名古屋高等裁判所 平成21年(ネ)353号 判決 2010年3月25日
控訴人兼附帯被控訴人
有限会社三和サービス
(1審原告兼反訴被告)
(以下「控訴人」という。)
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
森川仁
同
村林敏也
同
杉岡治
同
森田明美
同
山本伊仁
同
髙橋知佳
被控訴人兼附帯控訴人(1審被告兼反訴原告)
X1
(以下「被控訴人」という。)
被控訴人兼附帯控訴人(1審被告兼反訴原告)
X2
(以下「被控訴人」という。)
被控訴人兼附帯控訴人(1審被告兼反訴原告)
X3
(以下「被控訴人」という。)
被控訴人兼附帯控訴人(1審被告兼反訴原告)
X4
(以下「被控訴人」という。)
被控訴人兼附帯控訴人(1審被告兼反訴原告)
X5
(以下「被控訴人」という。)
被控訴人ら訴訟代理人弁護士
指宿昭一
同
大坂恭子
同
小貫陽介
主文
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 本件附帯控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。
(1) 控訴人は,被控訴人X1,被控訴人X2及び被控訴人X3に対し,各93万6000円及び別紙遅延損害金目録記載1の金員を支払え。
(2) 控訴人は,被控訴人X1,被控訴人X2及び被控訴人X3に対し,各45万4925円及びこれらに対する平成18年5月16日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(3) 控訴人は,被控訴人X1,被控訴人X2及び被控訴人X3に対し,各12万7096円及びこれらに対する本判決確定の日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4) 控訴人は,被控訴人X4及び被控訴人X5に対し,各140万4000円及び別紙遅延損害金目録記載2の金員を支払え。
(5) 控訴人は,被控訴人X4及び被控訴人X5に対し,各54万9523円及びこれらに対する平成18年9月16日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(6) 控訴人は,被控訴人X4及び被控訴人X5に対し,各29万6777円及びこれらに対する本判決確定の日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(7) 被控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審を通じ,全部控訴人の負担とする。
4 この判決の主文第2項(1)ないし(6)は,仮に執行することができる。
事実及び理由
[以下,被控訴人X1を「被控訴人X1」と,被控訴人X2を「被控訴人X2」と,被控訴人X3を「被控訴人X3」と,被控訴人X4を「被控訴人X4」と,被控訴人X5を「被控訴人X5」とそれぞれ表記する。]
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。
(2) 被控訴人らは,控訴人に対し,連帯して,300万円及びこれに対する平成19年11月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 上記取消しにかかる被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
(4) 被控訴人らの本件附帯控訴をいずれも棄却する。
(5) 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人らの負担とする。
2 被控訴人ら
主文第2項(3)の請求元金を各45万4925円とし,同(6)の請求元金を各54万9523円とするほか,主文同旨。
第2事案の概要
1 本件は,原審において,控訴人が,外国人技能実習生である被控訴人らに対し,被控訴人らが作業をボイコットしたことにより取引先を失い,縫製部門が廃業に追い込まれ,これにより合計2754万4500円の損害(売上減少相当額550万円,無駄となった設備投資費用804万4500円,向こう10年間に見込まれた粗利益相当額1400万円)が生じたなどと主張して,労働契約上の債務不履行に基づく上記合計2754万4500円の損害賠償金及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成19年11月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を連帯して支払うよう求め(本訴請求),他方,被控訴人らそれぞれが控訴人に対し,①控訴人が平成19年9月1日に被控訴人らを解雇したが,この解雇は無効であると主張して,各自の外国人技能実習期間満了まで月額11万7000円の賃金(被控訴人X1,同X2及び同X3につき各8か月分合計各93万6000円,被控訴人X4及び同X5につき各12か月分合計各140万4000円)及びこれらに対する各支払日(毎月末日)の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求め,②被控訴人らが外国人研修生であった期間中,控訴人は三重県の時間外労働賃金の最低額を下回る金額の残業代しか支払わなかったとして,未払時間外労働賃金(被控訴人X1,同X2及び同X3につき各45万4925円,被控訴人X4及び同X5につき各54万9523円)及びこれらに対する最終支払日(被控訴人X1,同X2及び同X3につき平成18年5月16日,被控訴人X4及び同X5につき同年9月16日)から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求め,③上記未払時間外労働賃金の付加金(被控訴人X1及び同X3につき各4万9459円,被控訴人X2につき4万5459円,被控訴人X4及び同X5につき各11万9914円)及びこれらに対する判決確定日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた(反訴請求)事案である。
2 原判決は,控訴人の本訴請求を棄却し,被控訴人らの反訴請求のうち,上記①の各賃金支払請求等については,控訴人による解雇の事実はなかったとして,これらを全部棄却し,上記②の未払時間外労働賃金等及び上記③の付加金等については,外国人研修生としての被控訴人らに最低賃金法の適用があるとして,これらを全部認容したところ,控訴人が控訴し,被控訴人らが附帯控訴した。
3 当審において,控訴人は,本訴請求における損害額の主張を変更した上,本訴請求を300万円及びこれに対する遅延損害金に減縮し,他方,被控訴人らは,反訴請求のうちの上記③の付加金につき,各未払時間外労働賃金と同額(被控訴人X1,同X2及び同X3につき各45万4925円,被控訴人X4及び同X5につき各54万9523円)及びこれらに対する本判決確定日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金へと請求を増額した。
4 争いのない事実等,争点及び争点に関する当事者の主張は,以下のとおり,原判決を付加訂正するほか,原判決「第3 事案の概要」欄の1及び2に記載のとおりであるから,これを引用する。
5 原判決の付加訂正
(1) 原判決5頁25行目の「平成20年8月18日」と「とする労働契約」との間に「まで」を挿入する。
(2) 原判決6頁21行目末尾を改行して,次のとおり付加する。
「 なお,控訴人は,被控訴人らを受け入れるに当たり,入国時の第一次受入機関を事業協同組合a三重(以下単に「a三重」という。)としていたが,a三重の事情により,平成19年5月1日からはb事業協同組合に変更することとなり,この変更に伴い,b事業協同組合の指導により,同年4月28日,被控訴人らに対し,賃金月額11万7000円とし,寮費月額2万8000円(光熱費込)及び社会保険料等を控除すると,手取月額7万5000円となり,残業代は時給500円となる旨説明していた。被控訴人は,従前の手取月額賃金が6万円であり,外国人技能実習生となってからは既に月額2万8000円の寮費を負担していたのであるから,労働条件が不利益に変更されたわけではなく,むしろ有利に変更されたものである。」
(3) 原判決7頁17行目末尾に次のとおり付加する。
「すなわち,控訴人は,トヨタ自動車の車両シートの縫製という仕事を株式会社cから受注するようになっており,両社からは,従前のミシン台の高さでは,肘をついて作業することになって作業効率が悪いため,肘をつかない正しい姿勢での作業を心がけるべく,ミシン台の高さを変更すれば,作業効率は3倍となる旨の指摘を受けていたところ,この指摘を受け入れて生産性の向上を図ろうとしたものにすぎない。」
(4) 原判決8頁12行目冒頭から16行目末尾までを次のとおり改める。
「 控訴人は,平成16年に中国人実習生を受け入れることで,新たにミシン台7台のリース契約をしたが,被控訴人らの不就労により事業廃止に追い込まれたにもかかわらず,リース料の負担を強いられており,同リース料相当額393万7500円の損害を被った。
また,控訴人は,一方的かつ独善的な理由に基づき期間途中で被控訴人らに退職されたことにより,被控訴人らの受入れ費用126万7000円が無駄となり,同額の損害を被った。
ウ 以上のとおり,控訴人は,被控訴人らが共同でなした労働契約上の就労義務の不履行により,合計1070万4500円の損害を被ったものであるが,被控訴人らに対し,このうちの300万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成19年11月9日以降の遅延損害金を連帯して支払うよう求める。」
(5) 原判決9頁25行目から26行目にかけての,原判決10頁15行目の,同頁21行目の各「商法所定の」を「商事法定利率」と改める。
(6) 原判決10頁10行目末尾を改行して,次のとおり付加する。
「 控訴人は,被控訴人らが控訴人以外の仕事場で就労していた平成17年10月1日から同年12月31日までの間については,控訴人には差額賃金の支払義務がない旨主張するが,この間の就労も控訴人の業務命令に基づくものであるから,控訴人が賃金の支払義務を負うのは当然である。」
(7) 原判決10頁16行目の「並びに付加金4万9459円」を削除する。
(8) 原判決10頁21行目から22行目にかけての「並びに付加金11万9914円」を削除する。
(9) 原判決10頁22行目末尾を改行して,次のとおり付加する。
「 エ また,控訴人は,上記(付加訂正後の原判決)イの期間中,被控訴人X1ら3名に対し,時間外労働をさせながら,労基法37条1項に違反して時間外労働の最低額の賃金すら支払っておらず,その未払金は上記(付加訂正後の原判決)イのとおり各45万4925円となるところであるから,同法114条により,これと同額の付加金として各45万4925円ずつ及びこれらに対する本判決確定の日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
オ さらに,控訴人は,上記(付加訂正後の原判決)ウの期間中,被控訴人X4ら2名に対し,時間外労働をさせながら,労基法37条1項に違反して時間外労働の最低額の賃金すら支払っておらず,その未払金は上記(付加訂正後の原判決)ウのとおり各54万9523円となるところであるから,同法114条により,これと同額の付加金として各54万9523円ずつ及びこれらに対する本判決確定の日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
カ なお,控訴人は,裁判所が被控訴人らの各請求する付加金請求を裁量的に認めて控訴人に制裁を科す必要はない旨主張する。しかし,控訴人は,安価な労働力を確保する手段として外国人研修・技能実習制度を悪用し,最低賃金にはるかに満たない低い単価の残業代しか支払わなかったのであり,これは刑事責任を問われ得る極めて悪質な最低賃金法違反及び労基法違反の行為であるから,全額の付加金請求が命じられるべきである。」
(10) 原判決11頁4行目から5行目にかけての括弧書全部を「であるa三重」と改める。
(11) 原判決11頁9行目末尾を改行して,次のとおり付加する。
「 ウ そもそも,外国人研修生の立場は,まさしく研修生なのであって,労働者ではなく,この1年の研修期間中は,控訴人と被控訴人らとの間において,労働契約は締結されていないのであり,控訴人は被控訴人らに対し,研修手当として月額5万円を支給し,寮費は負担させていない。被控訴人らの研修が午後5時を超えて実施されることはあったが,研修の実を挙げるという目的に出たものであって,控訴人は,できる限りお金を稼ぎたいという被控訴人らからの要望に基づき,所定時間外賃金の名目で時給300円を支払っていたが,その実質は残業代ではなく,研修手当の増額分として把握されるべきである。
エ 仮に,このような主張が認められないとしても,被控訴人らが控訴人以外の仕事場で研修指導を受けていた平成17年10月1日から同年12月31日までの間については,控訴人には差額賃金の支払義務はない。
オ また,労基法114条の付加金制度は,裁判所が使用者に対して制裁的趣旨として裁量的に命じるものであるところ,控訴人は,第一次受入機関の指導により賃金(研修手当)を支払っていたにすぎず,未払賃金があったとしても,裁判所が控訴人に対して制裁を科す必要性までは認められない。
(4) 付加金のうち当審において請求が拡張された部分についての除斥期間経過の有無
(控訴人の主張)
被控訴人らが上記のとおり各請求する付加金のうち,原審で請求し認容されているもの(被控訴人X1及び同X3につき,各4万9459円,被控訴人X2につき4万5459円,被控訴人X4及び同X5につき各11万9914円。原判決別表1,2参照。)を超える部分については,原審における審理の対象となっておらず,附帯控訴の時点(平成21年6月12日)では,2年の除斥期間が経過しているから(労基法114条ただし書),被控訴人らは控訴人に対してもはや請求し得ない。
(被控訴人らの主張)
付加金の支払は,裁判所の裁量的命令として規定されており,付加金請求は,このような裁判所の職権による支払命令を求める特殊な訴訟行為であって,付加金の金額を明示して請求する必要はないものである。被控訴人らは,既に原審において,未払時間外労働賃金と付加金を反訴請求しており,この未払時間外労働賃金に対応する同一額の付加金請求権は,2年の除斥期間を徒過しておらず,その請求が認められるべきである。」
第3当裁判所の判断
1 当裁判所は,控訴人の本訴請求は理由がないから棄却すべきものと,また,被控訴人の反訴請求(当審における請求増額分を含む。)のうち,平成19年9月1日からそれぞれの外国人技能実習期間満了まで月額11万7000円の賃金(被控訴人X1ら3名につき各8か月分合計各93万6000円,被控訴人X4ら2名につき各12か月分合計各140万4000円)及びこれらに対する各支払日(毎月末日)の翌日から支払済みまでの遅延損害金,並びに,未払時間外労働賃金(被控訴人X1ら3名につき各45万4925円,被控訴人X4ら2名につき各54万9523円)及びこれらに対する遅延損害金については,いずれも理由があるから全部認容し,付加金請求については,被控訴人X1ら3名つき各12万7096円,被控訴人X4ら2名につき各29万6777円及びこれらに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,その範囲でこれらを認容し,その余をいずれも棄却すべきものと判断する。その理由は,以下のとおり,原判決を付加訂正するほか,原判決「第4 当裁判所の判断」欄の1ないし3に記載のとおりであるから,これを引用する。
2 原判決の付加訂正
(1) 原判決11頁11行目から12行目にかけての括弧書を「(<証拠略>,原審における控訴人代表者,同被控訴人X2本人,同被控訴人X5本人,当審における証人B)」と改める。
(2) 原判決12頁6行目の「B」を「B」と改める。
(3) 原判決12頁6行目の「常務」を「常務取締役」と改める。
(4) 原判決13頁24行目の「解散し」を「入国管理局の処分を受けて研修生受入事業につき停止処分を受けたことから,同年12月解散し」と改める。
(5) 原判決14頁2行目冒頭から3行目末尾までを次のとおり改める。
「 被控訴人らは,7人一部屋で2万8000円では高すぎるとして,その値下げを要求したが,Bが,この条件で納得できないのであれば,外で部屋を借りるか,中国に帰るように告げてこれを拒絶したので,一旦は外で部屋を借りることを考えたものの,Bから,冷蔵庫や洗濯機等は自前で準備しなければならないなどと言われて泣き出してしまい,その時は,それ以上話が続かなかった。」
(6) 原判決15頁25行目冒頭から16頁4行目末尾までを次のとおり改める。
「 その際,控訴人代表者は,興奮して早口の日本語で捲し立てた末,怒りを露わにして,怒鳴りながら机を叩いたり,被控訴人X2の座っていた重い椅子を思い切り蹴飛ばしたり,被控訴人X4の左足くるぶしの辺りを蹴飛ばしたりし,Bも,被控訴人ら以外の実習生が食べていたパンを取り上げて投げ捨てるなどしたため,日本語の理解も十分でない被控訴人らは,これらの暴力に恐怖を感じ,階下に降りて再び作業をすることができなくなった。」
(7) 原判決16頁11行目冒頭から19行目末尾までを次のとおり改める。
「(20) 被控訴人らは,すぐに中国に帰る意思はなく,会社の変更が叶わなければ,やむなく控訴人において働き続けるしかないとも考えており,C理事の言葉に納得したわけではなく,実習生として就労し続けることを希望していたが,C理事は,被控訴人らを中国に追い返すべく,被控訴人らがすぐに帰国するものとして話を進め,また,控訴人代表者にも被控訴人らが帰国を希望している旨伝え,同月28日には,在留期間の切れていた被控訴人X4ら2名を名古屋入国管理局に連れて行き,出国準備のための在留資格変更許可申請手続を行った。しかし,被控訴人X4ら2名は,入管手続に疎く,C理事にこれらを任せていたので,従前のように,帰国を前提としない在留期間の更新に行ったものにすぎないと思っていた。
(21) 実習生としての就労継続を希望していた被控訴人らは,平成19年8月29日,四日市労働基準監督署及び日本労働評議会に連絡を取り,一連の経緯を説明するに至った。
(22) 日本労働評議会は,平成19年9月1日,このような被控訴人らの意向を受けて,協議事項の1つに「実習満了までの就労を保障すること」との記載がある同日付け団体交渉申入書(<証拠略>)を控訴人に差し入れ,同日,日本労働評議会,b事業協同組合,控訴人代表者が話合いを持った。その際,控訴人代表者は,就労保障を求めた日本労働評議会に対し,仕事はなくなっているとか,もう材料も全部返したなどと述べ,被控訴人らの就労を拒絶した。その結果,被控訴人らは,控訴人が残業代の未払分を即時に支払うのであれば,日本での就労を断念して中国に帰国することをやむなく受け入れるに至ったが,控訴人は,残業代の未払分を支払わなかった。」
(8) 原判決17頁16行目末尾を改行して,次のとおり付加する。
「(28) 被控訴人らは,その後の平成20年2月,中国に帰国した。」
(9) 原判決18頁8行目末尾に次のとおり付加する。
「そして,当審における証人B(甲10の陳述書を含む。)も,これに沿った供述をするが,前記(付加訂正後の原判決)1(11)のような4月28日までの経緯があって,日本語と共通する漢字も多く含まれた同月30日の張り紙があったというにもかかわらず,中国語がほとんど分からないので,張り紙の内容も全く理解できなかった旨を述べるなど,不自然な部分が多く,採用の限りではない。」
(10) 原判決18頁11行目冒頭から20頁5行目末尾までを次のとおり改める。
「(2) 争点(2) 8月27日の不就労につき被控訴人らの帰責性の有無
ア 前記(付加訂正後の原判決)1(18)に認定のとおり,控訴人代表者及びBが被控訴人らに対し,暴力を振るい,特に控訴人代表者の激高の様子や振るった暴力の状況は激しいものであったということができるから,いずれも比較的若年の女性で,日本語を十分に理解できない被控訴人らにとって,これら暴力に恐怖を感じ,就労することができなかったとしても不思議なことではない。
もっとも,前記(付加訂正後の原判決>1(16)ないし(18)に認定の事実によれば,控訴人代表者らの暴力は,控訴人がミシン台の高さを下げたことに対し,被控訴人らがこれを元に戻すように要求して紛糾したことに端を発しているが,控訴人が平成19年6月以降,被控訴人らの使用するミシン台の高さを一方的に下げたことによって,被控訴人らが腰を曲げて作業しなければならなくなり,背中などに痛みを覚えるようになっていたところへ,控訴人が作業効率を上げるなどとして,再度ミシン台の高さを一方的に下げようとしたものであったこと,ミシン台の高さを下げれば作業効率が上がるというのは,被控訴人らにとっては必ずしもそうであるとはいえないこと,それにもかかわらず,仕事のノルマを増やし,規定の時間内にノルマを達成しなければ残業代を支払わないことを一方的に通告したこと,控訴人によれば,ミシン台の高さを下げることについては,株式会社cからの指導に基づくものであるとされるが,上記指導に従うかどうかは最終的に控訴人の経営判断であることなどが認められる。これらによれば,被控訴人らがミシン台の高さのような自分たちの労働条件に関わる重要な事柄につき,控訴人に対して労働環境に関する要求をすることは当然許されるべきことであると解されるが,控訴人は,そのような切実ともいえる要求をした被控訴人らに対し,暴力によって威嚇し,恐怖感を抱かせ,控訴人において就労できないようにさせたものであるから,8月27日の不就労については,専ら控訴人が招いたことであり,被控訴人らには帰責性はないというべきである。
イ この点,控訴人は,ノルマを達成しなければ残業代を支払わないと言ったことはなく,明日の納品分を間に合わさなければ,仕事量が減らされて残業がなくなると言っただけであり,暴行の事実は存在せず,被控訴人らは自らの労働の義務を放棄し控訴人との直接の話合いに応じないから,控訴人の利益を故意に侵害するものであって,帰責性がある旨主張し,原審における控訴人代表者は,平成19年8月27日にミシン台の高さを変更した事実,ノルマを達成しなければ残業代を支払わないと告げた事実,暴行の事実はいずれもない,8月27日の不就労は,被告らがお盆休みで遊びボケをしてしまったことが原因ではないかなどと供述する。しかし,中国の送出機関に対して多額の手数料や保証金を支払っている被控訴人らが(<証拠略>),そのような理由で就労を拒絶するとは到底考えられない上,控訴人代表者の上記供述を前提とすると,被控訴人らは,平成19年8月27日に何の事情の変更もないのに突然不就労を始めたということになるが,それではあまりにも不自然であって,かかる供述は,具体的かつ詳細で信用性が高いと認められる原審における被控訴人X2及び同X5の供述に比して格段に信用性は低く,これに沿う当審における証人Bの供述もまた同様に信用性が低いというべきであり,控訴人の上記主張は採用し難い。また,上記のとおり,控訴人代表者に暴行の事実が認められることからすれば,被控訴人らに控訴人代表者との直接の話合いに応じる義務があるとはいえないから,この点についても,控訴人の主張は採用できない。」
(11) 原判決20頁10行目冒頭から21頁12行目末尾までを次のとおり改める。
「3 反訴請求について
(1) 争点(1),控訴人は被控訴人らを解雇したか
前記(付加訂正後の原判決)1(19)ないし(22)に認定の事実によれば,被控訴人らは,8月27日の不就労の後にも,すぐに中国に帰る意思はなく,暴力を振るう控訴人代表者の下では働きたくはないが,会社の変更が叶わなければ,やむなく控訴人において働き続けるしかないとも考えていたこと,したがって,無条件で控訴人を退社して帰国する旨の意思を表明したことはないこと,むしろ,日本での就労継続を希望して,平成19年8月29日には,労働基準監督署や日本労働評議会に連絡を取るなどし,同年9月1日には,このような被控訴人らの意向を受けて,日本労働評議会が控訴人に対し,就労の保障を求めて団体交渉の申入れがなされ,これを受けて,同日話合いがもたれたこと,しかるに,控訴人代表者は,既に仕事はなくなっており,材料も取引先に全部返した旨述べて,今後の被控訴人らの就労を一切拒絶したことが認められ,控訴人によるこのような労務受領拒否は,被控訴人らに対する解雇にほかならないというべきである。
なお,被控訴人らの陳述書(<証拠略>)には,被控訴人らが平成19年9月1日より前に中国に帰国する意思を有していたかに読める記載もあるが,原審における被控訴人X2本人及び同X5本人の供述と合わせ読み,その前後の経緯を見れば,同日より前には被控訴人らが帰国に同意していなかったものと解するのが自然であって,控訴人による解雇より前に被控訴人らが退職の意思表示をしていたとか,労働契約が合意解約されたといった事実を認めることはできない。そして,前記(付加訂正後の原判決)1(20)の事実の下では,被控訴人X4ら2名が出国準備のための在留資格変更許可申請手続を行った事実が認められるからといって,上記のとおり控訴人が被控訴人らを解雇したという事実認定の妨げになるものではない。
(2) 争点(2) 解雇の無効及び賃金の額
ア 次に,控訴人による上記解雇がやむを得ないものであったといえるかどうかを検討するに,被控訴人らを解雇した際の上記控訴人代表者の発言は,被控訴人らの就労拒否によって取引先を失って仕事がなくなり,材料も取引先に全部返したという趣旨の発言であると解されるものの,上記発言のみでは期間の定めのある労働契約における解雇理由が明示されているとはいい難い上,これまで述べたところによれば,被控訴人らによる8月27日の就労拒否は,控訴人に非はあっても被控訴人らに非のあることではないこと,控訴人は,当初日本人のパートを5人くらいは雇っており,日本人を雇うことで殊更人件費が嵩むものでもないこと(当審における証人B)や,外国人研修生や外国人技能実習生を受け入れるために相当多額の投資ないし支出をしていながら,当時未だそれを回収できておらず,むしろ多額のリース代の債務が残り,向後10年以上にわたり利益を上げることを望んでいたこと(本訴状の記載ほか弁論の全趣旨)等からすれば,たとえ株式会社cとの取引がなくなったからといって,縫製の仕事をすぐに廃業すべき必然性も合理性もなかったといえるところであるから,控訴人が被控訴人らに対してなした解雇がやむを得ないものであったとは認め難く,このような解雇は解雇権の濫用として無効であるといわざるを得ない。
イ そして,前記認定によれば,上記解雇当時,被控訴人らの月給は各11万7000円であったことが認められるから,控訴人は,平成19年9月から被控訴人らそれぞれの実習期間満了までの間,被控訴人らに対し,未払賃金として毎月末日限り各11万7000円ずつ及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金を支払うべきであり,被控訴人X1ら3名に対しては各93万6000円及び別紙遅延損害金目録<15頁>記載1の金員を,被控訴人X4ら2名に対しては各140万4000円及び別紙遅延損害金目録記載2の金員を支払う義務がある。」
(12) 原判決22頁5行目末尾に次のとおり付加する。
「この点,控訴人は,控訴人と被控訴人らとの間には労働契約が締結されていないこと,外国人研修生はまさに「研修生」であることなどを強調して,被控訴人らの労働者性を否定しようとするが,被控訴人らの生活の実態を無視した形式的な主張であり,到底採用し難い。」
(13) 原判決22頁6行目冒頭から8行目末尾までを削除する。
(14) 原判決22頁15行目冒頭から20行目末尾までを削除する。
(15) 原判決22頁25行目の「並びに付加金」から26行目の「遅延損害金」までを削除する。
(16) 原判決23頁8行目の「原告の主張は主張自体失当である。」を削除する。
(17) 原判決23頁18行目から19行目にかけての「原告の主張は主張自体失当である。」を削除する。
(18) 原判決23行目19行目末尾を改行して,次のとおり付加する。
「 エ さらに,控訴人は,被控訴人らが控訴人以外の仕事場で研修指導を受けていた平成17年10月1日から同年12月31日までの間については,控訴人には差額賃金の支払義務はない旨主張する。
確かに,被控訴人らは,平成17年10月1日から同年12月31日までの間,第一次受入機関の代表者が経営する三重県鈴鹿市所在の「dテック」と称する仕事場において就労していた事実は認められる(当審における証人B,弁論の全趣旨)。しかし,当審における証人Bによれば,同証人をはじめ,控訴人,dテックらは,受入機関以外の場所で外国人研修生を就労させることが名義貸し(飛ばし)として禁止されていることを十分に理解しながら,被控訴人らを他の仕事場であるdテックで就労させ,研修費用は控訴人名で支払っていたものであることが認められ,この事実からすれば,この間も被控訴人らを控訴人に属する外国人研修生として,控訴人の業務命令に基づき,上記仕事場で就労させていたというべきであり,この間だけその労働者性が失われていたともいえないところであるから,当然に控訴人に差額賃金の支払義務が生じるものというべきである。よって,控訴人の上記主張は採用し難い。
オ 付加金について
他方,上記時間外労働賃金の不払いは,労基法37条1項に違反するものであるから,被控訴人らは控訴人に対し,労基法114条の付加金をも請求し得るところ,その範囲は,労基法37条1項の割増賃金部分のみならず,通常の賃金も含めたものであると解され,本件においては,最大で,上記各未払時間外労働賃金(被控訴人X1ら3名につき各45万4925円,被控訴人X4ら2名につき各54万9523円)と同額の付加金の支払を命じる余地があり(後記除斥期間により認められない部分は除く。),これまで述べたところによれば,裁判所の裁量によって付加金を減額するのが相当とされるような事情は全く窺われないところである。
(4) 争点(4) 付加金のうち当審において請求が拡張された部分についての除斥期間経過の有無
ア もっとも,付加金の請求は,違反(不払い)のあった時から2年以内にしなければならないものであり(労基法114条ただし書),控訴人は,被控訴人らが当審で増額した後の付加金請求のうち,被控訴人らが原審で金額を明示して請求した金額(被控訴人X1及び同X3につき,各4万9459円,被控訴人X2につき4万5459円,被控訴人X4及び同X5につき各11万9914円。原判決別表1,2参照。)を超えるものについては,本件附帯控訴の時点(平成21年6月12日)で2年の除斥期間が経過しているから,この部分については,被控訴人らは控訴人に対してもはや請求し得ない旨主張している。
イ そこで検討するに,付加金請求は,裁判所の職権による支払命令を求める特殊な訴訟行為であり,本体請求の附帯請求としての性格を有し,当裁判所における貼用印紙額の計算上も付加金部分は除かれる扱いであって,付加金請求権は,それ自体が通常の訴訟物とは異なるものである。そして,付加金の額は,労基法20条,26条若しくは37条の規定に違反した場合,「これらの規定により使用者が支払わなければならない金額についての未払金のほか,これと同一額」(労基法114条本文)とされ,本体の未払金の額に規定されるものである。そうすると,違反の時から2年以内に請求されている付加金の額が,仮に誤って少額であったしても,本体請求における未払金の額が異ならないのであれば,その後,その未払金の額に合致した額に付加金の請求を増額したとしても,2年の除斥期間によりその増額が制限されることはないというべきである。したがって,その限りで控訴人の上記主張は採用できない。
しかし,違反があった時から2年以内に全く請求を行わなかった付加金については,除斥期間の経過によってこれを請求することができなくなるものと解さざるを得ない。
ウ 本件の原審において,被控訴人らは,平成19年12月17日になした反訴請求の中で,平成18年1月分以降の不払いに対する付加金を少額に請求しているが,それより前の不払いに対する付加金を全く請求していないと解されるから(原判決別表1,2参照),本件附帯控訴提起時である平成21年6月12日の段階において,平成18年1月分以降の不払いに対する付加金請求については,2年の除斥期間によって請求できなくなることはないのに対し,それより前の不払いに対する付加金については,もはや2年の除斥期間を経過したことにより,これを請求することはできないものと解される。
そうすると,被控訴人X1ら3名については,原判決別表1の「2006年1月」から「4月」まで4か月間の「時間外労働賃金」欄の合計額19万7836円から,同期間の「既払額」欄の合計額7万0740円を差し引いた12万7096円は,いずれも除斥期間にかからず請求が認められるが,それより前のものについては,除斥期間の経過により請求が認められない。
また,被控訴人X4ら2名については,原判決別表2の「2006年1月」から「8月」まで8か月間の「時間外労働賃金」欄の合計額47万9657円から,同期間の「既払額」欄の合計額18万2880円を差し引いた29万6777円は,いずれも除斥期間にかからず請求が認められるが,それより前のものについては,除斥期間の経過により請求が認められない。」
第4結論
よって,上記判断と一部結論の異なる原判決を被控訴人らの本件附帯控訴に基づき変更し,控訴人の本件控訴をいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高田健一 裁判官 尾立美子 裁判官 上杉英司)
(別紙)
遅延損害金目録
1 93万6000円のうちの
(1) 11万7000円に対する平成19年10月1日から,
(2) 11万7000円に対する平成19年11月1日から,
(3) 11万7000円に対する平成19年12月1日から,
(4) 11万7000円に対する平成20年1月1日から,
(5) 11万7000円に対する平成20年2月1日から,
(6) 11万7000円に対する平成20年3月1日から,
(7) 11万7000円に対する平成20年4月1日から,
(8) 11万7000円に対する平成20年5月1日から,
各支払済みまで年6分の割合による金員
2 140万4000円のうちの
(1) 11万7000円に対する平成19年10月1日から,
(2) 11万7000円に対する平成19年11月1日から,
(3) 11万7000円に対する平成19年12月1日から,
(4) 11万7000円に対する平成20年1月1日から,
(5) 11万7000円に対する平成20年2月1日から,
(6) 11万7000円に対する平成20年3月1日から,
(7) 11万7000円に対する平成20年4月1日から,
(8) 11万7000円に対する平成20年5月1日から,
(9) 11万7000円に対する平成20年6月1日から,
(10) 11万7000円に対する平成20年7月1日から,
(11) 11万7000円に対する平成20年8月1日から,
(12) 11万7000円に対する平成20年9月1日から,
各支払済みまで年6分の割合による金員
以上