名古屋高等裁判所 平成21年(ラ)35号 決定 2009年4月14日
抗告人(原審申立人)
A
主文
本件抗告を棄却する。
理由
第1抗告の趣旨及び理由
別紙即時抗告申立書及び即時抗告理由書に記載のとおりである。
第2当裁判所の判断
1 当裁判所も,抗告人の本件戸籍訂正許可の申立は理由がないと判断する。その理由は,次項以下のとおり,抗告理由に対する判断を付加するほかは,原審判理由欄の「第3 当裁判所の判断」の1のとおりであるからこれを引用する。
2(1) 抗告人は,下記アないしウのとおり主張する。
ア 原審判は,要旨,戸籍法(以下「法」という。)113条による家庭裁判所の許可に基づく戸籍の訂正は,戸籍の記載自体から訂正すべき事項が明白な場合,又は戸籍の記載自体からは明白ではないものの,訂正すべき事項が軽微で,親族法,相続法上の身分関係に重大な影響を及ぼす虞がない場合に許されるもので,これらに当たらない場合には,法116条1項によらなければならない旨判断して,抗告人の申立を却下した。
イ しかし,法113条は,同条による家庭裁判所の許可について,原審判の述べるような限定を加えていない。戸籍の基礎となる法律行為の存否は職権主義的に判断されるべきものであって,真実に反する戸籍記載は当然抹消されるべきであり,法116条のような当事者主義的対立構造によって判断されるべきものではない。
ウ 本件は,戸籍の記載に錯誤がある場合であり,法113条に該当する。また,人事訴訟法2条は,認知不存在確認訴訟の形式を認めていないから,法113条による必要があるというべきである。
(2) しかしながら,戸籍の記載は,親族法,相続法のみならず,多方面にわたる法律上の身分関係の基礎となるものであって,その記載に公信力は認められないものの,戸籍の記載は一応真実であるという事実上の推定を受ける(最高裁判所昭和28年4月23日第1小法廷判決・民集7巻4号396頁)。
このような戸籍記載の重要性及び,その変更によって法律上事実上不利益を被る相手方当事者,関係者の実体法上手続法上の権利利益を考慮すると,相手方の手続関与を伴わない法113条の手続によって戸籍訂正の許される範囲についてはおのずから制約があり,訂正の対象事項が戸籍の記載自体から明白な場合(明白性の要件),又は戸籍の記載自体から明白でないにしても,関係者の同意がある等,その事項が軽微で,訂正が法律上重大な影響を及ぼす虞のない場合(軽微性の要件)に限られると解されるのであって,この趣旨は,従来から我が国の判例が判示してきたところである(大審院大正5年2月3日決定・民録22輯156頁,大審院大正5年4月19日決定・民録22輯774頁等)。
(3) 本件において,抗告人が訂正を求める戸籍の記載事項は,抗告人による胎児認知(以下「本件胎児認知」という。)及び,これに基づく抗告人と本件胎児認知の相手方との間の父子関係の存否という重大な法律関係に関する事項であるが,その訂正に対する,本件胎児認知の相手方やその母親からの同意の存否については,なんらの疎明がない。
また,戸籍法上の本件胎児認知の記載は,その相手方の日本国籍の取得の可否についても影響を及ぼす虞があると考えられる(国籍法2条)。
(4) 以上を総合すれば,本件では上記(2)の明白性軽微性の要件が認められないというのが相当であって,これと同趣旨に出た原審判の判断は正当である。
(5) なお,抗告人は,人事訴訟法2条が認知不存在確認訴訟の形式を認めていない旨主張するが,同条各号は,人事訴訟法上の人事訴訟と認められる典型的な場合を列挙したに止まるものであって,同条本文が同各号所定以外の人事訴訟を禁止する趣旨とは解せられず,抗告人の上記主張から以上の判断を左右することはできない。
3(1) また,抗告人は,下記アないしエのとおり主張する。
ア 仮に法113条による戸籍訂正に明白性の制限を加えるとしても,報告的届出にあっては,その添付書類に基づいて戸籍の訂正がなされているのであるから,「戸籍の記載自体から訂正すべき事項が明白な場合」とは,提出された添付書類も含んで判断がなされるべきである。
イ 本件では,本件胎児認知の相手方の母親によってなされたロシア法上の認知を示す添付書類(以下「本件添付書類」という。)の翻訳の過誤は,抗告人が提出した専門家の翻訳に基づいて裏付けられており,戸籍に記載された日に胎児認知が存在しないことは明らかである(しかも,胎児認知があったとされる時期から相当経過して,胎児認知の相手方の出生後に戸籍の記載がなされた事実からすると,胎児認知であれば国籍が取得できることを意識して,故意に誤った翻訳がなされた可能性が高い。)。
ウ また,本件添付書類におけるロシア領事館の証明は,単に署名を証明しているだけのもので,本件添付書類がロシア法に基づく胎児認知の存在を示すものでないことは明白である。
エ 仮にロシア法に基づく胎児認知制度の有無について疑問があるとしても,法律に関する問題は,本来裁判所の職権により判断されるべきであるから,ロシア法に関する部分については,明白性の判断から除外されるべきであり,原審判には,以上の点について判断を誤った違法がある。
(2) しかしながら,抗告人が,本件添付書類の誤りを裏付ける専門家の書面として提出する疎明資料(甲1の3の1ないし7)は,①ロシア法に胎児認知の制度が存在すること,②ロシアでは市民登録局に対し出生登録をすることにより,ロシア連邦家族法47条所定の確立した法秩序において確認されている子供の出生起源を取得することができることを示すにすぎず,それ以外に,本件添付書類ないしその翻訳に過誤があるとか,本件胎児認知が無効である等の指摘事項は含まれていない。
かえって,甲1の3の6(訳文は甲1の3の7)には,抗告人と本件胎児認知の相手方との父子関係は,規定された法秩序において確認されている旨が記載されており(なお,ここに法秩序というのは,上記②のロシア連邦家族法所定の法秩序を指す趣旨と解せられる。),専門家も本件胎児認知の効力に肯定的である様子が窺われる。
(3) したがって,本件において,抗告人が訂正の許可を求める戸籍の記載が法律上許されないものであること又はその記載に錯誤若しくは遺漏があること(法113条)について,明白性ないし軽微性の要件が具備されていると認めることはできず,抗告人の上記(1)の主張も採用できない。
第3結論
よって,抗告人の戸籍訂正の申立は理由がなく,これを却下した原審判は相当であるから,本件抗告を棄却することとし,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 夏目明德 光吉恵子)
別紙はいずれも省略した。