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名古屋高等裁判所 平成21年(ネ)90号 判決 2009年10月02日

訴人兼被控訴人(1審原告)

X(以下「1審原告」という。)

同訴訟代理人弁護士

萱垣建

花井増實

米澤孝充

被控訴人兼控訴人(1審被告)

株式会社Y銀行(以下「1審被告」という。)

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

中條忠直

佐々木基

主文

1  1審原告の本件控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

(1)  1審被告は、1審原告に対し、3259万6912円及びこれに対する平成19年7月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  1審被告は、1審原告に対し、384万9307円及びこれに対する平成20年6月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  1審原告のその余の請求を棄却する。

2  1審被告の本件控訴を棄却する。

3  訴訟費用は、第1、2審とも1審被告の負担する。

4  この判決の主文第1項(1)、(2)は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  1審原告

(1)  原判決を次のとおり変更する。

(2)  1審被告は、1審原告に対し、3323万1552円及びこれに対する平成19年7月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  1審被告は、1審原告に対し、386万0907円及びこれに対する平成20年6月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(4)  上記(2)についての第2次的請求

1審被告は、1審原告に対し、3259万6912円及びこれに対する平成19年7月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(5)  1審被告の本件控訴を棄却する。

(6)  訴訟費用は、第1、2審とも1審被告の負担とする。

(7)  上記(2)ないし(4)につき仮執行宣言

2  1審被告

(1)  原判決中、1審被告敗訴部分を取り消す。

(2)  1審原告の請求をいずれも棄却する。

(3)  1審原告の本件控訴を棄却する。

(4)  訴訟費用は、第1、2審とも1審原告の負担とする。

第2事案の概要

1  本件は、1審原告が銀行である1審被告に対し、①預金の解約払戻金合計3323万1552円(第2次的に3259万6912円)及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成19年7月13日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、②1審被告が販売会社となっている投資信託3件の解約金残金として、あるいは、同解約手続を巡る債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償として、合計386万0907円及びこれに対する上記解約金支払請求権発生の後であり、上記債務不履行又は不法行為後の日である平成20年6月24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

2  原判決は、1審原告の請求につき、預金の解約払戻金合計2802万9950円及びこれに対する平成19年7月13日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でこれを認容し、その余を棄却したところ、双方が控訴した。

3  前提となる事実(当事者間に争いがないか、各箇所に摘示した証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

(1)  1審原告は、1審被告において、別紙預金目録《省略》記載の預金(以下「本件預金」という。)を有しており、その合計残高は次のとおりであった。

ア 平成19年3月30日 2802万9950円(《証拠省略》)

ただし、この時点においては、後にその売却代金350万円が本件預金に入金された国債が別途存在していた(《証拠省略》)。

イ 同年7月12日 3259万6912円(《証拠省略》)

ウ 平成20年1月17日 3323万1552円(《証拠省略》)

なお、本件預金には定期預金を含むが、本件においては、1審被告が満期前であることを理由として定期預金の払戻しを拒むことはないものと解される(《証拠省略》参照)。

(2)  1審原告は、1審被告から、別紙投資信託目録《省略》記載1ないし3の投資信託(以下、この3件をまとめて「本件投資信託」という。)を購入して保有していた。

本件投資信託は、別紙投資信託目録の記載の投資信託委託業者(岡三アセットマネジメント株式会社、日興アセットマネジメント株式会社)を委託者、信託会社(各信託銀行)を受託者として、両者の間で締結された信託契約に基づき設定されたものである。1審被告は、投資信託委託業者から投資信託販売の委託を受けた販売会社であり、1審原告は、受益者である。

(3)  受益者(1審原告)にとって、本件投資信託の解約による換金方法は、その投資信託約款の規定等によれば、概ね次のとおりである。

ア 受益者は、販売会社(1審被告)を通じて、投資信託委託業者に対して本件信託契約の一部解約の実行の請求(以下「解約実行請求」という。)をすることができる。

イ 投資信託委託業者は、受益者から解約実行請求があったときは、信託会社との間の信託契約の一部を解約する。

ウ 解約によって受益者に支払われる金員(以下「解約金」という。)の価額は、当該解約実行請求日の翌営業日の基準価額から、当該基準価額に0.1%(別紙投資信託目録記載3の投資信託については0.3%)の率を乗じて得た信託財産保留額を控除した価額とする。

エ 解約金は、解約実行請求を受け付けた日から起算して、原則として5営業日目から、販売会社の営業所等において受益者に支払われる。

そして、このような投資信託約款の規定等によれば、受益者である1審原告が本件投資信託の解約実行請求をしたとしても、その実行義務者は1審被告ではなく、投資信託委託業者であり、本件投資信託解約の効力も、1審原告の解約実行請求の意思表示によって当然に生じるのではなく、その時点において、1審原告に対する解約金の支払義務が1審被告に生じるものでもない。しかし、1審原告が1審被告に対して本件投資信託の解約実行請求を行ったときは、1審被告はこれを投資信託委託業者に通知する義務があり、この通知を受けた投資信託委託業者には、本件投資信託の解約の実行を行う義務が生じ、1審被告がこの義務を実行した投資信託委託業者から解約金の交付を受けたときは、1審原告に対してその解約金を支払う義務がある。したがって、1審被告は、1審原告に対し、1審被告が投資信託委託業者から解約金が支払われることを条件として、解約金の支払義務を負うものであり、1審原告は、1審被告に対し、上記条件の付いた解約金支払請求権を有することになる。(以上、最高裁平成18年12月14日第一小法廷判決民集60巻10号3914頁参照)

(4)  他方、受益者(1審原告)が、本件投資信託を換金する方法としては、上記(3)のような解約実行請求による方法のほかに、販売会社たる1審被告に対し、当該投資信託の受益証券ないし受益権の買取請求を行うという方法がある(《証拠省略》)。

(5)  1審原告は、平成19年3月30日、萱垣建弁護士(以下「萱垣弁護士」という。)と共に、1審被告a支店を訪れたが、この日、本件預金の解約払戻しの手続はなされず、本件投資信託につき、解約手続も買取手続も行われなかった。

(6)  1審原告は、その後、萱垣弁護士を始めとする弁護士らに訴訟委任をして、平成19年6月29日、本訴訟を提起し、同年7月12日、1審被告に対し、訴状が送達された。

また、本訴訟における1審原告の平成20年1月17日付け準備書面は、同日、1審被告に対して送達されたが、同準備書面には、予備的に、同準備書面をもって本件預金及び本件投資信託の解約の意思表示を行う旨の記載がある。

(7)  その後、1審被告は、1審原告が平成20年5月26日に行った本件投資信託の買取の申込み(解約実行請求ではない。)には応じて、同年5月30日に583万9111円(103円を源泉徴収)、同年6月2日に103円(同源泉徴収の還付金)、同日に1198万4818円を別紙預金目録記載1(2)の普通預金口座(同2(2)、同3(2)も同じ。)へ入金した(《証拠省略》)。

上記入金額合計1782万4032円の内訳は、次のとおりである(《証拠省略》)。

ア 別紙投資信託目録記載1の投資信託(以下「本件投資信託1」という。)

498万3872円(1万0748円/1万口×463万7023口)

イ 同記載2の投資信託(以下「本件投資信託2」という。)

85万5342円(9009円/1万口×94万9431口)

ウ 同記載3の投資信託(以下「本件投資信託3」という。)

1198万4818円(1万0462円/1万口×1145万5571口)

ちなみに、平成19年3月30日(基準日の前日)における基準価額(/1万口)は、本件投資信託1が1万1167円、同2が1万0653円、同3が1万3536円であり、同年7月13日における基準価額(/1万口)は、本件投資信託1が1万1456円、同2が1万0775円、同3が1万3435円であり、平成20年1月17日(基準日の前日)における基準価額(/1万口)は、本件投資信託1が1万0968円、同2が8974円、同3が1万0863円であった(《証拠省略》)。

(8)  上記(7)の普通預金口座への入金額合計1782万4032円のうち、103円を除く1782万3929円は、平成20年6月4日、1審原告に現金で払い戻された。

(9)  一方、1審原告は、1審被告に対し、本訴訟における平成20年6月23日送達の同日付け準備書面において、1審被告が投資信託委託業者から解約金が支払われるという上記(3)記載の条件の成就を1審被告が故意に妨害したものであるとして、民法130条の適用により上記条件が成就したものとみなす旨の意思表示をした。

(10)  本件預金については、上記(7)のとおり平成20年6月4日に投資信託の解約金1782万3929円の払戻しがなされたことがあるものの、現在に至るまで解約による払戻しはなされていない。

4  争点

(1)  本件預金について

ア 平成19年3月30日、同年7月12日又は平成20年1月17日のいずれかの時点において、1審原告の1審被告に対する本件預金を解約する旨の意思表示が認められるか(争点1)。

イ 上記アが肯定される場合、1審被告が1審原告に対して本件預金の解約に応じていないことが預金返還義務の履行遅滞となるか(1審被告に帰責性がないといえるか)(争点2)。

(2)  本件投資信託について

ア 1審原告が1審被告に対し、平成19年3月30日、同年7月12日又は平成20年1月17日のいずれかの時点において、本件投資信託につき解約実行請求の意思表示を行ったといえるか(争点3)。

イ 上記アが肯定される場合、それに基づき1審被告が本件投資信託の解約実行請求の手続を取らなかったこと等が故意的な条件成就妨害、債務不履行又は不法行為となるか(争点4)。

ウ 上記アが否定される場合であっても、1審被告は1審原告に対し、本件投資信託の換金手続には解約実行請求の場合と買取請求の場合があることなどの手続教示をすべき義務があったといえるか(争点5)。

エ 損益相殺について(争点6)

(3)  本件預金及び本件投資信託の両方について

本訴訟において、1審原告が1審被告に対して遅延損害金を請求することが、信義則違反又は権利の濫用に当たるか(争点7)。

5  争点に関する当事者の主張

(1)  争点1(本件預金解約の意思表示の有無)について

(1審原告の主張)

ア 平成19年3月30日の時点

1審原告は、平成19年3月30日、1審被告a支店に赴き、同支店の担当者に対し、本件預金及び本件投資信託を含めた1審被告との取引にかかるすべてを現金化する意思をもって、全額下ろしてほしい旨述べたものである。したがって、この時点において、1審原告が1審被告に対し、本件預金を全部解約する旨の意思表示をしていることは明白である。

イ 平成19年7月12日又は平成20年1月17日の各時点

そうでなくとも、1審原告は、1審被告に対し、平成19年7月12日到達の訴状又は平成20年1月17日送達の準備書面により、本件預金の解約払戻しを請求しており、これら各時点において本件預金解約の意思表示が存在することは明白である。

なお、1審被告は、訴訟による銀行預金の払戻しや解約の請求を一般的に否定するが、そのような主張は争う。仮に、そのような見解に立ったとしても、1審原告は、事前の申入れにもかかわらず、1審被告が何らの法的根拠もなしに本件預金の解約払戻しに応じなかったことから、やむなく本訴訟を提起したものであって、1審被告の主張は本末転倒である。

(1審被告の主張)

ア 平成19年3月30日の時点

1審原告は、平成19年3月30日、1審被告a支店において、同行した萱垣弁護士から「今日は何のために来たのですか。」と質問され、同支店の支店長B(以下「B支店長」という。)に対し、「全額…下ろしてください。」と下を向き小声で言った。B支店長が1審原告に対し、萱垣弁護士への委任状について質問したところ、1審原告は、委任状については何が書いてあるか分からず署名した覚えもない旨答えた。B支店長は、①1審原告の預金その他の合計額が当時5000万円以上と多額であったこと、②1審原告の預金を巡り、1審原告の親族間で争いがあったところ、萱垣弁護士が、以前は親族の代理人として行動していたこと、③以前に1審原告の親族らが1審原告と来店し、1審原告の預金払戻請求等がされたりしたものの、1審原告からは一度も預金の払戻しの意思が示されたことがなかったことから、同日も、その払戻しに慎重を期し、1審原告に払戻しの意思を確認したが、1審原告は終始うつむいたまま沈黙していた。

以上から、1審原告の本件預金の払戻請求の意思表示が明示されたとはいえず、萱垣弁護士による払戻請求もなされていない。

イ 平成19年7月12日又は平成20年1月17日の各時点

そもそも、銀行における預金の払戻しや解約は、銀行窓口において、予め銀行が取り決めた規定等に基づく所定の手続に従って行うものであって、その旨の合意が銀行と顧客との間で成立しており、そうでなくとも、そのような取扱いが商習慣として確立されているものである。そして、裁判による預金の払戻しや解約が認められるのは、事前の裁判外の手続において、銀行が顧客からの払戻しや解約の請求に応じないことが債務不履行となるような場合に限られるというべきである。

しかるところ、本件においては、上記アの事情からすれば、1審被告には事前の裁判外の手続における債務不履行は存しないから、1審原告が1審被告に対し、本訴訟を提起することによって本件預金の解約払戻しを求めることはできない。したがって、平成19年7月12日の時点においても、平成20年1月17日の時点においても、1審原告の1審被告に対する本件預金を解約する旨の意思表示は認められない。

(2)  争点2(本件預金解約に応じないことの帰責性)について

(1審被告の主張)

ア 平成19年3月30日の来店時

1審原告は、平成19年3月30日、1審被告a支店に萱垣弁護士と共に来店したが、①1審原告の預金を巡り親族間で争いがあったところ、同行した萱垣弁護士が以前1審原告の親族の代理人として行動していたこと、②1審被告a支店担当者は、来店前日に1審原告から「(姉によって法律事務所へ連れて行かれて)紙に名前を書いたが何が書かれていたか全く覚えていない。銀行さん助けて下さい。」と言われたこと、③来店当日、萱垣弁護士から提示された委任状について1審原告は全く覚えていないと答えていること、④1審原告は、来店時、異常に萎縮した様子であったこと、⑤1審原告は1審被告担当者から解約意思の有無を確認された際にうつむいたまま解約意思を示す言葉や態度を何ら示さなかったこと等によれば、1審被告が1審原告には本件預金の解約意思がないと判断し、解約に応じなかったことについて、何ら帰責性はない。

イ 訴状送達時以降

争点1において主張したことに加え、1審被告は、上記アの事情からすれば、1審原告が萱垣弁護士らに訴訟委任をしたことは信じられず、訴訟委任の意思を疑う合理的な理由があったといえることから、本件預金の解約払戻しに応じなかったことについて何ら帰責性はない。

(1審原告の主張)

ア 平成19年3月30日の来店時

上記1審被告の主張アのうち、①は認めるが、その余は否認し争う。

イ 訴状送達時以降

上記1審被告の主張イの主張は、否認し争う。

1審被告の主張が本末転倒である点は、争点1において主張したとおりである。

(3)  争点3(本件投資信託の解約実行請求の有無)について

(1審原告の主張)

1審原告は、1審被告に対し、平成19年3月30日、同年7月12日及び平成20年1月17日のいずれの時点においても、本件投資信託につき解約実行請求の意思表示を行っている。

1審被告は、解約実行請求か買取請求かを明示していないなどと主張するが、解約実行請求であることは明らかである。

(1審被告の主張)

1審原告は、平成19年3月30日には、本件投資信託の解約について何ら意思表示をしていない。萱垣弁護士への委任状にも、投資信託については記載されていない。

本件投資信託の換金方法には解約実行請求と買取請求の2つの方法があり、税務上の取扱いも異なることから、換金しようとする者はいずれの方法によるか明示して行わなければならないが、1審原告は、平成19年7月12日送達の訴状にも、平成20年1月17日送達の準備書面にも、いずれの方法によるものかを示しておらず、本件投資信託につき、1審原告から解約実行請求があったものとはいえない。

(4)  争点4(本件投資信託の解約手続をしないことが故意的な条件成就妨害、債務不履行又は不法行為となるか)について

(1審原告の主張)

ア 故意的な条件成就妨害

1審被告は、前記前提となる事実(3)に記載の条件の成就により、信託報酬が得られなくなる不利益を受ける者であるところ、投資信託委託業者に対し、1審原告がなした解約実行請求の通知をしなければ、投資信託委託業者から1審被告に一部解約金が支払われることがないことを認識しながら、通知を行わなかった。しかし、1審被告が上記通知を行わなかったことについては、法的な拒否事由はなく、1審原告の親族間の紛争に巻き込まれることを恐れて拒否したに過ぎず、1審被告の行為は信義則に反するもので許されない。

したがって、1審原告は、前記前提となる事実(9)に記載のとおり、上記条件が成就したものとみなす旨の意思表示をしたから、民法130条の適用により、1審被告に対し、解約金支払請求権を有する。

イ 債務不履行

また、1審被告は、1審原告からの解約実行請求を投資信託委託業者に対して通知する義務を負ったが、これを果たさず、さらに、1審原告から解約実行請求の意思表示を受けた場合には、1審原告に対し、所定の「投資信託解約・買取申込書」及び「投資信託ご注文受付票」に記入して手続をとることを説明し、書面を交付・受領する義務があるにもかかわらず、これを説明せず、これらの書類を交付・受領しなかった。

よって、1審原告は、1審被告に対し、これら債務不履行に基づく損害賠償請求権を有する。

なお、1審被告は、その債務不履行責任につき帰責性がない旨主張するが、認められない。

ウ 不法行為

上記イにおける1審被告の通知義務違反は、故意又は過失による不法行為にも該当するから、1審原告は、1審被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求権を有する。

エ 以上のとおりであるから、1審原告は、1審被告に対し、平成19年3月31日、同年7月13日又は平成20年1月18日における本件投資信託の基準価額(平成19年3月30日(基準日の前日)、同年7月13日及び平成20年1月17日(基準日の前日)の基準価額は、前記前提となる事実(7)に記載)による計算に従って支払われるはずであった金額と、前記前提となる事実(7)に記載のとおり実際に支払われた金額との差額及びこれに対する平成20年6月24日以降の遅延損害金の支払を請求することができる。

(1審被告の主張)

いずれの事実も否認し、主張は争う。

なお、1審原告の債務不履行責任の主張に対し、1審被告に帰責性がない点は、争点2(本件預金解約に応じないことの帰責性)において主張したとおりである。

(5)  争点5(手続教示等の義務違反の有無)について

(1審原告の主張)

仮に、1審原告が解約実行請求と買取請求のいずれを求めていたかが不明であって、解約実行請求をしたとは認められない場合であっても、投資信託の専門業者でもなく、投資信託についての知識に詳しくない1審原告が、何らかの方法により本件投資信託の換金を求めていたことに間違いはないのであるから、1審被告としては、たとえ1審原告が積極的に換金手続について教示を求めなくとも、換金を希望する1審原告の申出の趣旨や目的を忖度して、本件投資信託の換金手続には上記2とおりの換金手続があることを教示するなどし、その申出の真意に沿った対応をすべき義務があったというべきである。しかるに、1審被告は、1審原告に対し、そのような義務怠ったものであり、この点においても、1審被告には債務不履行責任が存する。

(1審被告の主張)

争う。1審被告は、1審原告に対し、手続教示等の義務はなく、その義務違反も存しない。

(6)  争点6(損益相殺)について

(1審被告の主張)

1審原告は、平成19年3月30日以降、平成20年5月26日(本件投資信託3については、同月27日)までの間、本件投資信託1については22万2040円の、本件投資信託2については2万2787円の、本件投資信託3については115万4776円の、各配当を受けた。

(1審原告の主張)

1審被告主張の金額が1審原告の普通預金口座へ入金された事実は認めるが、損益相殺の主張は争う。1審原告には何らの落ち度もないのであるから、損益相殺を認めるのは、当事者間の公平に反する。

(7)  争点7(遅延損害金請求の信義則違反又は権利濫用)について

(1審被告の主張)

1審原告は、通常人としてなすべき1審被告の店頭窓口における本件預金の解約及び本件投資信託の解約請求の各手続を取らず、本訴を提起して本件預金の解約及び本件投資信託の解約請求を主張したものであって、このような方法により、銀行利息に比し極めて高率な年5分もの遅延損害金の支払を請求するのは、信義誠実の原則に反し、かつ権利の濫用である。

(1審原告の主張)

事実は否認し、主張は争う。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は、原判決と異なり、1審原告の請求は、本件預金の解約払戻金3259万6912円及びこれに対する平成19年7月13日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金並びに本件投資信託の解約金残金合計384万9307円及びこれに対する平成20年6月24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、この範囲でこれを認容し、その余は理由がないから棄却すべきであると判断する。その理由は、以下のとおりである。

2  認定事実

前記前提となる事実に加え、証拠(《省略》、原審における証人C、原審における1審原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

(1)  1審原告は、平成19年1月15日午後2時30分ころ、1審原告の姉であるD(以下「D」という。)と共に1審被告a支店を訪れた。Dは、1審被告担当者に対し、家族会議により1審原告の財産を自らが管理することとなった旨を告げ、預金全額の払戻しと国債や投資信託の換金を求めた。1審被告担当者は、1審原告及びDに対し、閉店時間が迫っている上、手続が多岐にわたり、当日中における処理が困難であることを理由に、同月19日に再び来店するよう求め、了解を得た。

(2)  Dは、平成19年1月16日朝、1審被告a支店に電話をかけ、同支店の担当者に対し、妹がいろいろ言ってきて困っており、同月19日まで待てないので、今日中に解約手続をしてほしい旨要求した。そこで、同支店の担当者は、Dに対し、同月16日午後4時に手続を行うことを提案した。

しかし、1審原告は、同日午前9時半ころ、1審原告と同居している1審原告の妹と共に、1審被告a支店を訪れた。1審原告の妹は、同支店の担当者に対し、自宅に置いてあった預金通帳、印鑑、貸金庫の鍵がなくなっており、何とかしてほしい旨述べた。

なお、1審原告及びDは、同日午後4時に1審被告a支店に行かなかった。

(3)  1審原告とその妹は、以後、1審被告a支店を頻繁に訪れ、何とかしてほしいなどと言って、預金通帳の再発行を求めた。

他年、Dから代理人としての委任を受けた萱垣弁護士は、Dの代理人として、平成19年3月5日付けで、1審被告a支店に対し、1審原告の預金等の払戻しに応じない理由を説明するよう求める旨の「通知書」(《証拠省略》)と題する書面を送付したが、1審被告a支店は、萱垣弁護士に対し、1審原告の代理人ではないため回答できない旨を伝えた。

(4)  1審原告は、平成19年3月29日、1審原告の妹と共に1審被告a支店を訪れ、その際、1審原告の妹は、同支店の担当者に対し、1審原告がDに法律事務所に連れて行かれ、そこで住所と名前を書かされた旨を話し、1審原告は、同支店の担当者に対し、名前を書かされた紙に何が書いてあったかは全く覚えておらず、銀行さんに助けてほしい旨を述べた。

(5)  1審被告a支店の担当者は、それまでの経緯等から、1審原告の多額の財産を巡り親族間に深刻な争いがあるものと認識しており、同支店内において、1審原告の預金の払戻し等に当たっては慎重に対応することが申し合わされていた。また、同支店の担当者は、それまでの経緯や1審原告との会話の状況等からして、1審原告にはその多額の預金等の財産を管理するにつき能力的な問題があるのではないかと感じており、Dや1審原告の妹に対して、1審原告のために成年後見制度の利用を勧めるなどしていた。

(6)  このような状況下において、1審原告は、平成19年3月30日、萱垣弁護士及びDと共に1審被告a支店を訪れたところ、1審原告と萱垣弁護士のみが応接室に通され、B支店長と同支店長代理(当時)C(以下「C」という。)の応対を受けた。

萱垣弁護士は、席上、B支店長らに対し、「Y銀行a支店に預け入れてあるすべての預貯金の解約手続・解約後の金員の受領」等を萱垣弁護士に委任する旨が記載され、末尾に1審原告名の署名押印がなされた平成19年3月28日付けの委任状(《証拠省略》。以下「本件委任状」という。)を示して、1審原告の預金等を全部払い戻すよう求めた。1審原告も、萱垣弁護士に促されて、B支店長らに対し、小声で「全部、下ろしてください。」と述べた。

そこで、B支店長は、これまでの事情を踏まえた上で、1審原告に対し本件委任状を示して、これに1審原告が署名したのかどうかを尋ねたところ、1審原告は覚えていない旨答えたので、B支店長が1審原告に対し、本件委任状が何の委任状か分かるかどうかを尋ねたところ、1審原告は分からない旨答えた。さらに、B支店長が1審原告に対し、「預金を全部下ろしていいのですか。」と預金の払戻しの意思を確認したところ、1審原告は、何も答えず、うつむいたまま黙っていた。

そのため、B支店長は、1審原告本人の意思が確認できないものと判断して、1審原告及び萱垣弁護士に対し、1審原告の預金等の払戻しには応じられない旨を伝えた。これに対し、萱垣弁護士は、預金等の解約ができない根拠を示すよう求めたところ、B支店長は、萱垣弁護士に対し、1審原告がこのような様子なので御理解いただきたいと述べた上、B支店長かC支店長代理のいずれかが、後日回答する旨述べた。1審原告及び萱垣弁護士は、これに対して更に異議を述べることはなく、なおもその場で預金等の解約を求めることもないまま、同支店を退去した。

(7)  しかし、1審原告は、自らの意思に基づいて本件委任状を作成したものであり、1審原告が意思能力を欠くものでもなかったところ、B支店長らの上記対応に納得できなかった萱垣弁護士は、改めて文書で申入れがほしい旨の1審被告a支店からの要請に応じて、平成19年4月11日付け「通知書」(《証拠省略》)と題する同支店宛ての内容証明郵便による書面にて、1審被告による同年1月15日及び同年3月30日の解約申入れ拒否には法的理由がなく債務不履行に該当するので、直ちに1審原告の全預金の解約手続をするか、解約拒否の根拠を文書で示すよう求めた。これに対し、B支店長は、同年4月19日付け「回答書」(《証拠省略》)と題する萱垣弁護士宛ての内容証明郵便による書面にて、同年1月15日の時点では1審原告本人の解約意思が確認できず、同年3月30日の時点では1審原告本人の状況からして自己の意思に基づく解約申入れとは思われなかった旨、1審原告は「自己の行為の効果を認識する能力」が乏しいと思われるので、解約手続を留保している旨、併せて、1審原告本人の財産管理のため成年後見制度等の利用を御検討されたい旨を回答した。

(8)  このような経緯を経て、1審原告は、萱垣弁護士を始めとする弁護士らに訴訟委任をして、平成19年6月29日、本訴訟を提起した。本訴訟においては、終始、この訴訟委任における1審原告本人の意思表示の存否や、1審原告の意思能力ないし「自己の行為の効果を認識する能力」の存否が問題とされたことはなく、1審被告からも、そのような主張はなされていない。

なお、1審原告は、平成20年2月13日、原審における1審原告本人尋問において、もしも銀行に何かあった場合には1000万円しか下りないと聞いているので、1審被告a支店における預金やファンド等の全てを解約し、払い戻した上で、改めて1審被告も含めた銀行(潰れそうもない銀行)に分散して預金したい旨の希望を述べている。

また、1審原告の本件預金等の資産管理を巡る親族間の争いは、平成19年3月30日当時ころまでには存在していたが、その後解消しており、1審原告の妹がDに対して不信感を抱いているといった状況にはない。

(9)  1審原告は、1審被告a支店の担当者の勧めに従って本件投資信託を購入し保有していたにすぎず、その手続の詳細を知らず、その換金に当たっても、解約手続と買取請求手続の意味、違い、方法等について説明を受けたことはなかった。

本件投資信託の投資信託委託業者が作成した投資信託説明書(目論見書)には、解約手続についてはある程度詳細な記載はあるものの、買取請求手続については、わずかに用語解説の欄に「買取請求」の意味が記載されているほかには、買取請求の場合には販売会社(本件の1審被告)に問い合わされたい旨の記載が存在する程度であるにすぎなかったり(《証拠省略》・本件投資信託1及び同2について)、あるいは、買取請求手続についての記載が殆ど存在しないばかりか(課税上の取扱いの箇所で「買取請求」がわずかに触れられているが、それ自体が何であるかの説明はない。)、「換金(解約)」と記載され、換金と解約とが殆ど同義であるかのような記載がなされているところである(《証拠省略》・本件投資信託3について)。

販売会社である1審被告が発行した「投資信託の約款集」(《証拠省略》)には、わずかに「解約・買取の申込」といった用語を用いた条項はあるが(投資信託取引約款6条ないし8条)、「解約」と「買取」の定義や違いを説明する記載はない。

(10)  また、実務上、投資信託の換金の殆どは解約実行請求の方法により行われており、販売会社には約款又は取引規定等により特段の定めがない限り、販売会社には受益者からの買取請求に応じる義務まではないものと解されているところ(《証拠省略》・銀行法務21No.703(2009年6月号)4頁)、上記約款集(《証拠省略》)の規定中には、1審被告において投資信託の顧客からの買取請求に応じる義務がある旨を明記した条項はない。1審被告の「投資信託解約・買取申込書」のひな型(《証拠省略》)には、「『特定口座』をお持ちのお客様は、取引区分を「買取」とご指定下さい。」との記載があり、それ自体勧誘文言にすぎず、1審被告の買取義務を前提とした記載ではない。なお、ここにいう特定口座とは、租税特別措置法37条の11の3第1項にいう特定口座と解されるものの、同ひな型にはその旨の記載はなく、仮に1審原告がそのような特定口座を有していたとしても、およそ1審被告との取引全てにつき即時解消を希望する場合にも、当然に1審被告から「買取」を指定するよう求められるものであるかは、規定上定かではない。

(11)  1審原告は、その平成20年1月17日付け準備書面において、予備的に同準備書面により、本件預金及び本件投資信託の解約の意思表示をする旨主張していたが、原審裁判所は、同年3月21日、1審原告に対する求釈明書により、1審原告は本件投資信託につき解約と買取請求のいずれを主張しているのかとの釈明をした。1審原告は、これを受けて、その同月24日付け準備書面において、1審原告は全ての解約を申し出ているのであるから、主位的には解約であり、予備的に買取請求である旨主張し、これを同日の原審第8回口頭弁論期日において陳述した。その後、1審被告は、原審の審理終盤となっていた同年8月20日に至り、その同日付け準備書面において、本件投資信託の換金方法には解約と買取請求の2通りの方法があり、課税上の取扱いが異なるから、いずれの方法によるかを明示して行わなければならないところ、1審原告はこれをしていないから換金の意思表示がなされていない旨主張し、これを同月21日における原審第4回弁論準備手続期日において陳述した。

3  争点1(本件預金解約の意思表示の有無)について

以上を踏まえて検討するに、上記認定事実によれば、1審原告は、平成19年3月30日の時点において、いわゆるペイオフ対策として、1審被告のみに集中している預金、国債、投資信託等の金融商品の全てを解約したいとの目的をもって、予め自らの意思により本件委任状を作成し、自らの全預金等の解約及び解約金受領等の代理を萱垣弁護士に依頼した上で、同弁護士と共に1審被告a支店に赴いたものであること、1審原告及びその代理人である萱垣弁護士から、B支店長らに対し、本件預金及び本件投資信託を含む預金等全部について解約を求める旨の発言をしたことは認められる。しかしながら、それ以前に、1審原告が、姉であるDとともに解約を求めて同支店を訪れる一方、他方で妹と共に頻繁に支店を訪れ、1審原告の妹が1審被告に対し通帳の再発行を求めるなどしており、1審原告の預金等を巡って同人の親族間でトラブルが発生していることを窺わせるような経緯があり、また、1審原告本人が、B支店長から敢えて本件委任状の作成やその内容の理解を確認されても要領を得ず、解約の意思確認に対しても押し黙ったままであるなど、1審原告本人の能力が疑われるような状況でもあったことから、B支店長は、1審原告及び萱垣弁護士に対し、払戻しには応じられないことや、その理由は1審原告の様子から御理解いただきたい旨の発言をしたこと、萱垣弁護士としては、B支店長らの対応には納得し難い面があったものの、その場での状況を賢察した上、1審原告の預金等の解約の目的がペイオフ対策であり喫緊を要するものでもなかったことから、その日はあくまで解約等を求めることをせず、後日きちんとした説明を受けることとして、その日は一旦は引き下がることにしたものと認められ、1審原告もこのような萱垣弁護士の状況判断に従ったものと認められる。以上の経緯からすると、平成19年3月30日の時点においては、最終的には1審原告に本件預金の解約払戻しの意思表示があったものとは認め難い。もっとも、萱垣弁護士は、その直後に文書(《証拠省略》)で1審被告a支店に対し、1審被告の応対は債務不履行に当たるから1審原告の全預金の解約手続をするよう求めてはいるが、そこではこれと選択的に、解約拒否の根拠を文書で示すよう求めてもおり、これに対するB支店長からの文書での回答(《証拠省略》)が一応なされているところであって、これに更なる反論等が萱垣弁護士から直ぐにあったとも認められないから、萱垣弁護士からの上記文書(《証拠省略》)の存在が上記認定の妨げになるものであるとはいえない。

しかしながら、その後、1審原告が本訴訟を提起したのは、その1審被告において保有する預金、国債(当時)及び投資信託全部の解約払戻しを求める明確な意思表示であると解されるから、本訴訟の訴状が1審被告に送達された平成19年7月12日の時点においては、1審原告が1審被告に対し、本件預金の解約の意思表示をしたものと認めることができる。

この点、1審被告は、事前の裁判外の手続において1審被告に債務不履行がない以上、1審原告は1審被告の規定や確立した商習慣に従って、窓口において本件預金解約の意思表示をなすべきである旨主張する。しかし、1審被告の主張する規定等は、多数の顧客との間で多数の預金等を取り扱う銀行の事務処理上の便宜を図り、もって過誤を防止する趣旨のものであると考えられるところ、たとえ1審被告に事前の債務不履行がなかったとしても、訴訟手続において預金の支払を求められた場合にまで、このような内部規定等の適用があるものとは解されない上、前記認定のような本訴訟に至る経緯からすれば、1審原告は、訴訟という手段によらなくとも本件預金の解約払戻しを受けられる理由があったにも関わらず、双方の紛議からやむなく訴訟に至ったものと考えられるところであって、客観的には債務不履行に準ずる状況があったともいえるところであるから、1審被告の上記主張は失当であり、採用し難い。

そうすると、1審原告は、1審被告に対し、平成19年7月12日の時点における本件預金残高である3259万6912円の支払を求めることができるというべきである。

4  争点2(本件預金解約に応じないことの帰責性)及び争点7(遅延損害金請求の信義則違反又は権利濫用)について

1審被告は、1審原告が萱垣弁護士らに訴訟委任をしたことが信じられず、訴訟委任の意思を疑う合理的な理由があったといえることから、本件預金の解約払い戻しに応じなかったことに帰責性はない(したがって債務不履行とはならず遅延損害金が発生しない)旨主張するが、前記認定によれば、本訴訟提起の時点において、1審原告に意思能力等が欠けていたとはいえず、現に、本訴訟においては、1審被告から1審原告の意思能力等に関する主張は一切なされていないところであって、1審原告の訴訟委任を疑うべき合理的な理由があったとはいえないから、1審被告の上記主張は認められない。

また、1審原告が、訴訟手続によって本件預金の解約払戻しを請求することが許されないものでないことは、争点1において説示したとおりであって、1審被告が、訴訟手続による1審原告からの正当な支払請求に応じないことに帰責性がないとは認め難い。

そうすると、1審被告が、平成19年7月12日に1審原告から本件預金の支払請求を受けたにもかかわらず、これに応じないことは債務不履行となるから、1審原告が1審被告に対して有していた同日の預金残高3259万6912円に対しては、同月13日以降は遅延損害金(1審原告の請求によれば民法所定の年5分の割合)が発生する。

なお、1審被告は、1審原告が年5分の遅延損害金を請求することは信義則に違反し、又は権利の濫用に当たる旨主張するが、1審原告が裁判上の手続を取ったことには上記のとおり相応の理由があるといえる反面、1審原告に専ら1審被告の業務を妨害ないし混乱させ、損害を加えるなどの社会的に容認し難い目的があったとはいえないところであって、1審被告の信義則違反又は権利濫用の主張には理由がない。

5  争点3(本件投資信託の解約実行請求の有無)について

本件投資信託について検討するに、前記認定事実及び上記争点1における説示によれば、1審原告は、本件預金の解約払戻し請求の場合と同様、平成19年3月30日の時点において本件投資信託の解約実行請求をしたものとは認められないが、本訴訟の訴状が1審被告に送達された同年7月12日の時点においては、1審被告に対し、解約実行請求の意思表示をしたものと認められる。

この点、1審被告は、本件投資信託の換金方法には、解約実行請求と買取請求の2通りの方法があるが、1審原告はいずれの方法によるか明示していないから、解約実行請求の意思表示があったとはいえない旨主張する。しかし、前記前提事実及び認定事実によれば、実務上、投資信託の換金手続の殆どは解約実行請求の方法によるものである一方、本件投資信託につき、1審被告には、1審原告からの買取請求には応じる義務があったとは認められないこと(少なくともそのような義務の存在を示す根拠は立証されていない。)、本件投資信託の換金方法として、解約のほかに買取請求がある旨の説明が1審原告になされたことは一度もなく、本件投資信託の投資信託説明書(目論見書)にも、1審被告の投資信託の約款集にも、買取請求について十分な説明の記載はなく、本訴訟提起の時点において、1審原告は買取請求の方法を知らず、知る術も実際上なかったといえること、本訴訟の前後を通して、1審原告は1審被告に対し、その保有する全金融商品の払戻しを求めており、これは解約を求める趣旨である旨を本訴訟においても主張していることなどからすれば、1審原告は、本訴訟提起時において、本件投資信託については、解約実行請求の方法により換金を求めていたことは明らかであると認められる。それでもなお、1審被告において、1審原告の本訴訟における本件投資信託についての請求が、いずれの換金方法を選択したものか明らかでなかったというのであれば、前判示のとおり、1審原告に対して2つの換金方法について十分な説明がなされておらず、かつ、価格変動によるリスクがある投資信託の取引であることを勘案すれば、投資信託の販売会社である1審被告としては、直ちに、いずれの換金方法を選択したものであるかについて問い合わせるべき信義則上の義務があったものというべきであって、1審被告において、その義務を尽くさなかった以上、前記1審原告の請求が解約実行請求であることを、その選択が明確でないとして否定することはできないものというほかはない。のみならず、真実、1審被告において、当初から、1審原告がいずれの換金方法を選択したかが明らかでないことを問題にしていたとすれば、本訴訟においても当初からその旨の主張をしているはずであるにもかかわらず、原審における審理が相当程度進み、原審裁判所(合議決定前の単独体)から1審原告に対し、解約か買取請求かいずれの方法によるものかの釈明があった後、その審理も終盤になってはじめて、1審原告がいずれの換金方法を求めるのかを明示していない旨主張するに至ったことからすれば、1審被告においても、1審原告の請求が解約実行請求であったことを十分わかっていたものであることが推認できる。

また、本訴訟の段階に至ってもなお、1審原告が本件投資信託の解約実行請求をするには、1審被告所定のひな型用紙である「投資信託解約・買取申込書」(《証拠省略》)を用いて窓口でこれを行わなければならないものとは解することができないことは、本件預金解約について述べたところと同様である。

6  争点4(本件投資信託の解約手続をしないことが故意的な条件成就妨害、債務不履行又は不法行為となるか)について

(1)  前記前提事実のとおり、1審原告は、1審被告に対し、本件投資信託の解約実行請求を行ったときは、条件付き解約金支払請求権を有することになる上、1審被告は、上記条件の成就により、投資信託委託業者から本件投資信託にかかる信託報酬が得られなくなる等の不利益を受ける立場にあったと認められるから、1審被告が故意に上記条件の成就を妨害したと認められる場合には、民法130条の適用により、その条件が成就したものとみなされることになる。

そこで、本件において、民法130条に基づき、上記条件が成就したものとみなされるかどうか検討するに、前記認定事実及び前判示の事実関係からすると、1審被告は、1審原告から、平成19年7月12日に本件投資信託についての解約実行請求がなされていることが明らかであり、1審被告としては、これを速やかに投資信託委託業者に通知すべき義務があったにもかかわらず、前判示のとおり、1審原告から解約実行請求がなされたことを知りながら、その義務を履行しなかったものというべきであり、かつ、この通知をしなかったことに正当な理由があったものとは認め難い。

したがって、1審被告は、故意に上記条件の成就を妨害したものであるから、民法130条の規定により、その条件が成就したものとみなされる。

(2)  そこで、上記のとおり条件成就が認められた場合には、本件における解約金の基準価額は、1審原告が解約実行請求をした日の翌日である平成19年7月13日となることが認められるから、同日の基準価額によって得られたはずの解約金額は、下記のとおり合計2167万3236円となる。

ア 本件投資信託1 530万6861円

1万1456円/1万口×0.999×463万7023口

イ 本件投資信託2 102万1988円

1万0775円/1万口×0.999×94万9431口

ウ 本件投資信託3 1534万4387円

1万3435円/1万口×0.997×1145万5571口

エ 以上合計 2167万3236円

しかるところ、前記認定によれば、1審原告は、平成20年5月末から6月初旬にかけて、本件投資信託の買取金名下に、1審被告から合計1782万3929円の支払を受けたものと認められるから(なお、103円については、本件預金のうちの一つへの入金が認められるのみであり、それは本件預金の解約日として認められる平成19年7月12日より後のことであるから、1審原告がその支払を受けたものとは認められない。)、1審原告は、本来の解約金2167万3236円から既払金1782万3929円を控除した384万9307円の解約金残額を請求することができ、これに対する遅くとも民法130条の適用による条件成就があったものとみなす旨の意思表示をしたと認められる日の翌日である平成20年6月24日以降の遅延損害金(1審原告の請求によれば民法所定の年5分の割合)の請求が認められる。

なお、この遅延損害金の支払義務の不履行に帰責性がないとはいえない点は、上記4における争点2についての判断と同様であり、かつ、1審原告によるその支払請求が信義則違反又は権利濫用とならないことは、上記4における争点7についての判断と同様である。

(3)  なお、仮に、1審被告の故意による条件成就妨害が認められないとしても、上記認定説示によれば、1審被告は、少なくとも過失により、1審原告からの解約実行請求を投資信託委託業者に通知しなかったものと認められるから、1審原告に対する債務不履行責任は免れず、その場合の損害額は、本来得られるはずであった平成19年7月13日時点での基準価額に基づく解約金額から既払金を控除した金額となるから、上記384万9307円と同額であり、これに対する遅延損害金の請求も認められる。

7  争点6(損益相殺)について

1審被告は、1審原告が本件投資信託によって平成19年3月30日以降に得た配当金を損益相殺として控除すべきである旨主張するが、本件投資信託の解約実行請求日として認められるのは、同年7月12日であるから、同日までの配当金が損益相殺により控除されるべきいわれはなく、また、それ以後の配当金は、本件預金の解約日として認められた同日(そのため同日における残額の請求しか認められていない。)より後に、本件預金の1つに入金されているにすぎず、1審原告に支払われたものとはいえないから、これも損益相殺の対象とはなり得ない。

よって、1審被告の損益相殺の主張は、そもそも認められない。

8  まとめ

以上のとおりであるから、その余の争点については判断するまでもなく、1審原告の請求は、上記1に記載のとおりの範囲で理由がある。

第4結論

よって、以上と一部結論の異なる原判決を1審原告の本件控訴に基づき変更し、1審被告の本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 髙田健一 裁判官 尾立美子 上杉英司)

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