を負っていたところ,その選定したK2設計が委託したN2建築士による上記の耐震偽装に控訴人K1研究所自身が気付くべき義務があったにもかかわらず,これを怠り,K2設計のN2建築士に対する監督不十分に控訴人K1研究所自らも気付かず放置していたのであるから,被控訴人に対して信義則上負うべき注意義務に違反したというべきである。

(イ) 控訴人K1研究所の主張(前記第2の4(2)ア(イ))に対する判断

a 控訴人K1研究所は,平成13年当時,構造計算に偽装が行われることや偽装が行われた建築物について建築確認申請がとおることは予見できなかったことなどを主張する。

b 控訴人K1研究所は,前述のとおり,K2設計を自ら設計・施工監理業者として選定している上,従前からK2設計を控訴人K1研究所がフルターンキーシステムを掲げて事業を展開していく上での重要な役割を果たす設計部門として扱っていたし,コストダウンを徹底する手段の開発に熱心に取り組み,K2設計やK4建設から最新の情報を頻繁に入手することができたのであり,構造設計担当者の変更を通じて構造体の変更を進めてきたと認められるところ,本件建築物についても,当初の設計とは異なり,耐震壁の梁型及び廊下通りの梁型(本件梁型)を設置しない構造体に変更したことを認識し,この構造体の変更にも関与していたのであるから,N2建築士による故意の偽装を具体的に予想していないとしても,例えば本件耐震壁のモデル化が適正にされているかや鉄筋量などについては,その部分に誤りが存在する可能性を予見することは十分に可能であり(また,少なくともこの部分の問題点が明らかになれば,本件構造計算に基づいて本件建築物が建築されることはなかったと認められる。),控訴人K1研究所が本件建築物の構造体の変更を認識してこれに関与している以上,K2設計に上記の点についての検討を促すなどしていないことは,K2設計に対する指導監督を怠ったといわざるを得ない。

したがって,控訴人K1研究所の主張は採用できない。

ウ 小括

以上のとおり,控訴人K1研究所は,被控訴人に対し,不法行為(民法709条)に基づく損害賠償責任を負うというべきである。

(3)  控訴人N1の責任の有無について

ア 控訴人N1に対する民法709条に基づく請求について

被控訴人は,控訴人N1について,控訴人K1研究所の代表取締役として,違法建築物の設計及び施工を防止すべき注意義務があるのにこれを怠ったと主張する。

しかし,控訴人K1研究所の被控訴人に対する注意義務の発生根拠は,前記(2)ア(ア)のとおり,控訴人K1研究所と被控訴人との本件経営指導契約にかかる信義則上の義務にあるところ,控訴人N1は,控訴人K1研究所の代表者ではあるものの,控訴人N1個人が被控訴人との間で契約を締結しているわけではない。確かに,前記(1)のとおり,控訴人N1は,控訴人K1研究所の代表者として,被控訴人にビジネスホテル事業の勧誘をして,被控訴人と本件経営指導契約を締結し,本件ホテル建築についての設計・施工監理業者としてK2設計を選定していると認められるものの,いずれも控訴人K1研究所の代表者としての行為であるにすぎず,控訴人N1個人の行為とはいえず,これらの行為は本件経営指導契約の締結と相俟って控訴人K1研究所の信義則上の義務を発生させることにはなるが,控訴人N1個人に信義則上の義務を発生させるものとはいえない。

したがって,被控訴人の控訴人N1に対する民法709条に基づく請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がない。

イ 控訴人N1に対する民法715条に基づく請求について

被控訴人は,N2建築士が本件構造計算書を偽装したことについて,控訴人N1が民法715条に基づく責任を負う旨主張する。

しかし,前記(1)で認定した事実関係によれば,控訴人N1がN2建築士の使用者又は使用者に代わって事業を監督する者とまでは認められない。

したがって,被控訴人の控訴人N1に対する民法715条に基づく請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がない。

4  被控訴人の損害

(1)  認定事実

原判決127頁5行目から130頁6行目までのとおりであるから,これを引用する。

すなわち,被控訴人は,耐震偽装事件が社会問題化した後,本件建築物についての検証が行われ,その構造計算書が偽装されており,耐震強度が足りない旨の説明を受け,本件建築物を解体し,従業員を解雇する等し,建て替えをし,ホテル営業を再開した。その間,経済的損失だけでも相当の被害を被った。

(2)  本件建築物の建替えの要否等

ア 被控訴人の主張

被控訴人は,耐震強度が不足している本件建築物の建替えに要した費用が控訴人K1研究所の不法行為と相当因果関係のある損害と主張するところ,損害の算定は耐震補強工事を前提とすべきであり,建替え費用が控訴人K1研究所の不法行為と相当因果関係のある損害と認められないことは,原判決130頁8行目から133頁17行目までのとおりであるから,これを引用する(ただし,同130頁9行目,10行目,18行目の「被告ら」をいずれも「控訴人K1研究所」と改める。)。

イ 被控訴人の主張に対する判断

被控訴人は,耐震補強工事が可能であるとしても,耐震偽装事件被害ホテルという悪イメージが残る上,外付けブレス等の美観の問題があり,ビジネスホテルが乱立している状況を考えると,同工事を行っても競争力の回復にはつながらず,損害が回復しないし,同工事費用と建替え費用には大きな差はないから,建替え費用は不法行為と相当因果関係のある損害であると主張する。

しかし,引用にかかる原判決129頁のイのとおり,N2建築士が構造設計に関与して耐震強度を偽装した全国各地のビジネスホテルのうち,耐震補強工事によって対処したホテルは少なからず存在し,これについてイメージや美観等の問題が具体的に生じているという事情は窺われない上,後記認定額を考慮すると建替え費用に比較して耐震補強工事費用は低廉に抑えることができると認められるから,これらの点についての被控訴人の主張は採用できない。

ウ したがって,本件建築物の建替えを前提とする損害の主張は理由がないから,次項以下では耐震補強工事を前提とする損害(被控訴人の別紙積算書記載の主張)について検討する。

(3)  損害額の算定

ア 耐震補強工事費用(別紙積算書1)

(ア) 証拠(甲102)及び弁論の全趣旨によれば,本件建築物を法令で定められた耐震強度を有する建築物とするための耐震補強工事の内容は,少なくとも後記aに記載した工事が必要と解されるところ(これを覆すに足りる証拠はない。),同工事をK3工務店が施工した場合の工事費用として,後記bに記載した内容の見積書が提出されている。

a 2階から10階までの梁間方向の補強工事については,開口左右の耐震壁を2枚と見てそれぞれの廊下開口部側に枠柱(225mm×200mm)を設けて補強することとし,柱の配筋は主筋をD13で4本,フープ筋をD10(100mm間隔)として,型枠を設けてコンクリートを打設し,接着系アンカーで既存の耐震壁及び梁に緊結し,開口左右の耐震壁の境界梁部分について補強梁(300mm×420mm×5700mm)を既存梁の両面からシャーコネクターで緊結して打増しをして補強することとし,補強梁の配筋は主筋をD25で6本,あばら筋をSTP13(100mm間隔)として,型枠を設けて上階床版にコンクリート投入口を開けてそこからコンクリートを流し込んで打設し,上階床版とはシャーコネクター(120mm,D16,150mm間隔)で緊結し,既存梁とそれを両端から挟む補強梁には2本の貫通シャーコネクター(D16,150mm間隔)で緊結する。

2階から10階までの桁行方向の補強工事については,客室内側で耐震壁を150mmの打増しにより補強し,この打増しをする壁の配筋は縦横それぞれD13(100mm間隔)とし,型枠を設けて上階床版から既存梁を貫通させてコンクリート投入口を開けてそこからコンクリートを流し込んで打設し,既存梁とは接着系アンカー(D13,100mm間隔)で緊結する。

1階に上階の柱を支える柱を設置し,そのための基礎杭を設置するが,梁間方向の補強工事は,建物内部の3枚の耐震壁について,その開口左右それぞれにつき1本の枠柱を新たに設けて補強する。

b K3工務店による上記aを内容とする工事費用の見積額は,①共通仮設工事1543万1500円,②建築工事1億0544万2340円,③耐震補強工事1億1841万6991円,④電気設備工事1206万9750円,⑤1階天井・廊下設備脱着工事3437万5000円,⑥客室空調機脱着工事1352万8750円,⑦客室備品・家具類工事787万5000円,⑧客室ベッド工事1041万3000円,⑨現場経費1500万円,⑩諸経費2000万円,⑪値引き2331円で合計3億7017万7500円(①ないし⑪に消費税を加算)と見積もられている。

(イ) 上記bのとおり,K3工務店は,耐震補強工事費用を3億7017万7500円と見積もっているところ,補強についての詳細な図面に基づく見積りではなく,他の業者による相見積りがあるわけでもないこと,本件建築物の当初の請負代金額が4億0268万4450円(消費税含む。)であるから,上記の補強費用額が当初請負代金額の約92%であり,当初額に匹敵する額であってやや不均衡感があること,これらを踏まえ,上記の耐震補強工事費用額の6割である2億2210万6500円をもって相当因果関係のある損害と認める。

この点について,控訴人K1研究所はL5ホテルの改修費用約1億4268万円と比較して低額となるべき旨主張するが(第2の4(2)ウ(イ)),L5ホテルの具体的補修方法等の立証はないので,控訴人K1研究所の上記主張は採用できない。

イ 耐震補強工事中のホテル休業に伴う損害(別紙積算書2)

(ア) 被控訴人は,本件ホテルの休業開始(平成17年12月2日)から,本件建築物の建替えを経て営業開始(平成19年4月16日)の前日までの休業期間(500日間)と同期間の休業が生ずることを前提として,利益喪失による損害1億0698万6208円,固定的経費2715万9508円,得意先喪失による損害1370万8670円(合計1億4785万4386円)の損害を被ったと主張する。

(イ) 補強工事をする場合の休業期間として上記の500日間を要した旨を具体的に証する証拠はないものの,上記工事内容及び引用にかかる原判決第2の2(3)の耐震偽装事件の被害物件で耐震補強工事によって対応したL11ホテルの場合には約9か月の休業を要したこと(乙34)から,本件ホテルについてもL11ホテルに準じた休業期間が必要であったと推認できる。そして,500日の休業期間を前提に計算した被控訴人主張の利益喪失による損害,固定的経費,得意先喪失による損害の積算結果がほぼ別紙積算書2の①ないし③のとおりとなること,役員報酬相当額は逸失利益とはいえないが,固定経費として損害となり得ること,ただし,現実の支出があったか否かは明確ではなく,その全部を損害と見ることまではできないこと,得意先喪失による損害について,本件においても一定期間の休業によって客離れなどの減少が生じる蓋然性があり一定程度考慮する必要はあるものの,公共事業施工に伴う損失補償で使用される係数(個別具体的事情は捨象されている。)をそのまま使用して計算できるとまではいえないことなどを総合考慮すると(民訴法248条の趣旨も考慮する。),耐震補強工事中のホテル休業に伴う損害は7000万円をもって相当因果関係のある損害と認める。

ウ 耐震補強工事後の営業再開に伴う損害(別紙積算書3)

被控訴人は,本件建築物を建て替え,本件ホテルの営業再開に当たってオープン用垂幕費用19万9535円(甲91),広告費及びパンフレット等作成費用424万1550円(甲92),オープンセレモニー費用286万7262円(甲93)の合計730万8347円を支出したと認められる。本件建築物について建替えの必要性まで認められないものの,上記のとおり耐震補強工事のために,一定期間ホテルを休業する必要があると認められるから,通常営業の再開にあたってセレモニー等が行われると解され,上記費用730万8347円は相当因果関係のある損害と認める。

エ 経営指導料及び設計・施工監理料

被控訴人は,控訴人K1研究所に対して経営指導料3675万円,K2設計に対して設計・施工監理料1652万7000円をそれぞれ支払っているところ,K2設計は耐震強度が偽装された構造計算書を作成しているものの,K2設計が法令に適合した設計図面の作成という設計業者としての最低限の債務も履行していないのであり,控訴人K1研究所の注意義務違反により,被控訴人がK2設計と契約を締結して設計・施工監理料を支払う結果となっているから設計・施工監理料は被控訴人にとっての相当因果関係のある損害というべきである。また,控訴人K1研究所が適正な設計・監理業者を選定した上でこれを指導監督すべきことは本件経営指導契約を前提とした被控訴人と控訴人K1研究所との関係において,最も基本的な部分というべきで,これが適正に履行されなければ法令に適合したホテル建築自体ができないのであり,本件においては控訴人K1研究所の注意義務違反により,そのような結果に至っているのであるから,経営指導料についても支払義務はなく,既払分は相当因果関係のある損害として被控訴人において返還請求をすることができると認められる。

この点について,控訴人K1研究所は,本件経営指導契約の内容がビジネスホテルの開業運営のための経営指導であり,この点の履行は終了しているし,開業後の本件ホテルの営業にも資する内容であった旨の主張をするが,前述のとおり,被控訴人と控訴人K1研究所との関係における最も基本的な部分の義務について債務の本旨に従った履行がされていない上,控訴人K1研究所が指導した内容が本件ホテル営業の具体的利益となっていることの立証はないから,控訴人K1研究所のこの点についての主張は採用できない。

オ K3工務店による弁済金の充当等と具体的損害額

K3工務店は,法令に適合しない本件建築物の建築について,不法行為に基づく損害賠償金として2億円を被控訴人に弁済したと認められるところ(引用にかかる原判決第2の2(8)ア,第3の5(1)ア),これはまず上記エの経営指導料相当の損害金3675万円及び設計・施工監理料相当の損害金1652万7000円に充てられたと認められる(残額は1億4672万3000円)。

前記アないしウの損害額の合計額は2億9941万4847円(2億2210万6500円+7000万円+730万8347円)であるところ,K3工務店による弁済金残額の1億4672万3000円とK2設計の破産手続による配当金141万2820円(引用にかかる原判決第2の2(8)イ)を控除すると1億5127万9027円となる。

また,被控訴人主張の弁護士費用相当額(別紙積算書4)1000万円は,相当因果関係のある損害と認められるから,これを上記金額に加算すると1億6127万9027円となる。

カ 小括

以上のとおり,被控訴人の損害額は1億6127万9027円と認められる。

第4結論

以上によれば,被控訴人の請求のうち,①控訴人県に対する請求は理由がないからこれを棄却すべきであり,②控訴人K1研究所に対する民法709条に基づく請求は1億6127万9027円及びこれに対する不法行為日の後である平成18年2月18日(附帯控訴による起算日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し(なお選択的請求及び予備的請求を前提としても損害額が上記認容額を上回るものではない。),その余は理由がないからこれを棄却すべきであり,③控訴人N1に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却すべきであるから,控訴人県及び同N1の本件控訴並びに被控訴人の附帯控訴に基づき上記と異なる原判決を主文第1項のとおり変更し,控訴人K1研究所の本件控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 片田信宏 裁判官 光吉恵子)

(本判決末尾の別紙は省略)

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