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名古屋高等裁判所 平成21年(行コ)4号 判決 2009年7月14日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は,控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が株式会社Aとの間で平成18年12月21日に締結した愛知県田原市a所在のB保育園園舎附帯工事契約が違法であることを確認する。

3  被控訴人が愛知県田原市a所在のB保育園園舎につき全園児に給食を提供するのに必要な調理機器を設置する財産管理を怠る事実が違法であることを確認する。

4  被控訴人は,Cに対し,1000万円及びこれに対する平成19年6月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うことを請求せよ。

5  訴訟費用は,第1,2審を通じ,被控訴人の負担とする。

第2事案の概要(略語は,当審で定義したもののほか,原判決の例による。)

1  本件は,愛知県田原市の住民である控訴人ら(一審原告ら)が,同市が株式会社Aとの間で締結した市立保育所の園舎の附帯工事契約(本件附帯工事契約)に3歳以上の園児の給食を調理する厨房機器を設置することが含まれておらず,同保育所の3歳以上の園児の給食を給食センターから搬入していることは,児童福祉法35条3項,児童福祉施設最低基準(最低基準)32条に反し違法であるなどと主張して,田原市長である被控訴人に対し,(1)地方自治法242条の2第1項3号の規定に基づき,①本件附帯工事契約の違法確認(本件請求①)及び②上記保育所の園舎に全園児に給食を提供するために必要な調理機器の設置を怠っていることの違法確認(本件請求②)を求めるとともに,(2)同項4号の規定に基づき,本件附帯工事契約を締結した当時の田原市長C(C前市長)に損害賠償を請求すること(本件請求③)を求める住民訴訟である。

原審は,本件請求①及び②に係る訴えはいずれも不適法であるとして,これらを却下し,本件請求③については,本件附帯工事契約の締結は違法なものではないとして,請求を棄却した。

控訴人らは,これを不服として,本件控訴を提起した。

2  前提事実(当事者間に争いのない事実等),争点及びこれに関する当事者の主張

次のとおり,当事者が当審において追加又は敷衍した主張を付け加えるほか,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の「1」ないし「3」記載のとおりであるから,これを引用する。

(当事者が当審において追加又は敷衍した主張)

(1) 控訴人らの主張

以下の事情に照らし,平成20年厚生労働省令第89号(平成20年4月1日施行)による改正(以下「平成20年改正」という。)により,改正最低基準11条1項が新設される前から,最低基準は公立保育所における自園調理を義務付けており,給食センター方式を認めていなかったと解すべきである。

ア 最低基準は,児童福祉法に基づき,「児童の身体的,精神的及び社会的な発達のために必要な生活水準を確保するもの」(同法45条1項)として制定された「児童の健康にして文化的な最低限度の生活の基準」であって(甲80),児童福祉施設の「生命」(甲22)ともいうべきものである。

最低基準は,保育所に「調理室」を設けること(32条1号,5号),保育所に「調理員」を置かなければならないこと(33条本文)を規定しているが,「調理室」とは,「調理員」(食物をこしらえることを仕事とする人)が,実際に食物をこしらえる部屋であり,料理をこしらえるための設備を備えているものを意味するから,保育所の「調理室」に調理器具を設置すべきことは,明文の規定を待つまでもなく,当然である。

また,「調理室」を保育所内に設けなければならないことは,最低基準が,「屋外遊戯場」に関し「保育所の付近にある屋外遊戯場に代わるべき場所を含む。」という規定を置きながら(32条5号),「調理室」についてはそのような規定を置いていないことからも,明らかである。実質的にも,保育所では,子どもの発達の特性を踏まえた「食」の提供ないし「食育」が必要であり(甲7,23,31),「調理室」及び「調理員」は,子どもが育つ場である保育所内に存在する必要がある(甲27)。

イ 児童福祉法の委任を受けて最低基準を制定した厚生労働省も,平成10年2月18日の本件通知のほか,「保育所分園の設置運営について」(児発第302号平成10年4月9日厚生省児童家庭局長通知〔乙58〕),平成18年9月7日厚生労働省令第155号による最低基準32条の2の新設(甲12),「構造改革特別区域における『公立保育所における給食の外部搬入方式の容認事業』について」(雇児発第0401002号平成20年4月1日厚生労働省雇用均等・児童家庭局長通知〔甲83〕),平成20年2月4日の本件回答書(甲35)により,最低基準が自園調理を定めており,給食センター方式を禁止していることを明らかにしてきた。

(2) 被控訴人の主張

以下の事情に照らし,改正最低基準11条1項が新設されるまでは,最低基準が給食センター方式を規制していたものとは解されない。

ア 「保育所保育指針について」(児発第622号昭和40年8月6日厚生省児童家庭局長通知〔乙65〕)及び「保育所保育指針」(児発第217号平成2年3月27日厚生省児童家庭局長通知〔乙66〕)では,給食の調理方法及び給食の外部搬入に関する指針は何ら示されていないし,厚生省児童家庭局監修の「保育所事務必携」(平成8年9月発行〔乙67〕)でも,「最低基準において,『設備』とは,物的設備のみを指し,『運営』とは,職員の配置基準等をも含めた施設の運営全般をいう。」とされていることからすれば,厚生省は,最低基準が調理方法を規制するものではないことを認めていたといえるし,当時は,愛知県などで給食センター方式による給食が多数実施されていたから,厚生省は,従前は,給食センター方式を容認していたと解され,平成10年2月18日の本件通知(乙4)により,最低基準の解釈を変更したものというべきである。

イ 愛知県は,本件通知前の厚生省と同様に,最低基準は,基本的には,給食センター方式を容認していると解釈しており,現に,昭和39年度以来今日まで,少なくとも同県内の20の市町村,229の保育所が給食センター方式による給食を実施することを容認し,田原市(田原町であった期間を含む。)の公立保育所に対する児童福祉行政指導監査においても,給食センター方式を容認してきた(乙8ないし27〔枝番を含む。〕)。

なお,愛知県は,控訴人らが同県に対し本件附帯工事契約の違法性を主張していた時期である平成18年度の児童福祉行政指導監査において,「給食センター利用については,原則認められていない。やむを得ない事情で既に給食センターを利用している場合であっても,次の要件を満たすよう改善すること。」などと通知しているが(甲84),平成19年度及び平成20年度の児童福祉行政指導監査においては,そのような指摘をしていない(甲36,乙68)。そして,愛知県の厚生労働省に対する「公立保育所における給食の外部搬入についての要望」(平成19年2月14日)には,「保護者,認定申請者及び認定権者(都道府県知事)において理論的に説明できない状況があります。」と記載されており(乙30),愛知県が,本件通知による厚生労働省の解釈変更に困惑していたことがうかがわれる。

ウ 厚生労働省は,「構造改革特別区域における『公立保育所における給食の外部搬入方式の容認事業』について」(雇児発第0329002号平成16年3月29日厚生労働省雇用均等・児童家庭局長通知〔乙69〕)において,本件通知が保育所における給食の外部搬入方式を禁止する根拠であるとしたが,これは,同省が,給食の外部搬入方式の禁止が最低基準に規定されていると解することが困難であると判断したことをうかがわせるものである。

本件通知を根拠とする規制については,東京市政調査会研究室によって,最低基準には調理委託業務の外部委託の可否に関する規定はなく,自治体による運用にゆだねられていること,本件通知は「助言又は勧告」であって法的拘束力を持たないことが指摘され(乙54,55),平成19年3月16日の衆議院内閣委員会及び同月27日の参議院内閣委員会でも,本件通知は構造改革特別区域法2条3項の規制根拠として容認できない旨の議論がされた(乙56の1・2)。

その後,構造改革特別区域推進本部評価・調査委員会の医療・福祉・労働部会(平成20年1月10日開催)では,「厚生労働省では,・・・省令上明文化する方向で検討を行っている。」と報告され(乙70),同委員会(同年2月4日開催)では,「厚生労働省では省令を改正し,本特例措置を含めた自園調理の扱いを法制上明確にすべく,検討している。」と報告された(乙71)。厚生労働省の全国児童福祉主管課長会議でも,同月22日,「特区の評価過程において,『通知を根拠とする特区については,特例措置を全国展開するか,全国展開を容認できないのであれば,法規制の形で明確化すべき。』という意見が出されたことを踏まえ,当該特区を省令を根拠としたものとするため,現在児童福祉施設最低基準及び厚生労働省関係構造改革特別区域法第2条第3項に規定する省令の特例に関する措置及びその適用を受ける特定事業を定める省令の改正作業を行っているところである。」との説明がされた(乙72)。

改正最低基準11条1項の新設に至る上記経緯によれば,厚生労働省も,最低基準が給食の調理方法を規制するものではないという解釈を受け入れざるを得なくなり,省令の改正に至ったものというべきである。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も,本件請求①及び②に係る訴えは不適法であり,本件請求③は理由がないと判断する。その理由は,次のとおり付け加えるほか,原判決「事実及び理由」中の「第3 争点に対する判断」記載のとおりであるから,これを引用する。

2  原判決の補正

原判決14頁5行目の冒頭から15頁26行目の末尾までを次のとおり改める。

「(1) 控訴人らは,最低基準は,改正最低基準11条1項の新設前から,保育所に給食設備の設置を義務付けており,給食センター方式を許容するものではないと主張するので,検討する。

ア  平成20年改正前の最低基準には,改正最低基準11条1項のような,乳児又は幼児に食事を提供するときは,保育所内で調理する方法により行わなければならない旨の明文の規定はない。

しかし,「最低基準は,児童の身体的,精神的及び社会的な発達のために必要な生活水準を確保するものでなければならない」(児童福祉法45条1項)ところ,平成20年改正の前後を通じ,最低基準は,①「保育所の設備の基準」に関し,「乳児又は満2歳に満たない幼児を入所させる保育所」には「調理室」を設けること(32条1号),「満2歳以上の幼児を入所させる保育所」には「調理室」を設けること(32条5号),②保育所の職員の配置に関し,「調理業務の全部を委託する」場合を除き,「調理員」を置かなければならないこと(33条),③衛生管理等に関し,「入所している者の使用する設備,食器等又は飲用に供する水については,衛生的な管理に努め,又は衛生上必要な措置を講じなければならない」こと(10条1項),④食事に関し,「献立は,できる限り,変化に富み,入所している者の健全な発育に必要な栄養量を含有するものでなければならない」こと,「食事」は「食品の種類及び調理方法について栄養並びに入所している者の身体的状況及び嗜好を考慮したものでなければならない」こと,「調理は,あらかじめ作成された献立に従つて行わなければならない」こと(11条)を規定している。

最低基準が,保育所に,その運営に不要な設備を設け,不要な人員を配置することを要求していると解することは,不合理であることに加え,最低基準が,入所している者の使用する食器等の衛生管理を要求するとともに,食事について,入所している者の健全な発育,身体的状況及び嗜好を考慮することを要求していることに照らせば,最低基準が,保育所に「調理室」を設け,「調理員」を置くことを規定しているのは,乳児又は幼児の身体的,精神的及び社会的な発達のため,当該保育所に入所している乳児又は幼児の実情に即したきめ細かい対応を可能とするべく,当該保育所内に設けられた調理室において,当該保育所の職員である調理員が調理した食事を提供することを予定したものと解するのが相当である。

保育所内に設けられた調理室において調理した食事を提供すべきことは,調理業務の全部を委託する場合であっても同様であって,保育所に「調理室」を設けなければならないことに変わりはなく,保育所の職員として調理員を置かないことができるのは,委託を受けた者が職員である調理員に代わって当該保育所内に設けられた調理室で食事を調理することが予定されているからにほかならない。

また,保育所外で調理した食事を保育所に搬入する方式により食事を提供するのであれば,当該保育所に入所している乳児又は幼児の実情(特に,食事を提供する当日の状態)に即したきめ細かい対応をすることは著しく困難であり,また,保育所に「調理室」を設け,職員として「調理員」を置く必要もないといえるから,最低基準が,当該保育所外で調理した食事を当該保育所に搬入する方式により食事を提供することを想定し,これを容認していると解することはできない。

イ  平成18年9月7日厚生労働省令第155号(平成18年10月1日施行)による改正(以下「平成18年改正」という。)により新設された最低基準32条の2は,「認定こども園である保育所の設備の基準の特例」として,認定こども園である幼保連携施設を構成する保育所であって,同条各号に掲げる基準を満たすものは,当該保育所の満三歳以上の幼児に対する食事の提供について,当該幼保連携施設外で調理し搬入する方法により行うことができる旨規定している。このような規定が,平成18年改正により新設されたのは,平成18年改正前の最低基準の下でも,保育所に設ける「調理室」に乳児又は幼児に提供する食事を調理するために必要な調理機器を設置せず,当該保育所外で調理した食事を当該保育所に搬入する方式により食事を提供することが禁止されていたからにほかならない。そして,平成18年改正後の最低基準の下では,新設された最低基準32条の2の反対解釈により,一定の要件を満たす認定こども園以外の保育所では,当該保育所外で調理し搬入する方法によってはならないものとされていると解するべきことは明らかである。

ウ  本件通知や本件回答書も,上記のような解釈を前提とするものと認められる。

エ  被控訴人は,平成20年改正前は,①最低基準は児童に対する食事の提供方法について何も規定していない,②最低基準には,調理室に設置するべき調理機器等に関する規定はなく,どのような調理機器を調理室に設置するかは市町村の裁量にゆだねられている,③調理室とその他諸設備は別々の建物,別の敷地の別の建物に存することも認められている,④厚生省は従前給食センター方式を容認しており,本件通知により最低基準の解釈を変更したものである,⑤改正最低基準11条1項の新設に至る経緯は,厚生労働省も最低基準が給食の調理方法を規制するものではないという解釈を受け入れざるを得なったことを示すものである,⑥愛知県は最低基準が給食センター方式を容認していると解釈してきた,などと主張する。

しかし,以下のとおり,被控訴人の上記主張は,採用することができない。

(ア) 保育所の設置者が,保育所に設ける「調理室」に乳児又は幼児に提供する食事を調理するために必要な調理機器を設置せず,保育所外で調理した食事を保育所に搬入する方式により食事を提供すれば,最低基準の遵守義務違反となることは前示のとおりである。

(イ) 最低基準が保育所に調理室を設けることを規定したのは,当該保育所内に設けられた調理室において,当該保育所の職員である調理員が調理した食事を提供するためであるから,調理室には,当該調理室において,乳児又は幼児に提供する食事を調理するために必要な調理機器を設置しなければならないことは,当然である。当該保育所外で調理した食事を当該保育所に搬入する方式により食事を提供するために必要なもので足りるということはできない。

(ウ) 最低基準は,「保育所の設備の基準」として,「保育所」に「調理室」を設けると規定していること,「屋外遊戯場」について「保育所の付近にある屋外遊戯場に代わるべき場所を含む。」という規定を置きながら(32条5号),「調理室」についてはそのような規定を置いていないことからすれば,最低基準は「調理室」を「保育所内」に設けるべきものとしていると解するのが相当である。

なお,「保育所分園の設置運営について」(児発第302号平成10年4月9日〔平成14年5月21日雇児発第0521002号改正現在〕厚生省児童家庭局長通知〔乙58〕)では,「構造及び設備は,中心保育所と分園のいずれもが,児童福祉施設最低基準を満たしていることとするが,調理室及び医務室については中心保育所にあることから設けないことができることとする。」,「中心保育所と分園との距離については,通常の交通手段により,30分以内の距離を目安とする。」とされているが,これは中心保育所と分園という特殊な関係から例外的に認められたものであり,保育所との一体性を欠く給食センターをもって「保育所内」に設ける「調理室」に代えることが容認されるものではない。

(エ) 被控訴人の指摘する「保育所保育指針について」,「保育所保育指針」及び「保育所事務必携」の記載から,直ちに厚生省が給食センター方式を容認していたとは認められないし,愛知県などで給食センター方式による給食が実施されていたとしても,給食センター方式の当否について厚生省が意見を求められ,これを容認する旨の回答をしたなどの事実を認めるに足りる証拠はない。したがって,厚生省が,従前,給食センター方式を容認しており,本件通知により,最低基準の解釈を変更したとは認められない。なお,改正最低基準11条1項については経過措置が設けられておらず,施行日である平成20年4月1日以降は,同日より前に設置された保育所に対しても,同項は効力を有するものと解されるから,平成20年改正による改正最低基準11条1項の新設は,確認的にされたものと認められる。

(オ) 証拠(甲36,84,乙8ないし27,30,68)及び弁論の全趣旨によれば,愛知県は,田原市を含む同県内の多数の公立保育所が給食センター方式による給食を実施することを事実上黙認していたことがうかがわれるものの,平成18年11月24日には,愛知県知事が,「給食センター利用については,原則認められていない。」(甲84)との見解を,平成19年2月14日には,愛知県健康福祉部長が「『保育所型』は外部搬入は認められてない」(乙30)という見解を,それぞれ文書で明らかにしているのであるから,少なくとも平成18年ないし平成19年当時,愛知県も,平成20年改正前の最低基準の解釈上,給食センター方式のように保育所外で調理し搬入する方法は,原則として禁止されていると判断していたものと認められる。

オ  以上検討したところによれば,平成20年改正の前後を通じ,最低基準は,保育所の設置者が,保育所に設ける「調理室」に乳児又は幼児に提供する食事を調理するために必要な調理機器を設置せず,保育所外で調理した食事を保育所に搬入する方式により食事を提供することを,禁止していたと解するのが相当である。

(2) 上記(1)の解釈を前提として,本件附帯工事契約の締結により田原市に損害が生じているか否かにつき,検討する。

ア  証拠(甲26の1,32の1ないし4,乙2,50の1・2,63)及び弁論の全趣旨によれば,本件保育園は,認可保育所として運営すること,3歳以上の園児の給食については給食センター方式を採ることが前提とされていたところ,本件附帯工事契約には,3歳以上の園児の給食を調理する厨房機器を設置することが含まれておらず,本件保育園の調理室は,最低基準32条5号にいう「調理室」の実態を備えていないものであることが認められる。

そうすると,田原市が,認可保育所として,本件保育園の運営を適法に継続するためには,少なくとも調理室を改造し,本件保育園内で3歳以上の園児の給食を調理することができるようにすることが必要であり,その際,本件附帯工事契約に基づき設置された調理機器の一部が不要となることが認められるから(甲50の1・2,弁論の全趣旨),同市が,本件附帯工事契約を締結し,上記不要となる調理機器の設置費用等を含む工事代金を負担したことにより,同市には,①不要となる調理機器の価格,②不要となる調理機器の搬入・設置に要した経費,③不要となる調理機器の搬出に要する費用,及び④調理室の改造費用のうち,当初から調理室を自園調理方式で完成させれば支出を免れることができた費用に相当する損失が生じたものというべきである。なお,控訴人らの主張する損害のうち,上記④を除く調理室の改造費用は,最低基準に適合した施設とするためには同市において負担すべき費用であり,また,保育所用地がその財産的価値を減じた金額は,同市に生じた損失とは認められない。

イ  しかしながら,平成20年8月22日付けの本件特区認定により,本件保育園は適法に給食センター方式によることができることとなり,もはや本件保育園の調理室を改造する必要はなく,本件附帯工事契約に基づき設置された調理機器も有効利用できるようになったから,結局,田原市に生じた前示の損失はすべてなくなったものと認められる。

したがって,その余の点について判断するまでもなく,本件請求③は理由がない。

ウ  この点,控訴人らは,本件特区認定が構造改革特別区域法及び児童福祉法を潜脱するものとして違法である旨主張する。

しかし,本件保育園が最低基準に違反するという違法状態を解消するため,本件特区認定を受けることは,合理的な裁量判断に基づくものというべきであって,違法なものということはできず,その他本件特区認定を無効とすべき事情があるとは認められない。控訴人らの主張は,採用することができない。」

3  結論

以上のとおり,原判決が,控訴人らの被控訴人に対する本件請求①及び②に係る訴えを却下したことに誤りはなく,また,控訴人らの被控訴人に対する本件請求③を棄却したことは,その結論において相当であって,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担につき,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法67条1項本文,61条,65条1項本文を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡久幸治 裁判官 嶋末和秀 裁判官 加島滋人)

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