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名古屋高等裁判所 平成21年(ラ)86号 決定 2009年10月27日

抗告人(原審申立人)

X1

抗告人(原審申立人)

X2

主文

本件抗告をいずれも棄却する。

理由

第1抗告の趣旨

本件抗告の趣旨は,「原審判を取り消す。本件を名古屋家庭裁判所に差し戻す。」との裁判を求めるというものである。

第2事案の概要

1  本件は,夫婦である抗告人らの間に出生した二女の父親である抗告人X1が,同女の名を「玻○」とする出生届(本件出生届)をa市b区長に提出したところ,同区長から,「玻」の文字が戸籍法施行規則60条に定める文字でないことを理由として不受理処分がなされたため,抗告人らが,戸籍法121条に基づき不服を申し立て,上記出生届の受理を命ずる旨の審判を求めた事案である。

原審判は,抗告人らの上記申立てをいずれも却下したところ,抗告人らが即時抗告した。

2  上記申立ての趣旨及び実情は,原審判「第1 申立ての趣旨及び実情」に記載のとおりであるから,これを引用する。

3  また,本件抗告の理由は,別紙抗告理由書に記載のとおりである。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も,抗告人らによる本件出生届の受理を命ずる旨の審判の申立ては却下すべきであると判断するが,その理由は,以下のとおり,原審判を付加訂正し,抗告理由に対する判断を付加するほか,原審判「理由」欄の1及び2に記載のとおりであるから,これを引用する。

2  原審判の付加訂正

(1)  原審判2頁24行目の「ワープロ等で「は」を入力して」を次のとおり改める。

「ワープロ等で「はり」と入力して変換すれば「玻璃」と出るソフトが多いことは認められるものの,「は」の1文字のみを入力して」

(2)  原審判2頁27行目の「「玻璃」のみであり,」を「主として「玻璃」のみであり,」と改める。

(3)  原審判2頁30行目の「的確な資料はないこと」を次のとおり改める。

「的確な資料は,その収集のための抗告人らの努力や周囲の者らの協力にもかかわらず,ないといわざるを得ないこと」

(4)  原審判2頁30行目から3頁4行目までの括弧書を削除する。

(5)  原審判3頁7行目の「却下すること」を「却下することとする」と改める。

(6)  原審判3頁8行目の「本件出生届をしておらず,」から10行目の「申立権等があるとしても,」を次のとおり改める。

「本件出生届の名義人ではなく,したがって,a市b区長が行った不受理処分の名宛人ではないから,法律上の原則的な理解に従えば,同不受理処分に対する不服の申立権ないし申立ての利益はないものと解され,抗告人X2による本件申立ては不適法である。仮に,同人において,抗告人らの間の二女を出産した母であり,戸籍法52条1項において,母が父と同列に第一次的な届出義務者とされていること(嫡出子出生の届出の場合。なお,出生届の届出義務者等を規定する戸籍法52条において,出生前に父母が離婚したり,子が嫡出でない場合には,母が第一次的な届出義務者とされている。)などから,例外的に本件の不服申立権等があるものと解する余地があるとしても,」

(7)  原審判3頁11行目から12行目にかけての「,主文のとおり審判する」を削除する。

3  抗告理由に対する判断

(1)  抗告人らは,要旨次のとおり述べて,「玻」の文字が,社会通念上,明らかに常用平易な文字であると主張する。すなわち,抗告人らは,①「玻」を実際に氏として使用している数人の者らから聞取り調査をしたところ,ワープロ変換の点や,「波」などと記載間違いされがちであるという多少の不便があるにしても,社会生活上の不便や支障は殆どないとの結果であったこと,②ワープロ等で「はり」を変換すれば,すぐに「玻璃」(ガラスや水晶など)が出てくるのであるから,漢字変換をし難いとはいえず,常用平易と認められて現在人名に用いることが許されている他の漢字の中には,「玻」よりも変換しにくいものが多数あり,「玻」はむしろ変換が容易な方であること,③「玻」の文字は,これを知らない人でも,「波」,「破」,「坡」,「頗」などから類推して「は」と読むことは容易であること,④「玻」は,画数が9画であり,他の裁判例で認められた「曽(11画)」,「獅(13画)」,「駕(15画)」,「毘(9画)」,「瀧(19画)」,「琉(11画)」,「凛(15画)」に比して画数が多いとはいえず,むしろ少ないこと,⑤「玻」の文字の構成要素である「王」と「皮」は,いずれも小学校低学年で学習する平易な文字であって,理解が容易であること,⑥「玻」の文字は,古くから用いられており,用法も多数あり,その意味は美しく高貴なものであって,江戸いろはかるたでは,「瑠璃も玻璃も照らせば光る。」として,優れた人物が何処に居ても目立つものという意味で使われていること,したがって,このように美しい文字を名前に使用したいという需要は実際にも多く,「玻」文字は,身の回りに多数存在しており,とりわけ,芸術,文学,著作の分野で幅広く使用され,児童学生向けの図書,高校家庭科の副教材,中学校の図書館の蔵書の中にも見られるほか,マンガ,ゲーム,音楽などのいわゆるサブカルチャーでも使用されている上(今や,日本のオタク文化は世界に通用する文化の一つであり,海外に大々的に輸出されている。),公共の場でも使用され,「玻」の文字を使用する氏名や地名も実際に存すること,⑦インターネット上で,戸籍法施行規則60条別表第二(以下「別表第二」という。)に掲記の全漢字と「玻」の文字のヒット件数を調べたところ,「玻」は上位2割に入っており,別表第二の漢字でもヒット件数が桁違いに少ない文字は少なからず存し,また,「日本の苗字7千傑」,「国土地理院地図閲覧サービス」のサイトで検出数を調べたところ,「玻」は,別表第二の漢字と同等以上であったこと等を主張し,これらを立証するために多数の資料を提出する。

(2)  しかしながら,まず,常用性の点について,抗告人らが上記⑥,⑦で主張する諸事実は,抗告人提出の資料により,それらが示す限りで認められるものではあるが,これら資料によれば,却って,「玻」の文字が,一般又は児童向けの書物等において必ずしも多用されているとはいえず,辞書での用例も,結局のところ「玻璃」に他の漢字を付加したものが殆どであって限定的である上,氏,名,地名,公共施設名,店舗名,商品名等として用いられている例も多いとまで認めることはできず,特に,氏や名の殆どは,インターネット上で見られるハンドルネームのほか,芸名,雅号,ペンネームで用いられている例があるというにすぎず,広く多用されているとまでは認め難い。また,「玻」の文字のインターネット上でのヒット数や苗字や地名の検出例が,抗告人ら主張のように,別表第二の漢字との対比の上では,少ないとはいえないことが確かであったとしても,それだけで直ちに,「玻」の文字が,抗告人らのいわゆるサブカルチャーやオタク文化の方面における少なからぬ使用例を超えて,一般の新聞,テレビなどで日常的に接する報道や書物等によって,広く国民に知られていることの根拠となるものではなく,そこまでの事実は認められない。抗告人らは,「玻」の文字のあらゆる用例を自ら及び周囲の者らの協力によって探し当て,証拠等として提出しているものであり,その努力には並々ならぬものが認められるが,逆に,このような非常な努力なしに「玻」の用例を収集し得ないこと自体が,その常用性の乏しさを示しているともいえる。

(3)  また,「玻」の文字の平易性の点についても,抗告人らが上記③において主張するとおり,これを他の漢字から類推して「は」と読むことが容易であり,他の裁判例で認められた漢字の殆どに比べて画数が少なく,その構成要素である「王」も「皮」も平易な漢字であることは認められるが,例えば,同じく「王」を構成要素とする漢字で,「珂」,「玳」,「珥」などのように,偏も旁も平易な文字であり,画数が多いとはいえず,他の漢字から類推して音読することが比較的容易な漢字であっても,必ずしも平易であるとはいい難いものも多数存在するところであって,抗告人ら主張のような諸点だけで,「玻」の文字が平易であるとは認めることはできない。むしろ,抗告人らが提出した書籍等において「玻」の文字が使用されている場合,その殆どに平仮名のルビが付されているところであって(「玻」のみにルビが付されているわけではないが,むしろルビが付されていない漢字の方が多いといえる。),このことは,少なくとも編集者において「玻」が平易な漢字ではないと理解していることを示しているともいい得る。

(4)  ところで,抗告人らは,上記①,②の主張のとおり,「玻」を氏に使用している人達から聞取り調査をした結果,ワープロ等の使用上や,その他の場面における社会生活上の不便や支障は殆どないことを主張しているところ,確かに,戸籍法50条1項が子の名には常用平易な文字を用いなければならないとしているのは,従来,子の名に用いられる漢字には極めて複雑かつ難解なものが多く,そのため命名された本人や関係者に,社会生活上,多大の不便や支障を生じさせたことから,子の名に用いられるべき文字を常用平易な文字に制限し,これを簡明ならしめることを目的とするものと解されている。

しかし,同条2項が「常用平易な文字」の範囲を法務省令で定めるよう委任したのは,当該文字が常用平易な文字であるか否かは,社会通念に基づいて判断されるべきものであるが,その範囲は,必ずしも一義的に明らかではなく,専門的な観点からの検討を必要とする上,上記の事情の変化に適切に対応する必要があることなどから,その範囲の確定を法務省令に委ねた趣旨であり,戸籍法施行規則60条は,この委任を受けて,専門家の関与等を経て,常用平易な文字を限定列挙したものであって,ただ,同条が,社会通念上,常用平易であることが明らかな文字を子の名に用いることのできる文字として定めなかった場合には,その限りで,戸籍法50条1項の委任の趣旨を逸脱するものとして違法,無効とされ,裁判所において,当該文字を子の名に使用した出生届の受理を命じることができるというにすぎず(原審判の引用する最高裁判所平成15年12月25日決定),具体的に当該文字を使用することによって社会生活上の不便や支障がないかどうかという点が,当該文字を人名漢字として使用することの許否の判断基準となるものではない。したがって,たとえ,「玻」を氏に使用している人達のうちの数人が社会生活上の不便や支障を感じていないものであったとしても,そのことが直ちに人名漢字としての使用が認められるべきことの根拠となるものではない(もっとも,ワープロソフト等における「玻」の文字の漢字変換の容易性は,その常用平易性に関連するものではあるが,原審判(付加訂正後のもの)も指摘するように,「は」の1文字を入力して変換した場合,全てのソフトで1回で変換がなされるものではない上,ワープロソフト等の性能や利便性は日々向上しているところであって,「玻」の文字の変換が比較的容易になってきているからといって,それだけで,社会通念上常用平易性が明らかであるとは認め難い。)。

(5)  以上述べたところによれば,抗告人らの主張にもかかわらず,現時点において,「玻」の文字が,社会通念上,明らかに常用平易であると認めることはできない。

そして,戸籍上の名である以上,戸籍法の趣旨に従い,同法の定めるところに従って命名しなければならないことはいうまでもないことであり(戸籍上の名以外の関係で,これと異なる名を命名,呼称することまでが法的に禁止されているわけではない。),現時点において,「玻」の文字が,社会通念上,明らかに常用平易であると認めることができない以上,戸籍上その使用が認められないことは,やむを得ないというほかはない。

第4結論

よって,原審判は相当であり,抗告人らの本件抗告は理由がないから,これらをいずれも棄却することとし,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 高田健一 裁判官 尾立美子 上杉英司)

<以下省略>

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